※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

239 / 411
親子として

 愛が重すぎる母親と遭遇し、挨拶を終えたイヴは、ようやく白兎の部屋だと言う場所まで辿り着いた。

 その道中、不思議なさるぼぼの様な生き物が現れて、白兎の肩に登ったが、

 

「……その生き物はなんですか?」

 

「この子ですか? この子は藤吉郎です。私が生まれる前から城にいるはぐれ使徒で、私のお供であり友達です」

 

「……!」

 

 藤吉郎と言うらしい小さなさるぼぼが、白兎の肩の上で胸を張っているが、

 

「……これが使徒? あんまり強そうじゃなさそうですが……」

 

「はい、弱いですよ」

 

「!?」

 

「とはいえ、全く戦えないというほどでもありませんが」

 

「……!」

 

 藤吉郎がショックを受けたように白目を剥くが、白兎の淡々としたフォローを受けて首をぶんぶんと縦に振っている。必死な様がよく分かるというか、

 

「……“いつか強くなります!”って、感じですね」

 

「そういえば、イヴさんは心を読めるんでしたね。なら、藤吉郎の言ってることも分かるんですか?」

 

「動物の心だと、言語が抽出出来ないから難しいですが……まあ、何となくは分かりますよ」

 

 一応動物やムシの気持ちも読み取れるが、人の言語ではなく抽象的な形でしか読み取れないので、それを完璧に読み取ることは難しい。

 しかしまあ長年使ってきた力なので、動物の心でもパターンは何となく分かっているし、感情と合わせれば何となくは翻訳出来るものだ。

 さすがに言葉を介せないはぐれ使徒となると初めての経験だが、要領は同じなので出来なくはない。使徒相手に無礼は出来ないと思っているし、怖い存在であることには間違いないはずだが、

 

「……よく見ると可愛いですね。使徒には見えないくらいには」

 

「何でも、かつて人類を治めていた藤原石丸に倒された魔人の使徒だそうです。その際に父が生き残った藤吉郎を引き取ったらしいと」

 

「……人類史、ですか」

 

 白兎から齎されたその内容に、イヴは微妙な気持ちになる。

 するとそれを察したのか、白兎が僅かに息を詰め、

 

「……そうでした。牧場育ちのイヴさんには、人類史は知りようがないことですね」

 

「……ええ、お察しの通り、牧場で習う歴史は、“人類はその昔から魔物に生かされていた”ということくらいで、その他のことは詳しくなく……よければ、それらの歴史が記述された本でもあれば閲覧させて頂きたいですが……」

 

「構いませんよ。図書室がありますので、そこで自由に閲覧出来ます。……もしくは、知りたければ私が教えてあげても良いですが?」

 

「お気持ちは有り難いですが、自分で調べてみたいので結構です」

 

「そ、そうですか……残念です」

 

 教えたい、と言わんばかりにうずうずとし始めたが、遠慮させてもらう。その際にしょんぼりとされたので、若干心苦しくもなるが、人類史について魔人の娘から教わるのは――こう言ってはなんだが、一方的な目線の物の可能性もある。

 勝者の歴史と敗者の歴史は違うし、先程教えてくれたことも、特に魔物側に都合の良い情報というわけでもなさそうだが、出来れば幾つかの書物などから精査したいものだ。

 もっとも、書物であっても書き手の意図は介在するので、完全に公平な目線で書かれた歴史書はないかもしれないが、それでも事実だけを客観的に書こうとしているものは存在するはずだし、幾つかの書物と照らし合わせることで正確な史実が読み取ることも出来る。

 牧場で教えられる歴史は、魔物の都合の良いように改竄されたものな上、人類史となると詳しく語られることもないため、少し楽しみでもある。

 ある意味で、白兎が教えられた魔物側の目線から見た歴史というのも興味深いので、自分で調べた後でならそれを聞くのも悪くないかもしれないが。故に、

 

「……聞きたいことが出来た時は、よろしくお願いしますね」

 

「! はいっ! 私に任せてください……!」

 

 目線を逸しながら一応そう告げてやると、白兎が嬉しそうにそれを了承する。

 何というか、この一日で大分人間強度が下がった気がしてくるが、まあ、まだ大丈夫だろう。これくらいは友達関係を維持するために必要なことをしてるだけなのと、自分の利益の為にやっていることなので、決して白兎を慮っているわけではないのだ。

