※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

215 / 411
刹那の力

 東部オピロス帝国王城。

 人類の覇権国家であった帝国の権威の象徴ともいえるその豪奢な城の中は――もはや異空間と化していた。

 禍々しい気が充満する城内。それは城の奥に行けば行くほど、色濃くなっていく。

 その原因は、皇帝しか座ることの許されない玉座に座る、一人の魔の王であった。

 

「――外が騒がしいな」

 

 死臭漂う謁見の間に、ただ一人、その窓の外を見て呟くのは魔王ナイチサ。

 大陸の支配者、王の中の王である彼は、右手にこの国の王であった男の髑髏を、同じ様に骨だけを並べられた台に一度置く。

 そこにあるのはこの国の権力者達の頭蓋骨だ。男も女も、老人も子供も、等しく殺してやったという証。魔王に喧嘩を売った代償は、その命で払わされたのだ。

 だがそれではまだ足りない。

 恐怖が、悲嘆が、絶望が、死が――まだ足りない。

 魔王の威光はこの程度ではない。

 魔王として、大陸全土を震え上がらせるほどの悪行を為さなければならない。

 そうでなければ意味がない。平和を謳歌出来るほどの余裕があるというなら、魔王はそれを不幸にするために動かなくてはならない。

 そうなって初めて、この世に正義を布くことが出来る。

 だからナイチサは人間を殺し続ける。配下の魔人、魔物共に命令し、今なお、世界中で膨大な数の死を撒き散らしていることだろう。

 その果てに、地上には何が残るのか。

 人が絶滅し、魔物が闊歩する、悪行に満ちた世界になるのか。

 それとも――

 

「……!」

 

 その時、城が揺れた。

 地震ではない。それは人為的に起きた衝撃による揺れだ。

 

「……レオンハルトが暴れているな」

 

 その現象を部下によるものだと正確に読み取ったナイチサは、しかし、先程から長いこと続く戦闘に、興味を示した。何故なら、

 ……レオンハルトが、これだけ暴れなければいけないほどの存在か……。

 魔人最強の実力を持つレオンハルトは、人間の実力者程度は軽く捻ってみせるだろう。

 それこそ、一秒と掛からない。本気を出せば一撃で終わってしまうはずだ。

 しかし、そうはなっていない。レオンハルトが遊んでいる可能性もあるが、この揺れから考えると、そういうわけでもなさそうだ。

 つまりその人間の実力者は、レオンハルトと戦い、これだけの時間を生き延びているということを意味する。そしてその正体は、前に耳にした人間の救世主――勇者に違いない。

 

「――――面白い」

 

 ナイチサは口端を吊り上げた。

 人を救うために地上に突如として現れた存在、勇者。

 それが生まれた原因や、この期に及んでかの存在が表に出てきた理由は、ナイチサには解らない。

 だが、この状況だからこそ、現れたと仮定するならば、

 

「フフフ……!」

 

 これほど愉快な事はない。

 確かなところは何もないが、それはナイチサを期待させるに充分な成果であった。

 ならば、自分の取るべき行動は決まっている。

 ナイチサは玉座から立ち上がり、外へ向かって悠々と歩みを進める。口元に笑みを携えながら、呟く独り言は、彼にとっての絶対のものだ。

 

「……この世の正義(あく)が証明される日も……近い、か……」

 

 ナイチサの呟きは誰の耳にも届くこともなく、宙に溶けて消える。

 そして数秒後。禍々しい雰囲気を漂わせる謁見の間には、もはや誰の姿もなかった。

 

 

 

 

 街の通りは、徐々に通常の街の光景とは酷くかけ離れていった。

 魔人と勇者の戦闘。どちらも音速に迫る速度で以てぶつかり合い、流星の如き破壊力を叩き出す両者の戦いは、もはや街の外にいてもその振動が響くものであった。

 魔人による、糸を走らせたような優美な斬撃は、しかし常人では視認することは出来ず、また、その斬撃でもたらされる結果は、優美とは言い難い鮮烈なものであった。

 

