突如として友人認定を受け、父親に紹介され、今度は部屋で遊ぼうと今日一日で怒涛の展開を現在進行系で経験しているイヴは、前を行く白兎を見て戸惑いの言葉を掛ける。
「あ、あの……本当に今から遊ぶのですか?」
すると白兎はこちらを向いて、首を傾げながら、
「? そうですけど……もしかして、嫌でしたか?」
と、心なしかしょんぼりするような、こちらを窺うような表情の変化を見せてきたので、
「い、いえ、そんなことはないですけど……!」
「……ほっ、なら良かったです」
安心したのを見て、こちらもほっとするが、
……しまった……! 残念そうにしていたから思わず……!
と、自分の行動を思い頭を抱える。
しかし、だからといって断るのも憚られた。
相手がこちらと遊びたがっているのもそうだが、ここまで無償の好意を向けられると、
……断りきれない……!
自分の事ながら新発見だ。心を読めるという特異性を知った上で、ここまで心を開いてくれるのは、色々とくるものがある。
だからまあ、そこまで言うなら、仕方なく、本当はどっちでもいいのだが、友達になってやってもいい。
それに、相手は魔人の一人娘だし、利用も出来るはずだ。
……そうです! 利用出来るのだから、そのために友人になるだけです!
ふふふ、と思わず笑みを零してしまう。そう、自分は自分の為に、この子と友人関係を演じるのだ。
そう、あくまでも仕方なく。仕方のないことなのだ。魔人の娘から頼まれたら断ることなど出来ないのだし、しょうがない。
だから自分が友達になりたいと思っても何の違和感もないし、自然なことだ。
……友達……ふふふ、友達……なんて良い――ではなく、なんとも有効な関係ですね……!
しょうがないなー、これは。友達になってもしょうがないだけのメリットがあるからなー。うん、これは友達にならないと不利益になっちゃうし、友達にならないといけないなー。
と、イヴはうんうんと頷き、気持ちを切り替えて前を行く白兎に再び声を掛けようとした。自然な話題を、とイヴは意を決して、
「……そ、それで……な、何して遊ぶんでひゅか?」
――そして噛んだ。
その瞬間、イヴは自らの失敗を自覚して顔が熱くなるのを感じて、引き攣った笑みを浮かべた。
……ああああ!? この私が噛んだ!? 何で!? でひゅか?――って……恥ずかし恥ずかし恥ずかしい……!!
ぷるぷると震えながら若干涙目で恥ずかしさに耐える。コミュニケーション能力には定評があり、あらゆる人間と友好的に接することが出来ると自負出来る自分が、まさかの失態だ。
プライド的にもあり得ないことであり、今すぐ時を戻してほしいと思う。絶対に指摘される……! と、思っていると、
「そうですね……それは重要な事です……一応、テーブルゲーム系は色々と揃ってますし、運動がしたければそれ用の施設もありますが……ただお喋りするのもこれまた外せません……あっ、そうです! イヴさんは何がしたいですか!?」
真剣に考え込み、噛んだことを全く気にしていないようにこちらに問いかけてくる白兎。
しかし、内心はどうなのかと心を読んでみると、
――初めてのお友達と何をして遊ぶかは、何よりも重要ですし、ここはイブさんのやりたいことがいいですね!
……あ、良い子でした……!
どうやら本当に気にしていないというか、気づかなかったのかもしれない。純粋な良い子で良かった、とイヴはほっとする。
そして僅かに気を落ち着かせてから、微笑を浮かべて、
「……そうですね……汗を流すのも悪くはありませんが、私は頭を使う方が得意ですので、そちらの方がいいかなー……と、思うのですが……ど、どうでしょう?」
「良いですよ! それじゃあ部屋ですね!」
白兎の返事を受けて息を吐く。良し。今度は噛まなかった。
何故か微妙にどもってしまうのが困ったものだ。しかし、原因ははっきりしている。それは、
……よくよく考えてみれば私、友達とちゃんと遊んだことってありません……!
