※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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多くの感想と評価、ありがとうございました。これでモチベが高められるぅ……というわけで、GL期開幕。話考えるのが一番大変で、牧歌的()でヒロインが大分増えるよ。全体的に鬱屈としてるけどね。予告すると……GL期は、女難の時代になりそうです(迫真) ヒロインっぽい娘が4人か5人くらい増えます(白目 つーわけで、人間達の暗黒時代をご覧下さい。“幸福”の意味が問われる時代です


GL期
国狩り


 ――GL1年。

 

 アコンカの花は世界中に咲き誇り、次代の魔王の名を伝える。

 その名は――ジル。

 次の魔王はジルと言う名の、美しい人間の女性だった。

 しかし、誰もが見惚れるほどの美貌を持つその魔王の内側は――凶悪そのもの。

 人間時代に受けた謂れのない拷問に暴行。四肢を斬り落とされて放置されるなどの人間の所業によって、人間への憎しみを募らせたジルの精神は、完全に狂いはじめた。

 更には魔王となることで、その破壊衝動と憎悪が混ざり合い、ジルという魔王は完成を迎えた。

 人々は、新しい魔王という存在に、不安を覚えていた。

 以前のように、戦争だらけの世の中になるのか。

 また大勢の人間が魔物によって殺されるのか。

 だが――そうはならない。安心してほしい。

 魔王ジルの治世は、人間の大量虐殺が起こるような、争いに満ちた世界ではない。

 むしろその反対。

 魔王ナイチサの時代の様な、争いに満ちる修羅の世界ではないのだ。

 魔王ジルの時代。それは――人が人でなくなり、殺してくれと懇願するような、そんな地獄の如き世界であった。

 

 

 

 

 ――その最初の一年は、人類にとって、悪夢の序章にしか過ぎなかった。

 

 人類圏の国が、魔軍の侵攻による戦火で満ちる――()()()()()()()()()()()、ただの天国でしかなかったのだ。

 

「――はぁ……はぁ……っ、はぁ……!」

 

