――SS300年
第三世代メインプレイヤーである人間の時代であり、魔王スラルの治世が始まって300年。
人類は未だ魔軍の脅威に脅かされていた。
だが彼らも300年の間、全くの進歩が無かった訳ではなかった。
その最たる事、それは約100年前に起こった――国家の誕生である。
この頃になると魔軍の脅威はほぼ全ての集落が知ることとなっていた。魔軍が散発的に、勝利して支配する為ではなく、まるで人間を苦しめるような侵攻を何度も繰り返していたからだ。
魔軍は人間に勝利すると適度な略奪、暴行を行って十分に楽しんだら去っていく。それが人間達には周知の事実となっていた。それから暫くの間、その地域の集落に魔軍は攻めてこない。集落の復興には都合の良い事この上ない為、当初は魔軍は撤退したのではないかと喜んでいた。
だがそれがぬか喜びだと分かったのは復興が終わり、平和な日常が戻ってきた頃。魔軍はそれを見計らっていたかのように再び攻めてきた。復興を終えた集落は再度、魔軍との戦争の日々を送ることになる。
そして再び人間側が敗北した時――惨劇が集落に降りかかった。
男は魔物に遊び感覚で殺される。女は性奴隷として魔物の欲望の捌け口にされる。そうしてしばらく愉しめば、魔軍は人間を解放して去っていった。
それが何度か繰り返された時、少なくない人間が思った。
このままでは魔軍には勝てない。もっと多くの戦力で立ち向かわなければ人間はいつまで経っても魔物の玩具のままだと。
最初に声を上げたのは大陸東にあるとある集落。この集落はどういう訳か、魔軍の被害に遭わないどころか、いつからか一切魔軍が寄り付かない事で有名だった。故郷が魔軍の被害に遭い、心体傷ついた多くの人がそこに辿り着き平和な日常を送る。一種の安全地帯、人間にとっての理想郷としてもその名は轟いていた。
このまま何もしないで大人しくしていれば平和を謳歌する事が出来る。
しかし当時の王はそれを良しとしなかった。
周辺の集落を併合してより大きな集落――人類史上初の国家を建国した。
更にはそれをお手本とし、幾つかの国が生まれた。人類はより沢山の人々と団結して力を合わせることで強大な力を持つ魔軍に対抗しようとしたのである。
だが、現実はそう甘くはない。多少戦力差を縮める事が出来ても、それでも強力な魔人に率いられた魔軍の侵攻を防ぐことは出来なかった。
しかし全く無意味ということもない。これにより魔軍との戦いは、少なくとも一方的にあっさりと負けてしまう程ではなくなった。
未だ魔軍の脅威は健在。中ではそれに絶望した人間達が神という架空の存在を作り上げ、祈りを捧げる風習があった地域では、何の因果か爆発的にその数を増やしていった。
宗教の起こり、その始まりであり――後のAL教と呼ばれる宗教団体の前進組織である。
彼らもまた各地に信者を増やして、魔軍へ抵抗を続ける国々に協力したといわれている。
文化や技術も、魔軍に比較的襲われにくい地域、国を中心に発達し続けており、人間という種の多様性が段々と発揮されている。
世界は未だ黎明期。混沌とした世界で各地の人間は必死に今を生きていた。
――とある戦場
「今日も甚振ってやるぜ人間様よぉ――っ!!」
「ぐあああっ――!」
「おのれ魔物め! 返り討ちだ!」
「がふっ……ぐ……人間如き……がっ……!」
怒号と共に武器が、弓が、魔法が飛び交い血飛沫が舞う。
人間のある国と魔軍との戦い。これまでに何度か繰り返され、人間側の軍は魔軍を幾度か追い返していた国境沿いでの戦闘。人間側は自国の地である事の有利、これまで何度も魔軍と戦ってきたことによる経験によりそれを行えていた。
だが今日の戦い、どちらが勝っているかは一目瞭然であり、その原因もはっきりしていた。
「死ね――っ!」
「――おおっと」
「がぁ……はっ……」
「くたばれ化け物――!!」
「へっ、気合入ってるな――っと」