牧場では友達付き合いとは本当に付き合い程度で、ほとんどの時間を自分を高めるためか、情報収集に使っていた。
なので、ただ遊ぶ、という行為をしたことがないため、勝手がわからない。
だが幸いにも、白兎の方もほぼ初めての様なので、ボロは出ていない。いつもの完璧な自分のはずだ。
それに遊びの内容も頭を使う方となれば、自分の得意分野なのでおそらくは勝利することが出来るはずだ。
なのでイヴは、再び自信を取り戻した。ここは友達初心者の白兎に、完璧な自分が友達付き合いの何たるかを教えてあげなくてはならない。
いつもの様に悠々と、余裕を持って臨めばいいのだ、とイヴはその足取りを軽くしたところで、
「あっ……」
「――――白兎、帰っていたのですね」
と、前を行く白兎が、不意に声を掛けられた。
名を呼ぶ女性の声に、白兎とともに声の方向――十字になった廊下の右側を向くが、声を掛けられる前に白兎はそれに気づいたようで反応を返していた。
異常聴覚というのは便利だな、と思ってしまう。さすがにその芸当は真似出来ないと思いながら、イヴも遅れてそちらを向くと、
……着物?
そこに立っていたのは、イヴは知識だけは知っていて、実際には初めて目の当たりにするJAPAN風の衣装である着物を着た女性だった。
絹のように長く艶のある黒髪に、首元からは白い肌が覗いている。
身体の線が分かりにくい着物の上からでも分かる大きな胸や、その女性らしいスタイルの良さに、特徴的な赤い瞳、クールで上品な印象を感じさせる美しい顔の造形。
正に絶世の美女と言う言葉が似合う女性であり、まるで本の中に出てくるJAPANのお姫様のような見た目をしていた。
同じ女性として、色気を感じさせる大人っぽさを目の当たりにし、イヴは感嘆の息と、微妙な悔しさを感じて複雑な内心を作る。
魔物の気配はないが、メイドでもないように見える。一体どういう存在なのかと、思ったところで、白兎が喋る直前にそれに気がついた。
「はい、母上。ただいま帰りました」
母、と呼んだ白兎に、答え合わせが来たような感慨を得て、イヴは眼の前の相手に注視する。
するとそのタイミングで、白兎の挨拶を受けた女性が目を細めてこちらに視線を向けると、
「……そちらの子は?」
「はい、母上! 私の初めてのお友達ですっ!」
と、白兎は先程父親にやった様に、自慢気にイヴのことを紹介した。
なので一応、白兎の紹介に合わせて、
「イヴさんです!」
「……イヴと言います。その……よろしくお願いします……」
「…………そうですか。私は、白兎の母――紅月と言います」
「あ、はい。ご丁寧にどうも……」
と、頭を下げて挨拶を行うのだが、どうにもこの紅月という母親は、妙な威圧感というか緊張感を感じさせてくれるもので、
……もしかして、私のことを快く思っていない?
娘の初めての友人。それがどこの馬の骨とも分からない相手であることに不満や不審でも抱いているのだろうかと。
なので、イヴは相手の感情を少し読み取る。
内心まではこの距離で読み取れないが、単純なものであるならこの距離でもいけるのだと、感情を読み取ってみると、そこには、
……“可愛い”?
えっ、と声を上げてしまいそうになる。
まさか自分に可愛さを感じているとでも言うのか、と。
娘の友人と会っていきなりそう思うのは、可愛いという気持ちがどの程度かにもよるが、どうなのだろうか。
というか、先程からずっと目を細めて強く睨んでいるようにしか見えないが、一体どの辺りが好意的なのかと疑ってしまうほどの表の表情。
これだけではちょっとよく分からないな、と判断を保留にしようとする。まあ不信感を抱かれてないなら良かったと、こちらは引き下がって白兎と紅月の親子のやり取りを眺めることにする。
「……それで白兎? 今日はこれから、父との稽古の時間ではないのですか?」
「あ、はい。ですが、その……と、友達と遊んでみたくて……だ、駄目ですか?」
と、白兎が申し訳なさそうにしながらも、母親を見上げて窺うような、お願いするような表情でそれを告げた瞬間――頭の中にとんでもない量の感情が流れ込んできた。
――可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……!!
……えっ、な、なにこれっ!?
