お久しぶりです。そして遅くなってしまい申し訳ありません。私事ながら帰省やら何やらで忙しかったのです(言い訳)
ともあれ更新再開。久し振りなんでかなり長め。まぁまぁ本編どうぞ
大陸南東部。
現在の魔軍との最前線であるその一帯よりも、更に東側に行ったところにある都市が人類軍の拠点となっていた。
「――これ以上どうすると言うのだ!!」
ばん、と前線司令部に机を叩く音が響き渡る。手を打ち付け、怒声に近い声を上げたのは前線の軍を預かる一人の将軍だ。
その言葉に即座に応答出来るものは誰もいない。人類軍及び藤原家の作戦指揮を務める菅原ミッチーも、居並ぶ各大名、大陸諸国の参謀らも押し黙る。
彼らの様相は多様なものであったが、大きく二つに分かれる。
一つは断固たる意志を秘めた眼光を鋭く藤原家とその麾下の面々に浴びせる者達。今しがた声を上げた将軍や大陸諸国の者達がこれに属する。
もう一つは藤原家を中心としたJAPANの者達。彼らは苦渋に満ちた表情のまま異人達の視線を受け止め続ける。
だが両者とも、内心が不安と怒りによって荒れ狂っていることに違いはなかった。
「……先の戦いの批判でありましたら甘んじて受け止める所存でありますが」
そんな中、最初に声を発したのはやはり菅原ミッチー。
空席が目立つ議場の中で、上座に座ったまま矢面に立っている人物だ。その横には主君は居らず、同じく主君を補佐していた参謀の姿もない。そのことに何を思うか、いつもの飄々とした様子は鳴りを潜め、静かに応対する。
反対に声を大にして言う将軍だが、彼はミッチーの言葉に否を突きつけた。
「違う! 作戦の事などどうでもいい! これ以上はもう戦えんと申しているのだ!」
再度机が叩かれる。その机の上には大陸の地図が広げられており、事細かに戦況を示すラインや駒が置かれている。
それを見ればここ二ヶ月の魔軍との戦闘で、人類軍が如何に後退しているかは明らかであった。
戦争が始まる前の人類圏と魔物界の境界線。大陸中央に設けられ、開戦時にはほぼ中央にて拮抗していたはずの防衛戦は既に大陸東部にまで下げられている。これより押し込まれてしまえば後はJAPANに撤退するしかない。
そしてその未来は時間の問題。後二、三回か悪ければ一度の戦闘で前線は再び崩壊する。そうなればまたしても大きく後退するしかない。これより後ろに有用な防衛拠点はJAPANくらいしかないのだ。
だからこそ、大陸軍としてはここが分水嶺であり、そうなる前に行動を起こしたい。
「我々は本国に帰らせて貰う! これ以上下がってしまえばシナ海に辿り着くことすら困難なのだ!」
「……ならば敗北を認めると?」
おうとも、と将軍ははっきりとその言葉を認めた。
「もう勝ち目などない。それは誰しもが解っているだろう。開戦当初程の兵力も士気もなく、おまけに帝殿は戦いに参加するどころか、軍議の場にすら姿を見せん。これでどうやって勝てと言うのか!」
「それは――」
応じはしたが続く言葉が出ないミッチーに対し、将軍は責めるように言葉を続けた。
「戦う度に兵を減らされては堪ったものではないのだ! 兵站だけ余裕があっても意味がない!」
戦死者が予想以上に出ているため、魔軍に略奪されたものを差し引いてなお食料などの物資が余っているが、将軍が言うように肝心の兵がいないのでは意味がない。
魔軍は強大かつ膨大。魔物兵の強さはただでさえ人間の兵士の二倍以上の強さを持つというのに、数でも負けている。それでも基本に忠実に攻めてくる魔軍に対して戦術的な有利を取れることは一時的かつ局所的ではあるがある。しかしそれでもどうにもならないほどの数の差。力の差。物量という暴力の前には一時的な戦術的有利など意味を成さないのだ。
