戦争という名の消化試合は次回。本編どうぞ
それは交戦が始まる数日前のこと。
渓谷の奥では魔軍が人知れず作戦準備に取り掛かっていた。
「次! 341部隊目の転移作業を開始せよ!」
「はっ!」
魔物隊長の声を受けて大勢の魔法魔物兵が巨大な魔法陣に向かって魔力を注入する。
これによって発動した魔法陣は光を発し、その光が収まる頃には数百名程の魔物兵が現れていた。その場に現れた魔物兵達は自分達が本当に転移したことに驚いた様子だが、ざわつくより先に魔物将軍の指示を受けた。
「前進し、抜けた先の広場にて待機! 細い道であるからな! 十分注意せよ!」
「はっ!」
命令通りに前進し、魔法陣から離れる。そして確かに前方には両側が岩肌に包まれた細い道があり、魔物兵達はそこを縦に並んで通り抜ける。
するとその先には同じように転移してきた大勢の魔物兵の姿があり、魔物隊長の指示に従って同じように並んで待機する。
しばらくすると再び後ろから同じように転移して移動してきたのだろう、別の部隊の者達が並んで待機する。そうやって同じ作業をひたすら繰り返すのを確認するように見ている者がいた。それがこの作戦を立てた張本人である魔人で、
「……この分だとまだ少し掛かりそうだな」
レオンハルトは崖となった高台の上から眼下を見て呟く。大部隊での移動や展開に向かない細い道の多いこの渓谷の中で巨大な魔法陣を描ける場所はここしかない。渓谷を分断するように通る大きな道に部隊を展開するのにもそこまでの移動に時間が掛かる。だがそれを鑑みてもこの作戦は有用なものであるはずだ。
眼下では多くの魔物兵が待機し、炊事を行っていたり、寝泊まり用の天幕を張っていたりする。部隊を完全に転移させるまでに後数日は掛かることを考えればこれは致し方ない。
しかし、いくら人里離れた渓谷の中とはいえこれだけ大規模に動いていては発見される可能性もあるが――それに関しては別の方法で解決した。
「ペール、結界は問題ないか?」
「はい、レオンハルト様。万全ですよ。今の所、人の気配もないですしね」
そうか、と頷く。使徒の一人であるペールにはこの場所を中心に結界を張ってもらっている。迷いの結界だ。
誰かが渓谷に入っても、この場所には辿り着けないように。作戦前にバレてしまえば効果は薄れてしまう。ゆえにハンティにも渓谷の中や周囲を見張らせている。結界に気づいたり、何かの拍子で感づかれてしまっては目も当てられないのだ。
レオンハルトがじっとそんなことを考えていると、横で作業を行っていた使徒キャロルがこちらを向いて、
「さすがはレオンハルト様ですわ! 転移魔法陣なんて素晴らしくも高度な魔法を知っていて、それを扱えるなんて……! これがあれば人間なんてあっという間に蹴散らしてやれますわ! ――あ」
と、そこまで言ってキャロルは不意に動きを止める。表情も、作業のために動かしていた手も。
何事かとキャロルを見て疑問符を頭に浮かべたレオンハルトとペール。しかし数瞬後、キャロルは先の発言を申し訳なく思うように表情を落ち込ませ、
「レオンハルト様なら転移魔法陣が無くても余裕ですわ……! わたくしったら危うくなんて過小評価を……!」
これでは完璧使徒失格ですわ! と叫ぶキャロルにレオンハルトは軽く呆れ、ペールもいつものことだと苦笑した。
「……別に気にしてないからお前も気にするな」
「というかキャロル先輩の意見もある意味間違ってないですよね。レオンハルト様が一人で突っ込んでも終わりますけど、効率的にとか、色んな意味でこっちの方が良さそうですし」
「まあ、そうだな」
「……理解っていても過小評価はよくありませんわ! これが終わったら特訓兼お仕置きとして渓谷の周りを十周ほどしてきますわ!」
己を鍛えるべく自ら罰を与えようとするキャロル。向上心が高くて何よりだ。レオンハルトは一つ頷き、
「目立つからやめろ」
「なら普通にトレーニングで我慢しますわ!」
そんなことをしたら人間に目撃されるかもしれないので止めておく。それを聞くとキャロルは即復活して、再び得物である銃を整備し始めた。得物の手入れを怠るな、とかなり昔に教えてから毎日欠かさずやっているキャロルの日課である。