強すぎる感情に身体をビクッと跳ねさせてしまい、白兎がこちらをチラリと見て訝しむが、その間にも、紅月が手に持っていた扇子で顔の下半分を隠すと、
「…………いえ、駄目ではないですよ。お友達を大切にすることはとても良いことです。ですので、今日だけは許しましょう」
「! ありがとうございます、母上!」
「っ……明日は、ちゃんとするのですよ……」
と、ぷるぷると顔を隠して震え始めた。
そこでようやく、イヴもその感情がどういった意味かを理解し始め、ある疑惑を感じる。
やはりこの人も――、
「……それと、今日は家族水入らずで湯浴みをする予定でしたが――」
「あっ、今日はイヴさんと入りますのでそれは無理です。ごめんなさい、母上」
「…………っ!! そ、そうですか……ま、まあ、友人と親交を深めるのは大事ですし、仕方がありませんね……!」
と、今度はこちらを射殺さんばかりに強く睨んで来て、思わず“ひっ!?”と声を上げそうになるがそれを必死に抑える。読み取れる感情は、
――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!
「ひっ!?」
「……イヴさん?」
と、今度こそ白兎が様子をおかしく思って、心配するような声を掛けてくる。
そして数瞬後、何かを理解したように前を向くと、瞳を開いた状態で眉を軽く立て、
「……母上、イヴさんを睨まないでください」
「……何のことでしょう? 母はそんなことをしては――」
「……そんなことする母上は、あまり好きじゃないです」
「――かはっ!?」
……は、母上ーーー!?
突然白目を剥いて吐血した紅月に、イヴは驚愕と心配が混ざった感情でおどおどと対応に迷う。
まさかそれくらいで吐血したのか、とか、人を呼んだ方がいいのではないか、とか色々考えたが、白兎はこちらの手を握ったまま、そこから離れて行こうとし、
「え、え? あ、あの、お母様は……?」
「大丈夫です。あれくらいいつもの事ですし、母上は自分で回復出来ます。それに、いざとなればメイド長さんが介抱しますから」
あれがいつもの事ってヤバ過ぎるだろうと戦慄する。この子の家はどうなっているのだろうかと、
「……愛されてるみたいですね?」
「過保護なんですよ、父も母も。全く、いつまでも子供扱いするんですから……!」
と、早足で歩きながら不満そうに言うが、伝わってくる感情としてはそこまで嫌なものではないどころか、嬉しくは思っている様だ。
――イヴさんの前でいつもみたいにならなくてよかったですが、それでも恥ずかしすぎます……!
みたいな感じで、友人の前でそれを見られるのが恥ずかしい、と言った内心の様だ。
よく分からないが、親とのそういうところを見られるのが恥ずかしい、みたいなことだろうとイヴは実感はないが納得する。
それよりも思うことは、
……あれで抑えてるって……抑えなかったらマズいのでは……?
読み取れた感情だけでも凄かったのに、あれが表に出てくると思うと、恐怖でしかない。
いや、愛情の表れなのだろうが、それにしてもあれほどに強い感情は初めて感じた。
これからのことを思うと、関わることが増えるのは必然で、とてつもない不安が押し寄せてくるのを感じながら、イヴはひとまず、それを脳の片隅に追いやって現実逃避――問題を先延ばしにすることにした。
その女性――紅月は、去っていった白兎とその友人であるイヴを見送り、身体に回復を掛けたところでフラフラと立ち上がった。
「……っ、白兎に、あのような友人が出来るとは……思いもよりませんでした……」
これも親離れなのか、と紅月は自身の最愛の娘を想い、口元に付着した血を拭き取る。
そして真っ先に歩いて向かうのは、白兎の部屋――ではなく、別の場所だ。
さすがに娘が初めての友人と遊ぶのに、それを邪魔することはしない。
理由を付けてお邪魔したい気持ちもあるが、断腸の思いでそれを取り止めると、代わりに別の者に声を掛けておく。
「――それで、貴方は何をしているのですか? 藤吉郎?」
「!?」
廊下にいた小さなさるぼぼのような生き物を捕まえて強く睨む。
そして笑みを携え、
「おかしいですね。貴方には、白兎の伴を任せていたと記憶しているのですが――こんなところでサボっていたとは……これは、レオンハルト様にもご報告をしなければなりませんね」
「……!」
ぶんぶん、と藤吉郎が慌てて首を振る。
どうやら何か事情があるような身振り手振りだ。それを見て紅月は、言い訳かとも一瞬思うも、
