まあ本編どうぞ
魔王城の報告から戻ってきたレオンハルトは、まず自身のやるべきことに取り掛かった。
戦争の終わりには必ず戦後処理が伴われる。それは魔軍も例外ではない。
人間同士の戦争ではないのだから交渉してどうこうというのはないが、それでもやるべきことは多々ある。
占領した都市を的確に運営するための調整――とはいえ魔軍の運営といえば人間を如何に使うか、ということに終止する。人間を殺し、弄び、恐怖と血の匂いを刻みつける。魔王の方針としてこれらは最低限やるべきことだ。魔物兵の多くもその時間を楽しみにしている。
かといって殺しすぎてもよくない。こちらは魔軍参謀であるレオンハルトの方針だ。
人間は生かさず殺さず。利用できるものは利用し、適度に魔物に貢献させる。復興が出来ないほどに壊してしまっては奪うことは出来ず、自分達で作るしかなくなる。
仮に世が魔物の天下になれば、否が応でもその辺りのことを考えなければならないが、それを考えるのは今ではない。
今は敵を作り続けることが肝要なのだ。
そのための調整は妥協しない。各占領地に送り込む兵の数に、魔物界に持ち帰る物資の数、占領期間、様々な議題をキャロルやペール、大将軍リー以下、魔物将軍らと処理していく。
そしてレオンハルトにとって良い誤算があった。
それは新しくレオンハルトにメイドとして仕えることになったエクレアの存在だ。
「――付きましては、より魔物界と人類側の各都市への往路を迅速に行うべく通商路と隣接都市の道の整備行うのがよろしいかと……」
その発言に参列する魔物将軍らは舌を巻く。
彼女は人間側の代表として、唯一会議に参加し、一応だが意見を述べることを許されていた。通常は魔軍側で全てを決めるか、参加してもこちらの決めたことを飲ませるためにそこにいる存在であり、何か案を出すことなどない。魔物を恐れて発言を躊躇するか、欲張って迂闊な発言をして黙らされるのがほとんどだ。
しかしエクレアはレオンハルトに飼われることになった人間だ。ならば特に問題はない。少なくともレオンハルトが認めているのだから異を唱えることもない。
レオンハルトとしても情報を提供させたり、人間を働かせるための窓口として最初から話を聞かせたほうがやりやすいだろうと配慮してのものだった。
しかし、エクレアの能力は予想以上であった。
彼女は元自国や周辺国、地理など、人類圏における多くの情報を知っており、また、その活かし方も欠点もよく理解していた。
ゆえに彼女は、魔軍のためになると占領地の交通を整えたり、人間の技術者との折衝を行ったりしている。それは確かに魔軍にとって有益ではある。だが彼女は、
……魔軍の力を利用し、今の内に自国内のインフラを整備する気か。
魔軍に益をもたらすのと同時に、魔軍がいなくなった後に自国が良くなるよう開発を行う。後で彼女自身がいなくなろうとも、一度整備した道などは残るのだ。
ここで成したものの分、後でこの土地に住む人間の得になると。
魔軍にとって有益であれば仮にそれに気づいたとしても無視は出来ない。最低でも考慮に値するものだ。
その証拠に、魔物将軍らは彼女の案を受けて議論を白熱させている。
安易に否定しないのは、この軍の魔物将軍達が理知的で、人間だから、という理由だけで良いものを認めないということをしないからだ。
加えて、エクレアは
レオンハルトのメイドという肩書きは、レオンハルトが思っているより魔物界では効果がある。そもそも人間を従えている魔人は何もレオンハルトだけではない。
有名なのはカミーラだ。彼女は自身の城に、自分好みの美少年を飼い、中には下級使徒としている。
この下級使徒、というのが魔物達にとっては厄介で、種族上はたとえ人間だろうがわんわんだろうが、下級使徒となった時点で魔軍内では魔物大将軍よりも上位の立場に位置づけされる。
どれだけ脆弱だろうが、新参だろうが逆らうことは出来ない。力で殺すことは出来るだろうが、魔人を怒らせたらどうなるかは火を見るより明らかである。
