※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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GL期、勇者の冒険のはじまりはじまりー。
といった感じで本編どうぞ


勇者アキラ

 人類圏も含めて、全てが魔物界となった大陸。

 各地に人間牧場が建てられ、到るところを魔物が闊歩する世界では、人間の安息の場所は限りなく少なかった。

 殆どの人間が人間牧場で捕らえられる中、森や山の中に、身を隠すようにして点在する人間の住処がある。

 魔物達が言うところの野良人間が住むその場所は、町と言えるほどの規模のものはなく、村の様な規模のものが殆どだった。

 しかもそれらも、魔物に見つかっては直ぐに襲われて遊び半分に蹂躙されてしまうため、夜は明かりを消し、気配を消すような芸当が要求されてしまい、朝日とともに命あることに感謝する暗黒時代となっていた。

 だがそんな中でも、人間達のセーフエリア。謂わば安全地帯ともいえる場所が、ほんの僅かだが存在する。

 その一つが、とある山の中。山道から外れた谷のような場所にあった。

 国狩りの際、魔王には勝てないとして逃げることを選択したとある冒険者ギルドの長の素早い判断により、冒険者達が建てた、町とも施設ともいえるその場所は、まだまだ人に知られていないながらも、何とか隠れ住むことの出来る人間達の生息地だった。

 何とか逃げ延びることの出来た人間達は、安堵し、何とか平穏を保ちながらも、外の状況を聞くと絶望しそうになる。人間が生きていけるとは言うものの、魔物が闊歩する大陸では、下手に外に出て、何かをするわけにもいかない。

 しかし人間が生きるには食料なども当然必要であるのだ。

 畑を作って自給自足を行うことにも、限界はある。外に出て、食料や資源を取ってくるなどしなければ、生きることも難しい。

 なので冒険者は外に出て魔物を討伐する者だけではなく、食料を採取しに行く者も多く存在した。

 食料が多くあるような場所は、今や魔物も多く生息するため、戦えない人間では食料を取ることすら難しい。

 結果的に各地では人間の食糧事情が困窮しているが、それでもこの場所はマシな方であった。

 国狩りから何とか逃げ延びてきたという商会の協力もあり、そして冒険者も多く存在するこの場所では、そこに住む人間も何とか明るい顔で生活することが出来ている。

 だがやはり、平穏がいつまでも守られる保障はない。

 人間がこうなった根本の原因である魔王を倒さなくては、平和は訪れないのだと、

 

「……そろそろ行かないとな……」

 

 とある黒髪の少年は、町の裏手にある墓地で、一つの墓を前にして呟いた。

 その墓は少年の――いや、ここに住む全ての人間の恩人である男の墓だ。

 この隠れ里を建てた冒険者ギルドのリーダーで、年老いてなお、誰よりも強い眼をし、現役の冒険者にすら勝る剣の腕を持った強いリーダー。

 彼の言葉を思い出し――アキラは己の旅立ちの日を迎える。

 

『魔王は、勇者にしか倒せません』

 

 それは、アキラがここのリーダーである老人に聞いた質問の答えだ。

 人間を苦しめる魔王を、倒す方法はないのかと、その問いの答えとして、彼は神妙な顔をしながらそう答えたのだ。

 勇者、という存在に対して詳しく聞こうとしたところ、その老人は深く、長く考えた末に、“明日、またここに来なさい”と言ってくれた。その時に、勇者について教えると。

 しかしその翌日――老人は息を引き取っていた。

 もう既にかなりの歳だった老人は、寿命によって息を引き取り、数多くの人に惜しまれながら死んでいったのだ。

 結局、勇者について教えてもらえることは叶わなかったが、老人の死によって落ち込むアキラの元に、しばらくして一人の少年が現れたのだ。

 

『勇者になってみませんか?』

 

 コーラと名乗ったその少年は、勇者の従者であるという。

 アキラは、驚愕して狼狽えてしまう自分を必死に制しながら、質問した。――勇者になれば、魔王を倒せるのかと。

 その問いに、コーラは笑顔で答えた。

 

 ――倒せますよ、と。

 

 事実、勇者はかつて、魔王と互角の戦いを繰り広げ、魔王の寿命が縮むほどの大ダメージを与えたという。しかもそれを成した勇者は、アキラの恩人で、無理を言って師匠になってもらった老人、その人なのだと。