 そう思うと、タイミング良く白兎がある扉の前で立ち止まり、その部屋を開けた。こちらを中に招き入れ、

 

「ここが私の部屋です。ささ、どうぞ」

 

「……へぇ……」

 

 と、招き入れられた白兎の部屋の中を見渡しながら興味深いなと息を漏らす。

 魔人の一人娘ともなると、やはりかなりの広さがあるし、家具なども拘って作られているように感じた。

 特に部屋の片隅に、座敷の様な、畳の敷かれた一角があるのは、やはり彼女の母親がJAPANの人だからだろうか。

 本人の身に着けている服や得物もJAPANの文化にちなんだものであるし、影響を受けたのかもしれない。

 そしてどれも、イヴにとっては初めて目にするものばかりだった。

 

「友人を部屋に入れるのは初めてなので、楽しいですね……!」

 

「そ、そうですか……」

 

 部屋に入れるだけで楽しいのか、と冷静な指摘を頭の中で思い浮かべるが、何故か自分もそわそわしてしまっているので思わず頷いてしまう。

 しかし、聞くべきことは聞いておこうと、咳払いを一つ行うと、

 

「んっ……そういえば、聞きたいことがあるのですけど、よろしいですか?」

 

「……! 構いませんよ。何でもどうぞ」

 

 と、前置きを一つ。白兎の微妙に期待するような様子を見ながらも、イヴは疑問を口にした。

 

「えっと……今日から、本当にここに住むんですか?」

 

「そうして貰おうかと……もしかして、嫌ですか?」

 

「い、いえ、嫌ではないですけど……」

 

「ほっ、なら良かったです」

 

 露骨に残念がられると困るが、まあそれはいい。

 城に住めるならそれはそれで良い生活が送れるのだし、特A級に選ばれた自分に相応しい場所とも言えるだろう。

 だが、他にも聞くべきことはある。例えば、

 

「お仕事などはどうするのです? ここから通えばいいんですか?」

 

「あっ、はい。イヴさんには私の補佐をして貰います」

 

「補佐と言うと――」

 

「お供と言いますか……秘書みたいなものです」

 

 白兎の言葉に内心で、なるほど、と頷く。

 ある意味では大出世だ。下級使徒の秘書、と言うと少し低いようにも感じるが、牧場の管理を実質的に行っている者の補佐。それも実は魔人の娘の秘書となると、かなりの地位なのではなかろうかと思う。

 

「――分かりました。では、これからよろしくお願いしますね?」

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 その気になれば更に上も目指せそうな位置だと納得し、イヴはにっこりと笑みを浮かべて握手を交わす。

 すると白兎は早速と言わんばかりに少し足早に部屋の棚に向かうと、

 

「というわけで遊びましょう……! 何がいいですか? 何でもありますよ!」

 

「……そうですね……」

 

 イヴは白兎から選択権を与えられたので、どれを選ぶかと悩みつつも、これからのことに思考を回す。

 友人関係を築くこととは言うが、友人だとしても主導権はこちらが握りたい。

 故にここは、勝ち負けが決まるもので遊び、その強さを見せつけて置きたいところだ。

 そうすれば白兎も、“凄いです……天才ですね、イブさん!”みたいな感じでこちらを持ち上げれくれるだろうし、主導権を少しこちらに引き戻せる。

 想像してみただけでとても気分も良いし、そうしよう。

 となればここは確実に勝てるもので行こうと――

 

「……チェスなんかどうですか?」

 

「いいですよ」

 

 と、自然に自分が1番得意なゲームを選んでみせる。

 こういった頭脳を使うものは、自分の天才的頭脳もそうだが、心や感情を読み取れるこちらが圧倒的に有利なのだ。

 幾ら白兎も天才とはいえ、これなら負けないだろうと。本当はトランプなんかでも良かったが、目の見えない相手――幾ら感覚が図抜けている白兎とはいえ、絵柄以外に違いがないものを判別するのは難しいだろうし、止めといた方が無難だ。

 心理戦が得意なので、ポーカーなどが良かったが、

 ……ふ、ふふ、これくらいハンデですから。

 そう、ハンデなのだ。

 本当は相手が最も不利なものを選んでも良いのだが、それだと可哀想だろう。別に白兎を気遣っているわけではなく、これは王者の余裕というやつだ。

 勝負は一方的だとつまらないものだし、友人に少しくらい花を持たせるのも悪くない。

 その上で勝ってしまえばいいのだ、と、イヴは不敵に笑みを浮かべると、

 

