――それは、レオンハルト達がカラー王国女王に招かれ、側近の案内を受けた少し前の話。
大陸東部。
その中心に近いところにある大きな街は、この土地に出来た新たな国の首都である。
人と物が集まり、次々と復興と発展を遂げるその街の中心地に、レンガ造りの講堂の様な建築物があった。
そこはオピロス国の最高意志決定機関である元老院。
オピロス国を構成する33の領邦。その代表が集まる国の中枢であり、人類圏をこれまで支配してきた一族の末裔が集まる怪物達の住処である。
そこでは今日も、オピロス国の――人類圏の趨勢を決める会議が彼らによって決められていた。
「――我らが親愛なる同志達よ! 次なる議題は先日、元老院議会で保留とされた例の議題についての再審議を執り行う! まずは重要参考人を連れてきたのでその者をここへ入室させることの是非を問いたい!」
前面中央の席、カールの髪に顔の彫りの深い男が立ち上がり、他の議員達に向かって覇気のある声で決議を問う。オピロス国の最高意思決定機関である元老院議会には、元老院議員以外の者の立ち入りは厳しく制限されている。入室を許可されているのは元老院議員の証を持つ彼ら、33人の元老院議員と、警備の人間だけだ。それ以外の者の入室は、やむを得ない事情に限り決議を取ることとなり、その可否で決められる。
その法に従い、彼らは自らの意志を挙手で示す。彼らが持つ一票の価値は皆同等。少なくとも、
多数決に従い、半分は直ぐに手を挙げたが、半分は少し渋った末に手を挙げた。それを見て元老院議員の男は頷く。
「ありがとう! 聡明なる同志達よ! ――では、重要参考人をここへ!」
「はっ」
警備の兵士が一度退室し、外の警備を行う者から一人の男を引き取り戻ってくる。
その男はボロい布切れの様な服を着た乞食の様な見た目の男だ。お世辞にもその身なりは有力者達が集まる元老院議会の場には相応しくない。
だが先程決議を取ったカールの男は、その重要参考人である男を自分の直ぐ隣に連れてくると、臭いに顔をしかめることもなく再び議員達に語りかける。
「この者は先日、かのカラー王国で奴隷として不当な扱いを受け、我が国に亡命してきた新たな同志である! この者の話をまずは聞いてほしい! さあ、前へ!」
カールの男の声を受け、奴隷の男がおずおずと前に出る。しかしその前に、別の議員が立ち上がった。それを見て男は発言を許可する。髭の生えた議員の男は話始めた。
「親愛なる同志よ! カラー王国の件であればまだ耳に新しい! 以前聞いた話を、よりによって命からがら逃げてきて体力的にも疲れ果てた同志に強制的に話をさせることは如何なものだろうかと私は思う!」
その言葉に、半分の議員達が頷く素振りを見せる。しかしカールの男は直ぐに反論した。
「本人から直接話を聞くことに意味があるのだと私は思う! そして私は命に誓って、話を強制させてはいない! これは我らの新しい同志であるこの者が、自ら力になりたいと申し出たものである!」
もう半分の議員から拍手が飛ぶ。それは奴隷の男にも向けられていた。
異議を出した髭の男は、これ以上この件で突っ込むのは無理だと反論を諦める。カールの男は己と元老院を二分する政争の相手であったが、この件で動くことに関してはどちらも意見は一致しており、今のはただのポーズだ。
ゆえに再度、カールの男によって奴隷の男は促される。そうして語ったのは、己が受けてきた仕打ち――カラー王国の実情だ。
「……お、俺は……10年前まで、ある村に住む農民だったが……ある日突然、カラーの軍隊に襲われて捕まり、10年間を奴隷として過ごした……」
男の告白に、議場は静まり返る。それほど大きくない男の声を聞くためではあるが、話を聞きたいという思いを見せるためだ。
「遊び半分で爪を剥がされ……魔法で傷つけられ……一日の殆どを強制的に働かされ……食事は一日、黒いパンが一つと水だけ……仲間の殆どは全員衰弱して死んじまった……!」
男は声を震わせて今までの生活を告げる。それは外交員から間接的に話を聞くよりも説得力を感じる話だった。
「男も女も関係ねぇ……! あいつらは悪魔だ……! 俺の飼い主から聞いたが、あいつら、いずれは人類全てを奴隷にする気なんだ……! 俺だけならともかく……平和に生きてる女や子供まで苦しめられるのは耐えられねぇんだ……!」
