※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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ケイブリスの成長

 多くの魔物、そして魔人が住む魔物界。

 その中心である魔王城に、一体の魔人がいた。

 

「……あー……面倒くせぇ……何度も何度も呼び出しやがってよぉ……」

 

 悪態を、誰も聞こえない程度の小声でつくのは、異形の姿をした魔人。

 彼の名は魔人ケイブリス。リスの魔人であり、4千年近くを生きる最古の魔人。ある意味で有名な魔人である。

 そんな彼は現在、命令を受けて魔王城にやって来たところであった。住処にしている洞穴から態々ここまでそれなりの時間を掛けてやって来たのである。

 とはいえケイブリスも今や立派な魔人。その程度でへばりはしない。少し前までは魔王城の一室に住んでいたが、身体がでかくなったことと、強くなったことで住処を魔王城の外に移したのだ。無敵結界が存在することと、今ならそこらの魔物には負けないだろうという考えもあったが、それよりも魔王城にいる方が、自分よりも上位の存在と多く遭遇するので魔王城から離れたかったというのが大きな理由である。

 しかしそれはいいが、離れたら離れたで招集の度に長い距離を歩いてやってこなければならないからそれはそれで面倒だと思うわけである。とはいえ命令を無視したり、断ったりすれば自分の身が危険。最悪死ぬこともあり得るのでそういうことは絶対にやらない。

 ケイブリスは臆病な魔人であり、自分にちょっとでも危険があると考えれば直ぐにあらゆる手段を用いて生き残ろうとする魔人である。強者に媚びへつらうのは当たり前。弱くては死んでしまうかもしれないから毎日毎日身体の改造を施したり、ひたすらに鍛えているという努力家な一面もあるが、一方で自分より弱い者には傲慢さを隠そうとせず、横暴に振る舞う性格の悪さも持ち合わせているし、必要とあらばギリギリの部分で野心を成すために行動を起こすこともある。

 大剣ウスパーとサスパーを腰に差して歩くケイブリスは、魔王城の廊下を周囲を警戒しながら歩いていた。魔王のお膝元である魔王城とはいえ、どんな危険があるかは分からない。たまに厄介な魔人が喧嘩していたりするのだ。

 ……まぁ、今の俺様ならタイマンなら勝てるかもな。ぐぁはぁはぁはぁ!

 それだけ強くなったという自負がケイブリスにはあった。腕も増やしたし、身体も大きく強くなった。今の自分を見て、最弱の魔人であったなどと、人によっては信じないだろう。

だが、

 ……とはいえ、油断は禁物だぜ俺様……一対一で勝てるかもつっても確実じゃねぇし、そもそもタイマンだという保証はねぇからな……。

 だからこそ、喧嘩などには巻き込まれたくない。一対一で勝てる可能性は出来ても、そうとは限らないし、二対一とかであれば高い確率で負ける。そして死ぬ。細心の注意を払わなければ弱肉強食の魔物界で生き残り続けるのは難しいのだ。

 ゆえにケイブリスは周囲に気を払う。するとやはり、

 

「ハーハッハッハッ!」

 

 廊下で馬鹿笑いが響く。その聞き覚えのある声にケイブリスは廊下の角で立ち止まった。

 ……面倒な奴がいやがる……!

 ケイブリスはそーっと廊下の角から顔だけを出してその先を覗く。身体が大きくなり、強くなってもやってることは昔とあまり変わっていなかった。

 この魔王城であんな馬鹿騒ぎをするような奴は一人しかいない。そう思って覗いてみるとやはり奴がいた。

 

「今日も酒が美味いわい! ハーハッハッハッ!」

 

「やれやれ……またこんな場所で酒盛りなんて馬鹿なことするよね」

 

「そう言いながらあんただって楽しんでるじゃない!」

 

 全裸の使徒二人と酒盛りしてる鬼の魔人――レキシントン。

 ケイブリスが苦手な魔人がそこにいた。

 ……こんなとこで酒盛りとか何考えてやがんだ!? 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?