「――!」

 

 魔人が剣を横一閃に走らせると、その軸にあるほぼ全てのものが、綺麗に両断された。高い建物はその上部分だけを切り取られ、建物であった上部の破片が、そのままの形を保ったまま下に落ちる。高所からの落下の衝撃で、ようやく瓦礫となった建物は、しかし屋根の上の戦場を、徐々に平らなものにしていく。

 縦に割られるものはもっと単純に、左右に分かれた建物が、支えを失ったように地面に倒れ、破壊をもたらす。

 それは戦いの過程における流れ弾でしかないものだが、この規模の大きさの被害を個人で出すとなれば、それはもはや一種の災害だった。

 しかもそれがたった一本の剣で引き起こされるものとは、到底余人には思えない。

 だが現実――魔人レオンハルトはそれを可能としている。

 一刀で自然現象と同程度の被害を与える彼は、人類にとって極めて危険な災害の一つに間違いない。

 そしてその災異を、一身で受けるのは、人類側の救世主――勇者クエタプノ。

 勇者はどんなことをされても立ち上がる。決して諦めず、何度でも敵に向かっていく。

 その今の光景を、仮に今を生きる人類が目の当たりにすれば、誰もが喉を枯らすような、応援の声を叫び続けるだろう。

 だが、その背景を知れば逆に、“もうやめてやってくれ”と懇願するかもしれない。

 常人には、レオンハルトの剣を受けて、なんとか致命傷を避けたようにも見えるし、思ったよりダメージがなかったのかと安堵の息を漏らす者もいるかもしれない。

 だが実情は違う。

 

「――“震天”ッ!」

 

「――……! ――まだ、まだ……っ!」

 

 また、レオンハルトの剣が、クエタプノの身に当たった。

 その魔人の必殺技は文字通り、必殺の剣。

 大地を割り砕き、地震を引き起こすほどの破壊力を秘めた一撃は、本来であれば人間の身体を粉微塵に破裂させてしまうほどの衝撃を与える。

 レベルを上げ、どれだけ身体が丈夫であっても、全身の臓器は破壊され、骨は粉々に粉砕される。その結果は死に他ならない。

 だがクエタプノは立ち上がった。当然だ。

 何故なら勇者は、決して死なない。

 この世界における主人公とも言うべき存在は、この程度では倒れない。

 主人公はあらゆる困難を越え、目的を達成するように作られている。

 だから勇者は死なない。その身体は砕けない。不思議と力を残し、動くことが出来る。

 だがそれは――殺されないということでもない。

 勇者の不死を起こすものは三つある。

 第一に見切りの力。

 厳密にはこれは、不死とは関係のないものではあるが、あらゆる技を見切り、攻撃を受けなくなっていくというのは、能動的な無敵の力ともいえるかもしれない。

 第二に幸運の力。

 勇者は常時、不運とはされているが、いざという時の勇者は真逆。異常なほどの幸運に愛される。

 その力はあらゆる偶然、幸運を巻き起こし、敵対者を必ず失敗させてしまう。

 足元の石ころ、身体の揺らぎなどの小さな偶然などから、突風、落雷、地割れなどの大きな自然現象による不運まで、ありとあらゆるものが勇者を守り、その命を守ろうとする。

 これら二つだけでも、勇者はほぼ死なないと言っていいものだ。

 だが、それを越えてくるものがいた場合、そこで第三の力が発動する。

 それは――魂の補充。

 勇者の見切り、幸運でもどうにもならない致命傷を受けた場合、勇者には身代わりとなる魂が補充される。

 無論、個人を個人足らしめているものが魂であり、勇者と言えどもそれは変わらない。魂を失えば、それはもう元の人格とはならないものだ。

 だから死にそうになったところで、魂は補充される。

 肉体が死んでも、魂がその身体から離れるには多少の時間を要するし、消えることはない。そして魂とは力の源にもなり得る。

 魂を複数持つものは、それだけで強い。一個の魂だけを持つものとは隔絶した差が開いてしまう。

 例えば、一部のドラゴン。彼らは複数の魂を持つものが存在し、それらの個体は異常ともいえる強さを持つ。

 そして悪魔、神々もそうであるし、魔王や魔人も複数の魂を持つ。勇者とは違い、一度の死が死であることには変わりないが、それでも、普通は死ぬような衝撃を受けても死なないのは、そもそもの力の容量が桁違いだからだ。