……だがまあ、やはりこの策でも問題無さそうだな。
そして実際、彼女たちの意見も間違っていない。この方法を選んだのは戦争を早く終わらせるためであり、部下達に暴れてもらうためなのだ。そういう意図で発案した今回の作戦。その肝であり主柱は自らが使った“転移魔法陣”だ。
これはそれぞれ別の地点に巨大な魔法陣を描き、大量の魔力を注入することで魔法陣の上に乗ったものをもう一方に転移させることが出来るという高度な魔法だ。
魔人にしか使えない魔人の秘術であり、準備に時間を要するが、一度魔法陣を構築し、準備を整えてしまえば魔力を注ぐことで何度でも使える優れた魔法である。壊されない限りは半永久的に使える上、破壊するのにも手間が掛かる。一度に送れるものの数にも制限はなく、魔法陣の上に乗っていれば幾らでも転移可能。
だが、魔人の秘術とはいうもののある程度魔法の腕が必要なため、魔人であれば誰にでも使えるというわけではない。最低でも必殺技を使えるくらいには魔法の腕が必要で、魔法陣を描くために消費される魔力の量も膨大だ。発動にはそこまで魔力を食わないが、それでも何十体かの魔法魔物兵で交代して発動させないといけないくらいには魔力を消費する。魔人並の力があれば発動には問題ないが、転移魔法陣を描くのに殆どの魔力が持っていかれるだろう。かくいう自分も、一日で魔法陣を二つ描いてから直ぐに魔法を発動させるには微妙に魔力が足りない。なのでハンティにも付いてきてもらい手伝ってもらったのだ。
正直、魔人の秘術とは言うが、原因はこれなのではないかとレオンハルトは思う。魔人並の実力――即ち、魔力がないと使えないというだけではないか。
何故なら魔王は使える。魔人だけ、という条件だが教えればハンティも使えるのではないかと思う。彼女はもっと便利な魔法があるのでそこまで必要ではないだろうが。仮に人間でとんでもない魔法の才能の持ち主がいれば解らない。人間用に作られていないが、ハンティ並の魔法の才能があればその無理も押し通すことが出来るだろう。この魔法の存在や、発動方法を知ることが出来ればの話ではあるが、
「あ、藤吉郎さん。そこの部品取って下さいまし」
「!」
「ありがとうございますわ。よし、これで整備完了ですの!」
何故かキャロルが整備していた回転式拳銃がパン、と発砲。
「ギャー!?」
「な、何だ!? どこからか流れ弾が……!」
「あ、ごめんなさいですの!」
「またキャロル様か!?」
「気をつけてくださいよー! 当たりどころが悪ければ死んでますよ!」
と、キャロルと魔物兵の間でやり取りが行われる。ガウガウに貰った得物の調整はキャロルに任せないほうがいいかもな……と思う。
再び調整を始めたキャロルに気を取られつつも、
「……とにかく、この戦いで藤原家は壊滅させる」
途中で頭を切り替え、強い意志を込めてそう口にする。今まで一度も人間との戦争はおろか、殆ど使ったことのない魔法を使った理由がこれだ。
作戦が成功すれば、ほぼ確実に藤原家の――否、人類軍を壊滅させることが可能で、多くの将を一網打尽に出来る。
不安要素があるとすれば、
「藤原石丸。奴がいればいいが……」
「そういえばその藤原石丸が復活したとかなんとか言う噂が上がってきてましたね」
ペールが思い返すように噂を声に出す。そのまま続けて、
「確かにそろそろ帰りたいので総大将が包囲の中にいてくれればいいなぁ。ここより東とか、JAPANとかにいたら面倒過ぎますよう」
はぁ、と溜息をつきながら頬に手を当てるペール。転移魔法陣を使って人類軍の後方――東側に魔軍を移動させ、西と東の両方から集まった人類軍を挟み撃ちにする作戦。その中に藤原石丸がいれば、確かに直ぐに戦いが終わる。いなかった場合は面倒なことになる可能性がある。しかし、
「面倒かもしれないが、その場合はJAPANまで遠征することになる」
「えぇ~……面倒ですよーう……」
「とはいえ人類軍は今回で徹底的に叩いて磨り潰す。だからJAPANに行くことになっても抵抗は殆ど無いだろう。遭ったとしてもそれこそ磨り潰すだけだからな。任務でこういう風に例えるのは良くないが……それこそピクニックに行くようなものだ」
