というわけでまだ娘の話は続くぞ
――その娘は、人ならざる者としての生を受けた。
魔人と人間。その両方の遺伝子を掛け合わせたハーフ。
この世界において、初めての存在。
通常、魔王の血を持つ存在は、子供が出来ないとされている。
しかし、本当はそうではない。ただ生まれにくいだけなのだ。
男性の魔人は、他の生物を妊娠させることが出来る。
女性の魔人は、妊娠することが出来る。
魔王や使徒であってもそれは同じ。ただどの例を取っても極端に成功率が低いため、子供が出来るという事実は広く知られていなかったのだ。
故に――ほぼ毎日の様に10人以上の女性と、日によっては一日で100以上の性行為を行い、それを約千年続けていれば、幾ら確率が低かろうと当たる日も当然来る。
むしろ、今まで一度も当たらなかったことが運が良かったと言えるだろう。
魔人が従える151人を越えるメイドの中から、たった1人。運良く孕んだ者が現れたに過ぎない。
当然、妊娠が発覚した当初、周囲は大慌てであり、一時は当人も含めて阿鼻叫喚な事態に陥った。
だが、色々考えた末に、やはりその子供を産ませることにした。
出来てしまったものは仕方がないし、複雑な気持ちもあったが、それが嬉しくないと言えば嘘になる。
とりあえず、これからは無闇矢鱈に妊娠させないように、発明してもらった避妊魔法を掛けることにし、周囲はその出産のためのサポートに回った。
人間が魔人の子供を産む際には、激しい痛みが伴い、死に至る危険性もあったが、周囲が全力でそれを回避しようと手を尽くしたことで、母親も無事なまま、出産は成功。
かくしてその娘は生まれた。
娘の誕生に、当人らも周囲も大盛り上がりではあったが、良いことばかり、というわけにはいかなかった。
まず、かの魔人に子供が出来た、という事実を隠さねばならなくなった。
魔物界では知らぬ者はいないほどの有名人であり、魔王の寵愛すら受ける身であるその魔人。
更には魔王は人間を憎んでいることで有名であり、人間との間に子供を作ったと知られればどうなるか分からない。
しかも最強の魔人の子供ともなれば、それを知ってよからぬ事を考える連中も現われるかもしれない。最強の魔人の一人娘を狙う馬鹿など、存在しないかもしれないが、馬鹿の考えることは分からないものだ。
故に、その娘の存在を、徹底的に隠すことにしたのだが――その方針を決めて直ぐに、別の事実も発覚した。
その娘は生まれつき――目が見えなかった。
先天性、それも原因不明の疾患なのか、生まれつき目が見えず、代わりに、聴覚を始めとする他の器官の発達が異常だった。
故に目が見えないにもかかわらず、見えている人と変わらない感覚を、赤ん坊の頃から身につけていたのだ。
人の顔も判別出来るし、周囲の風景だって見える。なんなら目が見えている人よりも正確に周囲の状況を感じ取ることが出来た。
不幸中の幸い、とも言うべきか、不自由を感じさせない娘の様子にほっとした面々だったが、その娘の存在を隠すため、そしてアリバイを作るために行った方法が、その娘の能力を大きく育てた。
人間の子供として育てさせ、後に下級使徒にして拾い上げるという方法を取ることにした彼らは、人間牧場の子供を育てる施設で、5歳から15歳までの10年間を、人間達の中で過ごさせた。
故にその娘にとって、物心ついてからの初めての記憶は、両親や周囲の人からそういった旨の説明を受けて、同じ年の子供達の中で暮らし始めるところだった。
幼い頃から天才と称され、高い知能を持っていた少女は、人間達の中で暮らして、親と会えない日々を、苦には思わなかった。
初めて出会う同じ年の頃の子供との生活は、少女にとっては刺激的で、友達が出来るかもというワクワクでいっぱいだったのだ。
また、父や周囲の期待に応えたいという想いもあった。