レオンハルトのメイドにしても同じことだ。例え下級使徒でなかろうとも少しでも大事にしているものに危害を加えては、結局は怒らせてしまうし、そもそもレオンハルトの従者やそれに近しいものが弱いとは限らない。
メイド長さんや料理長、そしてあのドラゴン――ライゼンなど、使徒でなくとも力で敵いそうにない化け物だっている。
レオンハルトのことをよく知る勤続年数の長い古参や中堅の将軍達は意見を否定したくらいで怒るわけがないと分かってはいるが、それはそれとして彼らが畏敬するレオンハルトの、その従者相手に横柄に振る舞うのはどう考えても失礼だ。下級使徒だろうが従者だろうが、仮にペットや奴隷であっても、魔人の所有物であることには変わりなく、それに手を出すのは、喧嘩を売ってると取られても仕方ない。上位者の不興を買わないことは、魔物界において数少ない基本的なルールの一つ。上位者の決めたルールこそが、下位者にとってのルールとなる。――命がいらないのなら話は別だが。
そういった思考が極一部のどちらかというと否定的な新参の将軍らを躊躇わせているが、概ね会議は順調に進んだ。
エクレアの活躍によってキャロルやペールが嫉妬するという事態はあったが、戦後処理に関しては問題ない。
だが、レオンハルトは戦後処理の最中もずっと、頭の片隅に一つの問題を抱えていた。
それは魔王城で魔王ナイチサに言われたこと。
未だに姿を表さない――藤原石丸の処遇についてだ。
人類圏の平原を行く魔物兵の集団がある。
その軍は当然魔軍であるが、どちらかと言うと戦後処理に奔走しているレオンハルト軍ではない。
「おら、テメェら! 草の根を分けてでも探し出せ! 俺達に休んでる暇はねぇぞ!」
「は、はっ!」
彼らの中心に立ち、部下に怒声に似た指示を下しているのは魔物大将軍コウウ。
そう、彼らはコウウ率いる旧ザビエル軍。
戦争中の失態を出来る限り雪いで見せようと自ら藤原石丸探索の任を引き受けたコウウとその部下達の姿だ。
「クソっ……まだ見つかんねぇのか……!」
その様子はどこか余裕がない。
特に大将軍のコウウはその焦りが表れてしまっており、しきりに悪態をついている。
「も、申し訳ありません……ですがやはり、何の手がかりもなく探すとなるとどうしても時間が――」
「謝ってんじゃねえよ! うざってぇ! 謝る暇があるなら探せ!!」
「……は、はい」
兵に不安が伝播してしまうその焦り方は、将としてあるまじき姿であったが、そこを気にしている余裕はコウウにはない。
彼は戦後の論功行賞にて判断が下されるまで、休んでいる暇はない。
今この瞬間にでも、魔王ナイチサか魔人レオンハルトの命令によって首を切られるかもしれないのだ。魔軍の中で首を切られるというのは
魔物大将軍という立場にいながら無能扱いを喰らえば、いつ切り捨てられるかわからない。
実際には両者ともその気はなかったが、コウウには知る由もなかった。
「~~っ、二ヶ月以上も進展無しなんざ普通はあり得ねぇぞ……!」
コウウはもはや自ら兵達の先頭に立って探し始めるほど焦っていた。
既に藤原石丸の捜索を始めて二ヶ月を過ぎ、やがて三ヶ月目に差し掛かろうとしている。
その間、コウウは軍を率いて人類軍の拠点であった場所を中心に捜索を始めた。
しかしどこを探しても石丸の影も形も無い。
石丸が終戦直後までいたという屋敷までは何とか見つけたが、そこはもぬけの殻であり収獲はなかった。
人類軍に所属していた兵士を探し出して聞き出したが、拷問にも限界がある。そもそも一兵士如きがそんな重要な情報を知ってるはずもない。
かといって将は殆ど皆殺しにしてしまった。
レオンハルトの策でも現れないのは、ある意味コウウにとって僅かに朗報だが、上司の細かな策が実を結ばなかったからといってコウウの責任がなくなるわけではない。