「では、先行は差し上げます」

 

「いいんですか?」

 

「構いませんよ」

 

 何故なら、

 

「私――チェスで負けたこと、ありませんから」

 

 

 

 

 ――イヴは負けた。

 

「……チェックメイト、です」

 

「~~~っ!」

 

 しかもこれで5回目の対戦であり、5回目の敗北だった。

 拳を握り、頬を紅く膨らませながら、イヴは敗北の屈辱を感じて声にならない声で唸る。

 

「……もう一回」

 

「……いいですけど、5回勝負だったのでは?」

 

「こ、ここまでは練習です。今からが本番ですから……!」

 

「……それなら――」

 

 と、泣きの一回を続けて――また負けた。

 

「お、お強いですね……」

 

「……ええ、まあ……昔から、周りの人と遊んでましたし……」

 

 白兎が言い辛そうにそう口にすると、イヴは、“くっ”と苦悶の声を漏らした。

 何たる屈辱か。よもや己の得意分野だと啖呵を切って、負けるとは。恥ずかしすぎる。

 主導権を握るばかりか、辱めを受けてしまった。そのことに対するフォローを咄嗟に考えるも、

 

「イヴさんの方は、指し方にクセがありますね」

 

「!」

 

 と、白兎の言葉が先であった。

 彼女はチェスの駒を元の位置に戻しながら分析するように、

 

「戦法を変えてはいるみたいですが、最初の1戦で大体のクセは見抜けましたので読み切ってしまえば楽です。指し方が特徴的なのは牧場の閉鎖的な空間で勝利の経験を拾いすぎたからでしょうか。経験値の差がどうしても浮き彫りになっていますし、フェアではありませんでしたね」

 

「そ、そうですね……チェスは得意なのですか?」

 

「いえ、どちらかと言うと将棋の方が――」

 

「…………」

 

「あっ……で、でも、友人とやるのは初めてなので……楽しいですね!」

 

「っ……そ、そう……まあ、そうですね……」

 

 悔しさを噛み殺しながら問いかけるが、笑顔でそう言われてしまい、何も言えなくなってしまう。

 まあ何か言っても負け惜しみみたいになるのでこれで良いのかも知れないが、

 ……意外と毒舌ですね……!

 何とまあ、こちらの痛いところを突いてくる。今までトップを走ってきた自分にとっては中々、プライドが傷つけられる発言だ。

 だが、

 

「……そ、それより、もう少しで夕食なので楽しみにしておいてください! うちのご飯は美味しいですから! それと、お風呂も広いですし、ベッドもふかふかで……あ、イヴさんの服も幾つか持ってこさせますね! それ一着だと味気ないですし……!」

 

 気を使うならもっと早く使って欲しいと思いつつも、白兎はこちらに必死にアピールを続ける白兎を見る。正直、遠回しな実家自慢を喰らっている様な気もするが、

 

「……ありがとうございます」

 

 有り難いことには違いないので、素直にお礼を告げておく。

 友人という相手から施しを受けるのはどうなのかと疑問を覚えるが、そう言ってられる立場でもないし、相手はこれから上司ともなり得るのだ。

 それに、

 

「あ、あの……もしかして、お節介でしたか……?」

 

「……いえ、そんなことありませんよ」

 

「それならいいのですが……では、次は別のことをして遊びましょう。それに、今日は室内ですが、明日は私の試合もありますし、外で遊びましょうね!」

 

 と、こうやって積極的に距離を詰めようとしてくるのは、嫌な気分ではない。

 ……しょうがないですね……。

 故にイヴは、この奇妙な友人関係にしばらくは付き合ってみることにした。

 

 

 

 

 ――翌日。

 

 白兎の朝は早かった。

 いつも早いのだが、今日は一段と早い。

 何しろ、

 ……昨日は興奮し過ぎてしまいました……。

 初めての人間のお友達が出来たことで舞い上がってしまい、一晩中興奮してしまい全然眠れなかったのだ。

 しかし、己は魔人と人間のハーフ。一日睡眠を取らなかったくらいではどうにもならない。

 親からはちゃんと睡眠を取るようにと言われているので、今日はそれを破ってしまった形だが、それもある意味で大人みたいでいいと思う。

 それに自分は大人なのだし、体調管理くらいは自分でも余裕だ。

 今も身体に不調は見当たらないし、と自分の身体を軽く動かして確認すると、白兎は毎日の日課をこなすために支度をして部屋を出た。

 

