レオンハルトシティにある魔軍の司令部では、大柄の魔物達が集まっていた。
彼らは魔物大将軍。魔軍を指揮する魔物達で、魔人と使徒を除けば魔物社会では頂点に位置する実力者達である。
そして魔人と同じくらい、個性が強い者達でもあった。
「……それでは、定期報告会を行いたいと思うのだが……」
「うむ、私は構わん」
「……むぅ……? ここの手は……いや、駄目か……」
「っ……お、おう……は、始めろ……」
レオンハルト軍を預かる魔物大将軍リーがいつもの如く号令を掛けるが――やはりいつもの如く、他の三名は色々と問題があった。
なのでリーは、大将軍の職務、会議を無事に始めなければならないという使命に従い、一人ずつ注意していくことを決める。溜息を吐きながらまず見たのは、カミーラ軍を預かる魔物大将軍ヴラド。
何も問題ないですよ? といった風に見えるヴラドだがよく見ると明らかにおかしい。リーは、机の上に広げられた本を指して言った。
「……ヴラド。その本は……?」
「む? これか。見て分からんのか」
いや、分かるか分からないかで言えば分かるが、分かるからこそ何故今この場で広げているのだ、と心の中で指摘する。
しかし喧嘩腰になるといけない。あくまで穏便に、何も揉めることなく会議を始めたいのだ。となればリーは声を荒げることもなくその問いに答えた。
「……ハンティ様の本か?」
「何だ、知っているのではないか。なら何を聞くことがある」
いっぱいある。何故、ハンティの絵が表紙に書かれ、中身も何やら卑猥な感じの絵が書かれている本があり、何故ヴラドがそれを持っていて、何故今この場で読んでいるのか。ざっと考えただけでもこれくらいある。
だがリーはぐっと堪える。攻撃的な者が多い大将軍の中で、ヴラドは妙にプライドが高い。なので努めて柔らかな声で、
「……何故それを、お前が持っているのだ……?」
「ああ、それはだな――」
ヴラドが一旦溜めを作る。
一体どんな深い事情があるのか。いや、どんな深い事情があろうとこの場で読んでいいことにはならない。手に入れてること自体はちょっと難しい問題というか関わりたくないので保留にする。
そんなことを考えつつ、リーはヴラドの言葉を聞いた。それは、
「――私が、ハンティ様に劣情を抱いているからだ」
「…………」
堂々と言い切った。
何も恥じることはない、といった様子で、何の躊躇いもなく。
「…………そうか」
それを聞いてリーは深い溜息を吐く。一度では全てを吐き出すことが出来ず、二度目で、
「そうか…………」
と息を吐く。そして内心で、
……聞かなきゃよかった……。
死ぬほど後悔した。何だその理由は。そんな恥ずかしい理由を堂々と言うやつがあるかと。
しかしリーは主の為にもう一度だけ聞くことにする。リーが尊敬の念を抱くレオンハルト。その使徒であるハンティに、迷惑が掛かってもいけない。
なので凄い嫌だが、話を聞いてみることにする。単純に、
「……ハンティ様のことが好きなのか?」
そんなことを問うてみる。何故大将軍会議で恋バナみたいなことしてるんだ、とアホになったのかと思いつつ。
だがブラドは、
「いや、そういうわけではないが?」
呆気からんと、そう言った。
何を可笑しなことを言っているのだ、という表情でだ。
一回ぶん殴ろうかと一瞬、拳を握りしめたが、力を込め、直ぐに拳を解く。怒ってもしょうがない。何故か奥のコウウが“ひっ!?”と怯えた声を漏らしたが、あいつはちょっと前からおかしい。そっちは今は放っておくとして、今はヴラドだ。
「……じゃあ、何故ハンティ様を……?」
「……? 何だリー。貴様、そんなことも分からんのか」