そこまで話したところで、カールの男は奴隷の男の肩に手を置き優しく微笑を浮かべると、今度は議員達に向かって迫真の表情を作りつつ、声を張り上げた。
「聞いたか同志達よ! 彼は一刻も早くこの深刻な事態を我々に告げるため! 何よりも先にこの場に出向いたのだ! 食事や風呂に入ることも出来たのに、我が身よりも他者を優先したのだ!」
何と美しいことだろう! と、仰々しい口調で演説の様に喋るカールの男。その語りは続き、
「先日! この話を大袈裟だと罵り、デタラメだと決めつけるものがいたが、私は敢えて言おう。――その者の言こそ、デタラメであると!」
「ぐっ……」
何名かの議員が苦悶の声を漏らす。それを確認したところで、カールの男は再び口を開き、
「しかし聡明なる同志達であれば当事者である彼の身なりと話を聞いて理解したことだろう。事態は深刻であると!」
垢で汚れ、爪は剥がされ、身体に多数の傷を負った男を敢えて指して、カールの男はそれを強調する。
「彼らの怒り、嘆き、悲しみは正当なものであり、だからこそ! 我々は人類の盟主として! かの邪智暴虐なカラーの王国を取り除く正義の鉄槌を下さねばならないということをッ! 親愛なる諸君達は理解しているだろうか!」
だが、その言葉には異議が出た。別の議員が、
「事の重大さは理解しよう! 親愛なる同志よ! その提案は正当な感情からくる人類の使命であることも! ――しかし! 今の我々にそんな力があるだろうか!? あると思うのなら今直ぐ外に出て、周りを見てみるがいい! 今はまだ、復興に力を入れるべきではないかね!?」
「同意だ! 現在の国力では、他の有象無象であればともかく! カラー王国と事を構えるには不安がある!」
「事を急いて倒れてしまえば元も子もないであろう! 今はまだ力を蓄え、然るべき時に事を起こすべきではないか!?」
だが、その意見にも別の議員から反論が出る。
「そうして言い訳を並べ立て、苦しむ人々を放置すると言うのか!」
「対岸の火事だと思うのは早計かと! かの王国を放置していては、いずれ我々にも火の粉が降りかかりますぞ!」
「逆を言えば今こそが好機となり得ます! かの王国を取り除いてしまえば、直ぐにでも我々の国が――」
「静粛に! 親愛なる同志達よ!」
熱の入った議論を行う議会の場に、カールの男の声が響く。
そうして再び静かになり始めた議場で、カールの男は予定通りに事を進めた。
「諸君らの意見は理解した! だが! その不安は無縁であると私は訴えよう!」
その言葉に議員達がざわつく。カールの男は手元から一枚の紙を取り出すと、
「見たまえ! これは大陸南部の諸国! そして、人類圏に於ける協力者達のサインが記されている!」
おお、と幾人かの議員達が驚く素振りを見せ、また何名かは本気でその書類に驚く。男は続けた。
「これはカラー王国に正義の鉄槌を下すため! 物資や人員の協力に同意する署名である!」
「それは……!」
議員達が驚く。だがカールの男は二枚目の紙も取り出し、
「そしてこちらには! 大陸で名を馳せる幾つかの商会! 金銭と物資の出資を行う旨のサインが記されている! ロック商会! ロスチャ商会! キリング商会! ノイマン商会! どれも皆、聞き覚えのある商会のはずだ!」
「おお……!」
そこに書かれていたのは大陸の経済を牛耳るほどの大規模な商会の名前と、その代表のサイン。内容は、資金や物資の援助を行う代わりに、攻め落とした土地の権益を一部割譲すること。そこには、
そしてその内容は南側諸国の書類も同様だ。それらを集めてきたカールの男は、自信を持って告げる。
「そして現在! 既に反乱の意志を宿す我らの同志達は、王国の各地に潜伏し、そのための準備を進めている! 我々が一声掛ければその火は瞬く間に王国全土に燃え広がり! 我らの正義に屈することであろう!」
「…………」
そこまで言えば、最早彼らは理解した。
理解していない者でさえも――既に根回しは終わり、自分達の一声で全てが決するということを。
ゆえに最後に代表して声を上げるのは、この元老院における最大のライバルである髭の男だ。彼は立ち上がり、
「親愛なる同志よ! その提案、真に我々に必要な提案であると理解した! さあ、決を取るがいい!」
