「――それで、おじ様はまた新しい女性を連れてきたと」
「……人聞きの悪い言い方をするな」
声が響いたのはレオンハルト城の中庭。食事やお茶会用に設けられたスペースだった。
椅子とテーブル。傘などが並び、少し離れた場所には調理用の鉄板が置かれた区画もある。軽く話を聞いた上で一度戻ってきたレオンハルトは、その厄介事を持ち込んできた張本人――クライア・カラーを席に着かせ、更に詳しい話を聞こうとした。
しかしそのクライアは先程からずっと戸惑っている様子で、
「さあさあ、いーっぱい食べていいですよーう? ここには何でもありますからじゃんじゃんどうぞ!」
「え、あ、あの……ペール様……ですよね? 800年前の女王様の……」
「そうですよー! だからクライアちゃんは私の可愛い後輩になりますね? だからもてなしてあげますよーう?」
「で、でも……」
ペールの歓迎ぶりに困惑し、周囲を見渡している。どうにも落ち着かない様子だ。だが、無理もないことだ。
魔物界、それも魔人の城に連れてこられたと思ったらカラーにとってのビッグネームが多数。それらに囲まれ、テーブルには所狭しと並べられた料理の数々。山に登ってからしばらくちゃんとした食事を取っていないとのことだったので食事を作らせたのだが、それを聞いた料理長が号泣しながらいつも以上に張り切って料理を作っている。中庭では鉄板を使ってペールが軽く料理しているが、どう考えてもクライア一人で食べる量じゃない。ガルティアが食べる様な量だ。これほどに歓迎されてはクライアも居心地が悪いだろう。だが、
「……まぁ、食べなよ。しばらくちゃんとした物、食べてないんでしょ?」
「っ、始祖様……その」
「ああ、いや、こっちには気を使わなくていいからさ、うん……始祖って言っても、今は使徒だし」
ハンティもクライアを気遣うように優しい声を掛ける。その横からも微笑を浮かべたケッセルリンクが、
「まずは心と身体を癒やすといい。話はそれからでも遅くはないだろう?」
「……そう、ですね。すみません。それじゃあ――」
皆の気遣いの甲斐があってか、クライアがようやくテーブルに並べられた食事に手を付けようとする。しかしその直前、いただきますと口にしようとしたクライアより前に、別の声が上から飛んだ。
「……しかし、カラーの集落がそのように変化しているとはな」
「ひっ……!?」
「えっ」
中庭の中心。巨大な顔をクライアに向けて声を飛ばしたライゼンは、突然怯えるような拒絶の動きを見せたクライアに、ライゼンが何故だ、と怯む。
レオンハルトが息を吐き、
「ライゼン……お前、何を怯えさせてる。お前みたいな馬鹿でかいドラゴンが急に喋ったら怖いに決まってるだろう」
「ぐ……! 貴様とて強大な力を持つ魔人ではないか! 俺に怯えるというなら貴様も――」
「うぅ……」
しかし大声を出したライゼンに対し、更に身を縮こませるクライア。それを見てレオンハルトは鼻で笑い、
「そら見たことか。女の扱いがなってない奴め。ドラゴンに襲われた直後なのだから少しは自重したらどうだ?」
「何だとレオンハルト貴様! よし、いいだろう! 表に出ろ……! 今日こそ決着を――」
「はいはーい。そんなつまらないことで喧嘩しないでくださーい」
ペールが呆れた様なおざなりで、嗜める声を掛けると、直ぐにクライアに向かって、
「大丈夫ですよ、クライアちゃん。ライゼンさんは怖くないです。今はちょっとお腹を空かせてるだけで、普段は普通のドラゴンですよう?」
「……そうなんですか?」
「むっ……」
クライアがライゼンを見上げるが、ライゼンからするとペールの言い方が多少気に入らない。何もしてないのに怯えられるのは困るが、全く恐れられてないというのもドラゴンの矜持的に受け入れられないのである。めんどくさい種族だ。
「ふん。確かに腹は空いているが……見くびるなよ? 俺は四大聖竜のライゼン。かつて世界を手中に収めた、偉大なドラゴン種の――」
「ほーら、特産A5うし肉のレアステーキですよーう? 血が滴る肉汁たっぷりの焼き立てですよーう?」
「おおおおおお!? 今日は宴か!? そのような極上の品を用意するとは……! 早く寄越せ! ハグッ! ハフッ……!」
「ドラゴンはこうやってお肉を上げたら言うことを聞きますので、今度襲われたら試してみるといいですよ?」