 言うまでもなくここは天下の魔王城。魔王ナイチサの居城であり、いつこの場に魔王が現れてもおかしくないのである。そんな死地で酒を飲むなどあり得ないはずである。

 なのでケイブリスは心の中でレキシントンとその使徒を馬鹿認定した。ついでに言うとバレて死んでくれればなお良い。本当は自分自身で殺してしまいたいが、

 ……レキシントンか……強くなった俺様なら多分勝てる……が、多分じゃリスクが高ぇ。関わらないのが頭の良い選択ってやつだ。

 魔人の中でも上位の実力を持つレキシントンと態々諍いを起こす必要はない。ゆえに別の道を行こうと踵を返す。すると、

 

「あ、ここにいたのか」

 

「!? は、はい! 何でしょ――って、テメェか」

 

 不意に声を掛けられたことで丁寧に対応しようとしたところで、その姿を見て即、対応を雑にするケイブリス。

 振り向いた先にいたのは不健康そうな肌の色をした人間の少年。

 手元で何かの機械的なものを操作しているのは魔人パイアール。人間の魔人であり、科学力に優れているらしいが、ケイブリスよりは格下。ゆえにケイブリスは恐れることはない。

 そのパイアールはケイブリスを見て僅かに目を細めるも、軽く息を入れ、

 

「……久し振りに会ったけど……相変わらずみたいだね、ケイブリス」

 

「あぁん? 何だパイアールテメェ。この俺様に文句でもあんのか?」

 

「……別にそういうわけじゃないけど」

 

 目を逸らして億劫そうに答えるパイアール。チンピラのようなケイブリスの対応だが、格下相手だとこの対応は普通であり、良くも悪くもない。

 格下への対応はムカつく相手には露骨に牙を見せるが、そこまででもない――危険性が少なくてどうでもいいような相手であれば機嫌よく応じることもある。

 パイアールに対してはどうでもいいのだが得体の知れない相手という評価だ。いつも引きこもって研究をしているらしいので別に自分をイジメてたこともなければ関わったこともそんなにない。とりあえず舐められないように強気な態度を見せているが、暴力を行う気配もない。どうにも魔王から重宝されていたりするし、そんなことをすれば自分が危ない可能性だってある。

 ゆえにケイブリスにとって普通の対応をしたわけだが、パイアールは特に縮こまるわけではないが、目を逸らしたままその用件を告げた。

 

「……レオンハルトが探してたから一応声を掛けただけだよ」

 

「――! お、おう。そうか……レオンハルト様が呼んでたか……なら、さっさと行かねぇとな……」

 

 しかし、その名を告げられた瞬間、今度はケイブリスの対応が大人しくなる。

 魔人レオンハルト。魔人筆頭兼魔軍参謀。最強の魔人であり、魔王の信頼も高い――ケイブリスが魔王以外で最も恐れる相手だ。

 自分は強くなったという自負があるも、まだ魔人四天王やそれより上位のレオンハルトには敵わない。そんな魔人の名を出されてはケイブリスも慎重となり、格下相手でも露骨に態度を軟化させるのだ。

 まあ、彼が魔人になった頃にかなり媚びたのもあって色々と利用出来るのだが、それでも怒らせた者がどうなるかをケイブリスは知っている。

 

 ――そして同時に、パイアールはそのケイブリスの怯えを感じ取っていた。

 パイアール自身もレオンハルトに用事があって会ってきたばかりなのだが、自分の研究の時間が削られるので面倒だな、という思いがあった。

 しかし上位者の命令には粛々と対応する。魔人になって数百年ほどの年月を過ごしたパイアールも、この魔物界での生き方、効率的な立ち回り方というのを理解していた。

魔人は自由。何をしても問題ない。人間の国にあるような倫理観だとか社会的にどうかだとかつまらない問題はない。研究が自由に出来るのは良い環境だとは思った。魔人になったことで魔物達は自分を恐れるのもあって干渉も少ない。

