カラー王国首都のあちこちでは、煙が上がっていた。
主に木で出来た家屋から昇るそれは、発生した火を基軸に吹き広がる。
街に住むカラー達はその火を起こした爆発音を聞いてその場から離れていき、反対に街を警備する警備隊や親衛隊の武装したカラー達は騒ぎを聞きつけてその場に急行する。
しかし、既にその場は暴動による地獄が発現していた。
「へ、へへ……遂にこの時が……」
「おお……行くぞお前ら……!」
奴隷として扱われていた人間達が、ぞろぞろと集団で寄り集まり、カラー達の方へ下卑た笑みや、意志の秘めた瞳を向けて歩いていく。
「な、何……?」
「ちょっと!? 何命令以外のことしてるのよ! 人間の癖に!」
幾人かは人間達の異様な雰囲気に怯え、また幾人かは人間の態度に怒りを顕にする。この場では、後者の方が多かった。
少ない前者のカラーが後退る中、後者のカラー達は人間に向かって突っかかっていく。
「ああもう最悪! 何やってるのよ! 汚い奴らが寄り集まって見れたものじゃないわ! ほら! こっちの目が腐る前にさっさとあっちへ行きなさいよ!」
カラーの内の一人が人間達に向かって罵詈雑言を浴びせる。集まってきているのは主に労働奴隷であった。その名の通り、街の外れで強制労働に従事する奴隷のことである。カラー王国で使役される奴隷には3つの種類が存在し、一つが個人が所有することの出来る娯楽用奴隷。主に家の中や街中で暮らし、ペットの様に扱われる奴隷である。その用途は拷問や陵辱、個人で愉しめる範囲であれば多岐に渡るが、街中の景観と合わせて比較的綺麗な格好をしており、容姿も整った者が多い。
もう一つが、子孫繁栄用の性奴隷。こちらはその名の通り、カラーと性行為を行い、子種を出してもらうための奴隷である。
カラーは女性だけの種族であり、子供を作るには多種族――人間の雄の精液が必要だ。ゆえにカラー王国では、人間と恋愛するようなことを禁じつつも、種を増やすためにこの様な方法を取っており、国が管理している。こちらも容姿は整った者が多い。
そして最後が、労働奴隷。国が指定した強制労働に一日中従事し、使えなくなったものから処分される最も人権のない奴隷である。個人で所有される奴隷や性奴隷には、数こそ少ないものの、国の目を欺いて家の中で家族に近い扱いを受けて暮らしている者もいる。しかし労働奴隷にはそんなこともあり得ない。国が徹底的に管理しているため、休む間もなく働かされ、施設管理をしているカラー達にストレス解消と称して遊び半分で責め苦を受ける。国が定めたものとはいえ、カラーが最も嫌がる仕事であるからだ。
その労働奴隷は個人所有の奴隷や性奴隷に比べて、明らかに醜い容姿をしており、汚くて臭い。カラーが眉を立て、蛇蝎のごとく声を荒げているのは、寄り集まった奴隷の殆どが労働奴隷であるためでもある。人間嫌いのカラーにとって、美しい自分達と違った、醜い人間がこうして闊歩しているのは耐えられないことであった。
「ほんとあり得ない! 気持ち悪いし、臭い! さっさと行かないと殺すわよ! 地面に這い蹲って命乞いをしたくなかったら早く行きなさいよ! この豚! ゴミクズ! 生きてるだけで害悪な豚が、美しい私達カラーに――」
「――――
「……え?」
奴隷の一人が呟いた言葉に、思わず呆気にとられてしまうカラー。吐いた言葉の意味は、咄嗟には理解が及ばなかった。
しかししばらくして、それを理解した時、再びカラーの怒りは燃え上がった。
「っ~~~! 何、その口の利き方!? この汚い豚! もう怒った。魔法でぶっ殺してやるから、そこを動――」
「――うるせぇ! 死ぬのはテメェの方だ!!」
「……!! 何を――」
だが、カラーは気づけなかった。
普段であれば、労働奴隷は鎖に繋がれており、満足に動くことは出来ないはずである。