「知るかボケ」
「えっ」
思わず心の中の言葉がそのまま出てしまったところで、リーは言った瞬間に後悔して取り繕う。
「……あっ、いや、今のは違うぞ。“知るかもね”と、そう言ったんだ」
「……う、うむ? そうか……ん? いやそれはおかしいぞ。一体どっちの意味なんだ?」
「噛んでしまったんだ! いいから聞かせてくれ!」
「お、おお……そこまでか。……なら教えてやろう」
と、ヴラドは一度咳払いをして、その理由を説明した。
ハンティが描かれた本、その中のページの一つをこちらに見せ、
「見ろ。良い姿だろう?」
「ん……これは……ハンティ様の真の姿と言うやつか」
「っ……」
そこに載っていたのは普段のハンティではなく、戦闘の際に見せる真の姿。ドラゴンの様な翼や尻尾が生えた美しい姿だ。
その一枚絵、というのだろうか。確かに綺麗だし、中々に気合いが入っているように見える。実際に目にしたことあるリーも、感嘆の声を漏らすほどだ。
しかしやはり遠くでコウウがビクッと反応したが、そろそろ治ってほしい。そう思いながらもうしばらく放置し、ヴラドの話の続きを聞く。
「このハンティ様の姿……いわゆる竜の様な姿……とても魅力的だとは思わんか?」
「……まあ、綺麗ではあるだろうな」
そこに関しては特に憚ることもないので素直にそう口にする。しかしそれを口にした瞬間、ヴラドがずいっと迫ってきた。
「だろう!? リーよ、貴様も話が分かる奴であったか! そうだろうそうだろう! このドラゴンっぽい形態が私は好きなのだ!」
「そ、そうなのか……あ」
と、それを聞いてふと、リーは思い当たる節を見つけて声を上げる。それは、
……そういえば、ヴラドの上司はカミーラ様か……。
カミーラ軍を預かるヴラドは、尊大で、魔物大将軍の中でも特に残虐性を見せるのだが、カミーラに対してはきちんとした忠誠を見せている。
そのカミーラはプラチナドラゴンの魔人。この状態のハンティと似た姿だ。つまり、
「この女体に異物が付いていながらも、どこか自然と調和したような造形! まるでこの形態が自然なものであるかの様だ! 人間が全員これであれば、私は趣味の串刺し刑を泣く泣く廃止せざるを得ないだろう……!」
「お、おお……そうか」
やはり、ヴラドはこのドラゴン娘のような形態が好きなのだ。
そういった性的趣向を、何と呼ぶのか、リーは知らないが、会議の場で堂々と性癖をカミングアウトされて、どういう顔をすればいいのか。リーは曖昧な笑みで頷く。
ヴラドは、完全に熱が入ったように、
「ああ……何と美しい……! この羽と尻尾を舐め回したい……! くぅ……悩ましい。こうなれば、私の趣味に合った本を作るよう、ファンクラブに依頼するか……」
そんなことを口に出す。周囲の魔物将軍が若干引いた。バルカはさすがのマイペースで全く聞いていなかったし、コウウはやはり怯えているのでそうはなってはいない。
だが今の言葉に、リーは気になる点があった。それを聞く言葉を作る。
「……ファンクラブ、入ってるのか」
「ああ、当然だ。会員証もきちんと持っている。私は2代目会長だ」
スッ、と懐から会員証を取り出してみせるヴラド。何でも、昔ファンクラブが出来た際、しばらくして加入したが、初代会長だった魔物将軍も亡くなったので会長職を引き受けたらしい。
そういえばうちの軍にいた気がするなぁ……と染み染みとしつつ、リーはとりあえずヴラドの話を打ち切った。
「わかった。……だがまあ、会議中は少し遠慮してくれ。少しでいいから」
「……ふん、仕方ない。同志の言うことなら聞かざるを得ない」
……いつの間にか同志になっている……!?
