というわけで本編どうぞ
――GL2年。
新たな時代が始まって一年。魔王ジルの国狩りによって全ての人類国家が壊滅した。
人類圏という呼称は消滅し、人類文明も崩壊。大陸は魔物の天下となり、名実ともに大陸の支配者となったジルは、直ぐに人類の奴隷化を宣言した。
大陸各地に人間を大量収容出来る施設を建設し、その場所に魔軍を使って各地の人間達を送り集めた。
その施設は、これからこの時代を生きる人間にとっては当たり前のものであり、人類の暗黒時代を象徴する悪名高い施設。
その名は――人間牧場という。
「――おら、きりきり歩けーーー!」
「もたもたしてんじゃねーぞ!!」
「脱走しようとした奴は鞭打ち百回の刑だ! 今日中に到着出来なかったらもっとひでぇことになるからな! さっさと歩け!」
「っ……はぁ、はぁ……!」
平原を歩く人間の集団と、それを囲む魔物兵の部隊がそこにある。
魔物兵達の声を受けて急ぐようになった人間達だが、その足元は既にボロボロで、中には出血している者すらいた。
彼らは今日中にとある目的地に辿り着くようにと、平原を素足で、何時間も歩くように強制されていた。
だがそれを拒もうとする人間はいない。拒んでも無意味だからだ。
それどころか、もっと酷い目に遭わされる。その可能性があるのではなく、確実にだ。
何故なら既にここに来るまでに、多くの人間が足並みを乱した罰として、凄惨な拷問を受けており、周囲の人間はそれを目の当たりにしているのだ。
反抗しようにも、魔物兵達は並の人間と比べて何倍も強い。しかも、数の上でも向こうの方が上なのだから、勝ち目がないのだ。仮に魔物兵を倒せる人間がいたとしても、それより恐ろしく強大な存在もいる。ある程度戦える国の兵士などは皆、国狩りで死んだか、心を折られて廃人になり、既にこの世を去っていた。
民間人が魔物に抵抗出来るはずもなく、遂にはこの日を迎えたのだ。人類の暗黒時代、その本格的な始まりとなる施設が、稼働する日に。
人間の集団は、やがて、平原の先にあるものを捉えて一様に反応を見せる。
最初に見えてきたのは――柵だった。
人間の誰もがそれを見たことがある。特に、畜産や農業を営んでいる農村部の人間にとっては馴染み深いものであった。畜産用のうしなどを集めておくために、そして脱走を防止するために建てられる柵。
ただ彼らと知ってるものと違うところといえば、その柵は、こちらの背の倍くらいに高く、そして、棘のようなものが生えた鉄線が巻きつけられていることであった。
そしてその鉄線には、早くも赤い染みがこびりついていた。
しかし、人間達はそれに気づきはしたものの、それに注視することはなかった。
何故なら次に見えてきたものに、誰もが引き攣った青褪めた顔で、注目したからだ。
それは柵の向こうに、幾つも見えた。
「いや゛ああぁああああああァあッ――!」
「やべ、やめ゛で、おねが、だずげで……」
「ぐぎっ、あぐっ、……うぶッ……う、ぁ……」
そこにいたのは――人間であって、人間の扱いをされていない者達だった。
それを目撃した誰かが、ポツリと、無意識に呟く。
――アレは何だ?
