因みに、タイトルの子のモデルは、某漫画の白髮盲目の剣士です。というわけで本編どうぞ
魔人レオンハルトの下級使徒にして、新しい特A級の人間を見極めに来た少女――白兎は、目の前にいるイヴという少女を感じて、内心で感嘆の息を作った。
……ふむ、やはり悪くないですね。
実際に会話を行った感触としては悪くないものだ。その才能はこれまでの特A級の中でも特に図抜けており、その特異性も然ることながら、真実を知っていても何も動じない精神力は見事と言う他ない。
故に、彼女ならば、と思ってしまう。どの道、彼女の特異性を考えると、隠し通し続けることは不可能なことだ。
今も、敢えていつでも“抜く”という構えを取って近づかせないようにしているが、近づかれてしまえば秘密が露見してしまうだろう。
そして、どうせバレるなら、少し試してみてもいいのではないかと思う。
だからこそ、白兎は彼女に顔を向けて告げる。見えてはいなくとも、見えている。視覚以外の異常な感覚は、常人よりも正確に周囲の世界を感じる事ができる。
今、魔物兵が後ろ手に背中を掻いたことも、扉の外にいる警備の魔物兵が欠伸をしたことも、その全てを白兎の感覚は捉えていた。ある意味で煩わしく思う時もあるが、これは物心付いた時からずっと感じていることなので慣れている。そう思いながら、白兎は正確にイヴの顔を捉えて告げた。
「――では、私の後輩になった貴方に、先輩から色々なことを教えて差し上げましょう」
「……そうですか。それはありがとうございます。何を教えてくれるのでしょうか?」
物腰柔らかに対応してくれるが、それ自体は自分を演出する手段でしかないことには気づいている。
元々そういう性格なのだろうが、どこか意味深な笑みに感じるというか、思考は常に高速で回っているのだろう。全てが緻密な計算の上で成り立っているように見えた。
だが、それを乗り越えて、目的は達成してみせる。それくらいが何だと言うのだ。
純粋な知能では、ひょっとすれば勝てないかもしれないが、こちらには経験があるし、何より強さはこちらの方が上。
それを引き合いに出すつもりはないが、それ故に相手のペースに飲まれることはない。
「特A級になった貴方の為に、この城を紹介、案内して差し上げます」
「……なるほど。それは有り難いですね。しかし、レオンハルト様には――」
「――御心配なく。許可は取り付けてありますので」
そう、許可はあるので問題ない。
特に許可は必要ないという許可がこちらにはあるのだ。
なのでこれから、先輩として城を案内してあげるのだ。
そしてその末に――
「……では、私に付いてきて下さい」
「ふふ、分かりました」
出来れば目的を達することが出来ればいいな、と、白兎は紅魔城を案内するため、その中へと足を進めた。
白兎に連れられてやってきた先は、魔物が住まう街、レオンハルトシティ。
そして彼女の急過ぎる提案で、あの魔人レオンハルトが住む紅魔城を案内すると言われたわけだが、
……一体何を考えているのでしょうか。
急に案内するとは言うが、その狙いがいまいち分からない。
自分の住む予定の人間街なる場所に連れて行かれるものと思っていたのだが、それを変更して城をただ案内する意図とは一体なんだろうか。
やはり下級使徒に内定したのだろうか。それなら別にいいのだが、それ以外の可能性だってありえる。
心を読んでみたいが、触れさせてくれないどころか距離をある程度取っているので、曖昧な感情しか読み取れない。この能力も万能ではないのだ。
だが、眼の前を行く彼女から読み取れる感情は、
……期待?