 勇者の魂は一つ。だが、犠牲となる魂を常に補充することで、死を回避してしまう。

 つまりは魂の身代わり。死の肩代わりこそが、勇者の不死の秘密だ。

 故に、この勇者クエタプノは、先程から魔人の攻撃で立ち上がり続けているが厳密に言えば、何度も殺されていた。

 その死の数、()()()()()()

 宣言通り、百を越える死を与えられながら、クエタプノはまだ折れることなく、立ち上がり続けていた。

 

 

 

 

 レオンハルトは内心で感嘆とも、呆れとも言える複雑な気持ちを得ていた。

 ……これだけやっても、折れないのか……。

 都合、100回以上、眼の前の人間を殺してやった。

 勇者の不死。それは知識として知ってはいたが、ここまで来ると不気味でしかない。

 まるでゾンビを相手にしているようであった。今も、こちらが放った剣を受けて、一瞬身体をぐらつかせたが、

 

「――まだ、ですっ……!」

 

 足に力を入れて踏ん張りを入れ、反撃の剣を放ってくる。

 しかもそれは、先程よりも鋭くなっていた。

 ……力が増しているな。

 戦いの始めよりも、明らかに身体能力が上がっている。

 まだまだこちらに追いつくほどではないにしろ、現在進行系で成長を続けているのだ。

 もっとも、これを“成長”と呼ぶのは違和感があるのだが、とにかく、力は上昇していた。

 それについてはまだ問題ないが、問題となりつつある。クエタプノが折れないためだ。

 レオンハルトとしては、途中で折れるものだと思っていたし、心が折れるか、その直前で戦いは終わる予定であったのだ。

 何故ならこの勇者の不死は、不死であってもまた特殊であるからだ。

 殺されても生き返るのが勇者の不死。であるならば、ここまで何度も死を経験しているのである。

 何度も、こちらの必殺の剣を受けた感触、痛みを受け、自分が死ぬ瞬間を、感覚として味わう。そんなものは通常の精神では耐えきれない。地獄のような責め苦だ。

 一度や二度であれば、死んだという実感も薄いだろうが、何度も続けていると、おそらくはその瞬間というのを何度も体験し、憶えているはずだ。

 死んだと思ったら次の瞬間には息を吹き返し、しかしまた殺される。それをずっと、勇者としてのリミットが来るまで繰り返す。そんなものを繰り返していれば、いつかは心が折れ、発狂し、廃人になってしまうだろう。

 不死というのはメリットだけではない。そのことを、レオンハルトは知識ではなく、経験として知っている。

 なにせレオンハルトは不老の魔人だ。勇者の様に完全な不死でこそないものの、その気になれば永久に生きることが出来る存在である。

 しかし長い時を生きていると、人によってはその精神が変容したり、だんだんと感情の動きが希薄になって表に出にくくなってくる。

 レオンハルトも、千年以上昔と今では、考え方や感情の動きが全く同じとは言い難いものだ。魔人という人を越えた存在になった為の一種の自己防衛本能なのか、精神的に苦痛を味わうことこそないが、ずっと同じ生活を続けていると感覚がだんだんとズレていくような違和感を感じることがある。

 長きを生きるに当たって精神の平穏を守るには、新しいものに目を向けたり、本能から欲求を大切にしたり、また拘ったりと、工夫が必要なのだ。

 趣味などを広げてみたりするのも有効だし、食事や睡眠などは出来るなら欠かさず取った方がいい。性行為も含めた三大欲求は特に重要だ。レオンハルトは睡眠に関しては疎かにする時もあるが、食事は人間の時と同じ様に毎日行っているし、性行為に関しても言わずもがなだ。城にいる者たちにも、注意させていることでもある。