アレ、と評するしかない。このような鬼畜の所業を、何と形容していいか分からない。
そこにいたのは自分達と同じ人間。おそらくはこの集団よりも多くの数が、その柵の囲いの内側に存在する。
そして誰もが、視線を向けることを憚られる様な、凄惨な虐待を、魔物兵達から受けていた。
「はははは! おらっ! もっと良い声で鳴きやがれ!」
「今日は記念すべき日だからな! まだまだやめねぇぞ!」
「安心しろ! 後数時間もすれば休憩もあるし、飯もちゃんと食わしてやる! ――その後でもうワンセット拷問だけどな!」
その虐待、暴行を行う魔物兵達の声は、人間達の苦痛に満ちた悲鳴とは反比例して、軽やかなものだった。その手に人間を苦しめるために作られた棘付きの棒や、鞭、巨大な焼きごてなど、様々な拷問器具を用意し、それらを人間達に使用していく。何も持たない者も、素手で人間を殴りつけ、あるいは集団で女達を犯していく。
しかしその虐待に、規則的な動きはなかった。
何故ならば、魔物達は自分の好きなことをやっているに過ぎないからだ。
彼らは魔王からの勅命で、殺さない限りはどんなことをしてもいいとお墨付きを貰っている。
故に運営している魔人の方針にさえ従えば、ここの人間には何をしても構わない。
そしてこの時間は、全ての施設において共通する自由時間だ。
人間達を広めの囲いの中で放し飼いにし、好きにしても良いという時間。
だが、魔物達も人間達に何をしてもいい時間でもあり、故に人間の自由時間とは言うものの、彼らは稼働初日で興奮した魔物の相手で手一杯であり、自由を楽しむ余裕などなかった。
そこには人権など存在しない。その施設には、僅かな救いすら存在しない。
命の保証をされてしまっているこの世の地獄。その名が、
「へへへ……あれがお前たちが入る――人間牧場だ」
「人間……牧場……」
一体の魔物隊長がニヤつきながら告げた言葉に、幾人かが反応する。
その名の意味は、人間を魔物の奴隷にするという最悪のものだった。
まるで人間が、うしなどの家畜を飼うように。魔物が人間を飼うのだ。
人類が負けた意味。魔物が天下を取ることとは、下等な種族である人間を、名実ともに下に置くこと。
即ち、その人間牧場では――否、この世では、永遠の苦しみだけが人間に齎される。
心の底から死を願うような絶望の淵にだけ、死というこの世から離れる救いがある。そんなものだけが、救いとなる世界。
狂っている。誰もが明確にその語句を思い浮かべはしないものの、無意識にそう感じた。
これからはこれが当たり前の世の中となる。人間の扱いは、魔物の下であり、苦しめられることこそが当然の在り方となる。
それはある意味、当たり前だと思っていれば多少の救いとはなるが、
「う……あ……!」
「嫌ぁあああああああああああッ!」
「嫌だ……嫌だ……誰か助けてくれ……!」
この時代を、前時代から生きる彼らにとっては、まだ当たり前ではなかった。
だからこそ、彼らはこれからのことを思い絶望し、そして狂乱する。
「う、ひゃあああぁぁぁあぁぁあっ、うひぃぁぁぁああぁああああぁああ――!!!」
「あ、こら!」
一人の人間の男が奇声を発しながら人間牧場の反対側に猛然と走り出した。
当然、直ぐに魔物兵に殴られて地面に転がり、捕らえられた。それは当然の帰結だ。
だが、その程度の想像が働かないか、もはやどうなっても構わないという思考の元では、思いもよらない行動に出る。逆らったら死ぬかも、などとはもはや考えつかないか、頭から消えている。
目先の狂気に当てられた人間の暴走。それは、他の人間にも伝播した。
「うぁああああああッ!」
「いや、嫌! 嫌あああああああ!」
「っ、
「はっ! ――おら、大人しくしやがれ!」
魔物将軍の号令を受けて、魔物隊長と魔物兵達が一斉に人間達を殴りつけるなどして暴れているところを抑え込む。二度目の収容作業となった魔物将軍にとって、これらは一度経験したものであり、上司によって予想されていたものでもあった。
凄惨すぎる光景を、これから自分達に降りかかると理解した時に、人間がパニック状態にならない保障はない。