 とある国の首都で、兵士の格好をした男は息を乱しながら、全力で走っていた。

 周囲には燃え盛る、街の風景。つい数時間前までは全く変わらない日常が行われていた平和な街の風景は、今はどこにも存在しなかった。

 表通りには大勢の魔物兵と、人間。既に戦える国の兵士は殆ど殺された。

 もはや戦う力はなく、滅びゆく祖国の運命。しかし兵士にとっては、そんな身命を捧げたはずの国より、自分の身が大事であった。

 今、この街を覆う恐ろしい気配。

 身の毛がよだち、歯がカチカチと震える。気を抜けば狂ってしまいそうな、そんな恐怖と絶望に満ちた禍々しい気配。

 それが何よりも恐ろしかった。

 今直ぐこの場から走り去って、どこか遠くへ。この気配の持ち主の手が届かないどこか遠くへと、誰もが願い、ただただ逃げる。

 男も女も、子供や老人でさえも、本能が拒絶し、全力で、体力の限界が来てもなお、逃げようと足を動かした。

 戦おうなどと、考える馬鹿はいない。

 戦いになんてなるわけがないし、愚かにもそれに挑んだ国の兵士達は、地獄の様な責め苦を受けている。

 兵士はチラリと見たその光景を、思い出したくないと頭を振った。

 あんなのは人のやる所業じゃない。

 悪魔か鬼でさえも、もう少し手心を加えるのではないかという拷問の数々は、思い出すだけで腹の中のものを吐き出そうと、すえた息を口から漏らしてしまう。

 もうとっくに腹の中のものは吐き出したというのに、思い出すだけでまた吐き気を感じる。

 だがそれが、今この街で行われてる、極普通の日常の光景だ。

 あり得ない。この世は地獄か何かなのか。

 男は神を信じたことはなかったが、本当に切羽詰った時、人は祈るのだと知った。

 神よ。

 今からでも信仰を、祈りを捧げますから。

 どうかこの地獄のような状況からお救い下さい――と。

 自分が助かりたい一心で、誰もが祈り、願う。

 本当の信仰心などありはしない。救いがほしいから、神という超常の存在を信じ込み、己の心を僅かばかり慰めるだけ。

 だが神は、その浅ましさを許す。

 何故なら人間の愚かさは、神が作ったものであるからだ。

 全ては御心のままに、神の掌で、思った通りに動いているに過ぎない。

 だから彼らに、罪はない。少なくとも神の中では、そうあれ、と作ったのだから当たり前の話だ。

 むしろ喜ぶべきことだ。その愚かさも相まって、神々はその状況と光景を何よりも喜んでいた。

 ――さあ、逃げろ。奴が来るぞ。

 この世のありとあらゆる負の存在よりも恐ろしい化け物が来るぞ。

 神でさえ、その所業と憎悪の深さには舌を巻くしかない――そんな悪鬼がやってくるぞ。

 人間の愚かさがあの悪鬼を作り上げたのだ。それを思うと愉快さしか感じない。神すらも、意図的に作り上げることは難しいかの者。それに誰しもが怯えていたのだ。

 街の中には靴音と、炎が建物を焼き尽くす音。そして自身の息遣いと鼓動だけが聴こえる。

 遠くから微かに聴こえる悲鳴の連鎖は、聴こえないようにと、聴こえない振りをした。

 未だこの身が、五体満足であることにこの上ない幸せを感じてしまう。身体の機能が正常であることを神に感謝してしまう。

 薄情なことだが、自分さえ無事なら、他の誰も彼もが、どうなっても構わないとさえ思った。

 それだけ、この地獄から逃れたいのだ。

 ――だが、不意に音は聞こえた。

 

 ――()()()()、と。

 

「……ッ!!!」

 

 男は街の出口に差し掛かろうという一本道で、それを目の当たりにし、息を止める。

 喉が乾き、全身が震える。耐え難い嫌悪感が、衝動的に己の眼から涙を覗かせる。

 ――ひた、ひた、と。

 前方からゆっくりと歩いてくる人影がある。

 それは人の形をしていたが、まるで人とは思えない――絶世の美女だった

 燃え尽きる街の通りを、悲鳴が鳴り響く街の中を、悠々と歩く、全裸の美女。

 それは容姿だけなら、あらゆる男が魅了される――魔性の女だ。

 女性らしい身体のラインは、あらゆる男に性への渇望を抱かせる。

 見ただけできめ細やかさと、その滑らかさが想像出来るようなシミひとつない白い肌。悩ましく膨らんだ臀部は、今直ぐにでもその中に、己の遺伝子を宿らせたいほどに情欲を刺激する形をしており、その細い腰つき、ウエストは、この世のどんな曲線よりも美しくくびれており、その大きく形のいい胸は、歩く度にほんの僅かに揺れ、その張りと柔らかさを想起させ、その桃色の突起には誰もがむしゃぶりつきたくなるような堪らなさで満ちている。

 身長の倍はありそうな長さの明るい水色の髪は、しかし全くの汚れもない、綺麗でしなやかな髪だった。

 そして当然、その顔の造形は、女神と見紛うような完璧な造形。女性という生き物の黄金率は眼の前に存在すると、そう思ってしまうほどの美女。

 ただその手足だけが、中頃からドス黒く、禍々しい紋章が浮かんだ、奇妙なものとなっている。

 しかしそれを差し引いても、男の性衝動を刺激するには充分なものであったが、

 

「――――どこへ、行く気だ……?」

 

「ッッ!! ぁ……う、あ……」

 

 その涼やかな美声を聞いてなお、恐怖に口をパクパクとさせてしまう。

 絶世の美女、その裸体が惜しげもなく晒されていると言うのに、男の物は縮こまり、性衝動の欠片も見せない。

 それだけ、この女性が恐ろしいのだ。

 その身に纏う雰囲気を、目の前にするだけで、泣き出しそうになる。

 そして遂に、

 

「う、う、うああぁぁああああぁああああぁああああああああああああああっ!!!」

 

