JAPANの春は、長閑という言葉が似合う季節である。
厳しい冬を乗り越え、多くの花々を咲かせるこの季節。春の始まりの月に、彼らはこの島国に足を踏み入れた。
「この先か?」
「うん、聞く所によるとね」
「…………」
そこにいるのは一体の魔人とその一行。仕入れた情報を頼りに目的の山へと向かう者達。
使徒である三人と少数の部隊で向かうその中には、春姫の姿もあった。
彼女は無言のまま使徒に囲まれるように山道を行こうとし、その場所に気づく。
……ここは……。
藤原石丸が待つというその場所。その場所の意味に気づき、春姫は息を呑む。
その間にも山道は段々と険しくなっていき、大所帯で通るのは難しくなって来ていた。
故にその集団の長である魔人レオンハルトは、僅かに視線を上げ、その後で兵達の方を向いて言った。
「お前達はここで待っていろ」
「……それは……」
魔物将軍が僅かに躊躇いを見せる。だが、
「何、直ぐに終わる。それとも俺の事が心配か?」
問われ、魔物将軍は息を詰めた。そして不敬を示すわけにはいかないと、
「……いえ。――では、行ってらっしゃいませ」
敬礼付きで見送ってくれる。レオンハルトは頷き、続いて使徒達に顔を向けた。
「春姫を連れて付いてこい」
「畏まりましたわ!」
「……はいよ」
「了解です」
応答が返ってきたのを確認すると、再びレオンハルトは山道の先に進んだ。
道はどんどんと険しくなる。だが、魔人や使徒である彼らには全く問題とならない。春姫にしても石丸との冒険をこれまで行ってきたことで人間の中ではそれなりに逞しい。ゆえに一行は順調にその道を進んでいった。
そしてやがて、
「――これは……」
一行が僅かに目を見開く。
険しい山道を越えた先、そこに見える景色は絶景であった。
「綺麗ですねぇ」
「桜ですわ!」
彼女らが言うように、そこからは満開の桜の山が一望出来る場所であった。
そこは展望台の様に周囲の地形を確認することの出来る場所であったが、そこだけはだだっ広い広場となっており、一切の障害物が周囲に存在しなかった。
視界に移る景色は遠くに見える桜の山々と空のみ。
だがその広い大地の上にいたのは彼らだけではなかった。
広場の中心に胡座をかいて座る一人の男。その姿を確認し、レオンハルトは目を細める。
「…………ふん」
随分と潔いな――レオンハルトが最初に思ったのはそれであった。
本当にたった一人で、何か罠を仕掛けているわけでもなく待っているとは、と思う。
だが驚きはない。
レオンハルトはゆっくりと石丸の傍に近寄ると、十メートル程手前で立ち止まる。
戦争で戦って以来の再会だが、それほど期間が空いたわけではない。
少なくとも魔人の感覚としてはついこの間出会ったばかりの男。
しかしその雰囲気は、以前とは打って変わっていた。
悠然とした自然な気を感じる。眼の前にまで近づいても石丸はレオンハルトに視線を向けることもなく、遠くの山々に咲き誇る桜を見て、手に持ったそれを傾けている。
それを見て、レオンハルトは眉をひそめた。
「……何のために呼び出したかと思えば……仲良く花見でもするつもりか?」
「…………」
その手に持っていたのは徳利。そして盃。
中に入っているのは十中八九酒だろう。
だからこそ花見でもするのかとレオンハルトは問うた。
しかし石丸は直ぐには答えず、盃に入った一杯を飲み干すと、
「……!」
盃の一つをレオンハルトに向かって投げた。
思わずそれを受け取ったのを見て石丸は更に徳利の方も浅く投げ渡す。
石丸の無言の行いを不思議と感じ取り、レオンハルトは少し逡巡した後、盃に酒を入れて一杯だけ飲み干した。
その酒の味はレオンハルトの舌にも合い、自然とその先の言葉を促した。
「……良い味だな」
「――だろう? 俺の生まれ育った土地の酒だ」