リーは内心で激しく動揺し、今直ぐ訂正するべきだと訴えたが、それを否定するとまた面倒なので、甘んじて同志呼びを受け入れる。まあ実害はないだろうと。
なので続いて、ケッセルリンク軍を預かるバルカに顔を向ける。
とは言ってもバルカの場合はいつものことだ。机の上に置かれた木の盤を指し、
「……バルカ。お前は……また将棋か?」
「……む、リー。ちょうどいい。私と同じ大将軍の頭脳を持つお前にも少し聞きたいのだが、この盤面、どうやっても先手が良くならないのだ……ここを先手の有利に持っていくにはどうしたらいいと思う? この形に持っていかれることが多いので、出来れば敗着にはしたくないのだが……」
と将棋盤の上に駒を並べて、将棋の研究をしているバルカ。
確かバルカは昔からこういった頭脳系のゲームには嵌りやすく、最近はもっぱら将棋に嵌り、魔物界将棋連盟副会長にも就任したほどだ。
魔物界での将棋の普及のために活動をしており、会長はキャロルが務めている。主に魔物将軍、バトルノートと言った頭を使う系の魔物の間で流行っている。
そして将棋を指すのはリーも例外ではない。レオンハルトが嗜むという話を聞いて真っ先に覚えたし、単純に頭脳を使うゲームとして面白いとも思う。たまに部下達と休憩中や飲みに行った時に指すこともある。腕もそれなりにあると思う。だが、
「……なあバルカ。一応今は――」
「あ、リー。将棋を指してる時の私は、バルカ六段と呼んでもらおう」
「……何だそれは?」
「知らないのか? 魔物界将棋連盟が発行している将棋の段位だ。初段から九段までがあり、九段が最高だ。ちなみにタイトル戦として“将魔戦“が今度あり、私も今度参加するのだが……今の将魔はキャロル様でな……並大抵の研究では勝つことは出来ない。だから時間が惜しいのだ……」
「……そうか」
そんなことを言われても困る。困るが、そうなのか、とも思う。
正直仕事が忙しいのであまりその辺の話には詳しくなかったが、どうやら今は段位だったりタイトル戦があるらしい。トップがキャロルなのは薄々分かっていたが。リーも一度指したがまるで敵わず、物凄く勝ち誇られた上に、“もっと強くしてやりますわ!”と将棋を教えてもらった。おかげで微妙に棋力が上がったのだが、
……今度受けに行ってみるか……。
今の自分が将棋界でどの程度の強さがあるのか興味がある。何しろ、おそらくではあるが、
「……レオンハルト様は何段なのだ?」
「レオンハルト様か。レオンハルト様は五段だな。忙しいからあまり指せていないらしいし、将棋連盟主催の大会にも参加しないので、段位があまり上げられないのだ。実力自体は私よりも上だろうが……やはり、伝説の将棋指し、ハニュー九九世の教えを受けただけはある。続々と教わったという新手を出してくるからな……」
「……なるほど、さすがはレオンハルト様だ」
やはり将棋であってもレオンハルト様はレオンハルト様だ。忙しい身分であるのに趣味にも手を抜かないのはさすがという他ない。
そして、レオンハルトがやっているとなるとやった方がいいのは間違いないのである。なので今度、将棋の勉強をしよう。
そう心に誓い、リーは先程と同様、バルカに注意を行おうとする。頷きながらも、
「まあ少しだけでいいから会議に参加してくれ。今回は報告だけで直ぐ終わるから」
「……仕方ない。同じ将棋指しの友の言葉だ」
バルカが将棋盤を少し横にずらし、居住まいを正す。何だか同類だと思われると話がスムーズに進むな、と思いつつ最後に、
「……コウウ。お前はまだ怯えているのか?」
「っ、な、なんだリー!? お、俺は怯えてなんかいねえ!」
明らかに怯えた様子でコウウが言う。というか、
「……ならもう少し近づいてくれないか? 部屋の隅から話されては話し辛いのだが……」
滅茶苦茶距離が遠い。皆は部屋の中心にあるテーブルに集まっているのに、コウウだけ部屋の隅にいる。周囲に部下を近づけさせもしない。全てから距離を取りながら、
「お、俺に近づいて何をするつもりだ……? ま、まさか、袋叩き――」
「しない。というか私や他の大将軍が共闘してもおそらくお前には勝てん」
「む!? 聞き捨てならんぞリー! この私がコウウに負けるだと!? ふん、確かに個人の戦闘力ではコウウの方が上だろうが、私にはあの能力がある。勝負は分からんぞ!」
