使徒候補であるバトルノートっぽい何かが随分と攻撃的な行動を好むことがわかってしばらく。
昼食を食べ終え、とある場所へ向かおうと外に出た俺達はある奴と遭遇した。
「…………」
「おや、レオンハルト様」
カミーラと七星。
俺と同じ魔人四天王であるドラゴン魔人とその主従。
ある意味でこの状況を作り出した元凶でもある。言うまでもなく昨日のカミーラの発言の事だ。
カミーラはその切れ長の瞳で一瞬、俺の前を歩く彼女を見てから俺に視線を移して口を開いた。
「……昨日の今日で、早速か……随分と、手の早いことだな……?」
「……うるせぇな。別にいいだろ」
確かに自分から見ても急なのでちょっとバツが悪い。彼女の意見にすぐ流されてしまったからだろうか。
「……レオンハルト様、挨拶しても?」
と、少しだけ落ち着いた声色で俺に一度、確認を取ってきた。
さすがにカミーラ相手は緊張するのだろう。ガルティアの時は自分からいってたからな。
「ま、いいだろ」
否定してやることもない。カミーラも一応は待ってくれているのだから聞く気はあるのだろうし、許可を出してやる。
「……では、お初にお目にかかりますカミーラ様!」
緊張しているのかと思ったが、俺やガルティアに対してと同じトーンで声を張り上げた。随分と肝が据わってるな。
「わたくし、レオンハルト様の使徒――を内定してる女の子モンスター、バトルノートと申しますわ! 以後お見知りおきを!」
「…………」
だがそこはカミーラ。彼女をじっと見つめるのみで返事もなにもない。カミーラはお世辞にも女性に優しいとはいえないしな。こんなもんだろう。
さて、挨拶を済ませたしさっさと次の目的地に――
「そして! 七星様!」
と思ったのだが彼女はビシッと指を指して言葉を続けた。その先にはカミーラの使徒である長髪糸目の男――七星。
「……私に何かご用ですか?」
「大有りですわ!」
冷静に問い返す七星に対し、彼女は威勢良く口を開く。
「わたくしは魔物界一の完璧使徒……を目指しますので、それを達成するに当たって最大のライバルがあなたなのですのよ!」
「…………別に完璧という事はありませんが」
「今はまだ正式な使徒ではないので勝負も何もありませんが、使徒になった暁にはどちらが主に尽くせるか決着を付けて差し上げますわ! 首を洗って待ってなさい!」
「…………え、ええ」
……七星が凄い困った顔をしてる。これはかなり珍しい。時折こちらをちらちら見てくるのはどう対応していいのか助けを求めてるのだろうか。このまま放置してみたらどうなるか少し気になる。
しかしそれを止めた者がいた。いや、止めざるを得なかったというべきか。
「……くっ……くくっ……」
静まり返った廊下に笑い声が響く。カミーラだ。
「か、カミーラ様……?」
「おいおい……」
「?」
七星と一緒に困惑の表情を浮かべる。そしてカミーラが笑ってるのを見たバトルノートはきょとんとしている。カミーラお前、最近笑いの沸点低くないか? 前からツボはわかりにくかったが。
カミーラは含み笑いを続けながら、七星に視線を向ける。
「くくっ……七星……目を付けられてしまったな……?」
「は、はい。そうですねカミーラ様」
「負けないよう、頑張らねばならんな……? くくっ……」
「が、頑張ります」
主から声を掛けられた七星だが、いつもより狼狽えている様子。それに比例してカミーラは可笑しそうに笑っている。
「……レオンハルト」
「ああ?」
今度はこちらに声を掛けてきた。飛び火しないだろうな。今更怒ることはないと思うが。
「……愉快な使徒を、見つけたようだな……くくっ……」
「……お、おう」
「……私は、部屋に戻る……」
「……はい。カミーラ様」
そう言ってカミーラは含み笑いを続けながらこの場から立ち去る。七星はそれに追随していったが、未だに時折笑うカミーラに内心、困惑しているのだろう。少し挙動がおかしかった。
なんかカミーラの印象、昔と変わったな――と思ったが最初に会話した時もあんな風に笑ってたな。案外変わらないのかもしれない。
残されたバトルノートはそれを見て、何を思ったか不思議そうに首を傾げた。
「カミーラ様って案外笑い上戸なのですね。わたくし、恥ずかしながらもっと怖いお方だと思っていましたわ」
