※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

235 / 411
2話分くらい詰めた。前回の続きということで、どうぞ


レオンハルト直営人間牧場2

 選別を終えた人間達は翌日直ぐにそれぞれの場所に向かう。

 その大半、おおよそ9割の人間は“C級“と“B級”であり、選別を終えた子供達は魔物兵に連れられてその場所へと向かう。

 まず、C級に選ばれた者達。

 レオンハルト牧場の人間においても、5割から6割ほどの人間がこのC級に属している。

 そんなC級人間の生活は――他の牧場と大差のない生活であった。

 

「ひぎっ、あぐっ……!」

 

「うぐ……うぶッ……」

 

「あ゛ー、あ゛ー……」

 

「そろそろ交配の時間だなぁ……げほっ、げほっ」

 

「へへへ、ぐぶっ……そうだな……おれ、あの雌とやりたいなぁ……」

 

 牧場の半分を占める敷地内の草むら、厩舎の中では、C級の人間達が魔物達に拷問や虐待、暴行を受けていた。

 選別試験に於いてのC級に選ばれた彼らは――つまるところ、“価値なし“と判断された最下級の人間達だ。

 知能、身体能力、一芸、そのどれもに目立った成績を残せなかった役立たず達である。

 最低限でも勉強や運動を行えば少しでも上にいけたかもしれないのに、努力を怠った者達。

 皆平等に機会はあったというのに、それを行わなかった負け組の彼らは毎日魔物達に苦しめられ、無理矢理交配させられて数を増やす、正に家畜のような扱いをうける。

 他の牧場の様に、人うしなども健在であり、時折、同じ人間達によって苦しめられていた。

 だが彼らは、誰一人としてそれを苦しいとは感じても、疑問を抱くことはない。

 彼らにとってはこれが日常であると同時に、人間として、ごく当たり前のことであるからだ。

 人間は魔物を楽しませ、奉仕して生きる種族である。

 魔物に飼育して貰わなければ、人間は生きることが出来ない。

 だから魔物から暴力を受けたり、犯されたり、というのは当たり前の事であり特に疑問を持つべきことではないのだ。

 そもそも、誰もが子供の頃からその事実を知っているはずなのだ。

 魔物に暴力や暴行を受けるのは至極当然の事であり、どれだけ駄目な人間であっても、それを行ってさえいれば、生きることが保障されると、誰もが教育を受けている。

 だから彼らは努力せずにC級であったとしても、生きていられることを魔物に感謝して喜ぶし、なんなら幸せそうでもあった。

 ボロい布切れのような服ではあるが衣服があり、魔物達によって外の危険から守ってもらえ、厩舎や気持ちいい草むらで睡眠を取ることが出来る。

 一日二回の餌やりの時間を楽しみにし、交配の時間となれば雄は誰もが股間を隆起させてまるで動物の様に好きな雌に襲いかかる。一人の雌を取り合って喧嘩になることもあるが、管理している魔物兵に叩かれてちゃんと全員が交配を行い、子供を作ることを義務付けられる。

 子供が出来た雌などは、子供と一緒に過ごせて幸せそうであったし、特に何の疑問も抱いていない様子であった。

 余談だが、赤ん坊が出来た人間の雌は、5歳になるまでその子供を育てないといけないため、魔物兵による虐待や暴行からある程度免れることが出来る。

 やり過ぎるなどして親が死んでしまえば、その赤子の面倒を見る手間が掛かるため、魔物兵も手心を加えなければならないのだ。

 そしてこのC級の人間達が集められている一帯は、一般の魔物や、休日の魔物兵のために一般開放されており、好きに人間達を虐めたり、その生活を眺めたりすることが出来る長閑な場所なのだ。

 逆にB級などは一般開放をされておらず、その役割は決まっている。

 C級農場から少し離れた場所にあるB級人間が集められる施設では、人間達が魔物の指示を受けながら働いていた。

 

「急げ急げー! 工期が送れたらどうなっても知らんからな!」

 

「はい……! 頑張ります……!」

 

「こらそこ! 今はまだ休憩時間ではない! 働け!」

 

「す、すみません! 頑張りますのでお許しを!」

 

「慰安婦は今の時間の内に身体を清めることを許可する!」

 

「! ありがとうございます……!」

 

 彼ら、B級の人間達は、謂わば“奴隷”であった。

 魔物の生活のために強制労働を課され、一部の女達は魔物兵の相手をする慰安婦、性奴隷として生活している。

 家畜扱いのC級よりは扱いはマシといった程度であり、見込みありと判断された彼らは、大人になってからも選別を受けることが出来る。

 その係によって様々だが、C級の家畜の餌を作っている者達の中からは、料理の腕を上げてA級に上がる者も数少ないながら存在するし、特に身体能力が高い者達は、もっと分かりやすい進級方法が存在する。

 それが――“コロシアム”であった。

 

「おお、今日もいっぱいだなぁ」

 

「まあ選別が終わってすぐの日だからな。新しい闘士も出るだろうし、今日は特に多いだろうな」

 

 と、声に出してやり取りを行うのは、二体の魔物兵。

 彼らはコロシアムを管理当番となったレオンハルト軍の魔物兵であり、円形となった高い建物の中から、大勢の魔物達でごった返している外を見て感嘆の声を上げていた。

 とはいえ、入場が始まったのでぼーっとしている暇はない。魔物兵達は闘士の人間達が集められている牢屋に向かい、彼らに一人ずつ、調教師が声を掛けた。

 

