――男には夢があった。
幼き頃に見た一冊の本の内容に惹かれ、憧れた。純粋で、叶うはずのない儚い夢であったが、子供の頃は男が子供であるがゆえに、現実を知らない子供の戯言だと相手にされなかった。大人になれば、男も現実を知るだろうと。
しかし男は元服しても、夢を語り続けた。周囲の人間はそんな男を、理解出来ないと言わんばかりに嘲笑し、また冷めた視線を送った。
きっとあいつは物を知らない馬鹿だ。もしくは頭がおかしくなった狂人。男の強さは誰もが知っていたが、その夢が叶うと思っている者は殆どいなかった。
だが、男はそれを分かっていながら夢を語り続けた。周囲に馬鹿にされるのは当然だ。
何故なら己は、馬鹿げたことをしでかそうとしているのだから。余人は当然、それを分不相応だと笑うだろう。
そして、笑ってくれて構わなかった。笑い話として他人に吹聴するのもいいだろう。夢が叶うまでは笑い話だ。
その代り、もし本当に夢が叶ったなら自分と一緒に目一杯喜んでほしいと、男は言った。
男がそう言い続け、いつしか周囲には人が増えていった。
彼らは男の夢を聞いて、何処か惹かれてしまった者達。男に魅せられてしまった者達だ。
彼らは最初、こう思った。――“ああ、なんて馬鹿なんだろう”と。
だが、夢のある話だと思った。その夢がもし叶うのなら、これほど痛快なことはない。
誰も彼も言葉は違えど、男に、自分に誓ったのだ。“その夢を叶えるための力になる”と。
そうして彼らは数多くの冒険と戦をくぐり抜け、とうとうあと一歩で夢を叶うところまで辿り着いた。
その中には、
満月の明かりが照らす荒野の真ん中で、鋭い爪と牙は男に向かって振るわれる。
男――藤原石丸はその手に持った帝の証、“帝ソード”で攻撃を防ぎながら、必死に声を掛けた。
「――やめろ黒部……!」
石丸の視線の先にいるのは妖怪王黒部。藤原石丸の部下となった男だ。
しかし今はそうではない。それを示すように、黒部は血に染まった巨体を動かし、石丸に向かっていく。
「うるせぇ! 誰がやめるかよ……!」
止める訳にはいかないと、黒部は言う。その理由は石丸にだって分かっていた。
昔、黒部と交わした約束。それを果たそうというのだ。ならば自分が悪い。戦いを挑んでくる道理も理解出来る。
しかし石丸は戦いたくない。戦うわけにはいかない。
何故なら――戦えば黒部がいなくなってしまうから。
魔軍にやられた傷は深く、その姿はとても痛々しい。傷を負っていない箇所など一つもなく、頑丈な爪と牙でさえも、一部が欠けてしまっている。今すぐ治療を施すべきであり、そうしなければ黒部はいなくなってしまうだろう。妖怪である黒部は死ぬことこそないが、壊れてしまうことはあり得る。
以前に聞いた話だが、妖怪は戦いでの負傷があまりにも深いと、壊れてしまうことがあるという。
その際は復活までに百年や二百年――あるいはそれ以上の年月を掛けて復活するのだ。
ゆえに死にはしないかもしれないが、石丸にとっては永遠の別れとなってしまう。
石丸には耐えられなかった。これ以上、仲間を失いたくはなかった。
だからこそ先程から黒部の攻撃に対して防御や回避のみを行い、戦いをやめるよう説得を繰り返しているのだが、黒部はそれを聞こうとしない。繰り出される爪の一撃を剣で受け流しながら石丸は言う。
「っ……約束は分かった! だが、今ここで戦うのはやめてくれ!」
石丸は必死に声を張り上げる。またしても無視されると思ったが、
「……何故やめなくちゃならねぇんだ?」
返答が来た。石丸は即座に理由を答える。
「このままではお前が死んで――壊れてしまうからだ……!」
「っ……何故俺が破壊される……! 俺はテメェを噛み殺すって言ってんだろうが!」
しかし、あくまでも黒部は石丸を噛み殺そうと戦いを続ける。
だから石丸は言った。大切な仲間の、馬鹿げたことをやめさせようとして、
「――
「――――っ」
その容赦のない現実を突きつける言葉に、黒部は一瞬止まった。
黒部は石丸の言葉に、懐かしいものを感じた。
しかし石丸が黒部に言ったことではない。逆だ。