「……まあよいでしょう。とりあえず、今から白兎を追いかけていつも通りに伴をしなさい。いいですね?」
「!」
こくこくと首を縦に振ると、その場から逃げるように白兎が向かった先に駆けていく。
「まあ、これで良いでしょう」
あの娘の友人が何かをするとは思えないし、白兎がどうにかなるとは思えないが、万が一もある。
一応ははぐれ使徒である藤吉郎でもいれば、いざとなった時に役に立つだろうとレオンハルトと一緒に考えて役割を与えたのだ。
そうして一応は注意を終えて、まっすぐにその部屋に向かう。
そして扉をノックして、返事を待ってから中に入ると、
「――紅月か……どうした?」
と、そこには紅月にとって、最愛の人が机で項垂れていた。
やはり、この人も同じ想いをしたのかと紅月は距離を詰めて言う。
「先程、白兎がサボりを咎めた私に対して、“と、友達と遊んでみたくて……だ、駄目ですか?”と上目遣いで問いかけたきたのですが――」
息を大きく吸い、感情を解放するように、
「滅茶苦茶可愛かったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「な、何!? それは――可愛いに決まってる……ッ!!」
目を見開き、強く同意したレオンハルトに対して、ですよね!? と更に同意を重ねながら紅月は言う。吐息を吐いて頬を熱くさせながら、
「はぁ……あなた……? 白兎はどうしてあんなに可愛いんでしょう……? 最愛のあなたとの子なのですから可愛いのは当然の事ですが、それにしても可愛すぎます……!」
「白兎が可愛いのは当然の事だ。多分――いや、確実に、あの可愛さは世界に通用するほどだからな……くっ、我が娘ながらなんて恐ろしい可愛さだ……!」
「さすがはあなた様です……♡ 全くもってその通りかと……! 白兎は可愛さの神ですからね……! 先程、あのイヴという娘を睨んでしまった私のことを、あまり好きじゃないと言った時など、酷く苦しかったですが……ちょっと怒っている表情もいと愛らしく……♡」
「そ、それは……!? くっ、流石だな。俺ならその場で失神してもおかしくないと言うのに……だが確かに、怒っている時も可愛いからな……前に将棋でボコボコにした時なんか、頬膨らませて凄い不満そうだったのが滅茶苦茶可愛かったからな……」
「それに、あの可愛さなのにとても優秀で、どこに出しても恥ずかしくない立派な子ですし、まだ上を目指そうと修行に意欲的で……これはもう、何かご褒美を上げるしかないですね」
「む……だが、あまり甘やかすのは良くないからな……」
「ええ、当然ですね。甘やかしすぎると碌な大人になりませんから。……なので、ここは前から欲しがっていた珍しい貝でも与えてはどうでしょう?」
「ああ、前にキャロルに影響されて集め始めたやつだな。ふむ、それは良いことだ。とりあえず、商会経由で珍しい貝を集める依頼でも……もしくは、魔軍を動かして集めさせるか……」
「はい。それが良いかと思います。それと、この前遊びに行った海が気に入っていた様ですし、あなた様が仰っていたプール施設など、城内にお作りしては……?」
「名案だな。早速作らせよう。海に毎回連れて行くのはさすがに甘やかしすぎだからな。これくらいがちょうどいい塩梅だ」
「はい。甘やかしすぎてはあの子の為になりませんから。これでご褒美についてはいいですね。後は……初めての友達記念日として、お祝いでも致しませんか?」
「ふっ、それならもう手配してある。会場の準備から白兎の好物を中心とした料理まで、完璧にな……」
「まぁ……さすがはあなた様です。惚れ直してしまいました……♡ どうでしょう、今日は白兎と寝ることは難しそうですし……また私を孕ませて、二人目など……♡」
「っ……いやそれは……」
と、レオンハルトにしなだれかかって、胸を押し付けながらアピールをする。
しかしそのタイミングで、邪魔者が入った。
「――あのさぁ……親馬鹿トークだけならまだしも、あたしが部屋にいるのに乳繰り合うのはやめてくれないかな?」
若干イラッとしたような様子でそう告げたのは、執務室にある机の一つで書類を片付けていたハンティだった。
それを聞いて紅月は、まあ一理あるか、とはしたない真似を一度は止めて、しかし反論する。
「……それは悪う御座いました。ですが、親馬鹿とは言い過ぎでは? 我が子を想って話をしていたに過ぎないと言うのに」
「親馬鹿ではない。ただちょっとだけ子供を可愛がってるだけだからな」