しかもこの任務はコウウが自分から引き受けてしまったことでもある。そのため何としてもやり遂げねばならないのだ。
だが色々と問題があるのも確かだった。例えば、
「おっ、人間がいるぜ」
「ひっ……!?」
捜索中、兵達が人間の男女二人を見つけた。
行商人の夫婦か何かだろうか。魔軍が闊歩する中ご苦労なことである。
魔物兵に見つかればどうなるかは分かりきっているはずなのに。
「ひゃははは! 女だ!」
「おい、この男、さっさと殺しちまおうぜ!」
部下達は揃ってこんなことを言う。魔物兵として極々ありふれた一般的な思考であり、当たり前の光景。人間など、魔物の欲望を満たすための下等種族でしかない。
コウウも人間などどうでもいいと思っている。普段なら放置だろう。
だが、
「――おいテメェら……」
「へ……何ですかコウウさ――」
次の瞬間、コウウは魔物兵を衝動のままに槍で吹き飛ばし、一撃で絶命させた。
そして空いた左手で別の魔物兵の頭を掴んで持ち上げる。
「何遊んでやがる馬鹿共ッ!!」
「――っ!?」
その怒声と、怒りに染まった顔に魔物兵は何も発することは出来ない。
そもそも魔物大将軍、その中でも最強の実力を持つコウウの力から逃げられるはずもない。万力のような力で掴まれた魔物兵は痛みで、しかし声も上げることが出来ずに宙で足をバタバタさせて藻掻き苦しむ。
しかもそれだけは終わらず、怒りで充血した目で、コウウは魔物兵を睨みつけた。
「人間に手を出してる暇があんのか!? なぁ、おいっ! 聞いてんのかッ!?」
「っ、アっ、ギ、ぎ、ひて……!」
頭が割られそうになりながらも助かろうと必死に頷こうとする。
その意味が伝わったのかは不明だが、コウウを止めようとする者ならいた。
「だ、大将軍閣下! 落ち着いてください!」
慌てて駆け寄ってくるのはコウウの側近である魔物将軍。
既に部下を一体殺したコウウだが、それ以上はやらせてはならないという使命感からコウウを止めようと声を上げる。
「時間がないのは重々承知です! しかしだからこそ、兵を失ってはその分捜索に遅れが生じます!」
「……っ」
その言葉を聞いて、コウウの力が少し抜ける。
魔物将軍は更に落ち着かせようと続く声を放った。
「
しかし、
「……何言ってやがるテメェ!」
「……は? がっ――!?」
その言葉がコウウの怒りを更に沸騰させる。
何故、どうして、意味が解らない。魔物将軍は今の言葉に何の問題があったのか理解出来ず、コウウの膂力による締め付けを喰らって痛みに悶える。
「ああ、分かるぜ! 確かに人間なんざ俺だってどうでもいい!」
なら何故? という心の中の問いに、コウウは声を荒げたまま答えた。
「だがそのどうでもいい人間を殺すことで、俺が殺されたらどうするつもりだ!?」
「っ、それ、は……」
さすがに考えすぎだ。マイナス思考にも程がある。
そう思った魔物将軍を否定するように、コウウは更に続けた。
「いいか!? レオンハルト様は無関係の人間には極力手を出すなって言ったのはお前も知ってるよなぁ!?」
無論、知っている。魔物将軍はそう示すように首を振った。
だがそれは、あくまでも極力であり、実際には殺し過ぎない限り問題にはならない。
そもそも大多数の魔物兵を完璧に止めることは不可能に近い上、無関係という線引も曖昧だ。聞き出すための拷問は認められているのだから、拷問の末に死んだという解釈や言い訳を行えばいい。
だからこれくらいのことで怒る必要はないはずだ。
「俺も普段なら何も言わねぇ! けどな……今は俺の処分が掛かった瀬戸際だ!」
しかし、コウウの言い分は違う。
「確かに何もねぇかもしれねぇし、人間を殺すことなんざどうだっていいことだ! だが、そこに愉しむ以外にメリットはねえ! ――だからその“無駄”な行為で! “無駄”に俺が処分される可能性を高めるなんざありえねえんだよ!!」
「っ、ギ、あ……!」