呟く様に感想を言うとそこで初めて石丸は口を開いた。
レオンハルトはもう一度それらを投げ返すと、石丸もそれを受け取る。口端に微笑を浮かべながら、
「……この山は俺達の遊び場。そしてこの場所は俺の修行場だ。春になるとここで一人、桜を眺めながらこの酒を飲むのが元服してからの楽しみであった」
「……それで最後の花見か?」
言うと石丸はふっと笑った。
「そういうことになるか。ただし――」
間を置くと石丸は徳利と盃を置いたまま立ち上がり、レオンハルトに向かって眉を立てた顔でこう言った。
「――最後になるのは、俺とは限らんぞ」
「……ほう?」
威勢の良い言葉を言い放った石丸を計るかのように注視する。
その間にも石丸は背に背負った帝の証――帝ソードを携えた後に叫んだ
「レオンハルト――お前に
「…………」
「よもや逃げはすまいだろうな!?」
レオンハルトは鼻で笑い、思う。安い挑発だな、と、
剣士として挑む。今石丸はそう言ったのだ。
確かに既に魔軍に敗北し、人類軍も藤原家も滅びた今、石丸を縛るものは何もない。
その意味は伝言の際、魔軍と戦う気はないと言ったこととも繋がるのだろう。普通なら受ける義理はないかもしれない。
だが、レオンハルトは自分の矜持からその申し出を否と突き返すことはしない。
それは彼の拘りだ。魔人としてならともかく、一人の剣士として勝負を挑まれたなら、レオンハルトは同じ一人の剣士として受けて立つ。
そして石丸の全身から溢れる闘気は、以前にも増して研ぎ澄まされたものであった。
……温い。
だが、今のレオンハルトの食指は動かない。
既にもう、そのくらいでは自分を熱くすることは出来ない。
そのことに孤独と諦めに似たものを感じながらレオンハルトは石丸を正面から見据える。
「……随分と気合いが入っているようだが、まあいい。一騎打ちの事だが……その前にこちらからも一つ、言うことがある」
「……何だ?」
ああ、それは――と、レオンハルトはその意志を石丸に向かって伝えた。
「――藤原石丸。……魔人になる気はないか?」
石丸はその発言とその意味を説明するかの様に語り始めたレオンハルトの声を聞いた。
魔人の背後ではレオンハルトの使徒が僅かに驚きの表情を見せているが、同じ様に驚いた様子の彼女の方に目が行った。
……春……。
奴であれば大丈夫だろうと思っていたが、心配していなかったと言えば嘘になる。
ゆえに無事で良かったと石丸は内心で安堵した。正面ではレオンハルトが石丸に向かって告げる。
「お前に何があったのかは解らないが、きっと以前とは少しだけ違うのだろうな。お前の顔と、その気を見れば解る」
だが、と、
「お前は、俺より弱い」
決して勝つことは出来ない、とレオンハルトは正面から告げる。石丸はそれを静かに受け止めた上で、
「……そうだな」
「お前のその決闘の申し出は、俺にとっては受け止めるべきもの。だが例え――」
続けて魔人は言う。それは、
「――無敵結界を解くことになろうが、お前の剣は俺には届かない」
それは以前の戦いで証明された事実。
レオンハルトは絶望的な程に厳しい現実を石丸に向かって突きつける。
「そんなお前が俺に挑んだところで、勝ちの目はない。それはお前も分かっているはずだと思ったがな」
「…………」
無言だが、内心で肯定する。
確かに自分の剣に、勝ちの目は無かった。
こちらの態度を肯定したと受け取ったのか、レオンハルトは闘気を見せることもなく続く声を響かせる。
「だがお前が魔人になり、今よりも成長することが出来るならば、勝負は解らなくなるだろう。そのための手配は既に整っている」
手配。つまりは魔王の許可を得たということだろう。
石丸の内心の予想だが、レオンハルトはその予想を正解だと示す説明を口にした。
