「――で、お前は何だ? というか何でその事を知ってる?」
とりあえず玄関先――というか廊下で話すのも何なのでその少女を部屋に迎え入れてやる。
だがその少女は部屋に入るなり辺りを見渡しては、
「さすがは魔人四天王の一席を敷くレオンハルト様のお部屋……高級感がいいですわね。ベッドもふかふかですわ」
「…………」
何故か部屋を品定めしていた。
俺はそんな興味深そうに部屋を眺める少女にもう一度声を掛ける。このままでは一向に話が進みそうに無いしな。
「……あー……なんだ、その、ちょっと自己紹介してくれねぇか?」
「あっと、失礼。思わず目移りしてしまいましたわ。では改めまして――」
ビシッと手を前に出してポーズを取る少女。
「わたくし、これからレオンハルト様の使徒になる予定の女の子モンスター、バトルノートと申します! 以後お見知りおきを!」
「…………」
「ふっ……決まりましたわ……」
俺はポーズを決めて満足そうにする少女を見て、げんなりする。
……最初に使徒に立候補してきた奴がこれかぁ……。
何というか個性的な性格をしているのが一目見てわかる。
それに俺は一つの疑問が頭に浮かび上がる。こいつは自分の事を女の子モンスターのバトルノートと言った。
女の子モンスター。
その名が示す通り、見た目は完全に人間の可愛らしい女の子に見えるのだが歴とした魔物の一種。それぞれ種類によって特殊な能力を持っている。
男の子モンスターと繁殖して新たな魔物を生み出す事が出来る。因みにだが、男の子モンスターの方は人間の見た目をしてる奴はほぼ存在しない。世間一般で見られる大方の魔物が男の子モンスターと呼ばれている。
さて、そこはいい。俺も魔人だ。こいつが女の子モンスターだということは理解出来る。
問題は次の発言。バトルノート。
バトルノートっていうのは強さよりも知能に長けた女の子モンスターであり、戦術眼、作戦指揮能力、部隊指揮能力、など集団行動を得意とする。
秘書能力も高くその特性から魔軍でも魔物将軍の補佐や参謀として多くのバトルノートが働いており、自分ともよく関わる馴染みの深い女の子モンスターだ。
だが、よく知っているからこそおかしな点がわかる。
バトルノートっていうのは黒を基調にした軍服とドレスを掛け合わせたような服装に長い薄紫の髪が特徴だ。
しかし、こいつの服はともかく、髪は……。
俺はそれを口に出す。
「……お前、バトルノートじゃなくてコマンダーじゃ――」
「バトルノートです」
間髪入れず俺の言葉を遮る。バトルノート(仮)。
俺は別の切り口からそれを攻めてみる。
「……バトルノートってそんなに髪短くないんだが……」
「これは切りましたの! わたくしのアイデンティティですわ!」
「…………」
俺は無言でそいつの頭を見る。本当か? 女の子モンスターって散髪出来るんだろうか。
女の子モンスターは見た目が種類によってほぼ同一で、服装なんかも身体の一部と同じ扱いで、破いたり脱がす事が出来ても時間が経てば生えてくる――らしい。俺は見たことないから知らん。
そしてコマンダーというのはバトルノートの下位種であり、バトルノートの髪を短くした見た目をしている。下位種なのでバトルノートほど能力は高くなかった筈だ。
さて、こいつはどっちだろうか――と思ったがそれより先に聞きたい事が一つある。俺は訝しげな表情でそれを口にした。
「まぁ、お前がバトルノートかコマンダーかは置いておくとして……お前、何で俺が使徒を作ろうとしてるの知ってる? それは昨日決めたばかりのことなんだが」
「それくらい当然の事ですわ。わたくしはレオンハルト様ファンクラブの会長を務めていますから」
「――は?」
今、何気に聞き捨てならないというか信じられない単語が聞こえたんだが。
「……え、ファンクラブなんてあるのか?」
「ありますわ。わたくしが半年程前に設立しましたの」
胸に手を当てて自慢気に話すバトルノート。こいつが作ったのかよ、と思うがまぁ、会長ならそうか。