「間違ってはねぇけどな……」
多分だが、あの笑いは面白い動きをする下等生物を見つけたような反応な気がする。あいつ、馬鹿で突拍子もない事をする人間とか好きだからな……にしても笑いの沸点が低いと思う。
俺達は気を取り直して当初の予定通り目的地へと足を進めた。
次に俺達がやってきたのは魔王城から少し離れた丘。
「……この辺りでいいか」
俺は周囲を見渡し、魔物兵の気配が無い事を確認するとそこで立ち止まった。
後ろから付いてきていたバトルノートは、きょろきょろと辺りを見渡す。ここで何をするんだろうという表情を浮かべている。
そしてその疑問を素直に口に出した。
「レオンハルト様? こんな人気のない場所で一体何を――はっ!」
何かに思い当たったように息を呑む彼女。そんな彼女に俺は感心したようにふっと鼻で笑う。
「気づいたか……なら覚悟を決めてもらうぞ」
「あっ……いえ、そんな……」
彼女は何故か、俺の言葉に頬に手を当てもじもじと身体をくねらせる。俺はその反応を不可解に思い、眉を寄せる。
「……? 今更怖じ気付いたのか? こうなる覚悟はしていただろう」
「そ、それはそうなのですが……いきなり外というのは……その、レベルが高いのですわ」
……こいつは何を言ってるんだ? レベルに中も外も変わらんだろうが。レベル差があり過ぎる事を心配するのはしょうがないけどな。
「室内がよかったのか? 出来なくもないが……被害が広がるだろ? 周りに迷惑掛けたくねぇしな」
「ひ、被害!? そ、それも周りに迷惑がかかるほどとは……さすがはレオンハルト様……」
ごくり、と唾を飲み込む彼女。魔人の強さをあまりわかっていないのだろうか。本気で戦えば壁とか壊れて洒落にならない被害が出るしな。
「……そもそも普通は外だろう」
「ええっ!? 外が普通ですの!?」
「何をそんなに驚いてんだ……」
「あ、いえ……は、恥ずかしながら、あの、その、わたくし……け、経験がなくて……」
「はぁ?」
恥ずかしそうにそう告白する彼女。
え、なんだこいつ。女の子モンスターとはいえ魔物なのに戦ったことないとか嘘だろ? というか魔軍に所属してるのにな……指揮しかしたことないんだろうか。
しかし、戦うのが初めてなら確かに躊躇するだろう。俺も初めて魔物と戦った時は怖かったような憶えがある。
「あ、あの……お聞きしてもよろしいですか……?」
「? 何だ、言ってみろ」
「レオンハルト様はその……経験はどれくらいお有りになりますの……?」
「……あー……そうだな……」
中々に難しい質問だな。だがまぁ……。
俺はその質問に少し考えて、答えてやる。
「……数えたことないからわかんねぇな」
「数えきれないほどっ!?」
彼女がその言葉に戦慄したように飛び上がる。だが、すぐに興味津々といった様子で言葉を続けた。
「あ、あの、ちなみに今までどんな方と……?」
「そうだな……」
俺はその問いを受け、今までの戦いの記憶を引っ張り出す。鮮明に思い出せるのは……
「最近だとカミーラだな。あいつとやり合うのは楽しかった」
「か、カミーラ様、ですか……そのような関係でしたのね……意外ですわ」
「後は、ガルティアとか……」
「ガガガ、ガルティア様!?」
「……そこまで驚くか?」
これまでで一番大きい声量で叫ぶ彼女。そんなに意外だったんだろうか。まぁ、仲はいいから意外に見えるんだろう。
「他には……七星とメガラスとは最初に出会った時に襲われてな」
「お、襲われっ!?」
「あの時は大変だったな……今考えると笑い話でしかないが」
「……男と謎の生物に襲われ…………心中お察し致しますわ」
「? まぁな」
何故か憐れむような視線を向けられる。そこまで同情してくれなくてもいいんだがな。言った通り気にしてない。
「……じゃあ、そろそろ始めるか」
「……は、はい。わたくしも覚悟を決めますわ……」
彼女はそう言って深呼吸をして息を整えると、顔を赤らめながら俺の顔を見上げた。
「そ、その、最初は、キスからお願いいたしますわ」
「ああ、キスからだな。よし――――ん?」
あれ、何かこの状況にそぐわない単語が聞こえたような。
聞き間違いじゃなければこいつキスって言ったか?
