※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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忠誠心

 

「なるほど、外出されたのだな?」

 

 魔王城正門入り口。

 大きな球体を腹に埋め込んだ黄色の魔物、魔物将軍が書類を手に訪れていた。

 正門を警備している魔物兵に再度聞き返すも、やはり返ってきた言葉は、

 

「へい、レオンハルト様はコマンダーを連れてここを通っていきました」

 

「ふむ……」

 

 上官である魔物将軍へ丁寧に言葉を紡ぐ魔物兵。彼が見た限りでは魔物将軍の探し人であるレオンハルトは五時間以上前に外に出て以来、まだ帰ってきてきていないのだという。

 魔物将軍は困ったように息を吐いて唸る。

 

「出来れば報告だけでもしておきたかったが……」

 

 魔物将軍が持ってきた書類は、急ぎというほど緊急の案件でもないがかといって後回しにしていいほどでもない書類だった。

 出来る事ならば今日か明日には済ませておきたい。しかし魔物将軍の間が悪かったのかレオンハルトは外出中であり、しばらく帰ってきていないのだという。

 辺りはすっかり夜。だが他の魔人の方々ならともかくレオンハルトは夜に報告にいったところで機嫌を悪くしたり断ったりするほど狭量ではない。故にもう少し待ってから報告しても構わないのだが。

 

「……明日に回すか」

 

 それにあの方が外出して長い時間帰ってこないという事はそれほど重要な用件なのだろう。今から帰ってきて報告しても暇ではないのかもしれない。明日の朝一でも構わないだろう。

 魔物将軍がそうしようと決めて踵を返そうとした時――

 

「あっ!」

 

「む、どうした――」

 

 魔物兵が声を上げたのを聞いて何事かと立ち止まる。

 すると視線の先、とある男女が魔王城に向かって真っ直ぐ歩いてきていた。

 その姿を魔軍に所属する、特に関わりの深い魔物将軍が見間違える筈はない。魔人レオンハルトだ。

 

 しかし、もう一人の方は誰なのだろう。見た目は金髪の女性。雰囲気からして人間ではなく魔物――女の子モンスターなのだろうが、ああいった容姿の女の子モンスターがいただろうか?

 魔物将軍が首を傾げていると、二人が近づいてきた。向こうもこちらに気づいたらしい。

 レオンハルトが魔物将軍に視線を向ける。

 十分に近づいてきたタイミングで魔物将軍は声を掛けた。

 

「お帰りなさいませ、レオンハルト様」

 

「ああ。こんなところでどうした?」

 

 レオンハルトは魔物将軍の挨拶に短く反応すると、用事でもあるのかと尋ねてくれる。

 少し迷ったが報告を後回しにするのも良くないだろう。魔物将軍は書類を差し出した。

 

「いえ、少々込み入った書類がありまして。レオンハルト様をお探ししていたところです」

 

「それは悪いな。長いこと出てたし、待たせただろ?」

 

「いえ、今ちょうど報告に行こうとしたところですのでお気になさらず」

 

 レオンハルトの軽い謝罪にこちらも気遣いで答える。いちいち待ってましたと言うわけがない。

 それを知ってか知らずか、レオンハルトは納得したように頷いた。

 

「ならさっそく部屋で検討させてもらうか――おい」

 

「はい」

 

 レオンハルトが呼びかけると隣にいた金髪の美少女が短い返事と共に前に進み出る。

 そして魔物将軍に向かって堂々と話しかけてきた。

 

「その書類、わたくしが受け取りますわ」

 

「……? 失礼ですが、あなたは?」

 

 魔物将軍が思わず眉を寄せる。レオンハルトに渡す書類を受け取る目の間で代わりに受け取る彼女はいったい?