「おはようございます、白兎様」

 

「おはようございます、メイド長さん」

 

 部屋を出ると、目の前にメイド長さんが立っており、お互いに挨拶を交わし合う。

 どんな時でも呼べば瞬時に現れるスーパーメイドであり、白兎もその万能振りを尊敬している相手だ。

 なので早朝から部屋の前に現れたことは疑問とはならない。いつものことなのだと、

 

「ご主人様が中庭でお待ちです」

 

「わかりました」

 

 と、白兎はメイド長さんの言葉を受けて直ぐに中庭へと向かう。

 途中、既に仕事を始めていた幾人かのメイドとすれ違うが、その度に挨拶を交わし、軽く撫でられたりもする。少しスキンシップが多い気がするのが何とも言えないが、半目で軽く抗議の視線を送るだけに留める。

 しかしそれはそれで“可愛い”と寄ってくるのもいるので疲れる。なので早々に中庭へと辿り着くと、

 

「――おはよう御座います、父上」

 

「ああ、おはよう、白兎」

 

 と、既に中庭の中央で待っていた父――レオンハルトに挨拶をする。そして上を見上げ、

 

「ライゼンさんもおはよう御座います」

 

「うむ……今日も訓練か」

 

「はい。なのでよろしくお願いします」

 

 居候をしているドラゴンのライゼンにもきちんと挨拶を行う。

 稽古を行う時なんかはお世話になることもあるし、幼い頃から話し相手にもなってくれることもあってそれなりに仲は良い相手だ。

 

「今日は山に行く」

 

「はい。……失礼しますね、ライゼンさん」

 

「うむ」

 

 と、そのレオンハルトの言葉とともに、白兎はライゼンの背に跳び乗るようにして乗り込む。相変わらずライゼンがレオンハルトを軽く睨んだり、ちょっとした言葉のやり取りを行うが、特に嫌がることもなくライゼンも乗せていってくれるのだ。

 そうして山に着くと、直ぐに白兎の稽古が始まる。

 

「では、始めるぞ」

 

「――お願いします」

 

 稽古前に深く一礼。

 自分にとって剣術の師である父には、時折こうやって稽古を見て貰っている。指導してもらうに当たって当然の礼儀をまず行いながら、白兎は己の持つ刀を構えた。

 稽古の際、やることは幾つかあるが、その全てに共通することがある。

 それは――剣を振ること。剣を構えて行うことだ。

 

「いつも通り、呼吸から気を集中。それからゆっくりと剣を振れ」

 

「――はい」

 

 言われた通りに、まずは呼吸を行う。

 最初は当然、剣術の基礎からだ。

 その確認の為に、まずは呼吸を意識しながら行い、意識を集中させる。

 僅かな気の緩みもなくなったところで、ようやく剣を振るが、これは父の、“ただ闇雲に剣を振っても効率が悪い”という教えから来ている。

 そして、稽古において筋力トレーニングや体力づくりのための走り込みは一切やらないが、これも父の教えの一つだ。

 

「――すぅ……ふー……」

 

 ゆっくりと剣を振り、その動きを確認しながら、徐々に剣速を速くしていき、素振りを行う。

 体作りは基本的に、素振りや実戦のみで行うのだ。

 これは、剣を振る以外の無駄な筋力を付けないための訓練方法である。

 筋トレや走り込みを行うと、幾ら正しい方法でそれを行ったとしても、剣を振る以外の邪魔な筋肉が付いたりしてしまう。

 それらの無駄を完全に排除するため、レオンハルトは娘である白兎に、剣を振ることと実戦以外の基礎トレーニングを禁じていた。

 剣を振り、また戦いのために動くことで、それらに適した剣士としての無駄のない肉体になっていくのだ。

 力だけを闇雲につけても剣士として強くなるわけではない。身体を鍛えようとしているわけではなく、剣士として強くなろうと言うのなら、剣を振る以外のことをするな、とレオンハルトは白兎に教えていた。

 剣を通じて、強さを鍛える。力も速度も技も心も、その全ては剣から通じるものであり、剣に伝わっていなくてはならない。

 それが世界最強の剣士であり、白兎が尊敬する父の、剣の理だ。

 レオンハルト自身は、“俺と同じ剣である必要はない。自分なりの剣を見つけろ”と言ってくれるが、白兎としては父の剣の道を追いたい。

 父の血を受け継ぐ自分なら、それは可能であるはずだ。

 幸いにも才能はあると言ってくれているし、未だ修行中の身であるが、それなりに“出来る”自信もある。一度剣の道を選んだ以上は、父の名に恥じないように。そして父や周囲の期待に応えたいと思う。

