※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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トンデモ剣術のバーゲンセール。ここぞとばかりに大放出していきます
本編どうぞ


挑戦者

 金属音の響きは、幾重にも折り重なるように広場に鳴り響く。

 剣と剣が打ち合わされる音。それらを発生させているのは二人の剣士だ。

 風を斬り裂く斬撃の曲線は、相手の線や点と軌跡を重ね、一瞬の火花を散らせて弾かれる。時に払われ、時に身を動かして回避を行う。一足一刀の間合い。一瞬で相手と斬り結ぶことの出来る間合いの侵入と退避を繰り返し、互いの制空権を制していく。それらは剣を用いて行われる舞のようであった。

 その迫力さと優美さは周囲を魅了し、見る者を一刀で黙らせる。

 しかしその鋼のやり取りを完全に視認し、把握出来るものなどその場には存在しなかった。

 ただ戦いを見る魔人の使徒達は、その状況こそが異常だと硬くなった表情で見守っていた。

 

「……本当に、あのレオンハルトと打ち合ってる……」

 

 その呟きを放ったのはこの中では彼らの領域に最も近い者――ハンティ。

 彼女は目の前で起きる現実を正しく認識しながらも、あり得ないものを見るような面持ちであった。

 それはキャロル、そしてペールも同じだが、理由は言うまでもない。彼女達はレオンハルトの強さをよく知っている。

 底の部分まで知っているとは言えないかもしれないが、それでも彼女達の評価で言うなら、人間など一瞬でやられてもおかしくない話。たとえ相手が人類最強の剣士だろうと、レオンハルトに敵う道理はない。そう確信していた。

 

 だが目の前の人間――藤原石丸はどうだろう?

 

 確かに剣を打ち合わせている。勝負になっている。レオンハルトが、相手を一瞬で斬り伏せることが、出来ていない。

 その、相手の力を自分の剣撃の威力に上乗せする、という摩訶不思議な剣技を使って対抗している。

 例えそれが事実だろうとレオンハルト相手に行うなど神業のような技量が必要なはずだ。

 しかし石丸はそれを可能とする。

 何故なら石丸は、世界でただ一人――レオンハルトの剣の才能に匹敵する男であるから。

 その才能は世界を制するに足るもの。剣で行えることであれば鍛錬次第で不可能なことはない。

 実際にレオンハルトは今までその異常とも言える剣の技量で、物理法則を無視するほどの神業を習得してきた。

 では同じ才能を持つ石丸ならば、同じ様にあり得ないような神業を披露することも可能である。

 その事実を知識ではなく実感として、観戦する者達は確信しつつある。

 そんな中、ペールは喉を鳴らし、そして引き攣った笑みで口を開く。

 

「……わ、私の本、とんでもない化け物を生み出しちゃったみたいですねー……」

 

「言ってる場合じゃありませんわ!?」

 

「…………」

 

 キャロルのツッコミが入り、ハンティがそちらを見ないまま半目になる。

 戦いから目を逸らすことが出来ないと、ハンティはそちらから視線を外すことを本能で拒否していた。

 そして戦いに割って入ることも不可能だ。キャロルなどはレオンハルトの勝利を信じていながらも、応援するように拳を握って前のめりになっている。

 使徒として、もし主が死ぬようなことがあればそれを防がなくてはならない。

 それが使徒の本能である。

 しかしそれを防ぐことも、止めることも叶わない。

 今まで主の危険を殆ど感じることのなかったレオンハルトの使徒達は、一様に“本能”が僅かな警鐘を鳴らしていた。

 その危機感は本当に極僅かなものであるが、今までそれを感じる相手はほぼいなかった。

 そして逆に言えば、使徒の本能が警鐘を鳴らしていることが、この勝負が勝負足り得るという証明でもある。

 即ち、本当に極小の可能性ではあるが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一方的な虐殺ではない本当の戦いが、始まっているという示唆であり、そうでなくとも、誰しもがその勝負から目を外すことが出来ず、彼女達は固唾をのんで勝負を見守っていた。

 

 

 

 

 

