――ルドラサウム大陸東部
そこには二百年以上前に作られた魔軍の本拠地がある。
世界の支配者である魔王の居城――魔王城だ。
そんな魔王城の一階廊下に二人の人影が見える。だが、人ではない。この魔王城にいるのはコックなどの一部の働き手を除けば人の形をした魔に属する者達。
歩みを進めながら何やら会話をしている二人――彼らは魔人だった。
「ガルティア……お前は何回言えば戦闘中の摘み食いをやめるんだ? あれだけ行軍中も軍議中も食べてただろうが」
「しょうがねえだろ。腹が減っちまったんだから」
「少しは我慢しろって言ってんだよ」
「えー……それなら言うが、お前は人斬りたい時に斬るの我慢できるのか?」
「人を辻斬りみたいに言うんじゃねぇ! 我慢出来るし、そもそも斬りたくて斬ってる訳じゃねぇんだよ!」
「そうか? なら今のは例えは無しだ。メシ行こうぜ」
「お前、全然人の話聞いてねぇな……」
魔人レオンハルトと魔人ガルティア。
戦場帰りの二人の魔人が言い争うように声を交わしていた――怒っているのは一人だけだが。
「だから――あ?」
「――お」
そんな彼らだが、廊下の端で視界に映ったものを見て同時に声を上げる。
それは二人を見つけるとやや早歩きでこちらに駆け寄ってくる。それは誰かというと――
「レオンハルト、ガルティア。お帰りなさい」
「……ああ、ただいま。スラル」
「おう、ただいま」
彼らが帰宅の挨拶を交わした人物。白髪に灼眼で理知的な印象を持つ少女。
――それは魔王スラルに他ならない。
そんな彼女が笑顔で挨拶を言ってきたのを見て、何かに気づいた様にレオンハルトが目ざとく口を開く。
「お前……ひょっとしてちょっと前からここで待ってたのか?」
「あん? そうなのか?」
ガルティアもそれを聞いて質問を重ねる。
それに対してスラルは少し恥ずかしそうにしながら、
「べ、別にいいでしょ。今日帰ってくるって聞いてたしそろそろかなって。というか何でわかったの?」
レオンハルトに素朴な疑問を返すスラル。問われたレオンハルトは軽く息を吐く。
「……勘、だ」
「え? 勘?」
スラルが目を丸くする。そんな彼女の姿にちょっと面白かったのかレオンハルトが小さく笑みを浮かべる。
「何となくそうかもしれないと思ったからな。鎌を掛けてみた」
「……も、もう何よそれ!」
誂うような言葉にスラルがむっとしてレオンハルトを見上げる。こうやってレオンハルトがスラルを誂うことはもう珍しいことではなくなっていた。
ガルティアがそれを聞いて思い返すように、
「そういえばレオンハルトは最近、妙に気配に鋭かったりするからな……実は勘じゃねえかもな」
「どこまで俺を化け物にする気だ……それはもう気配察知じゃなくて未来予知かなんかだろ。それにレーダー持ってるお前に言われたくねぇ」
「ははっ、悪いな。最近の活躍してるお前ならあり得るかと思った」
「へぇ、レオンハルトってばやっぱり活躍してるんだ」
「……ん、いや……まぁ」
「? どうしたの?」
レオンハルトの活躍を喜んだスラルであったが、当の本人が煮え切らない様子であることを見て首を傾げる。
「なんだ、悩みでもあるのか?」
それにガルティアも乗っかる。流れは既にレオンハルトの悩みを聞くことになっていた。まだあるとも言っていないのに。
「……いや、別に大したことじゃねぇよ」
そう言いながらもレオンハルトの表情は眉間に皺が寄っている。彼はちょっとだけ言うべきかを悩んでいたが、スラルとガルティアへの信頼故か、それとも本当に大したことないのか、それをすんなりと口にした。
「最近、戦いが面倒――ああ、面倒……ではないか。何というか――刺激が足りなくてな」
「し、刺激?」
「どういう事だ?」
スラルとガルティアが揃って疑問の言葉を口に出す。そして続くレオンハルトの説明を耳にした。