「感謝する! 親愛なる同志よ! ――では、決議を取ろう!」
普段であれば反対の立場に立つ両者が結託し、事実上彼らの動きは決まったが、それでも建前を崩すわけにはいかない。カールの男は皆に問う。
「賛成の者は挙手を!」
その手を挙げたのは、33人の議員、全員であった。
そこで男は両手を広げて宣言する。
「全会一致で可決! ではこれより! 我々は国を挙げて、かの国へ正義の鉄槌を下すこととする! ――我らが祖国に栄光あれ!」
「――我らが祖国に栄光あれ!」
その言葉とともに、オピロス国元老院議会は閉会する。
――それはカラー達のこの先の運命が、決まった瞬間であった。
――そして時は招待される直前まで戻る。
人類圏にあるとある建物。その室内では、二体の会話が行われていた。
「――ということらしいですわ。つい先程、行動を起こす旨の連絡が届きましたので、もう間もなくかと」
「……そうか」
多くの人の出入りがあるここは、とある大規模な商会の本部。
その殆どは、ここの本当のトップの正体を知らない。人の形に化けた存在が多く存在し、人を支配する存在がその裏にいることも。
「さすがに間に合わなそうですわ」
「だろうな……まあ、こちらはこちらで何とかしてみるしかないが……結果は変わらないだろうな」
息を吐くのは中央の机に座り紅茶を呑んでいる男。女の方は書類を何枚か捲りながらその案件についての詳細を計算している。男は空いた手で頭を抑えながら、
「……とりあえず、向こうに伝達するためにも、事が起きるまではここで待っているか」
「! それでしたらここで出来ることも少ないですし、将棋でも致しませんこと!?」
「っ、将棋か……」
女の声に男は若干怯む。この女との将棋は嫌な思い出しかないのだ。
だがそれ以外にやることもない。彼は決心し、
「……しょうがない。一局だけだからな」
「! ありがとうございますわ!」
そう言って将棋盤と駒を持ってくる女を見て、男は内心で別の憂いを覚えていた。
……全てを救うことは出来ないな……なんと言ったものか……。
カラー王国の首都に足を踏み入れた一行は、その光景を初めて目にした。
「栄えてますねー」
「そうね。ただ――」
加奈代の何気ない言葉に、エルシールが頷きつつも目を向ける。
カラーの集落。それを目にすること自体
は初見ではないものが殆どだ。元カラーのケッセルリンクやハンティ、ペールなどは懐かしい空気を味わっているし、レオンハルトも見たことだけならある。
だがそれは、あらゆる意味で知った光景ではなかった。
街の景観はかなり整っており、一目見て豊かな生活を送っているであろうことが分かる。1000年近く昔と比べても、その生活レベルは格段に上がっているのだ。
しかし、ところどころ目を凝らすと、その綺麗な街の景観に合わない違和感のある存在が目に映る。それが、
「人間の奴隷ね」
「ですねー」
「…………」
ベゼルアイの呟きに、今度は素っ気ない様子で前髪を弄っているペールが単に同意する。ハンティなどは露骨に目を細めて嫌悪と複雑な内心が入り混じった様子であるが、ペールの方はあまり興味が無い、というわけではないだろうが、淡々としている。
クライアなどはやはり哀しそうな憐れむ様な視線を人間の奴隷に向けていた。ケッセルリンクはただ無言でそれらを観察している。そしてレオンハルトは内心で現状の分析に努めていた。
……やはり、事実だったか。街のあちこちに潜んでいるな。
カラー王国の奴隷制度は予想以上に酷いようだ。表通りで態々行う者はいないが、遠くからは人間の悲鳴らしき声が響いてくる。強制労働、そして拷問や殺人は日常的に行われている様だった。
だがこの程度の光景を見ただけで眉を顰めることはない。この程度であれば、魔軍とて、同様の事を行っている。もっとも、レオンハルトの息が掛かり、影響下が強い場所であれば、数を定めたり、労働する者への暴行は行なわず待遇を整えるなど、恐怖だけで支配しようとはしない。私的に好まないというのもあるが、恐怖による支配は反発を招きやすいからだ。人間同士でも、戦争で負ければ敗戦国の人間は苦境に立たされるが、やはり限度というものがある。それは情であったり、利用価値であったりだが、全てを苦しめ殺し尽くすようなことは普通はしない。
だがこの街からは――そのタガが外れている様に見える。
