「……まさかここまでとは」
と、街の外れで気配を消してその戦いを見るのは勇者の従者コーラ。
彼は邪悪と言うべき口端見せながら、魔王と勇者の戦いを愉快な見世物だと嘲笑った。
「このままだと、本当に魔王を倒すかもしれませんね……」
それは神々からすれば、一応、面白くないものだ。
人間は、メインプレイヤーは、苦しむために存在する。
悲劇を作り、その愚かさと死に様を神に見せつけることが、人類の存在意義なのだ。
だからハッピーエンドはつまらない。この世は絶望に満ちていなければならない。絶望を彩るための多少の平穏であれば許容出来るし、そのための存在が勇者ともいえる。
だがそれを望むわけがない。
魔王を倒し、世界に平穏を与えるなどあり得ないことだ。
だが、
「まあ、どっちに転んでも意味はありませんけどね」
ニヤニヤと必死になって戦うクエタプノを見て呟く。
馬鹿なクエタプノ。それだけ必死になって魔王と戦ったところで、意味はないのに。
魔王は死んでも、また新しい魔王が生まれるだけなのだから。
魔王は、魔人は、いなくならない。
悲劇は無くならない。だから無意味なのだ。
この上、勇者の真実を教えてやればどんな顔をするだろうか。
想像するだけで愉悦は止まらなかった。
コーラはこの後、戦いが終わった後にでも折を見て、教えてやろうと今後の予定を立てる。
勇者の従者としての仕事は、人間の絶望を地上で、眼の前で観覧出来るのがたまらないのだ。
不敬にも、この愉しみを知らない殆どの神々を気の毒に思ってしまう。過度な干渉を行わず、精々、俯瞰で全体を見るだけであったりと、そんなのはつまらないだろう。
次の勇者がどうなるだろうか、それを考えるだけで――
「ッ……!?」
と、不意にコーラは身を翻した。
殺気も何もない不意の、鋭すぎる一撃。
それにコーラは見覚えがあった。だからこそ、コーラは溜息をつく。こんな楽しい時なのに、と。
「ようやく見つけたぞ――ネズミが」
「……勘弁してくれませんかねぇ……」
コーラが隠れ潜んでいた路地に現れたのは、魔剣を引き抜いた状態で歩いてくる金髪灼眼の魔人の姿だ。
魔人レオンハルト。魔人筆頭にして魔軍参謀。最強の魔人にして、今まで幾度となく人類に悲劇を与えてきた働き者の魔人。
先程も、勇者と戦ってみせた強大な魔人の登場に、コーラは小声で愚痴っぽく呟いた。
何故気づかれたのか、と思いもするが、前にもこの魔人には気配を感づかれた。その強さもさる事ながら、異様に気配に敏感なのだろう。そう思い思考を止めると、この場を切り抜けようと言葉を作る。
「お前だろう。ここ最近勇者の周りでこそこそと動いていたネズミは」
「……勇者の従者ですからね。と言っても、何の力もないただの少年ですので、逃げ隠れていただけなんですけど……」
と、弱者を演じてみせる。無駄な争いは好ましくないし、相手はあまりにも大物過ぎる。正体もバレたくないし、魔人と事を構えるのは大事になる可能性もあるのだ。だからご無体はやめてくれと、言ってみた。
魔人レオンハルトは人間の、特に弱者には慈悲を与える時もあるというのは、大陸で長年過ごしていれば普通に耳に入ってくることだ。
だからそれにつけ込もうとしたのだが、レオンハルトはそれを鼻で笑った。
「ふん、笑わせるな。俺の剣を二度も躱した奴が、ただの少年だと? 嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ」
「……偶然ですよ。それより、出来れば見逃してほしいんですけど……」
どうやら疑われてるようなので極力無害を装ってみる。
しかしこれも、魔人レオンハルトには一笑に付された。
「見逃す? 何を言っている。魔人は人間を殺す。それも遊び半分でだ。しかも勇者の従者だという人間を見逃す道理はないだろう」
「……貴方は、弱者を殺すような魔人では――……ッ!?」