 これが不老によるデメリットとその対策だが、では不死。特に勇者の、何度も生き返ることについては、レオンハルトとしても想像でしかないが、想像でもキツいことが理解出来る。

 死を感じるというだけでも相当だが、毎回痛みを味わうだけでも辛いはずだ。そして何度やっても敵わないという無力感まで味わうことになる。

 だからいつ折れてもおかしくないはずなのだ。

 だがこの勇者は、変わらずこちらに向かってきている。

 さすがに身体能力の上昇と、見切りの力が鬱陶しくなってきたが、まだ問題はない。

 

「“瞬光”ッ!」

 

「――……く、何故、見切りが……それに、どれだけの技を持っていると……!」

 

 神速の一刀がクエタプノを斬り裂くが――しかし生き返って疑問を呟いた。何故防げないのかと。

 いよいよゾンビ染みてきたな、と思いながら思い違いを正す。

 

「一度受けた攻撃は見切るようになる。――そうは言うが、同じ攻撃など、俺からすれば存在しない」

 

 告げるのは、剣士として、武人としての意見だ。

 

「剣を振ると一口に言っても、角度や力の入れ方によってその技は大きく変化する。武術においてその変化は千差万別。たかが見切りの力一つで見切られるほど、俺の剣は浅くない」

 

 同じ剣士なら分かるはずだ、と視線で告げる。

 

「こんなものは常識だ。俺の知る人類最強の男なら、この程度は軽く突破してみせる」

 

 クエタプノの瞳が細まる。歯を食いしばり、こちらの剣を受け止めながら、

 

「っ、それは……藤原石丸のことですか……!?」

 

 レオンハルトは頷く。隠す必要もないと、

 

「ああ、あいつは強かった。今のお前よりもな」

 

「……! くっ……!」

 

 力で強引にクエタプノを弾き飛ばし、建物に向かって叩きつける。この程度も防げないのかと、

 

「あいつは今のお前ほど身体能力は高くなかったが、それでも魔人を倒し、俺と互角の勝負を演じてみせた。……分かるか? お前には、その実力の元となる下地がない」

 

 石丸の剣は、石丸が何十年と剣を振り、足掻き、それでも諦めなかったからこそ到達した境地であり、だからこそ、その剣は自分にも届いた。

 しかし眼の前の勇者は違う。その強さは結局、借り物の強さでしかない。

 

「それに、例え見切りが発動しようとも、対応出来なければ意味はない。今のお前の様にな。お前は通常の魔人を上回るほどの身体能力を持っているが……結局はそれだけだ。剣の才能はある様だが修練はまだ不完全。俺からすれば、そこらの魔人を相手にするのと変わりはない」

 

「! しかしレベルは――」

 

「レベルがどうした。限界まで上げきったとでも言うつもりか? ――レベル程度で、人の限界を狭めるな。例え身体能力の上で限界が来たとしても、今よりも強くなるための方法は必ずある」

 

 やれば出来るのが人間なのだ。逆に言うと、やらなければ出来ないのも人間である。

 この勇者は、自分の前に立つための修練が足りていない。だからレオンハルトは言う。

 

「そろそろ諦めたらどうだ。今のお前では、例え何度向かってこようが俺に勝つことは出来ん。無駄死にだ」

 

「……ッ、が、ァ……っ!」

 

 都合、110回目の、剣による死を与えたところで、レオンハルトは忠告した。

 

 ――お前のやっていることは、無駄だと。

 

