――NC9XX年。
人類が、戦争の爪痕から復興しようと未だ力を合わせる。
そんなある日、とある国に――1人の子供が生まれた。
非常に恵まれた容姿と才能を持つ女の子であったが、彼女の両親は、複雑な事情によって蒸発してしまった。
生まれて直ぐに孤児院に送られた彼女だったが、彼女は自分の境遇を恨むことはしなかった。
優れた知性を持ったその少女は、孤児院にある僅かな書物や、大人達からの話で知識を仕入れ、直ぐに頭角を現していった。
特に魔法の才能に優れた少女は、直ぐに国から招聘され、その才能を国の為に活かすように命じられた。
少女はその命令に、首を縦に振ることで答えた。国に直接仕えることは、畏れ多いと固辞しながらも、多くの人の助けとなるべく、その聡明な知識と魔法の力で以て、人々を救い始めた。
いつしか彼女は賢者と呼ばれるほどにまで成長したが、彼女を有名足らしめたのは、その知識よりも――その美貌だった。
透き通るような明るい水色の髪を持つその少女の美貌は、国内だけでなく、周辺国家にすら轟くほど有名だった。
絶世の美女という言葉が、これほどまでに合致する存在も少ないであろう。それほどに美しい女性だった。
しかもただ美しいだけではなく、彼女は優秀な頭脳を始めとする才覚も併せ持っていた。
当然、多くの男性を惹きつけたが、彼女は見向きすることはなかった。理想が高く、賢者として知識を活かすことを望んでいた彼女にとって、恋愛など些末なことである。想いを寄せてくれたことに対して、それを断ることを申し訳ないとは思いつつも、己の意志を優先し、彼女はあくまでも賢者であり続けた。
俗世には必要以上に関わらない。ただ知識を以て、成すべきことを成すべき時に行うだけ。国や人の為に、純粋に役に立つためには、政治と必要以上に関わってはならないのだと彼女は思っていた。
人の思惑に踊らされて、本質を見失うことは避けたい。故にあくまでも彼女は、一人で人の為に知識を使うことを選んだ。
それでも多くの人が彼女の元を訪れた。
純粋な、知識を貸してほしいという頼みや、人助けの頼みもあったが、相も変わらず求婚の申し出であったり、国に仕えるようにとの辞令もあった。
中には人だけではなく、人外の存在も彼女の元を訪れた。噂を聞きつけて、態々魔物界からやって来たという。
それに対しても、彼女は普段通り応じた。
人外の存在である魔人は問う――“怯えはないのか?”と。
それに対して女賢者はこう答えた――“怯えてどうにかなるわけでもないでしょう。殺すつもりであれば、私はとうに殺されています。そうなっていないということは、何か私に、別の用があるとお察ししますが?”と。
魔人はその言に納得し、しかし特に用件を口にすることはなかった。幾つかの他愛のない会話を行ったら直ぐに帰っていった。
何でも“噂の賢者を、一目見に来ただけだ”――とのこと。
魔人であっても、そういった噂は気になるものなのか、と女賢者は訝しげに思いながらも得心した。かの魔人は、大層な女好きであるとも知られている。その噂は真実だったのだろうと、深く気に留めはしなかった。
それからしばらく――彼女は賢者であり続けた。
変わったことは何一つない。あるとすれば、日々訪れる来客の中に、魔人が混ざるようになっただけ。
他の男性と同じ様に、口説きにでも来ているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。単純に様子を見に来ただけだと、彼は口にする。
不思議な魔人だな、と思いもしたが、害意は見受けられなかったので、特に何をするでもなく、ほんの少しの会話を行い、いつもいらないと言っているのに持ってくる土産を仕方なしに受け取ると、その魔人は帰っていった。
そんな奇妙な交流が、数ヶ月に一度、行われるようになったが――しかし、最後に出会った時に、“一緒に来ないか”などと誘われたこともあったが、素気なく断った。
そういう色っぽい話なのかと疑いもしたが、そういう風でもない。彼は確かに、今まで見てきた男性の中でも――いや、男性という生き物の中でも頂点に位置するほど魅力的であり、実直な性格も好ましいものであったが――しかし、己は賢者として、人のために知識を活かすことを願う。