“期待”。どうやら彼女は、何かに期待しているらしい。
状況的には自分に期待しているのだろうが、何をどう期待しているのかがやはり謎だ。
もっと深く読んでみたいが、この距離だと難しいし、やるとするなら時間が掛かる。
この力を使う際に少し集中するのだが、距離やどの程度読み取るかによって難易度が変わるパズルを解いているようなものなので、近ければ近いほど、そして感情や曖昧な思考程度ならあっさり読み取れるが、遠かったり、深く読もうとしたら難易度が変わる上に頭が痛くなるので読み取るのが難しい。
対象がある程度強く想いや思念を抱いてくれれば簡単にそれが読み取れるが、そう都合よくいかないだろう。
なのでしばらくはこれに付き合うか、とイヴは覚悟を決める。
どの道断れないのだし、と背後から白兎の白い髪、僅かに揺れるツインテールを何となく見ながら城に入ると、
「――お帰りなさいませ、白兎様」
「ただいまです、メイド長さん。今日は特A級に選ばれた子を連れてきました」
「はい、イヴ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
「――ご丁寧にどうもありがとうございます」
入るなりに一礼してきたのは、メイドだった。
メイド長さん、と呼ばれたそのメイドは、優雅かつ洗練された動作で一礼。男女問わずに見惚れるような笑みを浮かべると、こちらに対しても丁寧に接してみせる。
……気配からして、女の子モンスター。そしてあの肩の紋様を見るに、下級使徒みたいですね。
先程白兎の方の紋様を見せてもらったので、それは直ぐに判別出来た。
しかしどうして名前を知っているのか、という疑問を瞬間的に抱いたが、予め通達されていたのかもしれない、とそのことについて考えることを止める。
そして、下手な行動を取らない方がいいだろう。自分の能力がバレた以上、無闇に心を読もうとすれば、疑念を抱かせてしまい、場合によっては処分もあり得ないことではない。
もし自分なら、心を覗かれる可能性のある人間など、出来れば早急に始末しておきたいところだ。
だからこそ、無害だというアピールは必要だろう。不信感を抱かれては、出世の道は閉ざされる。
故にとくに触れることなく、ニコニコと笑みを浮かべて、むしろ触れないようにする。
すると、不意に大きな気配を感じて身を固くしてしまう。
同じ様に――いや、こちらよりも早く気づいたのか、白兎もその場に立ち止まると、対面の角から、
「あら、白兎さ――」
「む……!」
角から現れたのは、青い軍服を着た金髪ツインテールの少女と、赤い軍服を着た中年の男の二人組だ。
それを見て、白兎は間髪入れずに、頭を下げる。
「キャロル様に、リー様。こんにちは」
「…………」
名前を聞いた瞬間、使徒であることは理解出来たので、こちらはただ一礼。
使徒など、声をただ掛けるだけでも畏れ多いとされているのが常識だ。
魔物ですら上位。その魔物の中でも階級があり、下級使徒でさえ魔物将軍よりも上だが、使徒は魔人から直接血を分けられた、れっきとした特権階級だ。
故に下手な行動どころか言動も出来ない。こちらは特A級とはいえ、未だただの人間だ。
彼らの気分一つでこの世からおさらばする可能性もある。
そしてそれは白兎という下級使徒であっても変わらないはずだ。
階級の差は明らか。向こうが上位。
だと言うのに、
「あ、あら……白兎さ――さんと、た、確か特A級に選ばれた少女でしたわね。こ、こんにちはですわ……」
「…………は、はっ。何か――で、ではなく、な、何を、し、している……?」
その使徒達は――何故か酷く挙動不審だった。
全身から汗を流しながら、声どころか身体を震わせながら、挨拶を返している。
キャロルの方は笑みだが、その笑みが引き攣っており、リーの方は完全に目が泳いでいる。
両者ともに、強い動揺を見せており、イヴはその様子を不審に思った。
一体何が、と理由を推察しようとする前に、眼の前の白兎が少し間を置いて答えた。不服そうに、
「……この娘に、城の案内をしていました」
「そ、そうですのね……で、では、お気をつけて……」