 だが唯一のルールこそが魔王、そして上位者の意向だ。厳密には魔王の命令以外は逆らっても構わないが、面倒を引き起こす可能性がある。弱者ならともかく、自分を害する強者の相手は面倒を通り越して危険だ。

 その点、ケイブリスの生き方には理解は出来る。もっとも、面倒な相手には違いないのだが。

 高圧的に接してくるケイブリスに、パイアールはちょっとした意趣返しを思いついた。嘘でもないし、ある意味で親切だ。効率的でもある。ゆえにパイアールはケイブリスにこう言う。

 

「……そうした方がいいよ。これが原因じゃないだろうけど、ちょっとピリピリしてたからね、レオンハルト」

 

「な、何ぃっ!?」

 

「じゃあね、確かに伝えたよ。……はぁ、早く帰って続きを――」

 

 そう言ってパイアールはその場から去っていく。残されたケイブリスも、少ししてその場から早足で目的地に向かった。

 ……くそっ、早く行かねぇと……! ダラダラし過ぎたか……!?

 ピリピリしてると言うが、まさか怒ってるのだろうか。もしそうならヤバい。早く行かなければならない。いきなり殺されるようなことはないと思うが、心象が悪くなるのはいただけない。機嫌を損ねてはならないのだ。

 着いたら、開口一番に遅くなったと頭を下げよう。ケイブリスにプライドはない。いや、あるにはあるのだが、自分の命に比べればゴミクズのようなものだ。比べられるものではない。自身の安全に繋がることなら地べたに頭を擦り付けるくらいわけないのだ。

 

 ――そうして、しばらく。廊下を駆けたケイブリスは、レオンハルトの執務室のあるフロアまで辿り着いた。

 

 途中、魔人やら使徒にも遭遇したが、格下ばかりだったので無視した。どうでもいい連中に慮る余裕はないのである。昔、こちらを虐めてきた数体の魔人が嫌な顔をしていたが、やっぱムカつくのであいつらはいつかぶっ殺す。そう心に留めて、廊下の角を曲がろうとすると、声が聞こえてきた。

 ……何とか間に合ったか……?

 と、前に進み出ようとした時――会話の内容が聞こえてきて思わずケイブリスは立ち止まった。

 

「ふん……! 気に入らんな……!」

 

 その声は、ケイブリスが懸想する魔人の美しい声。

 ……か、かかかカミーラさん!?

 プラチナドラゴンの魔人であるカミーラ。魔人四天王の一角。格が違う美貌の持ち主である女王は、何故か苛立った声で殺気立っていた。

 そしてまた声が聞こえる。今度も美しい声だった。

 

「客観的に物事を見てはどうかね? 君のはただの主観。しかも感情的なものでしかない」

 

 ……今度は、け、ケッセルリンクか……!?

 カラーの魔人であるケッセルリンク。こちらも魔人四天王であり、とてつもない美貌の持ち主だ。

 しかしカミーラと同じく、言葉や表面上は冷静なようだが、少し殺気立っているようにも感じる。どうやら口論になっているようだ。

 美女二人がその場にいる。男であればちょっと声を掛けてみたいと思うことは何の不思議でもないが、この例で、その意見に賛同してくれる者は魔物界どころか大陸を見渡してもゼロに等しいだろう。

 美人だからこそ、怒った時は恐ろしい。それは見た目もそうだが、氷の様に凍てつく殺気を感じれば分かるし、何よりこの二人の場合は物理的に危険だ。

 下手な男が下心を持って近づけば、死もあり得る。人間の男など腕の一振りで一秒と掛からずに殺せる二人だ。一人でもそうなのだから、二人だとミンチになるだろう。

 魔物や魔人とて例外ではない。二人しかいない魔人四天王。この場に割って入れるのは怖いもの知らずかつ馬鹿なレキシントンか、彼女たちよりも上位の存在くらいだ。ケイブリスでは、とてもではないが割って入る勇気はない。怒りが収まるのを待つのみである。

 ……ぐ、う~~~……レオンハルトの部屋に行かねぇとならねえってのに、何でよりによってその部屋の前で……!