人である自分が、魔人に与することはない、と、そう断ったのだが……不思議と、その時に見せた魔人の表情が忘れられない。何かを迷うような、憂うような表情だったが、それを問い質すことは遂になかった。
それから交流は無くなった。以前と同じ日々を、女賢者は過ごすことになった。
だが、とある日のこと――彼女は、謂れなき迫害を受けた。
何でも女賢者は、怪しき呪術を扱う魔性の女であると、幾つかの有力者が口にし始めたのだ。
なんとも馬鹿馬鹿しい。こんなものは根拠のないただの嫉妬だ、と、女賢者は吐き捨てた。
何故ならその有力者達は皆、少しばかり容姿が劣る女性であったり、己にこっ酷く振られたプライドの高い男ばかりであったからだ。
誰もが見知った者であり、己にしつこく付き纏っていた者達でもあった。
だからそれが醜い嫉妬によるものだと直ぐに解ったし、当然、そんなものが認められるはずがないと女賢者は相手にすらしなかった。
特に報復なども考えもしない。嫉妬は人間にとって当たり前の感情であり、防ぐことはとても難しいものだ。
だから下らない妄言だと吐き捨てながらも、それを罪だとは思わず、仕方のないことだと女賢者は自分の中で処理した。彼らも、いずれ自分のしたことの愚かさに気づき、自ら悔い改めるようになるだろう。その時まで、自分はこの事を忘却し、その時になって初めて許してやればいいのだ。
人間同士で争うなど馬鹿げたことでしかない。反目せず、力を合わせることが人間の美徳だ。女賢者はそう信じて、変わらず人々のために己の知識を活かすことにした。
――だがそれが、間違いだった。
女賢者は、間もなくして国によって認められた嫌疑で投獄された。
罪状は様々だ。やれ、悪しき呪いを研究していた。男を拐かした。隣国の間者であった。魔法で人を傷つけた、あるいは殺した――その全てが見に覚えのない冤罪だった。
だから女賢者は訴えた。理を説き、己が何もしていないという証拠をこれでもかというほどに叩きつけ、国にその訴えを取り下げるように己を弁護した。
だがそれらも全て、取るに足らない戯言だと却下された。
全ては始まる前から決まっていた。周囲の何もかもが、女賢者を貶めるための仲間であった。
こんなことが認められるはずがないと、女賢者は声を大にして訴えた。お前達のやっていることは愚行以外の何物でもないと。
――しかし人間は、想像よりも愚かであった。
嫉妬心に駆られた周囲の人々は、女賢者をどうしても貶めたかったのだ。
だから女賢者に謂れのない罪を被せて投獄し、女賢者にその醜い欲求の全てをぶつけた。
昼夜問わない拷問に暴行。女達には、よくも好意を寄せていた男を誑かしたな、などと数多くの凄惨な拷問を受け、男には、よくも自分を振ったな、と醜い性の欲求を己に吐き出し続けた。
言葉にするのも憚られるほどの数々の恥辱と惨たらしい拷問を受け続けた。
何度も止めるように、または、助けて、と。もはや尊厳の欠片もなく、苦痛から逃れたい一心で叫び続けたが、それも叶わない。それどころか、その悲鳴を受けて余計に興が乗ったのか、責め苦を激しくする始末。
女賢者に、救いは一つも与えられなかった。
最終的には晒し者として民衆に晒され、そこでも拷問と暴行を受けた。
そして四肢を切断された後、遂にこちらを苦しめることに飽きたのか、獄中へと己を放置した。
無限の苦しみ。この世の苦痛という苦痛を全て一身に受け、地獄を体験し、もはや死を待つのみとなった女賢者は、獄中で――憎しみを募らせた。
何故自分がこんな目に。
私は、人の為に尽くそうと頑張っていただけなのに。
何故このような責め苦を受けなければいけないのか。
苦しい。痛い。悲しい。辛い。死にたい。殺してほしい――あらゆる負の感情を芽生えさせる中で、最後に芽生えた感情こそが。
――人間への憎しみだった。
彼女は、もはや声も出せないはずの潰された喉で、しかし誰にも聞こえない程の、掠れた声を発する。
――
人間を、自分を苦しめた者達を。
――必ず、殺してやる……!
