というわけで衝撃の本編をどうぞ。
魔軍の本隊が占拠する東部オピロス帝国の首都。
そこに、ある報告が届いたことで、皆が血相を変えた。
「勇者が来たって!?」
「は、はっ! 街の外れに奇襲を掛けてきたようです!」
魔物将軍の慌てた報告に、ハンティが窓の外に広がる街を見て、歯を噛みしめる表情を取った。
視界の中央、街の外れに当たる部分に映るのは、魔物兵の群が削られ、割れるかのように別れていく有様だ。
地面に亀裂を入れたかのような魔物兵の動きは、あの中心に凄まじい強さを持つ敵がいることを意味する。
つまりは近づけないほどの強さ。そういうことだ。そして魔軍に敵対する人間の中で、あそこまでの所業を為せるのは、勇者しかいない。
「うっわ……あれ、ヤバそうっていうかマズそうですねぇ……今はレオンハルト様もいませんし……」
ペールが頬に汗を掻き、引き攣ったような笑みで言う。その隣から、窓の外を覗き込んだキャロルも、手を額に水平に当て、敬礼のような遠くを見るようなポーズを取ると、
「凄くやられてますわ!? あっちにはリーさん達もいますのに……!」
魔物大将軍が街の外れで訓練を行ったこのタイミングでの襲撃。随分と、勇者というのは運が良いらしい。
直ぐに対応しなければならないと、向き直った使徒達は、報告に来た魔物将軍の窺うような視線を受けて、話し合った。
「レオンハルト様はケッセルリンク様のところにいるはずですよう!」
「なら、あたしが伝えてくる!」
言うが早いか、ハンティが一瞬で姿を消す。ここからケッセルリンクの場所まではそこまで距離があるわけではないが、さりとて気軽に行けるほど近いというわけでもない。
一瞬で移動出来るハンティに任せるのが一番早く、また、確実だ。
残ったキャロルとペールはお互いに顔を見合わせ、
「とりあえず、全軍に通達致しましょう! 勇者を迎え撃つのですわ!」
「もしもの時は、ひょっとしてペールちゃん達が相手にしなきゃならないんじゃ……魔王様にお願い出来るわけもないし……ヤバいですよう……! ――あ、でも始祖様も一緒なら何とかなりますかね……?」
だが、ハンティが直ぐに戻ってくるだろうことに気づき、ペールは落ち着いて思案する。
ハンティが戻って来た後に全員で相手すれば何とかなるかもしれない。
確実なのはレオンハルトが相手をすることだろうが、レオンハルトが直ぐに来るかどうかは分からない。
瞬間移動でハンティは移動出来るが、アレは他人と一緒に移動させるのは危険だとも聞くし、ハンティもそのため他の者と一緒に移動することはしない。
しかしレオンハルトであればそれを押しても、移動して来るかもしれない。
それを思いながらも、街の外れには間に合うのか微妙なところだ。
特にあの様子だと、魔物大将軍が生きているかどうかも怪しいが、それを言って士気を無闇に落とすことはない。確証が取れるまでは明言を避けるべきだ。
だがキャロルなども、それを分かってか表情を硬くして、魔物兵達に指示を飛ばしている。普段はああだが、仲間想いなところもある。心配しているのだろうと推察出来た。
ペールとしても心配ではあった。だからこそ、どうか間に合えと心の中で祈る。
……レオンハルト様なら……!