「……お前、今なんて言った?」
「えっ……そ、そんなこと、もう一度わたくしの口から、言わせるおつもりですの? レオンハルト様のいけず……」
頬に手を当てて顔を振るバトルノート。
……こいつ、何か勘違いしてないか?
俺は確認の為に一応もう一度はっきりと口にする。
「……おまえ、俺と何をするつもりだ?」
「それは、そのー……え、エッチなこと……あっ、そういえば服は脱いだほうがよろしいですか? それともレオンハルト様手ずから……」
「……実力を試す為に戦おうと思ったんだが……」
「わ、わたくしと戦う――――えっ、戦う?」
「…………」
その言葉に呆気にとられたように聞き返してくる彼女を見て、俺は今までの会話の齟齬を悟った。
「お、お恥ずかしいところをお見せしましたわ……」
「もういい、蒸し返すな……」
俺達はお互いに誤解を解き終えると、どちらともなく息を吐いた。
それにしても周囲に誰もいない場所を選んでおいてよかったと俺は自分の行動にほっとする。こんな会話を誰かに聞かれようもんなら俺の評判が地に落ちる。
カミーラはまだしもガルティアやメガラスと――ぐっ、想像すると気持ち悪くなってきた。
精神的に傷を負い、疲労が溜まる。もう今日はやめて今度にしようかとも思ったが、せっかくここまで来たのだ。
それに面倒はさっさと終わらせるに限る。
「そんじゃ改めて試験の説明するけどな」
「はい! お願いいたしますわ!」
彼女の方も気持ちを切り替えて元気よく返事をしてくる。この切り替えの速さは見習いたいところだな。
「俺にどんな方法でもいいから攻撃を当ててみろ――以上だ」
「攻撃を当てる……傷をつける必要はないということですわね」
鋭いな。先程から思ってはいたがやはり頭の回転は速いようだ。
「ああ、それでいい。そんじゃ早速始めだ」
俺は手で音を鳴らして開始の合図とすると、早速突っ込んできた。
「先手必勝ですわ!」
懐から指揮棒を取り出して俺にむかって振り下ろしてくるバトルノート。
――そんじゃちょっと遊んでやるか。
「でや――っ!」
「…………」
「あうっ! くっ、まだまだ……!」
攻撃を絶えず繰り出してくるバトルノートを見切っては躱し、時には転がし、ひたすらに捌き続ける。もう一時間は経っただろうか。時間制限を付けとけばよかったかと今更思い直す。
だがいくら攻撃してこようと俺には当たらないだろう。ただの女の子モンスターであり戦闘はそこまで得意じゃないバトルノートと魔人である俺とじゃ実力は天と地ほどの差がある。
通常のバトルノートより実力はあると息巻いていたが、俺にはいまいち違いが分からない。普通のバトルノートの戦闘を見たことがないっていうのも理由の一つだが、実力が離れすぎるのが大きな理由だな。
俺はこのままでは無理かもな、と思いながら声を掛ける。
「……まだ諦めないか?」
「嫌ですわ! まだ続けます!」
「……そうか」
「くっ!」
そう言って攻撃を仕掛けてきた彼女をもう一度こかしてやる。でもまぁ、時間制限を付けなかったのは俺が悪いし、気が済むまで付き合ってやるか。
「はぁ……はぁ……っ!」
三時間後。
未だに試しは続いていた。
既に息も絶え絶えな様子の彼女に、俺は何度目かわからない降参を促す。
「そろそろ終わりにしないか?」
「い、嫌ですわ……!」
「……はぁ」
未だに強い視線でそれを拒否してくる。どうやら諦める気はさらさらないらしい。これじゃ予定してたテストも出来そうにないな。これを最後に回せば良かったか。しかし、夜の間に出かけるのは避けたかったしな。
……もうすぐ日没か。