もし生まれ変わったのならば。仮に、この状況から生き延びることが出来たのならば。
どんな方法を使っても、己が味わった苦しみを何倍にもして、永遠にも等しい無限の地獄を。
――愚かな人間共に、味わわせてやる……!
獄中にて、女賢者は人間を呪う、呪詛の言葉を吐き続ける。
「――――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ッ!」
絶対に許さない。
例え死んでも、殺してやる。
生まれ変わっても、殺してやる。
ただでは殺さない、殺してくれと叫んでも殺さない。
絶望の淵の淵に追い込まれ、全てを諦めた瞬間、嘆きと苦痛の極致に達し、それを充分に味わわせて慣れてしまう直前に、殺してやる。
人をどうすれば苦しめられるかは、お前達が全て、この身に教えてくれた。
どうすれば人を殺さずに苦しめられるかは、この身が全て知っている。
故にその返礼として、災いを。
人類に、無限の災いを。
生き地獄を。残酷で救いのない地獄を。
恐怖と苦痛に喘ぎ、悲鳴が鳴り止まぬ世界を。
人の血に塗られた真っ赤な大地を。狂気に満ちた絶望の大陸を。
この世に顕現させよ。
光差すことのない冷たい獄中。深淵の闇の中でたった一人。孤独と絶望の極地を味わった女賢者は、狂ったように人間への憎悪を吐き出し続けた。
そこに光が差したのは、女賢者が息絶える直前の事であった。
「……ここに、いたか」
「――――」
と、暗闇の中に光が刺す。
それは滅びの光だった。
この世の正義を称する邪なる光。人への憎悪に満ちた女賢者でさえ唖然としてしまう程に、邪悪に満ちた光。少なくとも彼女はそう感じた。
そして驚いた原因はもうひとつあった。
声を最初に発したもの。鎖に繋がれるこちらを見て、それを抱え上げた者がいる。
それはいつしかの魔人だった。
まだ穏やかな日々を過ごしている頃に出会い、少ないながらも交流のあったある魔人。
女賢者が迫害を受け始めてからは出会うことのなかった彼がそこにいたのだ。
そしてその隣には、貴族の様な見た目をした魔の極致がいた。
魔人と同じ様にこちらに視線を覗かせる男は、興味深そうに息を漏らす。
「ほう……確かに、素質はあるようだな……」
「…………は、この者なら、ナイチサ様の御眼鏡に適うかと……」
魔人が告げた名前は、やはり女賢者の想像通り、この世の支配者である魔王――ナイチサだった。
この世に降りた悪の化身。人間を苦しめる魔物達の王。ある意味で、女賢者が願う地獄の体現者がそこにいた。
だがその会話を、女賢者は理解が出来ない。そもそも頭が十全に回らない。
もはや息絶える直前の女賢者は、苦痛もなく、死を迎えるだけとなっていた。
薄れゆく意識の中で、しかし会話だけは耳にする。両者の会話は、
「――して、この者の名前はなんと言う?」
「……は……○○と言います」
魔人が、己の名前を教える。それに頷いた魔王はこちらを見てその手を向けた。
「――では、○○よ。今から卿に、魔王の継承を行う。――覚悟はいいか?」
問われた。当然、答える気力もない。
そのはずだが、女賢者は無意識に、その言葉に頷いていた。
「フ、良かろう。では――――」
薄れゆく意識の中、最後に見たのは、魔王の中から真っ赤な何かが現れ、それが己の中に入っていく光景。
瞬間――女賢者は、絶叫とともに、人間としての死を迎えた。
――それは人類文明の終焉の音。
――魔物の黄金時代、その始まりの音色。
――数多の英雄達が生きた魔王ナイチサの時代が終わり、
「新たな魔王――――ジル様。何なりとご命令を」
「…………苦痛を」
――歴代最恐、最悪とも称される、
「――――人間共に、永久の苦痛を……っ!!」
