カラー王国。森の奥にある王宮。
謁見の間では女王であるレガリアが奴隷を椅子にしながら思慮に耽っているところであった。
「さて……次はどうしましょうかねぇ……」
考えるのはカラー王国の女王としての使命、職務のことだ。
一代でここまでの王国を築き上げ、そして維持する労力は並大抵のものではない。普段から奴隷を虐めることを日課としているレガリアも、この時ばかりは真面目な為政者としての顔を見せる。
独裁者である彼女だが、独裁者であるからこそ、誰に頼ることもなく、決めるべき事柄は多い。女王になった当初は反発する声も大きかったのだ。
それこそ、藤原家が人類圏を統一した時など、やはり少なからず合流するべきだという声は上がったが、レガリアは強硬にもそれを一蹴。後日、魔軍が人類圏に攻めてきたことで人類に合流する声は下火になり、更にはレガリアが終戦後、魔軍撤退のタイミングを見て多くの土地を侵略し、領土を広げたことから、それまで若すぎる女王だと舐められていたのが、一気に掌を返した。それからというもの、潤沢な物資を基礎に軍備を整え、多くの侵略戦争を繰り返し、大陸中央部全域を支配する覇権国家まで登りつめたのだ。
しかしまだ油断は禁物だ。まだまだやるべきことはある。人類を支配するために立ち止まっている暇はない。
……まずは南かしら……ムシ使いとか、AL教が多少面倒だけど、国力が高いわけではないし……かといって、東を放置しすぎると対抗出来るだけの力を蓄えかねない。今の内に叩いておくべきかしら……?
大陸南側は小勢力が幾つも乱立するJAPANさながらの群雄割拠の状態だが、潰そうと思えば潰せる。団結されては厄介だが、分断して各個撃破すればよい。
だが問題は東側。大陸東部は、魔軍の被害も多いがとんでもない力を秘めた土地だ。
そもそも国力を高めるために必要なのは、人手もそうだが、生産力が重要だ。そして生産力を高めるには何よりも広い土地と労働力が必要である。カラーは人口こそかなり増えたが、その土地は大部分が森であり、お世辞にも生産力が高いとはいえない。森の資源が豊富であるため食うに困らない程度にはあるが、無駄遣い出来るほどではないのだ。
だからこそ、レガリアは魔軍が大陸中央から撤退して直ぐに、その一帯を実効支配した。この大陸中央部は、キナニ平野と呼ばれる広大な平原、草原地帯で、肥沃な大地として有名である。魔軍の侵攻も多いが、その度にその肥沃な土地は新たな作物を実らせ、人類を繁栄させてきた。
大規模な穀倉地帯としても有名であり、他国にも多くの食物を輸出しているこの土地。ここを支配することが、人類圏の覇者に繋がる第一歩である。その全域を支配し、それを元に軍事力を増強させたカラー王国はまさしく、大陸の覇権国家の地位を確立したといえる。
だが、それでも油断ならないのが大陸東部だ。
こちらも古くから温暖で豊かな土地として有名であり、国力は強大であった。人類圏の盟主として君臨していたのはいつの時代もこの大陸東部の国家であったのだ。
本来であれば先の時代でも、人類圏の支配者として君臨出来ていたはずだが、新興勢力であるJAPANの藤原家に敢え無く敗北した。どう足掻いても勝てないはずの戦力差。国力、継戦能力は低いはずであったが、それでも勝利した藤原家は異常であったと言えるだろう。
だが、その藤原家が人類圏を支配したおかげで、とばっちりの様に大陸東部の国家が幾つも崩壊したのは、哀れという他ない。レガリアにとっては笑いが止まらないことであったが。
しかしその笑いは直ぐに収まることとなる。
レガリアが大勢のカラーを率いて大陸中央部を支配し、カラー王国を興して奔走しているころ、東部でも崩壊した国家の有力者達が寄り集まり、一つの国家を興した。
それがオピロス国である。このオピロス国が中々に油断ならない。
元老院と呼ばれる各地の代表者で構成された議会で今の所は協力して政治を行っているが、こいつらが厄介だ。
彼らは古くから何代にも渡って大陸東部という潤沢な土地を奪い合い、血で血を洗う政治闘争を行ってきた毒蛇共だ。その老獪さは油断してると気づかない間に手遅れになる可能性もあるほどであり、レガリアも中々に気を使う。