俺はその会長様にちょっと気になって質問を重ねる。
「……ちなみにどれくらいいるんだ? ファンクラブの会員は」
「現在会員数47名。その殆どがレオンハルト様と関わりがあるバトルノートやコマンダー、後は近接攻撃系を得意とする女の子モンスターで占められていますわ。最近は七星様やガルティア様のファンクラブと日夜しのぎを削っていますの」
「それは多いのか……? いや、というより七星やガルティアにもファンクラブがあるのか」
「それなりですわ。魔軍には女の子モンスターはそれほど多くはありませんし。ですがこの程度では満足しません、もっと数を増やしてみせます」
「……さよか」
そう宣言するバトルノートに否定も肯定も出来ず、生返事を返す。ガルティアや七星はこの事知ってんのかな……。
というか女の子モンスターもミーハーというか何というか。面子がわかり易すぎる。こう言うとあれだが、自分でも自分の容姿は悪くないとは思っている。喧伝するのもアホらしいし、謙遜するのも嫌味だから特に口には出さないが。
俺はそんな事を考えながらも、使徒の件が流出した原因を一つ思い当たる。というかそれしかない。
そしてその結論を勿体ぶらずにさっさと口にする。
「……昨日のカミーラとの会話でも聞いて来たって事でいいか?」
「さすがはレオンハルト様! 慧眼お見事ですわ! 推察通り、廊下でカミーラ様との会話を偶然そこを通りがかったわたくしが耳にしましたの! そして居ても立ってもいられず参上致しました次第ですわ! ふふふ、自分の強運が怖いですわね……」
これは運命、と髪を掻き上げてニヒルに微笑んで見せる彼女。何か大袈裟というか目立ちたがり屋なんだろうか。作戦指揮を担当する女の子モンスターなのに随分と馬鹿っぽいのは何でだろうな。ちなみに他のバトルノートはこんなんじゃない。もっと落ち着いた性格をしてる。
「……あー」
俺はどうしようか頭を掻きながら考える。
使徒を作ろうと決めたのは間違いないが、こいつでいいのか?
なんか残念そうなんだよな。いや、魔人の俺相手にここまで物怖じしないのはポイント高いか。長く生きてると、そして魔人ともなると対等に話せる奴が少なくてな。少しばかり溜息をつきたくなる時もある。ゆえにこういうタイプは嫌いじゃない。
そして今のところ裏があるようにも見えない。というよりこれが演技だったら末恐ろしい。
バトルノートなのかコマンダーなのかという疑問はあるが、そんなのは究極どっちでもいい。別に種族で使徒を決める気もないしな。
人格面はまだ分析が足りないだろうが仮に及第点だとしよう。後は役に立つかどうかと俺との相性か。
そこで一つ、大事な事を聞いてないのを思い出しそれを質問する。
「お前は、何で俺の使徒になろうと思ったんだ?」
そう、これを聞かなきゃ始まらない。
俺は視線で彼女を強く射抜くように向ける。これでも魔人になってそれなりだ。威圧感はそれ相応にあるだろう。
「よくぞ聞いてくれましたわ!」
しかし彼女はその重圧を微塵も感じていないのか、先程までと同じ様に声を張り上げた。
「それを話すにはまずレオンハルト様の魅力について語らなければなりませんわね!」
そう言って彼女は言葉を繋げた。
「レオンハルト様は魔人四天王を敷くに相応しい高い実力を持ち、魔軍参謀に魔王様直々に抜擢されるほど頭脳も明晰。魔人のお歴々の中では接しやすいと評判で、容姿もかなり優れています。そんな魔人の中の魔人であるレオンハルト様に――」
次々とこそばゆくなるような発言を連発してくる彼女。
そして次に自分に手を当て、ふふん、と自慢気に口を開いた。
「頭脳も優秀で容姿にも優れており、バトルノートの中では戦闘力に定評があるわたくしが使徒になれば敵はいませんわ! だからレオンハルト様――」
こちらに向かって一通り自分のアピールをした彼女は、最後にこう締めくくった。
「わたくしをあなたの使徒にしてくださいませ!!」