自分達の主なら、間に合わせる。それを信じることにして、ペールはキャロルと共に、やるべきことに取り掛かった。
街の外れ。
ほんの少し前まで鳴り響いていた激音と大気の振動は、突如として鳴り止んだ。
それを合図に、周囲でそれを固唾を呑んで見守っていた魔物兵達は、乾いた喉から結果を口にする。
「こ、コウウ様が……負けた……?」
「か、勝ったかと思ったのに……!」
それは、勝負の決着を示すもの。
地面に倒れた巨体の魔物と、未だ立ち続ける人間に、魔物兵達は堰を切ったように声を上げた。
「う、うあああああ!? あ、あの人間、化け物だ!」
「死んだかと思ったのに生き返りやがった!?」
「か、勝てるわけがねぇ! 誰か助けてくれ……!」
「に、逃げないと……!」
魔物兵達が、眼の前で魔物大将軍を失いパニックになり、思い思いの行動を取り始める。
逃げる者、立ち尽くす者、押し合いへし合いになって喧嘩をする者達。実力主義の魔物達にとって、自分より圧倒的に強い相手が負けたとなると、誰もが戦意を失う。
それが魔物大将軍最強のコウウともなれば尚更だ。残った魔物兵達は勇者から逃げるようにして散り散りばらばらになっていく。
それを勇者クエタプノは、直ぐに追いかけることはなくじっとしていた。傷の具合を見ているのだ。
やがて魔物兵達がいなくなると、傍らに従者であるコーラが現れた。地面に倒れた大柄の魔物を見て、
「随分と手こずっていましたね」
「…………」
クエタプノは無言だが、肯定する雰囲気を見せる。コーラは続いて言った。それはクエタプノの傷の理由だ。
「まさか、本当に一回殺されてしまうとは思いませんでしたよ」
「……彼は、僕が思ったよりも強かった。想定以上の力を出した。――それだけですよ」
そう、クエタプノはコウウによって、一度殺された。
力量は完全にクエタプノの方が上であったが、それでもコウウは食い下がり、必殺の一撃を以てクエタプノを一瞬だけ上回ったのだ。
魔物大将軍程度なら以前も一瞬で倒したのだし、余裕かと思っていたが、
……彼、強かったですね……。
勇者の不死の特性が無ければ、自分は負けていたのだ。
明らかに勝勢だったのにも関わらず、自分は魔王どころか魔人でない相手に負けてしまった。
これではいけない。自分はもっと、強い相手をこれから相手にしなくてはならないのだ。
改めて、身を引き締める必要がある。自分は勇者なのだ。
死なないとはいえ、本来であれば一度たりとも負けることは許されない。
心にそう刻み込むと、クエタプノは残りを倒さないと、と前に進もうとした。しかしコーラが、
「……ところで、あれは殺さないんですか?」
「……あれ、は……」
コーラが視線で示す先、コウウと名乗った大将軍の傍らに一体の魔物がいた。
女の子モンスターであるきゃんきゃんだ。先程から疑問だったが、彼女だけは、魔物兵スーツを着ておらず、そのままの状態でいる。
最弱と名高い魔物。それを見て、クエタプノはコーラの問いに答えた。
「……害は――」
「あれも魔物ですし、一応殺しておいた方がいいのでは? ここで生き延びて、人間を襲うかもしれませんよ?」
「……それは――」
確かにそうだ。魔物は人間を襲う。
だから殺さなければならない。それは正しいことのはずだ。
「……いや、そうですね。勇者として、使命は果たします」
そう言って、クエタプノはきゃんきゃんに近づいていった。
コウウの死体を踏み越え、きゃんきゃんに迫ろうとしたその時、
「……ま……ち、やが……れ……」
「っ!?」
その足元からの声に、クエタプノは咄嗟にその場から退避した。
既に死んだかと思ったその相手、コウウは、地面に倒れたままではあるが、確かに声を出して、こちらを止めようとしていた。
「まだ息がありましたか……」
これもまた失態だ。既に虫の息で、放っておけば死ぬとはいえ、生死を見誤ってしまうとは。
しかし、もう脅威とはならない。
立ち上がることすら出来ないコウウは、ただ手だけを動かし、這いずるようにしてきゃんきゃんの近くまで寄っていった。
まるで、きゃんきゃんを守るかの様に、
「や、ら……せ、ねぇ……ぞ……!」
「コウウちゃん……!」
こちらからきゃんきゃんを庇うかの様に、倒れたまま対峙しようとする。
だが、戦う力はないし、守るための力もない。仮に攻撃を放っても、二人纏めて死ぬだけだろう。