『――魔人を倒して世界征服するだぁ? ……ハッ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ』
昔――黒部が石丸の夢を聞いて、似たような言葉を口にしたのだ。
だからこそ、黒部は一度止まり、再度石丸を強く睨み付ける。
「…………よりによって、お前がそれを言うかよ」
「……何?」
石丸は訝しげに眉をひそめる。どういうことだ? と。忘れてしまったかのように。
『そうとは限らんだろう?』
『……さすがに難しくねぇか? 魔人はとんでもねぇ化け物だって俺でも聞くしな。……いくらお前でも勝てるか?』
それは遠回しに石丸の身を案じた言葉でもありながら、どこか期待を込めたような問いでもあった。自分の認めた男ならば、と。そしてその答えは当然、
『――勝てないと誰が決めた?』
だから黒部は言葉にする。
「……俺がテメェに勝てないと……誰が決めた?」
その問いに相手は答える。
『……誰がというかな……人間は普通、魔人には勝てねぇだろ。そこらの人間が妖怪に挑むようなもんだ。俺だって言うぜ。“お前は俺より弱ぇ。諦めな”ってな』
「黒部……お前は、俺より弱い……! 戦ったらただでは済まんだろう……! だから――」
だから、黒部はその問いに答えることが出来る。
『だから諦めろと?』
「……だから諦めろと?」
相手は問いに頷く。
『……態々勝てねぇ相手に挑んで死ぬこたぁねぇだろ。そんなもん、ただの無駄死にだ。馬鹿だと笑われちまうだろうぜ』
「無駄に戦って消えることはない……! 頼む、黒部! 馬鹿なことは――」
無駄なことはやめてくれ、と懇願するように言った。
ある時、黒部は不安になったのだ。その石丸の有り様に。
いつか石丸は――自分の認めた男であり、自分なんかのことを仲間だと言ってくれた男が――いつか無為に命を散らすのではないかと。
黒部は、石丸や今いるこの環境が好きだった。
素直になれず、口にすることこそ出来ないが、ずっと彼らと過ごしていたかった。
ここには自分を怖がるものはいない。見た目だけを見て“化け物”だと石を投げ、あらぬ罪を被せてくるものはもういなくなった。
それを作ってくれた男を死なせたくない。その死を汚したくない。死んだ石丸を“馬鹿な奴”だと笑う相手を噛み殺し、怒りと悲しみに苛まれるような時間を過ごしたくない。
仲間を得て弱くなってしまった黒部は遠回しに彼に言ってしまったのだ。――“どうか諦めてくれ”と。“自分の命を大切にしてくれ”と。分不相応な夢を追って苦しむ必要はないと。
だが彼は、到底無理なことだと相手に諭され、その言い分を理解しつつも――しかしこう言った。
『――
「……
「……!」
相手は目を見開いて驚く。だが、そんなことは今まで何度だって言って聞かされてきた。
――だから、俺は“馬鹿”をやる。
『馬鹿げた夢であるのは承知の上だ。無論、何も成せないで死ぬ可能性だってある。大切なものを失う可能性もある。それら全部を分かった上で、俺はそれでも――』
「馬鹿な事だと分かってる。分かって、それでも――」
――救いようがないほどに馬鹿げたことをだ。
――だが、とても大切なことを俺はやる。そう心に決めて、
『高みを、頂点を目指す』
「俺は、お前に挑む」
黒部はただ全力で、相手に向かっていった。
妖怪としての、化け物としての自分で。
どれだけ無駄なことだと笑われようと、全力で夢を追いかけていたあの頃の石丸を思い出させるため。
「――行くぞ……!」
――黒部は夢へ向かって突っ走った。
石丸は正面から突っ込んできた黒部に気圧された。
妖怪王としての身体能力に任せた力任せの突撃。それは単純な力比べとして考えた場合脅威ではあるが、技術で圧倒的上位に立つ石丸にとって、それは脅威とはならないはずだ。
にも関わらず、石丸は黒部の迫力に一歩後ずさった。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「……っ!」
先程までよりも鋭くなった一撃を剣で受け止める。
しかし、
……ぐっ、お……押される……!?