「…………そうか」
俺はその言葉を一通り聞き終えると、言いたい事、というかツッコミを飲み込んでから声を発する。
やや鋭い視線を彼女に向けながら、俺はあえて厳しい言葉を告げた。
「ま、熱意は伝わったけどな。――魔人の、俺の使徒になるってどういう事かちゃんと理解してるんだろうな?」
俺はそれをきちんと口に出して説明する。分かってなければ困るしな。
「基本的に使徒は魔人に絶対服従だ。俺がお前にどんな事をしようが、奴隷のように扱おうがそれには逆らえねぇ。俺が死ぬまで――いや、死んで魔血魂になったとしても俺のために働く」
血の契約を交わした使徒に対して魔人は、魔王と同じ様に命令権を持つ。命令しなければ特に不利益はないものの、絶対服従を命令されればその全てに従わざるを得ない。
そしてその呪縛は主である魔人が魔血魂になっても続く。魔人は死んで魔血魂になっても新たな依代に宿らせる事で復活することが出来る。その依代を使徒が主の為に探さなければならない。
それは一種の本能でもある。自分の中にある主の血がそうさせる習性のようなもの。仮に魔血魂を上書きして新たな魔人が誕生しても使徒はその魔人に仕えなければならない。
それに魔人と使徒は、長い時を一緒に過ごすことになる一種の運命共同体。生半可な者を選ぶ訳にはいかない
ゆえに、魔人は使徒に自分との相性。そして――忠義を求める。
「お前は俺に絶対の忠誠を誓えるのか?」
「誓えますわ!」
しかしこちらの忠告を聞いた後でも彼女は即答する。
「…………」
暫しの間、視線を送り続ける。それは脅し、最後通牒だ。――少しでも迷いがあるなら、覚悟がないならここで引き返せ。視線はそう物語っているようだった。
しかし視線の先にある彼女の表情には迷いが見えない。ともすれば何も考えていないようにも見えるし、とっくに覚悟は決まっているようにも見える。さて、これは――。
ややあって、俺は自分からその瞳を閉じて息を吐いた。室内の空気が少し弛緩する。
「……なら、テストをさせてもらう」
「受けて立ちますわ! その内容は教えて下さいまし!」
ぶれずにそう不敵に答えてくる。どっちだ? 本物なのか、只何も考えていないのか。
俺はテストの内容を簡潔に説明してやる。
「簡単な事だ。今日一日限定の下級使徒にしてやるから、俺と行動を共にして俺の役に立ってみな」
下級使徒とは魔人と血の契約を交わしていない、単純に忠誠を誓っただけの存在をそう呼ぶ。
ちなみに下級使徒ですら魔軍での地位は魔物将軍より上だ。使徒は魔人の側近だからな。
「レオンハルト様の役に立てばいいのですね! わかりましたわ!」
「……俺は詳しく指示しねぇからな。簡単な行き先や行動しか伝えない。後は自分で考えて行動しろ」
「勿論ですわ! ふふん、これでも考えるのは得意ですの。そして行動派でもありますわ」
自信満々に胸を張る彼女。よっぽどの自信家って感じだが。
俺はその発言に触れずに立ち上がる。そして彼女に一言だけ告げた。
「それじゃ行くぞ」
「かしこまりましたわ!」
俺が部屋から出ようとしているのを見て、扉にささっと近づくと先に開けてくれる。
「どうぞ!」
「……ああ」
……とりあえず元気はいいな。
俺は彼女が開けた扉からありがたく外に出ると、今日の行動について思考を巡らせた。
部屋を出ると、そういえばまだ起きて何も食べてない事を思い出す。部屋で食べる事も出来るが、今日はあいつにも会わせてみるかと思い、彼女に食堂に行くことを伝えてみたのだが、
「食堂ですわね! なら、わたくしが先導致しますわ!」
「……ああ、頼む」
場所は当然知っているが、そういう意味じゃないだろう。従者というのは主と一緒に歩く時、前で先導するか後ろからついていくかのどちらかで歩く。
何となく前を選んだのは性格なんだろうなと内心、勝手に当たりをつける。
「ふん、ふふん、ふーん」