だから剣を振ればいい。振ればいいだけなのだが、
「…………」
「あれ? 殺さないんですか?」
コーラが再度、相手を殺さないのかと促してくる。こちらはまだ剣を構えていたが、余程渋い顔をしていたのだろう、こちらの顔を見て、
「あれは魔物ですよ。何を絆されているのか知りませんが、人間の敵です。特に魔物大将軍なんて、大勢の人間を殺してきた化け物ですよ?」
「……分かって、います」
ああ、そうだ。分かっている。
魔物は殺さなくてはならない。ならないが、
「……ですが……放置しても問題ないはずです」
そう言った。
何故なら、彼らはもう、人間の脅威になり得ないはずなのだから。
「魔物大将軍の方は放っておいても死にますし、きゃんきゃんは……無理に相手をする必要はありません。それよりも逃げていった魔物大将軍二体を倒す方が優先されるべきです」
「……はぁ、そうですか。それなら別にいいですけどね。彼らが後で人間を殺したりしても知りませんよ?」
「その時は僕の責任です。いいから行きますよ」
「……はいはい」
彼らよりも重要なことがある。そんな理由を付けて、クエタプノは二体の魔物の横を駆け抜けていった。
……くそ……体中が、痛ぇ……。
コウウは、去っていく勇者を見て、自分の力が及ばなかったことを悟った。
最後の一合で見たのは、倒したと思った勇者が起き上がり、こちらを一閃で斬り伏せたその姿。
……勝ったと思ったんだがな……すまねぇ……。
このままではリーやバルカも危ないだろう。自分の力が及ばずすまないと、コウウは心の中で謝罪を行う。
しかし不安に思う一方で、彼女を守りきれてよかったとも思ってしまう。傍らで、こちらに寄り添ってくれているのは、きゃんきゃんだった。
「コウウちゃん……」
「お……おお……ぶ、じ……か……?」
「うん……! コウウちゃんの、おかげで……!」
……へっ、それなら良かったぜ。
力が入らないことと、血が溜まって喋り難いこと以外は、不便はない。ようやく痛みも無くなってきたところだ。
そして、このまま死ぬんだろうなぁ、と他人事のように思ってしまう。
結局自分は、最後まで野望も何も成すことも出来ず、勇者とかいう人間にやられて、無残に死んでいくのだ。
だが不思議と、嫌な気持ちはしない。あれだけ死ぬのを怖がっていたはずなのに、どこか受け入れてしまっている自分がいた。
それは多分、
「……守ってくれてありがとう」
「……ああ……」
こちらを見て、悲しそうな、泣きそうな顔になっているきゃんきゃんを見て、コウウは不謹慎にも、嬉しく思ってしまう。
「今まで、遊んでくれて……一緒にいてくれて、ありがとう……!」
「……ああ……」
それはこちらの台詞だった。
彼女がいたからこそ、自分は最後に、ここまで満ち溢れた気持ちで逝けるのだ。
「……大好きだよ、コウウちゃん」
「あ、ああ……――――」
――俺もだ。
その想いは、最期まで口にすることは叶わなかったが、彼女に合わせられた手を、浅く握ることで伝える。
どうにも情けない。天下を取るとこの世に生を受けた自分は、最後まで何も大きな事を成すことが出来なかった。
自分が千年近くの生の中で成したのは、たった一体のきゃんきゃんを守り、たった一体のきゃんきゃんから好かれたことだけ。後はせいぜい、最後に仲間の為に時間稼ぎを行い、少しは見直させたか、とそれくらいだ。
だが、その成したことに対して、自分の生について、こう思い、評価する。惚れた女を守るだけ。それしか出来なかったが、
……なんだよ俺……やるじゃねぇか……。
――それが出来ただけ、上等だ。
そうしてコウウは最期まできゃんきゃんに看取られて、息を引き取った。
しばらくの間きゃんきゃんは、すすり泣くような音を漏らし、血に濡れながらも……決して、彼の傍を離れようとはしなかった。
「ひぃ!? あ、あの人間、化け物だ!」
「ど、どうすりゃいいんだ……!?」
勇者が街の中心に向かって、魔物兵を倒しながら凄まじい速度で進む。
まるで風の様な速度で駆けるクエタプノは、直ぐに後方に逃げようとしていた魔物大将軍二体に追いついた。
「逃しませんよ」
「……ふ、ふふ、そのようだ。……もはや逃げることは叶わないようだな」
「くっ……コウウまでもが……! ……こうなっては仕方がない。バルカ。お前は――」
