人類圏であったとある地域。
既に国として滅びたその土地に――しかし、未だ無事な勢力があった。
それは国が滅びた後に、各地で生き残った者達が集ったレジスタンス。山中にある砦をそのまま拠点として使っているそこは、人間達の最後の砦である。
他にも人里離れた場所に移り住むことを選んだ集団や、一族、ギルドなどがいるが、このレジスタンスにいる者達は人類の中でも生き残った強い者達が寄り集まり、魔物を討伐し、可能であれば魔人を討ち倒すことを目的としている。
謂わば、生き残った最後の英雄達だ。
だがそのレジスタンスの拠点、人類最後の抵抗勢力は――今まさに、崩壊しようとしていた。
それも、たった一体の魔人の手によって。
「う、あ……化け、物……め――」
「…………」
「うぐ、やめ――」
魔人が掌で人間の顔を掴み取り、そのまま握力だけで握り潰す。
燃えるレジスタンスの拠点、その前に立つのは――巨漢の大男だった。
3メートルに近い巨躯を、黒のローブに近い衣服とマントで覆い隠すのは、一見、老人のような顔立ちをした男だ。白い髪と白い目が特徴の初老の男。しかしよく見れば、その肌が異質であった。
顔の部分の肌が、岩のような茶色い無骨なものとなっており、更によく見れば、衣服の隙間から見える腕なども地面にも似た茶色い鱗のように見える。
明らかに人ではない容貌。内側から放たれる色濃く凶暴な魔の気配は、魔人であることを示していたが、魔人になる以前も、人には到底思えないものであるように感じてしまう。
そしてそれは正しい。彼は戦闘を終え、自らの特性である力で変形した姿を徐々に戻しながら、一言呟いた。
「……他愛ない。下らぬ、最後の抵抗勢力が、よもやこの程度とは……」
その声色は、落胆を隠しきれていなかった。
砦を人間の血で染め上げながらも、彼は満足が出来ない。
何故なら彼は、僅かばかりの期待をして、このレジスタンスを潰しにきたからだ。
その期待とは――血湧き肉躍る闘争。
殺し殺される最高の殺し合い。
完全に満足は行くまい、とは思っていたが、多少は愉しませてくれると期待したのだ。
巨躯の老人は、戦いを好む。
元の種族の傾向ではあるが、その中でも特に、純粋に戦いを好んでいたのがこの男だった。
しかしそれも期待外れ。
所詮は人間。この程度であるか、と失望し、冷笑する。
「ふ、ふふふ……しかしこれで……世界は、ジル様のものとなる……! 我らが魔王、ジル様の物に……!」
戦闘は愉しむことは叶わなかったが、老人は、もうひとつの願いが成ったことで興奮し、喜悦の感情を隠さずに、笑みで声を跳ね上げる。
彼は魔王ジルによって作られた魔人だ。そして、誰よりも恐ろしく。容赦のないジルを、これ以上ないほどに信奉していた。
彼女こそが、世界の支配者に相応しい最高の魔王。己が仕えるべき最高の主。最も偉大で、至高である神の如き御方。
それがジル。彼にとってのジルは、神に等しいものだった。
かつての王などと比べ物にならない。そんなジルの作る世界を夢想し、男は笑みを絶やすことが出来ない。
何故なら、もうすぐにそれが現実となるのだ。国狩りを終え、最後の抵抗勢力を潰した今、後は施設が出来るのを待って、そこに人間をぶち込んでしまうだけである。
そして、世界はジルのものとなる。その世界で、自分達魔人は生きることが出来るのだ。
これが幸福でなくてなんと言うのだ。これを幸福でないと言う愚か者は、己が排除してくれると。
そう思ったところで、声が来た。男以上の存在感を放つ、鋭い男の声だ。
「――――終わったか……ノス」
「! ……レオンハルト様」
――ノス。そう呼ばれた巨躯の魔人は、背後からやってきた魔人に振り返り、名を声に出す。
魔人レオンハルト。魔人筆頭兼魔軍参謀。最強の魔人である男であり、
「……何故、ここにおられるのですかな? それに、ジル様は……?」
ジルの腹心、右腕とも呼ばれる男でもある。
だからノスは、レオンハルトを見て、真っ先に言葉を丁寧なものに作り変え、そう問いかけた。
地竜の魔人であり、魔人四天王の一角――魔人ノス。ジルの側近として、かの御方がどこにいるのかと、その使命に従って。レオンハルトは鋭い目で砦を一瞥してから、