 男はその場から踵を返して、逃げた。

 足をもつれさせながら、不格好ではあるが、その場から脱しようとした。

 しかし恥ではない。彼女を前に足が竦まず、一応は走ることが出来ているのは、それだけで称賛に値する。並の人間であれば、その場からまず動けなくなっているところなのだ。

 だからこそ、美女は口元に笑みを浮かべた。

 それは見るべき時に見れば、男を惚れさせる女の武器であったことだろう。美しさだけは全く変わらない。

 だがその笑顔の意味は――人間に苦しみを与えることが出来ることに喜ぶ、狂気の笑みだ。

 だから美女は近づいた。出来るだけ、恐怖を与えてやろうと、

 

 ――ひた、ひた、と。

 

 男の背後から、足音が近づく。

 

「あぁあああああああああああああッ!!」

 

 男は逃げた。大の男が、大粒の涙と鼻水を流しながら顔をぐしゃぐしゃの醜いものにし、股間から尿を撒き散らしながら、恥も外聞も捨てて、脇目も振らずに。

 だが、男が限界を越えた速度で疾走しているのにも関わらず、背後の足音は、徐々に近づいてくる。

 その音こそが、己が無事でいれる期間を示すタイムリミット。その音が己の直ぐ背後で鳴り止んだ時――自分は終わる。

 だから逃げた。何もかもを捨てて。

 ――神様! お願いです、助けて下さい!

 空想であるとされた存在にすら全力で祈る。

 嫌だ、と。あんな風に苦しめられるのは嫌だ、と。

 脳裏に、苦痛を与えられた様々な人間達の顔が浮かんでくる。

 彼らは誰しもがこう言っていた。

 

 ――もう、殺してくれ。

 

 ――こんなに苦しむくらいなら、早く死にたい。

 

 ――こんな目に遭うくらいなら、生まれてこなければ良かった。

 

 もはや自分から死を望みだす、狂った世界。

 その世界の理を、自分も味うことになるのは嫌だ。

 だが、無慈悲にも、足音は背後で止まった。

 そして、

 

「――捕まえたぞ」

 

 と、美女の声が聞こえた瞬間。

 男はその足を、まずは潰された。

 

「っっっ!? あぎあががああああああああ、あっ、あっ……あぁあああ!!!」

 

 激痛によってもはや言語を保てず、ただただ悲鳴を、苦痛の悲鳴を上げる男。

 しかしそれでは終わらない。終わるわけがない。

 人間への憎悪で満ちた魔王――ジルの人間への復讐は、これだけで終わらない。

 彼女はその潰れた足を掴み、男を引きずった。

 これから、地獄を超える苦しみを、味わわせるために。

 

「ぎ、ぎやぁ、あぁあ、うぎあ、だずけ、やべでえええぇええぇえぇぇえええッ!!」

 

 男は叫んだ。嫌だ、と、それを意味する叫びを放った。

 しかし魔王ジルは、それを聞いても一切動きを緩めない。それどころか嬉々として、男に魔力で出来た棘を突き刺し、皮を剥ぎ、性器を切り落とし、耳や眼球を引きちぎり、四肢を斬り落とした上で、さらなる苦しみを与えてやれ、と魔物兵に投げ渡し、終わることのない拷問が続けられる。

 彼が、殺してくれ、と魔物達に懇願し始めるのは、それから直ぐのことだった。

 ジルはこれを、あらゆる国、あらゆる人間の街で行い、その全てを憎悪で染め上げた。

 僅か一年。それだけの短い期間で、全ての国を破壊する“国狩り“を命じて、それを手ずからも行い、全くの例外なく遂行した。

 全ては人類に、永遠の責め苦を、終わることのない生き地獄を与えるため。

 忌避されるはずの殺人が救いとなるほどの人類の暗黒時代――それこそが、ジルの布く世界の光景だった。

 

 

 

 

 人間をひとしきりに苦しめ、愉快そうに笑みを浮かべた魔王ジル。

 しかし彼女は、街の中で苦しみに喘ぐ人間達を冷たい表情で見下ろしていた。

 それを目にした魔物兵達は、背筋を一瞬震えさせて、人間を苦しめる手を強める。

 

「ひぎ、あぐ、はが、あぎいいいいいい!」

 