「ごふっ……はぁ、はぁ……ちくしょう……っ!」
次々と人間の兵士が褐色の男に向かっていってはその屍を晒す。一見只の人間に見えるその男は、しかし近くでその存在を感じるとそうでない事がすぐにわかる。
そう、彼は魔軍の旗頭であり、魔王の忠実なる下僕である――魔人。
「ようし、俺達も突っ込むぞ! 野郎ども、気合入れてついてこい!」
「おぉ――!! ガルティア様に続け――!!!」
「お前らも頼むぜ」
「――――!!」
部下に檄を飛ばして剣を振るうのは――魔人ガルティア。
緑髪に刺青を入れた褐色の肌の中心には大きな穴。そこから出てくるのは彼の大切な使徒達。
「うわっ!? 何だこの糸! と、取れねぇ!?」
「う、腕が腹から……ぐわっ!!」
「なっ!? あれはとり、か? 飛び上がって……くそっ! 届かねぇっ!」
三体の使徒。ラウネア、タルゴ、サメザン。ガルティアが人間時代から共にする戦友であり家族。ムシ使いの魔人であるガルティアの戦闘をサポートする使徒達は戦意に呼応して的確な連携をこなしてくる。その連携はとてもではないが人間では対応できないほどである。
更には赤い蛮刀――ハワイアンソードを使った剣の腕もかなりの実力であり、ガルティアの突撃によって多くの人間が蹴散らされていく。
そしてガルティアに付いていく魔物兵達も魔人の戦い振りにその勢いを増していく。
「…………」
「ふはは! 人間如きがガルティア様に敵うわけないだろう!! 進め――! ……って、あれ? どうかしましたかガルティア様?」
突然、戦場のど真ん中で立ち止まったガルティアに部隊の指揮を執っていた魔物将軍が戸惑ったように声を掛ける。まさか何処か怪我をしたのか――魔物将軍が近くに寄る。
そしてガルティアは懐から何かを取り出そうと手を伸ばした。
「悪い。腹減った……肉一本食べてからでも良いか?」
ガルティアが軽い口調と共に懐からこぶし大よりも大きい骨付き肉を何本も取り出す。
魔物将軍は想像を裏切られ思わず叫んだ。
「ガルティア様! それは一本と言いませぬ! せめて一本だけにしてください!」
「固いこと言うなよ……んぐ、もぐ……おお、塩加減が絶妙だぜ、この肉。これなら冷めてても美味い。ほれ、お前も一口」
「んぐっ!? ぐぐっ……ごくっ……むっ、確かに美味いですが……」
「だろ? もうちょっと食べてこうぜ」
「…………いえ! 折角ですがそういう訳には参りません! 作戦通りに動かねばなりませんので!」
「ちっ、惜しいな」
「あの方のご命令ですので」
魔物将軍のてこでも動かない様子を見て、ガルティアが軽く惜しみつつ肉を収めると、それを受け入れて再び戦意を高める。さすがのガルティアも同胞にキツく厳命されていれば動かざるを得ない。
「しゃあねぇな。それじゃあ突っ込むか……よし、メシ前の腹ごなしだ野郎ども!」
「はい――者共! ガルティア様の突撃に続け――!!」
「おおおおお――――!!!」
「勝ってメシをたらふく食うぞ――!」
「おおおおおおおおおおおおお――!!」
ガルティアと魔物将軍の号令で魔物兵が士気を高める。それにぶつかった兵士たちは容赦なくその命を散らしていった。
そして一方その頃。
人間と接敵する前線。その少し後方の部隊は、戦場の魔軍に指示を送る――魔軍の本陣であった。
その中心で魔物兵が次々と戦場の報告を持ってくる。情報の伝達速度は勝敗に大きく作用する。故に密な連絡を取り合う事を指揮官は厳命していた。
今も魔物兵の報告を聞いた魔物将軍が意見を仰ごうと口を開く。
「ガルティア様の部隊が敵陣で立ち往生。そしてその後に再び突撃……? 一体何があったのでしょうか?」
「不測の事態であるのならば確認次第こちらも前線を押し上げますか? こちらの優勢ではありますが、優勢の時点で策を取るほうが……」
「それよりも――」
「――いや、いい」
「!」