言葉を言い終える前に、剣は振られ、こちらの胸を浅く斬り裂いた。
直前で気が付かなければ、もっと手痛い傷を負っていただろう。
その結果を見て、満足いくものではなかったのか、眉をひそめたが、しかし次の瞬間には不敵な笑みをも浮かべてみせる。
「ああそうだ。弱者を殺すのは、俺の趣味ではない。だが――クク、
「……っ、何の根拠があるんですかね……」
警戒して後ろに下がるが、それすらも判断材料だと言うように、
「俺の目を誤魔化せると思うな。強い奴の気配は、匂いで分かる。特にお前からは、美味そうな匂いがするぜ? 殺しがいのありそうな“ゲテモノ”の匂いがよ」
「……貴方、まさか……」
気づいてるのか、と魔人の表情を窺う。
そこに確信を抱いているかは解らない。しかし、強者であることを確信してるのは確かな様で、
「さあどうする? お前も俺を熱くさせてみるか? それとも何の感慨もなく、掃除されるのが好みか?」
「…………」
どちらにせよ殺す。魔人の紅い目はそう言っているようだった。
コーラは深く溜息を吐く。出来れば騒ぎは起こしたくない。
この魔人の危険さは何となく解る。不思議と、今も対面して僅かにではあるが――恐怖を感じるのだ。
力の強大さもそうだが、もっと別の何かを隠し持っているような……確証はほぼないが、そんな気がする。
強いて言うならその手に持つ魔剣。そこから異様な気配を感じるが、
「――後悔しますよ?」
「クク……お前がな。逃げるなら今の内だぜ? 今の俺は、手加減が出来ねぇからなぁッ――!!」
「っ……全く面倒な……」
魔人の気配が膨れ上がる。
赤黒い禍々しい気がその場に充満し、コーラは眉をひそめた。
なるほど。これは魔人として規格外だ。
勝てない――とも言い切れないが、勝てる確証もない。どの程度強いか、その真価はまだ完全には判断がつかないが、どちらかと言うとこちらの不利に感じる。
戦っては無傷ではすまない。幾ら4級神のコーラス0024であってもだ。
その段階で、コーラは方針を決めた。やはり、
「……悪いですが、逃げさせてもらいますよ……」
「――クハハハ! 逃がすと思うかッ!?」
魔人が高速で迫り来る。その顔に、戦いを愉しむ修羅としての顔を貼り付けて。
……また面倒なものに絡まれましたね……!
コーラ改め、コーラス0024は、魔王と勇者の戦いを眺めることを一旦諦め、眼の前の魔人に対処することにした。
街は、もはや街では無くなっていく。
「――!」
「……!」
勇者と魔王の戦いは、まるで神話や、お伽噺のような非現実的な規模の戦いだった。
彼らが移動を行うだけで、大気は破裂し、建物の窓が割れ、壁に亀裂が入る。
彼らの攻撃はそれこそ、その余波で街を次々と更地にしていくほどの破壊力を秘めていた。
お伽噺というには、あまりにも鮮烈な戦い。血に濡れながら戦う勇者と、凄惨な笑みを深めていく魔王。
外から見れば、赤と黒の閃光が飛び回っているようにしか見えないだろう。
どちらも光。しかしその性質は、真逆。
滅び。人を殺めるための邪悪なる光を操る魔王と。
救い。人を救うための善に満ちた光を操る勇者。
しかしその力の根本は全くの同じ。どちらも神聖なるものだ。
戦いは魔王の優勢だが、徐々にその力は拮抗を始めていた。
勇者の力の増幅。今なお世界中で死に絶え続ける人間達のおかげで、僅かにだが、力を増しているのだ。
そして、見切りの力も相まって、ナイチサも徐々に苦戦する場面が増えていく。
だが勇者も、体力的にも精神的にも疲労が蓄積され、更には期限切れという時間制限もある。
究極の戦いは徐々にだが確実に、終局に近づいていた。
ナイチサは眼の前で血に濡れながらも、己と互角に戦う勇者に、感嘆を覚えていた。
幾度となく死を与えた。並の人間なら何度も廃人となっているであろうその悪行に、
……耐えて、なおかつ力を増してみせるか! 勇者!