「本来なら俺は魔人として、人類軍の総大将であったお前を殺さなければならないが……魔王様はあのザビエルを倒したお前に僅かに興味を持っている」
魔人になるための準備は整ったと、そういうことだ。
だからレオンハルトは石丸に告げる。相容れない言葉を、
「お前なら、いずれ俺のいる場所まで上がってこれるかもしれない。だから――」
「――断る」
「……!」
石丸はレオンハルトが言葉を全て言い終える前に、その申し出を強くはっきりとした声で断った。
そして息を吸い、己に確認を取るように告げるのは、己の覚悟と意志だ。
魔人になるなどあり得ない選択だ。自分の夢についてきてくれた多くの人に申し訳が立たない。
そんな形で夢を叶えることを、石丸は望まない。
そして何よりも、そうすれば勝てるなどと勝手に評することは、
「勝てないだとかそのために魔人になれだのそんなことは――」
言う。かつての自分の様に、
「
「……馬鹿が」
レオンハルトがこちらを見て、呆れるように眉を立てる。
そして深い息を吐くと、こちらに向かって今度は敵意をぶつけてきた。魔人のオーラが赤く漂い、周囲の空気を重くする。
だがその存在感に怯むことなく、石丸は言い放った。
「ああ、馬鹿で構わん。それくらいでなければお前を倒すことなど出来んだろう」
「……どうやら本当に死にに来たようだな。もういい――“オル=フェイル”」
剣の名を呼ぶと同時に、レオンハルトが伸ばした右手が空間から剣を引き抜く。
以前にも見た魔剣。刀に近い身の丈を越える魔剣の存在感は魔人にも勝るとも劣らず。禍々しく、背筋が凍るような蒼の刀身が妖しく輝いている。
それを確認した石丸は軽く足を開いて帝ソードを構えた。戦闘態勢に入ったのだ。
魔人は冷たい闘気を発しながら魔剣を構えた。石丸を睨むように見据え、
「前にも言ったが、俺の剣に憧れるだけのお前が、俺に勝つことはあり得ない。力の差は歴然とかけ離れている。それでも挑むか」
「当然だ。お前は力の差は歴然だと言うが、敢えて言おう。――だからこそ挑むのだと!」
石丸は言う。それは馬鹿になった自分の想いだ。
「確かに俺はお前に憧れていた。子供の頃からずっと、お前を倒し、世界最強の剣士になるのが夢だった」
「……叶うことのない夢だ」
レオンハルトの否定に答えるように石丸は言う。不敵な笑みを携えて、
「確かに到底叶いそうにない夢だが、俺にとって、夢とはそういうもののことだ!」
それを理由に諦めるなどあり得ないと石丸は叫ぶ。
「届かないから諦める? 笑止!
到底叶わないような自身の理想であり目標。
だが叶いそうにないような幸福な未来であるからこそ、人は夢を見るのだと。
「男が挑むべき道を見つけたのなら! 只そこへ向かって全霊を注ぐのみ!!」
そして、
「その夢は高ければ高いほど、困難であれば困難であるほど……!」
だからこそ、
「挑みがいがあるというもの!!」
だから挑む。なりふり構わず、真っ直ぐ立ち向かう。
「ましてやそこに、目の前に! 夢にまで見た頂きが見えているのだ!」
眼の前には夢にまで見た世界最強の剣士。
ならば石丸がやるべきことは決まっている。
「挑まなければ――男が廃る!!」
そして“勝つ”。
勝って、夢を叶える。
そうすることで、喜んでくれる者達がたくさんいる。
その内の一人は直ぐ近くにいる。ならば、
「――春っ!!」
「……っ、石丸様……!」
石丸は大切な人の名を呼んだ。向こうも、名前を返してくれる。
多くは語らない。石丸は春姫にその言葉だけを告げる。
「俺の戦いを、最後まで見ていてくれ!!」
彼女を見て、想いを告げるように石丸は告げた。
春姫はその言葉に一瞬、表情を歪ませはしたものの、直ぐに笑顔になった。僅かに目の端に雫を零し、
「最後まで、見届けます……!」
「ああ……!」
これで憂いはない。