 そう告げられたアキラは、どこか運命のようなものを感じた。

 全てに合点がいった。何故師匠が、勇者について知っていたのか。それは師匠がかつての勇者だったからなのだ。

 魔王と対になり、人間を救うための存在である勇者。それにならないかと言われたアキラは、一晩悩んだ末に、勇者になることを決めた。

 勇者の剣であるというエスクードソードを渡され、晴れて勇者となったアキラは、とうとう旅立ちの時を迎える。

 

「師匠……今度は俺が、魔王を倒してみせるよ」

 

 魔王退治にあと一歩のところで失敗したという師匠の墓前に、アキラは決意に満ちた表情で告げる。

 

「師匠はいつも言ってたもんな。自分の信じる正義を成せって」

 

 かなり頑固なところがあり、一度言ったことは曲げないくせの強い爺さんだったが、そんなところもアキラは尊敬していた。

 だからアキラも心に決めるのだ。

 

「苦しんでる人が、世界にはいっぱいいるし……柄じゃないかもだが……ちょっとは良くしたいからな」

 

 師匠ほどお人好しではないが、そんな自分でも困ってる人を助けたいとは思う。

 勇者になることで少しでも人々を救えるのならば、

 

「俺、勇者として魔王を倒すから……そこで見ててくれよ」

 

 墓前の前で誓う。師匠の跡をついで、勇者になって魔王を倒すと、

 

「――それじゃあ、行ってくるからな」

 

 と、アキラは墓前から離れ、待たせていたコーラと合流すると、隠れ里を出て、魔王を倒すための旅を始めた。

 

 

 

 

 ――GL12年。

 

 人類が魔物に敗北してから約10年の月日が流れた。

 人間牧場という地獄は徐々に日常と化していき、少しずつ過去の文明は忘れ去られていく。

 しかしまだ人々は過去の平和だった日々を憶えているが故に、今の境遇、魔物から受ける酷い仕打ちに絶望と悲嘆に満ちた声を上げるのだ。

 未だそのギャップについていけず、狂ってしまう人間もまだまだ多い。

 だがこれが後百年も続けば、平和だった過去の時代、文明は忘れ去られ、人々は今の家畜のような扱いに疑問を持たなくなってしまうだろう。

 だからこそ、まだ人々が狂気に染まっておらず、立ち直れる者が多いであろう今のうちに、魔王を倒し、人間の平和を勝ち取らなければならない。

 そう決意し、勇者アキラは魔王を倒すため、魔物が支配する世界に旅立った。

 全ては人間を救うため。己の身に宿る勇者の力を信じて。

 

 ――だが、

 

「くくく、はははははっ! どうした? 私を、魔王を倒すのではなかったのか!?」

 

「っ――あっ……ああああぁあぁぁあああああああああッ!!」

 

 ――ある人間牧場。

 

 多くの人間、魔物が目にするその場所で、魔王ジルは3回目となる死を、少年に与えた。

 激痛に悲鳴を上げながら、そして死を実感して悶え苦しみながら、魔王に手も足も出ずに地面をのたうちまわる少年。

 

 ――その少年は、勇者アキラであった。

 

「こ、んな……はずじゃ……!」

 

 殺されても死ぬことが出来ずに蘇る勇者の特性を実感しながら、アキラは血に濡れた表情で声を振り絞る。

 勇者として身体を鍛え、強くなったつもりでいた。

 邪悪な魔王を倒し、人間を救うつもりで、救えるつもりでいた。

 ――だが甘かった。

 アキラは、ある人間牧場に魔王がいるという情報を掴み、勇者としての期限が切れる最後の年に、魔王ジルに襲撃を掛けた。

 しかし、勇者の剣は魔王ジルには届かなかった。

 それどころかその傍らに控える――鋭い目をした魔人にすら敵わない。

 戦闘にすらならない。先程から、アキラは嬲られ続けていた。

 地面をのたうち回る勇者の醜態。それを見て、ジルは自分の策が成功したことを口端を歪めながら喜ぶ。

 

「勇者の力とはこの程度か? もっと愉しませてみろ――ほら」

 

 と、ジルは地面に倒れたアキラに向かって魔力の杭を、その腕と足に突き刺す。

 

「ぐがあああああああああああッ!!」

 