「! では、その任をわた――ぐぼぁ!?」
今度はリーの言葉の途中で、何故かキャロルが渾身の腹パンをお見舞いする。
くの字に折れ曲がったリーを、キャロルが肩に背負うように受け止めると、そのまま引き攣った笑みのまま。
「お、おほほほほ……どうやら、リーさんの腹の調子が悪くなったようですので、部屋に連れて行ってきますわ! ご、ごきげんよう!」
何かを誤魔化すようにそう言うと、ピューッと、そのまま廊下を走り去っていく。
……明らかに殴ってましたけど。
あまりにも露骨な行為に、さすがのイヴも困惑する。そして白兎の方は、
「……では、行きましょう。次は食堂です」
「……はい。お願いしますね」
やはり複雑な感情を抱いているようだが、致命的なものは読み取れずにそのまま先を行ってしまう。
だが、何かがあるように思えてしょうがない。
先程読み取る気はないとは言ったが、どうにも気になってしまう。やはりこれだけでも読み取ってしまうべきかと危ない好奇心を抱いていると、
「……ん? おお、白兎じゃねぇか」
「……こんにちは、ガルティア様」
今度は褐色の肌に特徴的な紋様、緑色の髪をした男と食堂で遭遇する。
こちらも知識として知っている――魔人ガルティアだ。
魔物界一の大食いグルメ魔人として名高い魔人である。
そんな彼に対し、白兎はほっとした様な息を吐いて、挨拶をする。
すると大量の料理を掻っ込んでいたガルティアが、その料理の中から一つを手に取ると、
「相変わらず細いなあ。ちゃんと食ってるか? ほれ、これやるからもっと大きくなれよ」
「……余計なお世話です。まあ、頂きますが……」
微妙にムッとしながらも白兎が差し出された皿の上のいなり寿司を一つ手にとって口にする。食べるのか、と内心で指摘する。一応、下賜になるから食べないといけないのか、などと思っていると、ガルティアがこちらにも向いて、
「……お? そっちの嬢ちゃんは見ない顔だな。新しいメイドか? それとも、またレオンハルトの――」
「んーーーーー!? んくっ、げほっ、げほっ! っ、牧場の人間です! 特A級の!」
「お、おお……? ――ああ、そういうことか」
「はい、そういうことですので、ガルティア様は心ゆくまで食事を楽しんでください! ではっ!!」
「え、ちょっと……!」
と、今度はガルティアの言葉の途中で、いなり寿司をもぐもぐとしていた白兎が慌てたように声を上げて、それを差し止める。
急いでいなり寿司を飲み込んだせいか咳き込み、頬にご飯粒がついているが、それらを全て無視し、ガルティアに別れを告げて食堂を出ていく。イブも慌ててそれを追いかけながら、
……今度は白兎さんの方が挙動不審に……?
先程は使徒二体が動揺していたが、その次は白兎本人が何かを誤魔化そうとした。
一体何があるのか、と更に疑問の色を濃くするが、動揺の匂いが強すぎて逆にそれの内容が分からない。
「……次は中庭に行きます」
「……そこまで急がなくてもよいのでは?」
「……いえ、時間は限られていますから」
「……そうですね。まあ、その通りです」
でももう少し落ち着いてくれないかと半目を向けながら、イヴが再び廊下にでた白兎の後ろに付いていくが、
「――む」
「あ……」
「!」
今度はまた別の強い気配と遭遇した。
その気配の濃さに、イヴは思わず身を固くする。
水色の短い髪に額の青いクリスタルが特徴的な美女。
先程遭遇した魔人ガルティアよりも強い気配を全身から漂わせている美女は、傍らの亜麻色の髪のメイドとともに微笑を浮かべて挨拶をしてきた。
「白兎か」
「こんにちは、白兎さん」
「あ、はい。こんにちは、です。ケッセルリンク様、シャロン様」
魔人ケッセルリンク。
魔人四天王の一角と遭遇したイヴは、これが上位魔人の存在感かと目を見張る。
なるほど、これなら確かに、人間では勝てないわけだ。
少なくともこれに近い強さの魔人が4体。その上に1体の魔人と、魔人の支配者である魔王。
普通の魔人ですら、人間では勝つことが出来ないとすら言われているのに、その魔人を一方的に叩き潰せるであろう力量を持つ上位魔人。