と、やって来た勇者に一歩前に出ようとしたところで、遮るように翳された手で止められる。
「バルカ!? 何を……!」
「大丈夫だ、心配するな、リー。天才の私には、奴を倒す秘策がある」
馬鹿な……! と、思う。先程の勇者とコウウの戦闘を、少しでも見たら、敵わないことは理解出来ている。
これを倒すような策。幾らバルカが天才だからといって、こんな何もない状況であるはずがない。
だが、バルカは言った。いいか? と、
「実を言うとな、リー。私は最後の最後の戦いで、この策を使ってから死ぬつもりだった。天才軍略家である私には、寿命で死ぬなどは似合わない。最期こそ、最大の敵を倒してから逝く。それでこそ、私の名も轟くというものだ」
それはバルカらしい、魔物大将軍としての在り方だった。コウウとはまた違った自信の持ち主。自分は天才であり、その知略を以て自分の名を高めようとする魔物としての欲求だ。
それは理解出来る。彼が、そうすることを願っていることを。
「っ、だが、私は……お前達に、生きてほしかった……!」
「……ああ、分かっているとも、リー。他者の気持ちを慮るのは苦手だが……これでも、友だ。お前の考えること、お前の欲くらい、何か分かっているさ」
だがな、とバルカはそれを理解しながらも押して口にする。
「そんなお前だからこそ、私は、私達は、命を懸けられる。私は今まで一度たりとも、他者の為に戦ったことはなかった。……最期くらい、お前を守らせてくれ」
「バルカ……お前は……!」
「ではな、我が友よ。――先に、行かせてもらうぞ!」
そう言うが早く、バルカは勇者に向かって駆けた。
勇者が剣を身構え、迎撃の準備を行う。
「っ、何を……!」
「ふっ、お前が私を斬ろうが、何をしようが関係ない。そんな作戦が私にはある――」
だがバルカは、構わず無防備に、突き進んだ。
それはバルカが用意していた最後の策。
天才軍略家として、最後はこれを一度、試してみたかった。華々しく散るために、と用意しておいたのは、
「――
「っ……!? くっ……!」
勇者の剣がバルカの腹に突き刺さった瞬間、そこから光が漏れ出し、
「――――!」
バルカは自分を中心に、大爆発を起こした。
爆風は周囲に衝撃を広がらせ、爆炎を発生させる。
「ば、バルカ……!」
空気の圧を腕で防御しながら、リーは勇者に対する自爆特攻を行った友の名を呼ぶ。
勇者は、バルカは、一体どうなったのか。勇者は倒せたのか。万が一にでも、バルカは生きてはいないか。
そんな少ない可能性を信じたいがため、リーはその結果を確認する。
爆煙が徐々に晴れていき、リーの視界には人形のシルエットが映る。
「まさか……」
それを目にし、リーは戦慄した。
爆風の中から無事に現れた人物。何が起こったのか、運良く爆風から逃れ、助かっている人間の姿。
それは――勇者だった。
「……けほっ、どうやら……
こちらにとっての不運。相手にとっての幸運を目の当たりにし、リーは拳を強く握って、震えた。
……皆、いなくなってしまった……。
誰もが勇者にやられた。ついこの間までは、元気に思い思いの姿を見せていた三体の魔物大将軍。
ヴラド、コウウ、バルカ。リーのかけがえのない仲間。たった3体の友人達は、皆先に逝ってしまった。
……ずるいではないか……!
後に残された自分は、どういう思いを得るのか。彼らは考えたことがあるのか。
途轍もない寂寥感。胸にぽっかりと穴が空いたようだ。
このような想いをするくらいなら、一緒に逝かせてほしかった。
だが、それは出来ないことは分かっている。
それを思うだけならともかく、口にするのは彼らの想いを踏みにじることとなる。
誰もが個性的で、厄介な連中だった。マイペースで、自分のやりたいことに正直な連中だ。
だからこそ、彼らは自分の想いに従って動き、自分はこうして、彼らの想いを踏みにじらないために最後まで残っているのだろう。
彼らは皆、トラブルメーカーではあったが、リーにとっては、大切な友人達だった。
だが、自分にはまだ大切なものが残っている。だから死ぬわけにはいかないはずだ。
……レオンハルト様……。
リーは自分が尊敬して止まない男を思い、そして謝った。
自分は、彼の為に働かなくてはならない。命令もある。勇者と対峙したら、全力で逃げろと。
しかし、既に逃げることは不可能。他の大将軍達は皆死んでしまった。
