「っ――ぁ……」
闇夜に紛れて背後から忍び寄り、自分の目的である最後の一体を片付けたところで、カノはようやく息を整えた。
……これで粗方片付いたはず……。
自分の任務。クエタプノが村の中で暴れ回る隙を突いて、村人が収容されている倉庫周辺の魔物兵を始末すること。倉庫を守っていた魔物兵は直ぐに片付き、中はリナとコーラが村人を逃がすために忍び込んでいるはずだ。
その間、クエタプノが暴れているので大丈夫だとは思うが、倉庫に近づくような魔物兵をこっそりと排除しつつ、クエタプノの援護に回る。全てが完了するまで、魔軍の注意を惹きつけておかねばならないのだ。
自分とクエタプノだけであれば逃げることも可能だという判断からくるものだが、実際、カノはそれが間違いではないと判断する。
壁を駆け、建物の屋根に登りながら、カノは自分の仕事道具である一式を確認しながら騒がしい村の中を見渡す。
レンジャー教育を受けている、と仲間には言ったし、それは間違いではないがカノの場合は少々違うとも言える。
それはJAPAN特有の――いや、未だ数人程度しか使い手が存在しないある技術の使い手なのだ。
――“忍術”。カノの正体はそれを扱う“忍者”である。
忍術の始祖、“ももたん様”によって数人の弟子に受け継がれ、その弟子、カノにとっては師匠に教えてもらった技術がこの忍びの技だ。
得物は二振りの刀と各種道具、そして体術と、少々特殊な構成だが、それぞれの持ち味を活かすのがももたん様の教えだ。カノの場合は剣術にも才能があるといわれ、このような戦闘スタイルと相成った。カノは日本人というわけではないが、訳あってそれを学ぶ機会を得たのだ。
未だ世間では知られていない秘匿された技術であり、隠密に特化した技術でもある。この様な潜入や破壊工作、暗殺などは得意だ。
師に鍛えられたこともあって、夜目もそれなりに利く。村は一部の建物が燃えていたりするおかげで少し明るいが、それでも夜闇の中で行動するのには不便を感じない。
だが不安もある。人間相手ではそれなりに出来る自信もあるが、今回の相手は魔物。そして魔人だ。
魔物兵の会話を拾うなどして情報収集を行った結果、この村には今、三体の魔人が滞在していることが分かった。
魔人レッドアイ、魔人レキシントン、魔人レオンハルト。
どれも人間の間では有名な魔人だ。魔軍との戦争ではこれらの名前はよく耳にする。特にJAPANでは、魔人と言えばレオンハルトのことだ。世界的にも有名ではあるが、日本人に、かの魔人の名前を知らない人は存在しないかもしれない。
それは藤原石丸との戦いが語り草になっているからだろう。藤原石丸を知らない日本人が存在しない様に、その戦いのことも有名なのだ。カノも師匠から口酸っぱく注意するように言われた。
何でも、忍者の始祖であるももたん様は、魔人レオンハルトを間近で見たことがあるらしく、存命の頃には師匠達や子供や孫にその話をよくしていたらしい。
“人の身で、彼に勝とうと思うな”
もし勝とうと思うなら、その道を極めた“神”にでもならなければならない。それこそ、剣術を極め、人とは思えない程の強さを誇っていた藤原石丸の様に。
そう口にしていたと聞く。
だから不安はある。幾らクエタプノが強くても、本人が言うように、藤原石丸の様な強さは持っていない。
魔人と相対すれば死ぬかもしれないのだ。いや、その可能性が高い。
だからこそ、出来る限り己が支援しなければならないのだ、とカノは心を引き締めて臨んだ。
そんな時だ、背後から声が掛けられたのは。
「――装備を整えた人間……ってことは、襲撃者の仲間ってことで良いんだよね?」
「っ!? ふっ!」
不意に現れた背後の人物に、カノは咄嗟に身を翻した。
相手の言葉に乗っている暇はない。そんな暇があれば忍者は相手を即座に始末し、口封じを行う。
だからカノはそうした。手元のクナイを投げつけ、二刀の刀を抜いて振り向き様に斬りかかる。
しかし、そこに相手はいなかった。
「!? 何処に……!」
流石にそう声が漏れる。忍者の自分に悟られることなく、一瞬で姿を消した謎の人物。
明らかに普通の魔物の技量ではない。使徒か魔人か――そう思った直後、
「……いい動きだけど、相手が悪いね」
「っ、が――!?」
また背後からの声、今度はそれとともに打撃が来た。
横目から一瞬見えたその動きは、軽くチョップするような力の入っていないような動作であったが、カノには大男に全力で殴られたかのような衝撃を感じた。
その手刀、手刀とも言えないような軽い打撃で、屋根に向かって叩きつけられる。身体の中の空気が口から抜けるような痛みと衝撃、しかしカノは動こうとした。
……ここで止まったら死ぬ……!