「最初はお前の番だ! 支度をしろ!」

 

「へい。畏まりました」

 

「今日は大一番だからな! 気合入れろよ!」

 

「うす、頑張ります!」

 

「今日はチャンピオンとの試合も予定している! その前座として、まずは――」

 

 闘士達が集まるコロシアムの地下では、魔物兵や魔物隊長、魔物将軍が人間達に向かって今日の試合予定の者達を発表する。

 そこにいる人間達は誰もが鍛えられた肉体を持つ男達や、無駄のない引き締まった肉体をした女達だ。

 誰もが得物である武器を持たされ、試合前の最終確認を行っている。

 そんな彼らは、身体能力試験で見込みありと判断されたB級、もしくは合格してA級になったが、コロシアムで負けてしまい、B級に落ちた者達だ。

 彼らはこのコロシアムで、観覧に来た魔物達を愉しませるために、生死をかけた試合に臨むのだ。

 地下の階段からコロシアムの舞台へと上がると、徐々に満員の観客席から歓声が浴びせられ、実況の声が高らかに鳴り響く。

 

『さあ今日も、神聖なるコロシアムが開演致しました! 実況はわたくし、あの特殊部隊、エアフォースワンの隊長であり、女の子モンスター、コンテの突然変異体であるファントムちゃんが! そして解説は――なんと! あの紅魔城警備隊の総隊長であり、特殊部隊、ブラックティーガーの隊長でもある、イカ伯爵様にお越しいただいております!!』

 

『ふふふ、この私が、あのイカ伯爵だ。よろしく頼む』

 

『はい! この方があのイカ伯爵様です! 何が“あの”なのか分かりませんがよろしくお願いします!』

 

 ランタンを持ってふよふよと浮いている黒衣の幽霊、ファントムと、イカマンの突然変異体であり、スリムなイカ怪人のような見た目をしたイカ伯爵。豪華な実況、解説の登場に会場の熱が目に見えて上昇していく。始まりが近いことを誰もが悟っているのだ。

 

『さて、今日は選別が終わり最初のコロシアムということで、活きが良いニューフェイスが揃っているとお聞きしておりますが、今日はどのような散りざまを見せてくれるのかー!?』

 

『散るとは決まってはいないが、私も楽しみだ』

 

『ツッコミ、ありがとうございます! イカ伯爵様の言う通り! 散るとは決まってはおりませんが、それを楽しみにしているコロシアムのファンも多いことでしょう! というわけで長ったらしいお喋りは抜きにして、早速最初の試合に移りたいと思います! まずは――A級闘士である二匹の対戦だぁーーー!! 選手、にゅうじょーーーう!!』

 

 わああああ、と観客席から魔物の熱狂的な声がコロシアムの中を反響する。

 そしてコロシアムの地下に続く入場門から、選手が現れ――なかった。

 

『……おや? 選手が入場してきませんね? 何かあ――はい?』

 

 不意に、コロシアムの実況解説席に魔物兵が走って飛び込んでいき、何かを耳打ちする。実況のファントムがふむふむ、とそれを聞いて頷くと、

 

『……どうやらトラブルのようです! 会場の皆様は、しばしの間、お待ち下さい! その間、私達のフリートークで場を温めておきましょう! というわけで結局お喋りすることになりました、イカ伯爵様!』

 

『ふむ、たまにはこういうこともあろう。闘士は血の気が多いと聞いているからな』

 

 と、告げたところで会場にいる魔物兵達は疑問符を頭に浮かべ、少しざわついたが、しばしの間、二者の会話を聞いて試合の始まりを待つことにした。

 

 ――その頃、コロシアムの地下では、

 

「急げ! こっちが出口だ!」

 

「はぁ、はぁ……なんとか撒けたな……!」

 

「後はこのまま……!」

 

 と、息を乱して走るのは、コロシアムの闘士であり、目玉でもあるA級闘士も含めた3人の人間。

 男二人と女一人。誰もが自分の得物であるその刃に血を滴らせ、コロシアムの外に向かって走り抜けようとしていた。

 彼らが行っているのは――脱走。

 A級闘士である男から真実を教えられた二人は、その当人と一緒に、脱走を企てたのだ。

 コロシアムの試合の時に、武器を渡されるその時を狙った犯行。

 連中は、あまりこちらが逆らってくることを考えていないのか、調教師達も油断しており、何とか討ち倒して逃げることが出来た。

 3人は誰もが数年前に身体能力試験でB級やA級に選ばれ、闘士として生活し、コロシアムで鍛えられた腕利きの戦士である。

 強さには自信があり、その腕前は並の魔物を容易に凌ぐほどになっていた。

 だからこそ、3人は追手が居なくなり、出口が見えた時点で、半ば脱走が成功したと確信する。

 後は外に出ていくだけ。

 そんな時に、声は掛けられた。

 

「――止まれ」

 

「ッ……!」

 

「! 嘘、あれは……!」

 

「くっ、お前は……!」

 