「ひ、ヒィ!? やっぱり、この俺を皆でリンチに……!」
「いや、だからしない! 別にお前の事を襲おうなど――」
「この場で私がコウウに劣らないことを証明してやろうか!?」
「ひっ!? し、四面楚歌……!」
「お願いだから黙っててくれヴラド! 話がややこしくなる!」
「そもそも、それなりに広い部屋といっても我々がいる時点で狭いし、戦うにはスペースが足りない。このような限られた空間で多対一を行うとすれば私達が不利だろう。コウウは背中を壁に向けているから正面の相手だけをひたすらやればいいからな。私達が殺るなら、部屋を出たところを奇襲して広い場所で囲み――」
「いやぁぁあああああああっ!? や、やっぱり俺を殺すつもりで……! やめろおお! 助けてくれぇ!!」
「お前まで余計な事を言うなバルカ!!」
ヴラドとバルカの言葉に不安がピークに達したのか、コウウが部屋の隅で後退ろうとしながら壁に向かって助けを求める。
どうにもコウウは、藤原家との戦争を終えた頃からとても疑心暗鬼でネガティブな性格になってしまったのだ。以前の自信満々で粗野な性格は確かに厄介であまり好ましくはなかったが、こうなるくらいなら前の性格の方がマシだった。
頭を抱えながら、近くのコウウ付きの魔物将軍を呼びつけると、
「はぁ……いつものだ」
「はっ……おい、連れてきてくれ!」
魔物将軍が外の部下に声を掛けると、外から一体の魔物が入ってきた。
「んー? 遊べばいいのー?」
「ああ、頼む」
それは緑の髪にレオタード。うさ耳がついた女の子モンスター、きゃんきゃんだった。
最弱の女の子モンスターとして知られるきゃんきゃんは、リーの言葉を受けて部屋の隅にいるコウウに近づく。そして、
「コウウちゃーん。あーそびーましょー!」
「! きゃ、きゃんきゃん……」
きゃんきゃんを目にして、コウウが目に見えて大人しくなる。
無邪気で無防備なきゃんきゃんは、コウウの気を抑えるために今となっては必要不可欠な存在だ。最弱、という事実も手伝ってさすがにきゃんきゃんに危険は感じないのだろう。僅かに怯えの色を消したコウウにきゃんきゃんは少し距離を取ったところで屈んで、その手のにんじんを差し出し、
「ほーら、こわくないよー。るーるる、るーるるるる」
「……あれは狐を呼ぶ時のやつじゃないか?」
「気持ちは分かるが突っ込むな、ヴラド」
ヴラドのツッコミを抑えさせ、皆で遠巻きにその結果を眺める。
きゃんきゃんが差し出したにんじん、その純粋な姿に、コウウはゆっくりと近づき、
「……い、いじめない?」
「うん! いじめないから一緒に遊んで遊んでー!」
「……普通、逆ではないか?」
「だから突っ込んでくれるな、バルカ」
バルカの指摘も止めさせる。変に自分達が出しゃばるとまた怯えて発狂してしまう。
そのかいあってか、やがて、
「……何して遊ぶんだ?」
おお……、と皆が一様に感嘆の声を上げる。さすがはきゃんきゃん。誰とでも仲良くなれる女の子モンスターと言われるだけはある。
完全に落ち着いたのを見計らって、リーは努めて穏やかな声を出すようにして声を掛けた。
「……コウウ」
「っ! な、なんだ、リーか。何のようだ……?」
怯えてはいるが、まだ冷静な様子で用件を問いかけてくる。記憶が混濁してるようなのがあれだが、
「……報告会をしたいんだが……報告したら帰っていいから、ちょっと頼めないか……?」
「そ、そういえばそうだったな……わかった、やってやろうじゃねぇか……」
ゆっくりと、ほんの少しだがテーブルに近づいて参加する素振りを見せるコウウ。周囲を警戒しているが、近くにきゃんきゃんがいることで妙に落ち着いているようだ。
……これでようやく始められるな……。
会議を始めるまでが1番疲れる。始まってしまえば直ぐに終わるのだ。ゆえにリーはさっさと言わねばならないことを口にしてしまおうと、まず最初に報告を行った。
「……では、私から。まずは最近、占領した人間の都市の周辺を無断で散策していた魔物兵達が、人間の冒険者に殺されてしまった件だが……しばらくは街の周囲に個人的に外出するのは禁止とする。止むを得ない場合は最低でも一部隊単位で行動するように。――と、いうのがレオンハルト様からの命令だ。各軍、留意するように」
それは最近、頻発するようになった事件だ。