「敵と戦闘になったり一騎打ちしたりすると、相手が弱くて前みたいに燃えないっていうか……楽しくなくてな。部隊指揮なんかに徹してる時はむしろ集中してるから気にならないんだがな」
レオンハルトはそれを真剣に説明する。
「剣を振るのは楽しいが、相手が弱いと直ぐに終わっちまう。かといって意味もなく剣を振りたくもないし一方的な虐殺なんか趣味じゃねぇ。……最近一番楽しかったのが敵の凄腕軍師と軍略勝負して追い詰められた時と、二十年前にカミーラと半ば冗談でじゃれ合った時くらいなんだ。あの時はちょっとお互い本気になりかけて危なかった」
「確かにあの時は……って、待って。えっ、そういう悩み?」
「あー……これは重症だな」
スラルとガルティアが呆れたように息を吐く。そしてスラルが少し困ったように苦笑する。
「……もう、レオンハルト。貴方が剣を振るのが好きなのはわかってるけど、そういう考えは程々にしなきゃ駄目よ?」
「少しはわからんでもないが、戦いなんだからそういうものだろ? 強すぎればそうなるしな」
「重々承知だよ。仕事は真剣にやるしそういうのを求めんのは相手と止むを得ず直接やり合う時だけだ。……だけど、その時が大体不完全燃焼っつうか……」
「他の事で発散したら?」
スラルのそんな提案に直ぐ様、返答が来る。
「もうやってる。戦いの時以外はあんまり考えなくてすむから効果はある……って、思い出した。この本面白かったぜ」
「ほんと!? ねぇ、どこが面白かった?」
「タエとカナコの仲直りのシーンが良かったな。月並みだがタエの啖呵は痺れた」
「あっ、私もあのシーン好き。しかもその前にケイとも話し合った場所だから余計に映えるのよね」
「俺的にはケイとマオの殴り合いも良かった。それに――」
「あー……悪いんだが、それ長くなりそうなら先に食堂行っても良いか? 腹が減っちまった」
ガルティアが盛り上がりかけた二人の会話に水を差す。少しだけバツが悪そうに頭を掻いていた。そして同じく少しだけ決まりの悪そうにした二人。
「あっ、ごめんね? 今度料理作ってあげるか――」
「よし、待ってるから今作ってくれ!」
「えっ、今から!?」
「現金な奴だな……」
レオンハルトは一旦、区切ると気を取り直して二人に告げる。
「とりあえず俺はもうちょっと仕事残ってるから、何にせよ先に行っててくれ。スラル、本の話はまた後でな」
「あ、うん!」
「おお、なら食堂に――いや、スラルの料理を食べるなら部屋の方がいいのか?」
「え、本当に今作るの?」
スラルとガルティアに別れを告げ、その場を後にするレオンハルト。彼としてももう少し駄弁っていたい気持ちもないでもなかったが、それは後ででも出来る事だ。今は遠征帰りで仕事がそれなりに多い。
だが、これが終われば時間も出来るだろう。
それにさっきは刺激が足りないとは言ったが、こういった日々があるからか特にストレスは溜まっていなかった。
「……面倒だがさっさとやるか」
そう言ってレオンハルトは面倒そうにしながらも軽く笑みを浮かべ、仕事を片付ける為に私室に向かった。
一足早く自室に戻って仕事をしていたレオンハルトだが、少し小休止がてら部屋を後にして食堂にでも向かおうとした時のことだ。
前方の廊下から一組の男女が歩いてくる。お互いにそれに気づいた時、最初に話しかけてきたのは女性の後ろに控えていた長髪の男だった。
「これはレオンハルト様。遠征から戻られたのですね」
「七星、それに――カミーラ」
「……レオンハルト、か」
お互いに視線を合わせて名前を呼ぶ。自分と同じ魔人四天王の一角――プラチナドラゴンの魔人、カミーラ。
その美貌でかつて多くのドラゴン種を惑わした絶世の美女が、その視線で自分を貫く。
しかし特に用事も思いつかなかったレオンハルトはその場を後にしようとして――カミーラに止められた。
「そういえば……」
「? なんだ?」