議論が飛び交っていたその場が、水を打ったように静まり返る。そして次なる言葉を聞き漏らさないように五感をその人物へと集中させる。
そして彼はここにはいない同僚に呆れるよう、息を吐いて言葉を繋げた。
「……ガルティアの事だ、どうせ腹が減ったとか言って摘み食いでもしたんだろ。まったくアイツは……」
「は、はぁ……左様ですか」
「……なれば如何しましょう?」
少し苛立ったような様子の彼に、一体の魔物将軍は臆せず意見を尋ねる。長年彼の下で働いてきた、今更これくらいで躊躇う事はない。
そんな曖昧な問いに彼は視線をあらぬ方向に向けながら億劫そうに答えた。
「……いつも通りでいい。ガルティア軍が敵陣を突破するまでは防御重視で適当にやってろ」
「はっ、畏まりました」
古参の魔物将軍が恭しく敬礼する。その場にいる殆どの魔物将軍が特に疑問を持っていないようであった。
しかし一体の魔物将軍が一歩、前に進み出る。
「……しかしこちらも同様に突撃を行えば早く決着を着けれるのではないでしょうか?」
「――――」
「っ!」
その発言にじろりと視線を向けた彼。その威圧感ともいえる無言の圧に魔物将軍は耐えかねて一歩後退る。気づけば他の魔物将軍からも視線を集めている。だが周囲に慌てた様子はない。
その理由を考える前に、意見を出した魔物将軍が思考を中断させた。彼がその問いに答えたから。
「……それだと被害が増えるだろ」
「っ! は、それはそうですが……」
それでも微々たる違いでしかない――という言葉を魔物将軍は飲み込んだ。所詮は人間の軍、昔よりは数も武器も戦術も進歩しているとはいえ、魔物兵に及ぶものではない。多少の被害が増えても突撃してしまえばそれで押しつぶせるのではないか、という考えだ。
しかしその考えは直ぐに覆された。
「早く終わらせる必要もないしな」
「……そ、それはどういう――」
「いいか?」
「っ! は、はい」
再び口を開きかけた魔物将軍の言葉を彼が牽制するように止めさせる。
彼の視線を受けて返事を返した魔物将軍は、ゆっくりと周知させるように語り始めた彼の言葉を聞いた。
「作戦は聞いてるよな。……俺達の戦術はいわゆる斜線陣からの敵陣突破、及びに崩壊……まぁ、分かってたら対応策なんて幾らでもあるような作戦だ」
「はっ、勿論です。しかし、その……」
「お前の言いたい事はわかる。ここの陣形が間延びしすぎてるって話だろ? 密集陣形にしては横に広いし、横陣にしては狭い中途半端な陣形。これじゃあこっちも前線を突破されるかもしれない。そんな事するくらいならさっさとこっちも突撃して敵を押し潰せって事だな」
「!」
彼はすんなりと魔物将軍の考えを言ってみせる。
そしてそれを肯定しながらも言葉を繋げた。
「お前の考えは間違ってないけどな。……俺の狙いは違う」
狙いが違う、なら狙いとは一体――そういう疑問を頭に浮かべる魔物将軍。彼はそんな様子を見てか鷹揚に説明を続けた。
「まず大前提だが、魔物兵の突撃を止めれる人間の部隊は今の所存在しないな。数が何倍にも多いならともかく。それに突撃する部隊は魔人が率いてる。可哀想な事に単純な突撃だろうが、斜線陣で片翼からの突撃だろうが向こうは敗北は必至なのさ。……ここまではいいな?」
「……はっ」
こくり、と魔物将軍が頷くのを見てから彼は繋げた。
「このまま待ってればガルティアが敵陣突破を果たして敵陣は崩壊。そしたら俺達は向こうと連携、挟み込んでお終い。向こうの敗北は時間の問題な訳だ」
無論、これで成功するならそれで構わない、と彼はそれを受け入れる。だがそう言うなら当然、説明に続きがある。
「なら逆に考えろ。向こうが勝つにはどうしたらいい?」
「それは……」
魔物将軍は突然振られた質問に少し思考してから答える。
「……指揮官である我々を倒す事でしょうか」
「ああ、その通りだ。これだけは何年経っても変わらないな」
正解を言い渡す彼。魔軍の弱点はその特性上、どれだけ時間を重ねても変わることがない。