 クエタプノの目の焦点が消え、しかしまた復活する。

 だが肉体は瓦礫の中に突っ込んだ。その衝撃ではさすがに死なないだろうが、

 ……もう起き上がってくるな。

 100回も殺せば戦いも終わると思っていたが、実際には終わっていない。どうにも異常な精神力を持っているようなので、言葉の上でも諦めろと告げた。

 これ以上、相手をし、なおかつ勇者を倒そうと思うなら、拷問の様な手段を取るか、こちらの手札を切る必要がある。

 だがそれは、出来れば避けたい。ゆえに折れてくれるのが理想であった。

 戦闘による破壊や、何度も地割れが起きた結果ボロボロになっていく街の中で、レオンハルトは瓦礫に埋まっているであろう勇者を思う。

 じっとその場所を建物の上から見詰め続け、十秒後。ようやく折れたかと思った直後に、

 

「――まだ、終わりません……っ!」

 

「…………」

 

 勇者は110回目の死を乗り越え、立ち上がった。

 その姿をレオンハルトは、険しい顔をしながら見下ろしていた。

 

 

 

 

「あらあら、さすがにもう駄目ですかね……」

 

 その戦いを遠くから見ていたコーラは、もはやこれまでかとほんの少し残念がってみせる。

 魔人を倒せる力を得たはいいが、相手が悪すぎた。

 他の魔人であればクエタプノでも倒せただろうが、あの魔人は難しいだろう。

 幾ら不死で、何度でも立ち上がるとは言えども、精神の限界はある。

 百回以上も殺されたなら、普通はもっと前に廃人になってもおかしくない。魂が汚れて汚染人間となってしまうだろう。

 しかしその気配もない。クエタプノの精神は殆ど綺麗なままだ。

 

「やはり、異常……」

 

 そう、異常な精神力の強さ。

 ここまでやって魂が汚れないというのは人間としては規格外だ。

 出会った時から何かあるとは思っていたが、まさかここまでの逸材だったとは、と思う。

 それだけに壊れるところを愉しみにしていたのだが、これだけ耐えられると興醒めだ。むしろ早く壊れてほしい。

 それとも、今から真実を教えてやれば壊れるだろうか。

 

「……ありですね」

 

 ふと思いついたものだが、それがあまりにも良い考えなので、本気で実行しようかを悩む。

 そんな時だ。――解放を感じ取ったのは。

 

「! へぇ、とうとう来ましたか……!」

 

 思わず感情を隠すこともなく純粋な笑みを零してしまう。

 勇者という存在が生まれて約千年以上経ったが、ここまで力の解放が為されたことは、今まで一度もない。魔王が人類を殺しまくったおかげだろう。

 クエタプノの身体から光が、力が漏れ出していた。

 その名を、コーラは呟く。

 今までのは人類死滅率30%――逡巡モード。魔人を倒せる力。

 ならこれは、

 

「刹那モード……!」

 

 人類死滅率50%。そうなった場合の勇者は。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 深淵を、クエタプノは何度も感じていた。