そんな魑魅魍魎が跋扈する元老院だが、寄り集まって協力されるとその政治手腕は国家の異常な成長として表れている。建国してからというもの、豊かな土地を基軸に生産力を高め、大陸諸国、遺恨があるはずのJAPANの大名や、カラー王国にまで外交を行い、力を高めているのだ。
人間が嫌いなレガリアは、この自分達の同胞が奴隷にされている国にすら友好的な態度を見せて
だがある程度は素っ気なく出来ても、露骨に使者に暴言を吐いたり、それ以上のことをしでかす訳にはいかない。一国同士の戦争であればこちらの勝利はほぼ確実だが、相手が人間を迫害してることを口実に他国に協力を要請し、団結でもされたら幾ら覇権国家にまで登りつめたカラー王国と言えども敗北してしまう可能性がある。今はまだ、敵対しない様に表面上の友好を保つ必要があった。
だが放置していては大国へと成長する可能性も高い。魔軍の被害を被りながらも成長していく地力は馬鹿には出来ないのだ。
もっとも、大きくなっていけば内部の権力争いにより一枚岩であるオピロス国も分断する可能性もある。
……やっぱり、今は力を蓄えるしかないかしらねぇ……。
とはいえ歯がゆい。制限時間とて、引き伸ばすにも限界がある。出来れば早々に状況を動かしたいところだが、
「――失礼します、レガリア様。少々よろしいですか?」
「……あら、どうしたの?」
不意に信頼している側近に声を掛けられ、レガリアは思考を一時中断する。国の展望を考えるだけが国家元首の仕事ではない。幾らでもやるべきことはあるのだ。
「先程、親衛隊から報告が来たのですが……その――」
常に冷静な側近が、多少言葉を迷わせる。そのことを珍しく思いつつも、それほどの事態が起きたのかと報告を聞くと、
「……へぇ? その話、本当?」
「はい。間違いないと」
「……ふ~ん、そうなんだぁ……」
側近に確認を取るも、やはり間違いないとのこと。レガリアは、口端を歪めた。
それは笑みに依るもので、
「なら、
レガリアは早速、そのための命令を下した。
魔物界からカラー王国へと密入国を果たしたクライアと魔人の一行は、森の中で一先ずの休憩を行っていた。
「すいません……わたしに合わせてもらって……」
「構わない。こちらとしてもやることはあるしな」
「……やること、ですか……?」
ああ、と頷いた魔人レオンハルトは何かを思考する様に顎に手を当てている。
それを見たクライアは何となくその横顔を眺めてしまい、
……不思議な人……。
正確には魔人であるが、魔人だからこそ、その対応を不思議に思う。
魔人といえば恐怖の存在だ。人間を苦しめる存在だと聞いている。カラーにとっては複雑な立ち位置だが、それでも魔人は怖い人なのだと思っていた。
しかし先程からずっと気を使ってくれている彼や、ケッセルリンク、使徒とやり取りをしていると、噂の様な怖さを不思議と感じない。
とんでもないことになるかもしれないと、レオンハルトに問いかけられても、その裏には、どこかこちらへの気遣いが見える様な気がした。クライアの気の所為という可能性もあるが、
「……わたしも頑張らないと」
「何を頑張るんです?」
「っ!?」
小さく呟いたところで、直ぐ近くの背後から声を掛けてきたのは、レオンハルトの使徒であり、元カラー集落の長でもあったペールだ。
不意の問いかけに驚き、距離を取る中、ペールはクライアとその視線の先を見て、
「……ははーん?」
「ち、違いますっ」
いやらしい笑みを浮かべたので否定する。しかし更にこちらが引いた分の距離を詰めてペールが、
「何も言ってませんよ? それなのにそんなに焦って……くふふ、何を、いえ、誰を見ていたんでしょうねー?」
「うう……」
誂われている、という自覚を感じつつも、何も言い返せずにいてしまう。
すると右から別の元カラーがやって来る。
「何からかってんのよ。やめなって」
「あうっ」
そう言ってペールの頭上にチョップを入れたのはカラーの始祖――ハンティだ。
今はペールと同じ、レオンハルトの使徒。同じ立場であるが、未だ上下関係はあるのか、ペールが頭を擦りながらハンティに視線を移し、
「こんな可愛い後輩の頭を殴るなんて……最近の始祖様、色々と遠慮が無くなってきてませんか?」
「普段の行いを振り返ってから言いな。……それより、あんたクライアに絡みすぎじゃない? 何かあるの?」
「あー、それはですねぇ……」
ハンティが呆れた様に問いかけると、ペールは一度間を置く。
……何だろう?