 そしてそんな疑問に彼女は堂々と胸を張って答えた。

 

「よくぞ聞いてくれました! わたくしはこちらの魔人、レオンハルト様の使徒――」

 

 魔物将軍や魔物兵の前で彼女はビシッとポーズを決めた。

 

「――魔物界一の完璧使徒、キャロルと申します! 以後お見知りおきを!」

 

「!!」

 

「れ、レオンハルト様の使徒……!?」

 

 魔物将軍とそれを聞いていた魔物兵が仰天する。

 言葉も出ないほどにその事実に驚かざるを得ない。確かに目の前のキャロルと名乗った彼女は自分達と同じ紛れもない魔の者。しかし使徒。それもレオンハルトの使徒ともなれば魔軍でも自分達の上司に他ならない。

 

「ふふん……決まりましたわ……」

 

 しかし、何故だろう。少しばかり、いやかなり残念――いや、厄介そうな匂いがする。

 驚きのあまりに動けないでいると、レオンハルトが頭を抱えながら溜息をつく。

 

「……ま、そういうわけだ。これからはよく関わる事になるだろうからよろしくしてやれ」

 

「は、は……畏まりました」

 

 確かにレオンハルトの言う通り。彼の使徒であるというのなら否応もない。魔物社会において使徒は魔人の側近であり自分達よりも上位の存在なのだ。

 ゆえにもう一度キャロルに視線を向ける。

 

「わたくしは……レオンハルト様の使徒! レオンハルト様の使徒キャロル! なんていい響きでしょう……! ええ、何度でも言いたくなりますわ……魔人四天王にして魔軍参謀であるレオンハルト様の使徒キャロル……もっとも良い呼び方は何かしら……一番良い言葉を考えないと……」

 

「…………」

 

「悪いが頼むぞ」

 

「……ええ」

 

 レオンハルトにそう言われはしたものの、キラキラと天を仰ぎながら使徒であることを口に出し続けるキャロルに魔物将軍は内心に渦巻く不安を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 ――その情報はすぐに城内に広まった。

 

「おい、聞いたか。レオンハルト様が使徒をお作りになったらしいぜ」

 

「マジか……怖くない方ならいいなぁ……」

 

「レオンハルト様に使徒が出来た、か……接しやすい方だといいのだが」

 

「魔人や使徒の方々は癖が強いからな」

 

「しかしレオンハルト様の使徒なら優秀に違いない」

 

 魔物将軍や魔物隊長、末端の魔物兵にまで情報と噂が拡散され、憶測も飛び交う。新たな魔人や使徒の話題というのは魔軍に属する彼らにとっては最も重要であり、場合によっては死活問題になりかねないのだ。

 なにせ何が好みで何が嫌いか、もし凶暴な性格なら機嫌を害しただけで殺されることもある。ゆえにその情報は自身の進退に大きく関わる。

 故に皆がその使徒を一目みようと考える。

 しかし野次馬のように集まるわけにもいかない。廊下で通りがかるのを待つか、仕事で関わりが出来るのを待つしか無い。

 だが、それを偶然目にすることも出来た者もいる。

 

「お、おいっ、来たぞ……」

 

「おお、あれがレオンハルト様の使徒か……」

 

 廊下で駄弁っていた何体かの魔物兵や魔物隊長、魔物将軍がそれを目撃して静まり返る。

 前方からゆっくりと歩いてくるのは魔人レオンハルト。そしてその半歩後ろを歩くのは、レオンハルトの使徒キャロル。

 

「――ふふん……」

 

 彼女が廊下の真ん中を堂々と歩いている。それはもう堂々とし過ぎるくらいには。

 見ればどことなく自身に満ちた表情――とても自慢気な表情で歩みを進めながら時折、その左右に縛った黄金の髪の片方をふぁさっ……とかき上げる。

 その後ろを歩くレオンハルトがどこか――とても面倒くさそうな表情をしているのは気のせいだろうか。

 

「あー、でもレオンハルト様いいなあ……あんな風に美少女を使徒に出来るなんて……俺も女の子モンスターの彼女欲しい……」

 

「わかる。戦争で人間めちゃくちゃにするのも楽しいけどそればっかりだとなぁ……」

 

 そんな何処か対照的な様子に見える主従を魔物兵達はどこか羨望に満ちた視線で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 しばらくの間、歩き続けると周囲から気配が少なくなっていく。

