というわけで本編どうぞ
人類軍を殲滅し、勝利した魔軍。その報は瞬く間に大陸中に知れ渡った。
多くの人間が絶望し、あるいは諦観する中、勝利した彼らは占拠した人類圏の都市に集まっていた。
そこは魔軍に占領されたにしては景観が保たれた都市。レオンハルト軍が拠点として使うとある国の首都である。
「――では、これより我らレオンハルト軍恒例の新年会兼戦勝パーティを始めるが……為すべきことはまだ大いに残っている。羽目を外しすぎないよう――」
「勝利に乾杯ですわーーー!!」
「かんぱーーーい!!」
「…………」
広場の中心。簡易的に作られた壇上で乾杯の挨拶を始めようと口を開いた魔物大将軍リーは、横からジョッキを持って現れたキャロルに機先を制された。
しかもその音頭に部下達も乗っかってしまう。やはり勝利した高揚感、多幸感によって気が昂ぶっているのだろう。普段はもう少し落ち着きがあるのだが。
「……まぁ、よいか……」
一斉にジョッキやボトルを傾ける兵を見て、せめて己が気をつけていればいいだろう、と息を吐く。言った通り、勝利したとはいえやるべきことは山程あるのだ。特に戦後の処理に関してはリーが最も気を揉む事案である。勝利というのは一種の毒のようなもので、それは酒のように一時の酩酊状態とも成り得る。魔物兵の風紀や規律が乱れる懸念があるのがこの時期だ。特に占領した街を無許可で荒らし回ったり、人間に暴虐の限りを尽くしたりなど、気が大きくなってしまう。
普段からレオンハルトが定める鉄の掟、鋼の意志で知られるレオンハルト軍ですら、勝利後のこの時期だけは羽目を外して色々とやらかす輩が現れるのだ。戦後に人間を苦しめることはどの道許可されるので、厳しく取り締まられるわけではない。あって口頭での注意に留まる。
しかしだからといってルールを破っていいわけではない。物資の略奪、人間への暴行も全て決められた範囲で決められた分だけやるべきなのだ。魔物の間では、人間など下等種族であり何をしてもいいというのが多い価値観だが、リーはそうは思わない。
確かに種族全体として比較的劣っており愚かだというのも間違いない。
しかし、リーが尊敬するレオンハルトは元人間。魔人となった方々には少ないが元人間も存在する。ケッセルリンクやガルティア等の人間の中でも特異な能力を持った出身者や、最近だとパイアールなども元人間だ。
彼らは皆、例外なく優秀で高い実力を持っている。それこそ人間の頃からだ。魔人になって力を増したのは間違いないだろうが、それでもその事実を軽視してはならない。
このことから解るのは、人間にも優秀な者が存在するということ。それは戦場にいればよく解る。一人で魔物を何百と殺してしまうような化け物もいるのだ。
また、戦闘以外にも何らかの才能を持つ者もいる。有名なのは料理だろう。魔物は極一部の個体を除き、食材を調理するという文化はほぼないに等しいし、またその才能もない。それなりの期間を修行に費やせば不可能ではないが、それでも一般的な多くの魔物にとって料理というのは敷居が高い。
ゆえに魔軍――特にレオンハルトシティなどでは、料理を人間に任せることが一般的だ。料理を習った魔物、女の子モンスターなどがやっている店なども多いが、それでも未だ人間の料理人の割合は大きい。
そのためか、魔軍の中でも料理人だけは一定の地位を認められている。兵達も、料理人だけには一切手を出さない。何しろ暴力を加えでもしたらそれこそ処罰されてしまうし、それがなくとも困るのは自分達だ。料理が食べれなくなる。一度調理した食材の味を知ると、もう元の食生活には戻れない。もっとも、素材のまま食べることもなくはないが。
酒なども最近はレオンハルトシティでも製造されているが、もっぱら人間の街から奪ってくるのが普通であるため、殺しすぎて作る者がいなくなっては困るのだ。
ゆえに決められた範囲内のみで、というのはそういった人間を選別する意味合いもある。無許可で殺すなど言語道断だ。兵達はそれを理解出来ていない。人間だからと無条件で舐めて掛かるのは良くないのだ。戦場で思い知っているはずだが、中々その考えを魔物の身で理解することは難しい。