 自分ではもはや数えていない、何度目かの闇だ。

 そして圧倒的な、虚無。もはやそこにいることも認識出来ないような暗闇。

 百回を越えただろうか、それだけの死を、クエタプノは経験した。

 その度に、クエタプノは勇者の力によって息を吹き返す。

 なるほど、これは辛い。これが死か。あまりの苦しみに心が悲鳴を上げている。

 だがクエタプノはその度に、自分を無理矢理奮い立たせる。

 強引に意識を覚醒させ、倒れかけた肉体を踏ん張り、戦闘を継続する。

 魔人レオンハルトは思った以上に強大で、こちらの剣が通用しない。

 見切りも幸運も、何もかもを突破してこちらを殺してくる。

 長時間戦えば、圧倒的有利なのはこちらなのに、戦えば戦うほど、死が訪れる間隔は短くなっているように感じた。

 相手がこちらの動きを見切りはじめたのだ。

 それは己のような他者から得たものではなく、純粋な技量と経験によるものだった。

 もはや何をしようが敵わない。冷静な視点ではそう思う。

 しかし、クエタプノは諦めなかった。

 まだだ。まだ終わらない。

 何故なら勇者は、人々を救うために何度でも立ち上がらなければいけないから。

 自分が体感しているこの死が、今この時でさえ多くの人に降り掛かっている。

 そんなものは悲しすぎる。そんな現実は認めたくない。

 他の誰でもない自分の意志で、クエタプノは勇者としての使命を全うしようとしていた。

 何か違和感は感じる。

 この力の出処は何なのか――クエタプノには幾つかの予想がある。

 その中でも最悪の予想が、当たらなければいいと願いながらも、しかしクエタプノはそうであった時のことを考える。

 もしそうであったのなら、尚更諦めるわけにはいかない。

 自分は、勇者は――多くの人々の想いを糧に戦っているのだ。

 であればやはり、諦めるわけにはいかない。

 眼の前の魔人と、魔王を倒すまでは、戦い続けなければならない。

 それが勇者だ。どんな理由や背景があろうとも、それは変わらない。

 

「――まだ、ですよ……!」

 

 だからクエタプノは立った。

 死を体感し、また死が訪れると知りながらも諦めることはない。

 魔人がこちらを見て、眉間に皺を寄せた。そして問いかけてくる。

 

「……どうやら、お前を普通の方法で諦めさせるのは難しいようだな」

 

 そうだ。僕は諦めない。

 死んでいった家族、仲間達や、多くの罪のない人々のために。

 命を賭して、正義を示さなくてはならない。

 例えどんな方法を取られようが諦めないと、剣を構える。

 魔人が息を入れた。その上で、

 

「……この手は、使いたくはなかったがな……このままでは俺も危ない。だから――」

 

 と、魔人は魔剣を構えた。

 そして、

 

「――使わせてもらうぞ」

 

「ッッッ――!?」

 

 瞬間、本能が眼の前の魔人を避けた。

 眼の前の魔人から、禍々しい圧力が増している。先程までの存在感も圧倒的ではあったが、それを輪にかけて、恐ろしい。

 もはや幸運は意味を為さない。敵に降り掛かるあらゆる不運は対処される。

 だが、勇者としての勘か、幸運の最後の助けなのか、自分に警告してくる。

 ――眼の前の魔人から逃げろと。

 でなければ、()()()()()()()()()()()

 勇者としての不死は、こちらが折れない限りは続くはずだが、それでもなお、危険だと本能が訴えている。

 魔人の身体から気が立ち昇る。魔剣が妖しく紅い光を発している。

 それが増す度に、クエタプノはこの場から逃げるべきという判断と衝動に駆られそうになる。

 だが、それすらも堪えた。

 

「僕は、勇者です……!」

 

 だから、

 

「決して、引きません……!」

 

「……いい度胸だ」

 

 こちらの啖呵に、魔人は答えた。

 

 ――死んでも恨むなよ、と。

 

「――オオ……!」

 

 魔人が声を上げて迫ってきた。

 しかしそれでもなお、現在進行系で力は増しているように感じる。

 剣を構え、それを迎撃しようと試みるが、対応出来るかは微妙なところだ。

 しかしそれでも、諦めない。勇者は諦めない。

 必ず勝たなくてはならないのだ。――そう想いを刻んだ瞬間、

 

「――!」

 

「何――ぐっ!?」

 

 不意に、クエタプノの全身に力が溢れた。

 今までのものの、何倍にも、何十倍にも膨れ上がる力。

 その光と力の塊は、放出するだけで魔人を吹き飛ばした。

 

「これは……」

 

 自分の手を見て、その力の強さに驚く。

 先程までの自分や、眼の前の魔人が小さく感じる……隔絶した力。

 誰が相手でも負ける気がしない全能感。これなら例え魔王であっても――と思い、クエタプノははっとして、それに思い至った。

 ……まさかこれが、勇者の、魔王を倒せる力……?

