勇者と魔王。究極の力を持つ二者の頂上決戦。
人類の命運を懸けたその戦いは、互いに正面からの激突から始まった。
挑んでこい、と言わんばかりに両手を広げて待ち構えるのは全身から魔の気を漂わせる魔王ナイチサ。
それを討ち倒さんとエスクードソードを振り上げたのは全身から神気を立ち昇らせる勇者クエタプノ。
勇者の剣、光の一撃が、魔王ナイチサに向かって振り落とされる。
それはもはや、剣技という枠を、力技で強引に越えた異常な一撃だ。
クエタプノは己の身から高まる力が、もはや完全に人の身を越えたことを自覚した。元の何十倍。何百倍の身体能力から放たれる斬撃は、技術などなくとも大気を斬り裂き、天地を割る。
これなら先程は身体能力と技術の差があって意味をなしていなかった見切りも、十全に活かすことが出来るだろう。この地上で勇者が追いつけない力の持ち主など、眼の前の魔王しか存在しない。
その魔王であっても、同等の力で以て討ち倒すことが可能だ。
だからそれをぶつけた。しかし、
「――――効かぬな」
「!? 何故――!」
その光の斬撃。もはや魔法に近い光の奔流は、ナイチサの手に掻き消されてしまった。
勇者の、聖なる光の力は、魔王に一切通用しなかった。何故だ、とクエタプノは疑問を口にする。
勇者の問いに、ナイチサは王者の風格を漂わせながら余裕を持って答えてみせた。
「フハハ……余に、邪悪な存在に光の力が通用しないことがそんなに意外か? 種別は同じなのだ、ならば効かぬのも道理であろう!」
「種別が同じ……それは一体――」
不敵に笑みを浮かべて戸惑う勇者を見下すのはナイチサ。疑問が解消されないクエタプノを、ナイチサは空に浮いて右手を上げた。
「分からぬか。ならば教えてやろう……!」
ナイチサが力を溜める。
魔王としての、己の力。その力の正体を、クエタプノに見せつける。
「! 魔王、貴方はまさか――!?」
集まっていく力に、己と同じものを感じたクエタプノは、驚愕の表情でナイチサを仰ぎ見る。
ナイチサは答えた。――そのまさかだと。
「さあ、我が光の力を見るがいい……!」
ナイチサが右手を掲げた先、空に巨大な光の球が発生する。
極光を発しながら膨れ上がっていくそれは太陽にも似ていた。
その光の力こそが、ナイチサが勇者の力を無効化したものの正体。
魔王としての特異な力。ナイチサのそれは、
“NC体質”。あらゆる光の力を完全に無効化してしまうナイチサは、光の力をその身に集める。
それは彼の在り方の具現。魔王とは、光の存在であることの証明だ。
この世の価値観、正義とは、魔王にこそある。
他ならぬ天上に御わす存在が、ナイチサに“そうあれ”と命じたのだ。
ならばこの世の真の正義を布くのは、魔王ナイチサである。
彼は天命を受けたのだ。
己の悪行を正義だと肯定された男は、己の中にある真の正義を証明するために、光の力を振るう。
神々に祝福されし光。それは滅びと消滅を意味するナイチサの必殺の光だ。
一撃で数十万、数百万の人間を葬り去るその極光は、まるでこの世の終わりのような光景を作り出す。
「仰ぎ見ろ! 我が光は滅びの光! 地上に生きる神の玩具を消滅させる正義の光である!」
ナイチサは高らかに謳い上げる。
天に地に。全ての者達に魅せつけてやると、光を、勇者がいる地上に向かって落とす。
「――“ホーリーデストラクション”……!!」
あらゆるものを葬り去るナイチサの必殺技。太陽の如き光球は地上に落ちると――
「――――!」
鼓膜が破れそうなほどの轟音とともに。
その場にあるものを、塵一つ残さずに、消滅させた。
圧倒的な破壊の力を振るい、魔王ナイチサは両手を広げて祈りを謳い上げる。
「これこそが、この世の善! 地上で唯一の正義! 悪行を成すことこそが、この世の正義である!」
破壊の衝動に駆られるままに光を落とした魔王は、地上を見て問う。
――“正義とはこの程度なのか?”と。
それに応えるように、人影は宙に躍り出た。
「――違います……!」
それは人類の救世主――勇者クエタプノ。
彼はその理を認めないと、聖なる剣を手に魔王に斬りかかる。
