でも、もっと言うなら200話までにはNC期は終わらせる予定だったし、もっと言うなら200話行く頃にはGL期も結構進んでるやろ()とか最初の方は思ってました。
そんなこんなでこれからも頑張ります。今回はナイチサの食券的な話です。本編どうぞ
ある日のレオンハルト城。
昼下がり、思い思いの時間を過ごしていた主だった面子は、突如レオンハルトに呼び出された。
「非常事態だ……」
開口一番、頭を抱えたレオンハルトが珍しく顔を俯かせてそんなことを言う。只ならぬ様子の主に呼び出された者達の中からハンティが代表して問う。
「非常事態って……一体何があったのさ?」
「……ああ、実は――」
と、明らかに疲れた溜息を吐いてレオンハルトは言う。それは、
「……魔王様が、
「…………は?」
疑問符を浮かべたのはその場にいる殆どの者だった。ハンティと同様に唖然としたペールが苦笑し、
「えーっと……どうしてそんなことに?」
「ああ。それは……つい先程、こんなことがあってな――」
質問を聞いたレオンハルトが皆に向かって、ため息混じりに回想を語り始めた。
魔王城。
泣く子も黙る大陸の支配者、魔王ナイチサが座するその居城に、レオンハルトはいつもの様に呼び出されて参上していた。
……ナイチサからの呼び出しか……さて、今日は一体何だろうな。
頭の中では今回の用件についての予想を思考し始めている。魔人の最高位である魔人筆頭であり、魔軍を取り仕切る魔軍参謀という立場にあるレオンハルト。ナイチサからの信頼も厚く、個人的に話し相手や食事に誘われることもしばしばあることだ。
であれば何らかの勅命を受ける――仕事の話であるとも限らない。仕事の可能性が高いのは確かだが、それ以外の可能性も予め頭に入れておく。
そうすればどんな命令が来たとしても動じることはない。千年以上魔軍参謀を務めている頭脳は伊達ではないのだ。
予想を一通り頭に入れたところで、レオンハルトは謁見の間に辿り着く。玉座の背後、巨大なパイプオルガンの前に、魔王ナイチサがいる。音楽が好きなナイチサはこうやって楽器を弾いてることも多い。軽快な曲を弾いてる時もあるが、今回は重苦しい荘厳な印象を感じさせる曲だ。どちらかと言うとこういった曲調のものが多い。頻繁に弾いているだけあって、その腕前はかなりのものではあるがいつまでも立ち止まって聞いているわけにもいかない。前に進み出て片膝を床に突くと、
「ナイチサ様。魔人レオンハルト――御身の前に参上致しました」
「……来たか」
「はっ」
鍵盤を弾いていたナイチサの手が止まり、音色も止まる。立ち上がりこちらに振り返ると、玉座に向かって移動しながら、
「レオンハルトよ。今の曲を知っているか?」
「は……確か、500年程前の名作曲家、イヴァン・ロドロコスキーの交響曲第4番、“光の処刑”だったと記憶しております。人間の間ではもはや知らない者の方が少ないとまで言われた名曲であります」
淀み無く知識の中にある答えを出すと、ナイチサは一度頷いた。玉座に腰掛け、その続きを口にする。
「そうだ。今では学のない平民ですら、教会や劇場で耳にするというほどの名曲。だが、その名曲を生み出した名作曲家は存命時は全くの無名であったという」
音楽家についての知識。芸術分野に詳しく、そうでなくとも様々な知識を暇な時に身に着けているというナイチサは自身が下に見る人間の偉人であってもそれなりに詳しい。人間は下等だが、良いものは良いと認め、人間が生み出したからといって差別はしない。事実、音楽や絵画などの芸術、料理や娯楽、文学作品など、人間が生み出した文化を嗜むナイチサは正しく大陸の王と云えるだろう。一々敵視することはないのだ。
かくいうレオンハルトも、空いた僅かな時間を見つけて本を読んだり、情報収集で知識を仕入れているため、最近の流行にも詳しい。芸術分野もナイチサほど詳しくはないが、音楽などは嗜むし、偉人の伝記なども読むことがあるため、知識には入っている。
ただ伝記などはたまに、自分の事が書かれていたりもするため複雑ではあるのだが。
そんなことを思いながら、レオンハルトは相槌を打ち、ナイチサの話の続きを耳にする。
「このイヴァンという作曲家の曲は、生み出した当初は暗く重い曲調が不評であり、演奏家も演奏を拒否したほどであるという。評価されたのは比較的最近の話であり、百年程前のことだ」
「……ですが芸術の分野ではそういう事例も珍しくはないでしょう」
思ったことを素直に口にすると、ナイチサも同意した。玉座の上で頷きを入れて、
「そうだ。芸術の世界では死後に作品を評価されて名を残す者も多い。反対に、存命時には高い評価を受けても死後、時代の流れとともに忘れ去られていく芸術家も多く存在する。……さて、この場合、どちらが勝利者なのであろうな?」
「……芸術、という分野に於ける成功者であれば前者でしょう。人間は例え、様々な功績を残した偉大な英雄であろうと100年も経てば皆土に還ります。しかし、後世に残るほどの作品というのは、評価が覆らない限りは永遠にも等しいでしょう。……もっとも、人生の勝利者は後者でしょうが……」
「……そういうことになるだろうな」