かくなる上は、立ち向かうしかなかった。
無論、敵うわけがない。自分は魔物大将軍の中でも特別、能力が高いわけではない。
だが――やるしかない。だからこそ、リーは謝る。
……レオンハルト様……申し訳ありません。
自分はこれ以上、役に立つことは出来ないと。その覚悟を謝罪を心に刻み、リーは拳を構え、勇者を迎え撃った。
「――おおおおおおおおおおおおお!!」
「……申し訳ないですが――」
と、勇者が告げた瞬間。
「……一撃、です」
「――か、はっ……!」
リーは勇者に、腹を斬り裂かれた。
腹は魔物大将軍にとって、最も重要な器官である、ブレインがある。
ここ以外であれば、どんな傷であろうと再生してしまう魔物大将軍も、このブレインだけは回復することが出来ない。
だから何があろうとも、ここを傷つけられた時点で、リーの死は確定したのだ。
膝を突き、地面に倒れようとする瞬間――リーはその姿を見た。
一瞬でその場に現われた男の姿。彼の使徒も一緒だ。
リーが尊敬して止まない魔人。彼はリーの姿を目に映し、次に勇者の姿を目に映すと、
「――よくもやってくれたな……勇者ッ!!」
「っ、くっ……がっ!?」
誰もが視認出来ない速度で魔剣を抜き放ち、勇者を一刀で吹き飛ばした。
――魔人レオンハルト。最強の魔人が、遂に勇者と対峙するその瞬間を、リーは彼の使徒達が駆け寄ってくるのを感じながら、目の当たりにしていた。
「――分身」
「っ、増えた……!?」
レオンハルトは剣の一閃で距離を取らせながらも、立ち上がってきた勇者クエタプノに対し、まずは分身に当たらせた。そのまま屋根の上で戦闘が始まる。しかしレオンハルトの本体は、直ぐ様リーの元に駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
「れ、レオンハルト……様……」
地面に倒れ、腹部のブレインを破壊されたリーの命は、もはや風前の灯火だった。
一緒に来たハンティや、キャロル、ペールらも、皆が険しい顔をして、
「これは、もう……」
「……リーさん……」
「魔物大将軍は、中のブレインを破壊されたらどうしようもない……みたいですね……」
彼女達にとっても親交のある相手だ。
そしてレオンハルトにとっても、千年以上の間、自分の下でずっと働き続けた部下でもある。
それを看取るために、レオンハルトは一先ず分身で、勇者を止めたのだ。
分かっている。そちらを優先した方がいいのも、リーがもう助からないのも。
だがそれでも、衝動的にレオンハルトは駆け寄っていた。リーがこちらを見上げ、
「……お役に、立てず……も、うしわけ、ありません……レオンハルト、様……」
「っ、謝るな! お前はよくやってくれただろうが!」
「……私、は……レオンハルト様に、仕えること……が、出来て……これ以上ない、幸福を……得て、きました……」
リーのその言葉は、否応にも彼の最期なのだということを実感させてくる。
だからレオンハルトは声を掛けた。彼の最期を、幸福なものにするためにも、
「……ああ、俺も……お前がいてくれて助かった」
「……そう言って……下さる……の、なら……ば……これ、に……勝る、喜び、は……ありま、せん――」
そしてとうとう、リーのその口は音を発することが出来なくなる。
だが、その口の動きを、レオンハルトは不思議と読み取れた。
――今まで、ありがとうございました。
それは感謝の言葉だった。
自分の死に際になって、最後の最後に、言う言葉は、自分への感謝だ。
……俺は……。
レオンハルトは思う。
自分は、そんな感謝をされるべき奴じゃないと。
レオンハルトは勇者という存在を知り、仲間に危害を加えないように警戒しながらも、それを積極的に討伐しようとはしなかった。
目的の為に、レオンハルトは動き、その結果、リーや他の大将軍も死なせてしまった。
やらせる気はなかった。結果論ではあるが、防ぐことは出来たはずだ。
しかしそれを選び取ることが、レオンハルトには出来ない。
だからレオンハルトは、リーの命を救えない。
そもそも最初から、自分の道の上に、リーはいない。
いない、はずだったのだ。
だからレオンハルトは衝動的に、自分の右手を振り上げると、
「レオンハルト様!?」
「あんた、何を――」