魔物に逆らっても無駄だ、という当たり前の結果すら超越して、彼らは半ば狂乱的に逆らってみせることすらある。今の彼らには“こうしたらどうなる”という思考が一時的に存在していないのだ。
追い詰められた人間はこういった無謀ともいえる行動を起こすことがあるが、そのなりふり構わない行動が、結果を掴むことも稀に起り得る。
人間の意外性、愚かとも称される行動だが、馬鹿には出来ない。
「っ、暴れるなっての!」
「くそっ、面倒な……!」
「反抗が激しい者は気絶させてでも抑え込め! 誰一人逃がすな!」
事実、魔物兵達は意外にも苦戦していた。
戦闘になっているわけでもなければ、命の危険があるわけでもない。一個軍二万に対し、約二千の人間を連れているのだ。しかも相手は兵士ではなく、抵抗といっても無茶苦茶に走って、形にもなっていない暴力で抵抗するだけ。生まれながらの戦闘種族であり、魔物将軍に率いられた魔軍に勝てるはずもない。
だが、殺さずに捕らえる、となると多少は苦戦はする。
それは人間が興奮した家畜を取り押さえる光景に似ていた。
殺すだけなら一瞬だが、人間を殺してはならない。魔物達にとって、これからの人間は魔物を愉しませるための資源であり、何より魔王の命令でもある。これから拷問を行い、いずれは死を願うとしても、それまでは殺してはならないのだ。
二千の人間が狂乱して暴徒と化すと、幾ら民間人ばかりとはいえ、鎮圧に多少の時間と手間が掛かる。中には軽傷ではあるが、怪我をしてしまった魔物兵すらいるほどだ。
収容する段階、そして稼働初期はこういったなりふり構わない反抗が予想される――彼らの上司が言った通りであった。
心が折れて、それが当然となり、次の世代となってくると反抗も無くなるだろうが、それまでは気をつける必要がある。
だからこそ、人間牧場には運営、管理用の魔軍、魔物兵が最低でも10万は詰めている。稼働初日の現在では、各魔人の軍が丸々その管理と作業を行っていた。
だがその甲斐あって、鎮圧作業も終わると、ようやく人間達を牧場に収容する。多くの傷を作りながら再び歩かされた人間達は、巨大な門を目の前にする
「む――来たか。少し暴れていたようだな」
「はっ! 申し訳ありません!」
収容作業に従事していた魔物将軍は、門の前で複数の魔物将軍や魔物隊長と話す赤い軍服の中年に敬礼を返す。
人間達はそれを一瞬、同じ人間かと目を凝らしたが、それは一瞬、濃い魔の気配を感じて、誰もが震える。知っている者には明らかであったが――彼は使徒であった。
「構わない。抵抗は予想されていたことだ。無事鎮圧したのなら予定通りだ」
「はっ、誰一人逃してはおりません、リー様」
「よし。ならば迅速に収容に行う。――門を開け」
リー、と呼ばれた使徒の声に反応して、その巨大な門がゆっくりと左右に開いていく。
それは人間達にとって、地獄への入り口に他ならなかった。
だが、その地獄への誘いを止めることの出来るものはどこにもいない。もはや彼らに出来るのは、祈ることだけだ。
自分や周囲の人間を想い、もはやどう願っていいのかも分からない祈りを、人間達は絶望に満ちる心の中で行った。
その人間牧場は、各地で建設、運営される人間牧場のプロトタイプかつ、基本となるものとして魔王城の直ぐ近くに建てられた。
故に、稼働初日にその牧場を視察する者がいるのは当然だった。
「――では、次はこちらに」
「くくく……ああ」
人間牧場の中央部に建てられた管理を行う魔物用の建物の中に、人間牧場計画の中心人物である二者はいた。
人間を憎悪し、人間に苦痛を与えることだけに魔王としての全能力を使用し、人間を奴隷化、家畜とすることを配下に命じた魔王ジル。
魔王の命令を速やかに実行しようと人間牧場の草案を計画し、実際に魔軍を動かして各地に人間牧場を建てさせ、適切な運営を行うように指導している魔人レオンハルト。
魔物達にとって記念すべき日である牧場の稼働初日に、レオンハルトはジルの命を受けて牧場を視察に訪れていた。