――――魔王ジルの時代が、今ここに始まった。
――そこは大陸にある、名もなき洞窟だった。
その穴の奥深く。もはや魔物すら住み着かないほどのその場所に、ある人間は移り住んでいた。
そこに到達したある魔人は、出会うなりに神妙に声を掛ける。
「――お久しぶりです」
「……フ、久し振り、か。確かにな。ここにいてはどれだけの時が経ったのかは分からぬが……少なくともそれなりの時は経っているのだろう」
洞窟の主である男は、昔と違い、幾分か柔らかい表情でそう答えた。
だが、その身にある力や覇気に衰えは見られず、老いすらも殆ど見られない。
やはり人間離れしているな、と思いながらも、魔人は男の言葉を聞いた。
「外は凄まじい事になっているようだな」
「……ええ、まあ。魔物にとって、とても住みやすい環境になりました」
「……そのようだな。ならばあの時の余と――卿の判断は正解だったか?」
「……どうでしょうね」
魔人はその答えを知らない。それ以外の答えを知らない。
その判断は、半ば消去法であり、これしかないというものだ。正否など、判断がつかない。
故に曖昧な言葉に留める。そして用件を伝えようとした時、逆に男から言葉が来た。
「して、ここを訪れたからには何か用件があるのだろう?」
「……はい。少し、気になることが」
「……では、言ってみよ。余としても少し気になることがあった。この機会に、最後の語らいと行こうか」
「……なら、聞かせて頂きます」
と、臣下の礼を未だに取りながら、魔人は問う。
それはかねてより気になっていたことであった。
「……昔、私の城に来た時のことを憶えていますでしょうか?」
「ああ、そんなこともあったな……無論、憶えている。それが?」
はい、と魔人は続けた。あの時、
「あの時――殺せと命じられた人間を見た時、
「…………ああ、そのことか」
思い当たる節があったのであろう。男はあっさりとそれを白状した。誰にも口にするでないぞ、そう枕詞を付けながら、
「
それは男が語る、かつての記憶。
善行を積み、神に出会い、そして神に出会うために悪行を積み重ねた男の深淵だった。
「かつて人であった頃……私は神と、神の正義を信じる余り、悪行を積み重ね、天罰を望んだ。そうすることで、戻れないほどに悪行を積み、好んだ己を罰してもらい、同時にこの世の正義を証明出来ると思ったからだ」
しかし、そうはならなかったと男は言う。何故なら、
「私の悪行は神に肯定され――魔王になった。魔王となった私は、神の御心と、己の欲望のままに、悪行を成し、その正義を執行するだけを望んだ」
だが、
「私は正真正銘、魔王として悪を望んだ。だが同時に、正義が証明される日も望んでいた」
「それは……」
魔人が言葉を、二の句を躊躇わせる。
それは矛盾した男の在り方だった。
善と悪。その両方を目的とした男の生は、徹底的に矛盾している。
悪を成すことで、善を証明するなんて、狂ったやり方だ。
しかし男は言った。全て承知の上だと、
「私という史上最大の悪。それを倒すことが出来る者が存在するなら――それはこの世に、正義があることの証明に他ならない」
手加減などもっての外。己という悪が全力を賭してなお倒しきれない善が誕生した時こそ、この世の善は、正義は完成を迎える。
だが、男は疑問を口にした。
「……だが、貴方は神を――」
「ああ、信仰している。――だからこそ、許せんのだ」
魔人は絶句した。男の信仰。神を奉じるからこそ、彼には許せないことがあるのだと。
それは、
「神は絶対でなくてはならない。己のような悪と同一の存在に身を落とすなど、神への冒涜だ」
神の正義など、あり得ない。神は神でしかない。
それが男の信仰の在り方であった。
故に、