即ち、敵の頭――魔物将軍や魔人を倒し、魔物兵の統制を乱すことにある。
その事実に満足そうに頷いた彼は、魔物将軍から視線を切り、それを前線に向けた。
「向こうも馬鹿じゃない。そんな事は百も承知だ。さっさと敵の首級を挙げたい状況だ。……なら、今この状態はどう思う?」
「は、この状況……?」
「こんな風に兵が間延びして中央が前線に近い位置にあったらどうなるかってことだ」
「……それは……いや、まさか」
魔物将軍の優れた頭脳がそれを導き出す。まさか、この方はその為に――。
――そう考えた直後、背後で悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあ――っ!?」
「くそっ、このにんげ――ぐぅっ!!」
魔物兵達が何者かに、いや、おそらく人間だろう。人間にその命を散らしていた。
そしてその人間はこちらの中央にまで最低限の歩みのまま突撃してきた。
「――見つけた!」
「!」
その人間を一目見て、魔物将軍は悟った。――おそらくは人間の軍の主力。
大柄な体格、鍛え上げられた肉体を包む甲冑。そして手に構えるのは普通の倍のサイズを誇る大剣。その大剣でここに来るまで魔物兵を屠っていったのだろう、血が滴っている。
その人間はこちらをぐるりと視線だけで見渡す、そしてある一点で止まると低い声で話しかけた。
「魔物将軍と――貴様が魔人だな」
「…………」
その視線の先にいるのは魔物将軍と言葉を交わしていた金髪灼眼の男である魔人。
彼はその言葉を聞いているのかいないのか、反応しないまま上から下までその人間を値踏みするように見ていた。
そして人間も見られている事に気づきながらも、それを無視して剣を突きつけた。
「貴様をここで屠り、祖国に平和を齎す……! いざ、尋常に――」
「……あー、こりゃ駄目だな」
「何……?」
人間が訝しげに眉を顰める。そんな人間を見て魔人はつまらなさそうに頭を掻いた。
「ここ数年じゃ一番弱いな。これじゃ楽しめそうにねぇ」
「何だと……!」
実力を侮辱する発言に、人間が激昂する。怒りで熱くなって突撃してしまいそうになるが、そこは何とか踏みとどまり、視線で抗議するように彼を睨んだ。
だが彼はその視線を気にも留めず、冷めた様子で口を開く。
「……ま、一応確認しとくか。お前が向こうの指揮官で良いんだな?」
「……そうだ」
「よし、なら選ばせてやる。今直ぐ捕虜になるか、それとも魔軍に寝返るか。どっちがいい?」
自身の愛国心を馬鹿にされた様に感じて叫ぶように返答をぶつける。
「ふ、ふざけるなっ! 私は貴様を殺して――」
「ああ、わかった。なら三つ目の選択肢だ――俺と決闘だな」
その単語は、騎士にとって馴染みの深い言葉であり、相手にとって縁遠い言葉だった。
故に、意味がわからずその言葉をそっくりそのまま返してしまう。
「決闘、だと……?」
「そうだ――魔物将軍!」
「はっ!」
魔人に呼ばれて前に進み出てきたのは一体の魔物将軍。彼の側近ともいえる一体。
そんな魔物将軍は懐からとある物を取り出しながら、人間に向かって告げた。
「ルールを告げさせてもらう」
「……ルール?」
これまた魔物とは縁遠い言葉であり頭に疑問符が浮かぶ。
「黙って聞くがいい。まず、一つ――決闘は三分以内にとある条件を満たした者を勝者とする」
「条件……いや、そもそも決闘など……」
「何だ受けねぇのか? なら全員で襲いかかって終いだな」
「…………」
主である魔人の言葉に一斉に反応した周囲の魔物将軍達が戦意を昂ぶらせる。――予想以上に敵将の数が多い。これは苦戦させられるかもしれない。ならば、と騎士は決断した。
「……受けよう」
「おーけー、それじゃ条件はやっぱ俺から言ってやる。悪いな、魔物将軍。……お前の勝利条件は三分以内に俺に傷を負わせること――以上だ」