魔物兵達が詰める庁舎を案内した後、レオンハルトは順番に施設の案内を行うのだ。
「基本的な一日の流れは以前にも書面にてお伝えしましたように、生命維持の為、一日二回の餌やりを朝と夜。一日の多くは自由時間で、魔物達にある程度の虐待を義務付けていますが……まあこれは義務にしなくても好きにするでしょう。後は“人うし”の選別と、それを可愛がるための自由時間、人口増加の為の性交の強制が義務付けられています。各牧場の運営責任者に魔人を置いており、独自の裁量を与えていますので、各牧場によって方針や一日の流れに多少の差異はありますが、これらに関しては共通のルールとして執り行っています」
ジルを先導して歩きながら、レオンハルトは場の繋ぎとして、人間牧場についての説明を簡単に行っていく。実際、現場では惨たらしい光景が広がっているだろうが、書面上や口頭で口にする分には悲惨さが想像し辛い。それが良いか悪いかは分からないが、ジルはそれを聞いて、やはり機嫌良さそうに口の端を歪めていた。
それを後ろ目に確認しながら、レオンハルトは説明を続ける。
「……現状では急激な状況の悪化によって、狂ってしまう人間や早期に死を望む者が多く、多少の抵抗が起きているようですが――おおよそ百年も経てば、自分達の扱いに疑問は持たなくなり、狂気に陥る者も減っていくでしょう。
「……くく、なるほど。多少の差異とは?」
「魔人によってそれぞれではありますが……私のところですと、選別による工夫を少々。後は各々の欲望に沿ったものが、傾向としては多いようです。それらについても、まとめて報告させます」
と、告げるとジルは多少間を取り、思考した後に、
「一々魔人を呼び集める必要はない。お前が把握して私に報告しろ」
「……はっ、畏まりました。では、大まかな説明は以上となります」
牧場についての報告は、後でお前が行えと、ジルは言う。魔人を呼び寄せる必要はないと。
その意味を考えると少し憂鬱だが、レオンハルトは仕方のないことだとそれを諦める。ジルはそもそも、配下の魔人に対して、酷く素っ気なく、基本的には無言で魔人の言葉を聞くか、短い言葉での命令や、会話も、一方的な冷たい言葉を掛けるくらいだ。よく喋るのは人間を虐めていて機嫌が良い時か、レオンハルト相手の時くらいである。一応、側近であり、ジルに心から忠誠を誓っているノスも、ジルに言わせれば“便利な手駒”くらいのもので、特に何とも思っていないのだからどうしようもない。
レオンハルトとしては正直、ノスがジルの為に働きたがっているのだから色んなことを押しつけてしまいたいのだが、今日も人間牧場の視察にと一緒に来るように命令されたのは自分であり、ノスは自分が管理する人間牧場に向かった。
他の魔人もそれぞれ、自分が担当する人間牧場を視察しているはずだが……果たして何人がそれを真面目に行っているのか。
いや、さすがに稼働初日くらいは興味から一応見に来ることくらいはするだろうが、殆どの魔人は、配下の魔物達に任せて好き勝手し始めるだろう。レキシントンなどが真面目に人間牧場の運営を行うわけもない。人間を苦しめること自体は、好き好んでやる者もいるだろうが、それは個人的な趣味の話であり、結果的に運営方針が変わるに過ぎない。
なのでそれっぽく説明してはいるのものの、かなりいい加減なものだ。把握して報告する際は、嘘はつかずにまたそれっぽく言う必要があるだろう。
もっとも、人間が苦しんでいることには間違いないのだから問題はないのだが。問題があるとすれば、レオンハルトが担当している場所の多さだ。
各地にある人間牧場の数は、魔人の総数と合わせて24箇所になったが、魔人の数が足りていないため、魔人が直接担当している牧場は12箇所しかない。残りの半分は、レオンハルトが一応の責任者として兼任し、現地の魔物将軍などに任せている。つまりはレオンハルト直営の牧場も合わせて、全部で13箇所もの牧場を運営しなければならない。