唯一それを覆すことが出来るとすれば敵将を討ち取ってしまうことだが、人類軍の最強戦力である藤原石丸は魔人レオンハルトに手も足も出ず、主だった将達の殆どが使徒や大将軍に討ち取られてしまった。
魔人が無理なら被害を抑えるためにもせめて敵の使徒の一人くらい討ち取ってほしいものだが、その大本命である藤原石丸は戦場に出ない。残ったのは妖怪王である黒部や菅原ミッチーくらいのもの。もしくは、
「…………」
藤原家の面々が並ぶ中にいる一人の女武者に、将軍はちらりと視線を向ける。
無言のまま何を考えているのか押し黙り、右のみとなった腕で刀を抱えているのは源頼光。その右目の眼光は刀にのみ向けられており、視線を向けられてもピクリとも反応しない。使徒との戦いで辛うじて生き残り、左手と左目を失った彼女だが、それでもなお藤原家の主力には違いなかった。もっとも手負いとなった今では使徒や大将軍に拮抗出来はしない。可能性があるとすれば黒部くらいのものだ。ミッチーは作戦指揮で亡くなった月餅の穴を埋めるべく奔走しているし、頼光はご覧の有様。後はやはりここにはいない男になるが、それも期待出来ないとなると、
「……これ以上は生き残るための戦いだ」
と、居並ぶ面々の内、大陸側に属する者の一人がそう口にした。褐色の肌に緑色の髪、体中に紋様が描かれたその者は、大陸南側に住むムシ使いの一族の代表だ。彼は静かな声で将軍の言葉に同意する。
「我々とて最初から負ける気で戦っているわけではない。それは大昔から変わらないが、それでも負けが決まれば後は民を生かす為に戦うものだ」
それは大陸諸国にとっては共通と言っていい考えだ。魔軍との到底勝ち目のない戦争、それに抵抗するのは戦う術のない民の犠牲を少しでも減らすため。政治的な事を言えば、無抵抗でいては国としての体裁が保てないというのもあるが、戦うことで民の被害を減らせるのは事実だ。
多くの兵が死ぬことを考えるとその差は誤差かもしれないが、それでも多くの民間人は兵が戦っている間に避難し、命を拾うことが出来る。魔軍が国を滅ぼし尽くす事例がそれほど多くないことと、必要以上に追ってこないからこそだが、人間としてはそこに希望を見出すしかないのが現実だ。
「兵を失い過ぎれば国元の民を守る者がいなくなる。だからこそ、我々はここで降りさせてもらう」
「……負ければ人類が滅ぼされるとは考えないので? これほどの攻勢は今までに例を見ないはずでありますが」
その問いかけの答えを解っていながら、しかしミッチーは口にせざるを得なかった。JAPANの政治の代表としてはここで引き下がることは出来ない。
だが予想通りと言うべきか、大陸諸国からは反論の声が上がった。一度は頷き、
「確かに歴史上、これほど大規模な魔軍の攻勢はありませんし、その危惧も全くないとは言いませんが……かといって勝つことが出来るかと言われればそれは無理でしょう」
「……なればこそ、今までどおり魔軍が程々で撤退することを期待すると?」
「無論だ。そちらの方が可能性が高い」
その保証はどこにもないが、歴史的にはその可能性の方が高いことは明らかであり、実際にそれは正しかった。将の一人が続いて口にする。
「それに、だ。魔軍は藤原家を狙っており、他の国軍に対しては執着していない疑いもある」
「……確定ではないでしょう」
内心を隠したが、そう言うのが精一杯でもあった。事実、第二次キナニ平野の戦いで離散し、大陸南部の本国に帰投した軍を魔軍は放置し、東側に逃げる本隊――藤原家やJAPANの軍勢だけを狙っているように見えている。
ミッチー等は魔軍の離間工作ではないかと考えているが、それも当たっていた。
彼らは知る由もないが、魔軍が人類を滅ぼし尽くすつもりではないことは事実であり、JAPANの軍勢――正確には藤原石丸率いる藤原家を滅ぼすための戦争であることが、この戦争の表向きの真実である。