 と、3人の顔が険しく歪みを見せる。

 コロシアムの出入り口。その直前に立ち塞がるように立っていたのは、赤い軍服を来た眼帯の中年。

 右手に赤い本、彼らも知る剣王伝を手に持ちながら、濃い魔の気配を漂わせるこの牧場でも切っての大物。

 その名はリー。

 魔人レオンハルトの使徒である男が、険しい視線を3人の人間に向けていた。

 その圧力に3人は気圧されたように一度、立ち止まると、彼の続く言葉を聞いた。

 

「……今すぐ回れ右をし、檻の中に戻って罰を受けろ。これは――“命令“である」

 

 リーの渋く冷えた言葉に、3人の表情が反抗的に歪む。憤ったように、

 

「っ、何が命令だ……!」

 

「そうよ! 人間は、あんたたち魔物の奴隷なんかじゃない!」

 

「俺達はあんた達の指図は受けない。自由に生きるんだ……!」

 

 と、3人は想いをぶつけるように剣や槍、弓を構えて戦闘態勢を取る。

 だがリーは、それを聞いても目を僅かに細めるだけで、

 

「……もう一度告げる。今すぐ檻の中に戻り、罰を受けるなら、その罪は許される。貴様らはレオンハルト様の所有物であり、そのような勝手な行動は許されていない。身の程を弁えろ」

 

「そんなことは望んでいない! 俺達は、自由を掴み取る! ――行くぞ!」

 

「ええ!」

 

「ああ!」

 

 3人がとうとう武器を構え、リーに向かって襲いかかっていく。

 最初に肉薄したのは、槍を持った男だ。

 B級の中でも上位に位置し、A級も間近と言われた闘士の槍が、寸分違わぬ正確さで、リーの額に向かって振るわれる。人間はおろか、並の魔物ではそれを防ぐことは不可能だろう。

 ――だが、

 

「――え?」

 

 槍の男は、気づけば声を漏らしていた。

 何が起こったか理解出来ないといった様な、揺れた瞳は、己の胸に突き刺さったリーの拳に向いており、そこから血が流れていることを確認し――断末魔の一つを上げること無く、そのまま絶命した。

 

「――お前達の言い分は、よく理解した」

 

 と、それを成した張本人であるリーは、男の身体から左手を抜きながら言う。

 一瞬の拳撃で、男の身体を貫通させた左手は、その白い手袋が血で真っ赤に染まってしまっている。

 

「嘘、だろ……?」

 

「そんな……!?」

 

 残った二人は、呆然として顔を青褪めさせ、そこでようやく、自分達と対峙している相手の力量を感じ取る。

 ――レベルが違う。

 それは文字通りの意味でもあった。

 使徒リー。魔人の使徒である者の強さを、彼らは知らなかった。

 そして人間を一撃で絶命させたリーは、既に命の灯を消した男には目もくれず、残った二人を見て最後の言葉を紡ぐ。かつかつと、音を立てながら歩いて、二人に近づきながら、

 

「レオンハルト様の所有物を辞め、なおかつ脱走し、人間の世界で生きる――つまりは、自由に生きたいと言うのだろう。ならば、そうするがいい」

 

 と、リーは怒気と殺気が入り混じった闘気を立ち昇らせながら、二人にその許可を出した。

 人の世界で自由に生きることの意味を教えてやる、と、

 

「これより、魔物として貴様らを襲わせてもらう。レオンハルト様の所有物ではないと主張するなら、もう命の保障はしなくてよいからな」

 

「う……あ……」

 

「っ……う、うああああああ!!」

 

 その絶望の宣告に、女は目に涙を浮かべて戦意を喪失させ、男は絶叫しながら剣を振りかぶると、リーに向かって斬りかかっていく。

 人間牧場で生きる人間は、誰もが生かされている。

 それは魔王ジルの命令でもあり、レオンハルトの命令でもあるのだ。

 リーはそんな慈悲深い主が与えた命の保障を、自ら捨てるという人間達に、激しい怒りを抱いた。

 人間を活かし、生かす――主が定めた救いともいえる道の恩恵を受けておきながら、それを“いらない“と拒否するなど、あり得ないことだ。

 それは“殺してくれ”と、“今すぐ死にたい”と、自殺宣言をしている風に、リーは解釈した。

 

「頭も悪ければ力も弱い。その上、我らが主の心を理解せず、それを拒否するなど――万死に値する」

 

「っ、ぁ……――」

 

 リーの蹴りが襲いかかってきた男の首に炸裂し、胴体と永遠に別れを告げる。

 使徒の中でも上位に位置するリーのパワーは、人間の身体を容易く粉砕することが出来る。

 男の顔面が風船のように破裂する瞬間を間近で見た女は、もはや地面にへたり込み、股間に黄色い染みを作ってしまう。

 それを見てリーは、僅かに眉を顰めると、

 

「……最後の最後まで、レオンハルト様の物を汚すつもりか……やはり救えん。――己の罪深さを自覚しながら死ぬことだ」

 

「ひっ、あ……た、たすけ……」

 

 しかし、女の助けを求める掠れた声は誰にも届かず、リーという死神が徐々に近づいてくることで応えられた。

 もはや死を待つだけとなった人間の女。

 だが不意に、その声は響いた。

 

「――なーに、やってますの! リーさん!」

 

「うぶっ!?」

 