 しかしもっと怒らせると怖い者が、ケイブリスを待っている。それがレオンハルトだ。

 レオンハルト一人と、カミーラとケッセルリンクの二人。どっちの方が安全か、そんな究極の選択がケイブリスの中でせめぎ合う。

 だが、その答えを出すより早く、新たな声が聞こえた。それは、

 

「……二人共、あまり熱くなりすぎるなよ?」

 

 ……! レオンハルトもいたのか……!?

 その声はやはり、ケイブリスを呼び出した張本人であるレオンハルトのものだ。二人の争いに割って入ることの出来る数少ない人物。

 考えてみれば部屋の前で騒がれたら気づくに決まっている。レオンハルトがいるのは自然なことだろう。

 だが、その様子は何だかおかしい。長年の経験から培われた気配を消す技術を用い、音を殺して遠くからその会話を盗み聞く。すると、

 

「……元はといえば、お前のせいだろう」

 

「……それはそうだが……」

 

 カミーラにそう指摘され、レオンハルトもやんわりとそれを肯定する。ケッセルリンクも追従し、

 

「……私はレオンハルトを信じている。思うところがないと言えば嘘になるが、それでも、その選択を支持したいと思う」

 

「ケッセルリンク……」

 

 どうやらケッセルリンクの方はレオンハルトを信じるらしい。何の話か全然分からないが。

 カミーラはそれを聞いて、ふっ、と小馬鹿にするように笑うと、

 

「レオンハルト……自分の意見も持たない小娘より、私の言うことの方が正しいに決まってるだろう……?」

 

「……む……」

 

 その発言にレオンハルトは困った様に唸る。

 しかし今度はケッセルリンクが僅かに眉を立て、

 

「そういうわけではない。私では判断しかねるということだ」

 

「同じ事だ……レオンハルト。経験の薄いこの女より、私の方が良かろう……?」

 

「……私とて、そちらには劣るがそれなりの経験を積んできたと自負しているが」

 

「私に負けているのだから意味はない」

 

「それはカミーラ。君の主観でしかない。私にも権利があると思うのだがね?」

 

「……ふん、私の品位まで落ちてしまうな……」

 

「…………」

 

 二人の口論はだんだんとヒートアップしていく。その間にいるレオンハルトは、二人を見て何か考えるように顎に手を当てていた。

 ……はっ! まさか……。

 この状況。ケイブリスの頭の中にはある一つの答えが導き出された。

 レオンハルトを挟んで喧嘩する二人。お互いがお互いを邪険にしており、自分の方が良いと主張する。――やはりアレしかない。

 ケイブリスがそう考えていると、続くカミーラがやはりと言うべきか口を開き、

 

()()()()を選ぶ気がしれんな……」

 

 レオンハルトとケッセルリンクを見てそう口にした。やはり、

 ……ま、間違いねぇーーーっ!? か、かかかカミーラさんとけ、ケッセルリンクが、レオンハルトを取り合ってやがる……!?

 そういうことだろう。男を挟んで女二人が喧嘩する原因の筆頭だ。会話の内容を聞いてもどうにもそれっぽい。経験がどうとか、言ってるし、ケッセルリンクはレオンハルトを信じたくて、カミーラの方はあんな女を選ぶなんて気が知れんと、

 ……くそっ、なんて羨まし――じゃねえ! ふざけやがって……レオンハルトの奴……!

 ケイブリスの愛しのカミーラ。噂ではレオンハルトと仲が良いと聞いてはいたが、あの噂は事実だったのか。ケッセルリンクだけじゃなく、カミーラまでその毒牙にかけるとは恐ろしや魔人筆頭。

 魔人きっての美女二人を侍らすなど許されることではない。必ずやあの邪智暴虐の魔人からカミーラさんを奪い返さねばならないとケイブリスは心に誓った。――その内強くなったら。

 だが、妙なところで納得があるのも悔しいが事実だった。

 ……ぐぐぐ、くそーーー! 確かに、レオンハルトは強ぇし、カッコいいかもしれねぇがよぉ……!