「JAPANに小旅行ですわね! わたくし、お団子が食べたいですわ!」
「それはそうかもですけどね……はぁ……」
キャロルはJAPANへピクニックだと聞いて能天気に団子が食べたいと声を上げたが、それを聞いてもペールのテンションは低いようだった。レオンハルトは微妙に違和感を感じて目を細めてペールに聞く。
「……何故そんなに嫌がってる? こう言うのもなんだが、おそらくこれが最後の山場でこれより先はそれほど面倒な仕事はないぞ?」
仕事を嫌がっているのかと、もう一度、苦労するような仕事はないと伝えてみる。
しかしペールはこちらを見て再度溜息を吐くとふらふらと距離を詰めてきて、
「いや、仕事を嫌がってるわけじゃなくてですね……」
「? じゃあ何だ?」
再度問う。するとふらふらと近寄ってきたペールが距離を詰めてこちらの服を掴み、
「……ぶっちゃけ、そろそろ欲求不満が限界で……」
「…………は?」
一瞬、自分の中で時が止まる。一体こいつは何を言ってるんだ。頭は大丈夫か? と、更に目を細めたが、近くにいたキャロルなどはそうではないようで、ガバっと身を起こしたペールの続く言葉に頷いた。
「だってレオンハルト様! 遠征中は相手してくれないじゃないですか!? だから早く帰ってぐっちょぐっちょに爛れた生活――もとい性活がしたいんですよう!!」
「あ、確かにそうですの! それなら解りますわ! も、勿論、この完璧使徒にしてレオンハルト様の第一使徒であるわたくしはこれくらいのおあずけは問題無く我慢できますが!」
……何言ってんだこのアホども……。
声を大にしてそんなことを宣った頭の中がピンク色な二人。白昼堂々と何を言ってるんだと真顔になる。しかし、一応だが得心もして、
「……ああ、なるほどな。よし、仕事を再開しろ」
「――異議あり!」
「その異議は棄却されました。……いいからその話はやめろ」
即座に異議を切り捨てたがペールは未だにこちらの服を掴んで訴えかけるように、
「何でですか!? 何で遠征中は抱かないんですか!?」
「……いや、いつものことだろうが。少しくらい我慢しろ。普段は出来てるだろう」
というかこんな話を往来でするんじゃない。眼下には大勢の魔物兵もいるし、少数だが崖の上にも魔物兵はいる。聞こえない距離じゃないのだから自分のイメージを害するようなことは言わないでほしい。
だがそんな願いも虚しく、ペールは心の叫びを訴える。
「一ヶ月や二ヶ月なら我慢できますけど、それ以上はキツいんですよう! 禁欲反対!」
「……いや、だからな――」
「これ以上我慢するのはキツいです! デモしますよ! ストしますよ! 私に精の一票を! 性権交代です!」
「……遠征中は戦いのためにもそういったことは抑えるようにしているのは分かってるだろう? それよりその話は少し声を小さくして――」
「セッ○スしたいんですううう! それが駄目ならせめてしゃぶらせて下さい! それともおっぱい使いますか、おっぱい! どっちも好きですよね、レオンハルト様! 今ならそこの岩場の影で――」
「――やめろお前もうちょっと黙れ!」
大声で卑猥な事を叫び始めたペールをその言葉をかき消すように大声で黙らせようとする。しかしペールは黙るどころか更に続けて、
「どうしてですか!? おっぱい嫌いになったんですか!? フ○ラは嫌なんですか!? パ○ズリしないんですか!? この前まではあんなに好きだったのに!?」
「待て待て待て、嫌いになったわけじゃない! ……いや、そもそもそんな事実はない!」
「…………えっ?」
それを聞いてか、周囲の者達が一斉に声を上げる。皆一様に、“嘘でしょ?”と言わんばかりの表情だ。微妙にイラッとする。
というか聞こえちまってるじゃねぇか、とレオンハルトは内心頭を抱える。このままでは己のイメージが崩れて、巨乳好きの変態というイメージが更に強まってしまう。
「ほら、レオンハルト様も溜まってますよね!? ちょうどここに都合よくレオンハルト様が大好きな巨乳美少女がいますよ! ならやるしかないですよね! セッ○スしましょうセ○クスー!」
頭を抱えるこちらを前に淫語を連呼する真性のアホに頭が痛くなる。すると横から埒外のバカも口を挟もうとしてきた。