そしてこの状況を利用し、分かりやすく大陸の人間を見逃したり、敢えて大陸南部の国に対しての退路を用意して人類軍の離間を誘っているのがレオンハルトの策であることに間違いはない。
今は、その策が見事に嵌っている状況であった。JAPANの面々は大陸諸国が離散していくのを苦々しく思っても止められはしない。義に訴えかける、そもそも属国であることを主張する。方策や反論は色々あり、口にもしたがそれらは聞き入れられることはない。
平時であれば従わぬ場合には制裁、あるいは戦争に発展することもある上、藤原石丸率いる藤原家の強さは恐ろしく勝てるものではないことは皆が知っている。
だがそれ以上に恐ろしい魔軍という存在に、藤原家は滅ぼされようとしている。故に中にはそのことを内心でほくそ笑む者すらいた。人類を一度は統一されはしたが、藤原石丸と藤原家さえいなくなれば魔軍がいなくなった後に再び自国が盛り返すことが出来ると。
そして今この場で離散を防ぐ力も藤原家にはない。そもそもこの状況では上から命令してもさらなる離散を招く可能性がある。大陸東部の国を中心に残ってくれる国もまだいるが、それも時間の問題だろう。これ以上後退するようなことがあれば藤原家がJAPANに撤退するのに合わせて彼らも離れていく。
その未来を脳裏に想像しながら、ミッチーは議場から出ていく者達を黙って見送ることしか出来なかった。
「……せめて石丸殿がいれば……」
いや、それでもこの流れを止めることは出来ない。
月餅や坂上田村麻呂、多くの藤原家の有力家臣も亡くなり、このままいけば敗北も遠い未来ではない中、ミッチーが出来るのは可能な限りの時間稼ぎを行うべく、次の戦闘での策を考えることだけであった。
前線の拠点にて軍議が行われている頃。
その拠点よりも少し東部に下がった都市に建てられたとある屋敷に、一人の女性がいた。
「…………」
言葉を発さず沈鬱な表情で庭先にいる一人の男を見るのは石丸の妻である春姫だ。
故に視線の先にいる男は精悍な顔つきをした夫、藤原石丸であり、二人は第二次キナニ平野の戦い以後、ずっとこの屋敷に籠もっている。
正確には石丸が屋敷に籠もり、春姫はそんな石丸を世話するために付いて来たのだ。
「っ! っ!」
そして石丸は庭先にてひたすらに剣を振るっていた。
戦場にも出ず軍議にも出ず、それらの結果は人伝に聞くのみ。会うことが許されているのは近しい者や世話のために屋敷に務める数名のみで、後は面会を禁じている。
全ては修行の為であり、毎日のように剣だけを振る日々を送っている。
駆られる様に剣に打ち込んでおり、起きてから寝るまでの時間を全て剣に費やし、春姫が言わなければ食事も摂らないどころか寝ることすら忘れる。修行漬けの毎日だ。
それは偏に魔人レオンハルトに勝つためである。それは春姫や近しい者達には分かっている。一見すれば自分に求められている使命を果たさんとするべく努力しているように見えるし、そのことに間違いはない。
しかし春姫には石丸に起こった変化に胸のざわつきを隠せないでいた。
「……っ!」
剣を振る石丸。その姿は以前と比べて――覇気がない。
それはおそらく春姫でなければ解らないような微細な違い。言われれば解る者もいるだろうが、幼き頃から石丸を見ていた春姫は直ぐにそれに気づいた。
石丸は剣の修行の際でも、どこか喜悦を帯びたような轟々とした気を漂わせていたものだ。
しかし今はどこか勢いがなく、その剣のキレはいまいちであるように春姫には見えた。
技術的には変わらない、ともすれば進歩しているかもしれない。その辺りの剣の技術に関しては春姫が詳しく口に出せるものではない。
だが――どうしてもその剣に空虚なものを感じざるを得ないのだ。
まるで嫌々やっているような、もしくは使命感のみで動いているような、そんなイメージだ。
……引き摺っているのでしょうか。