実際は配下に命令し、問題が起こった時に対処すればいいだけの単純作業なのだが、これだけ数があるとやはり書類や報告だけでもそれなりの数に上る。新しく魔人が誕生すれば空いている牧場の担当に命じてしまえばいいのだが、結局、人間牧場全体の報告は自分のところに上がってくるため、多少の変化しか感じられないだろう。
だが、真面目な一部の魔人は自ら牧場運営を行ってくれるだろうから、それだけが救いだ。それ以外はこちらから関わっていかなければならない。
事務仕事だけ、という何とも面倒過ぎる仕事だ。人間を家畜とする酪農業の経営者など、自分の性に合わない。魔物にとっては平和な世界だが、これなら争いに満ちた方がマシかもな、と心の中だけで言葉を作る。人間にとっても、魔物にとっても。
それに何より、牧場の光景は中々に気分が悪い。今更、虐待や暴行を目にしたところでそれを割り切るくらいのことは出来るつもりだが――なるほど、これは確かに最悪だ。
「あ゛あ゛あ゛ッ! いや゛ぁああああぁあああああッ! あ゛がッ! ひぎっ……」
「ふん……たかが乳房を千切っただけで大袈裟な……くく、次はもう片方も捻りきってやろう」
牧場の敷地内、人間を集めている外の草原に出たジルは、そこにいた適当な人間を捕まえて、虐待を行った。偶然捕まった女性は、おそらく今この世で最も運が悪く、地獄を見る人間だろう。
ジルは魔力で作った棘を女性の足に突き刺し、地面に縫い付けるようにすると、裸に剥いた女性の乳房に手を伸ばし、強引に力で千切り取った。
女性が悲鳴を上げる中、それを見ていた周りの人間は恐ろしさの余りにそこから離れるか、その場で腰を抜かして嘔吐するか、黄色い染みを股間に作る。
虐待や暴行に勤しんでいた魔物兵ですら、魔王の恐ろしさに平服するしかない。こちらに危害が来る可能性は低いが、ゼロではないのだ。機嫌を損ねないように、殺してしまうことにだけ注意して人間への虐待への手を強め、魔王への忠誠を示す。
その虐待や暴行も、まだまだ序の口に過ぎない。ここまでならこれまで戦争の中で、人間へ行った拷問や暴行と変わらない。
これが何年も、何十年も生かされながら続けられ、子供や孫が出来ても一緒に虐待や暴行を受け、延々と続けられる。終わりはない。死ぬ時だけが救いだ。それ以外は大人も子供も老人も、男も女も平等に、責め苦を受ける。
そしてやがて、彼らはその扱いに疑問を抱かなくなり、苦しめられることが人として当たり前なのだと思うようになる。
反吐が出る行為だが、それもある意味では幸福かもしれない。日常から叩き落とされた今の人間に比べれば、幸福を知らないだけ幸福だ。
そして狂うことすら許されない制度もある。それが、
「くくく……そうだ。貴様を、最初の“人うし”にしてやろう。本来は人間達に自ら選ばせるところだが、私からの特別賞だ。受け取るがいい」
「ッ……いぎっ――あ゛あああ゛あああっっっ!!」
ジルが歪んだ笑みでそう告げると、女の足を無理矢理切断した。
続いて反対の足。右腕、左腕。四肢を切断すると、ジルはその女の顔を掴み、無理矢理口を開けさせ、
「……さて、この辺りか?」
「ッッ! あ゛ーーーーッ! あ゛――!」
「! くくく……! どうやら成功したようだな……?」
その舌を千切り、地面に投げ捨てる。
四肢が無くなり、舌も死なない程度に切られた女は、満足に歩くどころか立つことも出来ずに、辛うじて残っている肘の先と膝の先だけを使って地面の上で藻掻く。
「あ゛ーーー! う゛ーーー……! うあ゛ーーーー……っ!」
しかもその口からは舌が切られたことで満足に言葉を発することが出来ずに、母音だけを使ったような呻き声が鳴り響く。
「人うしの完成だな。……さて、記念すべき一頭目を殺すのは酷というものだろう。行くぞ、レオンハルト」
「……はっ」
残酷な笑みを見せてジルは告げる。人うしが生まれたと。
これが人間牧場における最下級の身分――“人うし”。これがこの人間牧場システムの一つの肝と言ってもいい。
日々における拷問や暴行、それらは当然、人間が狂ってしまう可能性が非常に高い。