 頭の中でカミーラとレオンハルトが並んで、結婚式を挙げているところを想像してしまう。釣り合っているように見えるのが腹立たしかった。

 ……ま、まだそうと決まったわけじゃねぇ……! もう少し会話を……。

 ケイブリスはその場で悶ていたが、それをぐっと堪えて続きを盗み聞く。するとやっぱり、

 

「――そうなると、私の時の様に皆の前で披露目することになるのか?」

 

「ああ、そうなるな。ナイチサ様にも話は通してある」

 

「……私は参加したくないが……」

 

 ……皆の前でお披露目!? ――結婚式かっ!?

 頭の中で純白のドレスを着たカミーラと、黒のタキシードを着たレオンハルトが馬鹿でかいケーキの前で並んでいる。まさかのナイチサが壇上で挨拶を行っているが、そんな大々的にやる気かと。

 ……つーか、私の時の様にって、ケッセルリンクはもうやったのか……? 僕、知らなかったんですけど……。

 まさか自分にだけ伝わってないという悲しい事実をケイブリスは認識する。いや、別に参加したいわけではないが、明らかに仲間外れにされてると思うと何とも言えない。

 だが、まだだ。まだそうと決まったわけではない。一縷の望みに賭けて、ケイブリスは続く会話を耳にする。

 

「……そもそも、新しく作らなくてもいいだろう……」

 

「ナイチサ様がそう命令してきたんだ。仕方ないだろう」

 

 ……作るぅぅぅ!? え、まさか……こ、子供っ!?

 頭の中でプラチナブロンドの髪と赤い目を持った男の子と、金髪で黄金の瞳をした女の子を連れているエプロンを着たカミーラと、それをコーヒー片手に見ているレオンハルトの姿が浮かぶ。あの二人の子供とか滅茶苦茶美形な上に馬鹿みたいに強そうだ。

 というかエプロン着用のママさんカミーラも良い。子供になりたいくらいだ。

 ……ぐへへ、カミーラママぁ――って、そうじゃねぇ! 子供を作るなんてそんなこたぁ許されねぇのよ!

 そんな妄想をケイブリスがしていたが、途中で頭を振って我に帰る。あやうく、変な扉を開けてしまうところだった。

 しかし、まだ、そうと決まったわけではない――と思うが、これはもう決まったのではないかとも思う。

 そしてもしそうだった場合止める手段はない。雑魚なら男を脅すなりぶっ殺すなりして終わりだが、相手はあのレオンハルト。どちらも効くはずがない。返り討ちにされて終いだろう。

 このまま二人は結婚して、自分はそれを眺めるのみ。そんな屈辱の未来を幻視するが、

 ……くそくそくそっ! 何か手はねぇのか!?

 今の時点で出来るような手段だ。物理的に奪うことは不可能だし、逆らうことも難しい。強くなってから奪い返しにいくといっても最低で後千年くらいは掛かるだろう。我慢して待つことは得意ではあるが、果たしてそれでいいのか。

 

「……なら、カミーラも納得したところで俺は部屋に戻るぞ。そろそろ――」

 

 と、レオンハルトが二人との話を切り上げて部屋に戻ろうとした瞬間、

 

「……あ、ああ、ど、どうもー!」

 

 ケイブリスは、廊下の角から出て、三人の前に姿を現した。

 

「ん、ケイブリスか……」

 

「……ふむ」

 

「……ふん」

 

 三人の上位者の視線がケイブリスに集まる。その時点で、ケイブリスは自分の行動に驚愕した。

 ……な、何やってんだ俺様ーーー!? 自殺願望でもあんのかよっ!?