とはいえ料理人などでも、増長して抵抗したり、舐めた行動を取る人間は処分されることとなる。魔物が上で人間が下というのは変わらない。それを分かっているものは待遇も良くするし、手厚く扱おう。分かっていないものは切られるだけである。
有名なのはガルティア軍などだろうか。魔人ガルティアはグルメかつ、一日に何百キロという食料を消費する。そのため料理人は奮闘することになるのだが、だからといって料理に手を抜くとそれを見抜かれて処分されてしまう。
とはいえレオンハルト軍での人間の扱いは、他の軍や大勢の魔物と比べると雲泥の差である。三食部屋付き。欲しいものがあれば働きに応じてきちんと支給されるし、融通だって利かせられる。虐げられることもない。
にも関わらず、待遇が悪いなどと文句を付けてくる馬鹿はレッドアイ軍に送り込んでやった。向こうなら魔軍の中でもかなりの高待遇であるし、働く日数も少ない。働くだけ働いたら後はずっと“休み”な上、
そもそもレオンハルトの支配下に入ったということは、その全てはレオンハルトの所有物なのである。その所有物を勝手に殺すのも駄目だし、所有物が勝手をするのもあり得ない。それを何故分からないのか。あれほど公平かつ器の大きい御方の下に就いているというのに――
「――ちょっとリー大将軍! 聞いてますの!?」
「ん……あっ、何でしょうキャロル様」
思考に耽っていると、目の前で不満顔の上司がいた。しまった、と自分を責めてみるがもう遅い。
「何でしょうじゃありませんわ! せっかくわたくしの有り難いお話を披露していたというのに……わたくしの事は眼中にないんですの!?」
「そ、そういうわけではないのですが……」
眼中も何もない。というより、キャロルはよく自分と張り合ってはくるが、
……正直、私の事など気にせずともよいと思うのだが……。
キャロルよりも早期にレオンハルトの下に就いていたから目の敵にしているのだろうが、仮にそういう勝負だとしたら自分の負けは揺るぎない。
何しろ魔物大将軍とはいえ、自分は一介の魔物に過ぎない。キャロルの方はレオンハルトの使徒。どちらがよりレオンハルトに近いかといえば一目瞭然だろう。
だからこそそうではないと否定したのだが、キャロルは責めるように眉をひそめ、
「……なら何故話を聞いていないんですの?」
「ぐっ、それは……」
キャロルに痛い所を突かれて二の句を継げなくなる。確かに、上司の話を聞いていないというのは組織に所属するものとしてあり得ないことだ。
「申し訳ありません……」
ここは素直に謝っておく。すると周囲から、
「まぁまぁキャロル様。今は祝いの席なのですから、あまり責めずとも……」
「きっと大将軍閣下は今後のことについて気を揉まれていたのでありましょう」
魔物将軍らからそんなフォローの言葉が届く。将校らによる席であるため、キャロルやリー以外は魔物将軍か魔物隊長くらいしかいない。本来ならレオンハルトや他の使徒の方々も列席するところだ。しかしレオンハルトは報告のために魔王城へ顔を出しているし、ハンティとペールは空を飛んでどこかに行ってしまった。悲鳴が聞こえたが、それは聞こえなかったことにしておく。
「……まぁ、わたくしは器が大きいので許してあげますわ! 細かいことは気にしませんの!」
完璧使徒ですから! と手を逆の頬に当てるポーズで得意げになるキャロル。周囲から、“よっ! 完璧使徒”、“あまりにも完璧すぎて直視出来ない……!”、などと囃し立てられるが、どうにも自分よりキャロルの扱いが上手くなってないだろうか。かなり得意気になって高笑いしている。酒も入っているためか、いつもより三割増しでアレなのだが、とか思っていると、
「その完璧なわたくしが完璧に手配した美食の数々を堪能するといいですわ! 今回の遠征で手に入れた新食材を使った新しい料理もありますのよ!」
「さすがはキャロル様!」
「あまりにも完璧……!」