己の力。人間を殺すための、邪悪なる力を浴びて、倒れない人間がいるとは思わなかった。
魔王の力とは地上を支配する究極にして至高の力だ。ナイチサが人を撫でるだけで、その邪気を集中するだけで、人は容易に死ぬ。
例え魔人であっても勝てる者など存在しない。あるいは、と思わせる者も存在するが、基本的に逆転など起りえないのだ。
地上に生きるあらゆる生物が、魔王の暴威に屈して膝を突く。頭を垂れて諦める。絶望して死を受け入れる。
だが、眼の前の人間――勇者は、それを決して受け入れようとしない。
何度殺されようと己の正義を信じて曲げようとせず、人々を救おうと足掻き続ける。
不屈の精神力。善にして光の力を振るい、魔王という悪を倒そうと聖なる剣を構える。ナイチサとは違う、真なる正義を証明するために。
しかしそれは難しい。この世の全ては、一つ残らず――我らに加護を与える神の箱庭であるからだ。
世界は神の光によって照らされ、完全に蝕まれている。
その力を預かった魔王を倒すことなど、出来ようはずがない。
だが、ナイチサはそれでも内心に喜悦の感情を交える。
……余という悪を倒すために、これほどの者が現われるか!
愉快なり。実に面白い。
よもや魔王としての生の末期にて、これほどの存在が現われるとは。
筆舌に尽くしがたい感動を覚える。
それでこそ魔王として悪行を為し続けた甲斐がある。
この眩いほどの希望の存在。それを相手に、魔王としての全力を尽くしてこそ、この世の正義は完成を迎える。
千年を生きる魔王の集大成。悪であることに拘り続けたナイチサは、その道の果てに、唯一無二の答えを知ることが出来る。
今はまだ未完成なこの世の理。二つの正義が、今地上にはある。
それを天に示すことが出来るのは、魔王である己と、勇者である相手だけだ。
例え神の意志は決まっていても、この世の正義を地上に示すための戦いは止まらない。
善と悪がある限り、異なる両者が存在する限り、どれだけの時が経とうと、両者は争い続けることだろう。
眼の前の勇者の様に、人間は足掻き続ける。神の祝福から抵抗を続ける。
それを叩き潰すべき魔王という存在。
今代の魔王の名は――ナイチサ。
己の役目は完全に理解している。
例えどれほどの困難が道を阻んだとしても、最期の時まで悪行を示し続けることだ。
だからナイチサは行く。己の役割を果たすために。この世の理を示すために。
「――さあ、勇者クエタプノよ。名残惜しいが――」
告げる。天上からの裁きを与えようと、宙に浮かび、力を最大限にまで高め、
「――――決着の時だ!」
ナイチサは己の最大の必殺技を、滅びを意味する光の大玉を、勇者に向かって落とした。
天上から光が降り注ぐ。
それは魔王が放つ滅びの光。
地上にいる生命。人々を終焉に導く破滅の光だ。
空を覆う雲間から、ナイチサを祝福するかのような光が差し込む。
まるで魔王こそが、これこそが正義だと、示すかのような光景は、地上に生きる人類にとっての悪夢に他ならなかった。
街一つを丸ごと消滅させてしまうその光球を、ただ一人、勇者クエタプノを滅するためだけに放つ。
魔王の表情は、不敵に歪められ、言外に問いかけられていた。
――“これを耐えられるか?”と。
魔王の最大の一撃。それは例え勇者特性の不死があろうとも、身体を焼き尽くしてしまおうとする超高温のエネルギーの塊だ。
喰らえばあの光球によって身を焼かれ続け、何重もの死が与えられるだろう。
既に何百、千にも届こうとする死を与えられたクエタプノにも、そろそろ余裕がない。
次の死であるいは、というところまで、クエタプノの精神は傷ついてしまっていた。
だがそれでも、
「――僕は、負けません……」
クエタプノは剣を構える。
たった一つの目的を成すために。
魔王ナイチサ――それを倒すために。
「人々に、救いを与えるまでは……!!」
己の正義を証明するために――クエタプノは力を振り絞り、勇者としての最大の一撃を放った。
「――――ッッッ!!」
勇者だけが使える聖なる剣――エスクードソード。
その最大破壊力の一撃。あらゆるものを消滅させる斬撃を、ナイチサに向かって放つ。
異なる存在である両者の、対となる一撃が衝突し、
「――――!」
世界は真っ白な光に包まれた。
お互いに相手を殺そうとする――その殺気と敵意が充分に詰まった必殺技。