仮にイヴが戦いを挑んだりしたら、一秒と掛からずに床の染みとなる。
力の差がありすぎて戦闘にすらならない、とイヴは戦力差を正確に判断してみせる。
傍らにいるメイド、シャロンと呼ばれた方は使徒であろうが、こちらもやはり使徒であるため、イヴでは全く敵いそうにない。
幸いにも、こちらに敵意もなく、相手も友好的な雰囲気を覗かせていることが救いだ。
つくづく、野良の人間や、これらと戦争していた時代に生まれずに良かったと思いながら、やり取りを眺めていると、
「……そちらはお友達かね?」
「あっ……その……こちらは、今回の選別で選ばれた特A級の子で……」
白兎が僅かに間を置きながらイヴについて説明する。
なのでそのタイミングで一礼しておく。失礼に思われないように。
……それにしても白兎さんは、顔が広いですね……。
ただの下級使徒にしては、魔人にも顔を憶えられており、主との関係なのか、声を掛けられるほどには親交があるようだ。
「……ふっ、そうか」
「っ……」
と、ケッセルリンクが穏やかな笑みを浮かべて、白兎の頭を軽く撫でる。
白兎がぴくっ、と身体を反応させたところで、しかし手は離れ、
「ではな」
「あ……はい。また今度です、ケッセルリンク様」
ケッセルリンクがその場を離れていく。
そして同じ様にシャロンと呼ばれたメイドも、ケッセルリンクに直ぐについていくかと思いきや、
「白兎さん」
「? 何でしょう、シャロン様――んっ」
と、今度はシャロンの方も白兎の髪に触れた。
そして髪から何かをさっと取る。それは、
「髪に何かついてましたよ」
「! ……ありがとうございます。慌てていて、気づきませんでした……」
「……ふふ、そうですね。服も少し乱れてますし……少し直しておきますね?」
「え、あっ、そこまでは……」
「駄目です。白兎さんも、女性なんですから身だしなみは気をつけておかないと……」
白兎が遠慮するような声を出すが、シャロンはぴしゃりとそれを拒否して、有無を言わさず白兎の服の乱れを簡単に直していく。
「――はい。綺麗になりました」
「……ありがとうございます」
「ふふ……では、また今度ね」
「……はい、また」
と、照れる白兎と、何故か凄く笑顔で可愛がっているシャロンの二人のやり取りを見せられる。
それは明らかに、ただの使徒と下級使徒の関係には見えず、イヴは困惑してしまう。
……まさか、そういう関係なんですかね……?
最初に思い浮かぶのは百合的な関係だが、考えついてから、白兎の反応がまた微妙に違うことに気づいてその可能性を排除する。
何というか、気恥ずかしさの中に、ほんの僅かに不満みたいな感情も混ざっていて、
……何でしょうか。これは。今まで見た中で言うと――子供扱いされて不服、といった感情に近いですかね?
先程からそういった子供扱いに少し不満を抱くような態度を見せることがあったのは、心を読まずとも見れば分かる。
だが、それだけでは説明がつかない反応も幾つかあった。
特に使徒の二人の反応は不可解だった。
下級使徒相手だと言うのに、
……もしや。
と、不意に、
パズルのピースがぴったりと当て嵌まるような感覚を感じる。
その感覚のままに、眼の前の白兎に目を向けてみると、
……っ! まさか本当に――!
と、僅かだが、それを手がかりに読み取ると、驚愕の単語が頭に浮かんだ。
その瞬間、白兎の瞳がぱちりと、見開かれ、
「――――
「っ……!」
その赤い瞳を、鋭くこちらに向けてくる白兎。
右手は刀を今にも抜こうと手にかけており、完全に臨戦態勢に入っている。
それに気づきつつも、既に間合いの中にいるため、離脱は遅い。
だからか、イヴは苦し紛れに言葉を発した。通用するわけがないと思いながらも、
「……何がですか?」
「しらばっくれても無駄ですよ。貴方の心音、先程私の方を見て強く響きましたから。しかも、気づきましたね、という質問に対する反応も大きいものでしたし」
「……嘘もつけないんですね。貴方の前では」
「耳がいいですから」
そんなレベルではないが、と思いつつ苦笑する。
心音を常に聞かれて、その反応の大きさを正確に判断してくるとなると、ほんの僅かな動揺すら悟られてしまう。