しかしその枷は今は解かれている。奴隷の中に紛れ込んだ幾人もの魔法使いや盗賊達の手によって、施設管理を行っているカラー達と共に破壊された。
反抗の為の手はずはとっくに整っており――それに気づくことが出来ずに奴隷達を逆撫でしたこのカラーは、最初の犠牲者となった。
「……お前ら! やっちまうぞ!!」
「おお!!」
「えっ、ちょっと、何――きゃあっ!?」
奴隷達が走ってカラーの元に駆け寄ると、そのまま覆いかぶさるように地面に押し倒した。そのまま男達が殺到していく。
「この……炎の矢!」
「ぐあぁ!?」
ようやく事態の異常さと身の危険を感じ取ったカラーが炎の矢を人間の一人に向かって撃ち込むが、それでも群衆となった人間達は止まらず、魔法を放ったカラーにも飛び掛かって地面に押し倒していく。
既に最初のカラーは男達の手によって服が強引に破られ、悲鳴を上げていた。
「きゃああああああぁぁっ!? やめっ――やめな、うぶっ!?」
腹を殴られ、息が抜けるような声を漏らしたカラーに男達は容赦なくその陵辱の槍を差し向ける。
「テメェらはやめろっつってもやめなかっただろうがよぉ!!」
「へへへ、今までの恨みを晴らしてやるから覚悟しろよぉ……!」
「っ、い、いや……やめ――」
だが人間がその声を聞き届けるはずもなく――カラーの少女はお腹の奥から感じる激痛と異物感に、今までで一番高い悲鳴を上げた。
「いやああああああああああああああああ――!?」
カラーの額にあるクリスタルが、赤から青に変わる。それを見て、男達は腰の奥から感じる快感と征服感、少女の悲痛な表情と叫びに情欲が燃え上がるのを感じ、その状況に陶酔する。
「おらおら! 今度はテメェらが豚になる番だぜ!!」
「あぐっ、うぐっ、う、うぅ……やめっ――!」
とうとう口まで塞がれ、くぐもった声を上げることしか出来なくなったカラー。男達の手が美しいカラーの柔肌を痣が付くほど強い力で掴み、陵辱する。
「――っ、何事だこれは!?」
「分からんが……とにかく鎮圧するぞ!」
そこに、カラーの警備隊が到着する。
奴隷達が暴れているところを見て、即座に弓を構え、ある者は魔法を放とうとする。
しかし、
「がっ――!?」
「何――ぐっ……!?」
その直後、横から飛んできた魔法やナイフ、潜り込んできた何かの刃を受け、血飛沫を上げながら倒れていくカラー達。
それを行ったのは、
「警備隊や親衛隊が集まってきたぞ」
「ああ、油断するな。我々に失敗は許されない」
刃に滴る血を払い、会話を行うのは奴隷の身なりをした男達だ。
しかしその体つきや、顔つき、眼の光は、明らかに荒事に慣れた戦士のもの。
事実、彼らは今回の計画のために奴隷としてカラー王国に潜り込んだ人間の国の兵士や冒険者であった。魔法使いや盗賊などの技能が使える者達で構成されており、奴隷達を扇動し、一斉に暴動を起こすのが狙いであった。
そしてその混乱に乗じて、街中でゲリラ戦を行い、警備隊や親衛隊を倒しつつ、国境から侵攻する予定である本隊を待つ。奴隷達の数は多く、潜伏している者達もそれなりに手練が多いが、敵国の首都で戦い続けるとなると消耗戦となり、最終的には死んでしまう可能性もある。
だからこの暴動開始直後で、状況が把握しきれていない今が勝負だった。奇襲を繰り返して兵を倒し、出来る限り混乱を長引かせつつ数を減らす。軍が集まり、奴隷達が完全に鎮圧されてしまえばこちらも撤退するしかない。だから今こそが好機だ。
「はははっ! 見ろ! 言っていた通りだ! クリスタルを取ったら死んじまいやがったっ!」
「これ持って帰ったら高く買い取ってくれるんだろぉ!?」
「根こそぎ奪い取ってやろうぜ!!」
「!」
見れば、カラーを犯していた男達がそのカラーから青のクリスタルを抜き取り、それを手にして掲げている。クリスタルを抜き取られたカラーは、白濡れのまま絶命していた。