その言葉に魔物将軍たちも沸く。理知的で頭の良い彼らでも勝利の高揚感からは逃れられないのだろう。
……それは私も同じではあるがな……。
かくいうリーも、新しい料理を聞いては楽しみとなる。そう、そのためにも人間の料理人は貴重なのだ。弱かろうが頭が悪かろうが、料理が上手ければいい。下等種族であっても――
「フハハハハハハハハハッ!! この新食材共め……ッ! 我がミシュラン一族に伝わる調理法で美味しくしてやるッ! ドラゴンを葬り去った我が奥義を喰らえッ! “シベリアの落雷”ッ!!」
……だが、あの化け物は人間とカウントしない。あの、聞いただけではどんな調理をしているか全く想像出来ないが、文字通り必殺技のような連撃を雷のような轟音とともに食材に叩き込んでいるアレは人の皮を被った鬼か何かだと思う。
そういえばレオンハルト様の厚意で兵を労おうと一日だけ出張に来ているのだった、とリーは思い出した。あんなのでも料理は魔物界一である。有り難いが、出来れば音はもう少し控えめにしてほしい。
その点、
「……どうぞ」
「ん……ああ」
給仕に来た人間を見て思う。
レオンハルトが石丸の餌として捕まえてきた人間の女だ。しばらくは捕らえておけとの命令だが、料理が出来るとのことで手伝わせることとなった。逃げられないように監視と鎖付きではあるが役に立つのなら良いことだと思う。
藤原石丸の情に訴えかけるようなありふれた人質作戦だが、果たしてこれが成功するかどうかはレオンハルトを信奉しているリーから見ても微妙なところだ。
人間相手ではよくあることだが、国や軍の支配者層が我が身可愛さに逃げ出すことは珍しくない。そういうところが、人間の好ましくない部分だ。理解は出来る。敗戦した時、後の反撃のためにも将を生かさねばならないし、優先順位が違うのは解る。
だがそれを加味してもやはりあり得ない。魔物将軍、魔物大将軍と経験を積んできたリーは、石丸の将としての評価を凡将であると位置づける。
……途中までは稀代の猛将だと思ったが……最後にケチが付いたな。
だがそれも、レオンハルトが相手ならばしょうがないとも思う。そもそも敵対した時点で間違いだ。人間とて、魔軍――いや、レオンハルトに恭順し、忠誠を誓うのならば幸福は訪れるのだ。それならば、同じ志を持った……そう、“同志”として温かく迎え入れてやれるものを。
リーは魔軍のために働いている春姫や、他の人間達を見て“こうあるべきだ”という自身の理想の光景を肴に酒を呷る。
……それにしても料理の上手い嫁か……確かにそこは外せないだろうが……ううむ……。
軍の間でも、一部の料理の上手い女の子モンスターなどは人気が高い。部下からも、よく早く嫁でも作ってはどうかと聞かれるし、レオンハルトもそれを勧めてくるのだ。
レオンハルト様の頼みとあらば頷きたい、とリーは思うのだが、相手が難しい。
せめてレオンハルト様の様な素晴らしい相手であればな……、とリーは再びその話題を向けられる気配を感じて、重い溜息を吐いた。
「では、恒例の隠し芸大会を始めますわよー!!」
「おおおおぉぉ!」
使徒キャロルの掛け声に合わせて声を上げる魔物を遠目に見て、春姫は率直な感想を得た。
……凄い熱気ですね……。
勝利の宴と考えればこの熱気も無理ないかもしれないが、はっきり言って驚いてしまった。
その光景は、自分達が戦いに勝って喜んでいる様子と大差ない。違うのは種族――そして人間が働かされているというだけだ。
しかしその人間達も、特別不満そうにも見えない。内心どうかは分からないが、少なくとも表面上は普通に働いているように見える。
特に派遣されてきたという料理人は、恐怖と暴力を背景に働かされているという感じには、とてもではないが思えない。
魔軍に捕まり、捕虜となったからにはそれ相応の覚悟していたが特に何もされていない。精々、こうやって料理を作らされているくらいだ。どうにも思っていたのと違うというのが正直な感想だ。同じ様に働かされている人に聞いてみても、
「……え? いつもこんな感じだけど?」
「いやまぁ……答えにくいけど、待遇は思ったより悪くないんだよね……」