ならば後は行くだけだ。
「勝負だ……!」
レオンハルトが、その想いの乗った言葉を耳にして、静かに言った。
「……お前の想いは分かった」
だが、レオンハルトは言うことはせずに内心で言葉を作る。それは、
……少なくとも、気持ちだけは盛り上がっているようだな。
冷静にそう思う。
何故ならば、自身に勝つことなど不可能であるからだ。
想いの強さだけで、戦いの結果は変わらない。夢が叶うこともない。
戦いには善悪も、背負っているものの重みなども関係ない。強いやつは何もなくとも強いのだ。戦いは力の強弱で決まる。
戦う理由などは関係ない。どれだけ崇高な理想を持ってそれに挑もうが、力が無ければそれは夢物語だ。
だからこそ、レオンハルトは何よりも強さを重要視する。
力と名の付くもの。それが無ければこの世界で生きることは出来ない。
暴力、知力、統率力、政治力、権力、財力、魅力、精神力――どんな下らない能力であろうとも、それが他者より優れたものであれば有用な力となり得る。
そしてレオンハルトの何よりも優れた能力を越えようと、眼の前の男は全身全霊で挑まんとしている。
故にはっきりしていた。真っ向からレオンハルトの道に立ち塞がるというなら、後はもう戦うしかない。
ならば強さで負ける石丸が、己に勝つことはあり得ない。
石丸が使う全ての技も、レオンハルトの技の模倣でしかない。
疾風、迅雷、紅蓮、流水――何を使おうがレオンハルトには通用しない。
無論、以前よりは成長している可能性はある。
だがそれでも届かない。
自分を熱くすることも出来ない。
しかし相手は自分に、男の勝負を挑んできた。
ならば正面から、王道をもって、その夢を完膚無きまでに打ち砕く。
想いだけは届いたのだ。だからこそ、
「――せめてもの情けだ。一撃で終わらせてやる」
これ以上、自分としては戦う価値の無くなった相手である。
だがその想いと、藤原石丸という一人の男を称えよう。
そのために以前と同じ必殺技で、一刀の元に、石丸を両断する。
苦痛は与えない。敗れたという認識も出来ないだろう。
夢を抱いたまま、幸福のまま満足して死ぬがいい。
「来い……ッ!」
正面から速度を持って突撃してくる石丸に、レオンハルトは上段からの一撃を持って、勝負に幕を下ろした。
「――“震天”」
直後、形容出来ないほどの轟音がその場に鳴り響いた。
レオンハルトの必殺技が放たれた瞬間、誰しもがその戦いの終わりを予見した。
ひょっとしたらもう少し早かったかもしれない。
レオンハルトが一撃で終わらせると言った時から、その戦いを見ている者達は確信した。
キャロルもハンティもペールも、戦いは一瞬でケリが付くだろうと黙ってそれを見ていた。
当然だが、レオンハルトと決闘をして、今まで生き延びた人間は誰一人としていない。
魔軍を、魔人を倒そうと一騎打ちを仕掛ける人間は多いが、その誰しもがレオンハルトの圧倒的な強さに膝を屈した。
ある者はレオンハルトに才能を見込まれて見逃されることもあった。
しかしその者は魔人の強さに恐怖し、二度と戦いの場に出ることはなかった。
剣士としての決闘は既に幾度も行われ、レオンハルトはその全てに完璧に勝利してきた。
無敵結界が無くとも、彼の肌に傷を付けることが出来たのは片手の指に満たない。
攻撃を通すことが出来たのは、人間時代の魔人ガルティアと、一度目の正体を隠して戦った石丸の時だけである。
人間では勝てない。魔人であっても、レオンハルトの必殺技を受けて立っていたものは今までただ一人もいないのだ。
だから彼の使徒達が、レオンハルトの勝ちだと思ったのは自明の理。レオンハルト自身でさえも自分の勝ちを疑わなかった。
次の瞬間に視界に映るのは、石丸が両断される光景か、跡形もなく消し飛ばされる光景。
だからだろうか――