そう話を締めて、ナイチサは少し間を置く。話の意図が見えないが、ナイチサとの会話にはよくあることだ。思慮に耽れるような哲学的な、答えの出ないような難しい話を振ってくることはよくある。
だが、レオンハルトとしては実はこういう話の方が気楽だ。ほぼ無意味な話であり、思ったことをそのまま口に出せばいいだけなのだから。
そしていつものパターンであれば、こういった他愛もない話の後に本題が来る。一旦、何らかの会話を挟みたがるのは人間の貴族らしい癖だ。それを思い、再びナイチサが口を開くのを聞いた。
「さて、レオンハルトよ。余が卿を呼び出した理由だが……心当たりはあるか?」
問われ、考える。特に重要な仕事を任されてもいないし、最近あった出来事や会話の中に、何らかの伏線のようなものはない。
となると、難しいものだ。先程、どんな用件が来ても良いように予想しておいてはいたが、それを当てるとなると難易度は格段に上がってしまう。
傾向くらいであれば何となく当てれそうだが、ピンポイントで当てるにはそれなりの情報が無いと難しい。
……先程の会話に関係でもあるのか?
そういうことも無くはない。こちらを試すような遠回しな発言はナイチサの十八番だ。
だが芸術の話に関連性がある用件は思いつきそうにない。演奏会を開きたい、とかだろうか。微妙にあり得る気もするのが怖い。
それとも物騒な方に寄せて、芸術家を捕らえてこい、とかだろうか。そして戯れに、眼の前で楽器を惹かせるとか。それもないとは言えないが、並の演奏家では、ナイチサの圧力を前にして普段通りに演奏することなど不可能だろう。ナイチサがそれを分かっているかはさておき。
仕事の方だと、やはり近頃勢力を拡大している
「……心当たりはないのか?」
そして思考を纏めている間に再度問われる。やはり分からない。これ以上は待たせるのも失礼だと思い、レオンハルトは返事をした。
「……申し訳ありません。少し、考えてみましたが特に見当たらず……」
「…………そうか……」
そこでナイチサは息を吐いた。珍しいことに、深く大きな溜息だった。
残念そうな、僅かに落胆したような、そんな雰囲気のナイチサに、レオンハルトは内心で強張った表情を見せる。
……思った通りの答えではなかった……とすると、分かって当然のことか?
こちらの答えに落胆した。それは理解出来る。
しかしナイチサも魔王だが、理不尽ではない。家臣であるという魔人達や、特に自分などには気遣いを見せてくれたりもする。分かるわけがないことを外したところでそういった態度は出ない。
となるとこちらが何かを見落としたのか。
ナイチサが再び話始める前にもう一度考えてみるが――やはり浮かばない。心当たりは皆無だ。
半ば諦めてナイチサの答えに覚悟を決めていると、
「……仕方あるまい……出来れば、余の方から言いたくはなかったが……」
そんなことを残念そうに呟くナイチサ。言いたくない? 何の話だと。
こちらから言い出すのが好ましい話とは何だ。余計に分からなくなる。
表面にはおくびにも出さないが、内心で困惑しているとナイチサは一息、
「…………レオンハルトよ。いつになったら、
「…………は……は?」
その言葉に、思わず間の抜けた声を上げてしまう。ナイチサの前だというのに。レオンハルトはその語句を脳で読み取ると、戸惑いながらも咄嗟に質問を告げた。
「……招待……でありますか?」
「そうだ。魔王になってかなりの年月が経つが……余は卿の城どころか、卿の街にすら行ったことがない」
「は、はぁ……」
そんなこと知るか。魔王何だからこっちの許可を取る必要なんて無いだろう。来たきゃ勝手に来い――などと思ったが言える訳がない。来たら来たで困るのだが。特に城には。
しかしナイチサはそのことを不服そうな様子で指摘していく。
「無論、卿が忙しいのは重々承知している。その忠勤を邪魔することは王として好ましくないことだ。それに、まだ一度も訪れていないというのに、こちらから招待してくれと言い出すことは礼儀としては微妙なところでもある。故にそちらの都合の良い時まで待つことにしたのだが……いつになっても招待が来ないともなれば、さすがの余も苦言を呈さざるを得ないぞ、レオンハルトよ」
「は、はっ! 申し訳ありません! そのように考えていらっしゃったとは……」
慌てて謝る。憤怒、というほどでもないがちょっと怒っているようだ。こちらは大丈夫だが、並の魔物や人間ならこれでもショック死しかねないだろう。ナイチサは鼻を鳴らし、
「ふん、もうよい。言った様に、卿が忙しいのは承知している」
「は……申し訳ありません」
しかしこれまでの忠勤の積み重ねが活きているのか、特にこれ以上指摘されることはないようだ。少し安心しながら再度頭を下げて謝る。
……とりあえず、安心だな……。
ホッとしていると、
「――それで、いつならよいのだ?」
「……は? それは……」
またしても突然の言葉に、レオンハルトは再度固まる。
まさか、と嫌な予感を感じていると、やはりその用件は来た。もう一度詳細な内容で、
「いつなら空いている? その日に、余は訪問するとしよう」
……や、やっぱりか!?