「我が一族は代々魔軍――ひいてはレオンハルト様に仕えてきた身! 全身全霊の料理を振る舞うのは当然であるッ!」
などと、あまりマイナスな言葉は返ってこない。
これなら監視も緩いのかな、とどうにか折を見て逃げ出せないかと試みる。しかし、
「――出来れば、妙な真似はやめてくださると助かります」
「! 貴方は――」
周囲をそれとなく観察していると、後ろから声を掛けられる。そこにいたのは、見覚えのある女性であった。確か、
「……エクレアさん……?」
「はい。お久しぶりですわね、春姫様。藤原家の宴会で顔を合わせた以来ですか」
そう、確かこの国の第一王女であったエクレアだ。国が開戦当初、直ぐに魔軍に攻め落とされて心配していたのだが、無事で何よりだ。
しかし何故かメイド服を着ているので気づくのに遅れた。
「……その服は……?」
「……訳あって、魔人レオンハルト……様に仕えることになりましたの。着慣れていないのであんまり言わないで頂けると……」
「あっ、ごめんなさい……」
やはり何か事情があるのだろう。軽々しく踏み込むわけにはいかない。素直に頭を下げる。
それにしても、ちょっとアレな服ですね、と思ってしまうが重要なのはそこではない。
しかし何と声を掛けるべきか迷っていると、向こうの方から軽い息付きで、
「……とりあえず安心してください。無為な暴力に怯える必要はありませんので。大人しくしていれば何もされませんし、食後のおやつだって出てきますわ」
「それはどういう……?」
随分と捕虜の待遇が良いように感じるが、一体どういう意図なのか。いまいち解らない。
しかしエクレアは、その問いに簡潔に答えた。
「わたくし達は、大切な労働力だということです。……それより、逃げ出そうなどとは考えないでくださいね?」
「それは……」
それは無理だ、と答えたい。自分は、石丸の足を引っ張るわけにはいかないのだと。
だが次のエクレアの言葉に、春姫は何も言えなくなった。
「大体の事情は察しているつもりですが……わたくしも、わたくしの民のためにレオンハルト様の意志を優先させますので」
「…………」
「恨んでくれても結構です。……さ、仕事も溜まっていますし、働きますわよ」
どうやら逃げることは不可能の様だった。監視が付いている。
やはり自分には、石丸を信じて待つことしか出来ないのだろうか。己の無力さを恥じ入る。
「……気持ちは分かりますが、皮肉なほどに良い環境ですのよ、ここは」
「……そう……みたいですね……」
確かに、考えてみればこれは毒かもしれない。
自分の様に理由があるのならともかく、普通なら抵抗しようという気が失われるだろう。抵抗しても無駄な上、地獄を見る。全く旨味がないが、従順にしていれば並以上の生活は送れる。後から聞いた話だが、エクレアのように優秀な者は、かなりの高待遇であるらしい。
中には以前とほぼ変わらないどころか、以前よりも良い生活を送っている者すらいるという。そういった者達は、むしろ魔軍に良い感情を持ち始めているのだと。
そしてエクレアも、複雑な思いはあるものの、それを認めざるを得ない一人だ。だからこそ、己の意志でレオンハルトに従うのだと。
春姫は、このような手段を取る魔人レオンハルトを、悪人というわけではないのだろうと感じつつも、同時に底知れない恐ろしさを感じる。強大な魔人でありながら力一辺倒ではなく、知恵を持って人間を懐柔する異端者。春姫にはそんな風にも見えた。
……石丸様は……。
そしてそれは、石丸の身を案ずることにも繋がる。
信じているが、これほどの相手と今まで戦い、実際にその強さを誰よりも感じているはずだ。
ならばどうして逃げずにいられようか。石丸とて完璧ではない。JAPANでは神に等しい帝であっても、ただの人間であることを春姫はよく分かっている。
だが、それでも諦めてほしくないと思う。無事であってほしいとも思う。
やはり、自分は石丸に似て
たまには大人しい話もいるよね。次回は石丸と黒部。多分、後5話か6話くらいで討伐編も終わるかなって。