前を歩く彼女はとても上機嫌な様子であり、鼻歌を歌っていることからそれがよくわかる。それにとても自慢げな表情をしているであろう。後ろからでも容易に想像がつくほどその足取りは軽い。もう少しテンションが上がればスキップになってしまいそうな程だ。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら歩くこと少し。食堂に辿り着いた。
そして中には案の定と言うべきか、そいつがいた。
「……ん、このオホホウフフのてんぷら美味いな。サクサクした食感とほのかな甘味が絶品だ」
魔人ガルティア。
200年程の付き合いとなる友人が席に腰掛けていた。
テーブルの上には所狭しと置かれた料理の数々。魔王城にいる時は変わることのない光景だ。
さすがに朝食には少し遅い時間であるためか、他に人はいないようだ。まぁ、都合はいいか。
「おっと、ようやく来た――ん?」
ガルティアが食堂に入ってきた俺達に気づいて視線を向ける。すると当然、俺の前を歩く彼女にも気づいた。
俺は最初に声を掛けさせるのもなんなので、先に挨拶しておくかと思い先に口を開く。
「ようガルティア」
「おお、今日は遅かったな。そっちの女は?」
「こいつは――」
「お初にお目にかかりますわ! ガルティア様!」
俺が紹介してやろうと手を差し向ける前に、彼女は目の前に一歩進み出る。
「わたくし、レオンハルト様の使徒――に、なる予定のバトルノートですわ! 以後お見知りおきを!」
「……ん、おお。よろしくな」
魔人相手にも実に堂々とした自己紹介だったが、ガルティアは特に驚いた様子もなく普通に返した。まぁ、ガルティアだしな。
「レオンハルトの使徒、か」
しかしそのガルティアも少なからず気になったのか、軽い口調で訪ねてくる。
「どういう風の吹き回しなんだ? 以前は作る気が無いみたいなこと言ってただろ」
「いや、ちょっとばかし思うところがあってな。まだ確定じゃないが」
「直ぐに確定させてみせますわ! ……それはそうとレオンハルト様、朝食は何になさいますの?」
威勢良く宣言しつつ、彼女は何を食べるか聞いてきた。
だが、ここでも俺は突き放してみる。
「お前に任せる」
「かしこまりましたわ。少々お待ちを!」
そういって小走りで厨房へとメニューを伝えにいく彼女。距離が離れていく。
それを見計らって俺はガルティアに話しかけた。
「……で、ガルティアはどう思う?」
「どうって……あの使徒候補の事か?」
「ああ、お前の主観、第一印象でいい。ちょっと聞かせてくれ」
「あー……そうだな」
ガルティアは食事を取る手を休めず、首をひねって思案顔になる。そして程なくして結論を出した。
「まあ、いいんじゃねえか?」
「……随分あっさりと認めるな」
俺としては少しでも何か不安点でも出してくれれば色々と捗るのだが。
そんな俺の心の内を汲み取ったのか、ガルティアが続ける。
「俺がごちゃごちゃ言ってもしょうがないしな。それにお前がこうやって試すくらい認めたんなら大丈夫だろ」
「…………だが」
「昔から言ってるが、お前って考えすぎるところあるからなあ。少しは好きにしてみろよ。お前の使徒なんだから誰にも注文付けられる筋合いはねえだろ?」
「…………」
ガルティアの言葉に今度は俺が思案顔になる。やはりこいつの観察眼は侮れないし、核心を突いてくる。それは痛いほどに。
だが、それを聞いてすんなりと決めれるほどでもない。俺はしばし思考を巡らせる。
そして十分後。
彼女がトレイを運んで戻ってきた。
「お待たせしましたわ、レオンハルト様! さぁ、どうぞ!」
「料理と一緒に戻ってくるって事は――」
「ええ、手伝いましたわ。とはいってもコックに指示しただけですが」
どうやらバトルノートらしい手伝いをしたらしいがそれは高確率で邪魔になるような気がする。とはいえ、自分で考えて行動しろ、と言った手前注意する訳にもいかない。
とりあえず俺は何を持ってきたかを――
「――!」
見て、驚愕する。
