空から見た地上の景色は、様々な色で染まっていた。
まずは緑。これが主であり、緑の色は大地に芽吹く草木と、その村を占領する者達の色。
後は建物を差す茶色や灰色であったり、占領する者達の青や赤だ。これが大部分のもの。
だが、最も勢いのある色は、二つの黒であった。
「――!」
正確には、黒と、黒を持つ金の男。村の中で、彼らは勢いを持ってぶつかり合う。
「オオ……!」
黒の大男――魔人レキシントンは、相手に向かって獰猛な笑みを浮かべながら突っ込む。
魔人の中でもトップクラスのパワーを誇る魔人。その怪力で自身の得物である巨大な金棒、“グレイ・レディ”と“レディ・レックス”をそれぞれ片手に持ち、容易に振り回す。
どちらか一方、それが当たるだけで人間はおろか、魔物は全身を粉砕され絶命するだろう。
事実、レキシントンが放った金棒、相手に回避されたそれは、地面に当たれば地面が割り砕かれ、木々に当たれば木の破片となって折れる。速度の方も申し分ない。
しかし、相手はそれを躱す。躱し、時には受け止め、鬼の魔人であるレキシントンの攻撃を真っ向から跳ね返す。
それを為しているのは、やはり魔人だ。
「……!」
「うごっ!?」
そこにいたもう一人の勢いのある男は、金色の髪と赤い瞳、黒を基調にしたコートを着た魔人――レオンハルトだ。
彼はレキシントンの攻撃に対し、懐に潜り込むと、そのまま跳躍して彼の横っ面に思い切り蹴りを叩き込んだ。最高位の魔人の力によって蹴り飛ばされたレキシントンは、短い声を上げて吹き飛ばされ、林の中に突っ込む。木々が折れる音とともに、巨体が大地に叩きつけられ、土煙が舞った。
それを見て、周囲の鬼達や魔物兵は囃し立てる。
「うおおおお!? 親父ぃ!?」
「うわっ……レオンハルト様えげつねぇ……!」
巻き込まれないようにそれなりに距離を取り戦う両者を見て声を上げた。その動きを見切ることは出来ずとも、何となく勢いやなんやでどっちが攻めているかは理解出来る。
そしてその勝負は、またしてもレオンハルトに軍配が上がるようであった。
「……ハーハッハッハッ! まだ終わらん……!」
「うわぁあああああっ!? 岩が飛んでくるぞ――!?」
林の中から速度を上げて飛び出してきたレキシントンが、そこにあった巨大な岩を投げつけた後、その岩に追従するように駆けてくる。その岩はレオンハルトに向けられたものであったが、躱されてしまえば背後の魔物兵や鬼に当たることになる。周囲の被害などまるで考えないレキシントンの攻撃に、レオンハルトは軽く眉根を寄せ、退かないことを選択した。
「――“オル=フェイル”」
と、言った瞬間だ。彼は空間から剣を抜刀した。
それは刀にも似た細長い、長さは身の丈を越える2メートルほどの蒼の魔剣だった。
「周囲の被害を考えろ。バカが」
と、彼が一刀を放つ。
すると巨大な岩が真っ二つに、綺麗な断面を残し両断され、レオンハルトの左右に落ちた。勢いを殺し、魔物兵達をホッとさせたのも束の間、真っ直ぐにレキシントンは突っ込んでくる。
だが、
「悪いがもう終わりだ」
「ハハハ、まだまだこれから――ぐあっ!?」
レオンハルトが言った直後、レオンハルトがレキシントンの視界から掻き消え、懐にいた。
幻影の様に消えたそれ、レオンハルトの残像に気を取られ、レキシントンは最後の一撃を腹に喰らう。レオンハルトの拳が突き刺さっていた。
「っ……ぐ」
怯み、白目を剥く中、レオンハルトはその間に魔剣の刃を首元に突きつけ、
「勝負ありだ」
「…………」
寸止めで、いつでも殺せるぞ、というポーズを取られ、レキシントンが無言となる。
辺りに勢いがなくなり、周囲が静寂に包まれる。魔物兵や鬼達も息を呑み、聞こえるのは風の音だけ。
しかし、次に音を、再び勢いを作ったのは無言だったレキシントンだった。彼は、しばらく真顔のままだったが、不意に、ニィッ、と笑みを浮かべ、
「ハーハッハッハッ! ――儂の負けだ!!」