「本当だったのか……」
潜伏していた冒険者の一人が呟く。予めそれを教える様にと伝えられていたが、この目で見るまでは何処か半信半疑であったのも事実だ。
カラーのクリスタルは処女を失うことで赤色のものから、青いものに変化する。これ自体は広く知られていることだ。
しかしこのクリスタルに先日、新たな事実が判明した。
この青いクリスタルは、膨大な魔力を秘めており、様々なマジックアイテムの元に出来る可能性のある神秘かつ、希少な宝石であると。ある魔法研究者の報告、実験で判明した事実だと言うが、
「……今回の件で、その事実は世間に広く認知されるだろうな。ふむ……」
目敏い雇われ冒険者の一人はそれを目にして考え込む。
知られたばかりの資源。その価値は何よりも高く、一つ持ち帰り、売るだけでも財産。何個も持ち帰れば莫大な富を築くことが出来るだろう。
需要は高い。魔法研究者でなくとも、世の中には、希少というだけで金を払いたがる金持ちが幾らでもいる。それを上手く利用すれば――美味しい仕事であることは間違いなかった。
「どれ、暇があれば集めてみるかな」
「おい! 俺達の仕事は――」
「分かっている。そちらもきちんとこなすさ。暇が出来ればの話だ」
「全く……気持ちは分かるけどな」
奴隷に紛れて街中を走り抜けながら、潜伏者達はつかの間の気安いやり取りを交わす。
カラーのブルークリスタル。その価値はこれからも変わらないだろう。
ゆえに、これが終わった後にでも狩りにくればよい、と何名かの冒険者はその予定を頭の片隅にしまい込み、同じく潜伏している国の兵士とともに声を張り上げた。
「カラーを倒し、悪しき支配から脱却せよ! 恥じることはない! これは正義の行いである!!」
合言葉の様に奴隷達を扇動すると、その言葉に釣られ、奴隷達の動きが激しくなる。その目、表情は誰もが血走った様な怒りや喜悦、暗い喜びに満ちていながらも、その行いを何ら恥じることはないと使命を帯びたかの様な顔をしていた。
その光景を見ていた、ある者は後にこう語る。
己の行いを正義と確信した時――人は最も残酷で、容赦のない生物に変貌する、と。
「――始まったか」
人類圏にあるとある建物――大陸でも有数の大商会であるキリング商会の本部であるその建物の奥では、金髪灼眼の魔人と、その使徒である金髪ツインテールの少女が会話をしていた。
魔人は、片目を閉じたまま向こうの状況を確認してそう呟く。
「あら、もう始まりましたの? レオンハルト様」
普段とは違い、人間の貴族の様な衣装を着た使徒――キャロルは“レオンハルトの幻影”に向かって問いかけた。
今の彼女は、人類圏に潜入するための仮初めの姿であり、人間としての身分を持つ存在である。対するその主――レオンハルトは普段と変わらない格好ではあるものの、その気配は分身であることも含めて、格段に抑えられていた。
そんなキャロルの問いに、レオンハルトは頷く。
「ああ。やはり間に合わなかったな……まあそれならそれで、こちらも動くぞ。
「どう致しますの?」
「配下のライカンスロープとまねしたを向かわせろ。冒険者として、もしくはカラーとして潜入し、弱気なカラーを適当に攫ってこい」
「畏まりましたわ。ですが……弱気、ですの?」
ああ、とレオンハルトは頷きを入れる。
「本来なら差別主義に傾倒していない――と言いたいところだが、それを見極めるのは難しい。だから人に化けて……嫌悪感を抱いておらず、反抗の意志が無いものだけ攫ってこい」
レオンハルトのその命令に、キャロルは感心した様に声を漏らす。
「なるほどですの! 人間嫌いのカラーであれば嫌悪感か、もしくは気丈に抵抗してみせるはずですわ! となると、怯えて弱気になっている者を攫えば解決ですわね! さすがはレオンハルト様!」