 自分で自分にツッコミを入れる。思わず出ていってしまったが、どう考えても悪手だ。

 それに何だ今の挨拶。中途半端にフレンドリーな感じを出している。明らかに滑ってる。レオンハルトはともかく、他二人の視線が冷たい気がする。ケイブリスはその空間の重圧に怯えていると、

 

「……貴様、聞いていたな?」

 

「は、はひっ!?」

 

 不意にカミーラから話掛けられる――が、とんでもない冷たい視線と圧力とともにだ。聞いていたか、などと問われたが明らかに先程のことだろう。聞いていたかいないかでいえば聞いているが、それをバカ正直に言っていいものか。

 だからといって嘘をついてもヤバい気がする。ケイブリスが自身の命の掛かった選択肢に悩んでいると、カミーラはふと何かを思いついたように、

 

「……ちょうどいい。聞いていたなら話は分かるだろう……?」

 

「……へ?」

 

 カミーラは突然、そんなことを口にする。レオンハルトとケッセルリンクにも告げるように、

 

「ケイブリス……貴様が決めるがいい……相応しいか、相応しくないかをな……」

 

「…………え」

 

 衝撃の発言に頭が完全に固まる。だがその間にもレオンハルトとケッセルリンクは考え込み、

 

「……まぁ、いいだろう。参考までに聞くが、ケイブリス自身はどう思う?」

 

「……確かに、聞く必要はある、か……」

 

「え、え……えっ?」

 

 レオンハルトにまで問いかけられ、ケイブリスは困惑する。内心では、

 ……え? 俺がレオンハルトに、か、かかカミーラさんが相応しいか相応しくないかを決めるのか? ……そりゃあ……。

 それは当然、相応しくないと答えたい。答えたいが、その後にレオンハルトがどう思うかを考えると、

 ……な、何だこの質問!? どっちを選んでも地獄じゃねぇか! ふざけんな! 何やってやがるよ数分前の俺様!?

 改めて自分の行動を悔いるが、ここまで来ては逃げられない。

 

「さあ……どうした……? 早く答えろ……」

 

「は、は……」

 

 カミーラからも早く答えろと急かされる。その顔は、答えなければ許さないと言外に語っており、逃げればどうなるかを如実に語っている。

 究極の選択を迫られ、ケイブリスのストレスがピークに達しようとした時――しかし、あることに気がつく。

 それは、

 ……あ? つーか……か、かかかカミーラさんは、どうして俺にそんなことを聞くんだ……?

 ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。レオンハルトと結婚したいなら、そんな質問を格下である自分に聞く必要はない。勝手にしてしまえばいいのだ。先程までは言い争っていたケッセルリンクも何故か納得しているし、障害は何もない。だというのに、再び障害を――言い訳を作ろうとしているかのような行動。

 ……! まさか……!

 再び、ケイブリスの身体に電流が走る。そう考えれば辻褄が合う。

 まさかとは思うが、

 ……か、かかカミーラさん……本当は結婚なんてしたくないのか……?

 だから断るための口実を作ろうとしているかと思い立つ。一応、他の魔人からの反対があればレオンハルトも諦めるだろうと。

 それが意味するのは、レオンハルトが無理矢理カミーラに迫ったということ。そして責任を取らせようとはしたものの、やっぱり、そこまで縛られたくはないと思ったのかもしれない。

 カミーラは城に美少年を飼っているし、結婚なんてすれば自由を奪われるかもしれない。

 それについてはレオンハルトも同じで、お互いに縛られる必要もないと、態々結婚するまでもないと思ったのやも。普通に付き合って子供を作るだけでもいいという考えか。もしくは、それすらも嫌なのか。その真意は分からない。

 だが、

 ……もしそうなら……一応相応しくないと言っとくか……?