嘘発見器、とでも言うのだろうか。この白兎という少女の前では、何もかもが丸見えだ。
見えすぎるほどに見えている、と言っていたのを思い出し、それに得心してしまう。
しかし感心している場合ではない。
相手の心が、こちらを“斬る“と言っている。この窮地をどうするか。一か八か戦ってみるとしても、ここは魔人の住処のど真ん中であり、どう考えても助からない。
大人しく投降するか、秘密を守ると誓ってみるか。
しかしそんな口約束を信じてくれるほど、甘い相手なのかと思うと、やはり万事休すではないかと冷静な頭は判断する。
まだだ、と諦めずに頭を回し続けている間にも、白兎はこちらに見えてはいない赤い目を向けつつ、
「……さて、秘密を知られてしまったからには、貴方を始末しなくてはなりません」
「……私を殺しますか。そんな勝手に――ああ、いえ、
「そういうことです。久し振りの特A級の逸材。私の後輩を殺さなくてはならないことは非常に残念ではあります。――ですが」
と、白兎は一つ間を置いて、続ける。
「ある条件を満たすなら、貴方は死なずにすみます。私としても出来れば貴方を殺したくはないので、それを受け入れてほしいのですが……その条件、聞いてみますか?」
イヴはそれを聞いて、一瞬で幾つかの選択肢を浮かばせつつも、聞くしかないと即断する。
「……お願いしたいですね」
「はい。ではまあ、条件なんですが――要は身内となればよいのです」
身内、という言葉を聞いてイヴは少し固まる。
だが顎に手を当ててそれを吟味すると、少し冗談めかして、
「……身内、ですか。くす、貴方と結婚でもすればいいのですか?」
「だ、誰がそんなこと言いましたか! 私は女性ですし、貴方も女性です!」
「そういう愛の形もありだとは思いますけどね」
イヴが肩を竦めて苦笑。白兎が僅かに頬を紅潮させたのを見て、そういう話に免疫がないのか、とか、肌が白いから照れたり恥ずかしがると直ぐに分かるな、とか、意外とありかもしれない、など幾つかの思考が乱立するが、それら全てを脳にインプットしながらも一度掻き消し、相手の続く言葉を耳にする。少し気を落ち着かせたようで、
「……そうではなくて、要は近しい関係になればいいんです。例えば、下級使徒になるとか、その縁者になるとかです」
「……ああ、そういうことですか」
「察しが良くて助かります。こういう時は便利ですね。貴方のその能力」
それほどでも、と返しながらもイヴは思考に耽る。
つまり、ここの身内であれば処罰されることはないということだ。
どうやらここの主とその使徒、下級使徒達は、かなり距離が近いらしく、身内の様に親しい関係にあるらしい。
主従関係こそあるものの、失敗したり、秘密を知ったところで、処分されることは絶対にないという。
なればこそ、身内になればいいという話だが、とはいえ、だ。
「しかしどうするおつもりで? 身内となるには……ふむ、あまり簡単な事でもないように思えますが。考えがあるのですか?」
「はい。もっと簡単な方法があります」
と、白兎は頷いて告げる。少し緊張の感情を漂わせ、それを隠そうとしながら、
「――私と、お友達になればいいんです」
「…………!」
白兎はそう言った。
ふふん、と笑みを浮かべ、凄いことを思いついた、と言った風な表情だ。
その様子に、思わずイヴは呆然とした後、急に気が抜けるような思いを感じてその通りに態度に出した。息を吐き、
「……何を言うかと思えば……随分と、可愛らしいことを思いつきますね」
「ふ、ふふん。どうです? 名案でしょう? 友人を殺すわけにはいきませんからね」
自信あり気な表情と感情の中に、僅かに不安が見え隠れ。やはり、随分と子供っぽいというか、可愛らしい性格だな、と思いながらも、イヴはその提案を耳にして、
……そういえば、友人なんて作ったことがありませんね……。
と、イヴは思う。今まで友人なんていなかったことに。
利用するという意味で友人の皮を被ったことはあったが、真の意味で友人とは程遠く、牧場で一緒に過ごした子供達は、利用するべき手駒であり、相手によっては蹴落とす相手――ライバルであった。