話は終わってはいなかった。完全にやって来る気満々だ。
しかも具体的な日数を尋ねてきており、これは避けられないだろう。毎日忙しいは忙しいが、急ぎの用件でもなければ、その程度の時間くらいは作れるのだ。
レオンハルトはその場で頭を抱えたい気持ちでいっぱいになったが、ここでそれをすることは出来ない。何とか表情筋を保ちながら、レオンハルトは告げる。
「……そ、そうですね……来月――」
言う。すると、
「……少し遅いな。もっと早くは出来ないのか?」
「それは……」
催促される。もう既に、一度聞いてきたためか、とことん追求してくるつもりだった。礼儀もクソもない。
真顔になりながらも頭の中では計算を行う。本当の予定であるとか、諸々の準備も含めると、
「……であれば、時間を作りますので……来週などで……」
「……ふむ、来週か。準備も必要であるし、適当であるな。良かろう」
今度は納得して頷いてくれる。
しかしこちらは内心ではまだ抗議したい気持ちだった。というか単純に来ないでほしい。特に街はともかく、城は自分にとって癒やしのための空間、絶対領域なのだ。
そこに自分が1番苦労させられるナイチサが来るとか、悪夢でしかないのだ。
話は聞いているだろうし、信頼が厚いことは自覚しているので余程のことが無ければ大丈夫だろうが……それでも緊張してしまうのだ。
今からやっぱ駄目って言ったらどうなるだろう、とナイチサを見上げると、
「フフ、来週が楽しみだな……レオンハルトよ。期待しているぞ」
「……はっ、精一杯饗させて頂きます……」
……これは駄目だ……!
行けると分かった瞬間、先程とは打って変わって明らかに機嫌が良くなるナイチサ。それを見て、最早観念するしかないと悟ったレオンハルトは、普段より足取りが重い様子で、城に帰ったのだった。
「――ということがあってな……」
回想を終え、皆に概要を説明すると、皆も同様に微妙な表情になった。
キャロルが首を傾げ、
「つまり……魔王様がいらっしゃいますので、おもてなしをしなければならない……ということですの?」
「ああ、それもあるが……まあ面倒が起こらないように準備する必要もあるな」
「あー、そっか。魔王が来るってなると街に住む魔物にも伝えとかないとね……」
キャロルの問いに頷くと、得心したようにハンティも街の心配をする。顔を向け、そちらの言葉にも頷き、
「ああ、そうだ。少し出入りを制限しないとな。騒ぎ……にはならないだろうが、厄介事になる可能性はある」
「どう考えても静まり返りますよう……とりあえず、城のメイド達はお休みにして引き篭もって貰います?」
そして街の魔物もそうだが、城に済むメイドなどは更にマズい。長年生きて、レオンハルトや他の魔人と接してるため多少は免疫が付いただろうが、それでもただの人間に過ぎないのだ。魔王を目の前にしたら仕事どころじゃない可能性がある。
それにメイドの中にはナイチサにトラウマを持つ者もいるのだ。それも考えてシフトを組まなければならない、とペールの言に同意し、
「ああ。当日は最低限の人員だけで相手をする。使徒のお前達とメイド長、後は……料理長も大丈夫か」
「はい。メイド長の名に懸けて、どんな相手であろうと誠心誠意もてなして見せましょう」
「フハハハハハハハハハッ! 勿論でありますレオンハルト様ぁあああああ! 今代の魔王様へ料理をお出し出来るッ! それを思うと料理人としての血が騒ぎますぞッ! 腕が鳴りますなぁ……!」
柔らかな笑みを見せて、メイドとしての挟持を語るメイド長さんと、物理的に腕を鳴らしている料理長。どちらも全く動じていない普段通りのもので、安心出来る。職務に対する安定感は抜群だ。この二人は特に問題ないだろう。
「後は計画を立てないとな……」
「とりあえず、魔王様が来るのに相応しいお店の厳選と、予約はしておきますの? 貸し切りで」
「そうしてくれ。後、勿論貸し切りだ」
でないと他の客が死ぬ。
だが予約はするが、ナイチサがふらっと気が向いた店に入る可能性もある。それを考えると意味ないかもしれないが、その場合は魔物達には我慢してもらうしかない。