コウウの力が強まる。さすがの魔物将軍も声に苦悶のものが混じり助けを求める。
「テメェら、もし俺がそのことを責められたらどうするつもりだ!? ……俺の代わりに死ぬかッ!? 死んでくれるんなら好きにさせてやるが――」
だが、そんなことはあり得ないと、コウウは言う。
「責任を取るのは
「……!」
もはや誰もが口を開けない。
コウウの怯え、不安、怒り。それらが内包された迫力が、彼らに口を開くことすら躊躇わせる。
「俺の代わりが出来る奴がこの中にいんのか!? いるなら今直ぐ名乗り出ろ! 直ぐに俺の代わりに大将軍にしてやる! そんで俺の代わりに死ね! もしいねえのなら――」
コウウは言う。戦慄する部下達に向かって、自身の重圧をぶつけるように、
「――黙って俺の言葉に従えッ! ……おら、返事はどうしたぁ!?」
「……! は、ははいッ!!」
全力の怒りを食らった魔物兵達はもはやその言葉に従って頷くしかなくなる。
彼らにとっては魔人もコウウも変わらない。どちらも自分達が束になっても敵わない化け物だ。仮にこの場で全軍で逆らったとしても、コウウも無傷では済まないだろうが――それでも勝つだろう。
実際にどうかは解らない。しかし少なくとも魔物兵にそう思わせる程の実力者がコウウという魔物であった。
彼の言葉には間違いはない。コウウの代わりが出来る者などいないのだ。采配に関しては各大将軍で特色が違い、差異はあるが代わりは務まる。
しかし大将軍最強の実力を持つコウウの代わりは誰も出来ない。
だからこそ、コウウは処罰されない、という考えもあるのだが、追い詰められたコウウはその考えには至らない。
コウウはギリギリのところで怒りを堪えて魔物将軍を離すと、捜索を再開させる。
「いいかテメェら! 捜索だけを行え! 石丸以外の人間は見つけても無視しろ! ただし、邪魔をしてくるような目障りな馬鹿だけはその場で殺すか、俺に報告しろ! 1秒と掛からず八つ裂きにしてやらぁ!」
「はっ……!」
もはや頷きながらも足を止めることはしない。先程出会った人間――コウウの全身全霊の怒りを身近で受けて気絶した彼らを放置し、旧ザビエル軍は真っ直ぐ東に向かう。
行き先は大陸ではなく――JAPAN。
藤原家の本拠地である島国だが、距離の問題と、まずは近場を捜索するコウウの方針によって大陸の後回しにされていた場所だ。
だがここまで探していないのであれば後はJAPANしかない。
幸いにもJAPANの出入り口は一つ。大陸南東にある天満橋だけであり、そこを封鎖してから捜索すれば逃げ場はない。
道中、出会った商人や冒険者は徹底的に無視をした。ただ一人、何故か立ち向かってきた冒険者とそれを見守っていた従者だと言う子供は撃退した。それなりに強く、魔物兵では梃子摺る様子だったので先程言った通りコウウ自ら殺してやろうと槍を奮ったが、
だがそこで、
「――こ、コウウ様! 誰かいます!」
「石丸以外は無視しろつってんだろ!! それともまたさっきの錆びた剣持ってた馬鹿か!?」
「い、いえ! それが……」
ああ? と、コウウは前方を見て、その姿を確認し――なるほど、と得心した。
「外套を羽織ってて顔が分かんねぇな……よし、一応捕まえて確認してこい!」
「はっ!」
コウウは念の為、ということで即座に魔物兵に命令する。
しかし、コウウはある意味で、指示を間違えた。
仮に本当に藤原石丸であれば、魔物兵に行かせたところで捕まえることなど出来るはずがない。即座に切り捨てられるのがオチだ。
ある意味それが石丸であるという証拠にもなり得るかもしれないが、それでも疑いがあるならコウウが行くべきであった。
しかしコウウは心の何処かで、“こんな待ち伏せするように都合良く、
コウウの中での石丸は軍を捨てて逃げ出した腑抜け野郎であり、どこか人気のない山奥の小屋で震えるようにして隠れ潜んでいると考えていた。そこを探し出して、無理かもしれないが殺してやろうとも。