「は、はい……そうだったんですね……」
「納得しちゃったよ……。この馬鹿ライゼン……!」
ペールが焼いていた肉をライゼンに投げるように与えると、ライゼンは尻尾を動かしながら興奮して貪り食う。クライアが納得したのを見て、今度はハンティが苛ついていた。同じドラゴンとして恥ずかしいのか、イラッとするのだろう。
そのままハンティがライゼンに雷撃を放つが、ライゼンが、“なんだハンティ!? この肉はやらんぞ!?” と言い出して殴られた辺りから、レオンハルトはそれを無視することにした。いつも通りの賑やかさだが、これに付き合っていてはいつまで経っても話が進まない。
「とりあえず、軽く食べろ。頼みについて、話をするためにもな」
「あ、はい……ありがとうございます」
ようやく少し微笑を浮かべたクライア。そして食事を口にして驚く彼女を見て、レオンハルトやケッセルリンクらは微笑ましさを感じつつしばらく見守った。
クライアが食事を終え、ハンティがライゼンへの一方的な暴力をやめて戻ってくると、話は再開された。レオンハルトはそれをまとめるような一声を放つ。それは、
「――つまりそのレガリアを、魔人の力で以て失脚させてほしいと?」
「……はい。そういうことになります……」
と、こちらの問いを肯定したクライアだが、その声はどこか弱々しいものだ。
それはおそらく自分の選択に自信がないのか、もしくは単純に気が進まないのだろう。優しい少女なのだろうが、気になることもある。色んなことを確認するために、一度ここに連れてきたのだ。
ゆえに問う。まずは、
「……気が進まない様だが、お前は殺されかけたんだろう? それについてはどう思う?」
殺されかけたのなら憎しみを覚えても不思議ではないし、魔人を使って復讐しようというのも考えられる話だ。
それに利己的な目的から、女王を害そうと企む可能性もある。
もっとも、そうは見えないが確認のため、レオンハルトはクライアとやり取りを交わした。クライアは表情を落ち込ませながらも、ゆっくりと、自分の言葉で話し始める。
「……見てられないんです」
「見てられない?」
はい、とクライアは思い返す様に言う。
「街では、どこも人間の奴隷が沢山いて……毎日酷い仕打ちを受けています」
「……ッ」
ハンティが僅かに表情を変化させたのを横目で感じ取る。クライアは続けて、
「人間に優しくすることは禁じられていて……でもわたしは、隠れて人間を逃したり、ご飯を上げたりしていました」
「…………」
ケッセルリンクはクライアの話を黙って聞いている。何か思うところがあるのだろう。
「それがレガリア様にバレて……わたしは、国から追放されました」
「……あんまりそういうことばかりやってると、不満が溜まって反乱とか起きそうですけどねー?」
ペールは淡々と疑問を呟く。感情ではなく国としての損益で考える辺りがかつてカラーの集落を発展させた長らしい発言だ。クライアはその疑問に顔を俯かせ、
「レガリア様は国で一番の戦士で敵う者は国にいません。少しでも反抗しようとした人は、直ぐに私の様に国から“追放”されてしまいました。……それに、レガリア様は頭も良くて、リーダーシップに優れていて……その手腕が、女王に相応しいと……今は少なくとも、表立って反抗しようとする人はいなくなりました」
「つまり、能力が優秀で、同族以外や裏切り者には容赦のない独裁者って感じですか。……面倒ですねー……そういう思想があって能力のある個人って執念深い上に何度説き伏せても譲らないしで……うっわ、唐突に昔の思い出が沢山出てきそう……」
ペールが心底面倒そうな顔で呆れるが、途中から何かを思い出したように嫌そうに頭を手で押さえた。為政者時代の思い出があるのだろう。
他の面々も口々に、
「権力者にとって、気に入らない人を消すのはとっても簡単ですからねー。お裁縫の方が難しいくらいですよ」
「人減らしか。ま、それで上手くいくんならいいけどな」
「権力者か……研究者の私にとっては、クレームの多いお客様って感じだったなぁ……」
「…………」
加奈代が普段どおりの表情で。ガルティアは軽い様子で料理を口に運びながら感想を言う。
ガウガウなどは別の意味で昔に思いを馳せており、権力者談義の様になっているが、遠くでガルティアに料理を給仕しながら偶然話を聞いていたエクレアは微妙そうな表情だった。