……とりあえず、今から動かないとな。
特に城などは、見られてはマズいものもある。隅から隅まで探索することはないだろうから大丈夫だが、念には念を入れておこう。
……接待の準備をしないとな……はぁ……。
魔王相手に接待をしなければならないと思うと、とても憂鬱だった。
そうしてしばらく、レオンハルトは準備の奔走し、無事当日を迎えた。
一度魔王城にナイチサを迎えに行き、一緒に街へと向かったのだが、既に迎えに行った時点で、
『劇場やスポーツ施設もあると聞いたな……フフフ、楽しみだ』
なんかうきうきだった。レオンハルトは若干テンションが下がった。
もうこうなったら手早く紹介して手早くスケジュールを消化してしまおうと心に決める。街を前にして、
「ほう、ここが……」
「はい。ここが私の治める魔物の街――レオンハルトシティです」
紹介するためなので仕方なく口にしたが、何で自分の名前が付いてるんだろうと思い恥ずかしくなる。自分でこの名前を言わなければならないとか拷問だろう。
そうして、レオンハルトはナイチサを先導して街に入った。中に入ると予め聞かされていた魔物兵達が普段通りの生活から道を開ける動きに変わる。
それでも動きを止めないのは、出来る限り普段通り生活しろ、と伝えたからだ。
眺めるものもいるが、動くものもいる。それを見たナイチサは興味深そうに、
「ふむ……聞いた通り、魔物達が自然に文化的な生活を送っているようだな……」
「はっ。これだけのものを用意すれば、日々の生活にも張りが出てきます。特に魔物は、あまり娯楽というものを知りませんでしたから」
「なるほど。こうやって多くの娯楽や食料を餌に、秩序を作り、統制された軍隊を作る一助としているわけか。ふむ、興味深い……」
街を眺めているナイチサ。その様子に幾人かの魔物兵がかなり緊張しているようだが、少し我慢して欲しい。じっとしていれば直ぐに終わる。
「……では、幾つかお勧めのお店がありますので、そこを紹介しましょう」
「うむ、期待しよう」
そう言って、ナイチサを連れて接待を行う。その辺りは順調だった。
まずは食事に連れて行く。今日はまだ何も口にしていないらしい。昼食として連れてきたのは、ある一つのお店だ。
「……ここが卿のお勧めのお店か?」
ナイチサが若干怪訝そうな眼で見てくるが、レオンハルトは自信を持って頷く。
「はい。ここは私が個人的に贔屓にしているお店――大衆食堂“食仙人”です。さあ、入りましょう」
「……ああ」
やはり不審そうにしながらも、一応こちらを信用しているのだろう。入り口の戸を開けて入るこちらに、ナイチサが続く。
だが不審に思うのも無理もないだろう。この外装、内装を見れば。
「……外観から予想していたが……狭いな」
「はい。大衆食堂ですからそれも仕方ないでしょう」
「……なるほど。人間で言うところの平民が訪れるような店ということか……」
カウンターに10席程。四人席のテーブルと、座敷のようになっている席が2つずつ。木造で出来たそこは明らかに大衆食堂。とてもではないがナイチサの様な立場ある者が訪れる場所ではない。
それはレオンハルト自身にも言えることだろうが――しかし、レオンハルトはここを実際に贔屓にしてたまに訪れていた。
その理由を、ナイチサへ勧めた理由と一緒に語る。それは、
「ここは魔物兵達に人気のお店です。多少、狭いのはともかく、味は確かです」
「……だが」
「それにナイチサ様はこういったお店に入ったことがないのではありませんか?」
「! ふむ、それは確かに……入ったことはないな……」
ナイチサも元人間だろうが、貴族のような高貴な身分にあればこそこういった店には入ったこともなければ、大衆料理など殆ど口にしたことがないはずだ。
だからこそ選んだ。高級料理などは食べ慣れている。料理長が作ればそれも充分美味しいものだが、そちらは後に回して、まずはここだからこそ楽しめる場所を選ぶのだ。
……高級料理店を選べばいいというのは貧乏人の発想。真の金持ち相手には普段は行かないこういう場所を選択するのがベターだ……!