戦いにおいて、地面に倒れることほど危険なことはない。力ある相手の場合、単純に踏みつけるだけで倒れた側はゲームオーバーだ。人同士の戦闘であっても、トドメの手段として倒れた相手を踏みつけたり斬りつけるのは常套手段。
だから意識を飛ばしそうになるのを必死に耐えて、カノは動いた。忍者の技の中には、無酸素状態での身体の活用術も存在する。それを用い、カノは身体を跳ね上げた。
「っ――!」
声は上げられない。呼吸を行えていないからだ。しかし屋根に叩きつけられた衝撃を利用して身体を捻って起こし、刀を相手に向かって振るう。
そこにいた黒髪の女性は、まだそこにいた。先程のように消えていない。そして多少眉を顰めて驚いているようにも見える。
何故じっとしているのかは分からないが、チャンスだ、と首を狙う。
しかし、その剣は――女性に受け止められた。しかも、
「……驚いた。まだ動けるんだ」
「っ! なっ――!?」
そこでようやく呼吸を行い、声を発したが、そこにあった光景はこちらとの力の差を示すような、絶望の光景だった。
こちらの二刀の刀。その刃先を、女性がそれぞれ両手の人指し指と中指で受け止めている。
白刃取り。それも二刀同時に、両手の指だけで行う。
そのまま力を入れて手を斬り裂こうと押し引いてもびくともしない。万力に掴まれているような感じだ。
故に咄嗟に刀を諦め、手を離そうとした瞬間、相手も動いた。こちらが動くより早く、
「……それじゃ、次はもうちょっと強めにやるよ」
「! ぁ――っ、かっ……」
と、刀を背後に捨てるように指で跳ね上げられると、そのまま空いた片方の手が、こちらの腹に来た。
今度こそ、体の中の空気を根こそぎ吐き出してしまいそうな腹への打撃。臓器で味わう衝撃と痛みに、カノの身体から力が抜け、意識が薄れていった。
「……ごめんね」
最後に見聞きしたのは、バツが悪そうな表情の黒髪のカラーが、こちらを見下ろしながら謝罪をしたことであった。
「……さてと……」
人間の襲撃者。魔軍の占領地である村が襲撃者に襲われ、慌ただしいことになっている。
見回りを行っていたハンティも、魔物兵が殺されていることに気づき、その痕跡を追っていたところで、
……JAPANの人かな。
大陸の衣装とは違う特徴のある衣服や装備に、そう判断する。最近よく見るようになった刀も装備しているし。JAPANから大陸に移住してくる日本人が増えたことから、JAPANの文化がこのところ、大陸に浸透しているのだ。
それは200年程前に藤原家が大陸を統一した影響もあるだろう。言葉も昔とは違った日本語になっているし、ハンティもそれらの文化は、レオンハルト程ではないが詳しくなってきている。
武士か何かだろうか、と思い、その目的を見て息を吐く。それはおそらく、
「人間を、助けようとして……ってことかな」
村の人間を収容している倉庫。その周囲の魔物兵だけ綺麗に始末されているし、倉庫の中から僅かにざわついた気配も感じる。
どうやって魔軍の哨戒線を抜けてここまでやってこれたのかは分からないが、運良く潜り込めたのだろう。大部隊ならあり得ないが数人といった少人数ならそういうこともある。ましてや魔物兵では相手にならない実力者が相手なら、それを完全に防ぐことは難しい。
だが、よりによって何故、と思う。何故ここなのだ、と。
……余計な事してくれて……って、思っちゃうね……。
命を懸けて魔軍に捕まった人間を助けようとするその行為自体はハンティとしても好ましいものだ。
しかし、であればここではなく、他の軍が動いている場所でやってほしいものだった。
何しろ、そこに捕まっている村人達は、殆ど生存が確定した者達であるからだ。
レオンハルト軍では、人間の選別を常に行っている。
占領した地域の人間の数を決めて、それ以上は危害を加えないようにしたものだ。
だからこそ、この村でその行為は、ハンティからしてみれば完全に“余計な事”であった。