以前は散歩程度であれば許していたし、特に気に留めることもなかったのだが、最近は人間の冒険者の活動が活発な様で、数体から十数人程度で街を離れた魔物兵が、そのまま帰ってこなくなり、調べてみると死体となっていたという件が多数ある。
人間の軍が通った痕跡はないし、危険な場所というのは魔物兵にも伝えてある。なので冒険者だろうと判断したわけだが、皆もその件も覚えていたようで、
「そ、外に出るなんてしねぇよ……」
「ふむ、留意しておこう」
「……ふん、冒険者、というとたかが人間数人だろう? 兵には注意させるが、我がカミーラ軍を襲うような不届き者がいれば、私が直々に出向いて、串刺しにして磔にしてやる」
コウウ、バルカ、ヴラドがそれぞれ思い思いの感想を口にする。対策も軽く口にしながら、リーも頷き、
「……まあ、そこまで心配する必要もないかもしれないがな。一応は注意しておくのがいいだろう」
そう、注意しておくに越したことはない。命あっての物種とも言う。魔物大将軍の強さを考えればただの人間の冒険者を相手にしたところで何も起こるはずもないが、ここまで来たら最後まで働いて勇退というのが皆いいはずだ。何しろ、
……我々も、そろそろ終わりが近いからな……。
魔物大将軍として一代の魔王に仕える。自分などは訳あって先代ではあるが、皆と合わせて今代限りで寿命が尽きることとなるだろう。
魔物大将軍は再生力が高く、腹の中身のブレインさえ無事なら、例え身体を失ったとしても元通りに再生する。それだけ丈夫な種であり、魔物の頂点には相応しい力がある。
しかしだからといってその命は永遠ではない。魔人や使徒とは違うのだ。
……この4人で顔を合わせることが出来るのも、後何回叶うだろうか……。
何だかんだで同じ種族、そして戦友なのだ。それぞれが別の軍を預かっているため、喧嘩をすることもあるが、今まで魔軍のために一緒に戦ってきた戦友。他の者達がどう考えているかは分からないが、少なくともリーはそう思っていた。
だから最後まで戦い抜けたらそれでいい。それさえ叶えば未練はない。
そして何より、
……レオンハルト様に最期まで仕えることが出来れば……。
尊敬する魔人の役に立ちたい。
それが、リーの心の芯にあるたった一つの願いだった。
人類圏にあるとある街。
そこの路地裏では、とある少年が剣を振るって襲い来る敵と戦っていた。
「ふっ――!」
「ぐっ……!」
「気をつけろ、このガキ強ぇぞ!」
闇の中に紛れるようにして戦う漆黒のローブを着た男達。彼らは西部オピロス王国の暗殺部隊であった。
――彼らが何故、この勇者の少年、クエタプノを狙っているのかは話せば長くなるので割愛するが、とにかく、暗殺者達はクエタプノの命を狙って放たれた刺客であった。
暗殺者達はクエタプノの鋭い剣さばきに一人、また一人と数を減らしていく。戦いながら、“ガキが“とか、“女みたいな顔しやがって“とかばかり言われるのでさすがに頭にきてるのか、不満そうな顔で、
「……僕はもう15歳ですし、歴とした男です。女扱いは不愉快なので止めてください」
「ぐあっ――」
そう言いながら、ざくり、と暗殺者達を剣で貫いていく。――そういうところを気にするのがまだまだ大人になりきれてない証拠なのだが、クエタプノは気づかない。
そしてその間に、奥から別の暗殺者が魔法の詠唱を始めた。それに伴い、
「喰らえ、火爆――」
「スノーレーザー!」
「っ――!? うあああっ!?」
クエタプノの奥から氷の光線が真っ直ぐと暗殺者に撃ち込まれ、一撃で奥へと吹き飛ばされていく。
魔法を放った影、現れたのは赤みがかった長い髪を持つ魔法使いの美少女だった。彼女はクエタプノに向かって、
「クエタプノ! 魔法使いは私に任せて!」
「! 危なくなったら言ってくださいよ!」
両者ともに、気安い関係が見て取れるやり取りを交わし、それぞれ路地裏の敵を掃討していく。
しかし更に遠くから、彼らを狙う影があった。
「へへへ……随分とやるようだが、遠くから頭を吹き飛ばしちまえば一発よ」
男が弓矢を番えてクエタプノを狙う。引き絞り、それを放とうとした直前、
「――やらせないっ!」
「! ――うっ……」
不意に、その男の背後に影が現れたかと思いきや、男はその少女が持った刀に切り裂かれていた。
淡い茶髪の髪をした、大陸ではあまり見ない服装の美少女。彼女は身軽で素早い身のこなしで、闇の中から不意打ちを行おうとする暗殺者達を一人ずつ確実に屠っていく。