今まで敗北を知らなかった石丸が、初めてそれを経験した。
坂上田村麻呂や月餅、その他多くの仲間の死と共に敗北を痛感した。ゆえに引きずるのも無理はないとは思う。
しかし敗北はともかく、仲間の死であれば別に初めてというわけでもない。JAPANの武家――否、武家でなくとも民であれば身内や隣人の死は珍しいことではない。JAPANは危険な土地であり、一度の地震で何万と死ぬだけでなく、鬼や妖怪の襲撃や、身内同士で殺し合うことだってあるのだ。それは石丸も分かっているはず。
やはり近しいものが死んだことが堪えたのだろう。加えて負けたことも。
……ひょっとしたら、内心では諦めて……。
そう思い、しかし直ぐにその考えを振り払った。そうは思いたくないのだ。
あの藤原石丸が諦めるところを見たくはないし、そう思ってほしくない。
だが同時にそれは自分達の我儘かもしれないと、春姫は思う。
石丸とて一人の人間に過ぎない。魔人相手に負けたからといって責められる謂れはないはずである。
しかし彼には立場がある。帝として、人類の長としての多くの者を導く立場と責任がある。その立場が、石丸をギリギリのところで留めているのかもしれない。もしその立場がなければ、早々に諦めて逃げ出すことも叶うはずである。負けることを察したところで、そのことを口にすることも許されるだろう。
だが、人類最強という肩書が、帝という立場から来る周囲からの重圧が彼を苦しめてやまない。
春姫の想像でしかないものの、あながち的外れでもないだろうと春姫は思っていた。
そしてもしそうなら、彼をその苦しみから解放するのがいいのかもしれない。
「……母上ー」
「……どうしたの?」
庭先の縁側にてごろごろしていたももが不意に声を掛けてくる。退屈しているような気怠げな様子だが、それも致し方ないだろう。かれこれ一ヶ月はこの調子だ。実の子供の声であっても今の石丸には反応している余裕がない。最初は石丸の剣の修行に騒いでいたが、代わり映えしない一日に飽きて気ままに過ごすようになった。勉強などはさせているが、それ以外は好きにさせている。最近では庭先で石を的に当てる遊びをしている。妙に才能があるのか、百発百中だと自慢していた。そんなももが、遊びをやめて近づいてくると、
「父上はいつまで修行するのですか?」
「……そうですね……」
即答は出来ない。というかこちらが石丸に聞きたいことだ。
だが、長くはないと春姫は思う。後数回ほど魔軍と戦い負ければ、JAPANまで撤退することになるだろう。魔軍がどこまで追いかけてくるかは不明だが、戦いが続くにしろ終わるにしろ、石丸の修行の日々は終わりを告げることになる。撤退する前に致命的に敗北してしまえば散り散りになって逃げるしかなくなるだろう。そうなれば石丸も戦わざるを得ない。
……どうすれば良いのでしょうね……。
不安に思うのは春姫も同じだ。屋敷に籠もっていても戦況は聞いている。このままでは敗北は必至であり、自分達の身も危ういだろう。自分はともかく、ももには生き延びてほしいが果たしてそれが叶うのか。そして、石丸はどうなるのか。
考えて、春姫は曖昧な笑みを浮かべた。
「……ごめんね。それは母にも解らないことなの」
「……そうなんだ」
少し間を置いてももが頷く。そして考えるような素振りを見せた後に、
「母上! お願いしたいことがあります!」
「? どうしたの? 改まって……」
勢いよく顔を上げて笑みを浮かべたももに何故か嫌な予感を感じつつ尋ねる。すると案の定と言うべきか、笑顔でとんでもないことを宣った。
「私も戦う術が欲しいですっ!」
「…………えっ」
「そして魔物をボコボコにしてやるのですっ!」
思わず間の抜けた声を発し、口を半開きにさせたまま固まる。
……た、戦う術って……さ、さすがに早すぎなのでは……!?