 腕と足に杭が刺さり、再び絶叫するアキラ。このままでは死ぬ、と察知したのか、勇者の特性が発動する。

 地割れ。絶体絶命の勇者を逃がそうと、神の作った幸運がアキラを救おうとする。

 

「――どこへ行く気だ?」

 

「っ、あがぁぁっ……!?」

 

 だが裂ける地面に落ちる前に、ジルはその長く綺麗な髪を操って伸ばしてアキラを捕まえてみせた。

 そのまま強く締め付けて、アキラが瞠目して痛みに悶える中、ジルは鼻を鳴らすと、

 

「ふん、勇者の幸運とやらもこの程度か。見切りの力とやらも大したことない……くく、勇者とやらも、こうなってしまえば死なないだけの人間に過ぎんな」

 

「……そのようで」

 

 ジルの言葉に、傍らにいたレオンハルトが粛々と同意する。

 その鋭く、ただの人間であればそれだけで突き殺せるような赤い視線は、勇者アキラを捉えており、どこかつまらない、落胆したようなものと、僅かに同情するような感情の色が混在していた。

 そしてそんなレオンハルトの視線は4回目の彼の死を見届け、しかしまだ痛めつけようとしているジルに促されてそちらを向く。

 

「だがこれはこれで面白い……レオンハルト。お前も少し痛めつけてみろ。中々に愉しいぞ?」

 

「……分かりました。それでは――」

 

 と、レオンハルトはジルの命令に従おうと、近くにいた魔物兵から適当な得物――槍を借りると、鋭利に尖った先端を無造作にアキラの腹に突き刺した。

 

「アアあぁああああああ!? あっ、あが、ぐ、あ……!」

 

「……これでよいですか?」

 

 全く面白いとも思っていない普段通りの表情で、投げやり気味にレオンハルトは槍でアキラの肉体の中を掻き回す。命令には従ってみせる、という態度が見え見えではあったが、それを別段咎めることもなく、それどころか笑みを深めて、勇者に五度目の死を与えたレオンハルトに、ジルは頷く。

 

「くくく……ああ、面白い見世物だな。幾ら痛めつけても死なないとは……嗜好品としては悪くない。これをしばらく飼うのも悪くないな」

 

 幾ら痛めつけても悲鳴が聞ける勇者という玩具に、ジルは夢中な様子だった。策が成ったという喜びもあるのだろうが、

 

「……このまま持ち帰るおつもりで?」

 

「駄目か? この状態なら危険でも何でもないとは思うが」

 

 レオンハルトは逆に問いかけられ、少し思考する。

 勇者の特性。その力の源である魔王を倒せるようになるスイッチを無効化してみせる策こそが――人間牧場なのだ。

 勇者の力は、地上にある魂の数で決まる。

 人間が30%死ねば、魔人を倒せるように。半分も死ねば、魔王をも倒せるようになる。

 そのことを魔王ナイチサから教えられたジルは、人間を苦しめることと、勇者対策を両立するため、人間牧場という形式を取ることにしたのだ。

 勇者の力は厄介なもので、余計なリスクを負わないためにも対策は必須。それでいて、生き地獄を味わわせるために、人口調整をして勇者の力を解放させないようにしたのだ。

 勇者という一片の希望すら、魔王ジルは与えない。人間に与えるのは絶望と地獄のみ。それが魔王ジルのやり方だ。

 そしてその勇者という人間を、実際にすり潰すように嬲り、殺している現状は、地上でジルの悪行を止められるものが、いなくなったことを意味する。

 それを事実と認識しながらも、レオンハルトは思考し、魔人筆頭として発言した。勇者を飼うことは、

 

「……城内に僅かでも、危険の種を飼うことは魔人筆頭として賛同しかねますが」

 

「ほう? 私の身を心配するのか? 可愛いことを言うやつだ」

 

「魔人として当然のことです。それに――」

 

 と、機嫌のいいジルに対して、もっと合理的な理由を口にした。

 

「魔人が四六時中見張っているならともかく、牢屋などに入れていても、幸運でいつ逃げてしまうかしれないものですし……そして何より、勇者には期限があります。おそらくは後一年もしないうちに勇者ではなくなるでしょうし、そうなってしまえば、後は普通の人間と変わらぬかと」

 

「……ああ、そういえばそうだったな。全く、脆い玩具だ。使えん」

 