きっぱりとそう言い切り、金棒を収めるレキシントン。
するとようやく張り詰めていた場の空気は弛緩し、周囲で見ていた者達も、
「……ふーっ、やれやれ。また負けたの? レキシントン」
「怪我はありませんか、レキシントン様?」
ホッとしたように息を吐き、直ぐ様近づいてくるのはレキシントンの使徒である全裸の男女、ジュノーとアトランタだ。
ジュノーは気安い様子で、アトランタは使徒として真っ当に心配しながら。レキシントンはそれを見て肩を回すと、
「おおう、ただの喧嘩だ。大事ないわい。……それとジュノー! そんなに言うならお前が戦ってみろ! 挑みがいがあるぞ、レオンハルトは!!」
「やだよ、僕なんて一瞬で殺されちゃうじゃん」
「そりゃあ、レキシントン様でも勝てないのにアンタが挑んでも一瞬で肉塊よ。……でも一回挑んでみたら? あんたのつるぺた好きも治るんじゃない?」
「うげっ……やめてよアトランタ。想像しただけで気持ち悪くなってきた……」
気軽な会話を行う魔人と使徒二人。決闘直後に即軽い雰囲気で談笑出来るのは、やはり彼らが喧嘩が大好きな鬼だからだろうか。――アトランタは悪魔だが。
「……ふぅ」
「お疲れ様ですわ! レオンハルト様!」
「お飲み物を用意してますよう!」
「……全く、こんな時に……」
レオンハルトが息をつき、魔剣を空間に収めたところで、レオンハルトの元にも使徒が駆け寄ってくる。笑顔でタオルや飲み物の入った水筒を差し出してくるキャロルとペールに対し、ハンティはどこか呆れるような表情でレオンハルトを見ていた。レオンハルトも、飲み物を受け取りながら、レキシントンに顔を向けると、
「ハンティの言う通りだな。何もこんな時に戦いを挑んでこなくともいいだろう、レキシントン」
「馬鹿を言うな! お前が女は犯すな、暴力は控えろと言うから暇で暇でしょうがないわい! そりゃあ喧嘩もする!」
レキシントンが声を大にして反論する。だがレオンハルトも、一部は認めつつも息を入れ、
「……別にやるな、とは言っていない。数を決めて抑えろ、と言っているだけだ。いつも後先考えずにやりやがって……お前は人間を絶滅でもさせるつもりか?」
戦闘直後であることと普段のレキシントンの行動も相まって、途中、小声で悪態をつくレオンハルト。その後の問いを視線とともに向けると、レキシントンは鼻を鳴らし、
「そういうつもりはないわい。つーか、別に殺しまくったところでうじゃうじゃとおるんだから別に問題ないだろうが」
「全員がそういった考えで行動するとそれもあり得る。それに、普段は魔人であるお前を尊重してとやかく言っていないだろうが。俺といる時くらいは俺に合わせろ」
「……わかっておるわい! お前は儂より強いからな! 言うことを聞いてやる!」
微妙に不満そうであったが、逆らうつもりはない、と地面にドカッと座り込んで意思表示を行う。だが直ぐに、
「……あー……戦いに出てぇー……」
「我慢しきれてないよ、レキシントン」
「少しの辛抱です! レキシントン様!」
ジュノーが相変わらず気安くツッコミを入れる。アトランタの励ましの言葉の後、レキシントンはもう一度レオンハルトに向かって、
「……そういえば周囲の哨戒と散策を行う部隊があったな。レオンハルト、それに儂を参加させろ」
記憶を辿り、レオンハルトにそんなことを頼むレキシントン。彼は戦闘狂だが頭が回らないわけではない。むしろ鬼の中ではかなり頭の良い方である。人の名前を憶えなかったり、適当に突っ込んだりという行動を取ることも多いが、本人が難しいことを考えるのが嫌いなだけで、鬼達の統率を行っているのは伊達ではない。
ゆえにそんなことを思い出したが、レオンハルトはそれに頷きながらもこう言った。
「駄目だ」
「何でだ!? レッドアイの奴は行っとるだろうが!」
今回の遠征軍の司令官である三体の魔人の、この場にいない最後の一体を名指しし、レキシントンが憤る。その名前を出され、僅かにハンティが複雑そうな、憂いがあるような表情を見せているが、レオンハルトはレキシントンの問いにこう説明した。