「人を殺すことが……正義のはずありません……ッ!」
彼はどこまでも人の為に剣を振った。
魔王の光の力。それは驚きに値する。不利な戦いになることは明らかだった。
だが、諦めない。
勇者はどんな絶望的な状況でも諦めない。
既に百度を越える死を乗り越えた勇者は、魔王の光に抗う。
そんなのが正義だと、今この世を満たす光だと、そう言うなら。
「僕が、地上に光を与えてみせます……!」
お前の代わりに、己が真の光となると。
魔王による悪の光など、地上にはいらない。
人々は善を、救いを求めているのだ。
それを乱すものは誰であろうと、
「滅びの光は、僕が払ってみせますっ!!」
「――面白い! 余を前にしてよくぞ吠えた! ならば抗ってみせよ!」
この世の正義を証明してやると、二人の戦闘は激化した。
魔王と勇者の戦闘は、街の半分を破壊した。
特にナイチサの光の一撃は、そこにあったものを消滅させ、瓦礫すらも残らない巨大な穴となった。
その戦いを見ながらも、戦いの被害から魔物達を遠ざけるために、奔走している者がいた。
「――急げ! 街にいる全ての魔物を撤収させろ!」
と、配下の魔物達にそう命令するのは、先程まで勇者と戦っていた魔人レオンハルトだった。
彼はナイチサの命令を受けて下がるように言われると、直ぐ様魔物兵を助けるために動いた。
魔王と勇者の戦いが始まれば、多くの被害が出ることは目に見えている。兵を無闇に損失するわけにはいかない。
幸いにも、勇者とレオンハルトの戦いで既に街の隅まで移動していた者が殆どであったため、避難は楽に済んだ。今は逃げ遅れた魔物兵がいないかどうか最後の確認を行いながら、出来るだけ遠くへと魔軍を移動させる命令を出したところである。
故にレオンハルトは、未だ街の中にいた。
己のやるべき仕事を行いながらも、レオンハルトはその戦いを見て、目を細める。
「とんでもない戦いだね……!」
と、冷や汗を垂らしながら言うのは、同じ様に街の見回りを行い、こちらに報告に来たハンティだ。
瞬間移動は、こういう緊急性の高い用件の時に役に立つ。迅速に兵を撤収させられたのは、殆どハンティのおかげだろう。
そのことに内心で感謝しつつも、レオンハルトは戦いから目を離せない。
思うのは、自分の戦いの結果と、口惜しさであった。
「…………」
「……ちょっと。何、殺伐としてんのさ」
ハンティが容赦ない指摘を行ってくる。いつもながら遠慮のない言い方だ。
こちらの内心を読み取っているのだろう。嫌そうな顔を浮かべながら正確に告げる。
「……混ざりに行きたいとか、血迷ったこと言わないでよ?」
「……ハッ、よく分かったな?」
レオンハルトは特に隠すこともなく、しかし苦虫を噛み潰したような表情のまま問う。ハンティは呆れたように頭をガシガシと掻き、
「いや、分かるよ。そんなに剣呑とした気出して、目がギラギラしてたら。出会った魔物兵が怯えてたじゃない。あんた、気づいてる?」
「……ああ、悪いな。どうにもまだ、昂ぶってしょうがねぇ」
あれだけの強者を見たら昂ぶるのはしょうがないだろう、とレオンハルトは言う。
彼の戦いはもう終わったというのに、未だ口調は荒々しく、禍々しい気を露わにしていた。
だがそれもしょうがない。レオンハルトとしては不完全燃焼なのだ。
一番良いところで。これからと言う時に邪魔が入った。
ナイチサは己を助けようともしていたのだろう。それは解るし、一応感謝もしよう。
だが、あの状態の勇者を、横取りされるのはたまったものじゃない。
ようやく己を越える化け物との戦闘が叶い、それを越える良い機会が巡ってきたというのにだ。
しかもおあずけを食らったばかりか、こんな場所で魔王と勇者の勝負を見せつけられてしまうと、どうにも辛抱堪らない。昂ぶってしょうがないのだ。
何か面白い、唆る攻防を目の当たりにする度に気は高まり、
「んっ……だから! あんま近くで戦意出すなっての! こっちまで反応するじゃない!」
「ハッ、それはお前が悪いだろ。いつからそんな敏感な身体になった? なんなら今から俺と
「~~~っ! あんたのせいでしょうが! というか、こんな場所でやるわけないでしょ!?」
