――集落北西の高原
既にそこでは数多の血が流れていた。
その血を流すのは人間で、血を流させるのは――魔物。
「おら死ねぇ――!!」
「ぎゃああああああああっっっ!?」
「ぐっ! 怯むな! 陣を崩さないようにしながら耐え続けろ!」
魔物の猛攻に集落の兵達は、木と尖った石で出来た長い槍を突き出すようにして耐え続ける。この集落特有のこの武器は比較的守ることに優れていた。
だが、それを見た魔物達は怯えることなく突っ込んでいく。
「ヒャッハー! そんなもの効くかぁ!」
「ぐぁっ!?」
数と力で勝る魔物に槍を払われ、無残に殴り飛ばされる兵。
「どんどん殺してやる――」
「炎の矢!」
「ぐぁぁッ!?」
「おらぁっ! 魔法打ったな? なら死ね――!!」
「ぐうぅ!」
この時代では数少ない魔法を使える者が魔物を倒すも、他の魔物にその隙を狙われてしまう。
戦場は魔物達――魔軍の優勢だった。
「このままでは……!」
全滅もありうる、と兵をまとめる隊長も消極的に考える。
魔物の攻勢がいつにも増して激しい。
更にいうなら先日にも魔物が攻めてきたばかりであり、連日の攻勢で兵達は疲弊している。王の不在も大きい。早く来てくれねば今度ばかりは――
撤退も視野に入れるべきか。それを考えざるを得ない。
「おいおいどうしたぁ!? いつもの威勢がねぇぞ!!」
「ぎゃあああ! がっ! た、いちょ……」
「くっ!」
今も目の前で部下が一人やられた。いや、別の場所でも次々と兵がやられている。
そして次は――
「おらあ! テメェが隊長かぁ!?」
「っ!」
眼の前に来た魔物兵を迎え撃とうと槍を手放し、剣を抜いたその瞬間。
ぼとり、と。
魔物兵の身体が2つに別れた。
「ばっ、な……」
何が起こったか解らず魔物兵は倒れる。近くにいた魔物は謎の現象に戸惑い立ち止まり、兵達はその現象を起こした人物を連想し、そしてその姿を見つける。
切り揃えられた黄金の髪に蒼い瞳、そして銀色の直剣。
自分達の集落の王であり、最強の人物。
剣の王であるレオンハルト。
彼は兵達を、正確には隊長に視線をやると短く。
「すまない。遅くなったな」
と謝った。
その瞬間、兵達から咆哮が上がった。
「王が来たぞ――!!」
「おおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
士気が最高潮に高まったこの瞬間、それを見逃さずレオンハルトは声を上げて指示を出す。
「俺が中央に突っ込む! 体力有り余ってる奴らは剣持って付いてこい! 残りは槍持って敵の前面を押し返せ!」
「了解!!」
その言葉と同時にレオンハルトは言葉通り敵の中央に真っ直ぐ突っ込む。
「人間一人来たからなんだってんだ! 死ねッ!」
魔物兵が突っ込んでくるレオンハルトを攻撃しようと狙いを定める。
だが、それでは遅かった。
ブン、とレオンハルトが剣を振る。
それと同時に――
「がはっ――な、速い……!」
前面にいた魔物兵が斬り捨てられる。
レオンハルトと魔物兵の攻撃の間合いが触れ合うその瞬間、魔物達は次々と身体を真っ二つに両断されるのだ。これには魔物兵も怖れてしまう。
「ひぃっ! ば、バケモンだっ!?」
「え、ええい! 怯えるな! 相手は一人だぞ!」
と魔物兵よりも人間に近い姿を持った個体、魔物隊長が発破をかけるも、
「死ね」
「がが、あっ……」
最初から狙いを付けられていたのか、真っ直ぐに魔物隊長に向かってきていたレオンハルトに言葉少なに斬り捨てられる。
これにより周囲の魔物は更に狂乱させられる。
「に、逃げろ! あんな奴相手にしてられるかっ!」
「で、でも……持ち場が」
向かってくる金髪の死神を恐れ、魔物兵の動きが鈍くなる。
そしてそれを許す程、人間の兵は甘くなかった。
「今だ! 突っ込め――!!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
隊長の号令により、槍を捨て、剣を抜いた兵達が隙を見せた魔物兵達に刃を突き立てる。
これにより何体もの魔物兵が亡骸を晒した。
「ぐうう、言わんこっちゃない! 人間を迎え撃て――!」
「王に続け――!」
かくして戦場は更に苛烈さを増していった。
その渦中におり、今も前面にいる敵だけを斬り捨てながらひたすらに足を進めるレオンハルトは――
……はぁ、面倒だな。
内心、戦いの面倒さに憂鬱な感情を抱いていた。
というか何だ、今日は。やけに魔物の士気が高いし、数も多い。これは魔物将軍一人じゃ足りないかもな。
解説すると魔軍の指揮系統は魔物将軍、魔物隊長、魔物兵の順で階級が定められている。
まず、魔物兵。不思議な緑やら赤やら青やらのスーツを着た奴らだ。
え、魔物ってもっと色んな種類がいるんじゃないの? なんで同じ見た目の奴しかいないの? とかそういう疑問を持つのはしょうがないだろう。
魔物は様々な種類が存在する。そりゃあもう沢山だ。前世で知っている筈の俺が把握出来ないくらいには沢山いる。