「そういうことならわたくしも黙っていませんわ!」
ポーズを取って得意げな顔を浮かべたキャロルに頭痛を感じる。十中八九余計なことを言うつもりだろう。そしてペールも未だに暴走中だ。
埒外のバカと真性のアホが揃ったら手がつけられない。普段は頭の良い二人なのだが、こういうことになるとビックリするほど頭が悪くなる。
こうなってくるとハンティが恋しくなってくるが、ハンティは今渓谷の外周りを行っているので助けを求めることは出来ない。となれば、
「……わかったから一旦黙れ。今直ぐ黙らないと戦争が終わった後もしばらくおあずけにするぞ」
「…………」
「…………」
二人のバカが一瞬で静かになる。こちらの言葉の本気度を感じ取ったのか、さすがにその罰はキツいのか。わんわんか何かを躾けてる気分になってきて頭が痛いが、静かになったのを見てレオンハルトは二人に口にする。
「いいか? 次の戦いが無事に終われば人類軍に戦う力は無くなる」
だから、
「後数日。そしてその戦いで充分な働きを見せてくれれば――その後で幾らでも相手してやる」
「……!」
その言葉にペールの目が期待で見開かれる。キャロルも似たような感じだ。続けて言い含めるように視線に圧を乗せ、静かな声で、
「お前らが欲求不満なのはよく分かった……だが、そういうことを言う時は場所を考えろ。後、声量。俺のイメージを崩すんじゃない」
人の上に立つ者にとって、イメージとはとても大切なものだ。下の者達に全ての人柄が伝わらず、全ての思想や思考を伝えることが出来ない以上、大まかなイメージとしての自分を形作る必要がある。
そして細かな発言や行動でイメージとは変わってしまうものだ。それが良いものなら良いが、悪いものは御免被りたい。
なのでそう言い含めたが、二人はそれを聞いてゆっくりと頷いてくれた。
「よし。それなら俺は少しその辺りを見てくる。何かあれば呼びに来い」
「……畏まりましたわ!」
「……了解ですよう」
キャロルがいつもの如くキラキラとした瞳を向けながら元気よく了承し、ペールは落ち着いた様子で頷く。
……これなら俺のイメージも問題ないだろう。
二人や魔物兵らを尻目に、レオンハルトはその場から離れた。
レオンハルトが去った後、周囲で待機していた魔物兵らは、
「……レオンハルト様って女好きで巨乳好きだったんだな」
「は? 何馬鹿言ってんだお前。レオンハルト様が巨乳好きとかそんなの――常識だろ」
今更馬鹿言ってんなよ、と魔物兵が軽い調子で言う。新しく魔軍に入り、レオンハルト軍に入ってきたばかりの魔物兵は、“そうか……常識か……”と染み染みと呟いた。
そうしていると他の魔物兵が二体を見つけ、
「おい、お前達。手、止めてないでさっさと作業始めるぞー」
うーっす、と軽い調子で作業を進める魔物兵。それを見聞きしていた崖の上の二人の使徒は、
「……さすがはレオンハルト様! イメージ戦略は完璧ですわね!」
「あははー……こういうのを手遅れって言うんでしょうね」
キャロルとペールの言うように、今更こんなことがあっても下がらない、ある意味完璧なイメージ戦略が出来上がっており、それを理解しているペールが半笑いで仕事に戻った。
~教えてスラル先生~
スラル「転移魔法陣ね! 気づいてると思うけど、この作品内だと私が作ったことになってるわ!」
レオンハルト「原作でも大分人類を苦しめてた秘術が初登場だな」
スラル「そうね。リーザス城で多分ノスかな? が使ってたり、シャングリラでおそらくメディウサ辺りが使ってるはずのものね。魔人なら誰でも使えるかって言われると微妙だからこんな感じになったわ」
レオンハルト「まあ、一応魔法なことを考えたら魔法使えないのに使えるわけないからな」
スラル「そういうことね。詳しく語られてるわけじゃないから考察した設定を使う独自設定だけど、明らかに間違ってる情報だったら言ってね。そういう指摘は大歓迎よ」
レオンハルト「もう原作が終わってるし、質問箱も終わったから明かされることはないだろうが、そういうのも知りたいもんだな」
スラル「その辺はしょうがないことよね――ということで、次回はとうとう石丸パートになるわ。次回も楽しみにしといてね!」