5歳になるまでも、軽い英才教育を受け、天才だと褒められて育った彼女は、もっと褒められたいと思ったし、偉大な父に少しでも近づきたいと自ら真似するように木の枝を振っていたし、本を読んでよく知識を拾い集めていた。
そして軽く教えてもらった剣のコツの様な教えや、言いつけをよく守り、施設の中でも伸び伸びと過ごそうとした。
始めは上手くいっており、それなりに話すことの出来る人も増えたが、しかし、徐々に周囲から浮いていくようになる。
少女は、余りにも優秀過ぎた。
他の子供どころか大人すら越える身体能力に、天才的な頭脳。目が見えないのにも関わらず、それを全く感じさせない特異性は、正に“神童”。
その不気味とも言える赤い瞳も相まって、彼女はいつしか気味が悪いと避けられ、周りから“化け物”扱いを受けてしまう。
友達を作ろうと人間として集団生活をしていても周りから避けられる少女は、そこで初めて周りとの“違い”を自覚した。
目は見えていないが、ちゃんと見えている。力は少し強いかもしれないが、それを無闇に振るったりはしないし、劣っている者達を下に見る気も全く無い。
だが、少女自身はそうでも、周りはそうは思ってはいない。
人間だという体を取っていても、少女はやはり、魔人の血が入った化け物だったのだ。
少女はそれで諦めることもなかったし、勇気を出して声を掛けることもあったが、それは全て無駄に終わり、いつしか淡々と己を鍛えるだけの生活を送るようになった。
時折、人間の様子を見に来る振りをして、見知った顔が訪ねに来ることもあり、その時間だけは楽しみだった。
授業や図書室の本などで、父親の話を聞くのも楽しかったし、卒業後にまた城に戻って楽しい生活が待ってると思うと心が躍った。
故に彼女は、友達作りを一旦諦め、父親に恥じないように子供達の中でぶっちぎりの一番で卒業するように努力を重ね、実際に特A級の評価を得て卒業した。
実を言うと、例えどんな成績でどんな問題を残そうが、適当な理由を付けて召し抱える体を取るつもりであったが、彼女は評価を担当している魔物将軍らや人間の教師をも舌を巻くほどの歴代最高の成績で卒業し、正当に召し抱えられた。
下級使徒という偽りの立場を与えてもらい、人間牧場の責任者の名代として父の為になろうと動きつつ、実戦経験を得る修行の為にコロシアムにも参加した。
表立って父の子供だと言えない特殊な事情の生まれと育ちだったが、少女は普通に幸せだった。
その事実を知る周囲の者達――身内はよく自分を気にかけて可愛がってくれているし、人間でも対等ではないが仲良くしてくれる者もいた。
両親からもとても愛情を感じるし、父からは剣術の修行も受けさせて貰えている。
ただ、皆余りにも過保護過ぎるような気はしたが、それもこちらを想ってのことだと理解はしているので、口にするのは憚られた。
生活にも不満はないし、欲しいものは基本的に与えられている。
友達がいないことだけがちょっぴり、残念だった。
だがそんな時、人間牧場に数十年ぶりとなる特A級の子供が現れた。
しかもその子は、魔人と人間のハーフである自分程とはさすがにいかないものの、特殊な能力を持っていて中々に優秀だったし、自分相手でも一歩も引かない態度を見せてくれている。
もしかしたらこの子なら――そう思って、魔人レオンハルトの娘であるその少女、白兎は、その子を、初めての人間のお友達としたのだった。
「――というわけなので、今日からイヴさんをお城に住まわせてくださいっ! 後、これから一緒に遊びに行ってきます! それと、お互いの部屋でお泊まり会もしたいのでそのようにお願いしますっ!」
「…………お、おお……急だな……」
執務室に入ってくるなりにそんなことを言い始めた娘に対し、魔人レオンハルトは若干気圧されていた。
だがそれを見て、その娘である白兎は、逆にチャンスだと攻め手を緩めない。
何しろ、落ち着いて考えられては駄目だと言われる可能性もあるのだ。
だから白兎は頭を働かせて、父に向かって言質を取るために距離を詰めてひたすらに押す。