「レッドアイはお前と違い、命令を正確に伝えれば逆らうことはしないからだ。……俺がいる場合はな」
そう、レッドアイはどちらかと言うと忠実なのだ。
上位者の命令には逆らわない。それを伝えたつもりなのだがレキシントンは即座に応答した。
「儂も言うこと聞いとるだろうが!」
「お前は女と見れば直ぐに犯す上、所構わず宴を行うだろうが」
女が居れば犯し、戦いの時以外は大体いつも部下達と酒を呑んでどんちゃん騒ぎ。多少なら息抜きとして目を瞑るが、レキシントンと鬼達に至っては四六時中それだから問題なのだ。
それを告げてやったのだが、しかしレキシントンは迫真の表情で言い切った。
「馬鹿野郎! 女がそこにいるってぇのに、レイプしない訳があるか!」
「馬鹿はお前だ馬鹿野郎」
とんでもない事を言っていたのでレオンハルトは即座にツッコむ。こちらの容赦のない言葉にさすがに諦めたのか、今度は周囲に向かって、
「おおう! なら宴だ!! お前ら、ありったけの酒を持ってこい!!」
「へい、親父! 既に用意してありますぜ!!」
「おう、誰か分からんが用意がいいな! よし、飲むぞ! レオンハルトも飲め!」
鬼達が持ってきた酒から、一升瓶を取り上げレオンハルトに向かって突きつけるレキシントン。それに露骨に嫌な顔をし、
「……俺は仕事中は極力飲まん。勝手にやっていろ。行くぞ」
と、自分の仕事の流儀を口にし、使徒達を連れてその場を後にしようとする。実際、夜寝る前だとか一戦終わった後に2、3杯飲むくらいはすることはあるが、基本的に任務中の飲酒は行わない。
だからといって戦時中に兵達が酒を飲むことをやめさせもしない。レオンハルト軍においては限られた時、遠征中でも休みの時や宴会などを行うのでそういう時に飲ませたり、占領直後なんかはお目溢し的に許可する時もあるが、軍規上は禁じている。
しかしそれが活力になることにも一定の理解はあるので、禁じていないだけだ。なので魔軍全体としてはその辺の規則は緩い。
ゆえにレキシントン達の宴会も苦言は呈しても止めはしない。仮に宴会中に敵が襲ってきても、レキシントンや配下の鬼達は戦いとなれば目の色を変える。戦闘種族なだけはあり、酔いも一発で冷めるのだ。
そのため心配はないし、仮に酒に酔って使い物にならなくなったとしても自分達もいればカバー出来る。そういった思いもあって、その場を後にしようとしたのだが、
「……ははーん? さてはレオンハルト、下戸か?」
「…………」
ピクッ、とレオンハルトが眉を動かし、その場に立ち止まる。
下戸、つまりは酒が飲めない、もしくは酒を飲む量が少ないと揶揄して言う言葉だ。
それに反応したレオンハルトは続くレキシントンの言葉に耳を傾けた。こちらを失笑するように、
「……そういやぁ、レオンハルト、聞いたぞ。お前、儂らが飲むような辛くて強い酒は嫌いで、甘くて弱い酒が好きらしいな? ――ハッ、情けない。女みたいな奴だのう」
「――何だと?」
「あっ……」
レキシントンの挑発に反応したのを見て、ペールが何かを察したような短い声を上げる。レオンハルトはその場で振り返り、レキシントンに向かってその鋭い視線を更に鋭くすると、
「……ふん、これだから馬鹿舌の鬼は分かっていないな。あの甘さと、僅かに舌先を刺激する上品な味わいが理解出来ないとは。酒好きが聞いて呆れるぞ、レキシントン」
「あんなの酒じゃないわい。あんなのは甘いだけのジュースだジュース。魔人筆頭ともあろうものが、酒も飲めんとはのぉ……ハーッハッハッハッ! こいつは傑作だ!」
「テメェ……」
「レオンハルト様! 抑えてくださいまし!?」
前に言っていたレオンハルトの数少ない怒りのポイント。加えて負けず嫌い。その二つが合わさってしまったのだ。
それを熟知しているキャロルは半ば無駄と分かっていながらもレオンハルトを止める。
しかし、やはり無駄の様で、