まだ一応正気のハンティだが、レオンハルトの刺すような闘気に反応して身体を反応させる。戦闘意欲が刺激されているのだ。
だがそのことを軽くからかわれたハンティは、声にならない唸りで歯を噛み締めた後、憤った様子で文句を言う。
聞く人が聞けばアレな会話に聞こえるが、本人にはあまり自覚はない。レオンハルトの方も特に気にした様子もなく、肩を竦めて踵を返してみせる。
「冗談だ。さすがに、仲間内で乳繰り合ってる場合じゃない。今はやるべきこともあるしな」
「……一応、避難は終わったけど、何するつもり?」
屋根の傾斜の上に立つハンティが、その場から離れようとするレオンハルトに訝しげに問う。
レオンハルトは答えた。口元に不敵な笑みを浮かべながら、
「何、ちょっとな。――
己の昂りを鎮めてもらおうと、レオンハルトはその場から一瞬で移動した。
光と光。
正反対の存在でありながら、同属性の力を振るう二人の戦闘は、近接戦へと移行した。
「ほう、余の家臣には敵わずとも、中々の腕前だ!」
「お褒めに預かり光栄ですね……!」
地上を、空を。二つの閃光が行き交い、時折激突して火花を散らす。
並ぶ者のいない高速の移動は、それだけで大気を打撃し、周囲に衝撃波を撒き散らしている。
打撃は建物を粉砕し、地面を割り砕き、斬撃はあらゆる者を両断してしまう。
だがナイチサは、勇者の剣撃を見て、高い評価を与えつつも、己の家臣以下だと断じた。
それは当然だ。ナイチサの一番の家臣である魔人レオンハルトは、世界最強の剣士。
勇者が魔王と同等となり、剣を扱っても、その剣の腕前には隔絶した差が横たわっている。身体能力の差でカバーは出来るものの、最高峰の神業染みた剣技を知っているナイチサからすれば、見劣りしてしまうのは間違いなかった。
そして一方でクエタプノも、魔王の戦闘力に驚きを見せる。
「随分と、戦い慣れてますね……!」
苦悶の声を漏らしながらクエタプノが告げる。
そう、魔王ナイチサの戦い方は、明らかに達人のそれだった。
武術というものではない。魔王として強化された鋭い爪で勇者の剣を弾き、身一つで戦っているに過ぎないのだ。武人という風貌でもなく、魔王としての身体能力に任せた戦い方をするのかと思えば、悪い意味で裏切られてしまった。
だから慣れているのかと問うた。しかし、魔王の答えはある意味で、最悪なものだった。
「戦い慣れているわけではない――
「っ、それは……!」
ナイチサの強み。勇者として、騎士として戦ってきたクエタプノに、戦い慣れていると評させるからくりは、そこにあった。
殺人LV3。この世で最も、殺しに長けた稀代の殺人鬼であるナイチサは、戦闘という戦闘を殆ど行ったことはない。
ただ、殺してきただけだ。隠れて、堂々と、時に斬新な手口を使って、残酷に、一方的に。
殺しの技術に於いて、ナイチサは誰よりも優れる。
そして戦いとは、戦闘技術とは――つまるところ、殺しの技術だ。
如何に相手を殺すか。効率的に相手を殺す方法を突き詰めたのが武術であり、戦いの理である。それは歴代の達人――レオンハルトや藤原石丸の剣の理も、根本的には変わりない。
戦いにおける究極的にして原初の理こそが、殺人である。
どんな武術も、最終的には人を殺すとこに行き着く。どんな戦士だろうとそれを否定出来はしないだろう。
ナイチサの殺人の才能は、戦闘にも転用が可能だった。
己と同等の身体能力。見切りの力を用い、幸運を持ち、優れた戦士でもある勇者。
しかしナイチサの脳裏には既に、その勇者を如何にして効率的に殺すか――その道筋が幾つも立てられている。
殺しとは、己は殺されず、相手を先に殺すこと。相手に危害を加えられず、または相手より先に、相手を害することだ。死んでしまえば相手を殺せない。殺すことにはならない。
殺すことに特化したナイチサの才能は、戦いにおいても遺憾なく発揮され、眼の前の戦士を追い詰めるのだ。
「余は億を越える人間を殺してきた魔王! 殺しなど、余にとっては息をするに等しい行いだ……!」
「ッ、外道め……!」
この魔王は――いや、ナイチサは、どこまでも魔王だった。