そのパワーは石丸の防御を持ってしても僅かに受け流すことの難しいものだった。
堪らず回避を行うと外れた腕の一撃が地面を抉り、傷跡を作る。
だがそれでも黒部では石丸には勝てない。
重傷の黒部と違い、石丸は無傷。ここまで走ってきたことで多少体力が落ちてはいるが、それだけである。戦闘に支障はない。
しかしどうにかして戦いをやめさせなければならないことは確かだった。
そのための方策を考えていると、
「――ガァッ!」
「何っ!? ぐあっ……!」
黒部の口が開かれ、防御に使った帝ソードに向かって噛み付く。思いも寄らなかった行動に焦り、まさかの隙を晒し、爪の一撃を喰らってしまう。
ギリギリのところで深手を負うことは避けられたが、ダメージを負ったことは間違いない。
「どうした石丸ッ!? 戦え! 戦わねぇとすぐに噛み殺しちまうぜ!!」
「くっ……それは……」
梃子でも攻撃を行わない石丸に焦れたのか、黒部が牙を見せて叫ぶ。剣を口に入れたことで血を吐き捨てるが、その姿は正に“妖怪王”の称号に相応しい威容だった。
だがそれでも石丸は戦うどころか、こうも思ってしまう。
――もう、いいのではないか。
ここで黒部に殺されてしまうのが、ひょっとしたら一番いいのかもしれない。
そうすれば黒部は約束を果たせるし、石丸も今ある苦しみから解放される。
これ以上頑張って何になるのか。もう何もかも失ってしまったのだ。どうにもならない現実に直面しているのだ。
ならば諦めても構わないだろう。誰も文句はないはずだ。
そう思っていた石丸の耳に、黒部の言葉が届く。
「テメェ! まさか諦めるつもりか!?」
「……そうだと言ったら……どうする?」
黒部はその答えに吠えた。
「何故だ!? テメェは……テメェには、夢があるんだろうが!」
ああ、そうだ。夢ならあった。確かにあったが、
「それを追いかけて、今更何になる……!」
「テメェがそうしたいって言ったんだろうが! 寝ぼけてんじゃねぇ!」
ああ、言った。自分でそう決めた。決めたが、
「俺は、奴には勝てない……っ! 頂点には届かない……!」
己と頂点の間には、非情な程の差があるのだ。多少であれば戦うことでその差は縮まる。しかしその差が埋まったところで、勝機は絶望的だ。
人間と魔人という種族の壁。そして千年という経験の差は大きい。
「俺がどこまで夢を想い、これだけ剣を鍛えても……何の意味もない……っ!」
「それでも、ここまで来たんだろうがッ!!」
ああ、確かにここまでは登りつめた。
しかしどうしようもないほどに、神は残酷だ。
「想い続けるだけでは、夢は叶わない……! 努力しても、欲しいものが手に入るとは限らん……!」
それは幼い頃から知っていたはずの現実。何度も聞かされてきたこの世の理だ。
「夢を叶えるには“勝つ“しかない……! どうしようもなく、そのための力が必要なのだ……!」
勝たなければ意味がない。結果を出せないのならば、想いや努力なんてものは無価値だ。
そして勝つには、想いや努力とは関係ない――“実力”がいる。それさえあれば、他のものがなくとも勝つことは出来るのだ。
「俺には、その力が無い……! 無かったんだ、黒部……!」
「…………」
分かってくれ、と。
許しを請うように石丸は歪んだ表情で黒部に懇願する。
いつしか戦闘は一時止まり、黒部は情けないことを言う石丸をじっと見続ける。
しかし、
「――ふざけんじゃねぇ!!」
「……っ!」
黒部は怒りに震えながら、石丸に向かって言葉をぶつける。
「テメェはそれを分かった上で、夢を追うことを選んだんだろうが!」
「っ、だが……!」
「今はそうじゃないとでも言うつもりか!? ――それこそふざけんじゃねぇぞ!!」
いいか!? と黒部は叫ぶように続ける。
「テメェが諦めるのは勝手だが、その前に思い出しやがれ!」
黒部は言う。それは、
「俺や俺達は、テメェの夢と――夢を語る石丸! 何処の誰でもねぇテメェに惹かれたんだ!」
「……それは……だが、その仲間も……」