「やべ、ごべんださい……なんべぼ、しますがら……っ!」

 

「ゆるじでぇ……いぎ、ぐぅあぁいやぁ、ひび、あぐ……」

 

「おらおら人間ども! もっと苦しみやがれ!」

 

「お前らは魔王様を愉しませるだけのおもちゃだ! ほら、壊れるまで悲鳴を上げんだよ!」

 

「ぎゃははは! おら、まだまだつっかえてるぞ! 死ぬまで犯してやるから愉しみだろ! なぁ、おい!」

 

 それは終わることのない拷問と暴行。

 街に住んでいた人間は、一人残らず広場に集められ、到るところで人間を苦しめるべく様々な仕打ちを行う。

 男は老人も子供も、等しく拷問され、血と肉を溢れさせながら、悲鳴と呻き声を響かせる。

 女は魔物兵に集団で陵辱され、恥辱の極みを受ける。

 拷問は、皮を剥ぎ、爪を剥がし、沸騰させた湯や油に人間を突っ込み、生きたまま串刺しにし、人間を使ったスポーツを行ったり、四肢をねじ切ったり。

 暴行は、全身の穴という穴を犯し、腹が魔物達の精が溜まって膨らみ、全身が汚され、精神が壊れるまで。

 人間を苦しめるためなら、ありとあらゆることが魔物達に許された。

 基本的に人間を苦しめることを好む魔物達は、これに大いに歓喜し、魔王ジルを讃えた。

 そして中には、興奮し過ぎて、やり過ぎる者すらいたが、

 

「ぎゃははっ! そろそろ死ねや、人間!」

 

「はべ、やべで……だすけ……」

 

「あっ、こら、まだやめとけって――!?」

 

「うるせぇな! どうせ殺すんだから、何やっても、おな、じ――」

 

 と、一体の魔物兵が、興奮して人間を殺そうとしたところで、しかし動きが止まる。

 同僚の注意を聞いたわけではない。こちらに真っ直ぐにやってくる存在を見て、思わず絶句したのだ。

 周囲にいた魔物兵達も、広間の中心を真っ直ぐに歩いてくる強大な存在に、一時的に下卑た声も、人間を苦しめる手すらも緩めてしまう。

 それほどに、かの存在は畏怖を集める存在だった。

 

「――――おい」

 

「ひっ、は、はい! な、何でございましょうか!?」

 

 人間を殺そうとしていた魔物兵は、その仰ぎ見るべき存在に声を掛けられ、声を震わせながら敬礼し、応答する。

 その紅い瞳を持つ、鋭い目つきが細まり、魔物兵をじろりと睨みつける。

 視線だけで人が殺せそうな圧力は魔物兵達にとって、魔王には敵わずとも、恐怖でしかなかった。

 彼の一声で、魔物兵の運命は終わるし、彼が軽く魔物兵を弾くだけで、命は終わる。

 だから魔物兵は、慎重に、そして祈りながら沙汰を待った。

 永遠にも等しい男の圧力は、やがてほんの少しだけ弱まると、

 

「……人間を殺していい、と、誰が言った?」

 

「は、は……い、言っておりません! 興が乗ってしまい……も、申し訳ありませんでした!!」

 

 誠心誠意、心を込めて、必死に頭を下げる魔物兵。

 それほどに、人間を殺すのは大罪だった。

 魔王ジルの治世では、人間を殺すのは、殺してくれと懇願した者だけであり、それ以外は殺してはならないことになっている。

 だからこの男は、その命令に従って魔物兵を咎めたのだ。

 魔王の命に逆らうなど、あってはならないことだと。

 そう刻みつけるように、男は魔物兵に再度言い含める。

 

「……次はない。注意しろ」

 

「は、ははっ! 畏まりました……!」

 