何となくだが言おうとしていることは解らないでもないが、まだ小さな子供であるももには早すぎる気もするし、そうでなくとも危ないことは出来ればしてほしくはない。
だが武家としては一応の理解はあるので、危ないことをするなという否定は控える。代わりに前者を口にしようと一息ついて、
「……まだ早いから駄目です」
「でも父上は私よりも幼い頃に剣を振るっていたと……」
痛いところを突かれた。いや、それは確かにそうなのだが、
「……石丸様は特別です。なのでそのお願いは認めることは出来ません」
「それはずるいですっ! 父上がおーけーなら私もおーけーでいいではありませんか!」
「駄目なものは駄目です」
微妙に最近の言葉を使いつつ言うももにぴしゃりと否を突きつける。不満そうに頬を膨らませたももだが、この言い分だとその気持ちも解らないではないが、武家にとって親や当主の言いつけは絶対だ。それを破りまくった石丸や自分が言えることではないかもしれないが、それはそれ。親の言うことが絶対です。
「……そもそも何故そんなことを。今から鍛えてもももに出来ることは何もないですよ?」
「……出来ることならありますぞ!」
と、ももは縁側に立って不敵な笑みを浮かべて言った。
「私が総大将となって民を導いてみせますっ!」
「……! それは――」
ももが放ったその言葉の意味を少し吟味する。そして出てきた答えは、
「……父の代わりになりたいのですか?」
「ふはは! そうですぞ! 今の父上は軍議にも出ないにーと状態ですし、私が代わりに帝になるのですっ! 下剋上しますっ!」
「え、えぇー……?」
下剋上下剋上とリズム良く言うももに困惑してしまう。というか石丸に対して酷い言い草だ。聞こえていないだろうかと心配になる。距離もあるし、修行中の集中力を考えると周囲の音なんて聞いてないだろうけど。しかしこの発言は、
……幼い頃の石丸様みたいなことを……。
やはり血は争えないなぁ、と染み染み思う。将来石丸みたいに滅茶苦茶になったらどうしよう。嫁の貰い手がなくなったら困るなぁとも。
そんなことを考えていると自分の中で不意に、
「……あっ――」
ふと思いつく。
確かに、石丸が引きこもっていることで軍議が荒れたり、士気が下がったりと色々と問題が出ている。ミッチーらがそれを解決しようと何とか奔走しているが厳しい状況が続いているのが現状だ。
それを少しでも解決出来ればとこちらも知恵を出し合っていたが、
「……もも。支度をしますよ」
「! お出かけですか!?」
飛び上がらんばかりに身体を起こし目を輝かせるもも。最近は屋敷から出ていなかったから嬉しいのだろう。その問いに静かに頷き、
「ええ。ちょっと良いことを思いつきましたから」
そう言って、屋敷の奥に支度をしようとももを連れて引っ込む。頭の中では既にこの後の行動についての思案が巡っており、
……確か蔵に……あっ、その前に一応ミッチーさんに相談して――。
思考しながら支度を終えた春姫とももは直ぐ様屋敷を出て目的地へと向かっていった。
前線の魔軍司令部――そこに女性の声が響いた。
「――そろそろ年越しですよーう!」
軍議をしようと集まったレオンハルト軍の重鎮達は一様にその発言を聞いたが――誰も反応することなくシーンと部屋が静まり返る。
そのことに発言をした張本人。魔人レオンハルトの使徒であるペールは首を傾げて不満そうになる。
「ちょっとちょっと! 皆さんノリが悪いですよう! 年末くらいはもうちょっと盛り上がってもいいと思います! レオンハルト様もそう思いますよねっ!?」
「……今が戦時中で、軍議の真っ最中じゃなければな」
静かにそう声に出したのは占領した都市の一際豪華な屋敷の一室。その上座に一人座る魔人レオンハルトだ。
金髪で灼眼の鋭い瞳をした魔人筆頭兼魔軍参謀。その声を聞けば多くの魔物がひれ伏す最強の魔人は、しかし呆れたように息を吐いて自らの使徒を見た。
「よく見ろ。年末だからと騒いでいるのはお前だけだ。お前以外は――」
「も~い~くつ寝ーるとー、お正月~♪ ですわー!」
「…………」
よく見るとレオンハルトの第一使徒であるキャロルが、その金色のツインテールを揺らしながらご機嫌な様子で歌い始めていた。
その手には年明けに遊ぶつもりなのだろうか、独楽だったり凧だったり色んな遊び道具がある。レオンハルトが発言した直後のその様子に居並ぶ魔物将軍達は気まずそうに口を噤む。ツッコミを入れるようなことはさすがにしない。