 レオンハルトは、相手の剣に手応えを感じていた。

 藤原石丸の剣、新しく形作ったという剣と、自身の剣を打ち合わせている。

 以前の石丸の剣には、自分の剣の色が見えた。それは確かに強力で、多くの剣士達を下すに相応しい剣技だった。

 だが、レオンハルトにとって以前の石丸の剣はこちらを打ち倒すに足るものではなかった。

 技量、経験、身体能力、あらゆる部分で勝るレオンハルトに、下位互換でしかない石丸は歯が立たない。

 同じ剣技であれば読みやすく、相手の手の内も見える。それとレオンハルトの千年分の経験値があれば、どちらに軍配が上がるかは分かりきっていた。

 しかし今は違う。

 今の石丸の剣は全く新しい剣技だ。

 正真正銘、石丸だけの剣技であり、以前の石丸とは一から十まで違うもの。

 しかもその剣の術理は、レオンハルトにとっては正反対のものだった。

 レオンハルトの剣は、正面から相手を倒す王道にして強者の剣。

 だが、石丸の剣は違う。それを、石丸は口にする。

 

「俺の剣は、弱者の剣だ」

 

 そう、弱者の剣。

 魔人という種族の下地、地力で圧倒的に勝り、正面から相手を打ち崩すことが出来るレオンハルトには、使う必要のないもの。

 だからこそ、人の弱さを受け入れ、それでも強大な相手を打ち崩さんと工夫を凝らす弱者の剣を、レオンハルトは知らないし、憶えることもない。

 ともすれば、人間の時に才能を開花させていれば、もしくは普通ではどうしようもない圧倒的な格上と戦う機会があれば、レオンハルトにも窮地の状況でそれを会得することが出来たかもしれない。

 だがそうはならなかった。レオンハルトは強くなり過ぎたのだ。

 もはや同じ魔人相手だろうと、地力だけで相手を踏み潰すことが出来る。

 世界最強の剣士というその肩書きは真実で、しかし、だからこそレオンハルトは格下との戦闘を多く経験している。

 つまり別方向への変化を遂げることはなかったのだ。

 ゆえにその剣は知らない。レオンハルトは初めての相手と相対するような感覚を得ていた。千年分の経験値の中に、自分も含めて、今の石丸と同じ剣は存在しない。

 だから石丸は言う。

 

「俺の剣は頂点を獲るための――挑戦者の剣だッ!」

 

 だからこそ、その剣は届きうる。

 自分だけを狙いすました剣は、効果的に作用している。

 それは例え地力で圧倒的に勝っていたとしても、レオンハルトにとって久し振りに訪れた窮地に違いなかった。

 普通なら自身が殺されるかもしれないという状況は、危機を憶えるはずのものだ。

 だが、

 

「――面白ぇ」

 

 レオンハルトは、普通じゃない。

 確かにその剣は自分に通じる。

 だが、未だ自分の方が上だという確信がある。

 その上で、どこまでやれるか見せてみろ。

 王道の剣を相手に、挑戦者の剣がどこまで通じるか、見せてみろ。

 口端を歪めながら、彼は相手の剣を称賛した。

 

「――面白ぇなぁッ!!」

 

「……!」

 

 腕に力を込め、魔人の力を剣に乗せて振り下ろす。

 だが、“震天“を、自身の持つ必殺技の中でも最大威力の技を受け止めて返した石丸だ。

 天地を砕き、地震を引き起こす一撃を防御されるのなら、同じような力だけの剣は受け止められる。直後の反撃の剣を受け止めながらレオンハルトはそれを理解した。

 

「ハハッ! やっぱ力じゃ無理か! やりやがるッ!」

 

 力では無理かと言いながらも、レオンハルトは愉しそうに声を上げて笑う。

 石丸の剣技に感心しつつ、しかし頭の中では対抗策を弾き出していた。

 しかしこちらからしても未知の剣だ。通じるかは解らない。

 だが解らないのも面白い。

 だからレオンハルトは試すように不敵な笑みを浮かべた。

 

「――だがよぉ! 絶え間なく攻撃し続ければいつかは崩れてくれるんじゃねぇかぁッ!?」

 

「やってみるがいい……!」

 

 そして石丸は受け止めてくれるらしい。

 ならば受け止めてもらうしかない。

 この昂りをぶつけるように、この剣をぶつけるのみだ。

 

「じゃあ行くぜ――」

 

 言って、レオンハルトは剣に力を込めた。

 放つのは己の必殺が一つ。剣の連撃を加えるだけの単純な技。

 その発動に合わさり、レオンハルトの剣気が更に禍々しく膨れ上がり、周囲に向かって風が吹いた。

 

「――“禍津風”ッ!!」

 

「……っ!!」

 

 それは正しく、単純な剣での連続技と言うべき技だ。

 しかしただの連続攻撃も、レオンハルトが全力を尽くして放てばそれは必殺となり得る。

 全力かつ連続の剣撃は、大気を幾重にも切り裂き、剣の動きに合わせて擬似的な突風が吹き荒れる。

 一刀一刀が石丸が“疾風”と呼ぶ、剣の衝撃波であり、もはや剣の引き戻しの際にも大気を斬り裂く斬撃が発生し、必殺技の余波で起こった剣の嵐が周囲を無差別に切り刻む。

 