「それが親馬鹿なんだけどね……」
レオンハルトの言葉にも肩を竦めながら反論したハンティに、紅月は口元を扇子で隠してボソリと呟く。
「……男を知らぬ、処女の戯言。いと醜し」
「聞こえてるから! 喧嘩売ってんのかあんた!?」
ハンティが憤ったように椅子から立ち上がって腕まくりをしたが、それに臆することなく紅月は続けて、
「誰もハンティ様の事とは言っておりませんが……そう聞こえたということは自覚がお有りで?」
「ぐっ……相変わらず陰湿な……」
とハンティが歯噛みしたところで、勝利した、と確信を得る。
なので続く言葉を放とうとしたが、
「その辺にしておけ。紅月も、メイドを辞めたからと言っても一応、ハンティはお前よりも上の序列だからな。じゃれあいにまで口うるさく注意するつもりもないが、程々にしておけ」
「はい、あなた様。私は夫であるあなた様に従います」
「夫ではないんだがな……」
「全く……」
ハンティだけでなくレオンハルトも息を吐く。それを見て、紅月は僅かに目を細めながら、
……まあ、今のは少し、調子に乗りすぎましたか。
と、自らのやり取りを反省してやりすぎを認めるが、内心では己の立場を勝ち誇ってもいた。
……白兎を産んで、メイドも辞めましたし……中々の地位には昇りましたね。
運良く一人娘を懐妊したので、己の立ち位置は下級使徒であっても、中々複雑な位置にある。
レオンハルトの使徒達は、使徒であっても主の血を引いた娘である白兎に従うし、その母親である自分に対しても丁寧に接するようになっている。
別に今まで扱いが悪かったわけではないが、明らかに扱いが変わってもいた。
ある意味、女としては一歩上に行ったとも言える。
どうにも一番は難しそうだが、一人娘がいるとなると一緒に過ごす時間も増えて中々に恩恵を受けている。
その時間を幸せに思うのだが、自分の変わりようを懐かしく思いもする。
……父は、これを知ってどう思うのでしょうか……。
と、そう思うのは、紅月の両親は、この魔人レオンハルトに殺されているからだ。
かつて紅月は、レオンハルトが魔軍を率いて参加した戦い――藤原家との戦争に参加した。
その戦いの中で、両親は戦死。紅月は1人、身分を隠して逃走を図ったのだが、敢え無くして魔物兵に捕まり、貢ぎ物としてレオンハルトに送られた。
どこにも行くところが無かった紅月は、この城にメイドとして残ることにしたが、その内心では密かに、両親の仇討ちなども考えもしたのだ。
しかし結局はレオンハルトに絆されてそれは諦めることにしたし、自分の出自は今まで誰にも明かすことはなかった。今なおそれは明かしていないが、
……これをレオンハルト様や、白兎に伝えたら……。
それを思うと、変な笑いが起きそうになる。
白兎はともかく、レオンハルトに伝えた場合は面白いことになりそうだとも思うも、
……やめておきましょうか。
やはり、これは墓場まで持っていこうと思う。
今更それを告げられたところで、レオンハルトもそうだが、白兎も微妙な気持ちになるかもしれないし、良いことにはならない。
受け入れてくれるだろうという確信もあるが、態々、自分の自己満足の為にそれを言う気にもならない。
これもある意味、武士の常でもある。まるで恨み節の様にそれを言うのも武士の恥だし、父の顔に泥を塗ることになるだろう。
武家の娘としての冷静で非情な思考だと、一人娘が生まれた今なら、色々と悪いことも考えつく。
しかし今となっては武家として教育されたそういう思考も、自分の子にそれを教育する以上の意味を持たないものだ。
自分の父を殺した相手だが、愛しているし、娘も可愛くてしょうがない。
それに、この事実を教えたらレオンハルトは微妙な気分になることを考えると、
……これも一種の復讐ですか。
逆に父の場合はそれを愉快と思い大笑いするだろうし、両者の反応の差を考えたらこの件は父の勝ちだ。
ならば、仇討ちは成った、という解釈を取ってもいいだろう。
それに、勝負ならこれからも出来るし、相手を負かすことも不可能ではないのだ。
故に、今日も他の者達と共に勝負の申し出を行う。
「あなた様、夜は覚悟しておいてくださいね……?」
「……程々にな」
「くす……」
と、紅月は己の袖の下に隠していた、
スラル「ふふふ、ようやく見つけたわ……!」
レオンハルト「や、やめろスラル!」
スラル「まずは貴方から血祭りに上げてやるわ……!」
レオンハルト「う、うおおおおおおおおおッ!?」
ナイチサ「…………出直すか」