俺は軽い気持ちで空を見上げて、少し後悔していた。
五時間後。
夕日が俺達のいる丘を照らして長い影を作る。
俺がバトルノートに課した試験は――未だに続いていた。
「……はぁ……うぐ……」
「…………」
何度も俺に地面にこかされ、いなされた結果、服はボロボロに汚れ、身体には汗が張り付いている。呼吸を整えて何とか立ち上がるもその攻撃に最初の方の勢いは既に無く、もはや俺でなくても躱すのは容易なほど。
直接攻撃を加えた訳ではないので外傷はないだろうが、それでも疲労で満身創痍の筈。
しかし、その目は未だ強い意思を持ち続けていた。
俺はそれを見て、埒が明かないなと声をかける。
「……随分と持ったな。それだけ動けるなら確かに悪くないかもな」
「……お褒めに、預かり……光栄ですわ」
まだ口が利けるのも大したものだ。根性は人一倍強いのかもしれない。
ゆえに、俺はある一つの提案をしてやる。
「もうじき日が落ちて視界も悪くなる。お前のその体力に免じて降参してもそれだけで落とすことはしねぇ――だから、諦めろ」
それに元々、土台無理な条件ではある。俺はもう何十年かはこういった決闘で傷を負ったことがない。最後に俺に傷をつけたのはカミーラとガルティアなどの魔人のみ。それ以外からの傷は一切ないのだ。
だから、逃げ道を作ってやる。こいつの根性は大したもんだ。もう半分合格したようなものだし、ここで潰れてしまっても困る。
――しかし彼女は、
「お断り、ですわ……!」
またしてもそれを、断固として断った。その瞳には強い意思が根強く残っている。
その時、俺は初めてこいつに本当の意味で興味を持つ。
こいつの中に一定の何かがあるように見えたからだ。
「……どうしてだ?」
俺はその疑問を淡々と口にする。
「別に諦めても使徒になれない訳じゃねぇ。なのに何故そこまで意地になるんだ?」
「それだと……認められませんわ……」
彼女はその質問に、言葉を途切れさせながらもしっかりと俺に向けて答えをぶつける。
「諦めたら……レオンハルト、様に……認められません、から」
「……それが使徒になるのと何の関係がある?」
「大有りです……!」
そうやって息も絶え絶えになりながら彼女はそれを口にした。
「……レオンハルト様に、認められたからこそ……認められたいからこそ……わたくしは、あなたの使徒になろうと思ったんですわ」
――数年前。
とある陣地に怒声が響き渡った。
「なんてことをしてくれる貴様!」
「……ごめんなさい」
大きな身体を震わせて怒りを露わにするのは一体の魔物将軍。彼は目の前で縮こまるようにして謝る一体のコマンダーに、なおも大声で怒鳴りつけた。
「我々の作戦を無視して独断専行しおって! 一歩間違えれば失敗していたのかもしれんのだぞ! 貴様は私の首を飛ばす気か!?」
「ごめんなさい……」
「謝って済むと思ったら大間違いだ! くそっ、冷や冷やさせおって……」
魔物将軍はぶつぶつと呟き、怒りを少しだけ収めるとコマンダーをじろりと睨みつける。
「しばらく謹慎を命じる! 精々頭を冷やすんだな!」
「は、はい。申し訳ございませんわ……」
「ふん……次はないぞ」
そうして注意を告げると魔物将軍はその場から離れた。
コマンダーだけがその場に残ると彼女は、他の兵が出撃していく中一人、陣に残って待機する。
――魔軍に属する女の子モンスター、コマンダーである彼女は自分の考える作戦に絶対の自信を持っていた。
それは多かれ少なかれ、自身の戦術眼を誇るバトルノートやコマンダーにはよくある考えではある。