「……そこまで言うなら飲んでやる。飲んでやる、が……俺は俺の好きなものを飲ませてもらう」
「おおう、構わんぞ。飲み比べだな。ようし、ジュノー、アトランタ! レオンハルトの分の酒も用意してやれ!」
「かしこまりました!」
「あーあ、レキシントン相手に飲み比べとか……」
ジュノーがやれやれと言った風に酒を持ってくる。人間から奪ったもので、鬼達が飲まない甘口の酒だ。それをレオンハルトは受け取り、
「俺を舐めるなよ。これでも昔は吐いてなお飲まされていたからな……」
「だ、大丈夫ですの? レオンハルト様……」
「無理しない方がいいんじゃ……」
「飲み比べねぇ……代わろうか?」
キャロルやペールが心配し、ざるのハンティがそんなことを言う。しかしレオンハルトは首を振り、
「心配するな。問題ない。……だがペール。俺用に適当に料理を作ってくれるか?」
「え? あ、はい。構いませんよう?」
料理が得意であるペールにそんなことを頼む。何故なら、
「酒を飲む時に空きっ腹は駄目だ。直ぐに気持ち悪くなるし、悪酔いも誘発する。ある程度腹に何かを入れないとな」
「…………あ、はい。分かりました」
この時、三人は正確な言葉は違えど、“その程度で勝てるわけないんじゃ……”と思ったが、レオンハルトがあまりにもやる気満々だったので指摘することを躊躇った。
ペールが料理のためにその場から一時離脱すると、レオンハルトはレキシントンの対面に座り込む。キャロルが直前にシートを敷き、汚れないようにしながらも、
「始めるぞ」
「おう。よし、野郎共。宴だアァアアア――ッ!」
「うおおおおおおおおおおおお!!」
レキシントンの声に合わせて、堰を切ったように鬼達が雄叫びを上げる。
そうしてレオンハルトとレキシントンの第二ラウンド。飲み比べと、鬼と魔物兵らの宴会が始まったところで、ハンティは半目でレオンハルトを見ながら、
「……アルコールを体内から抜く魔法、今から開発して間に合うかな……」
この後、主が陥る状態を考え、呆れるように肩を竦めた。
人類圏の一帯を占拠している魔軍。
その周囲を散策する部隊があった。
人間の軍が現われないか、周囲に村などはないか、と哨戒線に沿って偵察を行うその魔物兵の集団。
その先頭に近いところでは、ある魔人のご機嫌な歌が響き渡っていた。
「~~♪ ヒュ~~マン、ダァァァァァァイ♪」
「っ、あぁああああああ!? 熱いああああああぁああああ!!」
その言葉とともに、連れてきていた、暴力を許可された人間を炎の矢で殺す。
「ヒュ~~~マン……キィィィィィル♪」
「あがあああああああっ――がっ、あ……!」
そのリズムとともに、連れてきていた人間を定期的に魔法で殺していく。
その光景を、魔物兵達は恐怖を感じながら視線を合わさないように任務に没頭していた。
この部隊のトップである魔人――レッドアイ。
触手のついた目玉の様な見た目の宝石の魔人は、魔法に長けた魔人であり、その自慢の魔力を用いて人間を殺していた。
寄生魔人でもある彼は、巨大な魔物――あるレアモンスターの突然変異体である肉体を操り、平原を闊歩している。周囲の魔物兵達は巻き込まれないように僅かに距離を取っていた。
「デッド、オア、キィィィィル! デッド、オア、ダァァァァイ!」
その妙な歌も不気味でしかない。狂った魔人の狂った歌。生ある者を憎み殺し、自分が強くなることの二つにしか興味のないレッドアイの力は、何かの間違いで魔物に降り掛かっても不思議ではないのだ。
占領地にいる時であれば他に二体の魔人もいるため、わりかし安全ではあるが、今この場はレッドアイ以外の魔人はいない平原。
ゆえに魔物兵達は願っていた。ストックしている人間が、途中で尽きませんように、と。
「いわゆる一つのキル・あなた~♪」
――だがレッドアイは、そういう気はなかった。
もっと言うなら、特に命令違反を犯すつもりはなかった。
それは、レッドアイの思考が極めてデジタルであるためだ。