「……ジル様であれば今は城でお休みのはずだ。俺は仕事があってな。ちょうど近くまで来ていたから様子を見に来たに過ぎん」
「……左様でありましたか」
ノスはさりとて指摘することもなく頷いた。
レオンハルトはジル配下の魔人の中では最も仕事が多い。例の計画についての指揮、調整を任されている他、国狩りについても全軍を指揮し、同時に自分でも国を落としに行っているのだ。
態々こちらまでやってきたのも、本当に何かあったから来たのだろう。ただ様子を見に来るだけ、というのはあり得ない。そんなにレオンハルトは暇ではないからだ。
おそらくは、新入りの自分がしっかり仕事をこなしているかの確認も兼ねているのだろう。ジルの為なら何なりと行うつもりであるノスにとっては心外な話だが、まだ魔人になって一年足らず。信用が足りないのも致し方あるまい。今は一つずつ積み重ねて、信頼を得るしか無い。無論、ジル様の信頼を。
そう思考を回したところで、今度はレオンハルトが口を開いた。
「レジスタンスか……誰か活きのいい戦士はいたか?」
「……どいつもこいつも、ただの凡愚、雑魚でありました……やはり人間はつまらないですな」
「……そうか。ならばいいが……また無敵結界を解いて戦っていたようだな?」
レオンハルトがノスの僅かに変質した身体の箇所に視線を向けて言う。そしてノスが事も無げに、
「最後の抵抗勢力と聞いて、少しばかり期待していました……それは実りませんでしたが……しかし、ふふ、これで大陸全土がジル様のものになると思うと、感慨深いものですな……!」
くつくつと陰鬱な声で笑うノスは、心からジルの支配を喜んでいた。
しかしレオンハルトは特に表情を変えることなく、そのまま続ける。
「戦闘狂のお前が、戦無き世を喜ぶとはな」
「……確かに、些か惜しいところはありますが……異な事を仰られますな。ジル様の治世、その野望の成就と比べれば、私の衝動など、些末なものでしか。……それに、レオンハルト様には、言われたくはありませんな……?」
と、ノスは僅かに眼光を鋭くしながら告げる。その目の奥は、戦を好む――修羅の瞳があった。
「レオンハルト様こそ、随分なものと聞いていますが……戦が無くなろうと、問題はありませんかな?」
「……ああ、問題はない。何しろ、レキシントンや――お前のような馬鹿が、ちょっかいを掛けてくることも、これからは多くなりそうだ」
暗に、戦意が漏れ出していると告げられ、ノスは口端を僅かに歪める。
こちらの闘気に反応して、レオンハルトもその存在感、魔人としての圧力を僅かに漏れ出させているのだ。
それがノスよりも上であることに、ノスは愉快そうな感情を隠そうとせずに声を響かせる。
「……くく、確かに。今まではただの邪魔であったレキシントンの干渉も……そして、レオンハルト様とも、愉しい時間を過ごす機会があるでありましょうな」
「……もっとも、生憎だが俺は暇ではない。これからもやるべきことも多い。お前ら程度の相手を真面目にやっている暇はないな」
今度は言外に、戦うに値しない程度の存在だと挑発され、更にノスが内心で、戦いの衝動を強くする。
魔人になって早々に魔人四天王となるほどの実力を持つノスを、一蹴しようとするその胆力。それはその裏に、確かな実力を持つからこその所業だ。
並の魔人であれば、ノスの圧力に眉をひそめるものだが、レオンハルトは小揺るぎもしない。今はまだ相手にすらしてもらえないということか、とノスは強者の存在を喜びながら、レオンハルトの声を続けて聞いた。今度も真面目なもので、
「直に、牧場も完成する。お前にも働いてもらうぞ、ノス」
「……は、それは私としても、望むところで」
それがジルの為になる。だからノスは、レオンハルトを通じて告げられる仕事の数々を真面目に取り組み、一定の成果を出しながらも、さらなる命令を求める。
欲を言えば、ジルからの勅命を、直接の言葉を掛けてほしいが、王にそこまでの贅沢を求めるのは不敬ともいえる。
ジルの御心のままに。ノスはジルに仕えることが、何よりも幸福なのだ。その忠誠心は何よりも優先される。己が好む戦闘を禁じられたとしてもノスは、残念だ、とは思いつつも、一切不服を口にすることなく、粛々とそうあるように臨んでいくだろう。それほどまでに至上の存在なのだ。