この倉庫の人間達は既に生き延びることが確定している。それはレオンハルトがそう決めた以上、絶対の事実だ。
不慮の事態さえ起こらなければ、魔人を統率する魔人筆頭であり、魔軍の総指揮を行う魔軍参謀という、魔物界では魔王を除けば並ぶ者のいない権力者であるレオンハルトの言葉は、絶対の事実となる。
レオンハルトがこの倉庫の人間達は生かす、といったら生きるのだ。事実、人間を殺すことに遠慮がないレッドアイやレキシントンも、その決定には従っている。
そんな生き残りが確定した人間達を、助け出して次の町にでも送り届けてしまえばどうなるか。
運が良ければまた助かるだろうが、運が無ければ次に魔軍の侵攻があった際に、死ぬことになる。生き延びることが確定していたのに、再び選別され、死ぬか生きるかを天に任せることになるのだ。
無論、彼らにしてみれば魔物に捕まれば全員苦しめられた末に死んでしまう、と思うのも理解出来るし、不安と恐怖から解放されて安全な人間の町に行きたい、連れて行ってやりたい、と思うのは極めて自然な思考だ。
しかし、不安と恐怖を感じるような環境であっても、最も安全なのは、魔物に生存を約束されたここなのだ。この世で人間という種が、生きるのに、最も適した環境は、魔物の――レオンハルトの懐にしかない。
大陸の何処にいようが、高確率で生き延びられる安全な場所など存在しない。どこも魔軍に襲われれば一瞬で生命の危機に陥ることとなる。
それでも助けるのならば、魔軍が殆ど攻めてこない大陸の南の端や、人里から離れた場所、JAPANの奥地などに送ってしまうのが良いが、助けると言ってもそこまではやらないだろう。
「ままならないね……」
しかし、これを言うことは出来ないし、分かってもらえるとも思っていない。誰が同じ人間よりも、自分達を苦しめる魔人や使徒の言うことを信用するというのか。
だからハンティは歯がゆい思いを覚えつつも、自分の意志でそれを防ぐために動く。使徒としてというだけではなく、そうするのが今出来る最善だという判断を思い、
「……あっちも愉しそうだけど……」
だが遠くの、戦闘の音が響く方向を見て、そう残念そうに呟きもする。今は人間や魔物を守るのを優先しなければならないが、欲を言えばあっちの骨のある襲撃者とも戦ってみたかった。
貧乏くじ引いたかなぁ……と、自分の不運を呪いつつ、ハンティは瞬間移動でその場から一瞬にして消えた。
――だが、ハンティは気づけなかった。
「……良い感じですね。まだ
――気づかぬ間に倉庫を抜け出し、勇者の方の状況を見ようと邪悪な笑みを浮かべている、1人の少年がいたことに。
村の中心で行われるのは殆ど三つ巴となった戦闘だった。
広場や通路、遮蔽物などを利用しながら戦うクエタプノは、相手の魔人二体に脅威を感じた。
「ハハハ、ちょろちょろすばしっこいのお! ――それでこそだ!」
と、こちらを称賛しながらクエタプノの全身よりも巨大な金棒二本を平気で操り向かってくるのは巨躯の鬼。確かレキシントンと呼ばれていた鬼の魔人だ。
「くっ……!」
鬼の力。それは大陸に住むクエタプノも脅威として知っている。人並み外れた怪力が彼らの武器なのだと。
それを魔人として更に高めたレキシントンの膂力は、一撃で地面に亀裂を入れ、遮蔽物に使った建物を粉々に粉砕する。受け止めることは不可能に近いものだ。
攻撃は単純な力任せの連続だが、その一つ一つが人間にとっては必殺のもの。回避を余儀なくされ、しかし見切りにより回避を楽にさせながら、一足早く逃げることで劣る速度を補う。剣速だけなら打ち合えなくもないが、全体の動きとして劣るのならばこちらの不利だ。力で負けていることからも、その場で留まって剣を打ち合うような戦い方は難しい。
それに、常に動き回り、走り回っていた方が今は有利になる。それは奥にいる別の魔人の攻撃を躱しながら思ったことだ。