「よせ。これも確実じゃない。確率が高い方を選んだだけの一種の賭けだ。暴動が起こっていることから考えると、身の危険を感じて必死に抵抗しようとする罪のないカラーもいるだろう」
頼まれた手前、そして良心から、出来る限りで罪のないカラーを救おうとは考えるが、その手段が中々に難しい。
自分が直接見れば、ある程度その者の内面を見抜くことの出来る自信はあるが、それを部下の魔物にまで求めるのは酷なことだ。末端にまで理解しやすい命令を下すにしても、これが限界だと言える。いや、これでも無理難題に近いものだ。実際に弱気で抵抗の意志を見せないからといって、差別主義者でないという保証はない。ただ、人間を見て憎悪を覗かせ、激しく抵抗する者よりは可能性が高いというだけだ。
もしくは、
「……それか、もしケッセルリンクやハンティ達と合流出来たなら、そちらの判断を仰いでも構わない。現場にいるあいつらの方が、判別は容易だろう」
「伝えますわ。では、早速代表を呼び出して――」
キャロルがそう言って、動こうとする。しかし直前で何かを思い出した様に、
「あ、そういえば、もしその差別主義者? を攫ってきてしまったらそのカラーはどうしますの?」
キャロルが首を傾げて問う。レオンハルトは冷たい声で、
「……言わなくても、分かってるだろ?」
「……それもそうですわ! 申し訳ありませんの、レオンハルト様! では早速、命令を伝えてきますわ!」
完全に理解したのだろう、キャロルがはっと気づいた様に笑顔になり、ビシッと敬礼して部屋から退出していく。それを見送り、レオンハルトは憂いを吐き出す様に、息を吐いた。
「……後味の悪い一件になりそうだな」
しかしどうしようもない。事態は動いてしまった。
後はどれだけ零したものを掬い上げれるか。そういう戦いであると。
レガリア・カラーは、目の前に広がる光景にふと――昔の事を思い出した。
それは彼女がまだ、今の様な種族主義に傾倒していなかった幼い頃のこと。
物心がついて最初に見た光景は、人間の父親と、カラーの母親が暮らす小さな家だった。
レガリアの母親は人間と駆け落ちして森を抜け出し、外で暮らし始めたカラーであり、父親は人間の元冒険者。
父は冒険の途中でカラーの森に足を踏み入れ、魔物に襲われて片腕を、右手首の先から失った。何とか魔物からは逃げることは出来たらしいが、森で迷い、体力も尽きて死ぬのを待つだけとなった父を、偶然森で薬草を採っていた母が見つけて看病したらしい。
それを切っ掛けに二人は出会い、恋に落ち、父の方から誘われて森を出た。それがレガリアが母から聞いた馴れ初めの話。
これだけを聞けばなんとロマンス溢れるいい話だろうか。出来ることなら、ここで話を終わらせてほしいほどである。
しかし、現実はそうはいかなかった。
結婚して子供を作り、父は商売道具である片腕を失ったことから冒険者を廃業し、別の仕事を探して母と娘であるレガリアを養うと言った――らしい。レガリアにはその時の記憶はないからそれが本当だったかは分からないが――そうだったとしたらふざけた話だと思う。
父の仕事は上手くいかなかった。片腕がないせいか、もしくは冒険者一筋で生きてきた今までの経験、はたまた本人の堪え性が無かったせいか――とにかく、父は仕事をクビになり、新しく見つけた仕事もトラブルを起こしてクビになった。
それでも、最初は出来る限り頑張ろうとしていたらしい。何度も仕事の宛を見つけて働いたが――何度もクビになり、やがて働き口が殆ど無くなった。
最初は冒険者時代に稼いだ貯金で生活出来ていたが、やがてその生活はどんどんと質素になり、貧しくなっていた。レガリアが成長し、物心がついたのはこの頃だ。
やがて父は諦め、仕事を探すこともしなくなり、家に籠もって酒に溺れるようになっていた。
母は父を説得しようとしていたが、父はそれに耳を貸すことなく母を殴りつけ、少ない貯金から酒を買いに行かせていた。