何かしらの楽しみや安息があればこそ、平静というものは保てるのだ。生き地獄とは言うが、本当に絶え間ない拷問を行ってしまえば、死ぬよりも早く精神が壊れる。
故に休息も食事も与えるし、楽しみだって与える。その楽しみこそが、人うしなのだ。
人うしは人間よりも下に置かれた身分であり、彼らの愛玩動物だ。魔物達は人間に何をやってもよいが、同様に、人間も人うしに対しては何をやっても許される。
そして人うしの選出には――人間達が、自分達で誰をひと牛にするかを選ばせるのだ。
こうすることで、彼らの中には醜い欲望や打算、保身など様々な感情、意識が生まれる。嫌いな人間や、好きにしたい人間などを選ぼうとする。そうして実際にそうさせることで、日々の楽しみを作るのだ。
狂ってしまうことの防止。そのための策である人うしだが、これを考えたジルの発想は、正に最悪と言ってもいい。
何故ならこの人うしには、人間牧場に置ける唯一の救いである死が、どう足掻いても与えられないのだ。何故なら、
「あ゛ーーー、あ゛ー………」
人うしは――
つまり、殺してほしいと懇願することが出来ない。
人間への殺害許可が出るのは、殺してくれと願い出たものだけだ。
その意志を示すには当然、言葉でそれを示す必要がある。そして、普通の人間にはその最後の一線を願う権利だけは与えられるが、最下級の身分ともなるとそれすら奪われる。
正真正銘の生き地獄であり、人うしはこれから、同じ人間にすら苦痛を与えられる。それが自然死するまで、ずっと続く。
正に最悪だ。魔物達も若干引き気味になり、魔物兵や他の魔人による多くの凄惨な拷問を見てきたレオンハルトであっても、さすがに眉根を寄せてしまう。
出来る限り苦痛を与えようとするジルの治世。その象徴ともいえる人間牧場は、出来るだけ多くの人間を、効率的に苦しめるために適したものであった。
「う゛ー……あ゛ー、あ゛ー……」
「…………」
レオンハルトは、その最初に人うしにされた女に視線を向けたところで、偶然にも目が合った。
そして言葉にならない声を上げながら何かを訴える女に、舌打ちしそうになるのを抑える。何も考えずに剣を抜いてやりたくなるが、それを抑え、レオンハルトはそこから目を背けてジルの背に続く。
周囲では、人間が相変わらず苦しめられる光景と、悲鳴の連続。地獄の坩堝ともいえる牧場の敷地内を、ジルは憎悪に満ちた笑みを浮かべながら闊歩し、時折気まぐれに人間に拷問を行い、人間を苦しめ続ける。
レオンハルトはその後ろに黙って続いていたが、不意にジルがこちらを向いて、
「レオンハルト……よく私の命令に従って、ここまでのものを作り上げてくれたな……?」
と、笑み付きで告げられる言葉は、こちらを称賛するような抑揚の言葉。
レオンハルトは感情を殺しながら粛々と頷き、
「……は、恐れ入ります。ですが、ジル様が提言したからこその今の世であるかと」
「くく、謙遜するな。お前には、後で褒美をやる。
「……!」
褒美、と言われ、レオンハルトは僅かに心を跳ね上げさせる。
その意味は分かる。だが、重要なのはそこではない。
……褒美、だと? ――はっ、なんだそれは。
レオンハルトは思わず笑ってしまいそうになる。どんな冗談だと。
この地獄を作り上げた己に降りかかるものが、罰ではなく褒美なのかと。
――つくづく冗談の様な世の中だ。
しかもその褒美は、この地獄を提案し、己に命令した張本人である彼女と、淫蕩に耽ることである。
もし善良な神がいるならば、間違いなく天罰が下るほどの悪行だ。
しかしそうはならない。神は死なず、この世に地獄が顕現したことを喜び、自分達に祝福を与える。地獄の様な苦しみを与えられ、更には殺してくれと懇願する女に背を向けた直後に、己は褒美を与えられるという。
レオンハルトは拳を強く握りしめながら、しかし、丁寧にジルへと礼をしてみせる。
「……ありがたく、頂戴致します」
「ああ、受け取れ。たっぷりと、
「…………はい。光栄です」
その気分は、今まで生きてきた中でも――最悪のものだった。
最初はもっと酷かったのは内緒。次回はへびさんの魔人がいよいよ登場です