勇者と魔王。両者のそれは、お互いに相手を殺すのに充分な威力を秘めていた。
力量は拮抗し、お互いの技が形容し難い轟音とともに衝突し合う。
純粋な力による拮抗は、互いの正義を喰い合おうとする意志の発露。
人を殺すことを善とする正義と。
人を救うことを善とする正義。
どちらの信念も、間違いではなかった。
真実に近いのはやはり、神の意志に従う魔王だ。
だが、人の立場で見れば勇者も正義には違いない。
正逆の存在として作られ、正逆の想いを抱える両者の激突は、偶然ではなく必然であった。
そして――その想いがより強かったのは、
「――ッ、ま、だ、ま、だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
――勇者だった。
全身が、もはや血で濡れていない場所存在しないほどに赤く染まったクエタプノは、咆哮と共に裂帛の気合いを込め、渾身の一刀を真っ向から放つ。
そしてその斬撃は――巨大な光球を遂に両断せしめ、魔王ナイチサに迫った。
「これ、で……終わり、です……っ!!」
「……ッ!」
魔王を倒す力。それを十全に振るったクエタプノは、見切りの力を用いて、ナイチサの必殺技の急所を見抜いたのだ。
目論見が成功に終わったクエタプノは、後はもう、剣を振り下ろすだけとなる。
必殺技を放ち、破られた後の僅かな隙。本来なら隙とも呼べないような僅かな緩みは、しかし魔王と勇者という超常の戦闘において、致命的な隙となる。
だから終わりだ。クエタプノは、そこで勝利を確信した。
「ッ、ぐ、ああぁあァあアああああああァァアアあああああああああああああ――ッ!?」
魔王の身体がエスクードソードによって袈裟に斬り裂かれる。
紅い血を噴出させ、激痛に絶叫したナイチサを、クエタプノは冷めた眼で見下ろした。
……これで、人類は……。
魔王を殺し、世界は救われる。魔物の首領である魔王の死は、魔人と魔物達から戦意を失わせ、人間の住む土地から撤退を始めるだろう。
もはや疑いようのない終わり。邪悪の化身たる魔王を、正義の代名詞である勇者が討ち滅ぼす。
まるで勧善懲悪のお伽噺のような結末。誰もが夢見る幸福と希望に満ちた未来だ。
クエタプノは確信した。これで終わりだと。
――だが、
「――――油、断……したな?」
「――!?」
刹那、背筋が凍った。
断末魔を上げて、倒れたはずの魔王が、徐ろに立ち上がってみせ、
――終わりだ、と。
こちらを嬉しさと哀しさ、その両方をないまぜにした様な表情でナイチサは死を宣告する。
「――――誅殺に、処す……!」
「――ぁ……」
口元から血を吐き、肩で息をする瀕死の魔王が、直ぐ近くの距離にいた。
そしてその手は、クエタプノの左胸を、心臓を貫いており、
……こ、んな……こと、が……ッ!
通ってたまるかと。勇者は再び意識を覚醒させようとしたが――それが叶わない。
クエタプノは、死にすぎた。
幾らクエタプノが鋼の精神力を持っていようとも、心と身体は、とうに限界を迎えていたのだ。
それら全ての防衛本能を、気合いで跳ね飛ばしていたクエタプノは、しかしとうとう、正真正銘の限界を迎えて、意識を薄れさせていった。
……だめ、で、す……こ……れ、で……は――――。
勇者の特性により死だけは回避されるものの、クエタプノはここに来て遂に、意識を手放してしまった。
――そして、魔王ナイチサは、
「はぁ……はぁ……ぐ、ふっ………」
肩で息をしながら、地面に倒れたクエタプノを見下ろす。
なんとか勝利を収めた。
勇者と魔王の戦いは、魔王ナイチサの勝利だ。
それは間違いない。最後の攻防で、相手を確実に殺すために、己の死すら偽装してみせたナイチサの企みは、成功に終わったのだ。
だが、
「傷が、深い、な……!」
ナイチサも、瀕死であることには違いなかった。
いや、勇者が不死によって生き返ったことを考慮するなら、ナイチサの方が重傷かもしれない。
寿命が縮まり、大部分の力を失うほどの深手を負ったナイチサは、己の状態がマズいことに気づき、勝利の感慨もなく、その場を立ち去ろうとした。
「せ、めて……傷、を――」
と、言葉を発してふらついた直後。
ナイチサはその傷によって意識を保つ限界に達し、意識を薄れさせていく。その瞬間に思うのは、勝負によって得た答えのことだ。
……この、世、の……正義、は――――。
そうしてその答えに微笑を浮かべたところで、ナイチサは、闇に意識を預けた。