 なぜならこの辺りのフロアは魔人四天王の部屋が並び、更に少し先に進めば魔王の部屋。魔軍の重鎮が多く居るフロアなのだ。

 魔人レオンハルトは自分の部屋に使徒であるキャロルと共に入室すると、彼女に改めて目を向ける。

 

「あぁ……レオンハルト様の使徒となったわたくしが皆さんの視線を独り占めに……さすがはレオンハルト様、話題性も他の追随を許しませんのね……!」

 

 未だに自分の名前を呟きながらトリップした様子のキャロルを見て胡乱な感情を抱く。

 

「……お前、頭大丈夫か?」

 

 思わずそう声を掛けるも、

 

「頭……はっ!? 髪の色もレオンハルト様と同じ輝くような黄金……! こんなところまで一緒だなんて……さすがはレオンハルト様。髪すらも自分の色に染めてしまうとは……! わたくしをこれ以上喜ばせてどうするおつもりですか……!」

 

「俺が決めた訳じゃねぇけどな」

 

 しかしそんな言葉も聞こえていないのか、分けられた自分の髪を抱きしめていやんいやんと身体を振るキャロル。

 

 …………すげぇ、鬱陶しいな。

 

 キャロルを見てそんな感想を抱いてしまうレオンハルト。正確には好かれているのは悪い気はしないものの、その表現が大袈裟なので反応に困るので面倒というのが正しい。

 まあ今は願いが叶って昂ぶってるだけ、そのうち落ち着くことだろう、とレオンハルトは考えを放棄する。

 それに先に説明しておかなければならない。レオンハルトは真剣な声色で彼女を呼ぶ。

 

「――キャロル」

 

「はい! あなたのキャロルですレオンハルト様! 如何なさいましたか!」

 

「……もうちょっとで客が来るからな。覚悟しとけ」

 

「了解ですわ! おもてなしの準備をしなければ……! 紅茶とお茶菓子と……あっ、そういえばご夕食がまだですわね。レオンハルト様! ご夕食はどう致しましょう!?」

 

 そのテンションはもう基本なのだろうか、もはやつっこむ事を諦めてレオンハルトは返答する。

 

「落ち着けキャロル。夕飯は……準備、準備……し、しなくていいぞ」

 

「……? わかりましたわ」

 

 主のおかしな様子にキャロルが違和感を憶えながらも頷く。

 レオンハルトは条件反射で震える自分の手を抑えながら気を取り直して言葉を続ける。

 

「……それでまぁ、客が来る前に色々と話す事がある」

 

「何でしょう?」

 

「簡単なことだ。俺がよく人間の指揮官と決闘をする理由だな」

 

「? 相手の士気を挫くため……もしくはレオンハルト様が単純にお好きだからではありませんの?」

 

 キャロルがこともなげにそれを口にする。元コマンダーというだけはあるだろう。レオンハルトはそれに頷きつつも表情を崩さない。

 

「それも間違ってねぇけどな。特に後半の理由は。それすらも過程でしかない」

 

「でしたらその理由は何でしょう?」

 

「…………」

 

 レオンハルトは一度、息を吐いて目を閉じる。それは自分への最後の確認作業だ。

 今までそれを命じた一人以外にはひた隠しにしてきたその理由。それを今から自分の使徒にとはいえ口にするのだ。

 だが、これくらいもいえなくては使徒を作った意味がない。心も休まらないだろう。

 レオンハルトは決心する。あの時の誓いは嘘じゃないとキャロルを信用して、それを口にした。

 

「それは――人間を滅ぼさないようにするためだ」

 

 言った。いくら魔王の命令の望みとはいえ魔軍に所属する者にとっては背信行為ともいえるそれを口にした。

 レオンハルトはなおも続ける。

 

「人間の被害を出来るだけ減らすため、俺は相手の指揮官だけを殺して残りは適当に追い返してる。部下や他のやつに違和感を抱かれないよう適度に侵略しては略奪を許して終わった後は解放。そしてしばらくその地域は襲わずに別の場所に戦場を移す。これを繰り返してる」

 

 全てを説明してやる。元が人間ですらない女の子モンスターである彼女はどう思うだろうか。

 