 バシィィィン! と、突如としてリーの背中を打ち付ける音がその場に鳴り響く。

 同時に聞こえた声は女性のもの。それを行った女性のものだ。

 金髪ツインテールで青い軍服を来た少女は、リーの背後に腕を組んで立っており、不意打ちを受けたリーは背中に痛みを感じながらゆっくりと振り返る。

 

「きゃ、キャロル様? 一体何を……? 私は、自殺志願をした人間の始末を――」

 

「どうもこうもありませんわ! 脱走を企てた人間が、複数いますのよね!?」

 

「は、は……それはそうですが……」

 

「なら、尋問して他に漏らしていないか吐かせなくてはなりませんわ! だから、全員殺してはいけませんのよ!」

 

「! それは――」

 

 リーはそこで、身体に電流が走ったような衝撃を受ける。

 レオンハルトの使徒であり、同じく脱走したという報告を受けてやってきたキャロルの言葉は、彼にとって正論であったのだ。

 

「怒るのは理解出来ますが、怒りに我を忘れて目的を忘れてはなりませんのよ!」

 

「……! はっ! 申し訳ありませんでしたキャロル様! 私は、今しがたとんでもないミスを犯すところでありました……止めてくれたこと、感謝申し上げます」

 

「ふふん、分かればいいのですわ! ちゃんと一人は生き残っているようですし、さっそく行きますわよ!」

 

「はっ!」

 

「……えっ、きゃああああ!?」

 

 リーが敬礼をするのを待たずに、キャロルは先に行動を起こし、戸惑っていた人間の女性の足を掴んでそのまま歩き始めた。

 

「お仕事は正確に! ですが、何事も臨機応変に、ですわ。先輩であるわたくしの言葉をちゃんと聞いて、レオンハルト様に尽くすのですわ!」

 

「はっ、今一度、心に刻みつけておきます。今回の件について、レオンハルト様に謝罪を行わねば……」

 

「それは良いことだと思いますの! レオンハルト様はお優しいので、そこまで怒ることはないと思いますが、わたくし達がそれに甘えてはいけませんのよ!」

 

「は、正にその通りであるかと」

 

「いやっ、やめ、痛っ、離して……!」

 

 有無を言わさずに女性を引きずって運んでいくキャロルは、女性の声に反応することもなく、先輩として、リーに使徒としての心得を教えている。

 リーもそれに慇懃に頷いており、お互いに主に対しての忠誠心と、人間への容赦の無さが窺えるが、全く気にしていないというわけでもないようで、

 

「っと、さっきから片方の足が当たって邪魔ですわ」

 

 と、キャロルは徐ろに、持っている足とは反対の足が邪魔だと感じて一度立ち止まると、足を振り上げて、

 

「いぎっ――ぎゃあああああああ!?」

 

「ふぅ、これで歩くのに邪魔にはなりませんわー」

 

 と、何事も無かったように再び歩き始める。

 邪魔だった人間の女性の足。その片方の足を踏み潰して、無理矢理引き千切ったのだ。

 そして片方の足をまるで道具が何かを持つように無造作に手に取ると、女の悲鳴を意に介さずリーを連れて目的地へと向かっていく。

 しかし道中、やはりその悲鳴がうるさいのか、背後を見ながらリーに向かって、

 

「むー、うるさいですわ」

 

「仕方がないかと。それとも、どうにか致しますか?」

 

「っ……! あ、ぐ……うぐぅ……!」

 

「あれ? でも静かになりましたわ」

 

「……痛みに慣れたのでは?」

 

「……? まあとにかく、良いことには違いありませんわ。行きますわよ」

 

「はっ」

 

 と、リーはキャロルの、人間の声がうるさいという疑問に答えたが、その答えは違っていた。

 足を潰した張本人であるキャロルに、うるさい、と言われ、次は喉を潰されると想像した人間が、自主的に声を上げることを我慢し始めたのだ。

 しかし、尋問を行って他に真実を知った者がいないか自白させるためにも、喉を潰すわけにはいかない。だからそれはあり得ないことなのだが、キャロルが言うように静かになったのならそれに越したこともなく、真実を告げる必要もないので、リーは痛みに耐える人間を尻目にそのままキャロルの背についていった。

 

 

 

 

 

 B級。そして一部のA級の人間達が生活するコロシアムからまた離れた場所。

 僅か10名にも満たないA級に選ばれた人間達は、コロシアムに連れて行かれる者を除いて、全員がレオンハルトシティへと辿り着いていた。

 だが彼らは街の表通りではなく、紅魔城の裏手、ゲートの様な場所で仕切られた街の外れのような街に向かうと、引率した魔物将軍の言葉を受けた。

 

「A級のお前達には、今日からこの“人間街”へ住んでもらい、魔物のために、それぞれ栄誉ある専門職に就いてもらう!」

 

「……! はい!」

 

 そこで掛けられた魔物将軍の言葉に、A級に選ばれた人間達はそこで自分達が、数多くの人間達の中から選ばれ、栄誉ある地位に就けたことを喜び、魔物への感謝を胸に抱く。

 その“人間街”は、彼らが知る牧場の光景とは違い、まるで夢の様な街だった。

 ここに来るまでに目の当たりにしたレオンハルトシティの街並みも凄かったが、人間街も彼らにとっては充分に綺麗な街だった。

 小規模な街ではあるが、舗装された道路があり、各種施設や噴水が設置され、公園なども存在する夢の様な街。

 仕事で出向いている人間を除いたそこに住む人間達は、どうやら休日を満喫しているようで、浴場やレストランなどの施設を利用したり、公園で子供を遊ばせたりと長閑な時間を過ごしていた。