仲間はもういない。だからこそ、石丸は諦めたいのだと。
だが、黒部は言葉を止めなかった。
「――俺達の夢は、テメェの夢を叶えることだ!!」
「――――」
「俺はなぁ石丸! 俺の認めた男は――」
黒部は一度、そこで言葉を区切って続けた。何かを飲み込むようにし、しかし反復して、
「俺の認めた男は――どれだけ馬鹿にされようがッ! どれだけ後ろ指をさされようがッ! 負けて逃げるようなことがあっても決して最後まで諦めない強ぇ奴だ!!」
――石丸は幼少の頃から、決して夢を追うのに良い環境であったとは言えなかった。
藤原家という名家に生まれはしたが、4男という家督を告げない立場。加えて彼の生い立ち、言動や行動が彼を厳しい環境に追いやった。
親からも距離を取られ、別邸の屋敷に隔離された。腫れ物のように扱われ、親しいと言える人物は少なかった。将来は道具のように扱われることが確定していたが、彼はそれに抗った。
しかしそれは茨の道だった。実家を出て直ぐに追手が送られた。彼を亡き者にしようと刺客も多く送られた。
意外にも、負けたことだって何度もあった。幼少の頃から彼に敵う大人はいないほどの剣士であったが、それでも成長しきるまでは格上の実力者相手には分が悪く、何度も打ちのめされた。
そして何度も言われた――お前の夢はそれこそ、夢物語だと。到底叶うはずのない馬鹿げた目標。そんな無駄なことは諦めろと。
だが、それでも彼は諦めなかった。
「どれだけその道が険しかろうがそいつには関係ねえ! ただ夢に向かって真っ直ぐ走り続ける! 馬鹿だ、やめろ、なんて言っても聞きやしねぇ! 周りの頭の良い連中や、自分より強ぇ相手に向かってそいつは決まってこう言うんだよ――」
それは、
「んなもん知らねぇ! “知ったことか!”ってな!」
周囲の計算なぞ知らん。それはあくまでもお前達の言い分だと。それ自体はいいが、
『俺の限界を、お前が勝手に決めるな! 俺の限界は、俺が決める!』
そんなことを、石丸は言うのだ。
「とんでもねぇ奴だと思ったぜ! 馬鹿だとも思ったけどな! ……だが、同時にこうも思った! この馬鹿は
「……褒めて、ないだろう……」
小さな聞こえるかどうかの声で石丸は呟く。
しかし黒部の耳にはしっかりと届いた。
「……そんで次にこう思った! “この馬鹿の夢を、馬鹿のままで終わらせたくない。その夢が叶う瞬間を一緒に見たい”――なんて小っ恥ずかしいことを思っちまったんだ!」
「…………」
「確かにもう殆どいなくなっちまったし、実際には聞けねぇが、これだけははっきりと言えるぜ! 俺達は――」
彼らは、
「――お前の夢を叶えるために、ここまで辿り着いた!」
「辿り着いた……」
今度の声は、黒部には届かなかった。だが、
「それは無様でも何でもねぇはずだ! あいつらは、お前が最後に夢を叶えることを信じて最後まで戦った! 無駄死にじゃねぇぞ! 無駄死にかどうかここから決まる!」
その意味は、石丸にも分かった。
「お前が諦めたら、俺もあいつらも無駄死にだ。今、一人で残ってるあいつもな」
「……春……」
春姫。魔軍に囚われ、自分が来るのを待っているであろう人物。
幼い頃からいつも一緒で、ただの一度も石丸の夢を馬鹿にせず、ここまでずっと付いてきてくれた大切な女性だ。
「テメェが夢を追ってみせるなら俺達は本望だ! ――だから迷ってウジウジしてんじゃねぇ石丸! テメェには、計算とかそんなのは似合わねぇ! そんなもんは周りの奴に任せて――」
言う。再度構えて、
「――ただ突っ走れッ!! 藤原石丸!!!」
――男には、夢があった。
それは世界最強の剣士を倒し、その手で世界を掴むこと。
幼き頃に見た物語に魅せられ、男は一振りの刀を握った。
最初は誰も本気にはしていなかったが、どれだけ経っても剣を振り、どれだけの苦難が降り掛かっても諦めない男の姿を見て、いつしか男の周りには多くの人が集まった。
しかし男は、あと一歩のところで夢に敗れた。
辛くも命は拾ったが、その代わりに男は大切な人達を幾人も失った。