「俺が人間の実力者、指揮官を殺す理由がそれだ。強い奴と戦いたいってのも嘘じゃねぇがな……」

 

 全てを言い終え、レオンハルトは自分の使徒であるキャロルの顔を見ようと目を見開く。

 すると、

 

「……なんだ、そういうことでしたのね。なら、わたくしもレオンハルト様の目的に沿うように頑張りますわ!」

 

 先程と全く変わらない様子でそう意気込んだ。

 レオンハルトはそんな彼女を見て、眉を寄せてしまう。

 

「……それだけか?」

 

「えっ?」

 

「……人間を助けている事について何とも思わないのか?」

 

「うーん……そうですわね……」

 

 キャロルはその言葉を聞いて、主が求めていることを理解したのか少し思案するような顔になるが、やがて表情を戻して返答を告げた。

 

「ちょびっとだけ驚いたかもしれません。でも人間とか魔軍とかよりもレオンハルト様の方が大事ですので問題ないですわ」

 

「…………」

 

「あの時の誓いは嘘じゃありません。レオンハルト様が人間につくというならわたくしもついていきますし、レオンハルト様の望みの為なら何でもしますわ」

 

 そうはっきりと口にする。その言葉はあまりにも真っ直ぐであの時の言葉に嘘がないことが理解出来る。レオンハルトはそんなキャロルの言葉をじっと聞いていた。

 

「あっ、でも、その……一つだけお願いが」

 

「…………なんだ?」

 

 キャロルは少し言いづらそうに目を逸らして恥ずかしがる。

 だが、それだけは言っておきたかったのかレオンハルトに向かって自身のお願いを口にした。

 

「その……わたくしがレオンハルト様のお役に立てたり、喜ばせることができたら……ほ、褒めて欲しいです!」

 

「……そんだけか?」

 

 そんなことでいいのかとレオンハルトは呆気にとられる。だが、キャロルにとっては大事な事であるらしく、こくこくと頷いていた。

 

「そ、それがいいです……レオンハルト様に褒めてもらうことが、わたくしのし、幸せですから……」

 

「…………」

 

 そんな恥ずかしい事をしっかりと口にしたキャロル。それをしっかりと耳にしたレオンハルトはしばらく無言のまま、なにやら呆然としているようだった。

 だが、それを理解して呑み込むと、

 

「……ハッ、なるほどな」

 

 短く笑って、キャロルの目前まで近づく。

 

「れ、レオンハルト様?」

 

「――褒めりゃいいんだな?」

 

 そう言ってキャロルの頭に手を伸ばした。

 

「――――っっっ!?」

 

 キャロルの身体がビクンッと跳ねる。

 

「こんな感じでどうだ?」

 

 レオンハルトがその手でキャロルの頭をわしゃわしゃと撫で回す。その事実に数秒遅れて気づいたキャロルは、

 

「――あ、あ、う、これ、レオ、ン、ハルト、さまぁ……!」

 

 何やら顔を真っ赤にして声を震わせた。

 そんな姿を見てもレオンハルトはまだそれを続ける。

 

「なんだ、そんなにいいのか? そんじゃもうちょっとだけな」

 

「あ、やっ、こ、これ良い……」

 

 更に撫でて、撫で回す。するとどんどんキャロルの目がとろん、と細まりうっとりとし始める。

 しかし数秒して、レオンハルトが手を頭から離そうとするとキャロルは惜しくなったのかもう一度自身の頭を突き出した。

 

「も、もっと……」

 

「ああ? ……しゃあねぇな」

 

「っ……んっ……」

 

 レオンハルトが再度頭に触れるとまたしてもピクリと方が動く。今度は覚悟していた為か動きは大きくない。

 

「ま、今日は特別だ。こうなったら幾らでも褒めて撫で回してやる」

 

「んんっ、はぁっ、あ、ありが、とう、ございま、す……」

 

 顔を惚気させてうっとりとしながらも何かに耐えているキャロルの様子をレオンハルトは何となく察した。

 だが、その上でレオンハルトは使徒の要望に応えて撫で回し続ける。

 自分の隠し事を喋っても全く疑わずに忠義を示してきたのを嬉しく感じたのは確かだ。そしてキャロルが今、何を楽しんでいるかも分かる。だが、今日くらいは好きにさせてやろうと敢えてそれに乗った。