 故に――、

 

「――!」

 

 と、不意に飛んできた攻撃を、白兎は刀で振り落とす。

 それは父が放った木刀での斬撃だ。

 

「続けろ」

 

「はい――」

 

 稽古の最中、時折父からこうやって不意の攻撃が飛んでくる。――これも、こちらの集中力や反応速度を鍛えるための訓練だ。

 かなり手加減された攻撃ではあるが、魔人である父の攻撃が重く鋭い。そこらで拾ってきた木の棒を、軽く剣の形に整えた即席の木刀であっても、世界最強の剣技を以てすれば、鉄を斬り裂くことも出来る。

 

「っ……!」

 

「…………」

 

 変わらずいつもの稽古を繰り返す中でも、不意の斬撃は飛んでくるため、気を抜くことは出来ない。そして気を張り続けていると、その打ち込みの強さも相まって、段々と体力を削られていく。

 最後の軽い掛かり稽古に差し掛かる頃には、かなり体力が削られているが、だからといってそこで手を休めることはない。体力と気力が続く限り、休憩は一切取らないのだ。

 

「……足捌きが少し乱れたぞ」

 

「はいっ……!」

 

 普段は優しい父だが剣術については拘り、当然、稽古の時も厳しい。

 声を荒げるようなことはしないが、駄目なところが直ぐに指摘の声を飛ばすし、その剣気に当てられ、鋭い眼差しでじっと見られながらの訓練は重圧を感じて足が重くなる。

 それでも稽古は1、2時間もすれば終わるが、休み無く動き続けるのは、魔人と人間のハーフで身体が人よりも丈夫な白兎であっても、それなりに疲労が溜まる。

 しかも遥か格上の父相手であれば尚更だ。並の相手であれば24時間戦い続けることも不可能ではないと自負しているが、父相手だと1時間も経てば息が切れてしまうので。

 

「――今日はこの辺にしておくか」

 

「はぁ……はぁ……っ、ありがとう、御座いました……!」

 

 と、父がこちらの様子を見て稽古の終了を告げると、息を乱しながらもきちんと一礼する。

 そこでようやく、身体を休めることが出来るのだが、

 

「ほら、水だ」

 

「ありがとうございます……」

 

 父から手渡された水筒で水分を補給する。

 そしてそのタイミングで、父はこちらを見据えて言った。

 

「今日は反応が僅かに悪かったが、何かあったか?」

 

 と、言うその顔は、何かあったんだろう? と確信するような顔だ。

 その日の状態なんかを正確に気づいてくる父に、隠し事は通用しないので、白兎は恐る恐ると切り出した。

 

「……実は、その……昨日は興奮してしまい、寝れずに……」

 

「……興奮?」

 

 はい、とその理由を白兎は恥ずかしく思いながらも説明した。

 

「は、初めての友達が出来て……でも、なんだか距離があるような気もして……その、私一人が浮かれてしまっていたようで恥ずかしいんです……」

 

 内心を吐露すると、父は一瞬動きを止めたが、直ぐに再起動して頷いた。

 

「……なるほどな。それが気になって集中出来なかったか」

 

「……はい、ごめんなさい、父上」

 

 友人の事を考えて稽古に身が入らないというのは、はっきり言って良くないことだ。

 こちらはお願いして稽古をしてもらっているのだから、集中できないなら止めてしまえと言われてもおかしくない。

 だからバツが悪くなり、白兎は謝る。しかし、

 

「……いや、謝らなくていい。友達を想うことは大切なことだ」

 

「……ですが、稽古に集中出来ていないのは駄目です」

 

 友人を言い訳にしたくはない。

 だが父はこう言った。

 

「確かにそうかも知れない。――だが、友人を蔑ろにしてまで剣に打ち込むよりは、稽古に集中出来ないくらいに友人を想っていることの方が……親としては嬉しい」

 

「……!」

 

 と、父は微笑を浮かべ、こちらの頭を撫でながら言った。

 剣の師としてではなく、親として、

 

「稽古はいつでも好きな時に頑張ればいいが、人間関係はそうはいかない。だからそちらを優先しても構わない。……まあ、友達のことについて、俺がしてやれることはそう多くはないが……何か相談や手助けしてほしいならいつでも言っていいからな」