 そう言って、男は背を向けて、再び広場の中心を真っ直ぐと進んでいく。

 周囲の魔物兵達は、その光景を見てごくりと喉を鳴らした。

 あれが――魔人、レオンハルト。

 魔王の懐刀。多くの魔人達を束ねる魔人筆頭にして、魔軍全軍を指揮する魔軍参謀。

 金髪灼眼、短く切り揃えられた黄金の髪と、鋭い目つきが特徴的で、その容姿は魔人の――男性の中でも、特に優れている。

 女性であれば誰もが見惚れるほどに整った顔立ち。鋭い目つきが若干、威圧的な印象を抱かせるも、それを差し引いても男性としては完璧に近いと言わざるを得ない。

 その肉体は剣士として、無駄なく鍛えられており、太すぎず、細すぎず、まるで鍛えることを知った獣の様な戦闘の為の肉体は、しかし、それを見る人にも美しさを感じさせる。

 黒と赤を基調にした衣服、そして前面を開かれたロングコートの様な衣服にその身を包む。見た目だけなら人間の美丈夫といった面持ちだが、その内側からは、隠しきれない強い魔の気配を覗かせている。

 歩いているだけなのに、全く隙が見当たらない。それどころか、少しでも敵意を見せれば、次の瞬間には彼が隠し持っているであろう魔剣に断ち斬られてしまう――そんな幻視をするほどに、その気は凄まじかった。

 初めてその姿を目にした者は、その風貌、立ち振る舞い、そして強さに、ある種の憧憬に近い畏怖を覚える。

 強さを絶対とする魔物達にとって、最強の魔人という立場は誰しもが魅せられてしまう憧れのような存在だ。

 もはや息をすることすら忘れて見入る者だっているし、思わず、“すげぇ……”と呟いてしまう者だっている。

 あれが――“世界最強の剣士”。

 三代にも渡って魔王に仕え、魔物の黄金時代を築いた――“魔物界の英雄”だ。

 彼のおかげで、今この状況があると言っても過言ではない。

 既に単騎で、十以上の国を落としたという怪物だ。彼を敵に回すなど、例え人間であっても同情してしまう。

 しかしそんな恐ろしい存在も、魔物達にとっては唯一無二の英雄である。歴代最恐にして最高の魔王であるジルと、かの御方がいれば、魔物界は安泰であると。

 そして直に、魔物界という呼称も無くなるだろう。

 何故ならこれからは、大陸全てが、魔物達の支配する土地になるのだから。

 魔物達は自然と敬礼を取りながら、レオンハルトが進む先を見る。

 

「ぐぅ、ああぁ……だずげて……」

 

「もぉ、ごろじて……ごろしてよ……」

 

「嫌ぁ……あぐ、ひぎ、やめで、うぐ、やめてぇぇッ!」

 

「…………」

 

 周囲の人間達、男、女、老人、子供。誰もが苦しむ様に、レオンハルトは小揺るぎもせずに真っ直ぐと向かう。

 その先にいるのは、魔王ジル。

 魔物達ですら恐怖してしまうほどの、恐ろしい魔王。

 その前に、躊躇うこともなく、レオンハルトは進み出ると、直ぐに膝を突いた。そして口を開くと、実直な性格が滲み出るような声を発する。

 

「――ジル様。ご報告に参りました」

 

「――どうした?」

 

 魔物達の間に流れる空気が死ぬ。

 会話自体は特別なものではないが、魔物達の頂点に位置する彼らの会話は、それだけで緊迫した空気を作ってしまうのだ。魔物達は、それが聞こえている者も、聞こえていない者も、自然と口数が少なくなり、静かに人を苦しめるべく手を動かす。

 広場には悲鳴と呻き声だけが目立つようになった。

 そんな中で、レオンハルトはジルに促され、報告を口にする。

 

「つい先程、全ての国家の掃討が完了致しました」

 

「……!」

 

 おお、と自然と声を漏らしてしまったのは、近くにいた魔物将軍であったり、会話を聞いていた者達だ。

 遂に、遂に、世界が我々、魔物のモノになった。

 その朗報に、沸き立たない魔物などいない。

 今はジルとレオンハルトの手前、表立って騒ぎ立つようなことはしないが、それがなければ階級も何も関係なく、隣にいる者同士で肩を組み、歓喜に満ちた雄叫びを上げるであろう。

 だがそんな朗報を聞いても、ジルは僅かに口端を吊り上げるだけであった。

 