三人はそうやってしばらく、路地裏で暗殺者達と戦い続けていたが、やがて、
「――これで最後!」
「ぐ……」
クエタプノの剣が最後の一人を斬り捨て、路地裏に静寂が戻る。
すると、また別の声が聞こえた。
「……やれやれ、終わりましたか」
と、どこからともなく現れたのはフードを被り、大きめのリュックを背負った感情の読めない少年。その声を合図に、先程まで戦っていた三人は路地裏の真ん中辺りに適当に集まり、
「はぁ……もう! 何なのよこいつらっ!」
と最初に声を上げたのは赤みがかった髪をした魔法使い。彼女は憤りを吐き出すように大きな声で愚痴を言い放った。するとクエタプノが息を入れながら、
「ふぅ……だから言ったじゃないですか。危ないから付いてくるなって。それでもって言って付いてきたのはリナの方なのに……」
「こんなに危ないなんて聞いてない! 冒険者になるって言うから私も冒険者なりたかったし、ちょうどいいやって思って来ただけだし、そもそも勇者になったとか最近まで知らなかったし……」
と、若干不満そうに言うのはクエタプノの幼馴染であるリナだ。
彼女は同じ村の出身で、小さい頃からよく一緒に遊んでいた友達であり、クエタプノが騎士になるのを母と一緒に止めていた張本人である。
にも関わらず、本人は冒険者になろうとしている辺り、クエタプノは釈然としない気分になる。そもそも言った様に、付いてくるなと最初に言ったのだが、強引に付いてきたのは彼女の方だった。何でも、冒険者の知識なら結構あるから任せて、とか何とか言って。
無論、クエタプノも、最初は普通に冒険者稼業をやるつもりだったので問題ないかと思ったのだが、
「……それにしても、クエタプノはツイてないんだな……さすがにこう何度も刺客とばったり見つかってると、ボクも疲れてくる……」
「それは……すみません。どうにも僕の運が悪くなったみたいで……」
「……い、いや別に悪いとは言ってないから謝らなくてもいい。良い修行になると思えば……うん、悪くないから」
と、クエタプノに気を使ってそう言うのは、JAPAN風の衣装に身を包んだ少女だ。
カノというある事情から旅に付いてきた少女は、何でもレンジャーとしての教育を受けていたらしく、色々と役に立ってくれる。
何故ついてきてくれるのかは分からないが、旅をする上では有り難い。なので深くは聞かない。
しかし苦労をかけてしまっているのは申し訳なく、
「ほんとよね……その癖、女の子とは縁があるみたいだしー?」
リナがそんなことを不貞腐れたように言うので、クエタプノは溜息付きで否定した。
「いや、あれはそういうのじゃ……多分、僕はそんな大した人間でもないので、惚れるなんて……」
「……ふーん……どうだか……」
「……? 何をそんなに怒ってるのさ」
クエタプノからすればよく分からない態度だ。別に旅先でやたら女性に縁があるからと言って、彼女に怒る理由はないはずだ。
しかしリナはじとーっとした目でクエタプノを見て、
「……別に怒ってないから!」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。
理不尽だな、とクエタプノが冷静に考えていると、今度は横からカノが、
「……ま、まぁ、クエタプノも男な訳だから……そういうのも悪くないんじゃないか?」
チラチラとクエタプノを見て何やらよく分からない態度を取るカノ。しかし特に指摘するようなことはせず、クエタプノは、
「いえ、僕はまだまだ人間としても騎士としても、勇者としても未熟な半端者です。恋愛にうつつを抜かしている暇なんてありませんよ」
僕なんかがおこがましい、ときっぱりと否定してみせるクエタプノ。中性的な容姿で丁寧な言葉遣いでやたらと下に見られたり舐められやすいクエタプノだが、芯がとても強く、自分にとても厳しい。しかも一度決めたらてこでも動かない頑固さがあるため、こう言ったのなら本当にそう思っているし、そういうことはしようとしないだろう。
その事実を分かってる二人は安心したような残念なような複雑な気持ちで黙り込む。どうにかこの鉄の心を持つ少年の気持ちを動かせないかとあの手この手を試しているのだが、彼は怖いくらいに紳士だ。