カミーラがゆっくりと口を開く。ここ二百年程で多少活動的に動くことも増えたカミーラだが、それでもその泰然とした態度は変わらない。何か用があるのだろう、レオンハルトは返答を待つ。
「……お前、私が狙っていた獲物を……横取りしたか……?」
「獲物?」
「レオンハルト様、数年前に戦った赤い髪の人間です」
「……あー、いたなそんな奴」
レオンハルトは七星から告げられた特徴で思い出す。確かに数年前、カミーラと一緒に出た戦場でやたらと逃げるのが上手い男がいた。遊撃部隊を指揮していたその男は、人間にしては上位の実力と優秀な頭脳、そして類まれなる運によってまんまと俺とカミーラの軍から逃げおおせた。自分はその時こそ直接対峙しなかったが、カミーラはその人間をいたく気にいって自らの手で狩ろうと息巻いてた筈だ。
だが、
「……悪いな、カミーラ。ちょっと前に偶然そいつの部隊を見つけてな――作戦に邪魔だったから潰しちまった」
「――!」
「――っ! っと!」
瞬間、カミーラの爪が高速で伸びて両者の間で激突する。甲高い音が廊下に鳴り響く。レオンハルトが背中の魔剣オル=フェイルを引き抜き、カミーラの爪を弾いたのだ。
レオンハルトは攻撃してきたカミーラにやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「おいおい、危ないだろうが。お前とやり合ったら半殺しにされそうだし、城が壊れるし、何よりスラルにも怒られそうだからやめてくれ。……俺が悪かった。また埋め合わせはさせてもらう」
飄々とそう言うレオンハルト。しかし間違ってはいない。こんなところで魔人四天王の二人がやり合えば周囲も只ではすまない上、身内でやり合うのは魔王であるスラルに禁止されている。――特にレオンハルトとカミーラは。
「……ふん」
その謝罪を聞いて気分が少し収まったのか、カミーラが怒気を鎮める。
それもあるが、大きな理由はそこではないようであった。彼女の瞳はレオンハルトの表情をじっと見て――そして口を弓形に変化させた。
「……よく言う、一瞬だが……随分と楽しそうだったな……? そんなに私と踊りたかったのか……? くくっ……」
「…………なに、美人と踊れるなら光栄だからな。そりゃテンションも上がる」
「くっ……くくく……随分と欲求不満のようだな……」
「カミーラ様……」
レオンハルトの内面を見通したかのように、そしてその感情に見に覚えがあるのか、カミーラが面白そうに笑う。七星はそんな彼女の楽しそうな様子を見て、ほんの少し困惑する。
カミーラはそのまま言葉を続けた。
「お前の悩みは、わからないでもない……せっかくだ……いつもの礼に、助言をやろう……」
「……カミーラが俺の為に何かしようとする日が来るとはな。明日は雪か?」
「なに、世話になった礼と思え……」
「…………」
レオンハルトは茶化しながらも、その目は真剣そのものだ。カミーラの言葉を聞き漏らさないように意識を傾けているようである。
カミーラは未だ口元に微笑を残しながら助言を口にする。
「長く生きると……退屈が何よりの毒となる……その内慣れる上、私はそれも、嫌いではないがな……」
その言葉は妙に含蓄のある様にレオンハルトは聞こえた。黙って先を待つ。カミーラも程なくしてそれを続ける。
「そして……ほんの少し、変化を加えるだけで……日常は非日常となる」
「……変化っつってもな」
「簡単なことだ……お前の場合は……そうだな……使徒でも作ったらどうだ……?」
「……使徒を? それは……」
レオンハルトが眉をひそめる。全く予想していなかった単語だったからだ。
使徒。自らの血を分けて作り出す魔人の忠実なる下僕。その特性から長い年月を使徒と共に過ごすことになる。
カミーラにとっての七星。ガルティアにとってのラウネア、タルゴ、サメザンなどがそうだ。
その使徒を自分が作る――?