「私は神の正義を自称し、また、そうあるように努めた。己が悪であったからこそ、それは楽なものであった。……そして、己という完全なる正義を討ち倒す者が現れた時、この世には真の正義が証明される」
神が悪を正義と言うのであれば、真の正義が現われるまで、己は悪として在り続けよう。
だから男は、正義の存在に感謝するのだ。それは例えば、
「私は勇者が、魔王を倒せるほどの力を持った勇者が現れた時、歓喜した。やっと、この世の正義が証明されるのかと。例えそれが私と同じ、神の玩具であったとしても、それを正せるだけの正義が現れたことに、間違いはないのだと」
最終的に、正義が負けてしまったことは残念だが、それも一興。全力を賭した悪に匹敵する善の存在が現れた。それだけでも、充分なのだと。
そして、そんな価値観を持つからこそ、男は魔人に告げる。
「私はな……卿の城であの人間の少女を見た時、愚かにも思ってしまったのだ――“良かった”と。魔王という絶対の暴威に逆らう正義が、こんな近くにもあったのだと、私という悪は思ってしまったのだ」
「……買いかぶりすぎです。私は、正義でも何でもありません」
魔人は息を漏らしながら言う。己は、正義でも何でも無いと。
寧ろ真逆。己の目的の為に他者を食い物にする修羅にして悪。
それが魔人の本性だ。断じて正義ではない。
だが魔人の主張に対し、男は言う。苦笑混じりに、
「フ、卿らしいな。人助けですら、己のエゴだと嘯くか」
「事実です。私は……目的の為に、動いているに過ぎない。貴方に忠義を見せていたのも、魔人として仕方なくやっていたに過ぎないですし、本心では――」
と、告げると、男は魔人に先んじて言った。
「私が聞きたかったのはそこだ。卿は、何故そこまで出来る? 卿の本質は、私のような悪を嫌う戦士のものだ。幾ら魔王に逆らえないとはいえ、あそこまで好意的に忠義を見せつける必要があったのか?」
それに、
「卿は、勇者の事や、多くの知りうるはずのないことを知っていた。それはいったい、どういうことなのだ? ……まさか、私の様に神に直接聞いたのか?」
男の問いに、魔人は頷く。悩みながらも、そうですね、と。
「……私は、魔人という立場からは抜け出せないのです。だから、本当に必要が無い限りは、極力魔王様には従います」
それは魔人の本心だ。
魔軍参謀という役割、魔人という新たな生。その立場から逃げることはしない。
己の大切なものに抵触しない限りは、出来る限り従い続けるし、希望にも沿う。その中で、出来る限りの救いを与えているに過ぎない。
何しろ自分は、この時代すら、止めることが出来たはずなのだ。
「知識についても……ええ、そうですね。私は神に少しばかり、
男は笑み付きで言った。それは、と、
「フ……そうか。それだと必要があれば魔王にも逆らう……そう言っているように聞こえるぞ。……これは忠告だが、あまり無理はしない方がよいぞ。魔王の力は強大だ。卿が平気でも、周りがそうとは限らん」
「……肝に銘じておきます」
「……もっとも、卿なら上手いことやってしまうか……あるいは、魔王すらも倒してみせるやもしれんな。神への恨みとやらも……卿ならもしかしたら――などと思ってしまう」
「……お戯れを」
「そこで無理だと言わないのが、卿の恐ろしいところよな」
ともあれ、聞きたいことはお互いに聞き終えた、と、男は立ち上がり、傍にあった質素な棚から一つのボトルを取り出してみせる。
それを見て、魔人は目を見開いた。そして苦笑し、
「……懐かしいですね。またそれですか」
「いらぬか? 千年ものだぞ。フフ、ここぞという時の為に取っておいたが……今がその時であろう」
「……なら、頂きましょう」
魔人は頷いた。男が最後の時だと言うのだ。少しくらい付き合っても罰は当たるまいと。