「なっ……! それは……」
あまりにもこちらに有利過ぎる条件に絶句する人間。そして一瞬の後、怒りが湧き上がってくる。
そしてそれを逆撫でするように彼は言葉を続けた。
「お前の実力じゃ勝負になんねぇだろうしな。因みに俺の勝利条件はお前を殺すこと、もしくはお前が降参すること。もし俺が負けたら俺の軍は引かせてやる。それでお前が負けてもペナルティは無し。ま、首でも晒して戦意を挫かせるくらいはするけどな」
「……後悔するぞ」
「させてくれるなら願ったりだな。因みにお互い以外に危害を加えるのは禁止だ」
「……なるほど」
怒りでどうにかなりそうではあったものの、人間側からしたらあまりにも好条件。魔人に傷を付けるだけで魔軍は撤退。負けても自分が死ぬだけ。無論、自分が死ねば部隊は動揺するだろうがこのまま戦闘を続けても敗北するのは同じこと。ならば命をかけるだけの価値はあった。
「後は特にねぇな。やめるなら今の内ってくらいか」
「……いや、構わない。すぐに始めよう」
「せっかちだな……じゃあやるか――おい」
「はっ!」
騎士はその大剣を彼に向かって構える。それを見て呆れたように苦笑する魔人は、魔物将軍に指示する。
「では、立ち会いは自分が。そして時間はこちらの砂時計で計らせてもらいます。両者、異存は?」
「ありません」
「ねぇな」
「では――始め!!」
魔物将軍の掛け声、そして砂時計を反転させる。それと同時に騎士はその大剣を構えたまま魔人の懐に入り込む。そのスピードは人間にしては中々のもの。
そして騎士は大剣を振り下ろそうとしながら、分析する。
……奴の武器はおそらく背中の長剣か。さて、どうくる――?
相手の一挙手一投足を見逃さぬように集中、そして大剣を相手の頭上目掛けて振り下ろした。
だが、
「――!」
大剣はその勢いのまま大きく空振り。躱された、不味い、奴はどこに――
そうして辺りを見渡そうとして――それを中断させられた。
なぜなら、
「……やっぱりこんなもんか」
「――なっ!?」
――奴が、目の前に、一歩も動かず立っていたから。
「くっ……!」
咄嗟に目の前に向かって大剣を横薙ぎ――しかし、躱される。
その勢いを利用して反対から袈裟斬り――だが、躱される。
角度を変えてフェイントを入れる、その上での逆袈裟――またしても、躱される。
魔人は一歩も動かず、その全ての動きを見切って躱していた。
「くっ……はっ……何で……!」
焦ったように剣を振り続ける。何故だ、何故通用しない。
自分が今まで、文字通り今日まで一生かけて鍛え続けてきた剣技が全く魔人相手には通用していない。少しずつ焦りと戦慄によって汗が身体から吹き出してくる。
そんな人間を見て、魔人はどこか憐れむような視線を向けた。
「……だから言ったのによ。お前じゃ俺に敵わねぇ。俺を熱く、楽しませることは出来ねぇってな」
「戯言を……!」
「……何でもいいが、気づいてるか? もう後半分――いや、一分くらいしかねぇぞ?」
「――!!」
横目で魔物将軍が反転させた砂時計を見ると、確かに砂は三分の二を越えようとしていた。
「何もしねぇのはアレなんでな……残り三秒になったら抜く。それまでによく考えろ」
「っ……うおおおおお――っ!」
連撃。大剣を目の前の魔人に息を整える暇もない程、間髪入れずに打ち込んでいく。だが魔人はそれを顔色一つ変えずに丁寧に躱していく。未だ空気以外の抵抗を大剣には感じられなかった。
そして時間が過ぎていく。五秒――十秒――十五秒――二十秒――。
時間が進むのと比例して自身の鼓動がどんどん強く、そして早く脈打つ。激しい動きによるもの、それだけではない。
剣を振りながら確信していた。自分はその時が来れば――残り三十秒。
その瞬間に、自分は死ぬ。目の前の魔人には敵わない。彼に一瞬で殺される未来が、何故か鮮明に浮かび上がる。