食べ慣れてる相手に食べ慣れた物を出してもつまらない。せっかく普段来ない場所に来たのならそこでしか食べられないものを食べさせるのみ。
それにレオンハルトは高級料理も食すし、ガルティアほどではないが食に拘っているが、こういった食事の方が好みだった。薄味の上品な味付けも悪くないが、旨味をこれでもかと詰め込んだ濃い味付けの料理が好きなのだ。料理長などはその辺も加味して作ってくれるが、雰囲気も合わせて、人を選ぶような完璧でないが故の料理も食べたくなる。その辺にマッチしているのがこの店だった。
思考としてはこっちの方が貧乏人の様なものだ、とレオンハルトは評する。そんなこんな思考を回していると、ナイチサも納得したのか、
「……良いだろう。知らずに否定するのは愚か者のやることだ。余の口で実際に食し、その上で評価しようではないか」
「はっ、そう言って下さると思っておりました。既にこの店でお勧めの品を作るようにと伝えておきましたので席に座って待ちましょうか」
「うむ」
椅子を引いてテーブル席に座らせる。レオンハルト個人としてはカウンターの一番奥か、座敷が好きなのだがナイチサはどちらも好まなそうなので普通の席にした。自分も対面に座り、暫し料理が来るのを待つ。
予め、店に来たらこの料理を持ってくるようにと伝えておいた。注文の際に店員をしている女の子モンスターの金龍とかが怯えてしまわないようにだ。直接顔を合わせないなら大丈夫だろう。
しばらくして、
「はーい! お待たせ致しましたー!」
元気の良い声とともに料理を運んでくる者がいる。チャイナ服を来たその少女は、レオンハルトは勿論のこと、ナイチサにも見覚えのある顔だった。
ナイチサが気づく。料理を運んできた彼女の顔を見て、
「ん……卿は……確か、レオンハルトの使徒の……ペールと言ったか」
「はい。今日は魔王様が街に来るとのことで、微力ながら街を紹介するレオンハルト様のお手伝いをさせて頂いております」
「そうか。大義である」
「過分なお言葉を頂き、感謝します」
と、告げて一礼。普段はアレだが、こういった時はちゃんとすることが出来るので問題ない。
ナイチサも特に気にした様子もないようだ。それよりも料理が気になる様子で、
「ふむ、色々ある様だが……幾つか知っている物もあるな」
「はい。こかとりすの唐揚げ、とんぽーろ、天麩羅、厚焼き卵、ラーメン。どれもこの店では定番のメニューです」
「左様か。ならば、早速頂くとしよう」
ナイチサが食器を手に取り、料理の中から一つ――まずはとんぽーろを手に取る。
そしてゆっくりと口に含み、咀嚼すると、
「……なるほど。こういう味なのか……」
飲み込んで、感心する様子を見せる。そのタイミングでレオンハルトは尋ねた。
「お味の方は如何でしょう」
「確かに、悪くないな。次は――」
満更でもない様子で、次々と食べ進めていく。すると意外にも気に入ったのか、
「……魔物兵も、思ったより良いものを食べているのだな……」
「食事は魔物達にとって1番の娯楽といっても過言ではありません。食事事情についてはかなりの力を入れました」
レオンハルト軍やこの街に限ったことでもない。魔軍の遠征中、他の軍などでもそれなりに良い物が食べれるようにはなっている。レオンハルト軍やガルティア軍が1番拘っているだろうが、魔物兵の食事が思ったよりも良いものであることには違いない。
そうして食べ終えると、レオンハルトとナイチサは店を出て今度は娯楽施設に向かった。劇場、各種スポーツ施設。安牌であるのは劇場であるし、そちらにもちゃんと向かうが、サプライズとしてレオンハルトが用意したのは、
「次は食後の運動と参りましょうか」
「運動というとスポーツか。しかしこれは……一体何と言うものだ?」
街の外れ。新しく開発したその場所は緑の丘を利用したとあるスポーツの施設だ。
実験的に作ってみたそれが今回、ようやく役に立つ。
木の棒のようなものでボールを飛ばして穴に入れるスポーツ。その名は、
「ゴルフと言うものです。この木の棒を使って白いボールを飛ばし、遠くの穴に入れた方の勝利となります」
「ふむ、加減が難しそうだな」
ナイチサが言う通り、魔人と魔王の力では中々加減が難しく、ボールを何個も無くしてしまったりもしたが、最後の方はどちらも慣れて、それなりに楽しめるようになった。
「なるほど、これは如何に手加減出来るか、という部分が肝なのだな」
「……そういうことです」
違うと思うが、そういうことにしておこう。ゴルフが出来るのも魔物将軍や魔物隊長以上の者に限られるだろうしな。