それをグラスに注ぎ、口に含む。すると思わず、感嘆の息を漏らした
「……美味しい、ですね。この上なく」
「そうだな……余も、このワインのように、成れたであろうか?」
「っ……」
突然の問いに、魔人は言葉に詰まる。
だが、直ぐにその問いには答えた。
「……貴方は私が思うに……ナイチサ様は――最も、
「! ほう、それは……」
「魔王という役割とその統治、それに関して、ナイチサ様以上の者はこの先も現れないでしょう」
これも本心だ。
魔王という役割を、最もきちんと遂行したのは、魔王ナイチサであると。
魔人や魔物達の統治も含め、己の職務に最も忠実であった。
だからこそ、魔人も仕事がやりやすかったのだと、そう言う。
その言葉に、ナイチサは一瞬驚き、そして笑みを見せた。
「……フ、フハハ……! そう言ってもらえるとはな……正に、魔王冥利に尽きるというものよ……」
そう言って、ひとしきり笑った後、ナイチサは別のボトルを取り出した。
そしてこちらに向かって、それを手渡すと、
「……レオンハルトよ。頼みがある」
「……何でございましょう?」
うむ、とナイチサはグラスを差し出し、
「最後に、余にそのワインを注いでくれ。それは――」
と、
「余にとっての、最期のワインだ」
「! ……分かりました」
主からの最期の頼みに、魔人レオンハルトは神妙に頷いたボトルを傾ける。
グラスの中には、真っ赤な液体。ナイチサの魔王としての結晶。それを示すかのような極上のワインだ。
それを半分程注いでみせると、ナイチサはふと語りだした。
「余の本質は、どうしようもない程に悪であった。そのことに後悔はない。全て己が選んだ道であり、そこに詫びる気持ちも、懺悔するつもりもない。そのような女々しいことはしないし、許されてはならない。――これだけの悪行を成せたこと、魔王として、実に満足であった」
あくまでも、己は悪。
例えどのような理由が背景にあろうとも、悪は悪。罪は罪であり、それに対して女々しくも理由を口にするなどあってはならないことだ。
どのような理由があろうとも、被害を受けた者達は、加害者を許せるわけがないのだから。
だから悪人が出来るのはたった一つ。“やってやったぞ”と邪悪に満ちた笑みを浮かべてやることだけ。
言い訳も何もない。やりたかったからやったと。そんな純粋悪だからこそ、被害者達は心の底から純粋に悪人を恨み、正義を執行することが出来る。
それこそが、真の悪だけが出来る、悪人としての最大の供養なのだ。
だからナイチサは、己の心の内を、腹心以外の誰にも語らないし、それを口外するなと言い含める。
己は最悪の魔王でいい。事実、それだけのことをしてきたのだから。
魔王ナイチサは決して善人ではない。正義の為に悪を成す――最悪の魔王なのだ。
だが、言う。彼に対しては、
「卿にどのような目的があるか、余は知らない。だが卿は――私のように歪むな。己の信じる正義だけを貫け」
「……!」
己のようにはなるな、と。
自分の正義だけを、最後まで貫け、と。
約束してくれるな? と、元魔王、ナイチサは忠義を示し続けてくれた家臣に、そう告げる。
その想いに、レオンハルトは驚き、そして、
「……ナイチサ様」
魔人は、膝を突く。
これまでの偽りの忠義ではない。
最後の最後だけは、彼に忠義を示そうと、レオンハルトは言葉を尽くした。
「……俺は、貴方という魔王がいたことを憶えておきます」
だから、
「安心して、お休みください。――お疲れ様でした、魔王ナイチサ様」
「――――」
ナイチサは、グラスを傾けた直後、その発言に呆然とした。
今まで偽りの忠義を捧げてきた男の、本当の忠義。
最後の最後に、己はかの魔人と、一瞬でも主従になることが出来たのだと、