「オー、ミーのアタックを躱すほどのスピーディーなヒューマン! やはりミーのボディのストックにする! それでミーもユーもハッピー! 幸せ気分ね!」
そんなわけがあるか、と、こちらに飛んでくる触手の攻撃を躱す。攻撃してくるのは魔人レッドアイと呼ばれた存在。どうやら話を聞く限り、本体はあの中心の目玉で、あの大きな魔物は本体が操っているに過ぎないのだろう。
その巨大な魔物は、カースAと呼ばれる魔物に似ていた。こちらの方が禍々しく、巨大である。カースAは町一つを滅ぼすほどに厄介かつ巨大な魔物だが、これは大きさは安定している代わりに以前見たものよりも能力が高い。魔物の中に極稀に生まれる突然変異体というやつだろうか。その触手はこちらを絡め取ろうとしているかの様な動き。
それと同時に本体から来るのは黒の光線だ。
「メイクドラーマー!」
「滅茶苦茶ですね――っと……!」
飛んできたのは戦闘用魔法の中でも特に殺傷性に優れた最上級魔法である黒色破壊光線。軌道上にあるものを消し飛ばしてしまう魔法の力に、クエタプノはこちらを追いかけてくる魔人を盾にすることで防いだ。
「! おお……!」
魔人レキシントンが、突然背後から飛んできた魔法に反応し、金棒でそれを受け止める。さすがは鬼の魔人と言うべきか、魔人の最上級の魔法を正面から受け止めてしまう。無傷ではない様子だが、
「ハーッハッハッハッ! ちょうどいい! お前もここで潰してくれるわ!」
そう言って、金棒を器用に上にトスすると、空いた手で近くにある物を持ち上げた。それは石とか道具とかそんな温いものではない。
家だ。
「どっこいせっ――と!」
近くにあったのは村に建てられた家の一つ。石造りのそれを、レキシントンはその地面から支柱ごと無理矢理持ち上げるように引っこ抜くと、それをレッドアイに向かってぶん投げた。
しかしレッドアイも、飛んでくる家に怯みもしない。触手を操り飛んできた家を貫くと、そのままレキシントンとこちら、両者に触手と魔法を放ってきた。
「ケーッケケケケ! 死ぬのはユーら! ミーによるユーらの虐殺タイムよ! 邪魔するものには容赦しない。いわゆるひとつの~……キル・あなた!」
「ことわーーーる! それは儂とて同じこと! 大人しくせんならここで潰れてろ!」
レキシントンが空中にトスしていた金棒を再び手に取ると、流れるように伸びてきた触手を叩き潰す。どちらも一歩も引かない戦い。それは周囲の被害を広げていた。
「うあああああ!? またこっちに来たぞ!?」
「親父ぃ! やっちまえ!! ――ぐえっ!?」
「総員退避! とにかく巻き込まれないように距離を取れ! ええい、くそっ! あの人間が逃げ回るせいでこちらもじっとしていられん!」
「ジュノー様! アトランタ様! どうにかしてください! このままではこちらの被害が……!」
「いや、無理無理。ああなったレキシントンは止まらないよ」
「とにかく逃げ回るしかないわねー。ま、アタシ達も危ないっちゃ危ないからおあいこね」
「そ、そんな……」
流れ弾の魔法や障害物が魔物兵や鬼にも降り注ぐ。思わず魔物将軍が使徒であるジュノーとアトランタに助けを求めるが、素気なく無駄だと言われて顔を青くする。
しかしアトランタが何気なく、
「まあ、どうしてもって言うならレオンハルト様でも連れてきたら?」
「それならレキシントンもレッドアイも止まるだろうしね」
「! そうだ! レオンハルト様はまだか!? あの御方ならこの事態を止めることが……!」
「先程伝令を送りましたので、もう少しかと!」
「よし、ならそれまで逃げろ! もう数分もないはずだ!」
村にしては広めの場所だが、レオンハルトの足であればそんな距離はないに等しい。ゆえにそう指示を出した魔物将軍だが、ジュノーとアトランタは微妙な違和感を感じており、それを口に出す。
「というか、あの人間、それほど身体能力は高くないのに、攻撃躱しまくってるし……何か動きおかしくない?」