 レオンハルトが怖い気もするが、レオンハルトの方も同じ質問を重ねてきているし、参考までにとも言っている。レオンハルトの方も迷っているのかもしれない。

 ならば相応しくないと言っても怒る可能性は低い。レオンハルトは魔人の中で一番偉いというのに、カミーラに気を使っていたりするし、案外素直に引き下がるかもしれないのだ。

 ならば、とケイブリスは覚悟を決めた。

 それでもケイブリスにとっては一世一代の大勝負。彼にとって、少しでもリスクのある危ない橋を渡るのはとてつもなく珍しいことだ。

 これも愛ゆえにかもしれない。ケイブリスはゆっくりと口を開き、

 

「……そ、そのー……ふ、相応しい、か、相応しくないかでいうと……ふ――」

 

 言葉が止まる。やはりかなりキツい。

 しかしそこでカミーラは睨むように眼を細め、

 

「どうした……? 早くその先を答えろ……」

 

「っ!」

 

 問い詰められる。やはり答えるしかない。

 ケイブリスは、珍しく天に祈った。普段から神など微塵も頼りにしていないが、もはやそれ以外に縋れるものがなくなってしまったのである。

 ……もうどうにでもなりやがれっ! こんちくしょーーー!!

 ケイブリスは再び腹を決めた。今度ははっきりと、

 

「……ふ、相応しく……ないかもしれません……」

 

 答えるとカミーラはニヤリと笑う。反対に、レオンハルトは驚いたように目を見開いた。

 後者の反応にケイブリスはまずい、とフォローを入れる。

 

「あっ! ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけですよ? ちょびっとだけ、相応しくないかなーという意見もあるかもしれなくて……僕としては喜ばしいことだと思いますけど、やっぱり、まだちょっと早いかなーって、へ、へへ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その発言に、三人は無言となった。

 そして今度はカミーラが微妙に訝しむような目を向け、レオンハルトは何か頷くような納得した表情。ケッセルリンクはじっとこちらを観察していた。

 ……な、何だこの感じ……俺様、まさか間違えたか……?

 次の瞬間、ミンチにされる可能性もある。そう思ってケイブリスは震えて誰かが発言するのを待った。

 ケイブリスが再び祈る中、最初に発言したのはカミーラだった。

 

「ふん……。だ、そうだが?」

 

 言って、レオンハルトらを見る。不服そうな表情だ。

 レオンハルトは頷き、

 

「……ああ、ならばその意見を参考にしよう。――二人共、相談に乗ってくれて感謝する」

 

「これも仕事の内だ。感謝する必要はない」

 

「……私はもう行く……」

 

 レオンハルトが二人に礼を言うと、カミーラは不機嫌そうにその場から去っていった。

 

「では、私も先に戻る。レオンハルトはケイブリスと話があるのだろう?」

 

「ああ、そうしてくれ。後で結果を伝える」

 

「うむ。……ではな」

 

 そしてケッセルリンクも、レオンハルトに声を掛けてその場から立ち去っていってしまった。何故か去り際にケイブリスの方をちらっと見たが、どういう意味なのかとケイブリスは疑問符を頭に浮かばせる。

 

「……さて、ケイブリス」

 

「は、はいっ! 何でしょうレオンハルト様! 僕、何でもやりますよ! ――あっ、後、遅くなってごめんなさい!」

 

 二人になると、レオンハルトがケイブリスに鋭い視線をぶつけてきたのでケイブリスは開口一番へりくだり、遅くなったことを謝罪する。先程の発言に怒ってるかもしれないのだ。地べたに額を擦りつけても足りないかもしれない。徹底的に媚びる。

 

「れ、レオンハルト様! そういえば僕! レオンハルト様にプレゼントがあるんですっ! きょ、巨乳の美女とか、レアな剣とか……あ、今はちょっと置いてきてしまって持ってないんですけど、後で必ず渡します! 後、何か欲しいものがあれば揃えてきますよ! ぼ、僕っ、レオンハルト様の子分ですので……!」

 

 これ以上ないほどに媚びへつらう。用意などしてないが、もうこの場を切り抜けるにはこれしかない。帰ったらダッシュで掻き集めるしかない。どうせ寝れないし、不眠不休で集めてきてやろうと。

 しかしレオンハルトは、そこで僅かに微笑を浮かべ、

 

「……ふっ、まあそれは今はいい。それより、呼び出しの件だが――」

 