裏に見えるのは、人間への憎しみだ。その負の感情が、この奴隷政策からは垣間見える。
利益を得るために奴隷を作ったのではなく、そうしたいから奴隷を作った様であった。付加価値は後から加えたものだと。必要だからやるのではなく、やりたいからやるのだと。
まるで魔物の様だが、これを一応亜人種という同類が人間に対して行うというのが正気の沙汰ではないが、差別というのは往々にして起こりうることだとも理解している。
魔人となり、魔物の考えをある程度理解したからこそ、狂っていると断じることが出来る。魔物社会では、差別は当たり前であって、当たり前じゃない。
魔物は実力に応じて反応が決まるので、弱いものは扱いが下に、強いものは扱いが上になるが――それはある意味で平等だ。能力が高ければ優遇されるのは当たり前であり、であれば自らを高めればいい。魔人や使徒などの特権階級を除いて、生まれや種族で差別はされない。されるのは、その個人が己より強いか弱いか。弱者に優しくないともいえるが、そんなものはこの世界の生物として生まれたのなら当たり前のことだ。完全な平等などは存在しない。
だから争いも、差別自体もレオンハルトは否定はしない。程度の差はあれど、自分より劣る存在を下に見てしまうのは避けられないことだ。
だが、だからと言って同じ組織、社会に属する何の罪もない仲間、同僚ともいえる存在に、露骨な虐めを行ったり、扱いを極端に悪くするのは愚かと言う他ない。誰しも役に立てる事柄、役割があり、何かの能力がある。それを尊重し、活かし方を考え、最低限の生活を送れるようにするのが、集団を纏め上げ、組織を運営する者の義務だ。差別に傾倒してそれを忘れているのが、このカラー王国だ。
もっとも、だからこそ――そこらにいる人間の奴隷達は何かを待つ様に瞳に強い意志を潜ませているのだろう。
この流れを止めることは出来ない。強引になら可能だが、それをやれば結果は同じことだ。自分がやるか、他の誰かがやるかの違いでしかない。
そしてそれが正しい道理に沿った、自然淘汰であるというなら――
「んー、それでレオンハルト様? どんな感じでいくんです?」
と、不意にペールが話しかけてきた。既に王宮に入り、やがて謁見の間に入ろうとする前のことである。レオンハルトは、そうだな、と一息置いて、
「……とりあえず、話すだけは話す。――が、それを聞き入れたとしても聞き入れなかったとしても、結果は変わらないだろうな」
「あー……やっぱそんな感じですか。それじゃあまあ、気楽にやりましょう。失敗しても大暴れして帰ればいいだけですし」
ペールが朗らかにそう言う。だがその言葉を聞いて、ハンティが目を細め、
「……変わらないってどういうこと?」
そう問うてきた。レオンハルトは即座に、
「そのままの意味だ。おそらく、俺達がこうやって一応の話し合いに望みに来たのは無駄に終わるだろう。……クライアには申し訳ないがな」
「それって……」
「…………」
ハンティやクライアが言葉を失う。そして切り替えるようにレオンハルトが、
「だから、やるべきことはこの後にある。帰ったらフォローの準備だな。それで、ある程度は救える」
「……でも」
引き下がらないハンティに対し、レオンハルトは小声で言った。それは先程知った事実で、
「……この国は、直に人間の反抗を受けて滅ぼされることになるだろう」
「! それは――」
ハンティもそうだが、他何名かも驚く。ペールなどは驚かず、ケッセルリンクも反応しないが、それでも初耳のはずだ。
「先程、情報が入った。どうも既に反乱を起こすための準備は整っているとのことだ。そしてそれは――もう間もなく起こることだと」
「確かな話なの?」
ベゼルアイの問いに頷く。
「それを企んでいる人間から直接聞いた話だ。まず間違いない。――その話で分かるだろうが、簡単に言えばカラー王国と人間勢力の間で戦争が起こる。そしておそらく、
「そんな……」
クライアが悲しそうな顔をする。ハンティが苦虫を噛み潰した様な表情で、
「……でも、あたし達が出れば――」
「出て……どうする? カラー王国に加勢して大勢の人間を殺すか? 仮にも、奴隷扱いから脱しようと目的を掲げた連中だぞ。そいつらを殺してカラー王国を守るのは、クライアの願いからはズレている。それはお前達も本望じゃないだろう」