正にこの世の悪行を体現する巨悪の如き存在。人類にとっての不倶戴天の敵であり、殺人を好む天敵。ナイチサという生物にとって、人を殺すことは、生きることと同義だ。
罪の数を数えるのも馬鹿らしい。どれだけの人間を殺してきたのか、考えるだけでおぞましい悪の所業。
そんな邪悪も、ナイチサにとっては、正義の行いだと言う。
正に悪のカリスマ。この世における絶対の悪。魔王の中の魔王。
あり得ないことだ。天地がひっくり返っても、このような存在を認めるわけにはいかない。
クエタプノはその手に力を込めた。これ以上、悲劇を繰り返すわけにはいかないのだと、
「魔王ナイチサ……! 貴方は、この世にいてはならない存在だ!」
「フハハハハ! 人を殺すことがそんなにも許し難いか!? 死ぬために生まれてきた人間が、天に定められた死から抗うというのか!?」
死ぬために生まれてきた玩具こそが人間だと、ナイチサは事実を遠回しに口にする。
「例えいつかは死ぬとしても、だからと言って、不当に殺されていい理由にはならない! そして貴方という殺人者を、天はお許しにならない!」
例えいつかは死ぬとしても、人間を殺していい理由にはならない。
殺人を許容する巨悪を、天は許さないはずだと、クエタプノは願望を口にする。
それに対し、ナイチサは笑みを深めた。
「天は余を許さないか! 面白い! ならば余は、この身に天罰が下るまで人を殺し続けてみせよう!!」
「僕が、その天罰です……!」
「人の身で天罰を名乗るか! 愚か! 全くもって愚かなり! 矮小な人間よ! ――しかし人である限り、卿は余という死の運命から逃れられん! 余がこの身に秘めるのは神聖なる邪悪の力! 人を殺す邪なる正義の力だ!」
その言葉の通り、ナイチサはその右手から光弾を連続して撃ち出す。
一つ一つが、地上を破壊する滅びの力。それクエタプノは、一つ、また一つと躱し、時に弾き返す。
「なら、その正義を正します……!」
「甘い! 蒙昧なり勇者よ! この世を満たす痛み! 苦しみ! 恐怖! 絶望! あらゆる負の現象からは、決して逃れられぬと知れ!」
ナイチサの左手。そこからいでるのは魔の波動だ。
――“魔の渦”。決して逃れられぬ魔王の力が、勇者に襲いかかる。
だが、
「なら僕は、そこから逃げるための道を作ってみせます――っ!」
「!」
勇者はエスクードソードを横薙ぎに振るった。そこから放出される光の剣は、ナイチサを斬り裂くことは出来ずとも、ナイチサから放たれる魔の力を斬り裂くことは可能だった。
ナイチサの表情に僅かながら驚きが混じる。しかしそれは、直ぐに笑みに変わった。
「魔の頂点に立つ王の攻撃から、そのように逃れるか! それほどまでに、希望が欲しいのか!?」
「っ、ええ、欲しいですね……!」
迷わず、肯定する。
同時にクエタプノは、魔王が動きを加速させたのを見た。
――来る。魔王の本気の連撃が。
全神経を研ぎ澄ませ、魔王の行動に目を凝らしたその瞬間、クエタプノは魔王の姿を見失った。
「――ならば、余が与える幾重もの“死”を耐えきってみせろ」
「っ、……くっ、あ……!」
魔王が、驚くべき身体能力の上昇を見せ、クエタプノの腹を貫いた。
理由は解らない。だが、魔王が告げたその宣誓をクエタプノは聞いた。
「これより余は、
その宣誓に反応し、ナイチサの動きが力が、加速度的に上昇した。
だが、ナイチサは続けて言う。
「しかし、卿はどうやら不死であるらしいな。余の力を以てしても、完全な死を与えることが出来るかは怪しい。――そこでだ」
告げる。クエタプノにとっての、悪夢の始まりを。
「先程、卿は余の家臣、レオンハルトに百回は殺されたらしいな。ならば余は――」
と、
「――
「――――」
さあ、と。魔王は絶望の行進を始めた。
「真に希望が欲しいと、正義を証明したいと言うなら――耐えてみせろ」
ナイチサの右手。あらゆるものを貫き、斬り裂く鋭い爪が、クエタプノの腹から抜かれ、心臓に向かって突き立てられる。
「まずは――刺殺」
「っ――……くっ……!」
クエタプノは死んだ。が、直ぐに意識を覚醒させてその場から脱した。