 牧場の中の世界しか知らなかった彼らにとっては、正に夢のような街だった。

 あるいは、外の人間が見ても夢のような街だと思ったかもしれない。

 それくらい、人間街に住む人間達の姿は、かつて人類の文明が残っていた頃よりも変わらない――いや、それよりも上等な生活を送っていたからだ。

 違うのは、彼らの思想や中身くらいであり、人間が平和に暮らしているというのは変わらない。

 だが、それを享受出来るのも彼らが優秀だからだ。

 彼らは選ばれた。

 毎日の様に努力を続けて、その才能を開花させた選ばれた人間達。

 彼らはこの街を治める魔人によって恵まれた生活と安全を保障され、その才能を魔物のために活かすこととなる。

 料理や建築といった技術職、知能が高い者であれば人間牧場で教師として働く者がおり、一人の例外もなく、彼らは己の才能を活かす場所を与えられる。

 家を与えられ、職を与えられ、家庭を持つことだって認められる、人間の理想郷。

 そこが“人間街”であった。

 街の中は魔物隊長に率いられた一部隊が警備のために巡回しているが、その中心にいるのは通常の魔物ではなかった。

 長い黒髪と長耳、額に赤いクリスタルを持つスラッとした体格の美女は、魔物将軍と、それに引率された人間の子供達に気づいて声を掛ける。

 その人間達を見て少し目を細めると、

 

「……今回はこれだけ?」

 

「はっ、申し訳ありません、ハンティ様。今回の選別は、基準を満たす者が少なく……」

 

「……あっ、いや、ごめん。別に責めてるわけじゃなくてさ……うん、まあ気にしないで」

 

「……? は、畏まりました」

 

 女性の言葉に魔物将軍が疑問符を頭に浮かべながらも、特に気にせずに頷くことにする。

 そして女性の方は、子供達の前に向き直り、それらの顔を一通り眺めた後に、複雑そうな表情で溜息を吐いた後、しかし何かを切り替えるように笑顔を浮かべて、

 

「――ようこそ、でいいかな? ここは“人間街”。そしてあたしは、ここの管理人で街の警備担当でもあるハンティ。よろしくね?」

 

「……っ! あ、貴方様が……!」

 

「す、凄い……本物の使徒、ハンティ様だ……」

 

「綺麗な人……!」

 

 子供達は、やはり、と、その名を聞いて目を輝かせ、あるいは畏れ多いとばかりに身体を震わせる。

 魔人レオンハルトの使徒であるハンティの名を、知らない者はこの場にはいない。日々の授業でも習うことだし、知能試験にだって必ず出てくる。

 魔物ですら自分達よりも上位の存在であるというのに、使徒。それも試験などでも姿を見せないハンティの姿に、誰もが感嘆の吐息を漏らす。

 そしてハンティの方は、その毎度お馴染みの反応を受けて、やはり複雑そうな苦笑を浮かべた。

 

「あはは……とりあえず、街の案内をするからついてきてくれる?」

 

「は、はい! 畏まりました、ハンティ様!」

 

「畏まらなくてもいいんだけどね……それじゃあまあ、まずはこっち」

 

 と、ハンティは魔物将軍と一緒に新しい人間達が住むための家に案内し、街のルールなども一緒に説明する。

 許可なく人間街から出てはいけない。結婚したい場合は役所に届け出ること。子供は一人まで。それ以上生まれた場合は、牧場で育てることになる、など、様々なルールを一度に教えられるが、ここにいるのは才能豊かな子供達ばかりであり、その持ち前の頭脳でそれらを問題なく記憶していく。

 そうしてルールの説明が終わり、それぞれが住む場所を教えられると、次にどこで働くことになるかを直接言い渡される。

 料理人が多く、その他の技術職が次に多い。残りは人間牧場の先生など、進路が示されるが、そこで直ぐにその職を任されるわけではなく、来たばかりの彼らは実地研修としてその場所でしばらく学ぶことになる。

 実際に働いて、経験を蓄えなければ分からないことも多いため、先に働いている先達に直接教えてもらうのだ。

 そこで躓けばその職をクビになることもあり得るが、才能と努力を示した彼らが今更そこで躓くことはほぼあり得ないことであり、一度A級に選ばれてからB級に落ちる者など、殆どいなかった。

 禁忌とも言われるルールを破ったり、運悪くとあるイベントに選ばれたりすれば、その限りではないが、

 

「…………」

 

 ハンティは、明るい表情でこれからのことに希望を持った子供達や、幸せそうな街の人間達を見て、思う。

 ――せめて、彼らだけでも、無事に生きてほしい、と。

 C級やB級に選別された多くの人間達を想い、ハンティはそれらの想いを息と一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 そして特A級に選ばれた少女――イヴは先生や魔物将軍の後について、ただ一人、別の場所に連れて行かれていた。