しかし、彼女の場合、その考えの殆どが攻撃に傾倒していた。
ゆえに撤退や消極的な作戦行動を好まず、自分で考えた攻勢に出る策を考えてそれを実行した。
そういった才があることは確かだった。ゆえにそれがなまじ上手くいってしまう。
だが軍隊にとって命令違反は重罪。それをしてしまえば組織は立ち行かなくなる。成功すればいいという問題でもないのだ。
今回も、彼女の部隊は密集陣形のまま敵の攻撃を食い止める役目だった。しかし少しでも敵に打撃を与えようと一度引いてから攻勢に参加した。
戦果はそれなりにあった。だが、それは決して許されることではない。彼女が抜けた穴から敵の一部が侵入し、本陣まで突破されたのだ。彼女は魔物将軍にこっぴどく叱られた。
彼女はテントの陰で座り込みながら、表情をしかめる。
――面白くない、楽しくない、つまらない。
彼女は常に心に鬱憤を抱えていた。
彼女はコマンダーとしてもかなり浮いた存在だった。才能はバトルノートに最も近い。しかし彼女はそれだけの才能を持っていた為か、生来の性格ゆえか言葉を選ばずに意見を述べる――いってしまえば少し図々しい性格だった。
それは周りのコマンダーや上位種のバトルノート、魔物隊長や魔物将軍相手でも変わらない。少しでもこっちの方がいいと考えればそれを強く推す。
だが、そんな態度が癪に障るのであろう。一定の実力は評価されながらも彼女は冷遇された。それが彼女のプライドをいたく傷つけた。
何故、自分より劣った者に冷遇されなければならないのだ。周りよりよっぽど自分のほうが実力も上、実績もある。なのに何故認められないのか。
その理由はわかっていた。どうすればいいかもわかる。だが、それは自分を曲げることになる。それは許容できない。
だからこの寂しさはなくならない。これは自分を貫き通すなら一生ついて回るものなのだ。
故に、諦めた――そんな時だ。
「――お前、こんなとこで何やってんだ?」
「――っ!」
背後から突然、声を掛けられて振り向き――その相手を見て悲鳴を上げそうになった。それもその筈、相手は魔軍に所属する者なら誰もが知っている者。
魔人レオンハルト。
魔人四天王の一角にして魔軍参謀を務める魔人。今回の攻略部隊の司令官でもある存在だった。
どうやら彼は本陣に残っていたらしい、そして偶然、コマンダーの姿を見かけて何となく声を掛けた。
「一人でこんなとこで隠れて……いや、いいんだけどな」
「いいんですか……?」
部隊から離れている自分を見て注意されるのかと思ったが、何故か許される。そしてそれが意外で素の返答を返してしまった。
それが彼にとっても意外だったのか、一瞬目を丸くして驚かれる。しまった、失礼だっただろうか。
「……ま、いいんじゃねぇか? 少なくとも俺に何か言う権利は――」
「……あるような……」
「……あるけどな。だが目くじらを立てることでもねぇだろ。今日は機嫌が良いんだ」
そういって彼は思い出したように口端を上げた。
「……何か良いことでもあったのですか?」
それが気になって何気なく問いを投げかける。地位が圧倒的に低い自分の質問にも彼は素直に答えた。
「いや、さっきの戦いでどっかの部隊が戦列を離れたらしいんだが……」
「!」
心臓がドキリと跳ねる。おそらく自分が指揮していた部隊だ。
まさかその事を注意されるのか。この魔人はそれをわかっていて話しかけに来たのか。ひょっとして自分は処分されるのか――。
そんな心配は彼の楽しそうな声色で直ぐに覆された。
「そっから入ってきた敵が向こうの指揮官でよ。こっちまでやってきたおかげで結構楽しめた上に、指揮官がいなくなったから戦況が大分優勢になってな」