前にちょっとした色仕掛けというか薄い肌気で一緒の部屋で寝泊まりしようとしたことがあったのだが、“女性がみだりにそういったことをしてはいけません”と、顔を赤くするでもなく滅茶苦茶真面目な顔でそう注意され、一時間ほど説教された。寝泊まりする際なんかは事情が無ければ同衾なんて絶対しないし、何なら自分達より女子らしい。規則正しい生活をしなさいと朝早くに活動を開始し、食事も余裕があれば全部自分で作り始める。しかもかなり美味しい上に、栄養バランスまで完璧に、効率的に考えられている。身の回りのことは基本的に何でもこなせるし、服が解れれば自分で縫い直してしまう。正直、女子が出る幕がない。
ちょっと隙を探そうと何となく切り口を探し、カノやリナが話しかけるも、
「で、でも……あ、ほら、藤原石丸とかも、若い頃はとてもやんちゃで女性に手を出しまくっていたと聞くぞ。だからそこまで厳しくなくても……」
「いえ、それは藤原石丸の様な英雄だからです。彼の記録が書かれた正確な文献を目にしましたが、彼は若い頃から大人顔負けの強さを持ち、僕の歳の頃には冒険で大勢の人を救ったと伝えられています」
「そ、そうみたいね。でもまあ――」
「それに若い頃の女遊びが激しかったといっても、彼が多くの女性に手を出したのは、主に彼が藤原家の当主になり、帝になってからです。しかも手を出した女性は全員、責任を取って側室に入れたと聞きます。そこから考えると、仮に僕が女性に惚れられて、僕も相手の事を好きになったとしても、今の僕では責任を取ることも、相手を幸せにすることも難しいです。騎士を辞めて、事件に巻き込まれて国を追われていますし、何より経済力がありません。経済力がないと、女性を幸せにすることは難しいです」
「あ、愛があれば――」
「確かに、愛があれば幸せ、ということもあるでしょう。幸せはお金で買えません。それは一つの真理です。しかし、幸せはお金で無くなります。どれだけ好きあっていたとしても愛で腹は膨れません。しかも生まれてくる子供にも苦労をさせてしまうことになります。僕は自分の生まれた境遇に不満なんて持っていませんし、女手一つでここまで育ててくれた母に感謝していますが、だからといって子供に同じ苦労をさせたいとは思いません。こちらが気を病むだけではなく、子供の方も、親に気を使ってしまい、お腹を空かせているにも関わらず、もうお腹いっぱいになった、などと言われる生活には耐えきれません。だから経済力だけは必須です。それと社会的立場というのも欠かせないものが――」
「わ、わかった! わかったから!」
「う、うん……まあ、よくわかった……はぁ……」
クエタプノの持論に熱が入り始め、心が折れる前にクエタプノを止める。すると彼は少しはっとした表情で、
「……すみません。少々、熱くなってしまいました。今のは僕の持論ですので気にしないでください。幸せの形や恋愛観なんかは人それぞれですし、貧乏だからって不幸になると決まっているわけではありません。他ならぬ僕がそうですし……二人は気にしないで下さいね?」
「……う、うん……」
「ああ……そうだな……」
確かに相手が別の人であれば問題ないが、相手がこう言っているから問題なのだった。
もういっそ、自分が滅茶苦茶に稼ぐしか……などと内心で二人が決意を固めようとしていると、従者であるコーラが軽く呆れたように聞いた。
「……それで、次はどうするんですか?」
「あっ、そうね。次はどこに行くの?」
「この街は危ないだろうからな……」
コーラの言葉に、リナとカノが追従する。クエタプノは、そうですね、と一度間を置いて考え込むと、
「……街を出て……北の、街か村に向かいましょうか。追手が面倒ですし、そろそろまた北の方で魔物の討伐依頼か、ひょっとしたら募兵は行われているかもしれません。出来るだけ魔物との戦闘経験を増やしたいので」
「……わかったわ」
「了解した」
と、息をするようにストイックさを見せつけるクエタプノに、冒険の仲間である二人は頷く。
そうして路地裏を出ようとしたところで、リナが気づいた。
「そういえば、この人達は……」
と指したのは地面に転がる暗殺者達の死体。それに対するリナの曖昧な問いに、クエタプノは先んじて答えた。
「……気の毒ですよね。これ以上追手が現れて、死者を増やさないためにも、やはり遠くに行くべきです」