 両端に警備の魔物兵が並ぶ真っ白な廊下を歩きながら、徐々に牧場の中心へと向かっていくが、彼女の知識の中に於いても、この先は未知数であった。

 しかし名称としては知っている。この先に続く場所の名は、

 ……この先は管理棟ですね。

 魔人レオンハルト直営の人間牧場。それらについての知識は一通り頭に入っている。

 この牧場は円形になっていて、その中で三つのブロックに分かれて人間を管理している。

 東側にあるのが、C級の人間達を集めるエリア――家畜が集められた牧場施設。

 西側にあるのが、B級エリア。強制労働を強いる収容施設。

 そして今しがたやってきた南側にあるのが、選別前の子供達を洗脳、教育し、管理するための施設だ。

 この三つのエリアはそれぞれ別のシステムで運営されているが、この人間を選別するやり方も、全体としてみれば一つのシステムで成り立っている。

 才能ある人間や、優秀な人間だけを抽出し、魔物の下で忠実に働かせるためにこの選別システムは運用されているのだ。

 このシステムが中々の効率性を誇り効果があることは、実際にこれまで教育を受けてきて、周囲の子供達を見てよく理解しているし、とっくに実証済みであるのだろう。

 実際、周囲で天才、優秀と評価された子供達も、物心ついた時からの洗脳教育によって特に疑問を持つこと無く育っている。

 先生ですら同じ様な匂いを漂わせているのだから、優秀な大人であってもその洗脳教育の効果からは抜け出せていない。

 自分の様な特殊な能力でもなければそれを見抜くことは不可能であろうし、見抜いたとしても発狂するのが関の山。焦って脱走など企てる者がいれば、その人間は秘密裏に消されてしまう。

 魔物にとって都合のいい人間だけを生かすこのシステムは、もはや悪辣というより、舌を巻くほどに秀逸なものであり、少女も思わず感心してしまう。

 だが、ただ感心してるだけではいられない。

 ここから先は、先程説明した三つのブロックの中心。魔物達や管理官達が詰めていると言われる“中央管理棟”だ。

 他のブロックもそうだが、通常、選別以外の理由で他のブロックに移動することは出来ず、ここに住む人間達は子供時代を過ごした“エリアD”とも呼ばれるその場所と、自分達が住まう場所以外は知ることがない。

 知識だけはあるイヴですら見たこともないし、管理棟ともなると知識の上でも未知数だ。

 おそらくは、魔法ビジョンを映している部屋や、魔物達が使用する施設などがあるのだろう。それも徐々に理解し始めてきたが、まだ全容は掴めない。

 だが、それを知っている者に長い間近づいておくか、触れでもすれば大体は分かる。

 故にその時は近いだろう。知ってどうなるわけでもないが、これからのことを考えれば知識を身に着けておくに越したことはない。

 だからこそ、その時をじっと待つ。

 そうして、管理棟に入ってしばらく。

 遂にその中枢ともいえる部屋に、イヴは入室した。

 だがそこには、

 ……至って普通の部屋ですね……。

 その部屋はかなり広めの部屋であり、警備の魔物兵らが立ち並んではいたが、一見他の部屋と変わらない普通の部屋。

 人間は、自分以外だと先生達くらいしかおらず、大物も、魔物将軍や魔物隊長がいるのみ。

 ……てっきり、使徒か、それ以上が待ち構えていると思いましたが。

 特A級に選ばれればそれに近づくことの出来る道が開かれるはずだが、それを通達するに相応しい人物といえば、それらの者達だ。

 事務的にただ伝えることもあり得るが、それだけ重要なことを、末端からただ伝えるというのも味気ないし、権力者というのはそういった式典染みた辞令を大切にするものだ。

 目上の者から通達されることにも意味があり、それが下級使徒ともなれば尚更顔を合わせた方が良いはず。

 だから誰かしらがそれを通達するものかと思ったが、その気配はなく、更には先生や魔物将軍が話し始める気配もない。

 ただ一言だけ告げたのは、

 

「しばし待て。もうすぐ、ここの責任者が来られる」

 

「……はい。分かりました」

 

 やはり、という思いを強くする。

 ここの責任者、という単語から想像出来るものは、やはり先程挙げた大物のことだ。

 その中で誰が代理としてやってくるかは分からないが、それでもそれなりに近しいものがやってくるはずだ。

 魔物将軍の、“来られる”という何気ない言葉遣いも、それを示唆している。

 そして、その時は不意に訪れた。

 奥の扉が開き、ゆっくりとした歩調で現れたのは、

 

「……お待たせ致しました」

 

「はっ、とんでもありません。態々ご足労頂き、ありがとうございます」

 

 魔物将軍や魔物隊長、周囲の魔物兵や、先生達が一礼を行う。

 しかしその相手の姿は、

 ……子供?