そして最近気づいたが、身体能力がある程度均一でないと、スポーツは成り立たないのだ。
たまに身内とテニスをしたりするが、ハンティやケッセルリンク、ガルティアくらいならともかく、他の相手に力を込めてショットを打つと――死にかける。この間もハンティがテニスをしてペールをKOしていた。テニスはそういう競技ではない。
なので身体能力が劣る相手だと手加減が必須なのだ。
そのうち、また余裕があればスポーツ施設を作りたいが、最近はまた忙しいのでいつになるか分からない。このゴルフ場もつい最近、魔物将軍達がテニス以外にも何か新しいことがやりたいと言うので、仕事のボーナスがてらに作ったものだ。
そのテストも兼ねてやってみたが、コースの長さを思わず人間基準で作ってしまったので、全力で打つともれなくOBになってしまう。改良の余地ありだな、と頭に書き留めながら劇場で劇を観覧する。
「ほう、随分と見れるな。この演技や演奏は一朝一夕では身につくまい」
「お察しの通り、有志の魔物達が劇団を開いております。空いた時間によく練習しているようで」
劇場で劇を行っている者達は全員魔物兵の中身。男の子モンスターや女の子モンスター達だ。良い息抜きになっているらしい。
「脚本も出来が良い」
脚本は結構前からペールが暇を見て書いているらしい。腐っても物書きなのでかなり出来が良い。普段からそういう作品だけ出すならこちらとしても不安が無くていいのだが、どちらかと言うとペールはアレな方の作品に力を入れたいらしいのでその願いは叶わない。
昔の様にケッセルリンクがたまには出ないかと、主にペールにお願いされているらしいが、本人は少し恥ずかしいらしく、断り続けている。それだけが理由ではないかもしれないが、まあそれはいい。
気がつけば劇も終わり、日も落ちる頃。とうとう城にナイチサを招き入れることとなる。
予定としては少し早いが、ナイチサを連れて城門を潜り、城内に入ると、
「お帰りなさいませご主人様。魔王様も、本日はようこそおいでくださいました。心より歓迎致します」
「良きに計らえ」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
メイド長さんはさすがと言わざるを得ないだろう。魔王を目の前にしながらも、普段と全く変わらない淀みのない動作で一礼し、自然に先導してくれる。
ナイチサも、相手が一使用人であるため一々声を掛けたりはしないものの、不快には思っていないはずだ。一声掛けただけでも問題ないことが分かる。
廊下を行き、食堂に向かう途中、ナイチサは周囲を観察しながら、
「……中々に良い城であるな、レオンハルトよ」
「はっ、有難うございます」
「魔人の頂点に立つ卿に相応しい城だ」
「過分なお言葉、恐れ入ります。ですがこれでも持て余しているのが現状でして……」
「フ、そうか」
満足がいくものだったのか、微笑を浮かべる。それを見て、
……どうやら、無事に終われそうだな。
と、内心で一息つく。
後は食事を取れば予定としては終了。ひょっとしたら、暫くは会話に興じたりはするかもしれないし、城の中を見て回りたいと言うかもしれないが、この様子だと機嫌も良いみたいだし、問題はないだろう。
城に来ると言った時はどうなるかとも思ったが、どうやらその心配は杞憂だった様だ。
そうして安心して食堂に足を踏み入れようとした時、直前でメイド長さんが立ち止まった。何かに気づいた様に、
「……申し訳ありません、魔王様、ご主人様。どうやら少しトラブルがあったようで、少し手前でお待ち頂けないでしょうか?」
「……どういうことだ?」
突然の言葉にナイチサが眉をひそめる。そしてそれは、こちらも同じだ。
そんなことを言う予定はないし、メイド長さんが何かミスをするとも思えない。本当に中でトラブルでもあったのだろうか、と思う。
しかし食堂は目と鼻の先だ。ドアはなく、廊下から直接入れる作りになっている。その直前で止まるとなると、
「直ぐそこであろう? であれば中で待つ」
「……それは――」
「――卿に許可を求めている訳ではないぞ?」
「…………」
その言葉にさしものメイド長さんも何も言えなくなる。だが、理不尽という訳ではないようで、
「余に、廊下で立ち止まっておけと言うつもりか? もし本当に中に入れないなら理由を説明せよ」
「……それは……申し訳御座いません」
一体何があったのか。メイド長さんが何かを隠そうとしている。
レオンハルトでさえも分からない。さすがにこの様子だとテーブルに吹き残しがある、とかではないだろう。であれば、と思考を回したところで、ふと気づいた。
……中に誰かいる?