 レオンハルトが淡々と指摘してみせると、思い出したかのようにジルが目を細め、つまらなそうに呟く。

 耐久性は高くても、消費期限はそこまで長くないのが勇者なのだ。捕まえ続けておくのも面倒なので、愉しむならこの場のみだと。

 その結論に達したジルは、再びアキラを嬲り、6度目の死を与えた。

 するともはやアキラはうわ言のように、

 

「や、め……やめ、て、ください……なんでも、します、から……」

 

 と、魔王に向かって命乞いを行った。

 何でもするから、と、もはや剣も持たずに彼女の足元に這いつくばる。

 それを見下したジルは、またもやつまらなさそうに冷たい表情で言葉を口にする。

 

「堕ちるのが早いな。たかだか6回死んだくらいで……」

 

「――そうですね」

 

 それについては素直に同意しつつ、レオンハルトもアキラを見下す。

 この程度の意志でジルに挑もうとするなど、力があるなし以前の問題だと。

 かつての勇者なら例え力が及ばずとも、みっともなく命乞いをすることはないだろう。どれだけ苦しめられても目に光を宿して、抵抗を続けたはずだ。

 数百回以上殺されても、決して諦めなかったあの勇者であれば、ジルの前でも変わらぬ意志の強さと輝きを見せてくれただろうし、レオンハルトを愉しませることが出来たかもしれない。

 それを知っているからこそ、魔王を倒せる勇者であろうが、この程度の精神力では何も成せない、とレオンハルトは落胆してみせる。

 もっとも、アキラの精神力は常人よりは上といったところであったが、その程度で人を救う――魔王を倒すなど話にならないし、己の期待にも応えられない。

 そしてジルも、命乞いを始めたアキラを見て軽く息をつきつつも、これはこれで遊べるか、と、己の髪の上に腰掛けて頬杖を突きつつ、アキラを見下し、

 

「ならそうだな……足でも舐めて忠誠でも誓って貰おうか」

 

「っ……は、はい……」

 

 アキラは全身の痛みに息をはぁはぁと乱しながら、ジルの足元に近づいていく。

 ジルは足を組んで黒く紋様の入った右脚を差し出していた。その蠱惑的ともいえる曲線美の先に近づき、舌を伸ばす。

 だがそこでジルは、己の足に向かって伸ばされたアキラの舌に、魔力の棘を突き刺してみせた。

 

「っっっ!? ~~~っっっ!!!」

 

「本当にやろうとするとはな。やはりもう堕ちたか。勇者と言えども愚かな人間であることには変わらないらしいな……」

 

 それとも、色香に目でも眩ませたか? と、ジルは地面で舌を押さえて声にならない声を上げながら悶えるアキラを見下す。

 その凍え死ぬような冷えた視線に、アキラは全身をゾッとさせながらも、最後の力を振り絞って逃げようとした。

 だがその瞬間――アキラの両足は斬り飛ばされた。

 

「――っ……っっっ!!」

 

「さて、では次はどうやって殺すか……心臓を直接握りつぶしてみるか」

 

 と、ジルはその黒い手でアキラを掴み、右腕で無理矢理アキラの胸を開いて肉と骨を露出させ、その中にある心臓を握りつぶしてみせた。

 しかしそれでも、アキラは生き返ってしまう。もはやどういう原理で生きているのか分からない状態でも、勇者は死なないのだ。

 

「これで7回目だが……さて、まだ耐えられるか? 次はゆっくりと嬲り殺してやろう……」

 

 と、生き返ったアキラに対し、ジルは再び、魔法などを用いてアキラを嬲り始める。

 そこからはまるで実験の様だった。じっくりと魔法の炎で火炙りにしながら、魔法の杭で死ににくい場所だけを串刺しにしながら、ジルはアキラの悲鳴を聞き続ける。

 周囲でそれを遠巻きに見ていた人間達は、あれだけ強そうな人間ですら、やはり敵わないのだと心に深い絶望を芽生えさせていた。

 逆に魔物は、魔王様がいれば魔物の世は安泰だと、魔王を末恐ろしく思いながらも心の内で静かに喜ぶ。

 そして皆に見守られながらゆっくりと嬲られ、じわじわと8回目の死を迎えた時――とうとうアキラの心は壊れた。

 

「…………」

 