「そうね……何だか勝つ気がないみたいだけど、レキシントン様に恐れをなしたのかしら」
と、そんな疑問を口にする頃、クエタプノはレッドアイの操る魔物の触手を切り落とし、レキシントンからの攻撃を躱しながら思う。
事実、彼はここでの勝利が目的ではないからだ。
時間稼ぎと戦闘経験を積むこと。この二つが目的であり、勝利は二の次だ。実際、勝つことは難しい。幾ら勇者としての力があるとはいっても力の差は未だ激しく、戦えているのは、二体の魔人が仲間割れをしている部分に依るところが大きいのだ。
しかしそのおかげで、クエタプノが最も欲しかった魔人との戦闘経験と、この剣が通用するかが試せたので良しとする。
見切りの力を発揮するためには“一度”攻撃を受けなければならない。故にその一度を積むことで、次からその相手との戦闘は格段に楽になるのだ。
そしてクエタプノが持つ光の剣――
二年前に手に入れた時は錆びた剣であったが、最近、この剣が使えるようになったのだ。コーラに聞けば、この剣は勇者としての力が高まれば高まるほど力が強くなるらしく、それを引き出すには努力次第だと言っていた。今はまだ、努力が足りないとも。
ゆえにクエタプノは勇者としてまだまだ未熟であることを自覚していた。レベルも限界は来ていない。だからこそ、今この時に魔人を倒せるとは思っていない。
しかしこの経験はいつか、魔人を倒そうとした時に役に立つ。だからクエタプノは魔人の攻撃を、出来る限り一度は受けようと心に決めていた。
そのかいあってか、殆どの攻撃に反応出来るようになっている。このままいけば、この二体の魔人の攻撃全てに対応出来るようになるかもしれない。
そうなる頃には時間稼ぎも終わりでいいはずだ。こういう状況になってしまい、カノとこの場で合流するのは難しいが、時間や落ち合う場所は決めてある。
撤退の時間までもう少し。もう少しだけ、クエタプノは戦闘を継続し、それから逃げようと心に決めていた。
しかしその瞬間、クエタプノは自分が不運であることを改めて思い出した。
戦場となった村の広場。その奥から声が響いたのだ。
「一体何だ、この騒ぎは?」
「っ……!」
その声を聞いた瞬間、クエタプノは今まで以上の存在感と重圧を感じ、背筋をぞっとさせた。
村の広場に入ってきたその男。思わずそちらを見てしまう。
「……人間の侵入者だとは聞いていたが……お前達が戦っているとは聞いていないぞ、レキシントン、レッドアイ」
そこにいた金髪灼眼の男。黒のコートに身を包んだその男から発せられるのは、そこにいる者を刺し殺してしまうかのような鋭い気だ。次の瞬間には、この場にいる者達が全員斬り殺されていてもおかしくない。そう感じてしまうほど。
視線だけで人が殺せそうな鋭い紅い目。それに視線を向けられただけでクエタプノは一瞬怯んでしまう。先程までは騒がしかった広場がその魔人の登場で静まり返っている。それは動きを止めた二体の魔人も同じな様子で、
「っ、手出しは無用だぞ、レオンハルト! それに怒るならこの目玉にせい! 儂が最初にこの人間を相手にしとったんだからな!」
「ノー! 手こずっていたから手を貸してやろうとしただけね! 先にアタックしてきたのはユー! レキシントンの方ね! アンダスタン?」
「あぁん!? 儂の獲物だと言っとるのに邪魔してくるお前が悪いだろうが!」
「ノーノー。そこのヒューマン、中々のソルジャー。弱いユーでは苦戦は目に見えている。だから優しく強いミーは手伝ってやろうとした。んっんー、これがトゥルー。トゥルーはいつもひとつ! ユーらはお分かりか?」
「何だとこの目玉!? 儂に喧嘩売っとるのか!?」
二体の魔人が責任の所在を擦り付けて口喧嘩を行う。しかしそれはどうやらいつものことの様だった。
クエタプノはレキシントンが告げた名前に、やはりか、と内心で得心する。
……これが、魔人レオンハルトですか……!