だが、そんな中でも、
「……国はいずれ滅ぶものですが……周囲を顧みず、民を蔑ろにするような国は、長くは保たないでしょうね」
「……そうだな」
「ふむ……人の組織とは面倒なものだな……」
シャロンの言葉に、レオンハルトは同意する。権力者の汚い部分など、それこそ腐るほど見てきた。魔軍を動かす立場にもなり、綺麗事だけで渡れるほど甘くはないことも知っているが、それでもこちらの想像を超えるほど愚かで、欲望に溢れ、何かが起これば責任を取らず保身に走るような人間――権力者の殆どがそれだと知っている。
対してライゼンなどは、人の在り方を純粋にそういうものか、と得心している。完璧な種族であり、強者が上に立つ単純な社会構造を築いていたドラゴン種にとって、陰謀や策謀とは無縁とはいかないまでも、かなり少なかったはずだ。何かあれば、正面からぶつかっていくし、ぶつかることを厭わない。
……さて、どうするか……。
ある意味、この状況こそがクライアを連れて帰ってきた目的の一つだ、とレオンハルトは身内の何名かの様子を窺う。
正直言って、これが以前の様に、利己的な目的に己を利用するような輩であれば、迷うことなく突っ撥ねていた。
だが、そうではない。このクライアは、仲間のカラー達や、別種族である人間を憂いて行動を起こしている。
それに加えて、今回は、自分の件じゃない。ただの人間であれば助ける義理はないが――それが身内の元同族ともなるとレオンハルトも迷う。だからこの場に連れてきた。
仮に彼女たちが助けてほしいと願ったのなら、レオンハルトはその願いを叶えるために最善を尽くす。例えどんな方法を使ってもだ。
それだけの力が、レオンハルトにはある。単騎で国を落とすことも、その女王の首を落とすことも簡単だ。簡単だからこそ、考える。一度動けば、あっさりとそれを成せるのだ。取り返しがつかない可能性もある。
ゆえにレオンハルトは、彼女達の答えを、もしくは考えを待った。待った末に、
「確かに、ちょっと前にカラー王国に行った時には、もう沢山の人間の奴隷がいたわ」
そう口にしたのは、お菓子を食べている赤い髪の子供。その自然な口振りにレオンハルトは真顔で、
「……お前、いたのか」
「さっきからいたわ。お菓子を食べに来てたの」
「それは見れば分かる」
あらそう、と特に何を思うでもなく再びお菓子に舌鼓を打ち始めたのは、聖女の子モンスターのベゼルアイだ。子供状態の彼女は、自然にこの会話に混ざってきていたが、
「……というかお前、前に行ってきたのか」
「ええ。ちょっと野暮用でね」
あっけからんと言うが、亜人種とはいえ、人間の国に普通に出向いて大丈夫なのかと思う。レオンハルトは眼を細め、ベゼルアイに視線を向けると、
「……ちなみに、何の用だったんだ?」
「……カラー王国で最近流行ってる新しいお菓子が食べたくて……」
「……お前の頭の中は甘い物でも詰まってるのか? いや、もうお前自体の味が甘くなってるのかもな……」
甘い物のことばかり考え、甘い物ばかりを食べるベゼルアイに呆れ返る。だがベゼルアイは自分の手を眺め、
「……そういえば私ってどんな味がするのかしら……?」
「お、食べて確かめてやろうか?」
「む、肉か? それなら俺も……」
「何の話だ。やめろ食いしん坊共」
ベゼルアイの馬鹿な発言に、ガルティアやライゼンが乗っかってきたのでツッコミを入れてやめさせる。やはり話が進まない。ベゼルアイは真顔で、
「冗談よ」
「……どこからどこまでがだ?」
「カラー王国に行こうとしたのは本当よ。ただ……入るなり追い返されて目的の物は食べれなかったわ……」
「……そうか……」
真顔のままガチ凹みしてるベゼルアイを半目で見る。やはり、こいつも異常者だな……。
などとレオンハルトが思っていると、
「あ、あの……最近流行ってるお菓子ですよね? なら、私作れます」
「!」
クライアがおずおずと小さく手を挙げた。それに露骨に反応するベゼルアイ。彼女を見上げ、
「……それ、本当?」
「あ、はい。お菓子作りは得意で……あっ、でももう森には……」
「――どっちなの?」
ベゼルアイが問い詰める。微妙に迫力があって威圧してる様にも見えるが、単に食い意地を張ってるだけだ。
クライアは申し訳なさそうな様子で、