自身を天才と思い込み、前述の二つにしか興味のないレッドアイではあるが、その思考はデジタルであるが故に、一度判断してしまえば迷いはない。
魔人レオンハルトという自身を容易に殺してしまえる存在に逆らうことは、ただの馬鹿がやることだった。
それに自身が完全無敵になったのならともかく、今は魔力も完全ではなく、肉体の方にも不安がないとは言えない。人間を必要以上に殺すな、と言われることはレッドアイの欲求的に不満ではあるが、そこに反抗しても無意味であることは直ぐにわかった。
魔王とは違い、魔人の本能で逆らっているわけではなく、魔法生物のデジタル思考で今は彼に逆らっても益がないと判断する。だからこそ命令に忠実であった。
「――モンスタージェネラ~ル」
「はっ、何でしょうレッドアイ様」
レッドアイの呼びかけに即座に反応して近づく魔物将軍。そんな彼に、レッドアイは問いかける。
「もう近くにヴィレッジはないか?」
「はっ、そうですね……一通り見て回りましたし、そろそろ一度戻ってもよい頃かと思います」
如何致しましょう、という魔物将軍の問いに、レッドアイは鷹揚に頷く。
「クケケケケ! オーケー、オーケーよ。出会ったヒューマンソルジャーはキルした! ミー達は一度リターンよ!」
「は、畏まりました」
命令を終え、部隊は反転し、拠点にしてある村へと向かう。
レッドアイはやはりご機嫌であった。人間を殺すことを今は制限されるとはいえ、殺せることには変わりない上に、最近は戦争が多くて沢山殺せるからだ。
だからレッドアイはストックしてる人間を時折殺しながら無機質な言葉を発する。
「メイクドラ~マ~♪」
そしてやはり魔物兵達は幾ら直属の部下であるとはいえ、レッドアイに、“ご機嫌ですね”と声を掛けるほどの勇気はなかった。
魔人が闊歩する大陸中央部一帯。
その奥の方にある村の林。岩陰に、人目につかない小屋があった。
運良く、魔物に見つかっていないその場所は、ある人間達が隠れ潜み、隙を伺っているのだった。
「……駄目だな。完全に周囲は魔物の支配下だ」
と、偵察から戻ってくるなり深刻そうに口にしたのはJAPAN風のレンジャー衣装に身を包んだカノだ。
その報告に、小屋の椅子に座ったリナは、対面にいるクエタプノに吐息付きで言う。
「……はぁ……まさか迷宮に潜ってる間に周囲を魔軍に囲まれるなんて……どんだけ運悪いのよ……」
「……すみません。何故か最近、とても運が悪くて……」
自分の運の悪さを同じ様に吐息付きで落ち込むのは勇者であるクエタプノだ。彼は、カノの報告を聞いてどうするべきかと頭を働かせながら、冒険者に愛用される携帯用の食料を口にする。
すると横からコーラが、
「……それで、どうするんです? おそらくは魔人もいるでしょうし、戦いますか?」
「……そうですね……」
率直な問いを掛けられ、クエタプノは少し悩む。
実力的にはまだまだ敵わない、と自分は判断しているが、さりとて戦わなければ経験も蓄積されないし、活路を見出すことも出来ない。
自分だけならともかく、仲間もいるのだし、逃げることが最優先だというは分かっているが、心の何処かで、戦っておかなければ勿体無いという気持ちもある。
それで死んでしまえば元も子もないので選べない。魔人と本格的な戦闘にはまだ時期が早いとは思う。
ゆえに迷った末にクエタプノはこう口にした。仲間達全員に聞かせるように、
「……隙を見て逃げましょう」
「……逃げるんですか?」
少し責めるように聞こえるコーラの言葉。勇者の従者として何か思うところがあるのかもしれない。そう思いながらもクエタプノは再度頷いた。
「はい。少なくとも、今ここで戦うのは良くありません」
「…………そうですか」
戦力差を見極め、妥当な判断を下すクエタプノ。
しかし今度は別の言葉が掛かった。憂いを覗かせる表情をするリナで、
「……でも、そしたら村の人は……」
「…………」
気まずい沈黙が小屋の中を覆う。彼らが迷宮に潜る前にお世話になった村の人達は、一人残らず魔軍に捕まってしまった。