対等な友人関係、というのは築いたことがない。
それを考えると、微妙に愉快な気もしてくるが、対等でもなんでもないような気もしてくる。
しかしまあ、と、イヴはそこで一度、深く考えずに言った。生き残るためにも、という言い訳があるのなら、それも悪くないと、
「……まあ、私は構いませんが……そちらは大丈夫なんですかね?」
「! な、何がでしょう?」
少し興奮した様子の白兎に、イヴは問う。冷静な思考を吐き出すように、
「心を読む相手と知って、私を避けずにいられるのかと思ったまでですよ。それに、貴方の立場と、私の立場は、天と地程の差がありますしね。対等な友人関係など、無理ではないかと。まあ、形ばかりの、というのならそれでも構いませんが」
と、イヴは冷めた目線で告げる。
今までこの能力を知られたことこそないものの、これを知られたら、自分はどんな社会でも生きてはいられないと確信している。
心を読んでくる相手と、付き合いたい人間など存在しない。
人は多かれ少なかれ、心を、内心を隠す生き物であるのだ。
全てを曝け出して生きている人間など、存在しないと言っていい。
もしいるとしたら、それは精神異常者か、動物の様に本能だけで生きる者だけだ。
心を隠すことで、人は他者と上手く付き合うことが出来る。
中には知られたくないような秘密や本心もあり、そうでなくとも、常に心を読んでくる可能性のある相手など、敬遠したくなるのが人として自然だ。
そんな相手と、自分と、友人になれる者など存在しない。
だからこそ、そこには価値を求めず、自分だけがのし上がって好きに生きれるようになればいいと思っている。
だからイヴは、敢えて本心を曝け出した。
こんな自分と友人になれるのか? と、友人を欲しがっているであろうことを見抜いた上で言ってやった。
だが、返答は直ぐに来た。
「……? はい、問題ないと思います」
「――――はい?」
思考が止まり、思わず間の抜けた声で問い返す。
問題ない、問題ないと言ったのか、と。
それはつまり、友人になれるという意味かと。
それを問い返したつもりなのだが、相手は戦意を収めて目を閉じると、興奮したように笑みを浮かべて、
「な、なら、今日から私と……い、イヴさんはお友達です。だから、秘密を知られても大丈夫です。何か言われるかもしれませんが、私が守ってやりますよ! ふふん!」
と、拳を握ってぶんぶんと振り回しみせる白兎に、イブは戸惑う。
そして慌てるように、
「ちょ、ちょっと? ほ、本当に言ってるんですか? 私と、友人になるなど……私は、心が読めるんですよ? 秘密があっても直ぐにバレてしまうかもしれないと、ちゃんと分かってますか?」
しかし、白兎は言った。
こちらの手を握り、
「分かっていますっ! 二人だけの秘密というやつですよね!?」
「全然違いますっ!」
駄目だ。この子。子供っぽいとは思っていたがアホすぎて話が進まない。
今もこちらの手に迷いなく触れてきている。そのおかげで、相手の内心が読み取れてしまう。
そこから流れ込んでくるのは、
――ちゃんとしたお友達は初めてですし、嬉しいです!
とか、
――今までは気味悪がられてしまい、城の人以外で優しくしてくれる人はいませんでしたが、この人なら大丈夫そうです!
とか、
――後で“パパ”に紹介しないとですね!
とか、そういったものだ。
心を読まれることは理解しているはずだというのに、それに対する悪意は一つもない。
――心を読まれる、ということは……今も読まれているのでしょうか?
と聞こえてきたので、頷く。そういうことだ。今も読まれているんですよ。だからやめといた方が……と。
しかし、続く内心では、
――つまり以心伝心ってことですね! ステキです……!
違う、そうじゃない。心が通じ合ってるというか、一方的に盗み見られているわけであって、そんな素敵な感じじゃない。
そもそもこちらから伝える手段はないわけであって、
――ふふふ、イヴさんも鼓動が大きくなってますし、これは嬉しいということですね!
……っ! そういえば、異常聴覚が……!