そのためならば、この男の命令を聞くのも吝かではない。ジルはレオンハルトを一番に信頼しており、その能力を高く買っている。それはノスも重々承知だ。如何に、作られた魔人の中でも最も早くに作られた魔人であっても、能力で劣っているのだからその扱いは妥当なもの。仕えている月日はレオンハルトの方が先であり、ノスの序列は下だ。
だから不満はない。むしろ早期に魔人四天王に任命して下さったジルの判断、その評価に報いるべく、精力的に活動しなければならないし、ジルの考えや方針を即座に実行に移し、形にしてしまう忠臣であるレオンハルトのことは、ほんの僅かながらの嫉妬はあっても、決して邪魔してはならない。誰を好み、誰を重用するのかもジルが決めることで、その判断には間違いがあるはずもない。
後、ノス個人としてはレオンハルトの強さに注目しており、機会があれば死合ってみたいものだと考えている。地竜時代に聞いた噂が本当であれば、余計に衝動が増してくる。おそらくは事実だろうが、
「――時に話は変わりますが……あのライゼンを倒したというのは、本当の話でありましょうか?」
「……倒した、か。それは正確ではないな。正確には、”引き分けた”――だ。ちゃんと記憶しておけ」
「……ほう、あのライゼンと……」
「……知り合いなのか?」
「知り合いというほどでもありません。多少……死合ったことがあるだけですな。ふふ……血湧き肉躍る……誇り高き決闘において」
レオンハルトの問いに対して、ノスは特に含むこともなく答える。こちらを地竜と知り、相手がライゼンを知っているのだから殊更隠すこともでもない。
かつて、ドラゴンが飛び回っていた時代。その遥か昔に、ノスはライゼンと出会っていたに過ぎない。
四大聖竜最強にして、ドラゴン王の懐刀であった男――ライゼン。奴と死合い、そして敗北したのは懐かしい記憶だ。
ドラゴン種では、己の強さ、決闘での勝敗が、何よりも優先される。強い者程ドラゴンの中での地位が高くなり、ドラゴン王との決闘に勝てば、生きる王冠であるあのカミーラが手に入った。
ノスは雌にも地位にも興味は全く無かったが、血湧き肉躍る闘争だけを好んでいた。だから片っ端から強者との戦闘に臨んでいたが、その中でもドラゴン王に次いで強かったライゼンとの戦いは、特に記憶に残っている。
己の強さに自信を持っていたノスだが、ライゼンには敵わなかった。
ダイヤモンドドラゴンというドラゴン種最硬の鱗を持つライゼンに対し、己は地竜。地竜の特性を考えれば、相性は悪くないはずだった。
しかしその相性の悪さがあってなお、ライゼンは、弱点を物ともせずにこちらに勝利を収めた。
かつての逆臣、アベルとの戦いでは、その爪や牙、ブレスですら傷を負わなかった化け物がライゼンだ。それほどの存在に、このレオンハルトは引き分けたと言う。
では、魔人となって力を増した己とやればどうなるのか。――想像するだけで血が昂ぶってくる。
だが、今それは許されていない。優先するのは己の衝動ではなく、魔王ジル。
ノスが興味を惹かれる存在、特に魔人四天王やレオンハルトなどと死合ってみたいとは思うが、それは本当に暇が出来て、許可が出てからだ。
別に私闘を禁じられているわけでは全く無いが、レオンハルトと戦えば、おそらく負ける。そして、こちらも確実に無事では済まないとなると、ジルの為に働くことが出来なくなってしまうのだ。
だから他の魔人であればともかく、格上との戦いを行うのは、今の所は出来るだけ避けておこうと思ったのだ。
「……そうか。では、そろそろ行くぞ。一度魔物界――魔王城に帰投する」
「……そうですな。一度、ジル様にご報告を行わなければ」
故に、時期が来るまでは、この衝動を己の内側に溜め込んでやろうと、ノスは漏れ出ていた笑みと衝動を表から引っ込め、ジルの為に再び行動を始めた。
魔王城。
そこは大陸を支配する魔王の居城であり、魔人達が魔王に報告を行うために集まる――ある種の社交場でもあった。