それらはやはり生態が全然違う。移動方法も攻撃方法も何が得意かも何もかも違うのだ。
そんな様々な連中が寄り集まって部隊運用するなんてのは不可能じゃないにしても効率が悪すぎるし、何より魔物隊長や魔物将軍はあのスーツを着た魔物兵でないと指揮することが出来ないらしい。
そこであの不思議スーツ。あれには魔物の性能をある程度同じにする力がある。あのスーツを着れば姿形が違う魔物達も全員一律同じ姿、攻撃方法に統一されるのだ。
そのため指揮、運用がしやすくなる。なら、同じ魔物だけで統一したら魔物隊長は指揮出来るのかとか疑問もあるがその辺は知らない。
とにかく魔軍の大部分はあの魔物兵であるということだ。ちなみに、一応赤、青、緑の順で強いとのこと。といっても緑でも人間より余裕で強いんだが。理不尽。
続いて魔物隊長。魔物隊長は魔物兵を二百体まで指揮出来る。魔物隊長に指揮されることで魔物兵は初めて組織的な動きを為すことが出来るのだ。当然、魔物兵よりも強い。
そして魔物将軍。こいつは魔物隊長を百体まで指揮することが出来る。
つまり魔軍の一個軍の単位は二万となる。
この規模の魔軍に攻められたら基本的に人間は為す術がない。唯でさえ一兵一兵の強さが向こうの方が上であり、数の上でも向こうの方が上だ。人間は戦える奴は限られているしな。
さて、しかし魔軍にも明確な弱点が一応存在する。
それを俺は今、狙ってひたすら奥に進んでいる訳だが――って、いた。
「! 人間がまさかたった一人でここまで……お前が剣の王だな」
どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。
腹に大きい球体、鎧に手足を付けた全体的に丸っこい姿のモンスター、魔物将軍だ。
……どうでもいいが、剣の王って呼ばれるとどっちつかずの感情が俺をかき乱す。前世基準で言うなら中二病的で痛いはずなんだが、当の俺は少し格好いいのでは? と思ってしまう。
結果、俺は否定も肯定もしない。
「俺が誰かなんてどうでもいいだろ」
俺は短くそう返答して、相変わらず真っ直ぐ突っ込む。
「くっ、魔物兵! 迎え撃て!」
「はっ!」
魔物将軍が少し焦ったように周囲の部下に命令する。それにより大勢の魔物兵が俺を数の暴力で押し潰そうとしてくるが付き合う義理というか意味もない。
俺は進路上にいる魔物兵を数体斬りつけて、道を空けさせると魔物将軍の元まで跳躍した。
「ちぃっ! だが、その態勢では攻撃は躱せんだろう!」
魔物将軍が舌打ちをし、高く跳躍して向かってくる俺に拳を振り上げてくる。
「――!」
「なぁっ!? くっ――!」
剣を相手の拳に合わせるように受け流すと、そのまま魔物将軍の足元に着地。
そして踏み潰そうと動く魔物将軍よりも速く、剣で腹を掻っ捌いた。
「ぐぅうっ! な、なんて人間だ……」
その言葉を最後に魔物将軍はその巨体を地面に倒れ込ませた。
「しょ、将軍っ!?」
「うわあああああ!? 将軍がやられたぞ!!」
「お、おい、どうするんだ? やるのか?」
「俺は嫌だからな! お前ら勝手にやってろ!」
「おい、ふざけるな! 敵が目の前にいるんだぞ! やるんだよ!」
「じゃあお前最初に行けよっ!」
「はぁっ? 冗談じゃねぇ! あんな化け物に最初に突っ込んだって死ぬだけじゃねぇか!」
「なら俺もごめんだ!」
「ひぃぃぃ!! 俺は逃げるからな!!」
「俺も!」
魔物将軍を殺された魔物兵は収集がつかなくなったようで、それぞれ好き勝手に行動し始める。その大部分は逃走しようと動いており、数少ない戦おうとする奴らも将軍を倒した奴を相手にはしたくないため、その役を他の奴に押し付けようとする。
そう、魔軍は頭を潰されると瓦解するのだ。
魔物将軍や魔物隊長がいれば組織だって動ける魔軍は、逆に言えば彼らが居なければ組織だった集団行動を取ることが出来ない。
更に言うなら魔物の社会は力がモノを言う縦社会で、魔物隊長や魔物将軍は魔物兵よりも強い為、自分より強い奴を倒した相手に対しては足踏みしてしまう。
これが魔軍の弱点だ。
魔物将軍を倒しさえすれば後は烏合の衆でしかない。
まぁ、魔物将軍は基本的に陣の中央や後方にいて前面で指揮を執ることがない上、周囲に大量の魔物兵がいることも確実であるため、そこまで辿り着く事が出来、なおかつ倒すことが出来ればという限定的な弱点ではあるが。
うちの集落は大体この戦法で勝ってきた。ていうかこれ以外魔軍の倒し方ってあんのか? あるなら教えてほしい。
さて、いつもなら攻めて来ているのは一個軍だけであるため魔物将軍を倒した時点で終了なのだが、この規模だともう一体か二体は倒さないといけないだろう。
魔物将軍程度なら負けることはないだろうし、仮に危なくても逃げるくらいは出来るだろう。
俺は周囲の敵を斬り払うと、次の魔物将軍を見つける為に陣をもう少し深くまで進むことにした。