無理そうなら見つけ出した時点で遅滞戦闘を行いながら撤退、もしくは包囲。数の上では圧倒的に勝っているため、遠距離攻撃や防御に努めて体力を削りつつ時間稼ぎを行い、伝令を送ってレオンハルトに報告するつもりだった。
だからこそ、コウウは見誤った。
そのことに気づいたのは外套を羽織った男が、魔物兵と幾つか話を行い、無理やりにでも捕まえようと手を伸ばした瞬間だ。
背に隠すように持っていた見覚えのある剣を振るい、恐ろしいほどに素早く魔物兵を斬り捨てた瞬間。
コウウの動体視力でさえ見切ることが出来なかったその一閃に、コウウは頭で理解するよりも早く叫んでいた。
「――いた! 見つけた! 勝った! いやがったぞ!!」
『その藤原石丸の処遇については卿に委ねるとしよう。殺すも生かすも好きにするといい。それを、褒美の一部とする』
頭の中では、その発言が繰返されている。
『余としても些か興味が出てきた。あくまで、卿が推薦するのであればだが――』
もし、自分が望むのなら、
『――その男を魔人にしてみるのも面白そうだ』
あの男を、魔人にすることも出来る。
「…………馬鹿なことを」
魔人レオンハルトは、ベッドの上で寝転がりながら思わず呟いた。
ここはレオンハルト軍が占領し、拠点とした都市の王宮。その奥にある王の寝室だ。
自身の城にあるベッドよりは小さいが、通常の何倍もあるサイズのベッドの上でレオンハルトは寝返りを打つ。魔物も夜番の兵以外は寝静まる時間帯だ。窓からは月明かりが差し込み、室内を僅かに照らしている。
魔人であるレオンハルトに睡眠は必要ないため、眠気というのはあまりない。体力、精神力の消耗により緩やかな倦怠感を感じた際、そして義務的に寝るのみだ。なのでやることや、考えることがある際はこうして眠らない日もある。
床にはほぼ毎日入るが、それは寝るためではなく夜の営みを行うためだ。
ゆえにレオンハルトが服を着て寝ることはほぼ無く、今もその身体には何も身につけておらず、剣士として鍛え上げられた一切の無駄のない引き締まった肉体を晒している。
その横には、主のことなどお構いなしにぐっすりと幸せそうに寝ている金髪ツインテールの姿。いつものことながら、事が終わると真っ先に気を失ったように眠るのは如何なものかと思うが、僅かにも自分の責任が無いとは言えないので何か言うことはない。
その裸体はいつ見ても胸の部分がなんとも言えない。とはいえ、これはこれで趣があるし、腰つきが女性らしく魅力的ではある。特に――
「…………悩みすぎて思考が馬鹿になったか」
額を押さえて吐息付きで、自分自身に呆れる。今更、自分の使徒の肉体批評をしてどうするというのだ。
やはり、難しい悩みがあると長い時間思考に没頭してしまう。長い時を生きる魔人の性なのか、一度考え込むと中々結論が出ずにかなりの時間が経ってしまうことがある。仕事ややるべきことに関しては即断即決とまではいかないものの、最適だと思う答えを早い時間で導き出せるのだが、私的かつ自由度の高い問題に関してはそうはいかない。
やってもやらなくても良い上に、どちらが正解かはよく解らない。
ならば魔人として、自分のやりたいことをやってしまうのが良いのだが、
……俺は、奴をどうしたい?
殺したいのか。それとも、魔人や使徒にして楽しみたいのか。
欲として言うなら決まりきっているが、その判断が本当に正しいのか。
レオンハルトが悩んでいるのは、その部分についてだ。
自分は、まだ人類最強の剣士に期待しているのか。
それとも、見限ってしまっているのか。
将来を考えれば奴が強くなって自分を愉しませる可能性があると思いたい自分と、例え魔人になろうが自分より強くなることはないかもしれないという未来の落胆を想像する自分。
どちらをとることも今のレオンハルトには悩ましい。
何故なら彼には欲がある。
矛盾するが、偽りない彼の行動指針。
……俺を熱くさせてくれる相手はいないのか……?