レオンハルトは想像がつかなかった。それで現状に満足出来るとも思えない。
そんな思いが顔に出ていたのかカミーラがそれを指摘する。
「不満そうだな……なに、作ってみると案外、悪くないものだぞ……?」
「カミーラ様……」
その言葉にカミーラの使徒である七星が嬉しそうな声色で主の名前を呟く。忠義が認められたような気持ちなのだろう。カミーラはそんな七星の様子を見てか、レオンハルトのだんまりを決め込んだ表情を見てか、軽く鼻で笑ってみせると、歩みを再開した。
「私はもう行く……精々、考えることだな……」
「はっ、参りましょう。……レオンハルト様、ではまた」
「……ああ」
別れの挨拶を告げ、二人の主従はレオンハルトを通り過ぎると、そのまま去っていった。
廊下に一人残されたレオンハルトは、しばらく何かを考えるようにそこに佇んでいた。
遅めの夕食を終え、仕事を片付けると、辺りはすっかり暗くなっていた。
魔王城の中こそ、ランプなどの照明設備のおかげでそれなりに明るいが窓の外は暗闇。
「……行くか」
レオンハルトは少し考えて、自分の部屋を後にした。向かう先は最早、日課となっている魔王――スラルの私室だ。
ノックをして、中にいる主に呼びかけると、直ぐに返事が返ってくる。
それを聞いてから扉に手を掛けた。
「おう、来たぞ。スラル」
「……ちょっと来るの遅い」
少しだけ拗ねたようにそっぽを向くスラルを見て、嘆息する
……こいつは、全然変わんねぇなぁ……。
相変わらずの魔王らしくない態度を見てそう思う。俺はいつものようにスラルの隣に腰掛けると、弁明するために口を開いた。
「仕事が溜まってたからしゃあねぇだろ。むしろ俺としてはよく今日中に終わったな、と自分を褒めたいところだ」
「……それはそうかもしれないけど……んー」
スラルはその言葉に少し思案顔になる。そして何回目かになる提案を出した。
「遅い時は私の部屋で仕事――」
「駄目だ」
俺はそれをすげなく却下する。本当に何回目だろう、と頭を抱える。
「お前と俺が一緒に仕事すると周囲の目が無かったら脱線しまくるだろうが……一度、一緒にやって口論から夜通しボードゲーム大会になったの忘れたのか?」
「うっ……でも、あれはあの時だけ――」
「その次は確か読んでた本の続きが気になってお互いに推理し続けたな。朝まで」
「…………」
「その次はお前が――」
「――べ、別の話にしましょ!」
恥ずかしいことを蒸し返されそうになり、慌てたようにスラルが話を遮る。俺はやっと収まったか、と息を吐いた。
スラルは俺が部屋に来るのが遅かったり、来ない日があるとちょっと拗ねる。まぁ、週に一回か二回くらいならそこまで言ってこないが、今日みたいな遠征でしばらく会ってない日なんかがあるとそれが顕著だ。
スラルは誤魔化そうと何かを話そうとして、思い出したかのように口を開いた。
「さっきガルティアからもちょっと聞いたけど、今回の遠征は大丈夫だった?」
「……いつも通りだな。敵将討ち取って適当に追い返して解散。あれだけ叩けばしばらくは戦えねぇだろ」
「ん、わかった。怪我は無かった……よね?」
「……無いな」
「……やっぱり戦うの嫌いになった?」
スラルが心配そうに俺を見上げる。俺はその問いに首を振った。
「戦うのが嫌いになった訳じゃねぇ。……ただ、あまりにも単純作業になってきたからな。楽っちゃ楽なんだがそればっかりだと張り合いが無いっていうか……」
「んー……あまり気が進まないけど……カミーラやガルティアと模擬戦でもする? 本気は駄目だけど」
「……いや、いい。あんまり周囲に迷惑掛けるのもな」
「……わかった。じゃあ何かあったら遠慮なく言って! 出来る限り融通するから!」
「魔王様の融通か。それは魅力的だな。何でも手に入りそうだ」
「でしょ?」
その場に穏やかな空気が流れる。毎度お馴染みの他愛もない話。ガルティアが居ればもっと騒がしくなる。
こういった変わらないやり取りは嫌いじゃないんだけどな……。
本当にこの性分はどうしたものか――そう考え、昼間カミーラに言われた事を唐突に思い出す。
そして何となくスラルにも聞いてみようとそれを口にした。
「……そういや、ちょっと手に入れようか迷ってるものはあるな」