 と、イヴは心を跳ねさせる。

 己もまだ子供で、華奢な方だと自覚しているが、それよりも小さく華奢な少女がそこにはいた。

 真っ白い髪と、白い肌。白と赤の、JAPAN風の巫女装束の様なものを身につけた可愛らしい少女だ。

 まさか彼女が魔人であったり、使徒であったりするのかと一瞬思ったが、それにしては魔物特有の気配がしない。

 ただの人間の子供に見えるが、彼女の両目が部屋に入室した時からずっと閉じられていることと、その手に刀を握っていなければ、普通の子供ではないかと疑っていただろう。

 しかしその子供は、魔物将軍に敬語を使われていることから、それよりも高い地位にいることが分かる。

 ならば、とその地位の予想を頭の中で打ち立てた時、子供はこちらの5メートル程手前まで来たところで口を開いた。

 

「こんにちは。貴方が、数年振りの特A級ですね。私は、白兎。ここの責任者の名代としてやってきました」

 

「……ご丁寧にありがとうございます。私はイヴと申します」

 

 白兎と名乗る相手の立場が遥か上であることを理解し、イヴは丁寧に、そしてにこやかな笑みを浮かべて優雅に挨拶してみせる。

 対する相手は冷ややかな様子で、こちらに顔を向けているが、瞳を開くことはないため、見ているのかどうか分からない。

 しかし彼女は、こちらの顔を正確に見上げて声を飛ばした。

 

「イヴさんですね。ふむ、確かに、聡明そうな顔つき、そして雰囲気を感じますね」

 

「それはありがとうございます。ですが……気分を害したら申し訳ありませんが、目を閉じたままではお分かりにならないのでは?」

 

 と、半ば確信に至りながらも敢えて聞いてみせると、やはりと言うべきか、白兎は淡々と気にしていない様に答えた。

 

「ええ、見えませんよ。貴方の予想通りです。目に先天性疾患を患ってまして、生まれつき目が見えません」

 

「! それは……不躾な質問をして、申し訳ありませんでした」

 

 と、イヴは謝ってみせるが、心の中で思う。――こちらの予想を見透かしてきたのか、と。

 だが相手は何も気にしていない様で、

 

「構いません。生活に不自由はありませんので。それよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

「? なんのこと……――っ!?」

 

 イヴはその問いにしらばっくれようとしたところで、それを感じてその場から離脱するように後ろに飛び退いた。

 周囲が何が起こったかと、訝しげな目を向けたところで、白兎と名乗る少女は先程までと変わらない様相でそれを指摘する。

 

「……ふむ。どうやら、人の感情や……もしくは考えていることが分かる様ですね。私の“斬る”という想いに反応したようですし」

 

「っ……ふふ、いえ、単に殺気を感じたに過ぎませんよ」

 

 しかしそれは嘘だ。本当は、彼女が言うように、人の感情や思考をある程度読むことが出来る特殊な能力を持っている。

 イヴにとって、周囲の感情は匂いのようなものであり、近づけば近づくほどその匂いは濃くなるし、触れれば相手の考えている内容が殆ど完璧に読み取れる。

 数メートルの距離なら感情と、単純な思考くらいなら読み取れるが、詳しい部分までは読み取れない。

 生まれた時から不思議と身についていたこの能力が、イヴの知識の源と言っても良いだろう。

 図書室にある知識だけで、この牧場の真実に気づくことは、絶対に不可能ではないものの、ほぼ不可能であり、運良く、配置された“それら”に気づけるかが鍵となる。

 イヴは魔物兵からそれを感じ取り、物心ついて直ぐに牧場や人間の真実を知っていた。

 そして今まで巧妙に隠して、利用してきたこの能力。それを隠そうとしたところで、しかし白兎はこちらを――見ていないが、見て、口にする。

 

「嘘ですね。先程、指摘された時に心音が強く脈打ちました。どうやら本当にそういった能力があるようです。今も、また心音が強くなっていますし」

 

「! ……白兎様は、とても耳が良いようですね?」

 

「それほどでも。視覚以外の五感は異常に優れていると自覚しているので。故に見えずとも、()()()()()()。見えすぎるほどに」

 

 と、告げた白兎は淡々とこちらを見上げてその見えているものを口にしていく。

 

「身長は149センチ。体重は37キロ。華奢ですね。もう少し太った方がいいかと思います。髪はセミロング。サラサラで綺麗だと思います。胸は小さい、Aカップ程ですか。ですが安産型の様ですし、子供を産むには苦労しなさそうです。足のサイズは――」

 

 と、白兎はイヴの身体的特徴を次々と言い当てていく。

 何も見えていないはずなのに、その全てが当たっており、イヴは僅かに驚くも、ニコリと笑顔を見せ、

 

「ふふ、白兎様は見えていないのによくそれだけの情報を当てることが出来ますね。感服致しますが、女性として個人情報を晒されるのは、少々気恥ずかしい気もします」

 

「見えていなくとも、あらゆる情報でそれらは特定出来るものですよ。声や心音が聞こえる位置や、歩いた時に聞こえた足音から察せられる歩幅、身じろぎした時に空気に触れて動く髪や、身体の凹凸も、私にははっきりと見えています」

 

 さすがに色までは理解出来かねますが、と言いつつも、彼女にははっきりと世界が感じられるようであった。

 ……異常聴覚――いえ、視覚以外の感覚に優れた盲目の剣士、ですか。

 中々にクセの強い相手だ。と、さすがに初めての相手でやりにくさを感じつつもイヴは声を送る。

 

「……人間は、五感の内、どれか一つでも失うと、その他の感覚が鋭くなるとは聞きますが……白兎様のそれは、もはや異常の領域ですね」

 

「お褒めに預かりどうも。ですが、貴方の方こそ、最初から気づいていましたし、今もさり気なく、私の間合いに入らないようにしていますね。さすがは特A級に選ばれた人間。()()()()()、鼻が高いです」

 

 先輩、という言葉に、やはりこの白兎も、特A級として選ばれた人間であることが分かる。

 だがそれならそれで疑問もある。それは、

 