キャロルとハンティが声を上げる。レオンハルトが、拳を強く握り、爪を突き立てることで、自分の右手を自分で傷つけ、血を流したからだ。
そして使徒達に告げるのは、これから起こることの一種の報告だ。
「今から……リーを助ける」
「助ける……って、レオンハルト様……まさか……」
ペールが、無理です、と言おうとして、しかしその方法に思い至る。
レオンハルトは言った。――
「――――」
その言葉とともに、レオンハルトは自分の右手から流れる血を、リーに与えた。
瞬間――リーの身体から、光が広がった。
リーは死の間際で、暖かさを感じていた。
最期に、自分が尊敬して止まないレオンハルトに看取られて逝く。
自分のような不出来な成り上がり者には、出来すぎた結末だ。
だから悔いはない。
これ以上を望むのは欲張りすぎというものだろう。
本来であれば、もうずっと昔に死ぬはずだった。
だが魔物大将軍への進化という僥倖に遭遇し、リーはここまで生きることが出来たのだ。
もう充分。後は、レオンハルトやその使徒達、自分が関わってきた彼らの行く末が幸福であることを願うだけだ。
レオンハルトには何か目的がある。ただ生きて、魔人として相応しい行動を取っているだけではない。
だからなのか、レオンハルトはよく、何かをじっと考え、その先を憂うような表情を見せることがある。戦いの際も、戦いで起こる犠牲に対し、少なからず、同情の心を隠し持っているようにみえる。
そんな誇り高くも、優しい修羅であるレオンハルトのことが、リーは心配だった。
何を考えているかまでは分からない。
だが、レオンハルトが少しでも悩まなくてすむように、リーはどこまでも真面目に、彼の助けになるよう全力で職務に取り組んだ。
魔物大将軍として出来ることは、ただそれだけだった。軍人として、ただどこまでも愚直に、彼のために尽くす。せめて仕事の事だけでも、自分に頼ってもらえればと。
彼の使徒達や、周囲の者達にもよくしてもらったし、同僚や部下にも恵まれた。とても賑やかで、楽しいと心から言える日々だった。
もし生まれ変わったのならば、
……願わくば、次も……あの御方の下で戦いたいものだな……。
それはリーが、魔物将軍として死ぬ最期の日に、同じ様に口にして、願ったものだった。
例え千年生きても変わることはなかった。彼に忠義を尽くし、彼の下で戦いたい。
そのためならばただの魔物として、ただの魔物兵となっても構わない。
だからリーは、生まれ変わるなら、レオンハルトがいる時代に生まれ変わりたいと願った。
しかし、その奇跡は起こらない。あの日のような延長戦は起こらない。
それは分かっていた。
――だがそれは、急激な痛みによって、引き起こされた。
……っ、何だこれは……!?
全身を包み、身体の中を弄り、破裂しそうなほどに暴れ回る何か。今までに感じたこともない形容し難い何かが、自分の身体で起こっている。
激痛に苛まれ、永遠にも感じるその苦痛を乗り越えた先に、
「――――」
奇跡は起こった。
その場が激しい極光に包まれ、前も見えないほどに視界を塞がれる。
だがその光が収まると、そこに魔物大将軍であったリーの姿はなく、代わりに、
「――これは……」
そこにいたのは、魔の雰囲気を漂わせながらも、人の形をした一体の男の姿だった。
彼自身も含めて、レオンハルトもレオンハルトの使徒達も、その姿を確認して息を呑む。
紅い軍服に身を包んだ、体格のいい男がいる。歳の頃は人間でいう中年。短く切り揃えられた茶髪と、同じく茶色の口髭と顎髭。それに右目に黒の眼帯を付けた男は、幾つもの戦いを潜り抜けてきた歴戦の軍人の様にも見える。
その名を、レオンハルトは呼んだ。
「――気がついたか、リー」
「レオンハルト様……一体これは……」
リーの疑問に、レオンハルトは答えた。簡潔に、はっきりと、
「お前は、俺の使徒になった」
「!? な、何故……私などを……!」
最初に出てきた言葉はそれだった。
何故自分などを使徒にしたのか。リーは、自分程度の者をわざわざ力を削いでまで使徒にしたことを憂う。
レオンハルトであれば使徒が数体増えたところで力が衰えることはない。衰えたとしても感じることはないだろうということは理解しているが、それならばもっと相応しい者を、と、リーは思った。
だが、レオンハルトは言う。その疑問には、少し陰の差した表情で、