「ふん……ようやくか。お前にしては、遅かったな……」

 

「申し訳ありません。“例の計画”の草案を纏めるのに、時間が掛かってしまい……」

 

 レオンハルトが魔軍の指揮を執り、たった一年未満で全ての国を滅ぼしたというのに、ジルは遅いと言い放った。その発言に、レオンハルトの手腕を知る魔物達は驚くが、さりとてそれを口に出せるわけもない。ちょっとした異議でさえも、心の中だけに留める。

 しかしレオンハルトの遅くなった理由に、ジルは僅かに眉を上げる。興味を示したのだろう、喜悦の混じった声で、ジルはレオンハルトに問いかけた。

 

「く、くくく……そうか。私の満足のいくものなんだろうな……?」

 

「御命令通り、人間の人口調整と虐待、その両方に特化したものとなっております。大まかな方針とルールは統一し、細かな運営は、施設毎に魔人を責任者に就けて、一任させようかと……」

 

 それは話を知らない魔物達にとっては、頭に疑問符を浮かべる内容だが、話を知る魔軍の重鎮達は、喜ばしいことではあると思いつつも、末恐ろしさを感じるものでもあった。

 そして魔王ジルは、その内容に更に笑みを深めた。魔王の気が僅かに昂ぶる。それだけで近い距離にいた魔物兵は顔を青褪めさせたが、

 

「くくく……! そうか、よくやったぞ……! なら、早速計画を動かせ……!」

 

「……はっ、畏まりました。全軍を動かし、速やかに計画を実行致します」

 

 歓喜に満ちた笑みを浮かべるジルに対し、恭しく頭を下げて了承するに留めるレオンハルト。両者の温度差は対照的ではあったが、それを気にすることなく、ジルはレオンハルトに向かって機嫌良さそうに告げる。

 

「……では、お前には褒美をくれてやる。私の部屋に行くぞ」

 

「…………分かりました。有り難く、頂戴致します。ですが、これから計画の実行の為に――」

 

 と、褒美を受け取ることを了承しながらも、暗に、今は忙しいので後にしてもらえないかと言おうとしたレオンハルトは、続くジルの、不意の言葉によって、それを差し止められた。

 

「――我に、口答えする気か?」

 

「!」

 

「ひっ……!」

 

 ほんの少し、苛立った様なジルに、魔物兵達が怯えた様子を見せる。

 僅かな感情の動きにすら、ジルの魔王の力が揺れ動き、周囲を禍々しく変容させるのだ。

 だがレオンハルトは、それに僅かに眉を動かしたものの、極めて冷静な声で、

 

「――そういうわけでは。今直ぐに、ということであれば従いますが、配下に一言だけ指示を行いたく思いますので、数秒程、お待ち頂けないかと」

 

「……ふん……ならさっさとしろ」

 

 その言に一応納得したのか、ジルが鼻を鳴らしながら許可を出す。レオンハルトが、はっ、と短い声を上げると、直ぐ様立ち上がって近くの魔物将軍に近づき、それを命じた。

 

「俺の使徒に伝えてくれ――“計画通り、進めろ”と」

 

「はっ! 畏まりました!」

 

 魔物将軍ははきはきとそう答え、直ぐ様その場を後にしようとする。それを見届け、レオンハルトはジルに向き直った。

 

「お待たせしました。では、部屋に向かいましょう」

 

「……そうだな。計画についての詳細は、()()()()()()()()、じっくり聞かせて貰おうか。くく……」

 

「…………お望みとあらば」

 

 ジルが広場に作られた、観覧用の即席の玉座から立ち上がると、レオンハルトのエスコートを受けてゆっくりとその場を後にする。

 あれが、あの二人が、この世界を現在支配している魔物達の頂点。

 魔物兵達はその、機嫌が良さそうなジルと、淡々と魔人然とした態度で応じるレオンハルトの、対象的な二人の背中に視線を少しばかり送ったが、命令に従うため、直ぐに視線を切って人間達の虐待に戻った。

 




3話まで書けてるので、とりあえず2話目は今日中に投稿します。多分、18時頃から20時くらい? 適当に
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