「……だけど」
「それとも、俺達がカラー王国を滅ぼすか? ……まあそちらの方がマシかもしれないが……今は軍を連れてきているわけではないし、結果的に被害が拡大するだけになる可能性が高い。だから一度戻って、後のフォローに動いた方がマシだという話だ」
「…………」
そう。もはや結果は変わらない。変えることが出来るのは過程くらいだ。被害を少なくするだけなら、一度帰って準備を整えれば不可能ではない。そちらの方が、罪のない多くのカラーを救えるだろう。そして結果的に、手を汚さずに差別主義に取り憑かれたカラーの癌を、
……嫌な考え方だな。
そこまで考え、軽く頭を振る。自分の事ながら、こういう時でさえ合理的な思考が淀みなく働くというのは複雑な気分だ。
だが現実問題、そうすることが最善であるだろう。こうなってくると、今の時間すら惜しいかもしれない。
「……こうなると、今ここにいることが無駄な時間かもしれないな。直ぐに戻ることも考えるか……」
「で、でも……話してみれば分かって――」
「分かってくれる可能性は低いだろうな。クライア。そう思ったからこそ、お前は俺に力を貸してほしいと頼んだはずだ」
「っ……それは……でも……」
「あー、それは確かに。話し合いで済むならこうなってはないですよねぇ。聞く限り、その女王様は今まで何度もクライアちゃんみたいな意見は聞いてるはずですよう?」
「…………」
クライアが顔を俯かせる。分かっていたはずだろうが、事を起こす前にこうなってしまうとやはり戸惑いが大きいかと思う。だが、言葉を重ねたペールは押し黙ってしまったクライアを見て、何を思ったのか考える素振りを見せると、
「うーん……でもまあ、私はちょっと話してみたいですけどね」
「えっ、どうしてです?」
帰る様な流れになっていたのに、そう言い始めたことに加奈代が問いかける。ペールはニコニコとした笑顔で人差し指を立て、
「いやほら、ここまでの事をしでかしたお馬鹿さんの顔を一度見ておきたいなぁと思って。これからのカラーの歴史に名を残しそうな愚物でしょうし、作家としてちょっと興味があると言うか」
黒い笑顔を浮かべてペールは言う。続けて、
「後はまぁ……ちょっと有り難い先人の言葉を授けてあげようかなぁって。虐めてあげようかと思うわけですよう。滅茶苦茶勿体無いことしてくれてますし……あー、何か考えるとちょっとイラッとしてきますね。せっかく私も含めて歴代の女王達がすっごい頑張って発展させて、遂にこれだけの王国にまで成長したのに……馬鹿な事をしたせいでこれから全部無駄になるとか……うわぁ、凄い勿体無いというか何やってくれてんですかって感じですね。私もあれだけ頑張ったのに……うわっ、すっごくイラッとしてきました! ちょっと文句言ってくるので、私だけでも会ってきていいですか!?」
自分で言っててだんだんとムカついてきたのだろう。明らかにいらっとした表情でペールが言う。レオンハルトがその様子を見て仕方ないと言わんばかりに、
「……まあ、行きたいなら行っていい。考えれば考えるほど、俺は帰った方がいい気がしてきたから俺は戻るが……お前達はどうする?」
それはどうしたいかという意味も込めた言葉だったが、それに最初に答えたのはケッセルリンクだった。
「……私は、しばらく街に留まろうと思う」
「ケッセルリンク……」
ハンティが名前を呼ぶ。どうやら思うところがあるようだ。ケッセルリンクはハンティも含めて皆に告げる。
「眼の前で、罪のない女性が無為に死んでいくのは忍びない。隠れて、そういった者だけでも逃がせないか試してみよう」
「……そうか」
それもいいだろう。救える数は少ないかもしれないし、見分けることも難しいだろうが、何もしないよりはマシなはずだ。
「……すまないな」
「謝ることはない。これは……彼女達が作り出した問題だ。むしろこちらが謝りたい」
ケッセルリンクも多少の責任を感じているのだろうが、それこそ責任を感じる必要はない。こうなったのは、今いるカラーが原因であり、自分達は関与していないのだから。元同族だからと罪を感じる必要はない。
「……こうなると、しばらくお菓子も食べれそうにないわね……」
「まー仕方ないですよう。後で材料くらいなら持ち帰るんで、それまで我慢してください」