そしてこの日は魔王ジルに謁見するため、それとちょっとしたすり合わせを行うべく、とある一室に、最上級の魔人達が集合していた。
しかし――
「――あ、あの……カカカカカミーラ様? お、お茶はどうですか? 美味しいですよ?」
「…………」
「……あはは、そ、そうですよね今は喉乾いてないんですよね? と、というわけで置いておきます。あ、ケッセルリンク様も、ど、どうぞ……」
「…………うむ」
「…………」
「あ、あはは……」
――部屋の空気は、殆ど死んでいた。
そこにいるのは魔物界の支配者層である魔人の中でも、僅か数人しかいない最上級の魔人達。
魔人四天王。今日彼らは、全員集合することになっていた。
正確にはもう一人、魔人筆頭にして魔軍参謀である魔人も参加するが、今集まっているのはそれでも3人だけ。残り二人は、少し遅れている状況であった。
そして部屋の中では、一番の巨体を持ちながらも、頭をペコペコと下げて身を縮こまらせ、メイドさんから受け取ったお茶を二者に渡す魔人がいた。
それが魔人ケイブリス。魔人四天王の末席にして、無限の可能性を持つリスの魔人。野心をその身に秘めた最古の魔人にして、強い者には逆らわない主義の彼は、部屋にいる二人が相変わらず仲が良くないことに胃を痛めていた。
……く、くそ! か、かかかカミーラさんもケッセルリンクも、見向きすらしねぇ!
内心で、ケイブリスは部屋の空気を少しでも緩和しようとした試みが、今の所無駄に終わっていることに辟易としていた。
魔人四天王で集まる時はいつもそうだ。この二者は仲が悪いのだ。今も、
「……ふん、毎度ながら、嫌な時間だ……」
「……しかしこれも務めだ。文句を言っていても致し方あるまい」
「……うるさい雌が……」
「……今のは聞かなかったことにしておこう。――お互いの為にも」
「…………」
「…………」
互いが互いを、強く睨む。
喧嘩を先に売ったのは、気位の高さが全身から溢れ出ている女性。ドラゴンの様な翼や角などの特徴を持ち、長いプラチナブロンドの髪を靡かせる、スタイルの良い絶世の美女。
魔人四天王の一人、プラチナドラゴンの魔人である魔物界の女帝、魔人カミーラ。
そしてもう一方は、悠然とした気風を身に纏う女性。額に青い宝石、長い耳。短い水色の髪を持つのは、均整の取れた美しい肢体を持つ絶世の美女。
魔人四天王一人、カラーの魔人である魔物界の女貴族、魔人ケッセルリンク。
この二者の間には、いつもこんな風な空気が流れていた。
カミーラとケッセルリンクが仲が悪いだけでなく、ケイブリスのよいしょにも反応してくれないため、大体空気は死んでいる。
空気を復活させようと思ったら、やはり魔人筆頭がいなければどうしようもない。
しかも最近は、新しく入った魔人と仲が悪いせいで、余計にカミーラの機嫌が悪いのだった。
噂をすれば、
「――悪いな、遅くなった」
「……どうやら、我らが最後の様ですな」
部屋に入室し、開口一番に軽い謝罪を行った男の後ろには、ケイブリスほどではないが巨体の男が続いて入室してくる。
その者達を、直ぐに出迎えたのは、やはり一番下っ端であるケイブリスだった。
「レオンハルト様に、ノス様! お疲れ様です!(テメェが遅かったせいで俺の胃が毎回死ぬんだよ! もっと早く来やがれ!)」
「ああ、悪いな。待たせて」
「いえいえ、とんでもないですよ! 忙しいんですから仕方ありません!(いいからこの空気を何とかしやがれってんだ!)」
ケイブリスは言葉の裏で悪態をつきながら、表ではペコペコと対応してみせる。これが魔物界一の出世頭とも言われるケイブリスの処世術だった。
だが、それを見抜いているのかいないのか、後ろの男がそれを嘲笑った。
「レオンハルト様が謝ることはありますまい。上位の者が、下位の者を待たせるのは当然であります故。――そうであろう、ケイブリスよ」
「う……そ、そうですよ! だから気にしなくていいです!(うっせぇぇぇ! この糞爺! 話を混ぜっ返そうとしてんじゃねぇ! 空気読めねぇのか死ね!)」
この陰気な爺に対して内心での暴言を加速させるが、これも表に出せないケイブリス。
なにしろ、この男も魔人四天王なのだ。