「それはそれは。先輩に褒めてもらえるなんて光栄ですね。ですがここ数十年。特A級は生まれていないと聞きましたが……子供に見えて、実は結構なお年を召しているので?」

 

「うら若き女性に問うに相応しくない質問ですね。肉体的には、貴方と殆ど変わりはありませんが。実年齢の方は、差し支えさせて頂きます。……後、貴方の方が子供だと思いますが何か?」

 

 白兎が子供という言葉に若干イラッとしたのか、片頬を膨らませたのを見て、子供だな、と内心で一瞬馬鹿にしつつも、冷静な方の思考では、“どういうことだ?”と内心で疑問を作る。

 やはり使徒になるなどして不老になったのかと思い、どうにか思考が読めないか試してみるも、距離が遠くて読み取れない。

 しかし白兎は周囲からは分からないが、その手に持つ刀をいつでも抜けるようにしており、間合いに入れば斬られてもおかしくない殺気を見せている。

 これだけでとんでもない達人であることが分かる。直接戦闘では勝ち目がないだろう。

 だが、どうしたものか。特A級として何をするのかとか、聞くことがあるのだが、不思議とそのタイミングを逃してしまった。

 なので白兎が話し出すのを待っていると、魔物将軍が恐る恐ると、

 

「あ、あの……白兎様? そろそろ――」

 

「む、そうですね。お遊びもこのくらいにしておきましょう。実力差は、はっきりしましたし」

 

「…………」

 

 その言葉にイラッとしてしまったが、少なくとも戦闘面では敵わないのは事実であるために、何も言い返せない。

 そしてこれも、心音などで見抜かれてしまっているのだろうかと思うと、少し落ち着かないが、こうなるとペースを相手に握られてしまうため、努めて気を落ち着ける。

 周囲の反応を見ているだけでもこの白兎という子供が、魔物将軍からも恐れられているのが理解出来る。だからといって負ける気は微塵もないが。

 さすがなもので、イヴも相手に感情を出来るだけ伝えないように落ち着いて微笑を浮かべると、ちょうど白兎が話を始めた。

 

「こほん。では特A級に選ばれた貴方への特権を説明致しましょう。まず、貴方はこれより、しばらくこの牧場の管理官として働いてもらいます。言うなれば、教師達よりも上の立場に立つことになりますね」

 

「……それだけ、ですか?」

 

「ほう、普通であればこれだけでも名誉なことでかなり喜ばれることですし、どうやら色々と知っているようなのに動揺も見られません。やはり貴方はかなり優秀な様ですね。――そんな貴方が知りたがっている情報を、これからお教え致しましょう」

 

 と、敢えて不満を小さく零してみせたイヴに、白兎は特に怒るでもなく、淡々と告げる。その情報とは、

 

「その特異な能力や知能、才能は、ここまでのやり取りで大体理解しましたから、ほぼ合格と言っていいですが――今後、私の師にして主である彼に認められれば、貴方は晴れて私と同じ――」

 

 と、彼女は着物の裾を上げて、その紋様を見せつけた。

 

「“下級使徒”になることが出来ます。――理解しましたか?」

 

「……ええ、理解しました」

 

 下級使徒。それは、魔人の忠実なる下僕となることではあるが、魔物将軍よりも上の立場となることが出来るという、人間としては破格の大出世だ。

 一応はイヴの目標でもあるその地位に就くには、やはり特A級として選ばれることが近道だったのだろう。

 だが、その先達である白兎はこうも言う。

 

「まあもっとも、今まで生まれた特A級の中でも、下級使徒になれたのは牧場の最高傑作とまで言われた私だけですが」

 

「……なるほど。優秀なのですね?」

 

「まだまだ修行中の身ではありますが、少なくとも、コロシアムでチャンピオンになり、主様に直接剣を指導してもらい、真実に気づいた者を人知れず闇に葬れるくらいには、優秀なつもりですが」

 

 イヴが褒めると、白兎は心なしかない胸を張り、真顔だが自慢するような声の抑揚で自信満々にそれらを口にした。

 なるほど、少し弱点が分かったかもしれない、と、イヴはそれらを頭に記憶しながら、動揺することなく頷きを返していく。

 

「そうですか。では、私も頑張らねばなりませんね」

 

「貴方も、余計なことをしたりしたら私が斬り殺しますよ」

 

「それはそれは。ではそうならないように頑張らせて頂きます」

 

 そう、頑張らねばならない。

 ここで認められずに落ちるなど、全てが水の泡だ。

 だからこそ、イヴはにこやかな笑みを浮かべながらも、野望を胸にして彼女の問いに答えるのだ。

 

「やはり動じませんか。……ちなみに、その特異性以外で、特技などはありますか?」

 

 ええ、とイヴは頷く。自分が可愛く見えるように首を傾げて笑みを浮かべて、

 

「魔法が得意であること。そして――可愛いことですかね?」

 

 そう最後まで冗談めかして己を演出し、イヴは特A級としての最後の試験に望み――その結果を手にすることになった。




最近はモブとか脇役にも手を抜かない様にしてるんだけど、この辺の人間側の話は、書こうと思ったらこれで一本書けるくらいには惜しいキャラとか設定してるなって
というわけでただの牧場説明回でした。女の子二人は後々も出るかも。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。