 ――魔人とは人類にとっては災害そのものである。

 

 その魔人の必殺技――それは仮に魔法であれば、周囲の地形を変容させてしまうことすらあるという。

 そしてそれは当然、レオンハルトも例外ではない。世界最強の剣士が必殺技と名付ける秘奥は全て、周囲に被害を出してしまうものである。

 ただ連続で剣を振るうだけの必殺技も、レオンハルトが振るえば、それは災害となるのだ。

 人の形をしながら、人類を苦しめる天災の如き現象を起こす――それが“魔人”なのだと、

 

「付いてこれるかッ!?」

 

「っ、無論、だ……!!」

 

 だが石丸はそれを裂帛の気合いで防ぐ。

 そして気合いだけではない。確かな技術がある。それをレオンハルトは感じ取った。

 ……便利な技だなッ!

 それはまたしても先程の技の応用。

 こちらの連続攻撃の一刀目。その勢いを利用し、次に放つ剣の速度を上げる。二刀目をそれで防ぐと、今度もまたその勢いを利用して三刀目を放って次の斬撃を防ぐ。

 それを延々と繰り返す。その間には必殺技の余波でやはり、周囲の地面に斬撃痕が刻まれ、空間に斬撃は吹き荒れる。近くに障害物がほぼ存在しない広場であることは幸いだ。

 

「ひゃあ!? こっちにまで飛んできましたよう!?」

 

「危ないんだけど!? くっ……!」

 

「遠くの桜、風で桜吹雪になってますわ……綺麗ですわねー」

 

「ああもう! 世話のやける!」

 

 しかし周囲に被害が出るのはやはり考えものだと思う。だがハンティが文句を言いながらも前に出て何とか防ぎきっているから問題は無さそうだ。

 その間にも、都合百を越える斬撃の暴風を石丸は耐えきってみせた。レオンハルトは笑ってそれを喜ぶ。

 

「ハハハ! これも防ぐかッ!!」

 

「当然……! この程度は想定済みだ!」

 

 まさか本当に防ぎ切るとは。半信半疑であったが喜ばしいことだ。だが、

 

「この程度とは言ってくれるじゃねぇか! 守ってばかりじゃ勝てねぇぞッ!!」

 

 確かに防ぎきられたことは素直に称賛出来る。

 しかし今の所、防御とこちらの攻撃に反撃する形でしか攻めに転じていない。

 仮にこのまま攻め続けていれば、体力の差でいつかは勝利することが出来るだろう。

 しかしその決着を、レオンハルトは望まない。

 この自分の剣を凌ぐ弱者の剣を、正面から制圧しなければ勝利とは言えない。

 だからレオンハルトは気を集中させた。

 

「――!」

 

 視界の中の石丸が反応して目を見開き、行動を起こそうとするが――遅い。

 この秘奥にはあらゆる防御、回避は無意味となる。受け止めることが、ではない。そもそも剣を合わせることが出来ない。

 第三階級悪魔である月餅を葬ったこの技は、反撃の技であり、先制の技。

 先手を取った相手に合わせる形で放ちながらも、相手を追い抜いてこちらが先手を取ることの出来る最速の剣。放たれてから避けては間に合わない。瞬きの何百、何千倍以上の速さは知覚させることなく相手を両断し、斬られたことにも気づかない。

 正にその剣は、雲耀自在。光の如し。――剣の秘奥は今再び、彼に向かって放たれる。

 

「“瞬光”――!」

 

 不可視の魔剣の一撃には誰もが置き去りにされる。空間でさえも一瞬斬られたことに気づかず、一瞬遅れて轟音と、異常な速度での剣の擦過により白い線のような閃光が発生する。

 

「断ち切った!?」

 

「勝ちましたわ――!」

 

 その剣は石丸の身体をちょうど臍の辺りから両断し、身体を別れさせた。

 一瞬遅れてその結果を視界に映したのは誰も彼もだ。ハンティはその結果に声を上げ、キャロルは気の早い喜びを表現する。レオンハルトでさえも結果が起きた後にしか何を斬ったのか理解出来ない。それほどの速度を持って放つのは“瞬光”である。

 ゆえに遅れて石丸を斬ったことを知覚したレオンハルトだが、そこで違和感を感じる。

 それは手応えの有無。剣士にとって剣は手足のようなものであり、例えレオンハルトほどの膂力――肉や骨を空気のように斬り裂くことが可能であったとしても、断ち切った感覚は知覚出来るのだ。