それは人の気配だ。ナイチサの強い存在感にかき消えてしまいそうな気配。そのせいで気づくのが遅れた。
その事実に嫌な予感を感じ、フォローをしようとしたところで、ナイチサが足を踏み出した。
「もう良い。入るぞ」
「っ……!」
「! ナイチサ様――」
と、メイド長さんは当然、止めることが出来ない。横を通り、食堂の中に入っていく。それを咄嗟に追いかけて食堂の中を見たところで、レオンハルトは顔を強張らせた。
それは、中にいる人の様子だ。
普段通りの食堂。内装におかしなところはない。
だが――その床に、腰を抜かすようにへたり込み、顔を青ざめさせて震えるメイドの姿があった。
「あ……あ……」
「っ!?」
それはメイドの一人である――リムという少女。
レオンハルトの城のメイドの一人で、人間のメイドの中で最も古株の少女だ。
……そういうことか! これはまずい……!
何故彼女がここにいるかは分からないが、メイド長さんが止めようとした理由は理解出来た。
ナイチサに彼女の姿を見せるわけにはいかなかったのだ。
それは何故か。それは彼女が、かつて住んでいた村をナイチサに襲われ、レオンハルトに褒美として下賜されたこと。
無論、人間のメイドを飼っている、というだけならそこまで問題はない。これまでも、何十人と貰っているのだ。
しかし、問題なのはかつて自分が、ナイチサに対して彼女を助けるために、“嘘”をついたということ。
自分が女好きだと知れてからはなかったが、当時は彼女を下賜する際に、“殺せ”と命じられたのだ。
そして自分は、そのことに対して嘘をついた。彼女を犯して殺したと。
ナイチサが彼女を憶えているかは分からないが、もし憶えてたら命に反したこととなる。それはマズい。今更自分を処分などはしないだろうが、理由を追求され、命令通り、彼女を殺す羽目になるかもしれない。
何としても、それだけは避けなければならない。ナイチサが憶えていないのが一番良い。当時とは髪などの容姿が多少違うためその可能性を期待したい。しかし、
「卿、は……」
……! やっぱり憶えてたか……!
その反応に確信する。やはりどうにかフォローしなければならない。
だが咄嗟のことであることと、上手い言い訳が見つからない。言い訳を重ねてしまえば、余計に悪化する可能性もある。
どうすれば、と頭を回す。ナイチサが追求してくる前か、最初の一声で何か言わなければならない。
動じずに口を開くことは可能だが、問題は何を言うかだ。その文言が解らない。
迷い、辛うじて思考を回転させて何を言うか導き出すと、それとほぼ同時にナイチサが、怯えるリムを見て口を開いた。その内容は、
「…………ふむ、なるほど、な。メイドが食事をしており、
「……!」
決めていたフォローを言おうとして、直前で止める。そして受け答えを行おうと、
「……はは、どうやらそういうことの様ですね。これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。一応、ナイチサ様の訪問は城の者には知らせておいたのですが……」
「構わない。聞いていた予定より少し早めに訪れたであろう。であれば致し方あるまい。ミスではあるが、そういうこともあろう」
「そう言って頂けると助かります。――メイド長」
「はい。……では、どうやら驚いてしまった様なので少し部屋に連れて行って参ります。少々お待ちを」
こちらの意図を組んだメイド長さんが、即座にリムを抱え上げ、その場から消えるように移動する。言葉通り、部屋に連れて行ったのだろう。
だが直ぐに戻ってくるはずだと、ナイチサの方に視線を向けると、
「……では、座って待つよしよう」
「はっ、ではこちらに」
自ら先導して普段は自分が座っている上座にナイチサを座らせる。そして自分は別の席につくと、
「……レオンハルトよ」
「はい、如何しましたか?」
名を呼んできたので、応える。だが、
……何だ?