何故ならそこには――全て、俺の好物で占められていたからだ。
俺は彼女に顔を向ける。そのまま自慢気に胸を張っていた彼女に質問した。
「……お前、知ってたのか?」
「当然ですわ! レオンハルト様の好物は主に、こかとりす、焼き肉そうめん、うなぎ、青ネギ、後は辛い味付けが好きで、ご飯かパンかならご飯派、そして朝食にはまふまふを欠かさない。全てリサーチ済みですのよ!」
確かに合ってる。朝食としては若干重いような気もしなくもないが、これくらいなら問題ない。
俺は試しに一口、まふまふを摘んでみる。
「……っ! 味付けが……いつもと違う?」
コックがいつも作るまふまふの味と今日のまふまふの味が若干だが変わっている。
いや、だがこれは、
「まふまふに関してはもう少し素材の味が楽しめるよう塩分を調整させていただきましたわ。おそらくレオンハルト様はこちらの方がお好きだと思うのですが……どうでしょう?」
「いや、確かに悪くない……」
「おお、そっちも美味そうだな。ちょっと貰っていいか?」
「お前は自分の食ってろ」
「えー……」
残念そうな声を出すガルティアを尻目に俺は朝食を取る。横目で彼女を覗き見ると、物凄いドヤ顔で胸を張っていた。
料理の味も大体が俺の好みに合致している。おそらくコックに指示を出したというのはこれの事だろう。
……こいつ、ひょっとして有能なのか……?
俺はそんな疑いをかけながら朝食を美味しく完食した。
朝食を終え、部屋に戻ってきた俺はバトルノートに次に取る行動を指示した。
「……それじゃ次は書類仕事でも手伝ってもらうか」
「お任せあれ! レオンハルト様の為なら何枚でもこなしてみせますわ!」
やはりと言うべきか自信満々に了承する彼女。だが確かにバトルノート……かはわからないが、バトルノートだと言うのならこういった仕事は本分であり適職だろう。それは例えコマンダーであったとしても変わらない。
精々、本領を発揮してもらうか。
俺は机に重ねていた何枚かの書類を彼女に手渡す。すると少し気勢を落として、
「……随分と少ないですわ」
「昨日の内に殆ど終わらせちまったからな。今はこれだけだ」
「……遠征帰りでお疲れだというのにこの迅速な仕事振り……さすがはレオンハルト様ですわ! 私も使徒として見習わなくてはなりませんわね!」
「まだ使徒じゃねぇけどな」
「今直ぐ取り掛かりますわ!」
どうやら俺の言葉は聞こえてないらしい。それとも聞こえていてアピールしようとしているのか……どっちでもいいか。
ともあれ、書類をテーブルに置くとソファーに腰を掛けさっそく目を通し始めた。そんな姿を見て、俺は俺で自分の机に腰掛ける。
……でも確かに、使徒にこういった仕事を任せることが出来るのは助かるな。
昔からそれこそカミーラのとこの七星の仕事振りを羨ましく思っていたものだ。
それに俺は魔軍参謀という肩書の所為で仕事も多い。これでもし使徒と一緒に仕事が出来るなら自分の時間もそれなりに出来るだろう。
「レオンハルト様」
「あ? どうした?」
気がつけば一枚の書類を持ってきている彼女の姿。
「ここなんですが……」
「? ん、これがどうかしたか?」
分からないところでもあるのかと書類を見てみる。しかし予想に反してそれは特別難しいものじゃなかった。
とある戦地から物資を送ってほしいという旨の書類。要は補給するから了承をくれって書類だ。
こんなのサインするだけ――ああ、そうか。さすがに俺のサインが必要な書類をまだ正式な使徒になってないこいつに書かせるのもよくねぇな。なんだ気が利くじゃないか。
内容も問題ないようだし、サインしてやるかと思ったところで、それは止められた。
「待ってくださいまし、レオンハルト様」
「あん?」
「こちらの書類にサインするのは待ってほしいのですわ」
と、そんな事を彼女から言われる。俺は思わず眉をひそめる。
「……理由を言ってみろ」
まさか、何の理由も無しに言ってる訳じゃないだろう。故にそう問う。