クライアが頭に疑問符を浮かべると、その直後にクライアの肩に手を置いて、ペールは言った。
「――クライアちゃん。
「……は?」
「え、えっと……」
時が止まった。森の中に静寂に包まれる。
クライアだけが反応に困って視線を右往左往させる中、この場にいる全員が微妙な表情で、
「……は? あんた、何言ってんの? クライアは痴女じゃないでしょ?」
「……どちらかと言うと物静かでお淑やかな……正反対だな」
「うふふ、面白い冗談ですね、ケッセルリンク様?」
「……髪の長さとかであれば……」
「言われてみればそうですが……それを言うならハンティさんとか、長めの人は他にも……」
「私も長い方ね。それとも……体型的な話かしら」
「ちょ、皆酷い! 酷いですよう!?」
ハンティにレオンハルト、付いてきていたケッセルリンクの使徒である加奈代と尋ねられたケッセルリンク。同じく付いてきたエルシールに、ベゼルアイと、それぞれ何を言ってるんだ的な反応にペールが抗議する。
「ほら! 確かに今は私も明るく可愛くなりましたけど、何だか昔の私っぽくないですか!? 内気で気弱で、大人しい美少女だった頃の私に!」
「……あー……」
言われ、皆が今度は思い出そうと考え込む。知っている者達だけではあるが、それを聞いて頭の中で想像し、眼の前のこれと比べると、
『う、うぅ……私に長なんて無理ですよぅ……』
『可愛くて強いペールちゃんにお任せ! さぁ、レオンハルト様ー? 今日もい~っぱいエッチなことしますよーう♪』
想像し、比べる。皆は深い息を吐き、
「あの頃は大人しい良い子っぽかったのに、何でこうなったのやら……」
「私の教育が悪かったのだろうか……?」
「あの頃の面影は全くないな……」
「だから酷い! 酷すぎますよう!? 立派に成長したじゃないですか!?」
ハンティやケッセルリンクが過去を思い、教育が悪かったのかと疑問し、レオンハルトも頭を抱えるが、どうやら事実ではある様で、知らない者達は軽く驚いていた。
ペールも再度抗議するが、レオンハルトが息を入れ、
「じゃあペール。昔の自分のこと、今でも再現出来るのか?」
「簡単ですよう。見ててください」
と、ペールは一度後ろを向いた。演技の準備だろうか。スイッチを入れようとしてるみたいだが、何というか、芸人みたいだな、という感想を何名かが覚えていると、
「……はぁ……私って何でこんなにダメダメなんでしょう……長なんてやめて、引きこもって読書しながら金髪イケメンに介護されたい……」
「うわぁ……」
「あー……」
エルシールや加奈代が引き気味の声を漏らし、レオンハルトやハンティが何だか懐かしいものを見る様に声を上げる。陰鬱とした表情に、雰囲気。多少過剰演出の様な気もするが、確かに昔はこうであったと。ペールは少しして顔を戻し、
「とまあこんな感じですかね。ふぅ、久し振りにダウナーな気分入れると疲れますねー……。今考えると何で私ってばあんなにネガティブだったんでしょう? こんなにも勝ち組なのに」
「いや……」
そんなことは知らない。が、皆が言いにくそうに言葉を濁らせていると、クライアは少し落ち込み、
「わたし……そんな風に見えてるんですか……?」
「……そう言われるとやっぱ全然違うな。安心しろ、クライア。お前はこうじゃない。どう考えてもペールがヤバいだけだ」
「ほっ……」
「ちょっと!? レオンハルト様酷いですよう! 後、何気にクライアちゃんも酷い!?」
レオンハルトの励ましにホッと息をつくクライアだが、ペールがまた抗議の声を上げていた。それを聞いてクライアは、
……賑やかです……。
不思議と、心が安らぐのを感じる。
家族も友人もいなかったクライアにとって、この様な楽しいやり取りは始めてだった。
自然と表情が綻ぶ中、不意にそのやり取りが止まった。
皆が何となく気を引き締め、前を見る。
……一体何が……?