そして、魔軍に捕まった人間の末路なんて決まっている。それはここにいる誰しもが分かっていた。
ゆえに三人は村の人達を思って口を閉じる。逃げるということは彼らを見捨てるということだ。
クエタプノも、出来ればそれはしたくない。本心では、助けたいに決まっている。
しかし、現実的な判断として、村の人達全てを救うことは難しい。故に、クエタプノはこう口にした。
「……数人、運が良ければ十数人程度なら、こっそり連れ出して逃げることも可能かもしれませんね」
「! クエタプノ……!」
「……どうするつもりだ?」
希望を乗せたクエタプノの言葉に、仲間二人が少し活気を取り戻す。そんな二人に頷き、クエタプノは考えを口にした。
「大した考えではありませんよ。夜にでも、村の人達が捕まっているであろう倉庫に忍び込み、こっそりと連れて脱出するだけです」
「それは……」
確かに単純だが、難易度的には簡単ではない。レンジャーであるカノはそれを暗示させるような呟きを放ったが、直ぐに気を強く持って顔を引き締めると、
「……なら、偵察と見張りの始末はボクがやるよ」
「じゃあ私がその間に忍び込んで……」
「はい。お願いします。僕は……騒ぎでも起こそうかと思います。兵の注意を引きつけるために」
告げたのは最も危険な役割。それに仲間が異を唱える。
「待ってよ! それじゃあクエタプノが――」
「大丈夫ですよ。一人なら、おそらく逃げることくらいは出来ます」
「……じゃあボクも、見張りを始末し終えたら合流して手伝うよ」
「その心配は無用です。僕ひとりの方が……逃げるには簡単ですから」
「! それは――」
それは足手まといだと言われたのも同然だった。
事実、このパーティの中でもクエタプノは群を抜いて強い。だからその言葉は正しいのだ。
仲間を危険に合わせたくないために吐かれた厳しい言葉。それはクエタプノの俯いた表情が物語っていた。
だからこそ、何も言えなくなる。彼の気遣いを無駄にはしたくないからだ。
しかし、意外なところから助け舟が来た。それは、
「……まあ、彼女はレンジャーですし、身のこなしだけならクエタプノよりも軽いでしょう。逃げるだけなら苦労しないのでは?」
と、言ったのはコーラだった。
普段からあまり意見を口にしないコーラが、そう助け舟を出したことに三人は多少驚く。
そしてその意見もクエタプノはそれなりに一理あると思える言葉だった。だからか、クエタプノは迷った末に、
「……じゃあ、カノは少し手伝って下さい」
「……任された!」
少し嬉しそうにしながらも顔を引き締めて頷くカノ。
そして次に残った二人に目を向け、
「リナとコーラは村の人達を助けて連れ出して貰います。……残酷な判断をさせることになりますが……」
「……ううん、私が言い出したことだから。ちゃんとやる。出来る限り、頑張ってみるから」
「……ま、それが妥当ですかね」
二人が了承したことで話が纏まる。最後にクエタプノは仲間達の目を一人ひとり見て頷き、
「……では、夜になったら決行します。それまで、カノは絶対にバレないように村の偵察を。リナとコーラは睡眠を取るなりして休んでください」
「わかった。なら、早速行ってくる」
「わかったわ」
「……はい」
4人の意志が統一される。
クエタプノは普段より一層覚悟を決めた。
おそらく自分は、魔人を相手にすることになる。それまでに救出が終わればいいが、かなりの時間を稼がなければいけない以上、そう楽観は出来ない。
ゆえにクエタプノも今回だけは自分達の幸運を神に祈った。――どうか無事に終わりますように、と。
レ組の出勤です。人間を殺すデスコンボ。本作ではあまり描写することはなかったですが、原作の様に、魔人が複数で一地方に遠征することもあります。レオンハルトは厄介な面子を引き取ることが多いです。ケッセルリンクの下に付かせたくないし、カミーラと組ませるのもそれはそれで不安なので。