それはレオンハルト自身も例外ではない。一番最初に異常に気づいたのも彼だが、何が起こったのか理解出来ない、という意味では戦いを観戦している者達と大差ない。
だがその中で、その結果に驚かなかった者が二人いた。
一人は当然、藤原石丸。その結果を起こした張本人。
もう一人は、春姫。彼女は石丸の勝利だけを信じていた。
「!? っ……!」
結果が引き起こされたのは一瞬。直ぐにレオンハルトは続く手を放とうとする。
しかし数秒後、ようやく最初の一人が我に返った。
だが半信半疑の様子で、最初に気づいたハンティが、その結果を震える声で口にした。
「
レオンハルトが必殺技を放った直後。
二人は弾かれるようにして、距離を取った。
その光景は、
「……何をしたの……!?」
レオンハルトの必殺技を、
その結果を見たレオンハルトは、警戒して直ぐに前に出ることをしなかった。
率直に言って、起こった結果を理解出来なかった。
己の全力の一撃。必殺技の中でも威力だけなら最強の技を、
……どうやって防御した!?
あり得ない、と思う。
人間の身体能力で受け止めきれる技ではないはずだ。
まさかそれほどに強くなったのかと思い、レオンハルトは石丸の動きを観察した。
しかし、
……身体能力自体は以前と変わっていないか……!?
ならば人間を辞めた訳ではないのか。
だがそれなら余計に意味が解らない。変わってないのなら断ち切られるのみのはずだ。
何かからくりがあるのかと思う。
しかし続く攻防、石丸が距離を詰めて剣を振るってきた時、レオンハルトは更なる驚愕と疑問を得た。
「おお……!」
「っ……!」
こちらの剣を振るった瞬間に、怯むと思った石丸の剣が怯まず、更には同程度の威力でもって反撃が来る。
それは先程必殺技を放った時に反撃されたのと同じ感覚だ。
……こちらの攻撃を跳ね返したわけではない。だが、そうじゃないなら一体どうやって……!
そもそも相手の攻撃を跳ね返す、石丸が流水と呼ぶ技は相手の技量を上回り、読み切ることが出来なければ放てないはずの技だ。レオンハルトには通用しない。
やはり理解が出来ない。一体何故、石丸は自分とここまで剣を合わせることが出来ているのか。
本来であれば喜ぶべき事態だが、それ以上に混乱が強く、レオンハルトは思考を必死に回してその答えを探す。
そうしてようやく頭が冷静に物を考え始めた時、レオンハルトはふと、強烈な違和感を感じた。
それは知っているはずなのに、知らない感覚。剣を合わせていて、何故か思っていたのと違うという不思議な感覚。
……何だこの剣は……
と、そこまで考えたところで、レオンハルトは目を見開いた。
その強烈な違和感と、思い違いを感じるものの正体に気づいたのだ。
気づいた瞬間、レオンハルトは強く声を放った。
「――貴様、どうやって“その剣”を捨てた!?」
「! ははっ、気づいたか!」
石丸のしてやったりという類の笑みに、レオンハルトは歯を噛み締めた。
ああ、気づくに決まっていると。何故なら、
……石丸の剣技に見えていた筈の、
石丸の剣技、その全ての動きが、まるっきり以前とは違っているからだ。
どういうことだ、と言外に問う表情は、レオンハルト以外にも浮かべているものだった。
それを感じて、石丸は苦笑する。そんなにも意外かと。
石丸にとっては当然の、簡単な事でしかないのだ。
「……以前、お前は言ったな。俺の剣は、お前に似ていると」
それは以前、レオンハルトが石丸に言ったこと。
だからこそ、石丸はレオンハルトに勝てないのだとそう言ったのだ。だから、
「俺の剣を捨てたのか……!」
「そうしなければならなかったからな」
剣を振るレオンハルトに自分自身の剣で応える。そうした理由は勝つためだ。
「確かに、俺はお前に憧れた」