彼女は相変わらずはきはきとしたお嬢様口調で説明をはじめた。
「はい。こちらの戦地ですが、どうやら珍しいことに魔軍の劣勢が続いているみたいですわね」
「……そうだな」
それは彼女の言う通りだ。劣勢のまま戦いが長引いているからこそ支給した物資が無くなったのだろう。
正直、しばらくしたらこの戦地から魔軍は撤退させようかと考えていた。今は魔軍の戦域は大分広がってしまっている。幾つかの国からは手を引いて少し消費と被害を抑えようと思っていた頃だ。こういうのが出来るのは魔軍ならではだな。人間同士の戦争なら追い打ちを掛けて領土まで攻め込んでくるかもしれないが、魔軍の支配地域にわざわざ自分から喧嘩を売りにくるような馬鹿はいない。戦力差は圧倒的なのだからそんなことをすれば待っているのは破滅だ。
それはともかく、いちいちここを攻める理由はない。お互いの被害は出来る限りは少なくしたいからな。だから負けているのならばそれを口実に撤退でもさせようかと思った。個人的には魔軍を追い返す程の何かがあるのだろうから興味を惹かれるが……。
しかし彼女は何故補給を止めさせるのか。まさか今の時点で撤退でも進言してくればいいがそれはないだろう。
そんな俺の考えはやはり当たっていた。
「なので援軍を送りましょう」
「……ああ」
そっちのパターンか。まあ、勝つためならその意見はご尤もだな。
「物資と一緒に援軍をここから送れってことか」
「いえ、違いますわ」
なんだ、じゃあ別の所からか?
俺の思考と同じ言葉を彼女は口にする。
「この隣の国を攻めてる部隊を三分の一程度こちらに送りましょう。そちらの方は余裕があるみたいですので」
「……まあ、悪くない手だな」
「それにこの地を落とせば結構な物資が手に入る筈ですわ」
「…………ん?」
俺はその言葉を聞いて、その場所をよく思い返してみる。確かここは、
「魔軍の被害をまだ一度も受けてない国だな、そういえば」
「その通りですわ! その恵まれた立地と距離から一度も侵略された事もなく、戦争も近年までは一度も無かった大穀倉地帯! ここをいつもの様にいたずらに被害を与えるのではなく完全に支配下に置いてしまえば魔軍はこれまで以上に潤ってパワーアップですわ!」
「それもそうかもな」
確かに物資は多いほうが良いに決まってる。安定した供給先が手に入るならそれもありな選択肢だ。
「そして物資が更に潤沢になり、手が空いた部隊で次は隣の国を二方面――いえ、三方面から攻めてしまいましょう!」
「それもまぁ……」
確かにそうすればあっさりと落とせるかもな。なんだか雲行きが怪しくなってきたが。
「そして更に! 隣の大国に攻め入るのですわ! 力を蓄えられると厄介ですしさっさと先制攻撃するに限りますわ!」
「…………」
あれ? だんだんと話のスケールがでかくなってきたな。出来ればその国を攻めるのは個人的にやめてほしいんだがな。
「戦いは最初の攻撃で徹底的に叩くに限りますわ! 攻撃は最大の防御とも言いますし!」
「……攻撃するのが好きなのか?」
「大好きですわ! 攻勢、突撃、奇襲、水際作戦! 防御なんて性に合わないので――あっ」
勢いのまま目をキラキラさせて語ろうとしていたが、失言だと感じたのか短く声が漏れる。
「えっと、防御もいいかと思いますが、その……攻撃の方が、その……」
「……いや、いいけどよ。俺も攻める方が好きだしな」
「!」
俺がそう言うと顔をパァァァっと輝かせた。わかりやすい反応だ。
「そ、そうですわよね! ……あ、でも敵を嵌める為に敢えて防御するのは好きですわ! 相手が罠に嵌った瞬間が堪りませんの! 絡め手って奴ですわね!」
「……そうだな」
確かにその気持ちはわかるんだがな、俺は内心でちょっと別の疑いが浮かび上がる。
……こいつ、根は良い子かもしれんが危ないやつなのでは?
攻撃や絡め手について熱く語り続ける彼女を見て、俺はそう感じた。
ちなみに、書類仕事はあまり捗らなかった。