ベゼルアイの溜息にペールが淡々と答える。今度はエルシールが、
「……なら、このカラーはどうしますか?」
エルシールが抱えているのは、案内役のカラーだ。王宮について早々、警備の兵共々気絶させておいたがさすがにまだ起きる様子はない。レオンハルトは考えるまでもなく、
「適当にそこらに転がしておくのがいいだろうな。一々殺す必要もない」
「そうしなさい、エルシール」
「はい、ケッセルリンク様。レオンハルト様」
エルシールがこちらの言葉通り、床に側近を寝かせる。そこでレオンハルトは行動の指針が固まったと頭の中を纏め、
「なら、のこのこと王宮まで来ておいて何だが、帰らせて貰おう。……ハンティと……クライアはどうする?」
最後に二人にも聞いておく。ハンティはまだ迷ってはいたが、
「……あたしは……女王に会って、それからケッセルリンクと合流するよ。クライアも――」
「……わたしは……何か、救うための力になりたいです……」
レオンハルトは頷く。そして、
「なら、二人共今はとりあえずケッセルリンクの指示に従い行動するといい。追って指示は出す。俺は一度戻るぞ」
「……了解」
「……は、はい」
そうして指示を出し終えたところで、レオンハルトは王宮から出ると、屋根を跳んで街の外へ向かっていく。
だが、その道中、
「……!」
不意に、街の一角が爆発し、女性の悲鳴の様なものが聞こえた。それを見て、レオンハルトは確信した。
「――始まったか」
やはり、猶予はあまりないようだ、とレオンハルトはそれを尻目に一度魔物界へと戻っていった。
轟音が響き、謁見の間にはレガリアの声が飛んだ。
「……何事ですか?」
「申し訳ありません。直ぐに確認を――」
側近が確認に動こうと親衛隊を呼び出そうとする。その間にも、レガリアはまさか、と思考を回した。
「魔人が動いたかしら……?」
そうだとすると些か残念というか、短絡的だと言わざるを得ないが、何のつもりだろうか。
彼らがこちらに対して悪意があるとは思えない。元とはいえ、同族――それも偉大な先人達であり、レガリアと同じ、人間を害する道を選んだ尊敬する先達だ。だからこそ、一度会って話をしてみたかったのだが、
……まさか奴隷のことで腹を立てたとかかしら。……そんな筈ないわよね。
人間がカラーの敵であることは分かってるはずだし、魔物だって同じことをしている。それで怒るはずはないとレガリアはその可能性を排除した。
……何か機嫌を害したというなら、機嫌を取らないとね……私の、野望のためにも……。
いずれは人類圏を支配し、人類全てを奴隷にする夢が、レガリアにはある。そしてその果てに――レガリアは魔軍と交渉し、
人類圏を差し上げれば、それは容易に叶うだろう。そしてカラーの管理官になり、カラーには不自由のない快適な生活を送らせ、人間には苦しみを与える。カラーにとって、レガリアにとっての理想郷がそれだ。このことは側近にも教えていないことだが、カラーの繁栄のためには最善の選択であることは間違いない。混乱を起こさないためにその時が来るまでは伝える必要はないと判断した。
魔王や魔人には敵うはずがないのだから、敵対するのは馬鹿がやることである。恭順し、その下につけば、恩恵は受けることが出来るのだから、その方が賢い選択だ。
もっとも、人間はそれがやりたくても出来ないのだから笑えてしょうがない。彼らは愚かで、自分達が世界の覇者だと疑わない傲慢さがある。そのためなら他種族を害しようが何とも思わない。その傲慢さが、レガリアは大嫌いだった。
……もう少し……もう少しで、人間を地獄に叩き落すことが出来るわ……。
そのためならレガリアは何でもする。何でもしてきたからこそ、ここまで上り詰めることが出来たのだ。
その夢まで後もう少し。その光景を思い浮かべ――レガリアはその報告を聞いた。
「れ、レガリア様……!」
「! 何? 一体どうしたの?」
側近が血相を変えて謁見の間に戻ってくる。
直後、レガリアは彼女の言葉に言い様もない不安を覚えた。
「――人間が街で暴れて……その上、攻めてきた……?」
それはカラーにとって、絶望の序章に過ぎなかった。
次回か次次回でカラー王国編は終了。カラーのクリスタルの効果も判明。
魔人とか神の意図しないところでこういうことが起こるのも、第3世代メインプレイヤーの魅力かなって(神並感)