母は父に仕事をさせようとすることを諦め、自分で仕事を探した。
しかし母はカラーであり、人間とは違う。中々仕事は見つからなかった。
だが、そんな母でも唯一需要があり、働ける場所がある。
それが身体を売る仕事。美しく、衰えることのない容姿を使った仕事だった。
母は自分を育てるために決心し、その仕事を始めた。
また父を、昔の様に優しい人に戻そうともしていた様に思える。そのためにも、お金が必要だったとも。
だが、自分を売ってまで家族の為に仕事をする母に対し、父はこれでもかと愚行を重ねた。
酒癖はどんどんと悪くなり、愚痴を吐いて母に暴行を加え、遂には娘の私にまで暴力を働いた。
母がいる時は母が庇ってくれていたが、その後に目にするのは父が嫌がる母を犯す光景。目を背けたくなるほどの現実を、まだ生まれて一年か二年といった頃に目の当たりにした。
母がいない時は暴力を受け、外に酒を買いに行かされた。しかも帰ってくると、父は別の女の人を連れ込んでいたり、出かけていて、やはり別の女性の匂いを染み込ませて帰ってくることがあった。母が幾ら働いても、そのお金の殆どは酒と女に消え、家は裕福にはならなかった。
そしてそんな日が続いたある日のこと。父が大金を持って、珍しく外から美味しい料理を買ってきた。しかし母は血相を変えて詰め寄った。どこからこんな大金を持ってきたのかと。
父が持ってきたそれは、商会から借りてきたもの――つまり借金であった。
冒険者時代の伝手から紹介してもらい、言葉巧みに金を借りてきたのだという。これには母も絶望した。
一時的に生活は裕福になったが、直ぐに前と同じ――いや、前よりも酷い生活を送ることになった。
母は借金を返すために仕事の時間を増やし、家にいない日が多くなった。だが、家にいる時はいつも私に勉強を教えたり、一緒に遊んでくれていた。
その半面、父はどんどんと醜くなり、そして相も変わらず愚行を重ねた。暴力は激しくなり、母が他の男に抱かれていることにも腹を立て、性行為の最中にも暴力を振るうようになった。
それがエスカレートし、とうとう母も、森に帰ろうかと私に相談した翌日――母は亡くなった。
父に暴力を振るわれ、酒を買いに行き、帰ってくると、母は犯されており、暴力を振るわれていた。母は、いまにも死んでしまいそうなか細い息を吐いており、子供ながらに母が危険な状態にあることが分かった。
父に掴みかかって止めるように訴えたが、廃業したとはいえ、元冒険者である父の力は強く、私は床に倒れた。
痛みに悶絶して床に蹲る中、不意に物音が消えた。
何があったのかと視線を向けると、そこには動きを止めた父の姿。
止めてくれたのか、と一瞬だけ期待した。――しかしそれは間違いだった。
母は死んでいた。
死んでしまったからこそ、父はそれを一度止めたのだ。
私は泣きながら母の死体に向かい、母を呼び続けた。
父は呆然としていたのだろうが、そちらには目もくれず、何度も母を呼び続けた。
しかし何度呼んでも母は血を流したまま意識を起こさない。既に死んでいるからだ。手遅れだ。
それを半ば理解しながらも母を呼び続けていたその時――不意に身体を床に倒された。
仰向けになって見上げた先には、血走った目でこちらに欲情した様子の父の醜い姿。
父は言った。――今度はお前を孕ませて、お前を働かせてやる、と。
錯乱していた、のだとは思う。が、父の目は本気だった。
もはや正気を失った父は、今度はこちらを犯しはじめた。
まだ未成熟な子供の身体を、無理矢理貫き、快感に震える父。
私は激痛に泣き叫びながら、止めてと訴えた。母を呼び続け、同時に助けてと訴えた。
しかし救いはなかった。行為を終え、下から赤いものと白いものが流れ落ち、額には青いクリスタルが残った。
その頃には、もはや何もかもを諦めていた。