「……フ、フフ……なんとも、嬉しい手土産だ……最後に、このような驚きをくれるとは……」
魔王であった男、ナイチサは己に回り始めたそれを感じ、意識を薄れさせながら告げる。
「……余と卿が、選んだ……次代の悪……人間への、憎しみに溢れる最悪の魔王……余よりも強大な悪に、匹敵する存在が、現われるか……フフ……実に、見ものだな……」
だから、
「……もし、こちらに、来たら……その、結果と…………卿の……土産話を、聞かせて……貰、おう……か――――」
そうして眼の前の、ただの人間となった男は、人間であった頃と同じ微笑を浮かべながら、意識を失い、やがて息を引き取った。
魔王としての使命を果たし、大往生を迎えた彼の、最期の一時。
それを見届けた魔人レオンハルトは、呆然としようとする己を奮い立たせ、その場から立ち去ろうとした。
既に時代は変わった。
己には、まだまだやるべきことが残っている。
英雄達はもういない。
誰もが己だけの正義だけを信じ、競い合い、駆け抜けてきた彼らの時代はもうどこにもない。
これより続くのは深淵の闇。
人が人でなくなる閉ざされた絶望の世界。
人間達の暗黒時代にして、魔物達の理想郷。
そこには一片の希望すらありはしない。
次に救いの光が降り注ぐのがいつになるのか。
そして、彼がどのような道を選ぶのか。
「――正義、か……」
今はまだ、誰にも分からない。
これにて、魔軍参謀の憂鬱、NC期は終了となります。
ということでどうも皆様、黒岩です。いつも魔軍参謀の憂鬱をご拝読頂き、誠に感謝申し上げます。
いやぁ、長かったなぁ……(白目) いや、予定では100話いかないくらいかなぁ、とか思ってましたけど、結局はかなりオーバーしてしまいました。ここまで付き合ってくださった読者の皆様には頭が下がる思いです。いやほんと。
いつの間にやらUAが100万越えてたり、感想が2500越えてたり、お気に入りも3700を越えて、評価数も上がってきました。これも全て、皆様方のお陰です。この場を借りて感謝を表明します。マジで感謝。
さて、先に言えよって感じですが、NC期はどうでしたでしょうか? 戦争が多かった時代だなぁ、って感じですよね。僕もそう思います!(自己完結)
テーマとしては、『善悪』、『正義』とかになりますかね。藤原家編なんかは『夢』なんかもテーマだったりします。テーマ曲的には、アリスソフトさんじゃないんですけど、よく聴いてたのは、『JINGO JUNGLE』とか、『英雄 運命の詩』とかっすかね……狂った奴ら(英雄)が多い話でしたし、戦争もテーマですので。藤原家編とかだと和風のものを色々聴いてました。エロゲ和風戦記的には『夢想歌』とかうたわれ系もいいよね。ちょいちょい台詞回しとか地の文にも連想させるようなことが書かれてるかも?
というわけで次回からは、地獄のGL期編が始まります。英雄達が生きた動乱の時代は終わり、暗黒時代が始まりますが、出来る限り鬱にならないように頑張っていきたい。
というわけであとがきはこの辺で。最後に、読者の皆様にもう一度感謝申し上げます。
誤字報告とかしてくれる人達もいつもありがとね、色々と粗いんで助かります。そして感想くれる人達は更に感謝申し上げます。モチベ維持に感想って必要不可欠だからね……これからもちょいちょい、私に水を下されば幸いです。
次回はまあ……明日か明後日くらいには。ちょっと休憩してイブニクル2とか別ゲーとかやりたい気持ちもあるけど、出来る限り更新続けれるように頑張りたいと思います。つーかGL期編の1話はもう書けてるし……
ってなわけで色々粗い拙作ですが、今後もよろしく! ――あ、活動報告にキャラプロフ置いときますね