絶望に苛まれ、膝を折る。夢を諦めかけた男の前に、一体の化け物が現れた。
化け物は男の大切な仲間で、命を懸けて男に大切なことを思い出させた。
――ああ、そうか……。
それは男の、本当の原動力。
夢を追うと決め、ここまで頑張ることが出来た力の源。
――俺は、
最初は、同じ屋敷で閉じ籠もっていた少女にも夢を見せたいと思ったのが始まりだった。
将来を想い、不安と絶望を感じ取る少女に、明るい未来を見せてやろうと思った。
夢を語り、それを見届けろと言うと、彼女はぽかんと間の抜けた表情を見せた後――“たのしみです”と笑ってくれた。
そして応援してくれた。
男がこれまでよりも更に強く、夢を追おうと心に決めた始まりだった。
それから男の夢を応援する者はどんどんと増えていった。
男は彼らのために、夢を掴む自分を見せたいと思った。
いつしか男は彼らに支えられながら、夢を追い続けた。
――支えてくれる者達がいたからこそ、夢を見ることができたのだ。
彼らは男に夢を見せてくれたと語ったが、それは逆も然りであった。
男は彼らに、夢を見せてもらったのだ。
この夢は、自分だけのものだと思っていた。
しかしそうではなかった。
それに気づいた時、男は心に再び、火が灯るのを感じた。
「――――俺は」
藤原石丸は目の前の大切な仲間に気づかされる。
……俺はまだ、何も終わっていない。
「まだ何も、負けていない……!」
何故ならまだ生きている。
多くの仲間達のおかげで、ここに立ち、呼吸を行い、鼓動は強く脈打つ。
そして何よりもまだ剣を握ることが出来ている。
まだ戦い、夢を追うことが出来る。
「……へっ、ようやく馬鹿に戻ったか」
「……黒部……」
そして気づく。
まだ自分の夢を信じて、支えてくれる仲間がいることに。
……春姫。
自分の夢が叶う瞬間を信じて、待っていてくれる大切な人がいることに。
……もも……。
自分の帰りを待ち、そして、
ならば、
「俺は……勝ちたい」
――“勝つ”。
「勝って……夢を掴みたい……!」
そのために、頂点に挑みたい。
――差は歴然。勝ちの目はほぼ存在しない。次に負ければ殺されるだろう。
だれかが言うであろう、現実を知らせるそんな言葉。そんなことは、
「
そんな言葉は言わせておけ。限界など、勝負など、やってみなければ解らない。以前負けたからまた負ける。そうとは限らないだろう。
そして、死んで夢を追えなくなって、初めて“負け”だ。それ以外はまだ負けではない。
何も考えず、全力で挑むだけだ。負けた時のことは、負けてから考えろ。その覚悟は決まっている。
自分はいつだってそうやって挑み続けてきたはずだ。
だから、
「……俺の役目も、そろそろ終わりか」
「黒部……お前は――」
「皆まで言うんじゃねぇ。……もうじき
黒部が笑みで言う。全身から血を流したまま戦い、必死に言葉を掛けてくれた一体の化け物。
その終わりが迫っている。
だからと、黒部は続けた。
「最後に、付き合ってやる。……準備はいいか?」
「…………ああ」
「うし。じゃあ――行くぜ」
間を置き、表情を歪めたのはほんの一瞬。石丸は黒部の覚悟を感じ、それを無駄にしないためにもただ頷いて、剣を構えた。
……こんなにも、軽かったか。
剣を持つ手が軽い。先程までは沼に嵌ったかのようだが、今は剣に羽が生えたかのようだ。
しかし別の意味で、剣が重い。これから大切な仲間と別れなければならないのだ。
そのための言葉として、石丸は、
「――黒部」
「あん?」
「…………お前がいて、楽しかったぞ」
「…………ハッ、そうかよ……」
黒部は目を細めると、それだけ言って構えた。
最後まで素っ気ない奴だ、と笑う。だが、妖怪としては駄目だな、とも。
その優しい瞳を見て、石丸は心を決めると、彼の最後の攻撃を受け止めた。
「――“妖怪槍津波”ッ!!!」
「――ッ!」
妖怪王黒部の全力の必殺技。存在と力の全てを使ったその一撃は、石丸の知る彼の必殺技よりも遥かに強く、鋭くなっていた。
……さすがだな、黒部……!