だがそのような遠慮をしないペールは半目で、
「……キャロル先輩は楽しそうに騒いでますよ?」
「……おい、キャロル」
ペールから視線を逸らしてキャロルを呼ぶと彼女は即座の反応を見せてこちらに振り向いた。
「はい、レオンハルト様! どうかしましたか!?」
レオンハルトは眼を細め、いつものことながら自らの使徒の行動に呆れつつ言葉を続けた。
「どうかしましたか? じゃない。お前、忘れてるんじゃないのか?」
「え、忘れ――ハッ!?」
そこで何かに気づいたようにキャロルが文字通りハッとする。ようやく本筋に戻れるなとレオンハルトが息を入れると、
「年越し蕎麦の手配を忘れていましたわ! 申し訳ありませんの! 今直ぐ手配致します!」
「そうだ……年越し蕎麦を忘れるなど愚行の極み。万死に値する――って、そんなわけあるか!」
「あれ? 違いましたの?」
「レオンハルト様がノリツッコミした……」
キャロルとレオンハルトのやり取りに魔物将軍らが内心での呟きを小声で口にしているとキャロルが続けて残念そうな様子で、
「なら年越し蕎麦は無しですの……? それは残念ですわー……」
「そうじゃない。それは別に良いことだ。ちゃんと手配しろ」
真顔になって言うレオンハルト。普段よりもテンションが高い気がするのはやはり年末だから微妙に盛り上がっているのだろうか。意外とイベントが好きで割とこだわるのはレオンハルト軍の古参の面々にはよく知られた事実である。
ともあれそういうことではないと、
「そういえば遠征中ですし、兵達の分も手配しますか? 街にいないのでこのままでは皆年越し蕎麦を逃してしまうことになりますの」
「む……それは確かに……」
キャロルの言葉でレオンハルトが思考をそちらに向ける。確かに、平時であれば街では年末年始はイベントがあったり、風物詩として蕎麦を食べたり、餅を突いたりするものだが遠征中ではそれは出来ない。
戦争中とはいえ一日、二日の息抜きとしてちょっとした宴会を開くくらいは考えていたが、他に考えることが多くて忘れていた。これを忘れてしまっていれば兵から不評不満が出るかもしれなかったので良い機会だったかもしれない。とはいえ、
「それは良いが、今から手配して間に合うのかが肝だな……輸送にも兵を割いてはいるが、追加で物資を運ぶとなると追加の人員も必要となる。問題はないだろうが、前線からこれ以上の兵を割くのは……」
「そうですわね……この際ですし、その輸送分だけケッセルリンク様やガルティア様に頼んでみてはどうでしょう? 戦争に参加するわけではないので手を貸したことにはなりませんわ!」
「……良案だな。まあ、深く考えることでもない。そうするとしよう。手配は任せるぞ」
「承りましたわー!」
そうして年末年始に関する議題が終わる。すると、横から声が飛んだ。
「いやいやいや、そうじゃないでしょうが。何普通にゆるいこと話してんのよ」
と、半目で口にしたのはレオンハルトの使徒である元黒髪のカラーであるハンティだ。真面目な彼女は乗っかることもせずに軌道修正しようとツッコミを入れる。
「次の作戦についての軍議でしょ? 年末の事については後からでもいいでしょうに」
「その通りです! もう少し緊張感を持ちましょう!」
「……元はと言えばあんたのせいでしょうが!」
「あんっ、始祖様ってば手厳しいー!」
ツッコミを入れられたペールがからかうような口調で言ったが、ハンティが魔法を出すような素振りを見せると手のひらを返したように直ぐに黙った。
すると居並ぶ魔物将軍の前にいた一際大きな魔物、魔物大将軍リーが何事もなかったかのように、
「しかし推移は順調。仮にこのまま素直に攻勢を続けていても問題無く勝てるでしょう。故に問題は、どれだけ損害を減らせるか。そしてどれだけ早期に終わらせられるかですな」
「さすがはリーさんですね……滅茶苦茶自然に話を戻しましたよ」
「むっ……リー大将軍には負けませんわ! わたくしの方が自然に話を戻せますわよ! 勝負ですわ!」
「えっ……いや、あの……」
ペールに煽られてキャロルがビシッと指をリー大将軍に向かって突きつけた。困惑したように反応に迷うリーにハンティが口元を引き攣らせ、
「あーもう! 話が進まないから余計な茶々入れない!」
「そうですよう。一度落ち着きましょう。なので、ここは一旦休憩に――」
「――次この場で余計な事言ったら問答無用で雷撃だから」
「……………………」