――魔王ナイチサと勇者クエタプノの戦いは、魔王が勇者を倒し、勇者が魔王に、寿命を縮めるほどの深手を負わせる――痛み分けの、相討ちに終わったのだ。
「――音が消えたな。どうやら、戦いは終わったようだが……」
と、もはや街ではなく、瓦礫の山の上に立つ魔人レオンハルトは、西側の空を見てそう言う。
戦闘の激音が消え、更には周囲一帯を包んでいた重苦しい気配が消失したのだ。魔人としての本能も、主の戦闘が終わったことを告げている。
それが意味するのは戦争の終局。撤退の合図であり、仮に魔王が気を失ったとするならば、魔人筆頭であるレオンハルトがそれも含めて魔物達を引き連れて、撤退の指揮を執らなければならない。
つまりは時間制限が来てしまったのだが、しかしレオンハルトは眼前の相手を睨みつけて告げる。
「チッ、しょうがねぇな……俺はもう行かなきゃだが――まだやるか?」
「……冗談。貴方が勝手に襲いかかってきたのでしょう」
私は逃げさせて貰います、とそう言うのは勇者の従者であるコーラであり、その身体には幾つかの傷を作っている。
魔人との追いかけっこ。ほんの少し攻撃もしたが、その全てを掻い潜ってコーラを仕留めようとしてきた。残念ながらそれは叶わなかったが、それでもなお、レオンハルトは鼻を鳴らして忠告する。
「お前の首はおあずけだな。次に会った時は覚えてろよ。今度は勇者共々消してやる」
「……おっかないですね。極力、姿を現さないようにしますよ」
「ああ、そうした方が身のためだな。精々、俺に怯えて逃げ隠れてろ。ネズミみたいにな」
「っ……」
最後まで挑発してやると、コーラは苦虫を噛み潰したような、忌々しいと言った表情をレオンハルトに向け、それから姿を消した。
どのような方法か解らないが、一瞬でこの場から脱してみせたのだ。
とは言ってもそこまで遠くにも行ってないし、気配も捕捉している。また追いかけることは可能だが、
「……まぁ、止めておくか」
機を逃した以上、今から更に拘ろうとするのは蛇足だし、面倒でしかない。
未だ不完全燃焼であり、身体の内側では、グツグツと戦闘衝動が渦巻いている。それもこれも、魔王と勇者の戦いのせいだ。
「アレと戦り合いたかったんだがな……」
魔剣を空間に収めると、その場から跳躍するようにして移動する。
宙に浮き上がり、眼下をついでに眺めると、そこにはやはりと言うべきか、街の原型など殆ど残っていなかった。
その中でも、特に破壊の規模が大きい場所。最早何もない原っぱのような場所になってる空間に急いでみれば、やはりそこには瀕死の重傷を負って倒れている魔王ナイチサの姿があった。
「本当にやりやがったか……」
感嘆を呟き、それを成した英雄の姿を探してみるが、いない。
勇者特性の幸運、また地割れか何かで逃げたのだろうと、直ぐ様捜索を諦めると、ナイチサの身体を抱えてその場から移動した。
そのボロボロになった肉体を見てしまえば、否が応でもその先のことを思考してしまう。
「――時代は変わる、か……」
千年近い魔王の任期も、直に終焉に向かい、新たな魔王の時代がやってくる。
まだもう少しは時間があるだろうが、魔人にとって、百年などあっという間でしかない。
それを思いながら、レオンハルトは直ぐにその場から立ち去ると、街の外に待機していた自身の使徒達と魔軍に一つの命令を下した。
――魔王、ナイチサ様の負傷につき、全魔人と魔軍の一時撤退を告げる。
正式なものではないが、おそらくは正式なものになるであろうと、レオンハルトはこの先のことに想いを馳せながら、魔物界へと帰っていった。
――こうして人類の半分が犠牲になった死滅戦争は終結した。
勇者クエタプノと魔王ナイチサの戦いは、魔王ナイチサの勝利に終わったが、その身に受けたダメージは深刻なものであり。
また、勇者クエタプノも、勇者としての任期を終えることとなり、魔王を倒せる力を失った。
人々はあまりにも多すぎた犠牲を嘆き、悲しみながらも、次に進んでいく。
――その先にあるのは希望か、それとも絶望か。
――そこに正義はあるのか否か。
――今はまだ、誰にもわからない。
(NC期)書き終わったんだけど、残り17000文字くらいで思ったよりい分量無かったわ。なので明日くらい、2話投稿するか、1話にまとめて投稿します。それでNC期は終了っとこでどうぞよろしく