本当に面白く、頼もしい部下を持った。やはり思ったとおり、黒部がいて退屈しなかったなと思う。
連撃は力強く、その一撃一撃がまるで魔人の力のようであった。
身体能力だけ見れば、石丸を越える強さ。膂力を持つ黒部の全霊の必殺技は防ぐだけで腕が痺れ、吹き飛ばされそうになる。
……受け流すか!? だが……!
ただ受け流すだけでは、連撃は止まない。黒部は自身が壊れるまで続けるつもりだろう。
一撃、黒部の連撃をどうにか防いで前に出て、一撃を与えなければならない。長時間続けば黒部も倒れるだろうが、それでは駄目だ。
……このくらい、正面から打ち勝てないでどうするというのだ!
頂点は、力一点だけとっても黒部より確実に上だ。これをどうにかして上回らなければどうしようもない。
ならばどうする。どうすればいい。
答えを出せ。どうにか出来るはずだ。自分は、こんなものではない。
そうして黒部の必殺技を受け――そして、石丸は気づいた。
だが、それが出来る保証はない。
しかし、それでもやるのが石丸という男だ。だから、
「行くぞ――」
もう止まることなく、石丸はその剣を放った。
黒部は、石丸に必殺技を放った。
自身の命を懸けた最後の一撃は、普段の自分を大幅に上回る最高の一撃だった。
だからこそ、石丸も足を止めてしまっている。
しかし、石丸はその状況を打破した。
……ようやくかよ。
全く、世話が焼ける。相当の馬鹿をやらかしてしまったという自覚がある。
まさか人間のために命――ではないが、妖怪にとってそれに近いものを懸けてしまうとは。
だが後悔はない。
石丸のためなら、黒部は何だってしてやれる。
何せ自分の認めた男だ。
そしてだからこそ、自分に勝つのも当然のことである。
……やっぱ強ぇなぁ……。
やっぱり、石丸は強い。
これならきっと魔人とも戦える。夢が叶うかどうかは分からないが、勝っても負けても再会することは叶わないだろう。
石丸が不意に動きを見せた瞬間――黒部の必殺技は正面から防がれ、そして同等以上の威力の剣で弾き返された。
そうして黒部の懐が空いた刹那に、石丸は剣を縦に振り下ろした。
「――――俺も、楽しかったぜ」
だから、黒部は最後にそう口にした。
妖怪として恐れられた黒部は、破壊される最後に自分を仲間に入れてくれた相手に感謝し、意識を手放した。
「……黒部」
地面に倒れた黒部が消えていく。
妖怪は死なない。破壊されたとしても、一時的に消えるだけだ。
数百年、あるいは千年以上の時間を掛ければ、復活出来る。
しかし石丸は人間であり、そこまで生きることは出来ない。黒部とまた言葉を交わすこともないだろう。
だからこそ今生の別れとして黒部が消えゆく最後まで見届けると、
「――ではな」
敢えて彼のように軽い挨拶を送り、背を向けた。
最早、迷うことはない。
夢を掴み取るため。頂点に挑み、勝利するため――ただ行動するのみだ。
後、四話か五話くらい。多分。最後らへんは出来るだけ早めに書ききって投稿したい所存