「え……」
「それでこうやって後は部下に任せてゆっくり出来てるっつう訳だ」
「…………」
まさかの話だった。
偶然にも自分がやった事で戦いが有利になっていたとは、それでこの方はこれだけ喜んでいるらしい。偶然とはいえ随分と運が良い。
少しだけ救われたような気持ちになった。というか命令違反や本陣に敵が来るのを喜んだり、やはりこの方は戦うのが好きなのだろうか。噂はよく聞こえてくるものの、魔軍参謀を務めているくらいなのだからもっと厳格な方だと思っていた。
だがしかし、彼は魔人だ。自分の好きなように行動しても咎められることのない立場。それでいて周りから畏怖される。正直羨ましく思う。
「……レオンハルト様は悩みとかありますか?」
ふと、そんな疑問が口に出た。魔人にも自分と同じ様な悩みがあるのだろうか。あるなら聞いてみたい。
彼は特に考える素振りも見せずにそれに即答した。
「そういう事聞いてくるって事は悩みでもあんのか?」
「えっ」
思わぬ反撃を喰らい、言葉に詰まる。よっぽど落ち込んでいる様に見えるのだろうか。
「何かあるなら言ってみな。……言わなくてもいいが」
「…………」
そして更に言葉を重ねられる。
自分は彼の言葉に、少しだけ迷い――ややあってそれを口にした。
「その、周りに認められるにはどうしたらいいでしょうか……?」
「なんだ、認められたいのか?」
「…………」
当然だ。自分の働きを認められるというのは集団行動をするコマンダーとして生きがいにも等しい。それが自分の本分であるなら尚更。そこを否定されたら存在価値がない。
しかし彼はそんな事を知ってか知らずか、
「そう言うって事は認められないように感じてるんだろうが……ま、少なくとも俺は認めてるぜ」
「……え?」
思わず間の抜けた声を上げてしまう。そして同時に表情には疑問の色が浮かんでいるだろう、それを見たのか彼が続ける。
「お前みたいな優秀な部下に俺は助けられてるからな……さっきの独断専行した部隊を指揮してたのお前だろ?」
「っ!?」
「その反応だとやっぱそうか。ま、深くは聞かねぇけどよ、お前のおかげで助かった。独断専行はちょっと困るが……」
彼はこちらの反応でそれを当ててみせる。やはり報告が行っていたのだろう。魔物将軍が謹慎させてることを告げたのかもしれない。
それを知った上でお礼を言ってくる目の前の魔人。彼はこちらを見て苦笑した。
「お前は優秀みたいだし、同じ失敗は繰り返さないだろ?」
「えっ! あっ、それは勿論……」
その言葉にしどろもどろになって答える。同じ失敗はないが、似たような失敗はあるとはとてもではないがいえない。
「俺はお前みたいな実力があって向上心がある奴が好きだしな。そういう奴は大いに認めてるぜ」
「…………」
「ま、あと助言をくれてやるとするなら優秀な奴ってのは多かれ少なかれ周囲から叩かれる。それは残酷だがよくあることだ。全員から好かれる事は難しい。だから――」
彼は一度、言葉を区切って一言。
「――自分を認めてくれる大切な存在を、一人でもいいから作れ」
「――――」
「そうそう上手くいくかはわかんねぇけどな。自分から行動するだけじゃなくて巡り合わせが悪いと出来ねぇし」
自分が言葉を呑む中、そう言いながら彼は立ち上がる。
「そういう存在が一個でもあると全然変わってくるぜ。なにせ芯が出来る――と、言いたいことはそれだけだ」
言いたいことは全て言ったと、彼は立ち去っていった。
後に残されたのは自分一人。
彼の言葉を一人反復する。