重厚感ある存在感を放つ大男。魔王ジルに最初に作られた魔人であり、地竜の魔人である魔人ノスは、ケイブリスよりも格上の存在である。
なのでいつかはぶっ殺すと思いながらも、それを表には一切出さない。
このノスが魔人四天王に入ったことで、魔人四天王の席はようやく埋まったが、逆に空気は更に死んだ。その証拠に、ノスの言葉に反応したカミーラが、僅かに目を細めて刺すような圧力と共に言った。
「……ならば、貴様は謝るべきではないのか……?」
「……これは異な事を。この場に、レオンハルト様以外で儂が謝らねばならない存在は、どこにもいないように思えるが……」
「……っ! 貴様……! たかが地竜の分際で、この私にそのような口の利き方を……! そんなに死にたいか……っ!?」
椅子に腰掛けていたカミーラが立ち上がって殺気を部屋の中に充満させる。思わずケイブリスがビクッとして3歩程後ろに下がった。
しかし挑発したノスも引くことはない。相変わらず嘲笑するような、陰気な厭味ったらしい言葉を吐く。
「ほう、それが出来るのか、カミーラ。まさか、ドラゴン時代の上下関係を、引きずっているのではないか? どうなのだ――生きた王冠よ」
「――! 殺す……っ!」
カミーラがもっとも触れられたくない過去を、単語とともに蒸し返され、カミーラの怒りが頂点に達する。憤怒の形相と、殺気を全身から溢れ出させ、戦闘態勢に入ったカミーラ。
対するノスも、本気で来ると思ったのか、戦いの時に生じる笑みを口元に生じさせながら迎え撃とうとする。強者との戦いは、ノスも望むところだった。
そうして元ドラゴン同士の戦いが始まろうとし、ケイブリスが部屋の隅に退避しようとしたところで――室内に鋭い声が響いた。
「――――ここで喧嘩する気か?」
「っ……レオンハルト……!」
「っ……!」
カミーラもノスも、その声と威圧感に足を止める。当然だ。
彼は魔人筆頭にして魔軍参謀。最強の魔人の称号と、数々の異名を持つ魔物界の英雄――魔人レオンハルトなのだから。
普段は他の魔人に対しても寛容さを示し、仕事の事以外であれば融通も利かせてくれるある意味特異な魔人の彼も、秩序を乱そうとする者には容赦しない。
この間のケイブリスの行動も、魔王の許可が出ていなければ腕ずくで止められていたところであり、こういった私闘は、特に職務中にやるとかなりの怒りを見せる。
その威容は魔人最強に相応しいものだ。カミーラが眉を立てて、文句を言うも、
「先にこの私を侮蔑したのはこいつだ……!」
「ああ、見ていたから知っている。――ノス、どういうつもりだ?」
「……は、申し訳ありませぬ。やはり、かつての同胞ともなれば気が昂ぶってしまうもので……些か口が滑りました。この通りですので、お許し頂きたく存じます」
先程とは違い、あっさりと頭を下げてみせるノスにケイブリスはある意味で似たようなものを感じてしまう。
しかしそうではない。明らかにそうとは思っていないが、表向きにはどうとでも言えるし、別にレオンハルトのことを恐れているわけではない。
ただ立場上、上位の存在だからと慇懃に接しているだけであり、あくまでもジルの顔を立てているに過ぎない。
それを理解しているのかは分からないが、レオンハルトは僅かに眉をひそめるも、それ以上は追求しようとせず、
「……カミーラ。悪いがここは、俺の顔を立ててくれ」
「……なら、貸しだ」
「ああ、それで構わない」
カミーラの貸しという注文を、一切躊躇うことなく了承してみせるレオンハルト。不思議とレオンハルトは、カミーラより上位で実力も上であるというのに、カミーラには未だに気を使っている。
カミーラの方もレオンハルトが諌めたことで、一応だが再び席に着く。ノスを睨みながらだが、ノスの方は既に知らん顔だ。
そしてようやく殺気が消えたところで、今度はケッセルリンクが声を掛けた。なのでケイブリスも一緒になって近づき、
「レオンハルト……久し振りだな。その、元気、か?」
「ああ、大丈夫だケッセルリンク。今回も特に問題はなかった。お前の方こそ、元気そうで何よりだ」