と、その言葉は彼らを気遣っているようで、しかし少し残酷な言葉だった。それに少し暗い顔をしたリナは、呟くように彼らを見て、
「……やっぱり、殺らないと駄目なんだよね……」
「リナ……」
カノが少し心配するような表情を向ける。ただの冒険者として田舎から出てきた彼女には、人間同士で殺し殺される様になるという現実は少しキツいのだろう。
しかしその言葉に、クエタプノは顔に影を落とし、目を伏せて憂うような表情を見せつつも、言葉はいつも通りのものを発した。
「そうですね……勿論、人を殺さないに越したことはないです。でも、彼らに慈悲を与えて放置してしまった際、いつか彼らが復讐や報復に走る可能性は高いです。そうなれば僕だけでなく三人の命だって危険です。関わっただけの罪のない人達に刃が向けられる可能性だってあります。なら……殺すしかないです」
「……そう、よね」
リナが一応は納得して顔を上げる。だがそこで、コーラは僅かに目を細めてクエタプノを見ると、
「……騎士にしては、随分と現実主義なんですね、クエタプノは」
「騎士は現実主義者だらけですよ。人を守るためには、色々なものを犠牲にしなければならないことを知っていますから。時には自分の手を汚すことだってあります。僕も……それを覚悟して、人を守る道を選びましたから」
「……へぇ?」
そこで初めて、コーラの表情に興味深いものが混じる。
しかしそれには誰も気づかず、カノがその言葉を聞いて、苦笑の表情をクエタプノに向け、
「なら、やっぱり力を合わせないとな。一人では選ばなくちゃいけないことも、何人もいれば何とかなることだってあるかもしれない」
「……そうよ! だから……私も手伝うからね!」
励ますような言葉を送るカノに、同様に照れ隠しをしながらも手伝うことを宣言するリナ。
それを聞いて僅かに驚き、目を見開いたクエタプノはそれを理解して微笑を浮かべ、
「二人共……ありがとうございます」
「い、いいのよ。今更だし。それより、早く行きましょう?」
「そうだな。あまり長居しては追手が現われるかもしれない」
先を急ごうと促す。クエタプノも頷き、
「では行きましょう。コーラも、ちゃんと付いてきてくださいね?」
「……はい。分かってますよ」
コーラにもちゃんと声を掛けて路地裏を出ていくクエタプノとその一行。
だが最後尾を歩くコーラは、先頭を歩くクエタプノに対し、先程見せた興味深い視線を再び向けた。
「……ひょっとしたら……」
と、誰にも聞こえないように小声で呟く。
先程のクエタプノの発言、その中にある小さな嘘を、コーラが見抜いたためだ。
今まで見てきた勇者。その中でも、群を抜いて心が強く、人を助けるために戦いながら、それでいて現実を理解するリアリスト。
しかし理解はしていても、心を痛めていることには変わりない。それは人の性質だ。
今までの勇者達も皆、人を助けることを苦と思わない善人だった。
だがそれゆえに人助けを優先しすぎて寄り道しまくって期限が訪れたり、特に何も出来ない勇者が沢山いたが――クエタプノはそうではない。
彼は人を助けはしても、寄り道はしない。冒険者としての仕事も、全て魔物か、少なくとも戦闘経験を積むことが出来る仕事のみを選ぶ。自分の力を高めるために。強くなって、目的を達成するために彼は計画性を持って動けている。本当に余裕があるような、
しかも本心ではそうしたくないと思いながら、しかし、強靭な精神力が心を折らせない。
なるほど、鉄の心とはよく言ったものだと、コーラは思う。確かにこれは騎士という職に向いているのだろう――そして
――面白い。
そんな感情が芽生える。
このクエタプノという人間は、とても面白いと。
そしてだからこそこう思う。この勇者を、
――
どこまでやれば壊れるのか。邪悪に満ちた笑顔を隠しながら、コーラは勇者の背中に視線を送り続けていた。
――彼らが次に向かう行き先は、魔人が占拠している街からほど近い地域。そこでは一体何が起こるのか。
――勇者の冒険は続く。
クエタプノ君は寄り道はしない。メインストーリーのためになるようなサブストーリーしかやらない結構ガチ目の勇者です。アリオスはサブストーリーとかクエスト片っ端やりまくって全然話進まない系の勇者。ゲイマルクはRTA勢? それともただの最強厨? アキラは別に何でも……というかゲーム自体がクソゲーすぎて評価しようがない。