「――自分を認めてくれる大切な存在」
言葉にするとそれはありきたりな綺麗事。
しかしその言葉は、確かな熱を持って自分の中で留まり続けた。
――故に、彼女は諦めない。
諦めたら、認められなければ――彼女はそれを手に入れることが出来ないから。
彼女の願いはたった一つ。
自分が認めた大切な存在に、自分の事を認めさせること。
そのために彼女は今までの自分を一新する勢いで自分を高め続けた。あの時言われた綺麗事を信じて。
故に彼女が立ち上がるのだ。彼に本当の意味で認められるために。
「わたくしは……情けなんかじゃなく……本気でわたくしのことを認めさせてみせますわ……!」
「…………」
レオンハルトは意思を持って立ち上がる彼女を見て、言葉にできない何かを感じ取る。
がむしゃらにそれを掴み取ろうとする強い思い。自分などよりよっぽど心の強さを感じる。
「本気で認めさせる……か」
レオンハルトは思う。かつての人間時代。そして今まで。
――自分はここまで何かを得ようと本気になったことがあっただろうか。
自分は与えられた側の存在だ。今でもそう思っている。もし巡り合わせが少しでも悪ければ、自分は今ここにはいないだろう。必死に戦ったことはあるかもしれない。しかしそれは既に持っているものを守るために戦っただけに過ぎない。
レオンハルトはそれ故に、彼女の事が眩しく見えた。
……最後に本気になったのっていつだったっけな。
なまじ強くなって、欲しいものをそれなりに手に入れた自分はひょっとすればこれから先も本気を出すことはないかもしれない。
だが、こいつがいれば――
レオンハルトはそれを思い、彼女に声をかけてみることにした。
「……お前は、俺に忠誠を誓えるか?」
「……誓えますわ」
一度既に行った質問、故に彼女にとってそれは愚問であった。
「もし、俺が死んで魔血魂になったらどうする?」
「レオンハルト様を、復活させる為に最善を尽くしますわ……!」
彼女にとってその問いは全て愚問でしかない。
「もし、俺が魔軍を裏切って人間についたらどうする?」
「レオンハルト様についていきますわ……!」
彼女は既に誰と共に行くかを決めているから。
道は既に決まっている。彼女の瞳にはそう物語っていた。
レオンハルトはその覚悟を確かに受け取った。
「――なら、認めさせてみろ」
「――!」
レオンハルトは魔剣オル=フェイルを背中から引き抜くと、それを水平に構えた。
「次の攻防でほんの一瞬だけ、本気を出してやる。一応即死させないように気をつけるが――」
そしてレオンハルトは何年か何十年か振りに自身の全力を引き出す。
魔人としての絶対的な存在感とオーラ、剣気が目に見えるほどに周囲に浮かび上がる。構えを取ることすら久しぶりだ。
強者ではない。しかし本気を出すに値する存在であると認める。
「――うっかり死ぬんじゃねぇぞ」
「望むところですわ……!」
既に満身創痍で疲労困憊。相手は魔人の中でも上位の実力者である魔人四天王。勝ち目は限りなくゼロ。しかし勝負を逃げることはしない。
彼女は目の前の相手に認められるため。
レオンハルトはその彼女の覚悟に応えるため。
最後の試しが行われた。
「――!」
レオンハルトに向かって先に突撃してくる。その速度は魔人に比べたら止まって見えるほど遅い。
しかし油断はしない。本気を出すと決めたのだからその一挙手一投足を見逃さないように集中する。
そしてレオンハルトの視覚が彼女の行動を捉えた。
右手に持った指揮棒を振り下ろす――その中心部から何かが飛び出てくる。
――仕込み針か!