「……実を言うとな。俺はお前を、生き長らえさせるつもりはなかった。寿命が尽きたなら、そこまでの関係だろうと。ならそこで看取ってやればいいと思っていたし、お前を使徒にしようなど、考えてもいなかった」
だが、
「お前が死にかけているのを見た瞬間……俺はお前を死なせたくないと思った。その衝動に、自分の欲に従った結果、お前は使徒になった」
「……レオンハルト様の……欲……?」
ああ、とレオンハルトは頷く。リーを真っ直ぐに見据え、
「死なせておくには惜しい。他ならぬ俺が、お前を必要だと感じた」
「――――」
「だからリー。俺の下で、これからも戦ってくれ」
勿論、嫌なら断ってくれても構わない。そんな枕詞を付けて、レオンハルトは告げた。
だがそれは、リーが死の間際に――いや、ずっと願っていた願いそのものであった。
だから言う。リーは歯を噛み締め、己が最も掛けてほしかった言葉と、その願いを叶えてくれた主に対し、感激による涙を封じ込めながら、
「っ……レオンハルト様……!」
片膝を突く。それは軍人としての、忠義の証を示すためだ。
震える声で、彼は告げる。
「私は……これより、レオンハルト様を我が主とし、全霊の忠義を捧げることを誓います……!」
「――ああ。これからも、よろしく頼む」
「はっ……この身が朽ち果てるまで……何処までも仕えさせて頂きます……!」
そうやって忠誠を示したリーに、周りの使徒達が思い思いの言葉を掛ける。
「……リーさん!」
「っ、はっ。なんで御座いましょうキャロル様!」
魔物大将軍の時の癖か、リーがキャロルの言葉にはきはきと反応する。
それを指摘することなく、キャロルはリーに向かって、指を突きつけて言った。
「……今まではわたくしの先輩でしたが……使徒となったからにはわたくしの後輩ですのよ! これからはわたくしが使徒としての心構えなどを教えて差し上げますから、存分にレオンハルト様の為に力を発揮しなさいな!」
「……! はっ! 畏まりました、キャロル様」
「ふふん、可愛がって差し上げますわ!」
「よろしくお願い申し上げます。――ハンティ様に、ペール様も、何卒、若輩者の成り上がり者ではありますが、誠心誠意、務めて頂く所存で……」
「い、いや……年齢で言うとリーさんの方が先輩な様な……?」
「……まさかこうなるとはねぇ……ま、とにかくよろしく頼むよ」
「はっ、よろしくお願いします」
魔物大将軍の時よりも落ち着きと貫禄が出てきた気がするリーの姿と挨拶に、ハンティとペールが苦笑交じりに応じる。
そうして使徒同士となったやり取りを終えると、レオンハルトが場を整えるように声を発した。
「さて……もう少し団欒していたいのは山々だが、立て込んでいるからな。お前達は、兵の指揮を執って兵を避難させろ」
「畏まりまし――」
「畏まりました! 全霊を掛けて任務に取り組みます!」
キャロルが胸に手を当てて、応答しようする前に、リーが気合いの入った様子で答える。使徒になったばかりだからか、やる気と覇気に満ちあふれているようだった。
しかしその態度にキャロルは、むっ、とし、
「わたくしより先に返事をしてはいけませんのよ!」
「!? それは……申し訳ありませんでした……何分、使徒としての礼儀に疎く……」
「いやいや、そんな礼儀ないから」
「関係性は、使徒となっても変わりそうにないですねぇ……」
「お前らな……」
いつも通りのミニコントを行おうとする使徒達を、レオンハルトは肩を竦めて息を入れる。そして改めて、
「……とにかく、お前達も少し離れていろ」
「まあ、いいけど……レオンハルトは――って、聞く必要ないか……」
ハンティの強張った表情の問いかけに、レオンハルトは頷いた。
「俺は――
レオンハルトは刺すような冷たい雰囲気を漂わせ修羅の顔となると、屋根の上で分身相手に戦う勇者を見て、そう呟いた。
魔物大将軍の使徒化とかいうやべーやつ。そのうちまたプロフィール更新します。見た目のモデルは、キャロルと同じ作品、大帝国とジューコフ。CV大塚明夫っぽい。
そんでまたプロットでは使徒化する予定がなかったキャラが使徒化したので、予定だと6体になってしまうやつ。オリキャラ3の原作キャラ3でバランス良いかもね、うん。唯一の男使徒だし、ケッセルリンクや後の魔人筆頭も8体も使徒作ってるし、へーきへーき
次回は勇者戦です。お楽しみに