それは幼少の頃に眼の前の魔人を題材にした本を読んだからであり、その本が在ったからこそ、自分はここまで強くなることが出来たとも言える。
しかし同時に、
「だが……いつまでも憧れていては、お前に勝つことは出来ない」
憧れとは、そうなりたいと願うもの。
越えたいという想いとは相容れないのだと気づいた。だからこそ、
「だから、
越えなければならないのだ。
眼の前の尊敬していた男を、敗北者にして、自分が勝利者になる。
勝利とは重いものだ。
勝利するということは、相手を負かすということ。
相手に屈辱を与えなければならない。
そのために憧れという想いは捨て去らなければならない。
敬意は持つ。世界最強の剣士として、先人への敬意は忘れてはならないものだ。
しかし心構えの意味でも、実際に戦う上でもレオンハルトの剣を捨てることが勝利に繋がると石丸は考えた。
だから、
「基礎から全て――俺の剣技を一から十まで再構築した」
「っ、違和感があったのはそういうことか……!」
以前の自分とは全く違う剣。無論、簡単にはいかなかった。
だが何とかそれを成した。正真正銘の自分自身の剣が出来上がった。
そしてこの剣を振るう相手は、生涯ただ一人、
「この剣は、“お前”を倒すためだけに鍛えた剣なのだ……!」
「……!」
全ては眼の前の男を倒し、夢を叶えるため。
そのためだけの剣を、自分は形作った。それだけのために作ったこの剣は、世界最強の剣とは全く違う。
王道とは違う――正反対の剣だ。
「この剣で、俺はお前を越える……!!」
「っ!」
レオンハルトの凄まじい威力の剣を受け止め、反撃を返した。
だがその反撃を受け止めた上で、レオンハルトは何かに気づいて目を細めた。そして距離を取ると剣を振り、
「……なるほど。何となくだが、お前の剣の正体が少し掴めた」
「ほう? どのような剣だと言うのだ?」
問いかけてみるが、おそらく本当に気づいたのだろう。この剣の正体を。
レオンハルトは石丸の内心を射抜くような鋭い視線で言い放った。
「先程から使っているその技――“俺の力”を利用しているな?」
「……! もう気づいたのか。さすがであるな」
やはりもうバレてしまっているらしい。
とはいえ正直に正解だと言ったのは、簡単に破れる技ではないと確信するからこそだ。
それをレオンハルトも気づいているのだろう。彼は身構えを深くしながら言った。
「俺の剣から伝わる威力を、そのまま自身の剣に乗せて跳ね返す……“流水”と似ているが、それとはまた違うな。“流水”は攻撃をそっくりそのまま跳ね返す技だが、お前のそれは威力だけを自身の剣に上乗せする技だ」
「ふっ、さすがに世界最強の剣士は理を得るのも早いな。だが、知ったところでどうにもなるまい?」
不敵に返すとレオンハルトは眉をひそめた。そして気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「ふん、確かにしてやられた気分だ。その技は、魔人である俺には必要ない」
そう。これは人間が人間以上の化け物を打ち倒すために編み出した技。
黒部との最後の一合で編み出した技だ。
「地力で他者より勝り、強大な力を正面から打ち立てる魔人の剣は当然、正面から打ち破る方法が無いほどに強力だ」
「最初から実力の上で勝っているなら小細工を弄する必要はない。特に力の上で圧倒的に負ける格上相手との戦闘など、確かに俺には経験がない」
そう。だからこそ、
「
「
言い合うと、レオンハルトは軽く吐息付きで更に言う。
「少し打ち合ってもお前の新しく形作ったその剣がおかしなものだと解る。奇襲や撹乱、小手技で俺の剣を打ち崩すつもりか?」
「気に入らないか?」
いや、とレオンハルトはそこで瞳を瞑った状態で軽く笑みを見せる。
そして目を見開くと、
「ちょっと……いや――
「――!」