名を呼んできただけで、中々その先の言葉が来ない。まさか呼んだだけ、というペールみたいなことはしないだろう。やったらギャグどころの話じゃない。
それとももしかしてリムのことをやはり気づいていて、指摘するのだろうか。怒ってはいない様に見えるが、それはそれとして追求するなど、あり得ない話ではない。
何かを考えているような素振りも見せているし、今の所はその可能性が高い。
だが、ナイチサはこう言った。かなりの間を置いた後で、
「……いや……うむ、そうだな……夕食のメニューは何だ?」
「は……ああ、それでしたら料理長がディナーのフルコースを用意する予定です。その時に給仕から説明が入るかと思いますので、楽しみにして頂けたらと」
「……そうか。それなら致し方ない。楽しみに待つとしよう」
と、再び当たり障りのない――と言ったらアレだが、普通の会話を行う。
だが、いつもと違い微妙に歯切れが悪いようにも感じる。
……? 様子が変だな……。
しかしナイチサの表情も読み難い部類に入る。今の反応だけではちょっと解らない。リムのことを気づいていたようにも見えたが、追求を行うことは無かった。気づいていたのなら、何故追求しなかったのかが疑問に残る。
それとも、本当に気づかなかったのか。それもあり得る。ナイチサは基本的に人間に興味はない。800年以上昔に襲った少女の一人憶えていなくとも可笑しくはないし、リムも昔とは容姿や雰囲気が違う。それが運良く、機能したのかもしれないと、
「――ただいま戻りました」
「! 戻ったか。どうだった?」
今度はこちらから問う。主語がない曖昧な問いだが、メイド長さんは完璧に意図を察して答えてくれた。
「はい。どうやら食事の時間を間違えたそうです。夕食を取りに行こうとしたところで、魔王様が既に来ていたことに気づいてびっくりして腰を抜かしたと。私の部下が失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
説明し、最後にナイチサに向かって頭を下げるメイド長さん。おそらく、その説明は本当だろう。この場で嘘をつくメリットはないし、リスクが高すぎる。ひょっとしたらもっと詳しい事情もあるかもしれないが、そこまで言う必要はない。現にこの時点でナイチサが納得したという表情を作り、
「やはりか。うむ、そういうことであれば致し方あるまい。許そう」
「ありがとうございます」
「……ご配慮、痛み入ります」
ナイチサから許しの言葉を頂き、メイド長さんのお礼に合わせて、こちらも礼を言っておく。こういった積み重ねが大事なのだ。礼儀を示すことは大事なのだ。
……しかし……今度こそ、無事に終わりそうだな……。
一時はどうなることかと思ったが、一番の難所、ハプニングを切り抜けれたのは大きかった。
――そして今度はそのフラグを折ることに成功し、食事もつつがなく終えた後は、ナイチサを城まで送り届けて、無事接待は終了する。
「…………」
「……?」
……何だ……? やはり違和感が……。
だが帰り際、ナイチサの口数が少なかったことと、その違和感だけが、妙にレオンハルトの頭の中に残った。
バレンタイン記念小ネタ『手作り本命チョコ』
スラル「レオンハルト……」
レオンハルト「……何だ?」
スラル「今日って何の日か、その……知ってる?」
レオンハルト「…………いや、知らないな」
スラル「……今日はね、バレンタインデーらしいの」
レオンハルト「…………そうか」
スラル「……だから、私も、チョコを作って来たんだけ――」
レオンハルト「――すまん今日は忙しいまた後でな!」
スラル「あっ、ちょっと!? こらー! 何で逃げるのよっ!」
レオンハルト「ああ!? 言わなくても分かるだろ! 自分の胸に聞け!」
スラル「うっ……それはそうだけど……レオンハルトは私の料理慣れてるんだし……ちょっとくらい食べてくれたっていいじゃない……」
レオンハルト「俺に宇宙を見ろと? ……スラル。チョコを渡したいなら別に手作りじゃなく、市販の物を買ってもいいんだぞ?」
スラル「だ、だって……手作りの方が……あ、愛を込めれるかなーって……」
レオンハルト「…………ああもう、分かった分かった。ほら貸せ」
スラル「あっ……本当に食べてくれるの?」
レオンハルト「……お前が言った通り、これくらい慣れてるからな」
スラル「……えへへ、ありがと。……もし命の危機に貧したら、回復してあげるね?」
レオンハルト「優しい言葉だし有り難いが、不安にしかならない言葉はやめろ。……それじゃあ――頂きます……」
スラル「……ど、どう?」
レオンハルト「…………分かってんだろ――」
スラル「え? あ……」
レオンハルト「――ユニバァァァァァァス!!」
スラル「ああ!? やっぱり宇宙だった! し、しっかりしてレオンハルト!」
レオンハルト「す、スラル……お前の……愛は、宇宙だった……ぜ――」
スラル「レオンハルト――!?」
ハンティ「……何やってんだか……もぐ、もぐ」
ガルティア「う、美味ええええええ!? 何だこのチョコは……! 正に――宇宙!」
ケッセルリンク「……さて、私もチョコの準備を……」
ペール「ケッセルリンク様が逃げるほどの料理の腕……一体どんな味何でしょう……?」
キャロル「そういえば、わたくしも食べたことないですわー」
皆「…………」
ラウネア「…………(次回から、死滅戦争編、だよ……ユニバース)」