「え、何? 教えて?」
「使徒を作ってみようかと思ってな」
「あー使徒ね。それなら――って、ええ!?」
スラルが俺の言葉に驚愕する。何でそんなに驚くんだろうか。
「……俺が使徒を作ろうとするのってそんなに意外か?」
「う、うん。興味ないのかと思ってた……だって、百年くらい前に……」
「ああ、そういえばいたな。俺の使徒になりたいって言ってた奴」
俺は記憶を掘り起こす。確かにそんな事があった。
あれはとある人間の女だ。それなりに強くて、何かがあったのか人間に恨みがあるので、魔軍に入りたい。使徒にしてほしいと態々一度魔軍に捕まってまで言ってきた奴がいた。
復讐心が高すぎるのと、俺自身があんまり乗り気じゃなかったのもあってその時は断って解放してやった。あの時は今ほど退屈してなかったのもあるしな。
それを思い出して俺は苦い表情を浮かべる。
「あの時はどうかと思ったけどな。今は……ちょっとくらいなら考えてもいいかと思ったんだが」
「……うーん。ま、良いんじゃない?」
スラルが意外にもあっさりと肯定する。身内を大切にするスラルは嫌がりそうだと思ったからだ。
俺はその疑問を口に出す。
「なんだ、いいのか? とんでもない極悪人や魔物を使徒にするかもしれねぇぞ?」
「ん、それはないかな。レオンハルトのこと信じてるし」
スラルは何ともなしにそう言う。その表情は一点の曇りもない様子。
「レオンハルトが認めた子なら、きっと良い子だと思うし……私も仲良くなれそう」
「……スラル」
「だから、もしそういう機会があってレオンハルトがこれって思う子がいたら使徒にしてあげて」
その言葉に、俺は心の中の靄が少し晴れたように感じた。
そして苦笑する。こういう部分があるからこいつは侮れない。
「……そうだな。そういうのも賑やかでいいかもな」
「もし出来たら歓迎会開いてあげないとね」
「しまった、それがあったか……」
「ちょ、ちょっと! それは失礼よ! 私だって少しは……」
上達してるってか? ありえない。未だにガルティアしか喜ばない毒料理を食べさせるなんて正気じゃない。
「……魔人でさえ気絶するんだぜ? スラルの料理食べたら、俺の使徒死なねぇかな……?」
「そこまでいかないわよ! ……多分」
二人揃って言葉尻が弱くなる。今から使徒になる奴が可哀想になってきた。
……でもまぁ、少しは気が楽になったな。
そのうち、そういう奴が現れたら使徒にする。今後はそういう人材を探すことも趣味になるのだろうか。
俺はその日、スラルの言葉、そして未来の使徒を思ってか、ぐっすりと寝ることが出来た。
――朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。それに気づいた俺は飛び起きた。
「やべぇ……寝すぎた」
別にいついつまでに起きるとかいうそういう決まりもないのだが、今の時間は普段なら既に朝食を食べ終えて仕事をこなしている時間だ。作戦行動中や会議の予定なんかがあると問題だが、今日はそんな予定もない。
そう考えると少しはゆっくりしてもいいかと開き直る。これだけ眠るって事は昨日は色々あって疲れたんだろう。悩みやら使徒やらの話もスラルと話して気が楽になったのかもしれない。
「たまにはこういう日も悪くねぇな……」
そう言って俺はいつものコートに袖を通すと、部屋の扉を開けた。
すると――
「――おはようございます!! レオンハルト様!!」
「あ――?」
扉を開けた瞬間、俺に向かって元気のいい挨拶が聞こえてくる。しまった、誰か訪ねて来てたのか。
十中八九、仕事の事だろう。朝から申し訳ない事をした。
俺はその腰を九十度曲げて挨拶する少女に、声を掛けようとする――ん? そういえば見覚えのない奴だな。
じっと視線を向けながら考えていると、その少女は上体を起こして大きな声で発言した。
「――先日の話を耳にして参上致しました! 私を――」
そして一息で、
「私を――レオンハルト様の使徒にしてください!!」
「………………え?」
俺はそれを聞いて、凍ったように動きを止めてしまった。
――幾ら何でも急過ぎねぇか……?
朝のひと時に、突然に、レオンハルトにとっての転機は訪れた。