一つは、自身を燃えさせてくれる強敵への渇望。
互いに拮抗し、己の限界を越えてなお凌ぎ合う戦いの楽しさ。
それが出来るだけの相手を、レオンハルトは求めている。
だが、レオンハルトは強くなり過ぎた。
もう一つの欲でありやるべきこと――己が最強になりたいという欲のために。
彼にはやるべきことがあり、守るべきものが多くある。
また、強い相手と戦いたくもある。
そのために彼は強さを求めた。元来の負けず嫌いも影響しているのだろう。彼は負けるわけにはいかない。負けたくない。強くなりたい。強くなって守りたい。そして成し遂げなければならない。
だからレオンハルトは剣を、己を鍛えた。
その結果、レオンハルトは強くなったが……レオンハルトに敵うものはこの時点で既に少なくなってしまった。
彼はまだ強くなれるのに、戦える相手は少ない。
そしてこれからもっと少なくなる。
だがそれだけであればレオンハルトは、敵わない相手に無謀ながらも挑みかかればいいだけの話だ。
……いっそのこと――。
脳裏に浮かぶのは今の彼が敵わないであろう相手。
少なくとも地力や身体能力だけでは勝てない者達。
――魔を支配し、大陸に恐怖を与えんとする王。
――かつての世界を席巻した偉大なる種族の王。
――神に与えられた役割を果たすために勇を示す者。
――神を引きずり降ろさんと企むもう一つの魔の者達。
まだレオンハルトが敵わない相手はざっと考えただけでもおそらくこれだけおり、それらに挑むことでレオンハルトは少なくとも決死の戦いをすることが出来るだろう。
いっそのこと戦いを挑んでしまおうかという彼の内側を熱くし、それが身体から溢れ出しそうになる。
しかし、彼の最後の夢であり目的が、その欲の邪魔をする。
それは、
……俺は、絶対に死ぬわけにはいかない。
それは必ず生きること。
生きて、
だからこそ彼は強さを求めたが、それでも彼が無謀だと判断するような勝ち目がないに等しい相手とは、退けないような事態になった時や、大切な者の為でなければ戦わない。
傍目から見ればなんと情けないことだろう。生きるか死ぬかの熱い戦いがしたいと言いながらも、勝ち目がないような戦いは避ける。生き残ることを優先したいと言うのだ。
だが、その評価を甘んじて受け入れてでも、彼は生き抜いて目的を達成するまでは死ぬわけにはいかない。
全てが矛盾しているが、これらがレオンハルトの全てだ。
目的を達成したい。
最強になりたい。
強敵と熱い戦いをしたい。
だからこそ悩む。
ここで石丸を逃してしまえば、もう二度と熱い戦いは出来ないのではないか。石丸でこれなら、
だが異常な力を持った脅威は、これ以上強くなる前に摘んでしまった方がいいのではないか。
……そして何より、奴は――
「……!」
その時、レオンハルトは僅かに眉根を寄せた。
それは自身に起きた変化を感じ取ったためだ。
神経を通じて、レオンハルトの脳にある感覚を伝えてくる。
血潮が滾り、生理的現象を呼び起こす中、レオンハルトはその正体に一瞬で気づき、腰に掛かった毛布を捲り上げた。
「…………人が悩んでいる時に何をしている、この痴女」
「んっ、ちゅる……ぷはぁ、何って、そりゃあナニに決まってるじゃないですか、くふふ……」
「…………」
「あっ、ちょっと……そんな心底呆れ果てたような雌豚を見るような目で見ないで下さいよう。そんな目で見られたら――」
「……見られたら、何だ?」
「――興奮するじゃないですか……!」
当然、と言わんばかりに馬鹿なことを言い出した痴女の正体はやはりペールだった。
脳内がピンク一色のこの痴女は、同じく何も身につけておらず、その生意気な裸体を存分に見せつけてきている。約束したからしょうがないとはいえ、主が悩んでいる間もすかさず復活してくるのは何とも言えない気分になる。
構わないが、たまには自重もしてほしい。とはいえ、
「……まあ、好きにしろ」
「あれ、いいんですか?」
「約束したからな」
久しぶりであることも確かであり、約束もしたのだから異を挟むこともない。