微笑を浮かべながらのやり取りに、ケッセルリンクの頬が僅かに染まる。こんなところでいちゃついてんじゃねーよ、というか、よくあんなヤバいやり取りの後に平気でいちゃつけんな……、と、ケイブリスが言葉を飲み込むが、先程の死んだ空気とか、修羅場よりはマシだ。とりあえず、比較的安全なこの二人の側にいればとばっちりを受けることはないだろう。
……ようやく一息つけそうだぜ……。
ホッと安堵の息を漏らす。そのタイミングで、レオンハルトは思い出したように言葉を繋いだ。
「ああ、そういえば……今回もお土産を幾つか持ってきたから渡しておく」
「!」
来た、とケイブリスは思う。これはいつものやつだ、と。
レオンハルトが長い遠征に出ていると、時折お土産と称して色んなものを渡してくることがある。そこまで大きいものではないし、大したものではないのだが、
……まあ、貰えるってんなら拒否する理由はねぇ。普通に良いものも多いしな……。
ケイブリスの経験上、この手のものは相手によって変わるが、そう悪いものではない。
例えばケイブリスだと、経験食パンだとか食べ物系だったり、なんだかよく分からないちょっとした物が多いが、貰って損はないものだ。
最初の方は捨てることも考えたが、それはそれでバレた時のことが怖いので止めた。時折、渡した物についての感想を聞いてくることもあるので、でっちあげ続けるのも難しいし、かといって遠慮するのも変な感じになる。
だからケイブリスはいつもどおり、そわそわしながら待った。すると、
「ほら、ケイブリス。お前には超熟経験食パンと……これだ」
「! ありがとうございます!」
……よっしゃああああ! 今回は当たりじゃねぇか! へへへ……!
通常のものよりも更に経験値が入る超熟経験食パン。滅多に手に入らないのだが、それを幾つかまとめて渡されて、自然とケイブリスの頬がニヤける。
しかし、もうひとつの筒のようなものに、ケイブリスは首を傾げた。
「これは……一体何でしょう?」
するとレオンハルトは、得意気に言い放った。
「それは万華鏡だ」
「万華鏡……ってなんですか?」
まさか凄いアイテムだったりしねぇかな、という期待を込めて聞く。すると、
「中を覗いて回転させると……」
「……回転させると?」
言った。フッ、と笑い、
「――綺麗だぞ?」
「…………な、なるほど……それは良いものですね……あ、ありがとうございます!」
ケイブリスは思った。内心で、
……あ、これは外れだわ……。
これはよくわかんないもののパターンだ。時折、なんか普通に面白いものがあって腹立つ時もあるが、基本的には下らないものが多い。
しかしレオンハルトはそういった、人間が作ったよくわからない物が好きらしく、定期的に色んな物を持ち帰ってくる。なので素っ気なくは出来ない。
レオンハルトは続いてカミーラにも、
「カミーラにはいつもどおり、上質な宝石を持ってきた」
「……ふん、まあ、受け取ってやろう……寄越せ」
宝石が沢山入った袋を手渡すレオンハルト。心なしか、カミーラの機嫌が回復したように見えた。
そして今度はケッセルリンクに、
「ケッセルリンクには……ちょっと珍しい花を持ってきたんだが……」
「ん、それは……」
と、レオンハルトが懐から花を出す。
しかしその数は異様に少なく、一輪しかなかった。
「もっと沢山持ってこれたら良かったんだがな……捜索する暇がなくてな。一輪しか持ってこれなかった。悪い」
レオンハルトがバツが悪そうに謝る。
しかしケッセルリンクはそれを受け取り、微笑を浮かべ、
「……謝らないでほしい。私は……その気持ちが、私の為に選んで探し、渡してくれたことが、何よりも嬉しい……」
「……そうか。それなら良かった」
「……ふん」
「……お、おお! この超熟経験食パン! 超うめぇぇぇ! しかも凄い経験値が身体に染み渡ります!」
だからいちゃついてんじゃねーよ! と、ケイブリスは腹の中だけで叫ぶ。カミーラもまた少し、機嫌が悪くなった。空気読めないから怒っちゃってるじゃないかと、表では超熟経験食パンを食べて感想を叫んでおいて紛らわした。
まったくもって、この二人は面倒だ。時と場所を考えてほしい。
そうしてケイブリスの声に反応してくれたのか、ケッセルリンクが周りの眼に気づいて、身体を寄せようとしていたのを我慢した。そうして周囲に向かって、