「いいですよねっ!?」
「…………いや、ちょっと待て――」
と、レオンハルトが僅かに考え込む姿勢を見せる。そして、
「仕事は――」
「後回しです!」
「……今日は俺と稽古を――」
「明日に回します!」
「…………コロシアムの試合が――」
「それも明日にしましょう!」
「…………そもそも、その娘は――」
「イヴさんです! イヴさん! こちらが私の父上です!」
「……よ、よろしくお願いします?」
「挨拶もしたので礼儀もバッチリです! なのでいいですよねっ!?」
「お、おお……まあ、そうだな……」
と、レオンハルトが戸惑いながらも頷いたので、白兎はそれを“勝利”と見る。
故にこの後のことを想像し、思わず顔を綻ばせながら、
「それじゃあ行ってきます!」
と、もはや遊ぶことや全てが確定したように挨拶する。
すると、レオンハルトは一瞬硬直し、しかし、しょうがないとでも言うように、溜息をつくと、こちらを見て肩を竦めながら、
「……しょうがないな……仕事も稽古もサボっていいのは、今日だけだぞ?」
「分かっています! ――では、イヴさん。行きましょうっ!」
「え、あ、ちょっと――」
と、少し戸惑うイヴを連れて、白兎は執務室を出ていく。
何もかもサボって遊ぶのは今日が初めてだ。
いつもは真面目に、父の名に恥じないように修行する毎日であったが、
……今日の私は、一味違います……!
今日は守るより攻めていく方針だと、白兎はまず、自分の部屋に彼女を連れて行くことにした。
そして――白兎とイヴがいなくなった後の執務室では、
「…………何ということだ……」
魔人レオンハルトが、机に両手を突いて、身体を震わせながら項垂れていた。
今、彼の身に降り掛かっているのは、娘にようやく友人が出来たという喜びと、一抹の寂しさだ。
対等な友人を作ってやれなかった理由は、明らかに自分のせいでもある。自分の立場や、自分の娘であるという事実は、やはり普通とは違う、魔人の娘という壁がある。
それを知っている者達は、それが理由で彼女を蔑ろにすることもないし、むしろよく可愛がっている。
自分も、彼女の欲しいものは何でも与えてきたし、何だってするつもりである。
だが、
「レオンハルト。A級の子供達の案内終わったよ。それで、さっき白兎が人間の女の子連れて走ってけど――」
「――ぐおおおおお……! これが親離れなのか……!? ぐぅううっ、今日は白兎との稽古や試合を楽しみに仕事を頑張っていたのに……!」
「…………」
「お帰りなさいませ、ハンティ様」
「…………ただいま」
A級の子供達を、人間街に案内し終え、その報告の為に部屋の中に入ってきたハンティは、自分の主が机に向かって声を上げているところを見て、思わず無言で部屋を退出しかけた。
しかし、メイド長さんのいつも通りの出迎えの言葉を受けて、出るに出れなくなったハンティは、そのまま部屋の中に入ってしまう。
非常に声を掛けたくないが、掛けないと話が始まらないため、声を掛けるしかない。
とはいえ、声を掛けてもしばらく話は進まないであろうことは分かっているので、ハンティは大きく息を吐いた。
一息を終えるとともに、意を決して声を掛ける。
「……それで? 白兎に何かあったの?」
「――そうなんだ! 聞け、ハンティ! 今日は白兎に初めての友達が出来た! これがどういうことか分かるか!?」
「……へぇ、良いことじゃない」
告げられた言葉に、ハンティも僅かに目尻を下げながら微笑を浮かべる。
周りの連中ほど過保護ではないが、ハンティとしても色々と気にかけているし、心配なのは確かだ。だから、白兎に友人が出来たことは素直に喜ばしいと思う。
「そうだ! つまり今日は記念日! 白兎の“初めてのお友達記念日”として今日は祝日にするぞ! 最高級の食材をありったけ用意しろ! 湯を沸かせ! 窯を炊け!」
――この鬱陶しいほどの親馬鹿さえなければ。