ハンティの暴力宣言に議場が一斉に静まり返る。とうとう力で黙らせに走った。魔物社会的には一番正しいかもしれないが……、とレオンハルトが何とも言えない気分になっていると、リーが再び恐る恐ると、
「……え、えー……それでは、どうしましょうか……?」
との伺うような言葉にも魔物将軍達が微妙な雰囲気で機を伺っているので、レオンハルトは話やすい空気を作るべく、己の務めを果たそうと口を開いた。
「……先程のリーの言葉の通りだな。このまま普通に攻め立ててもこちらの勝利は既に揺るぎない。後はどれだけ早く終わらせられるかだ」
「そうですわね! 損害に関しては最近は抑えられていますし!」
キャロルはあまり怯んだ様子もなく同意する。補足として損害についてもコメントし、
「向こうの将も沢山討ち取っていますし、個人として敵になりそうな敵も少ないですわ!」
うむ、とレオンハルトはその発言に頷く。
雑兵については特に考えなくてもいい。真正面からぶつかれば魔軍に勝てる軍隊は存在しない。相手の作戦、戦術に注意し、不意を打たれないようにしながら大きな数で当たれば簡単に勝つことが出来る。兵数差が開いてきた今では尚更だ。
従って次に考えるのは敵将、実力者に対することだ。
魔軍に勝利、ないし食い下がろうと思うなら魔物隊長や魔物将軍を討ち取ってしまうのが早い。
だが単騎でそれが出来る人間は限られている。大勢で当たれば倒すことは出来るだろうが、こちらも軍勢を率いているのだから簡単に一対多とはいかない。確実にやるなら集団戦の中で、相手の将を上回る強さが必要なのだ。
そして人類軍にそれが出来る人間は限られている。妖怪王である黒部や参謀である菅原ミッチー、身体部位の欠損が生じるほどの重傷を負ったが、戦場にて戦う姿が目撃されている源頼光。この三人が今の人類軍の主力であり、それより下は大分開きがある。数はそれなりにいたが自分や使徒達、そしてかなり張り切っている――
「特にコウウは良い働き振りだな。多くの将を討ち取ってくれている」
「ははっ! 勿体なきお言葉! 感謝致します!」
ハキハキとした様子で感謝を告げる魔物大将軍コウウ。先の戦いでザビエル軍崩壊の責任を取らされないかと怯えているコウウは鬼神の如き戦い振りで多くの将を討ち取っていた。
レオンハルトが部下の戦功の機会を必要以上に取らないようにとやや自重し始めてからはレオンハルトに迫る勢いの首を取っている。戦場における働きぶりはコウウをあまり好ましく思っていない多くの魔物将軍らも舌を巻く程だ。認める他ない。
とはいえ、レオンハルトも戦場には出続けているし、使徒や他の将達も士気高く敵を順調に蹴散らしている。
そんな中で、レオンハルトが気にかけているのはやはり一人の男の存在だった。
「……だが、藤原石丸は未だ戦場に姿を見せず、か」
その発言に居並ぶ諸将は渋い顔をする。
レオンハルトが戦場に出続ける理由、それは藤原石丸への“対策”に他ならない。
第二次キナニ平野の戦いでレオンハルトに手も足も出なかったとはいえ、石丸は魔人四天王の一角であるザビエルを討ち取った人類最強の猛者。
ゆえに使徒や大将軍らでは不安が残る。レオンハルトが戦場に出ていない時にそちらを狙われてしまう可能性があるのだ。だからこそレオンハルトは毎度戦場に出ている。石丸が現れた時に直ぐに対応が出来るように。
そして更に言うなら、石丸を討ち取った時点でこの戦争はほぼ終わりと言っていい。
魔王ナイチサの命令である藤原家討伐。その目標の一つである悪魔月餅は既にあの世に送った。魔軍に所属する多くの者は知る由もないが、この時点で一番重要な戦略目標は達成されている。正直、藤原家はおまけに過ぎないのだ。
多少生意気だから潰しておけというあくまでついでである。それでも魔王の命なので重要な事には変わりないが、こちらに関してはある程度どのように終わらせるかの融通は利く。
藤原家討伐、という任務をどのように解釈するかで終戦は決まってくるのだ。
当主である藤原石丸を殺して終わりなのか、主だった面々を殺して終わりなのか、それとも文字通り関わった人間を皆殺しにするのか。
その答えとして、レオンハルトはまず最低限、藤原石丸の殺害と、藤原家の継戦能力の消滅を設定した。