レオンハルトが歯を見せて笑みを見せた瞬間、纏っていた闘気が変わった。
先程までとは正反対。身も凍るような冷気のような気が、そこにいるだけで周囲の風景がぼやける程の熱く禍々しい気に変化している。
見開かれた目も赤く煌めいており、口端は笑みで歪んでいる。
まるで戦いを愉しむ修羅――鬼を見ているかのようだ。
……ここからが、本番か。
分かる。今のこの状態こそが、世界最強の剣士の本来の姿なのだと。
それは即ち、今まで自分はスタートラインにも立っていなかったということだ。
ここからが本当の戦いの始まり。それを予見させるように、レオンハルトは愉しそうに笑う。
「ククッ、なんだ……ちゃんと出来んじゃねぇか……」
そう小さく呟くと、今度は大きな愉快さを示すような喜色に満ちた様子でレオンハルトは魔剣を構えた。
「悪かったな。ちょっと舐めてた。最近は歯ごたえのない相手ばかりで絶望しててな。これから先もそうかと思うと憂鬱だったが……」
「……そうとは限らんぞ」
「ああ?」
石丸はそのレオンハルトの言葉に異を唱えた。笑みを携えるレオンハルトに同じ様に笑みで、
「己より強い奴など幾らでもいるのだ。世界は広いぞ。探せばどれだけの強者がいるか解らない。――そのことを、俺はお前に気づかせてもらった」
「――――」
「絶望などする必要もない。これからも強者は幾らでも誕生する」
そして、
「そして何より――この俺がお前を倒す!! それが出来たのなら不満はないだろう! お前は、自分より強い男と戦えたことになるのだ!」
石丸の言葉が、レオンハルトに突き刺さる。
不意のことに呆然し、暫しの間、時間が止まったようにレオンハルトは動かない。
だが、その表情はやがて、呆気にとられたようなものから、だんだんと笑みに変わっていき、
「――クハハ……なるほどな」
そういうことであれば納得だと、レオンハルトは顔を押さえて笑う。
自身の思い上がりを僅かに恥じる。
そうだ。世界は広い。
そのことを、自分はかつて大切な人と知ったではないか。
「そうだったな……」
強者であればこれからも現れる。
そして既に多く存在する。身内だとハンティなどはそれなりに楽しめて将来に期待出来るし、ライゼンとは全力でぶつかり合うことが出来る。
その他にも、強い奴はたくさんいるし、今は及ばずとも予想外の成長を遂げることだってあるかもしれない。
そして何より、眼の前の男は自分を愉しませてくれると言い放った。
「ハハハハッ……!」
レオンハルトにとって未知数の剣技。それはきっと先程の一つだけではないだろう。他にも自分を驚かしてくれる技が幾つもあるかもしれない。
とはいえ単純な実力では未だこちらが上ではある。
だが、確かに愉しませてくれると、勝ってみせると宣言し、前払いとしてそのために習得した技も見せてくれた。
ならばそうしてくれるのだろう。愉しみだ。
レオンハルトは待ちきれない想いをほんの少しだけ抑えながら、石丸に魔剣を向けて告げる。
「それなら全身全霊で挑んでこいッ! 緊張の糸を、集中を一切切らすんじゃねえぞ! その時はお前の命が終わっちまうからな……!」
「……言われなくともそうするつもりだが? 俺は、お前に勝って夢を叶えるからな!」
威勢の良いことだ。だが、ちょっとだけ面白くない。
何故なら、
「……言っておくがな――」
言う。もはや抑えることもしないと、
「――俺は負けず嫌いなんだよッ!!」
「――それはこちらとて同じことぞッ!!」
二人は研ぎ澄まされた神気と、轟々とした鬼気が入り混じった剣気を発しながら構え合うと、
――これより始まるのは最後の一勝負。
「いざ――」
――桜舞う季節の戦の国で、
「尋常に――」
――二人の剣士の意地を懸けた、
「――勝負ッ!!」
――戦いの幕が、遂に開かれた。