だがナイチサは既にクエタプノのすぐ近くまで迫っていた。
「斬り刻まれろ――斬殺」
「ッ、――……ふっ……!」
速い。
とんでもなく速くなったナイチサの攻撃速度。岩をも斬り裂く爪によって、今度は斬りつけられる。
何度味わっても嫌になりそうな死を受け、しかし歯を食いしばって意識を覚醒させた。
剣を振って、反撃を返す。
だがナイチサはそれを紙一重で回避し、今度は拳を作った。
「砕けよ――殴殺」
「ッッ……ぁ……ぐっ!」
脳髄を大地を砕くほどの打撃によって破壊されて死ぬ――が、勇者の力がそれを破壊をギリギリのところで回避し、命を復活させる。
クエタプノはまだ耐えた。だが、先程の戦闘よりも短い間隔、連続で与えられる死に、精神に濁ったものが混じりはじめる。
たまらず、クエタプノは逃げた。だが、
「撃ち抜くぞ――射殺」
「っ! ――っ……はっ……!」
光弾。それも極小のものが、寸分違わずにクエタプノの心臓を素早く撃ち抜く。
呼吸が止まったような感覚を得て、クエタプノは再び戦闘に戻ろうとした。
だが、気づけばまたナイチサはいなかった。
しかし不意に、クエタプノは横から大質量の何かに打撃された。
「――撲殺」
「……っ!」
それは、
ナイチサが地面から無理矢理引っこ抜いたのは、街にある巨大な時計塔。それを引き抜き、即席の鈍器としたナイチサは、それでクエタプノを殴りつけた。
続いて地面に叩きつけられたクエタプノに、ナイチサはその時計塔をもう一度上から叩きつけ、
「押し潰されよ――圧殺」
「ぐ、ぁ、ぁあああああ、ぁ、かっ……!?」
上から思い切り押し潰され、しかしナイチサの膂力に耐えきれずに、時計塔は粉砕される。
しかしそれでも、ナイチサは下にいるクエタプノの顔面を掴み、大地に押し潰して殺した。
そして右手にクエタプノを掴んだまま、ナイチサは光の力で熱を発生させる。
「焼け死ね――焼殺」
「~~~っ、があああ、はっ……!?」
全身を焼かれながらの死。直前の圧死にも勝るとも劣らない苦痛を味わい、苦悶の声を上げながらも、ナイチサはまだ手を休めなかった。
「己の血肉を刮目せよ――抉殺」
「っ、っ、あ、ぐぅ……!」
ナイチサの爪が、クエタプノの肉を、臓器を抉り取る。
筆舌に尽くしがたい激痛を味わい、己の臓器を目にしながらも、クエタプノは勇者の力で守られ、生き返った。
「苦しみ抜いて死ぬがよい――扼殺」
「か、ぁ、あ……!」
今度は首を手で絞められ、殺される。呼吸ができなくなり、死の間際を強く感じてしまう。
次に生き返った時、クエタプノは気合いを腹に入れ、動いた。
「――ま、だ……ですよ……!」
と、ナイチサの絶え間ない殺人から逃れようと斬撃の連続を放った。
しかしナイチサはそこにはおらず、次の瞬間、突然の死を与えられた。
「――――暗殺」
「っ――……ぐ……!?」
音もなく背後に忍び寄っていたナイチサが、クエタプノを後ろから刺殺する。驚愕に目を見開いたが、ナイチサの方はこちらの死に様を見て、笑みを浮かべていた。
「フフフ、どうした? そろそろ苦しくなって来たか?」
「っ、この程度……! なんともありません……!」
心は悲鳴を上げ続けていたが、それすらもクエタプノの強靭な精神力は耐える。
だがナイチサの方も、折れないクエタプノにやりがいを見定めたのだろう。更に笑みを深めると、
「さすがは勇者だ。なら、もっと耐えられるであろうな? 後990回は死んでもらうぞ」
と、ナイチサはクエタプノに高速で近づき、魔王の力で以てその身に、拷問の如き苦痛を与えた。
「――惨殺……!」
「――! う、ぁ……!」
出来る限り死を引き伸ばし、痛みを与えることに特化した惨たらしい殺し方。
それらを順序よく叩き込んだナイチサは、己の悪行に苦しみながらも耐え続ける勇者に、とうとう高笑いを始めた。
「フハハハハハハ! どうした勇者よ!? 卿の力は、正義はその程度か!?」
殺人という最悪の才能を十全に用いて戦闘を行うナイチサは、人間であるクエタプノにとって最悪の相手であった。
――もう何度目かも解らない死の中で、しかしクエタプノは抗うと、心に定め続ける。
――まだ、諦めない……!