「…………今のは忘れてくれ」
恥ずかしそうにそう告げた。するとカミーラは特に何も答えなかったし、ケイブリスも気づいていなかった振りをした。……さぁて、ようやく空気も――
しかしこれまたノスが、
「……魔人四天王ともあろう者が、魔人筆頭に色目を使うとは……如何なものですかな?」
「……確かにこの場では相応しい振る舞いではなかったが……そちらには関係ないだろう?」
「ふ、笑わせる。貴様は――」
「うぉおおおおおおお!? この万華鏡! すげぇ綺麗いいいいいいい! 超絶目が楽しいです! これ、僕気に入りました! 僕がこれに嵌らないうちに早く話を進めましょう! レオンハルト様!」
「お、おお……気に入ってくれたようなら何よりだ」
「…………」
「…………」
ノスがまた喧嘩を売る前に、ケイブリスは全力で万華鏡を見て声を上げた。周囲に若干白い目を向けられながらも、何とか対処する。そしてノスに敢えて顔を向けながら、
「あ、ノス様! どうかしましたか!? お茶が欲しいなら僕取ってきますよ!? ぺこぺこ (てんめぇぇぇぇぇぇ! 誰がまた喧嘩売れつったよ!? さっきレオンハルトに怒られてたじゃねぇか! 空気読めねぇならさっさと死ね耄碌爺!)」
「……ふん、いらぬわ」
「あ、申し訳ありません……余計なお世話でしたね! 僕、反省します! (俺様もてめぇなんかいらねぇよバーーーーーカ!! 憶えてろよ陰気爺! 俺様が最強になったら真っ先にぶっ殺してやるからなぁぁぁ!?)」
ノスが発言を諦めたのを見て、ケイブリスはひやひやしながら一歩下がる。
するとレオンハルトがこちらを見て、
「だがまあ……そうだな。ケイブリスの言う通りだ。俺が発端とはいえ、そろそろやるべきことを済ませようか」
場を整えてそう言ってくれる。何というか、ケイブリスとしては複雑な気分だ。
……相対的にレオンハルトが一番マシに見えてくるな……いや、確かに魔人の中ではマシだけどよぉ……。
周囲がアレで、ケイブリスの不安を煽ったり、ムカつく馬鹿ばかりなので、相対的にレオンハルトがとんでもなくいいヤツに見えてしまう。レオンハルトもケイブリスが気を揉む厄介な相手であるはずなんだが。
とはいえ、全員集合を終えたのだから、そろそろ動かねばならないだろう。それは、レオンハルトがその名前を出した瞬間に、全員理解した。
「ジル様の勅命でもある。この人間牧場計画についての仔細を、取り敢えず四天王であるお前達には先に説明しておこうか」
「! は、はははい! ジル様の命令ですし……早く済ませましょう!」
「は、お聞かせ願えますかな」
「……そうだな」
「……ふん」
ケイブリスが過敏に反応し、ノスなどは切り替えたのか、これ以上ないほどに真面目に応対しようとする。ケッセルリンクとカミーラも、特に文句はないようで、話を聞く態勢に戻った。
魔人四天王全員が席の両側についたのを見渡して確認し、上座に立つレオンハルトは真面目な声を発した。
「質問や意見があれば遠慮なく言ってくれて構わない。――では、説明する」
――そうして、人間牧場計画の全容が明らかになった。
その地獄の様な計画に、ノスは嗤い、カミーラはどうでもいいと無関心、ケッセルリンクは眉をひそめ、ケイブリスは内心で称賛しながらも戦慄した。
それだけ恐ろしい計画は、質問を受け付けてそれに丁寧に答えると、僅かながらの意見を取り入れ――今日この日に、完成を迎えたのだった。
???「じゃっじゃーん!! 突然ですけど、あと2話でとうとう皆大好き、私も大好きなあの方が登場しますよーーー! イェーーーイ!!」
キャロル「あっ、駄目ですわよ! 貴方の出番は後なのですからここに出ては駄目です。ルールですの」
???「あっ、待って! 待って下さいキャロル先輩! これから○○○様について語りたいことが山程……って、伏せ字になってる!? うあーーー! これが世界の闇って奴ですか!?」
キャロル「訳解んないこと言ってないで行きますの」
???「ぐぁぁぁぁ!? 待って! ならせめてヒント、ヒントを……! ヒントは、黄い――」
ラウネア「…………(次回は城に帰るよ。“あの方”は次次回で)」