ハンティは思わず半目でレオンハルトを見続ける。そして呟くように、
「……いや、子供ってことは隠さないといけないから駄目でしょ」
「ぐっ……それはそうだが……」
と、本気で悔しがるレオンハルトに、メイド長さんが笑みを浮かべながら提案する。
「祝日は難しいかもしれませんが、料理長に報告しておきましたので、今夜はご馳走ですね」
「っ、そうするしかないか……ちゃんと、白兎の好物を作らせておけ!」
「はい、心得ておりますわ」
「それなら問題ないな……いや、待て。飾り付けもちゃんとしないとな。後は、何かプレゼントを――」
なんなら仕事の時以上に迫真の表情で指示を出すレオンハルトに、ハンティはやはり、話が進まないなと、頭を抱える。
一度こうなると、色々と発散させないと仕事が進まないので、ハンティは敢えて自分から言うことにした。
「……さっき、親離れがどうとか言ってたけど、あれはどういう意味?」
「! ――そう、問題はそれだ!」
絶対大した問題じゃないが、それをツッコまずに続くレオンハルトの言葉と聞く。
拳を握って、眉根を寄せると、
「あの白兎が、今日は仕事や稽古、試合までもを、サボると言い出した……友人と遊びたいからだと言う……」
「で?」
「それはそれで構わない。友達は大切だからな……男だったら殺――白兎に相応しいかどうか、
「…………今、殺すって言わなかった?」
「だがッ! 俺との稽古の時間が無くなるのはあんまりじゃないか!? しかも、楽しみにしていた試合も無くなると言うじゃないか! しかも今日はお泊まり会をしたいと言うが、ということは一緒にお風呂も入ってくれないということじゃないのか!? 週に一度しか入れないと言うのに! その楽しみを奪われてしまった、このやり場のない気持ちは一体どこに吐き出せばいいッ!?」
聞いちゃいない。
相変わらずの親馬鹿っぷりに、ハンティは呆れ返る。
これが最強の魔人にして、多くの魔物から畏怖される男の姿だと知れば、皆はどう思うだろうか。
ここまでの発作が起こるのは稀だが、普段もナチュラルに親馬鹿なため、色々と注意した方がいいかもしれない。
ただでさえ、この男は娘の為なら普段はやらないようなヤバいことをやるのだ。
しかし抑えることも出来ないので、ハンティは投げやり気味に言う。
「……とりあえず、メイドと乳繰り合ってれば?」
「……確かにそれも大切だが……白兎との時間は……」
「明日もどうせ稽古するんだから別にいいじゃない」
と、ハンティが柄にもなくレオンハルトを何故か慰めるような形になる。
結局毎日のように稽古しているのだから、時間が少ないことはないだろうと思う。
というか、ハンティとしてはその稽古の時間の方が愉しみなのだ。
……この親に似て、中々に愉しめるからねぇ……。
魔人と人間のハーフ。それも、最強の魔人であるレオンハルトの血を引いた実子だ。
人間を越える身体能力に、様々な工夫、機転、戦術を行えるだけの頭脳に、異常聴覚を始めとする感覚の発達や特殊な能力。
それに加えて、親譲りの剣術に対する天禀の才は、ハンティも舌を巻くほどだ。
母親譲りの才能もあってか、自分で回復も行えることだし、継戦能力も高い。
なので明日は自分も参加させてもらうとしよう、とハンティはそれを心の予定に入れておいた。
だがその愉しみを愉しむ前に、
「足りない……白兎との時間が足りない……こうなったらもう、どうにかして俺も一緒に遊ばせて貰うか……? だがそれは、どうなんだ……? 友人との時間を邪魔することになるような――」
「なるような――じゃなくてなるからやめなよ!?」
この親馬鹿を抑えて、仕事を終わらせなければならないと、ハンティはツッコミを行う。
――母親の方がいなくて良かったなぁ、とハンティは染み染みと思った。
スラル「――で、親はどこのどいつなの?」
※新キャラです 活動報告に白兎ちゃんのプロフ載せときます