つい最近まで田舎で暮らしており、世間の常識には疎かったクエタプノでも、この名は知っている。
人類の敵。魔物を束ねる魔王と、その24体の配下である魔人。その魔人の中でも最強と称される存在が目の前にいた。
レキシントンとレッドアイという二体の魔人の威圧感ですら、こちらの常識を越えた人外のものであったというのに、眼の前の男は、人間の姿をしてはいても、その身に秘めているであろう力が外側に溢れ出しており、尋常ではない気配を醸し出していた。
威風、と呼ぶべきだろうか、何よりも恐ろしいのは、他の二体の魔人とは違い、恐怖だけではなく覇気の様な、一種の魅力の様なものまで感じてしまうことだ。
魔人レオンハルトは魔人でありながらも、世界最強の剣士である。同じ剣士としてかは分からないが、そこに一つの尊敬の念の様なものを感じる。
行きた伝説、まるで壮大な自然の遺産を見た時の様な畏怖を感じるのだ。ただの人間が彼を前にすれば、死を悟って膝を突き、頭を垂れてしまいかねない。戦意を喪失させてしまうだろう。
クエタプノはそうはなりはしなかったが、内心での動揺はあった。――これで魔人なら、魔王は一体どれほどのものなのか、と。
心の弱い人間であれば、見ただけで死んでしまいかねないのではないか、と。
これが魔王の配下だということに恐ろしさを感じる。その思いが、額に流れる冷や汗となって現われる。
動きを止めて、注視し、いつ行動を起こすかと見定めていると――遂に視線がこちらに来た。
「……お前達が手こずっただと……?」
「っ……!」
紅い目が、こちらを射抜く。こちらの実力を測るような、見定めるような視線。
目が合うと、余計にその畏怖は増す。強い意志を秘めた赤の魔眼。それに見られていると、よくない想像を掻き立ててしまう。
これは勇者としての力は関係なく、剣士としての直感でもあった。剣を持っている様には見えないが、分かる。
この自分が立つこの場所は、彼の間合いの範囲内なのだと。
10数メートルは確実に離れているはずなのに、ここは制空権の範囲内であり、彼は一刀でこちらを斬り伏せることが可能なのだと。
その範囲内にいるからこそ、クエタプノは寒気を感じて仕方ない。
動かなければ死ぬが、動いた瞬間に殺される。
故にクエタプノは値踏みをする視線に動くことが出来なかった。魔人レオンハルトが軽く息を入れ、
「……まあ、いい。どちらにせよ、これで騒ぎは終わりだ――」
と、言葉を告げた瞬間だ。
クエタプノは、飛んできたものを察知することが出来なかった。
「! あ……っ、かっ……!?」
気づけば、斬られていた。
剣を抜いていたのかも見えない。その場から動いてすらいない。ただ彼は、こちらが視認出来ない速度で全てを終わらせた。
空気の刃がクエタプノの身体を斬り裂くと、
……こん、な……こと、が……。
クエタプノは、痛みと血が抜けたショックで、気を失った。
一刀でその少年を斬り伏せたレオンハルトは、僅かな違和感に眉を顰めた。
風の刃を放ち、少年を確実に斬り殺したはずだ。だというのに、
……斬れていない、か。
少年の身体は、斬撃の跡を残して出血するのみで、身体の何処にも欠損をしていない。
やはり、と心に思った刹那、レオンハルトは不意に起こった現象に目を細めた。
見れば他の者達がその現象を声に出していた。魔物兵が、
「じ、地割れ!?」
「地震か!? って、うお、あのガキの死体が――」
と、言う通りの現象が起こった。
レオンハルトが少年を斬り伏せて間もなく、地面が揺れ、地割れが起きた。
その地割れは、少年が倒れ伏す地面のちょうど真下に入り、少年を地中に引きずり込む。落下していく少年を目撃したのも束の間、今度はその大地の裂け目が、
「元に戻った……?」
魔物兵がまた言うように、元に戻ってしまった。