と、思った直後、クライアもその気配を感じ、その現象は来た。
「……ふん、随分な挨拶だな」
レオンハルトがそう言って、徐ろに空間から蒼の長剣を取り出して無造作に振るう。
すると地面には綺麗に真っ二つになり、はたき落とされた矢が落ちていた。
少しして皆が目を細めると、今度ははっきりとした音と気配が、前方から聞こえてきた。
「――さすがは魔人といったところですね」
「! ……貴方は……」
称賛するような言葉を発しながら現れたのは、弓を手にした一人のカラーだ。
クライアはその顔を知っている。女王の側近のカラーだ。
先程の弓矢も、この側近が放ったものだろう。確か親衛隊や側近のカラー達は皆レガリアの思想に賛同し、そして女王に次いでの強さを持っていたはずだ。先程の矢も鋭いものであった。
だが、
「……何でもいいが……攻撃してきたということは――
「っ……く……!」
だが――相手が悪いと言わざるを得ない。
カラー王国、そして人類の中でも上位の強さを持っていたとしても、魔物界ではそれなりの強さでしかなく、魔人や使徒には全く通用しない。
レオンハルトが発した圧力、敵意と殺気が入り混じった魔人のオーラだけで、側近のカラーは顔を青くし、冷や汗を流す。しかし気丈にも耐えてみせ、立ったまま側近は告げた。
「っ……いえ……今のは試しただけです……ご不快に思われたのなら謝らせて頂きます……」
そう言って側近は頭を下げるが、その顔はかなり苦しさを耐えているようだった。
見るからに、レオンハルトがその気をその鋭い視線とともに全力でぶつけているのだろう。その場にいるだけのクライアでさえ、不安を感じるのだからそれを一身に浴びている側近は相当辛いはずだ。
だが側近は、どこか強い意志を秘めた視線でレオンハルトを見上げて用件を告げた。それは、
「我らが女王――レガリア様が、あなた方を王宮に招待したいと仰っています……」
「……ほう? ならお前は案内人というわけか?」
レオンハルトが若干威圧を弱めて問う。側近の肩が少し上がり、
「……はい。そういうわけで、私についてきて頂けると助かります」
「…………」
「っ……」
その言葉にレオンハルトは一度無言となる。無言のプレッシャーに側近が怯みかけるが、何とか堪えて返答を待つ。いつ殺されてもおかしくないという状況に耐えている側近に何を思ったか、レオンハルトは敵意を止めると、
「……いいだろう。なら案内しろ」
「は……ありがとうございます。では皆様こちらに……」
重圧から解き放たれた側近が頭を下げてお礼を言うと、先導する様に歩き始める。
無言でレオンハルトが付いていくのを見て、皆も後に続くが、ペールがぼそりと、
「なーんか……胡散臭いですねぇ……」
「……ま、案内してくれるって言うなら良いんじゃない?」
ベゼルアイが気楽にそう言う。だがクライアは内心で不安だった。
……レガリア様……何を考えているんでしょう……?
胸騒ぎを感じる中、一行は側近に案内され、カラー王国の首都に足を踏み入れた。
日常っぽい話で話進んでないように見えるけど、まあしゃーない。
だってこの話、後2、3話で終わるし……前回と今回の話飛ばしたらカラー王国編が一瞬で終わりそうだったって言う……。必要な話を混ぜてるんで、死滅戦争編のプロローグに近い話として読んで頂けるといいかも。次回は女王と会ってお話します()