「っ! あ、そうでしたね……このケイブリスに何の御用でしょう?」

 

 何を言われるのか、とケイブリスは身構える。どうやら怒ってはいないようだが、それならそれで用件が想像つかない。食事でもするか、とか、迷宮探索の誘いだろうか。

 だが用件はそのどちらでもなかった。レオンハルトはこちらを見て、感心したような顔つきで言う。

 

「……本当なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……どうやらその必要はないようだな」

 

「…………はい?」

 

 何かよく解らない単語が聞こえて思わず聞き返してしまう。

 

「……え、何に……えっ? ま、魔人四天王と言いましたか?」

 

 レオンハルトは頷く。だが、

 

「ああ。ナイチサ様からの命令でな。魔人四天王の席に誰かしらを着かせようと現四天王であるカミーラとケッセルリンク、そして俺とで協議していたんだが……お前を推薦したところでカミーラが先程の様に猛反対してな……」

 

「…………えっ……あ」

 

 ケイブリスはそこでようやく、事の真相に辿り着く。

 先程の会話の内容。相応しいとか相応しくないとか。その意味を理解する。

 経験(魔人四天王の)。お披露目(魔人四天王就任の)。新しく作る(魔人四天王)。

 ……主語を言えよ馬鹿っ!! つうかちょいちょいおかしいだろ!?

 ケイブリスはようやく自分が盛大な勘違いをしていたことに気づく。先程の会話は、レオンハルトが相談し、カミーラが反対、ケッセルリンクがレオンハルトの推薦を支持していたということだ。

 盛大な独り相撲を取っていたことに気づいたケイブリスだが、気が抜けそうになったところで、自分にとって更に重要な事実に気がつく。

 ……俺様が魔人四天王――って、いや待て。俺様、さっきなんて言った?

 魔人四天王になれるという一つの目標。上級魔人の中でも最高位の集団の仲間入りを達成しかけたことに気づき、喜びが湧き上がる直前で――今度は自分の発言に気づく。

先程の発言とその流れ。それを鑑みると。

 ケイブリスの嫌な予感が的中する様に、レオンハルトは感心するような表情でケイブリスを見て告げた。

 

「こう言っては何だが……自分から力が足りないと断るとは思っていなかった。……見直したぞ」

 

「……………………あ、あの、それは――」

 

 ケイブリスは小声で訂正しようとするが、それより先に、

 

「お前がそう言うなら仕方ない。推薦は取り消すとしよう。しばらくは保留にしておくが……自分で納得がいく強さになったのなら俺に伝えてくれ」

 

「…………は、はい……」

 

 何故か評価が上がってることと、勘違いしていたこともあり、今更そうじゃないと言えないケイブリス。用件はそれだけだ、というレオンハルトだが、最後にケイブリスに向かって、

 

「……そうだな。良かったら今度、俺の修行場に付いてくるか? かなり鍛えられるぞ?」

 

「……はい。その……お願いします……」

 

 ケイブリスはその申し出を受けた。それもこれも、

 ……ちくしょーーー!! どいつもこいつも紛らわしい事しやがって! 今に見てろ! 直ぐに! 直ぐに強くなって魔人四天王になってやるからなぁあああ!?

 ケイブリスは憤りを心の中で吐き出すように、そう叫んだ。

 

 

 

 そして後日――しばらくレオンハルトの修行に付き合ったケイブリスは地獄を見ながらも必死に耐え抜いてレベルを上げ、再び四天王の推薦を申し出ると――とうとう魔人四天王に就任した。

 カミーラを始めとした多くの魔人は嫌な顔をしたが、ケイブリスは喜んだ。しかしよくよく考えるとあれほどカミーラが反対していたことに気がつき、“もしかして俺様、嫌われてるんじゃ……”と、ケイブリスは自分の住居で一人、落ち込んだ。




原作よりも早い就任。意外と重要イベ。
次回は新しく身内となるあの子。JAPAN出身のあのキャラが登場です
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