もう自分は死ぬんだ。いや、もういっそ殺して欲しい。どうなっても構わない。どうせもう母はいなくなったのだから。
茫然自失し、天井を見上げていると、再び音がした。
そして、またしても目にしてしまった。その醜い、鬼畜の様な所業を。
父は、母に向かって腰を振っていた。
母の亡骸に向かって、今まで頑張ってきた母の死体に向かって、その下卑た欲望を満たそうとしていた。
――その瞬間、眼の前が真っ赤になったような気がした。
頭が沸騰するような、それでいて心が冷えるような感覚。
その衝動のままに、私は何かを手にとって無意識のままに父に振り下ろした。
父が、悲鳴を上げて床に倒れる。しかしもう一度振り下ろした。
やめてくれ、と訴えるような声が聞こえた気がする。だが、止めることはなかった。
気がつけば、声は聞こえなくなり、肉を抉るような鈍い音だけが室内に木霊していた。
ふと腕を止めると音は無くなり、自分の手は真っ赤に染まっていた。
暗い部屋の中で、母が身だしなみを整えるのに使っていた鏡で自分を見る。
そこには、手にナイフを持ち、全身を返り血で真っ赤に染めた自分の姿。
その額だけが青く輝いた、子供の姿だった。
母が殺され、父を殺した。
そう認識することに、時間は掛からなかった。自分でも驚くほどに、脳が現実を処理していた。
私は母が死んだことに涙を流したが、直ぐに何かに駆られるように、お金を持って家を出た。――今思うと、ここにいては不味いことになると察したのだろうと思う。
家を出て、血を近くの井戸で洗い、駆られるようにある場所を目指した。
子供であることを利用しながら、幸いにもその場所に辿り着いた。
カラーの住処である森。そこに着いた私は、直ぐに巡回していたカラーの防衛隊の人に保護され、集落に連れてこられた。母以外の同族の姿にホッとして涙を流した。
集落に着くと、集落の長だというカラーの元に連れていかれた。自分の事情を話すと、まるで自分のことの様に悲しんでくれた。
聞くと、どうやら母はこの長と姉妹であったらしい。自分が森を出ていくことを止めなかったばっかりに、と悔やんでいた。
そしてこうも言った。――
私は疑問した。これが、よくある話なのかと。
長は頷いた。何でも、カラーが人間と駆け落ちし、酷い目にあって死んだり、帰ってきたり、子供だけ帰ってきたり、というのはよくあることであるらしい。
だからこそ、人間とそういう仲になっても、森を出ることは基本的に許していないらしいが、どれだけ止めても恋に舞い上がったカラーの意志は堅く、森を出ていこうとするものが後を絶たないと言っていた。人間は危険なのだと。
それを聞いた時、頭は冷えた。
こんなレベルの話が、よくある話だと言う。
――そんなことがあってたまるかと。許されてたまるかと。
自分の様な思いをしているカラーが他にも沢山いて、これからも出てくるかもしれない。
あの父の様な、醜い人間と関わる限りは。
私は変えなければならないと思った。人間への憎しみと、一人のカラーとして使命感を感じたのだ。
だから私は、その夢を長に語った。すると彼女は頑張ってほしい、応援すると言ってくれた。
それから私は、新しい長になるために必死に勉強し、身体を鍛えた。
幸いにも、私には才能があったらしく、その能力はどんどんと伸びた。
程なくして成体になった頃には、集落で私に敵うものはいなくなった。
そんな頃、長は変化の時を迎え、この世を去った。
私は悲しくなったが、それ以上に、次の長に私を指名してくれていることに喜びを感じた。
これであの醜い人間をこの世から消し去り、カラーの繁栄を成すための道を踏み出すことが出来ると。
だから私は、藤原家の誘いを蹴り、隙をついて人間の土地を支配することにした。