目に見えない程の極小の針がレオンハルトに向かって飛んでくる。受けたところでダメージは皆無。しかし攻撃を当てることが勝利条件であるのならそれは問題ない。
レオンハルトはそれを目で見て上半身を撚ることで回避する。
そして指揮棒が振り下ろされるが――レオンハルトは間合いに入った彼女を、
「――――」
「――ぁ――」
容赦なく剣で振り抜いた。
即死しないように傷は浅く、腹に向かって魔剣で斬り裂く。
同時に血飛沫が飛び散る。
――こんなもんか。
レオンハルトが彼女に視線を向ける。
それはどういった感情なのかわからない。落胆なのか称賛なのか。
だがそんなレオンハルトとは対照的に、彼女の瞳は――死んでいなかった。
彼女は袖の中に仕込んだ最後の策を作動させる。
それは彼女のスカートの中から地面に向かって落ちた。レオンハルトはその物体を何とか判別する。それは、
……ぷちハニーか。
それは大量の爆発物質が詰まった危険物。
衝撃を受けるとその瞬間、膨張して爆発する。
「――――!」
その瞬間、二人は強烈な爆発に巻き込まれた。
夕日が照らす丘の上で煙が立ち込める。
少しずつ煙が晴れる中、そこにいたのは、
「――げほっ……あー、煙い」
彼女を抱きかかえているレオンハルトだ。煙をまともに吸った所為か咳を零している。
そんな彼を見て、コマンダーは、
「――わたくしの、勝ち、ですわね」
「……ああ、そうだな」
腕の中でそう勝ち誇った。
レオンハルトの服は確かに煙と爆風で薄汚れており、確かに攻撃が当たっていた。
あの爆発の中、彼女を助ける為にレオンハルトは咄嗟に彼女を抱きかかえて、その場から飛び退いた。
しかし爆風を完全に躱しきることが出来ずに攻撃を喰らってしまっていたのだ。
そんな無茶苦茶な方法にレオンハルトは呆れるしかない。
「というかお前、普段からあんなの持ち歩いてて危なくねぇか?」
「ご心配なく……有事の際だけですわ」
そう言って彼女は不敵に笑う。
「わたくしにとっては今日が最大の有事でしたから……」
「……はっ、そうかよ――それじゃ早速済ませちまうか」
思わず同じ様に笑ってしまうレオンハルト。しかし彼女は腹を掻っ捌かれて大惨事どころじゃないので早速と言わんばかりに言葉を続けた。
「まどろっこしいのはなしだ――覚悟はいいな?」
「ええ、とっくに」
レオンハルトの真剣な表情での問いに彼女が答えた。
そして、レオンハルトは彼女の首に自らの口を近づけた。
――血の契約。
レオンハルトの血が彼女の中に与えられる。
同時に彼女の身体が光り輝き、その身体を再生、構築していく。
その光が収まった瞬間、そこに立っていたのは――
「――――これが、新しいわたし……」
服装は黒を基調にしたものから半分ほど蒼を基調とした服に変わっている。
髪はレオンハルトと同じ金髪、そして髪を黒い髪飾りで左右に結んでいる――所謂ツインテール。
身体的成長はほんの少し、顔つきはより快活な印象。
「あー、結構変わったな」
レオンハルトが関心したように自らの使徒になった彼女の容姿を眺める。金髪なのは自分の影響だろうかと考えてしまう。
「それじゃ……後は名前でも決めるか?」
「! 是非! 是非お願いします! レオンハルト様! わたしに名前をください!」
「落ち着け。というかお前、若干口調が変わってないか?」
「大丈夫です! おそらく以前の口調に一時的に戻っているだけですわよ! 早くお願いします!」
「口調が全然安定してねぇな……しかし、名前か」
彼女が興奮したように目を輝かせる姿を見て、レオンハルトは思案する。
約一分ほど、彼女に期待した顔で熱い視線を受けていたレオンハルトはやがて決心したように名前を告げた。
お前の名前は――――
活動報告に人間時代のレオンハルトのプロフィールを追加致しました。
お手すきでしたらご覧ください
追記
ちょっと使徒の名前はほぼ同じ名前のキャラがいたのを忘れてたのでちょっともう一回考えます。