地面の穴を塞ぐかのようなその現象。普通であれば思うのは、レキシントンが言うように、
「……つまらん。死んだか」
そう、死んだ。自分に斬られて死んだはずだったし、そうでなくとも地面の亀裂に閉じ込められたのなら死亡したも同然のはずだ。
だというのに、レオンハルトが感じたのは――まるで、
やはり、と思う。先程の光る剣を見た時にもしや、と思ったが、
「……!」
「!? レオンハルト様、何を……!?」
と、その直後、斬撃を村の建物に向かって放つ。
魔物将軍が驚愕で目を見開く。レキシントンやレッドアイも何だ何だとこちらのおかしな行動に視線を向けてきたが、
「……何でも無い。
「……そ、そうですか。はは、それなら良かったです……」
仮にネズミがいたとしてもいきなりそんなことされたらビビる、という心の声が聞こえてくるようであったが、さすが社会性に長けた魔物将軍と言うべきか、深くツッコむことはなくスルーする。恐怖を感じているのだろう、うちの軍ではないだけに少し申し訳ないな、と思いつつも、
……逃げられたな。
それは二つの意味であったが、一つは仕方ないことと思いつつも、もう一つは割りと本気で残念な気持ちだった。
しかし考えなくてはならない。今の少年がそうだと言うことはだ。
……色々と、やることが増えるな……。
何が起こっても良いように警戒しなくてはならない。だからレオンハルトの分身は、心と意識をレオンハルトと共有しながらも、身を引き締める思いだった。
何故なら、あの剣とあの特性。それから連想出来るのは一つであるからだ。それは、
……“勇者”と相まみえるのは初めてだな。
人類側の救世主――勇者。
レオンハルトにとっては縁もない存在であったが、色々と複雑な気持ちにさせられる相手の登場に、注意しなければな、と心に留め置くのであった。
レオンハルトが飛ばした斬撃で壊れた建物から少し離れた場所で、その別の少年は嫌そうな表情でそれを評した。
「っと、危ないですね……あの魔人、強いことは知ってましたが、まさか見破ってくるとは……」
普通は見抜けるはずのない隠蔽を、あの魔人は的確に察知して攻撃してきた。咄嗟に逃げたが、あんな風に鋭すぎると厄介だ。隠れてみることが難しい。
「しかし……運が悪いですね。途中までは上手くいっていたのに、まさか逃されるとは……」
クエタプノの方は当然の結果なので驚きも何もないが、その仲間の犠牲者まで、まさか命を助けられるとは思わなかった。
その結果を起こしたのも、神の間では色々と噂の元カラー。昔はあの女神も筆頭に、色々と気に入らない存在として有名だったが、今は魔人の使徒ということで特に興味も失われた存在だ。コーラも同じであったが、
「……面白くない」
そう、こうされると面白くない。ある意味で勇者の幸運が勝ってしまったと言うべきだろうか。仲間を失ってくれるように動いたというのに、都合良く生かされるとあまりにも詰まらない。
これではクエタプノを壊せない。勇者としては普通の、ご都合主義で仲間まで助かってしまったかの様だ。
そこまでの悪運の良さはあまり作用しないはずだが、
「……ま、いいでしょう」
何しろ勇者なのだ。たまにはこういうこともあるし、まだ時間はある。
この分だと破滅には近そうだが、
「とりあえず、クエタプノを追いかけますかね……」
仲間はどうでもいい。いや、ある意味では必要だが、こうなってしまった以上、どうせ都合良く後から合流してしまうのだろう。なら考えるべきは、確実に生き残っている勇者と、その後の行動だ。
その果てに、救いのない未来を期待して、コーラはその場から一瞬で姿を消した。
現在の勇者の状態:塵モード(常に人類との戦争状態+魔王の活動が活発化しているため、常に10パーセント超え)エスクードソード解禁
ちなみにこれまではレオンハルトとかが大分抑えてたので4~7%、いっても8、9%くらいでした。