藤原家という勢力がこの先台頭することのないように、石丸という中心人物とその兵力は徹底的に潰す。主だった将達も殺してしまうのが望ましい。血の繋がった一族も出来るだけ殺す必要があるだろう。全員を探し出して殺すことは特定することも考えると完璧にこなすことは難しいが、ある程度ちゃんとやっているというポーズは取らなければならない。なので数十名単位で殺す必要は出てくるだろう。無為に殺すことはないが、必要であれば女子供とて容赦はしない。
ともあれ、最優先として石丸を殺すのが敵の士気を砕く上でも手っ取り早いことには違いない。なので石丸が現れるのを待っているのだが、
「レオンハルト様の強さに恐れをなして逃げたのでは?」
「あー、それはあるかもですねぇ。普通に考えて人間からしたら絶望でしかないですし」
と、何の気なしにキャロルが言う。それにペールも肩を竦めて同意した。
その発言に、レオンハルトは以前であれば“それはないだろう”と否定していたと思う。
だが今は、その意見が正しいのではないかと思い始めていた。
戦場に現れないこと。そして敗北を与えたことで心が折れたのではないかと疑っていた。
それはレオンハルトと相対した人間の戦士が最期に感じること。
“絶望”。
魔人レオンハルトと死合った人間は、その非情なまでの実力差に諦め、絶望して死んでいく。
数少ないレオンハルトに見初められ生き残った人間も、戦士としては再起不能となるのが殆どであり、二度とレオンハルトの前に姿を見せることはない。
今回もそれではないかとレオンハルトは思い始めていた。
「……期待、し過ぎたか……」
声に出したか出してないかくらいの声を発する。落胆していることは明らかであり、本人も自覚していた。長年、藤原石丸であれば愉しめるのではないかと期待していた。そして確かに、藤原石丸は最強の人間であった。ザビエルを倒したことからもそれは分かるし、その実力はレオンハルトの期待値には届いている――と思っていた。
思ったよりも、己の期待値は高かった。己が勝手に期待していただけなのだから石丸は悪くないのだが――裏切られたように感じてしまっていた。
それもひとえに、己が期待し過ぎたがゆえの事。そして、強くなりすぎたがゆえの結果だ。強くなることは必要なことであるとはいえ、多少の寂寥感のようなものを感じる。
まだ解らないとはいえ、その可能性は限りなくゼロに近い。だから期待するのはやめようと、レオンハルトはそれを吐き出すように深く息を吐いた。
そして居住まいを軽く正し――魔軍参謀としての心持ちで、レオンハルトは発言する。
「――そうだな。少し、策を取ってみるか」
その言葉に周囲の眼が集まる。キャロルがキラキラした瞳を向けてテンション高めに、
「久し振りにレオンハルト様の神算鬼謀振りが見れるのですわね! ――して、どのような作戦ですの!?」
「別に大した策じゃない。少し狡いだけの策だ」
「少し狡い、ですの?」
「ふふふ、そういうの。ペールちゃんは大好きですよう」
キャロルが首を傾げ、ペールが悪い笑みを浮かべる。レオンハルトは立ち上がり、
「準備に多少時間は掛かるがな。だがそれを差し引いても早く終るだろう。――とりあえずハンティには手伝って貰うぞ」
「あたし? 別にいいけど……結局何するのさ」
ハンティが頷きながらも疑問を投げる。魔物将軍らも一体何をするつもりなのかと疑問する視線を言外に向けてきている。それらに応えるように、レオンハルトは不敵に口を開いた。
「魔人にしか出来ないちょっとした“技”を使う。それは――」
議場にレオンハルトの策を説明する声だけが暫くの間響き渡る。その内容にキャロルは眼を輝かせ、ハンティは納得した表情を見せ、ペールは黒い笑みを浮かべ、リーやコウウはその作戦が単純ではあるが有用であることに頷き、魔物将軍や魔物隊長らも魔人への畏怖を再確認する。
そうして魔軍は次の戦いに向けての準備に動き始めた。
スラル「あけおめー!」
レオンハルト「あけおめ――って、もう半月くらい経ってるけどな」
スラル「細かいことはいいのよ。正月明けて半月くらいなら初めて会った人にあけおめって言うでしょ?」
レオンハルト「まあそうだが……」
スラル「それに本当はクリスマスの小話とか正月の小話とか予定してたのに無くなっちゃったからこういうところで言っときたいのよ」
レオンハルト「ああ、なるほど。だからその名残が本編に……」
スラル「そういうことね。作中の時間も11月末くらいで次回くらいに年越すからちょうどいいでしょ? ともあれ、今年もよろしくね!」
ラウネア「…………(そしてさり気なく活動報告にキャラプロフィール更新してあるから興味がある人は見てね)」