時間が進むに連れて、魔人の視線はどんどん冷たくなっていく。三十秒――三十五秒――四十秒――四十五秒。
残り十二秒。
戦いはたったの三分。それだけの時間を動く事、騎士にとって容易であるはずのそれが行うことができない。
汗が大量に吹き出て、身体が震える。それは魔人による強烈な威圧感と、死が目に見えて近づいてきていることからの精神的重圧だ。
残り、十、九、八、七、六、五。
「う、うあぁぁぁあああああああああっっ――!!」
残り五秒を切った時、騎士はその手に持った誇りさえも投げ捨ててみっともなく逃げ出した。
その背中を見て、魔人が――
「――終わりだ」
「――――!」
剣を振った。
そして一瞬の後。騎士の頭だけが地面に転がる。
それを見て、魔物将軍が声を上げた。
「――――レオンハルト様の勝利」
「……ふん」
魔物将軍の言葉に着ていたコートに付いた僅かな血を手で拭う。
そして死体になった騎士、その首級に近づくとその兜を外して顔を確認する。
「……やっぱ女だったか」
そう言って彼は何を思ったか少しの間その顔をじっと見ていたが、視線を切るとその首を持って近くで控えていた魔物隊長に手渡す。
「いつも通り適当に宣伝させろ」
「はっ、直ぐに」
魔物隊長はその言葉を受けて前線に走っていった。おそらく数分足らずで決着がつくだろう。
彼らの、彼女の、敗因は――敵対する魔人に、魔人四天王にして魔軍参謀である金髪灼眼の魔人――レオンハルトの存在がある事を見抜けなかったこと。
レオンハルトは少しだけ気を抜いて、一体の魔物将軍に話しかける。先程、レオンハルトに意見を申した一体だ。
「これの為だ」
「……それはつまり」
「相手の心を折った方が早いし、こっちの被害も少なく終わるだろ。だから向こうから仕掛けやすくしてやってるだけだ」
そう。レオンハルトの作戦とは魔物将軍や自分がいる本陣に敵の主力を誘い込み、それを力技で潰してしまう作戦だ。そのための前線は間延びした密集陣形、不完全な斜線陣。敵の雑兵だけを前面で食い止め、実力のある人間だけを誘い込む為の振るいにかける陣だ。
無論、その前の戦闘で決着がつくならそれはそれで構わない。ガルティアが敵陣突破を果たして挟み込んで倒せるならそれでいい。
だが、魔物将軍は疑問に思う。一つだけ不可思議な部分があるのだ。
「……あの、前衛は――」
「ああ、後は俺の趣味だ」
「……は?」
疑問を投げかけようとしたところ、その発言で固まってしまう。それを見て、レオンハルトは不敵に笑ってみせた。
「強い奴とやり合うのは楽しいからな。その為に前線は薄くしてある――わかったな?」
「は、はっ! わかりました!」
「なら、いい。お前もそろそろ部隊の指揮に戻れ」
「はっ! ではそのように!」
魔物将軍を解散させると、レオンハルトは息を吐く。
今の言葉は半分は本当で、半分は別の理由があったからだ。
「頭が良い奴を丸め込むのも面倒だな……今更か」
前線を薄くしてこのような作戦を取る理由。強い人間をおびき寄せる為だけなら魔物将軍と自分が一箇所に固まるだけでもいい。強い奴は前線を固くしようが何をしようが必ず辿り着く。それは自分が一番よく知ってる。
なのにそうするのは魔軍の被害を少なくするだけでなく――人間の被害を考えていたから。
そのために、敵将の首を取って戦意を喪失させる。そして後に適当に追い返す。拠点を攻め落とせば部下に適当にガス抜きさせて解放。
魔軍における二律背反の体現者。それが魔人レオンハルトの現在の生き方。
だが、それも苦ではない。レオンハルトは剣を収めると指示を魔物将軍に任せて奥にあるテントに引っ込む。もう雌雄は決してる。後は部下に任せても問題ない。
故に彼は一冊の本を手に取ると、それを開いた。
「さて……帰る前に読み終わらねぇと。読み終わったかって何度も聞いてきてうるさいしなぁ……」
レオンハルトは暫くの間、外の喧騒を聞きながら彼女から借りたその本を読み始めた。