 コーラが言っていた。勇者は魔人や魔王すらも倒せる可能性があると。

 その可能性を開いたように感じる。前に強くなった時と、感覚が似ていたからだ。

 

「……!」

 

「ぐ、おお……!」

 

 クエタプノは徐ろに、勇者の剣であるエスクードソードを魔人に向かって振る。

 するとそれだけで、先程までこちらを圧倒していた魔人は吹き飛んだ。

 剣を受け止めることはしたようだが、こちらに力負けしてしまったような形だ。

 そしてその結果でも、改めて理解した。

 自分はもはや、魔王と同等。

 眼の前の魔人筆頭など、相手にならないほどの力を手に入れたのだと。

 それは勇者としての使命を真っ当することが出来るという僅かな喜びを、胸に抱かせたが、同時に酷く心が冷める気分にもなった。

 

「……どうやら、勝負は終わりのようですね」

 

「かはっ……!」

 

 再び攻撃を加えて魔人を地面に転がすと、今度は逆に、こちらから勝負の終わりを宣告する。

 もう魔人に、抗う術はない。もはや敗北は必至。魔王と同等の力を受けて生きているだけでもその強さが理解出来るし、先程の禍々しい気はまだ感じるが、それでも勝てるという自信がある。

 だからクエタプノは、一思いに終わらせようと思った。

 いつ勇者としての力が切れるかも解らない。時間は有限で、一刻の猶予もないのだ。

 故にクエタプノは剣を構えた。眼の前の魔人を殺そうとして。

 その勝負に決着をつけようと、踏み込んだ。

 だが、

 

「――力を開放し……俺を圧倒するだけの力を身につけたか……」

 

 魔人は膝を突きながらも、先程の一撃を耐え、しかも立ち上がってみせる。

 呟くように放たれた独り言は、次に、こちらに向かって放たれた。

 

「――クク……唆るじゃねぇか……!」

 

「っ!?」

 

 再び魔人の気が増した。

 またあのおぞましい気配だ。

 しかし、力はこちらの方が上だ。頭に流れる血を手で押さえながらも口端を歪めてみせる魔人は、もはやこちらの一刀で沈むはずの存在。そのはずだ。

 だというのに、不思議とまだ戦えるような予感がする。

 ……この魔人は、危険です……!

 ただの魔人でありながらこの異常な力は、人類に災厄を齎す可能性が高い。そう判断したクエタプノは、己の絶大な力、その全力を以て、相手を屠ると決める。

 対する魔人は、剣をゆらりと構えた。

 

「いいぜ……来いよ」

 

「っ! 行きます!」

 

 クエタプノは、もはや音速を越えた速度で、レオンハルトに迫った。

 その力に、魔人が対応出来るはずもない。事実、直前までレオンハルトは反応している風には見えなかった。

 だが、その一瞬の刹那の間に――レオンハルトの瞳がこちらを捉えた。

 目が合ったことに背筋がゾワッとするが、偶然という可能性もある。

 もはや足を止めることはないし、剣を振ることを止めることはない。次の瞬間には魔人の身体に、こちらの剣が突き立てられているはずだった。

 だがそれは叶わなかった。何故なら、

 

「――! っ……!?」

 

 不意に横から、何かが入り込んできた。

 それはこちらと同等以上の速度を以て魔人の前に割り込み、更には、こちらの剣を弾いて見せたのだ。

 魔王と同等の力を得た自分と、互角の力を持つ者など、クエタプノは“彼”しか知らない。

 その名を、クエタプノは震える唇で呼んだ。

 

「――魔王……ナイチサ……!」

 

「――如何にも。余こそが大陸の支配者にして、この世全ての魔、その頂点に立つ存在」

 

 言う。全身から圧倒的な魔の力を漂わせながら、

 

「魔王ナイチサである。強き人間の戦士よ。余に名を告げることを許そう。――さあ、名乗るがいい」

 

 こちらも言う。彼に従ってではないが、そうすべきだと、

 

「……僕は……勇者。勇者、クエタプノです」

 