だから好きにしろ、と言ったのだが、するとペールは唇を舌で舐め、
「ふふん、じゃあ――」
と、覆い被さろうとしてきた。だが、
「――レオンハルト! とうとう石丸が現れ、て……」
「あ……始祖様」
「…………」
タイミングよく部屋に飛び込んできたハンティが、見る見る内に表情を変えていく。
視線が上下を行ったり来たりし、徐々にそれを理解したハンティは顔を僅かに紅潮させた後に後ろを向いて、
「な、なんでこんな時間までやってんのよ!」
「……と、言われてもな。お前だって分かってるだろう」
「音がしなかったから……!」
こちらを見ないようにしながら責めるように言うハンティに、レオンハルトとペールは半目になる。
……聞いてるのか……。
もしくは聞こえてると言うべきか。などと考えていると、
「始祖様ったら、音聞いてるなんてとんでもないムッツリですね」
「っ! 聞こえるんだから仕方ないでしょうが!」
「いやいや、本当は聞きたかったんじゃ――」
「雷撃!」
「あばっ!?」
こっちに向かって容赦のない雷撃が飛んできたので巻き添えにならないようペールから離れると、一瞬の後にペールに雷撃が直撃した。
そしてペールがぱたりと倒れ込む中、ハンティに身体ごと振り向くと、
「それで、何処に現れた?」
「ふぅ、ふー……ああ、それが――って」
ハンティは詳細を語ろうとしながらこちらに振り返ろうとし、直前でまた首を戻し、言葉を止める。そして微妙な間を置いて、
「……その前に何か着てくれない?」
「ん……ああ、そうだな」
自然に話を聞こうと立ち上がったが、全裸のままであった。
とりあえず服を着ようと移動するが、その間ペールは、
「うっ、あっ……このビリビリも悪くないかも……」
……ド変態だな。
何故か新しい扉を開こうとしているペールを尻目に、レオンハルトはハンティの話を聞くことにしたが――そこでハンティは衝撃の報告を行った。
「藤原石丸は――JAPANの、とある山にいるらしい」
その報告にはレオンハルトは僅かに息を漏らすだけで驚かなかった。
だが、続く質問が衝撃の事実を引き出した。
「そうか。……コウウが見つけたのか?」
問うと、ハンティは表情を険しくして、間を置いてから頷いた。
「……ええ。ただ、見つけたのはその山じゃない」
「……どういう意味だ?」
理解が出来ず、更に質問を重ねる。
その山で見つけたわけではないのなら一体どうやってその場所にいると分かったのか。
人伝にでも聞いたのかと思考が回った時、ハンティは説明を続けた。
「石丸が現れたのは、天満橋。そこでコウウ達、旧ザビエル軍が見つけたんだって」
だが、
「そこで石丸はコウウ達に、“お前達、魔軍と戦う気はない。春姫を連れて、レオンハルトがこの場所まで来てほしい”、と伝言を頼んだそうよ」
「……俺が、か」
今更どういうつもりなのかと眉間に皺を寄せる。
だがそのことは重要ではないと、レオンハルトは息を入れた。
「……まあ、いい。それで、コウウ達はそれを聞いて帰ってきたのか?」
「……いや」
そこでハンティは首を横に振った。
「コウウは立ち去ろうとする石丸を止めようとしたみたいで……それで戦う気のないって言った石丸だけど――」
レオンハルトが嫌な予感を感じた瞬間、ハンティはそれを告げた。
「コウウ率いる旧ザビエル軍は――石丸一人に撤退させられた」
「――――」
「コウウは何とか帰ってきたけど……ちょっと精神的に不安定みたいで、少し大人しくしてもらってる」
まさか、という思いだった。
しかしハンティに嘘をついている様子は見られない。
ならば今の報告は事実なのだろう。
……以前の石丸であっても、魔軍相手にそれを達成することは不可能ではないだろう。
だが、伝言の内容といい、その報告といい――胸騒ぎがする。
その正体は解らない。
だが、レオンハルトは立ち上がった。
「……準備をしろ。最低限の人員と、春姫だけ連れて行く」
――そしてレオンハルトは、
「JAPANへ――藤原石丸の元へ、行くぞ」
石丸との最後の舞台に向かった。
【朗報】意外と人気キャラ疑惑があるコウウ君、何とか生存