白兎は、こちらほど明確に心を読めるわけではないが、異常に発達した視覚以外の五感、聴覚などでこちらの動揺や揺らぎを感じ取り、嘘や感情などを読み取ることが出来る。
「っ……!」
それを理解した瞬間。イヴは異常に顔が熱くなるのを自覚する。
初めての感覚だ。特定の個人を見て、こんなにも鼓動が激しくなるのは。
動悸が激しいし、熱もある。何かの病気だろうか、と半ば現実逃避を行っていると、白兎は未だ興奮冷めやらぬ様で、
「で、では早速ですが、紹介したいので付いてきて貰えますか? その後に、一緒に遊びましょう!」
「え、あ、あの……仕事は……?」
「そんなの後回しです! それと、人間街に住むのは取り止めさせますから、ここで暮らしましょう! 一緒の部屋はまだ気恥ずかしいので、隣の部屋同士で……あっ、でも、互いの部屋でお泊まり会とかはしてみたいです!」
「い、いやいや、そんな急に色々とやって大丈夫なんですか……!?」
「大丈夫です、私に任せてください! 一から十まで説明して全部納得させてみせますから! それでも駄目なら反抗します! 反抗期になります!」
「だ、だから……」
あまりの勢いに押されてしまう。
何とか宥めようとするも、急過ぎて思考が回らない。
“仕事はしないとマズいのでは?”とか“そもそも友人ってどんなことするんだっけ?“とか“説明なら私に任せてください”とか、様々な思考が乱雑に頭の中を駆け巡り、定まらない。
そんな中、白兎はこちらと手を繋いだまま一直線に廊下を走り始めてしまう。
やはりと言うべきか、凄い力で運ばれて、イヴはその言葉を口にした。
「早くパパのところに行きましょう! この時間なら、執務室にいるはずですので!」
「だ、だからちょっと待ってくださいってばーーー!?」
と、叫びながら、イヴは白兎に連れられて、その場所へと向かっていった。
――その頃。
「…………」
執務室では、無言のまま書類を片付けていく城の主――魔人レオンハルトの姿があった。
いつもと比べても眉間に皺が寄っているのは、選別の次の日であり、処理しなければならない仕事が大量に溜まっているということが決して無関係とは言えない。
しかし今のレオンハルトは、僅かながらの不安を覚えていた。
書類を片付けながら、お茶を淹れに来たメイド長さんに、思わず呟いてしまうほどには、
「……白兎はまだ仕事に行っているのか?」
「いえ、レオンハルト様。今は特A級に選別された子と一緒に、城に帰ってきてますよ」
「……そうか」
と、レオンハルトは頷く。そして自然な動きで椅子から立ち上がったところで、
「――駄目ですよ、ご主人様」
「……何がだ?」
レオンハルトは努めて何でも無いような様子で、メイド長さんにその鋭い瞳を向ける。
しかしメイド長さんはにっこりと笑顔で、
「今仕事をこなしておかないと、後々レオンハルト様が苦労することになってしまいます。なので、白兎様の元に行きたい気持ちはお察ししますが、今はお仕事に集中して頂くのが、最良だと判断致します」
「…………そうか」
と、レオンハルトは残念そうに呟いて、再び席に着いて書類を片付けはじめる。
その様子を見たメイド長さんは、しかし何かに気づいて更に笑みを深めると、
「それに――今はここにいた方が良いかと」
「……? それはどういう――」
と、レオンハルトが聞き返そうとした時。
外の気配を感じて、レオンハルトは目を見開いた。
そしてその三秒後。執務室の扉が、ノックされることなく開かれた。
そのような無礼なことが出来るのは、この城の中でも数少ないし、レオンハルトがそれで怒らない相手も少ない。
その相手は、レオンハルトやメイド長さんの予想通りである人物であり、姿を見せると同時に声を響かせた。
珍しく、興奮したような大きな声で、
「――
「白兎、ノックくらいは――――何だとッ!?」
勢いよく部屋に入室してきた白兎に苦言を呈そうとしたレオンハルトが、しかしその発言の内容を聞いて迫真の表情で立ち上がる。
そして白兎は自信満々に部屋に入り、その手で引っ張ってきた少女を指し示すように紹介した。
「私のお友達第一号のイヴさんです! 人間のお友達ですよ!」
「お、おお……! まさか本当に……!」
「ふふん、私だって、やれば出来るんです……!」
と、驚愕している魔人レオンハルトと、自慢気な白兎の様子を見て、紹介された張本人であるイヴは思う。
――読み取った時はまだ半信半疑でしたが……この二人、やっぱり“親子”なんですね……。
下級使徒であり、人間牧場で生まれた特A級の人間であるはずの白兎。
その正体は、
魔人レオンハルトの血を引いた“実子”であり、周囲にはその存在を隠している――いわゆる隠し子であった。
スラル「――えっ?」