 勇者であることを改めて自覚させるように告げると、魔王は笑みを深めた。

 恐ろしい、暴虐の支配者としての笑みだ。正に魔物の王と言えるが、それでいて、どこか気品や優雅さを感じる。

 悠々とした仕草で、魔王ナイチサは腕を広げた。背に、魔人を置きながら、

 

「勇者クエタプノよ。よくぞ余の最強の家臣をここまで追い詰めた。その功績を認め、余が直々に相手をしてやろう」

 

「ナイチサ様……」

 

「レオンハルトよ。暫しの間、下がっておれ。これよりここは、魔王の戦場となる」

 

「……はっ、畏まりました。ご武運を」

 

 最強の魔人を難なく従えてみせる様は、間違いなく魔人達の主だ。かの魔人は、直ぐ様その場から距離を取る。それを確認し、魔王ナイチサは再度こちらに、その血の様な紅い目を向けた。

 

「――さあ勇者よ。これで戦いの場は整ったが……その前に、卿に問うべきことがある」

 

「……何でしょう?」

 

 魔王からの問いに答える義務などないが、自然と促してしまう。

 その上で、魔王は言った。こちらを真っ直ぐ見据えて、

 

「卿は、何のために余を倒さんとする? 何のために戦うと言うのだ?」

 

「……そんなことは決まってます」

 

 問われた言葉には即座に応じる。悩む必要のない問いかけだったからだ。

 クエタプノは剣を魔王に向けて、告げた。勇者としての、クエタプノとしての意志を。

 

「――この世の、“正義”の為に」

 

 眼の前の悪を倒すためだと、そう言った。

 だが、

 

「……フフフ――」

 

 魔王は数秒、それを真顔で聞いていたが、直ぐに笑みを浮かばせる。

 

「フハハ、フハハハハ――!」

 

 魔王は高笑いをする。心底可笑しいとでも言うように。

 クエタプノは眉を顰めた。何故笑う? と。

 しかしナイチサはその理由を告げた。高揚し、演説を行うかのように、

 

「――正義! 正義と言ったか! フハハ、なるほど! 余を、“悪”だと! 人間を苦しめ、その姿を嘲笑う余を! 倒すべき邪悪だと、そう言うわけだな!?」

 

「……ええ、当然です。貴方は、魔王は……倒すべき悪です。人々を不幸にする貴方の悪行を、野放しにしておくわけにはいきません」

 

「フハハハハッ! なるほど! 余が許せないか! 悪が許せないか! だからそれだけの力を得たのか!」

 

 だが、と、

 

「余は絶大な力を持つ魔王であるぞ! 余を倒すことを出来る生物は、地上には存在せん! 多くの英雄が余に辿り着くことすら叶わなかった! 故に、絶望的な戦いになるであろう! それでもなお、挑むというのか!?」

 

 クエタプノは頷く。魔王の天に届くような声量に負けないよう、こちらも声を跳ね上げて、

 

「当然です! 悪は、討ち倒さなければならない! この世を生きる人々に希望と、正義を示さなくてならないんです! そのためにも、勇者は魔王を倒さなくてはならない!」

 

「ならば魔王である余に証明してみせよ! 人の勇者よ! 正義の使者である勇者よ! 邪悪の化身である余を見事滅ぼしてみせよ!」

 

 魔王が絶大な邪気を解放する。

 

「余の屍の上にこそ、人類の希望が! この世の正義は存在するッ! さあ、勇者よ! 正義の力を見せてみよッ!!」

 

「倒します……! 勇者として……そして人間として! 悪は、滅びなくてはならない!!」

 

 そうして、勇者と魔王は己の正義を証明するため、眼の前の相手を討ち倒さんと力を振り上げた。

 魔物が支配する人間の街で神々に見守られながら、この世で最大級の正義と悪は、激突した。




現在の勇者の状態:刹那モード(人類の半分が死亡。魔王を倒せる力を得る)
次回はラスボス戦ですがもうちょっとだけレオンハルトも活躍するんじゃ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。