「――ん、反応が無くなったな。遂に壊れたか」

 

 ジルが特に感慨もなくこともなげに言う。

 事実、アキラは心に深い絶望を植え付けられ、もはや全ての行動を諦めていた。

 普通であれば一度の死や、それに近い苦痛を与えられるだけでも、心には耐え難い傷として残る。通常それは死ぬことで救われるのだが――勇者は死ぬことが出来ない。

 故にアキラは、8度となる苦痛と死を与えられ、絶望を深めた結果、魂を徐々に“汚染”させ、遂には“汚染人間”となってしまったのだ。

 反応のなくなったアキラから、負のオーラが漏れ出てくる。

 近くにいるだけで陰鬱としそうなものではあったが、魔王や魔人の前では特に影響を及ぼすこともなく、ジルはしばらくアキラに反応がないかをあの手この手で確かめ続けた。

 最終的に、殆ど人の形をしただけの肉塊のような有様になったところで、ジルは血に濡れた右手の指先を舌でペロリと舐め取ると、

 

「ふむ……もういいか。つまらんし、もう動けもしないだろう。――帰るぞ、レオンハルト」

 

「……はっ、畏まりました」

 

 と、実験を終えた研究者の様に、勇者への興味を無くしたジルがその場を去ろうとしたところでようやく勇者の幸運は実を結び、地割れが肉塊を引き込んでいった。

 未だに助けようとしているその様が面白かったのか、ジルは僅かにくつくつと笑うと、

 

「くく……掃除が楽でいいな、勇者は。また現れたら遊んでやるとしよう」

 

「……牧場が上手く機能し続ける限り、勇者はあの様に力を発揮できないでしょうし、これでジル様の治世は盤石となりましたね」

 

「ほう? お前がそういうことを言うのは珍しいな。ノスにでも影響されたか?」

 

「いえ、そういうわけでは。単純に事実を申し上げているだけです」

 

 あいつに影響されるとか冗談じゃないな、と、内心で同僚の忠誠心を吐き捨てていると、ジルは再び機嫌が良さそうに口元を弓形に吊り上げた。

 

「そうか。なら、帰ったらまた褒美をやろう。今度は何が欲しい?」

 

 そんな風に褒美を問われるが、これの答えは一つしかない。

 レオンハルトはげんなりしながらも、それを表には出さずに一応は答える。多少違うことを言っても機嫌を損ねることはないだろうと今までの経験から、

 

「……では、適当な宝でも……」

 

「ほう、宝か。上げたいのは山々だが……くく、生憎とお前に相応しい宝は切らしていてな。別のモノにしろ」

 

 ニヤニヤとしながらジルが再度考慮するように言う。だから再び、

 

「……なら、高価な酒など……」

 

「酒か。悪いがそれも切らしてる。くく……それより、もっと欲しいものがあるだろう? 遠慮せずに言ってみろ」

 

 こちらの顔を見上げながらジルは促してくる。宝も酒も幾らでもあることを、レオンハルトは知っているし、ジルも知っているはずだが、それでも一つの言葉を言わせたいのだろう。

 レオンハルトは出かかった深いため息を飲み込み、代わりに別の言葉を吐き出す。それはジルが欲しがっているであろう言葉だ。

 

「……では、ジル様を頂けたらなと……」

 

「……くくく……! そうかそうか……まあ、お前程働き者の部下の頼みならしょうがない。私が一肌脱いでやろう……」

 

 ――全裸のお前が言うな。脱ぐものないだろうが、と、本来の意味だとしたら的はずれなツッコミだが、実は的を射ているツッコミを内心で行う。

 しかしそれを言うことは叶わず、露骨に口元をニヤけさせてこちらを責めるように見るジルの言葉を受ける。

 

「そんなに私の身体を味わいたいなら、褒美でなくともいつでも言うがいい……くっ、くくくく……!」

 

「……身に余るお言葉。光栄に存じます」

 

 ――全部お前が言わせたんだろうが……このセクハラ魔王め……。

 と、男上司にセクハラされる女性の気持ちが微妙に分かってしまい、レオンハルトは表で恭しくお礼を言いながらも、憂鬱な思いを感じて頭を抱えた。




残念! 勇者の冒険はここで終わってしまった!
次回からはビリビリチンピラ野郎です。どんどん暗黒時代になっていきます
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