この程度で、諦めてたまるか。
全身から血を流し、絶え間ない痛みと死の連続を受けながら、クエタプノは戦い続ける。
何故こんなにも苦しい思いをしなくてはならないのか。
魔王は強大だ。勝てるわけがない。
だからもう諦めてもいいんじゃないか。
そんな“逃げ”の衝動が、幾らクエタプノの心を覆い尽くそうとしても。
――勇者は、諦めない……!
魔王との相性は最悪で、クエタプノは何度も殺されてしまっている。
だがそれが、何だと言うのだ?
それでも生き返るのが勇者だ。魔王を倒すための力を与えられた、人類にとっての救世主。希望こそがクエタプノなのだ。
ならばこの程度、耐えきれない道理が、どこにあると言うのか。
――意識を研ぎ澄ませ。
重要なのは集中し、己の力を十全に発揮すること。
どれだけ勇者の力が絶大でも、それを扱う本人が脆弱であれば、本当の強者には勝つことは出来ない。
あの魔人がこちらに告げたことだ。
不運を実力で踏破し、見切りの力を掻い潜り、しかし見切られてもなお、純粋な剣技で正面から突破してみせたあの魔人の言葉。
それに倣うわけではないが――解消する方法は己の実力の中にしかない。
幸運は当てに出来ない。ある程度は発動しているようだが、幸運はあくまでも、ギリギリの部分で最悪を回避するだけだ。それだけを当てにして、戦闘は出来ない。
――もはや自分は、どうなっても構わない。
死を恐れるな。どうせ勇者は死なないし、いつかは死ぬとしてもそれから逃れる術はない。
ならば考えるだけ無駄だ。
全神経を研ぎ澄まし、相手を倒すことだけを考えろ。
クエタプノはここにきて、開き直った。
そして、再び、百回を越える死が与えられた頃――
「――――
「ッ!」
ナイチサから与えられる死の一つ。
それをたった一度だが、防いでみせた。
魔王による悪行に、世界で唯一人、それを否と突き返せるのは、
「……フハハハハ! やるではないか――勇者クエタプノッ! まだ終わらぬか!?」
「……ええ、まだです」
神から人類の勝利の可能性を与えられた者――勇者。
クエタプノが、己の血に濡れながらゆらりと立ち上がり、剣を構えた。
ザビエル「うおおおおお! ナイチサ様ああああぁああ! うおおおおおおおおお!」
ガルティア「お、おお……ナイチサ信者が騒いでんな」
スラル「……口上、かっこいいもんね」
レオンハルト「まあ、スラルには無理なカリスマだな」
スラル「あっ、むかっ。私にだって出来るもん」
レオンハルト「そうなのか?」
スラル「で、出来るわよ……ええっと――わ、我の魅力に平伏せ――悩殺」
レオンハルト「…………」
スラル「な、なんか言ってよ!」
レオンハルト「恥ずかしがるくらいならやるなよ……」
ケッセルリンク「とても可愛らしいとは思いますが……」
ラウネア「…………(次回決着。NC期終了まで、後4、5話くらいかも?)」