 しかしそれがない。どういうことだ、と疑問を覚えた瞬間、その答えが来た。横から、

 

「――“陽炎”」

 

「ッ……!」

 

 直前で気づいたレオンハルトは袈裟に放たれた石丸の剣を魔剣で防御する。そして声を放った。

 

「今のは……残像かッ!」

 

「然り。今お前が断ち切ったのは、()()()()()

 

 やはりか、とレオンハルトはしてやられたという風な口端を吊り上げる笑みを浮かべる。

 おそらくこちらの気の変化を察したあの時だろう。あの時に、おそらく残像を残した。

 だが、

 

「……よく気づいたなッ!」

 

「……前に見たのを憶えていただけだ。お前のその技には、事前に一瞬の溜めがある」

 

 石丸は気づいている。この必殺技を放つ直前の動作。

 以前に勝負の際に見ていたからこそ、その動作の変化に気づけた。ゆえに、

 

「その瞬間に残像を残して逃げたのだが……ふはは! どうやら有効なようで何よりだ!」

 

 石丸は目論見が上手くいったことを無邪気に喜ぶ。いたずらが成功したかのような憎たらしい表情だ。

 

「……面白ぇなぁッ!!」

 

 やはりこの相手は、この男――藤原石丸は面白い。

 弱者の剣も存外やる。こちらの剣を利用して受け止め、反撃し、時にいなして躱す。小手先の技ではある。

 だが、その剣は確かな剣理に沿った技だ。

 ならばいつかは読むことが出来る。

 こちらの剣が通じないこの窮地。それこそがレオンハルトを成長させる絶好の機会となる。

 この窮地を待っていた。待ち望んでいた。

 感謝する。藤原石丸という一人の人間の男に。

 確かにその道では石丸の方が先達である。

 しかし、

 

()()()()()()()――」

 

 レオンハルトは相手の剣を目に焼き付ける。同じ剣を使った技、術理であれば例えその技を知らず、使わずとも――いつかは読み切れるのが道理だ。

 

()()()()()()()!」

 

「来いっ!」

 

 石丸はこちらに正面からの突撃を行った。

 だがそれは、残像。レオンハルトが残像を斬り裂くと、少し遅れて石丸が別の方向から斬りかかる。

 そしてやはり、こちらの剣は利用されて反撃される。

 ……やっぱこれほどの達人相手だと直ぐに終わらせることは出来ねぇなぁ……。

 内心で染み染みと、しかし喜悦の響きを持って呟く。

 直ぐに勝負が終わらないというのは、まだまだ愉しめるということだ。

 初見の剣理、それもレオンハルトの剣とは異なる剣を読み切るのは、幾ら自分でも時間が掛かる。しかも相手の小手先の技は攻撃を読ませないことにも繋がっており、見切ることは至難だ。

 残像は単純な速さでないことは確定しているが、ならば歩法。ステップを踏むことで行っているのか。発想だけならレオンハルトにもそれはあるが、ほぼ手探りのような領域だ。

 ……追いついて読み切ってやる……ッ!

 全身の血が沸騰するような熱を自覚し、レオンハルトはその赤い瞳で石丸の剣を把握するべく注視しながら、目まぐるしくなるような攻防を行った。

 

 ――だが、レオンハルトに盲点があったとすれば。

 

「……!」

 

 ――藤原石丸は今この時も、全力でレオンハルトを追いかけているということだ。

 

 レオンハルトが剣を振り下ろそうと距離を詰めた瞬間――石丸が剣の動きとともに気を溢れさせた。

 直後、

 

「――ッ!?」

 

 レオンハルトは不意に、()()()()()()()()()、石丸の剣に当たりに行ってしまった。

 

「レオンハルト様!?」

 

「何やってるんですか!?」

 

「一体何が……」

 

 キャロルやペールが驚き、ハンティが疑問を呟く中、石丸の剣をレオンハルトは防御しながら内心の驚きを隠すことなく発する。

 

「ッ、今の技は……!」

 

 後方に一瞬で距離を取りながら石丸の剣と気を観察する。

 自分から地面に転げるような動き。それをしてしまった理由を考え、レオンハルトは遅れてその正体に気づいた。

 それは、

 

「“気当たり”ってやつかッ!?」

 

「ははは、そんな大層なものではない! ()()()()()()()()()!」

 

「ただのフェイント……?」

 