 

「父上……」

 

「白兎のやりたいことをやってみろ。俺が出来ることなら何でもやってやるし、全力で応援してやる」

 

 頼もしい父の言葉と、大きな手を感じて白兎は父を見上げる。

 その温かい言葉に、もやもやが綺麗に消えていくような感覚を覚えて、白兎は尊敬する父の愛情を深く感じ取る。

 

「……ありがとうございます、父上……」

 

「礼はいい。家族として、親として当然のことだ。……それとな――」

 

 感謝の言葉を告げると、膝を突いて、こちらに目線を合わせてくる。

 何でしょう、と首を傾げていると、

 

「……昔みたいに、パパって呼んでくれてもいいんだぞ?」

 

「…………」

 

「あ、出来れば、“パパ、大好き”って言ってくれるとお父さん、凄く喜ぶし、おまけにちゅーしてくれたらもっと喜ぶんだが……どうだ?」

 

 と、迫真の表情で白兎を見据えて、父は問うてくる。

 思わず白兎が半目になり、感動が半減した。

 ……ガッカリです。

 途中までは凄く温かい気持ちになって幸せだったのに、最後の最後で締まらないことを言われてしまい、何とも微妙な気分になる。

 それに、そういうことを言われてしまったら、尚更やり辛いのだ。

 唯でさえ恥ずかしいのだから。なので、

 

「……パパ、嫌いです」

 

「――ぐはぁあああっ!?」

 

 試しにそう口にしてみると、レオンハルトはその場から仰け反り、胸を抑えて倒れた。そして息も絶え絶えになり、

 

「ぐっ……う、ぐ……はぁ……はぁ……や、やめてくれ、白兎……その言葉は、俺に効く……!」

 

「…………」

 

「うがあああっ!? む、無言のジト目も可愛いが、反応がないのは、つ、辛い……! ここがあの世か……ッ!」

 

 ……冗談だったのに。

 白兎の冗談でこのダメージは、本気だったとしたら本当に死ぬのではないかと思ってしまうほどの反応だった。

 最強の魔人としての実力や肉体、その防御、無敵結界すらも貫通して致命傷を負わせる世界最強の攻撃。それは、娘からの“嫌い”発言であったのだ。

 魔人レオンハルトを敗北させたいなら、正面衝突で挑むよりも娘を懐柔してそう言わせた方が手っ取り早いかもしれないかもしれない。少なくとも弱体化はするだろう。

 

「……はぁ、全く……」

 

 と、しかし白兎は倒れ込んだレオンハルトの耳元に顔を近づけると、

 

「――ぱ、パパ、大好き……」

 

「――ッ!!!」

 

 今度は、反対の言葉を照れながら告げた。

 瞬間、レオンハルトはガバっと即座に立ち上がり、

 

「か、可愛いいいいいい……ッ!! 可愛いぞ、白兎ォ――!!」

 

「あっ、ちょっと――」

 

 復活し、白兎を胸に抱きしめてスリスリと頬ずりを始めた。

 

「天使過ぎる……いや、天使と比べては失礼だな……! もはや可愛さの化身だなぁ、おい!」

 

「っ、く、くすぐったいので止めて下さい……」

 

 と、言いながら顔を赤くして照れる白兎だが、満更でもないのか抵抗は薄い。

 故にレオンハルトも止まることはなく、一人娘の可愛さにテンションをバク上げしていた。

 

「この後はパパと一緒に朝風呂だからな? 昨日約束したし、ちゃんと洗ってやるから白兎もパパの背中洗ってくれるよな!?」

 

「……わ、分かってますよ、もう……」

 

「恥ずかしがりやなところも可愛いぞー!」

 

 世界最強の攻撃が嫌い発言なら、世界最強の復活術は“好き”発言だった。

 普段から威厳たっぷりで、鋭い目つきもあって威圧的なレオンハルトが、娘の前ではその全てを霧散させて、ただの人の親となる。

 それを見て白兎は息を吐き、

 ……仕方のないパパです……。

 レオンハルトの暑苦しい抱擁と可愛がりを受けながら、自分もちょっぴりとだけ、父親の身体をぎゅっと掴んだ。

 




スラル「ソリッドブラッドォ!」

レオンハルト「うおおぉ!?」

※作中は平和ですが、後書きはガチってる最中なのでこれ以上お送りすることが出来ませんのでご了承下さい

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。