あの醜い下等種族を、これ以上この世にのさばらせておく訳にはいかない。奴らは悪魔であり、優しくすると付け上がる生き物だ。徹底的に管理し、増長しない様に苦しめて管理しなければならない。滅ぼすなり何なりは後からでもいいのだ。
そして私は、カラーの繁栄のために様々な知識を付けつつ、行動に移した。過去のことや、魔王や魔人の事を知り、カラーを保護するには魔人になってしまうのが確実だという結論に達した。誰も逆らえない様な強大な力を持つ存在になれば、幾ら人間だろうと襲ってはこないし、襲ってきても返り討ちにすることは容易い。だから何処かのタイミングで魔軍に接触し、交渉する必要はあると思った。人類を支配し、その見返りに魔人にしてもらう。それを約束し、前借りとして魔人にしてもらう――というのは出来過ぎだが、その様な計画を立てていたのだ。
もうすぐで、全てのカラーが安心して生活出来る理想郷が完成する。その目前まで迫ったはずだった。
――私が目にしたのは、人間に苦しめられる同胞の姿だった。
カラー王国首都で起こった奴隷達の反乱に、ようやく鎮圧の指示を出し始めた頃、女王であるレガリア・カラーは、王宮を闊歩し、こちらに向かって歩いてくる者達を発見した。
「あ~~~あぁ……、とんでもないことになっちゃってますねー?」
「! 貴方達は――」
薄めていた目を見開く。
そこにいたのは人外の存在感を放つ魔の集団。
その殆どが額にクリスタルを持つ、元カラー。
魔人と使徒。レガリアが呼び寄せた一行がそこにほぼ揃っていた。
ただ一人、確認したはずの、ある魔人の姿を除いて。
だが、それでも彼らの圧倒的な力は感じられる。レガリアは背筋を震わせた。喜びのものだ。
そしてその脳裏に彼らを利用することを思いつき、即座に実行に移そうとする。中には裏切り者である元同胞の姿もあるが、そのことに対する憎しみは表には出さず、にこやかな表情で、
「ようこそおいでくださいました。ケッセルリンク様に、ペール様。それに、始祖様であらせられますね?」
「……あー、はいはい。そんな感じですよー」
それ以外のものは無視して挨拶する。だが反応は芳しくない。口を開いたのはおそらく、ペール・カラーと思わしき人物だけで、それ以外は無言のまま冷たい瞳をこちらに向けている。そのペールも、対応はどこかおざなりな様子だ。
やはりこの状況が良くないのだろうか、と思う。元カラー、それも元女王ともなれば、カラーの集落が人間に襲われている状況は眉をひそめたくなるだろう。
しかしそうであれば、これから行う提案も協力してもらえる可能性が高いと、レガリアは笑みを深めた。
「……本来であれば、歓迎の御用意をさせて頂くところですが、今は見ての通り、非常事態でして。直ぐに我が精鋭達が鎮圧に成功するかと思いますが――」
と、そこでレガリアは憂う様な表情を見せる。
民を心配する一人の為政者としての顔。勿論、まるっきり嘘というわけでもないが、やや過剰に演出してみせるのがコツだと。
「……今この時も、罪のない我々の同胞が苦しめられています。そこで、どうでしょう。差し出がましいお願いであることは重々承知でありますが、ここは一つ、偉大な先人達の力を、お借り頂けないかと――」
「――あ、そういうのいいんで」
「……はい?」
こちらの言葉を差し止めるかの様なペールの拒否の言葉に、レガリアは首を傾げてしまう。思わず問い返し、
「……ですが、我々の同胞が苦しんでいるのですよ?」
「いや、言いたいことは分かりますけど一応は元ですし。というか何か期待してるみたいですけど、別にペールちゃん達は手助けをしようと思ってきたわけじゃなく、単に貴方の顔を見に来てみただけですよう?」
「な――」
ペールの言葉に絶句しかけ――しかし、ぐっと堪える。
言葉を飲み込み、ペールから目を逸らし、今度は黒髪のカラーに顔を向ける。
「……始祖様は手伝ってくれませんか? 私達は、貴方様の可愛い末裔、謂わば子供の様なものですよ?」