「ごめんなさい……カラーの森でしか取れない材料を使うので……私は追放されてしまったので、もう森には……」
「直ぐに女王様を倒してくるわ」
「こらこらこらこら」
大剣を片手に腕まくりをし始めたベゼルアイを即座に止める。
「何を急にやる気出してる。少し落ち着け」
「落ち着いてる場合じゃないわ。お菓――カラーの危機よ」
「お前の食い意地の危機なんて知るか。完全にお菓子目当てじゃねぇか……」
突っ込むことにもだんだんと疲れてくる。色々と気を回してるのが馬鹿みたいだ。
「あら、助けたくないの? レオンハルト君が好きな巨乳の美少女のお願いなのに?」
「きょ、巨にゅっ――」
ベゼルアイがそんなことを問うてきたおかげで、それを聞いたクライアが言葉を止めて赤くなる。頬を染めて恥ずかしそうに胸を押さえていたが、少しして何かを決心したように、
「……こ、こんなもので良いのなら……あ、あ、上げても構いませんけど……」
「……いや、それはだな……」
こんなものじゃない――って、そうじゃない。そんなものを報酬に出されても困る。現に周囲からもジトッとした視線が、
「……おじ様? やはり、それ目当てで連れてきたんですか?」
「うっわー。交換条件に付けるなんてえげつないなぁ……」
「いいなぁ……」
「……お前らちょっと黙れ。いつも言ってるが、そうじゃない」
シャロンやガウガウからの視線から目を逸らしつつ無実を訴える。こう言うのもなんだが、全部偶然で向こうの方からやって来るのだ。自分から集めてるわけじゃない。
そして加奈代のそれは、なんか違う。ただの百合百合しい羨望の眼差しだった。
「――あーもう! あんたらうるさいっ!」
そしてとうとう、ハンティが耐えきれず苛ついた様に声を上げた。そして続いて、
「もうウダウダ考えるのは面倒だし、会ってから考えることにする。というわけで、あたしは行くから」
「し、始祖様……」
もう決めた、という風に腕を組み、ハンティが決断する。最近のハンティは、割りと行動派というか、直情的になっている気がした。
続いてケッセルリンクもゆっくりと閉じていた目を開き、
「……そうだな。一度、この目で状況を見てからでも遅くはない」
「ケッセルリンク様も……」
ケッセルリンクらしい慎重な行動を決める。
だが続くペールは、
「えぇー……皆行くんですかぁ……? まあ皆が行くなら行きますけど……何というか、話し合いで解決出来る気がしないんですよね……まあやるなら一応同族の事ですし、頑張りますけどー……」
「……ペール様……ありがとうございます」
何故か嫌そうだった。やはりと言うか、ハンティやケッセルリンクとは考え方が違うのだろう。気が進まない、というのが態度から現れている。
これで三人とも意志を示した。ならば、
「……なら、俺も動こう」
レオンハルトも重い腰を上げる。身内の為でもあるし、何より、
「最初に頼まれたのも、この件を持ち込んだのも俺だ。やると決めたのなら俺が誰よりも動くのがけじめだ」
「レオンハルトさん……」
立ち上がった4人を見て、クライアが嬉しそうに、そして申し訳なさそうに見上げてくる。
しかし、先に言っておかなければならないこともある。それは、
「魔人の力を借りるという意味を知って頼むのなら……その覚悟は出来ているんだろうな?」
「……っ」
レオンハルトは軽く圧を込めてクライアを射抜く。これは最初に言っておかなければならないことだ。
魔人の力で、女王を失脚させ、罪のないカラーを救う。方法は幾つかあるが――どれを取っても碌な事にはならない。必ず犠牲となり、苦しむ者は現れる。
それを背負う覚悟はあるのかと、レオンハルトは問う。
クライアはやがて、ゆっくりと顔を上げ、
「はい……覚悟は、しています……」
「……ならいい」
レオンハルトは頷く。ならば後は最善を尽くすのみだ。
そして、
「それじゃ、早速カラー王国に行きましょう」
ベゼルアイが先頭に立った。思わず眉間に皺を寄せ、
「結局、お前もついてくる気か……」
「まあ、一応」
「皆さん……ぐすっ、ありがとうございます……!」
涙目で頭を下げ、お礼を言うクライアと一行を見て、レオンハルトは妙な不安を覚えるのであった。
カラー王国行くよってだけの話なのに、愉快でイカれた連中のせいで話が進んでないって話。次回は行きますし、いうて5話前後くらいで終わります