 ハンティが遠くで眉をひそめる。だがそれは当然だ。

 今の技はそんなに生易しいものではない。

 その正体は口にしたように――気当たり。

 それも攻撃してくると錯覚させるほどの神業染みたそれだ。

 

「……殺気や攻撃する意志ってのは本気でぶつけると相手がビビりすぎて死にかねなかったりもするが……攻撃を錯覚させるとは味な真似をしてくれんじゃねぇか……!」

 

「そう言うな! これは真の達人にしか通用せん! 気だけで攻撃の瞬間、位置を感じ取ることが出来るお前だからこそ通じたのだ!」

 

「……クク、なるほどなぁ。光栄だぜ」

 

 とは言うものの厄介な技ではある。

 つまりあまりにも露骨で強烈な気を受け、攻撃に対して最適な結果を取ろうとした結果、レオンハルトは自分から地面に転げたのだ。

 レオンハルトと言えども全ての行動に考えてから動いているわけではない。魔人の知覚は反応速度、動体視力と共に高速の域にあるが、それでも単純な動きを取る際はほぼ反射に近い。考えるより先に身体が行動する。

 武術においてこの反射は重要である。剣を振る、防御する、回避する。基本の動きは何度も行った反復行動によって反射の域にまで高められ、思考するよりも速い行動を可能とする。

 レオンハルトも反射神経、反応速度は常人を遥かに越えるが、それでも防衛からくる危機的反射があるのは同じだ。

 魔人は無敵結界が存在するため、危機に関する反応が鈍く、奇襲や不意打ちには弱いが――レオンハルトに関しては当て嵌まらない。普段から修行や模擬戦、実戦で無敵結界を解いた戦闘を経験し、そうでなくとも無敵結界に触れさせないほどの彼は、他の生物と同じように危機に関しても敏感に反応する。

 無論、殆どの行動はレオンハルトが知覚して考えて動き出すよりも遅いので問題とならないが、曲がりなりにも人類最強クラスの相手となれば別だ。

 特にこの戦闘において気を払っていたレオンハルトは、石丸の未知の剣に関して慎重だ。強敵相手に昂ぶって大胆な行動を取っているように見えるが、戦闘においては冷静な判断を下せる。

 

「やってくれるじゃねぇか……!」

 

 今の技は石丸が口にしたように、石丸の気当たりから攻撃の意図を察して反射的に行動出来るような達人にしか通じない。

 他の魔人であれば気の察知まではともかく、咄嗟の危機には鈍く弱いので咄嗟の行動が出来ずに今の技を食らうことは無かっただろう。

 剣術において脊髄反射レベルにまで行動することが可能なレオンハルトだからこそ、今の技に引っかかった。

 それはやはり、一つの事実を改めて浮かび上がらせる。

 この藤原石丸という男は、他の剣技も合わせて――レオンハルトだけを狙ったものであるのだと。

 それはまるで、対レオンハルト用剣術。

 レオンハルトだけを狙いすまし、倒すためだけ特化したような剣術。それが石丸の新しい剣の正体だ。

 何故なら石丸より弱い者を相手にするのであれば、以前の剣を使った方が効率が良い。態々小細工を弄する必要はないのだ。

 勝負の前に語った言葉に嘘は一つも無かった。

 この藤原石丸は、本気で――

 

「本気で、俺を倒す気か……」

 

 その事実を再度、理解する。

 分かっていたはずだったが、まだ自覚が足りなかった。

 この相手は、己を殺す可能性がある――死合いの相手である。

 ならばこちらも、油断してはならない。

 

「……ハハ、お前は……俺の敵となり得るのか……」

 

 いいだろう、と。

 

「――お前を“挑戦者”と認めてやる」

 

「……今までは認めていなかったのか?」

 

 石丸が問うてくるが、そういうわけではない。

 

「俺の自覚が、足りなかっただけだ」

 

 そう、自覚が足りなかった。

 今までの相手は自分に挑戦する資格もない奴ばかりであった。

 どう足掻いても勝てないのに、無謀にも挑んでくる人間。その意気は認めるが、決まりきった勝負は勝負じゃない。

 だがようやく、人間の中に自分に挑戦出来る相手が現れた。

 そのことを自覚する。

 

「――掛かってきな。()()()()()()

 

「……!」

 

 それは本当の意味で放った言葉だ。

 人間に対して初めて紡ぎ、示した――レオンハルトの意志だ。

 相手してやると。

 その言葉を聞いた石丸は息を呑み、それを吐くことなく飲み込むと――再び笑みを浮かべて、

 

「挑ませてもらう……っ!」

 

「――来いッ! お前の意志を俺に見せてみろッ!」

 

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