「……じゃあ、何で……」
黒髪のカラーはカラーの始祖である証。そのことを引き合いに出したレガリアだが、当人であるハンティは歯を噛み締めて憤るように言葉を絞り出す。
「何で……あんな馬鹿な事をしたのさ……!?」
「?」
馬鹿なこと? と、レガリアが疑問符を頭に浮かべる。はて、心当たりがない。何かしでかしてしまっただろうか、と。
「えっと、申し訳ありませんが、心当たりがありません。馬鹿な事とは一体何でありましょう?」
「っ……人間を、奴隷にしたことだよ!」
「! ……あー……それのことですか」
直接的に言われてレガリアもようやく気づく。そして理解する。どうやら始祖様はそっちの方だったか、と。レガリアは呆れ返り、息を入れると、
「……それの何が悪いんですか? カラーにとって、人間は敵。外敵でしかありません。カラーを守るために奴らを支配し、滅しようとすることは女王として当然ですよねぇ?」
「だからって、こんなやり方は――」
「奴隷ってとっても効率的ですよぉ? とっても生産的ですし……そういうのは、魔軍だって知ってますよねぇ?」
「っ……それは……」
ハンティの語気が弱まる。どうやら始祖様は偉大で力が強くとも、話術や腹芸の方はそこまで得意ではないようだ。どうにも直情的に見える。
これなら交渉がしやすいな、と内心でほくそ笑むと、表では真逆の様子を醸し出した。
「いえ、責めてるわけではないんですよ? 理解してほしかっただけです。魔軍の行動も、私は批判してません。なにせ――過去にもカラーの集落を守ってくれた恩人ですからね」
「!」
僅かに驚きを見せるハンティ。知っていたのか、と言った様な表情だ。
無論、レガリアは知っている。過去の文献は読み漁った。その中の記録の一つに、人間の軍勢からカラー達を守った魔人や使徒達の記録が残っている。
だからレガリアは、魔軍の事は嫌悪していない。むしろ、人間を苦しめる仲間だと思ってるくらいだ。
「魔軍とは、同盟国――とまではいかずとも、中立として今まで敵対しないでくれましたよね? 詳しい意図は知りませんが……おそらくは、皆様が働きかけてくれたのでは?」
「…………」
沈黙が帰ってくる。しかし、沈黙は肯定を意味する、とはよく言ったものだ。その意志は手に取るように分かる。
「であれば……中立の立場として、少し交渉を受けてもらうくらいは構わないのではないでしょうか。そちらとしても悪い話ではありませんよぉ?」
「……例えば?」
ペールの問いかける言葉に、内心で笑みを深くした。乗ってきた、と。
それを覆い隠しながら、レガリアは言う。それは、
「そうですねぇ……例えば……我々が近い内に人類圏を支配します。それを、魔軍に献上致しますので、代わりに魔王様の配下にしてもらい、カラーの管理官としてもらうというのは……?」
言った。
あくまでも仮定のやり取りではあるが、その目的を伝える。
それを聞いて、ペールは満面の笑みを浮かべてくれる。レガリアが期待し、顔を綻ばせる。その答えは、
「――――馬鹿なんじゃないですか?」
拒絶だった。
ナイチサ「さぁて、来週の魔軍参謀は? 余に報告せよ、ザビエル」
ザビエル「はっ。ザビエルです。最近、地獄で国取りが忙しくて充実した毎日を過ごしています。使徒達も活き活きとしています。我を苦しめるレオンハルトもここにはいません。いるのは鬼だけ。我はハッピーです。次回は――」
煉獄「“ペール、先人からの言葉。現女王を口撃する”。“レガリア、陵辱乱交。恥辱の極みを受ける”。“カラー王国滅亡の日。そしてクライアは……”の三本ですな」
ナイチサ「フフフ、明日も愉しみだな……また見るがいい。じゃんけん――ぽん。フフフフフ……!」
ザビエル(ナイチサ様がやると不気味だな……)
※次回でカラー王国編は終了です。