 

「何か要望があるなら聞いてやるがどうする?」

 

「っ、あっ……ほ、ほめ、て」

 

「あーっと、褒めて、か?」

 

「み、耳、もと、で……ほ、褒めて、下さいっ……」

 

「…………はぁ、見上げた忠義だな。全くよ」

 

 レオンハルトはそう言いながらも自分の中の嗜虐心に若干の火が灯るのを感じていた。

だが、要望は何だと聞いたのは自分だ。故にその欲張りに本気で応えてやるためにレオンハルトはキャロルの頭をぐいっと引き込み、耳元に顔を寄せる。

 

「れっ、レオンハルト様ぁ……」

 

「――――さすがは俺の使徒だ。よくやったな、キャロル」

 

「っっっっ――――――――!!」

 

 息を吹きかけるように、耳元で囁くように褒めてやると面白いくらいにキャロルが震えたのがレオンハルトにはわかった。

 そして最早立っていることが辛くなったのか重心がふらりと蹌踉ける。

 

「おっと」

 

 それを咄嗟に支えてやる。

 

「れ、れおんはると、さまぁ……」

 

 するとキャロルはそのままレオンハルトの胸に顔を埋めるようにして擦りつけた。

 レオンハルトはそんな虚ろな彼女の姿を見て、呆れるように目を細める。

 

「……こいつ、俺のこと好きすぎねぇか……?」

 

 小声でそう言わざるを得ない。我ながら末恐ろしい程の乱れっぷりだ。もはやそういう才能があるのではとレオンハルトが思ってしまうほどには。

 だがご褒美はこんなところだろうとレオンハルトが息を吐く。これ以上はもはやそういう事でしかない。別にそれをやってやっても構わないのだが、そういう気分でもない。レオンハルトは今日新たな発見をした。自分に全幅の忠義を示されるのがあれほど嬉しいことだとは思わなかった。200年以上生きてきて初めての経験だ。故にそれに報いてやろうと思ったのである。

 

 レオンハルトは胸に張り付いたままのキャロルをどうしようかと部屋を見渡しながら思った。きっとスラルもこんな気持ちで――――

 

「…………まさか、な」

 

 レオンハルトはそこで嫌な予感を感じて扉の方向を見る。幾ら何でもそこまで悪いタイミングはないだろう。少しばかりキャロルを介抱して立ち直らせたら――

 

「――レオンハルト居る?」

 

「――!?」

 

 その時、ノックの音と共に扉の外から声が聞こえる。それはレオンハルトにとって何度も聞いた声。

 魔王スラル。キャロルの歓迎会の準備の為に厨房で料理を作ってる筈の自分の主。

 

 ――馬鹿な、早すぎる……!

 

 レオンハルト達が城に帰ってきた段階で魔物兵に伝えるように命令したはずだ。歓迎会、と伝えてほしいと。スラルならこういえば昨日の今日な事もあって自分が使徒を作ったのだと理解してくれるだろうと思い、そう伝えさせた。こう見えて付き合いも長くツーカーの仲だ。伝達ミスはないはずだが情報に齟齬が――いや、先に返事が先か。

 

「……どうしたんだ、スラル。少し早くないか?」

 

「ちょうど昼から料理の練習してたから。開けてくれる?」

 

「…………ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

「? わかった」

 

 レオンハルトは心の中で叫んだ。

 

 ――なんで今日に限って料理の練習なんかしてんだっ!?

 

 それに料理の練習なんかしたところでスラルの料理は必殺料理でしかない。これは200年間変わらない伝統。それを洗礼として食させるのが歓迎会みたいなものなのだ。一応それを終えたら残りは普通の料理を食べるのだが。

 とそこまで考え、昨日の今日だからこそ料理の練習をしてるのではないかとレオンハルトが推察する。昨日、使徒が出来たら歓迎会、という会話をしたから久々に気合を入れて練習を始めたのだろう。なんて間が悪いのだ。

 

「…………とりあえずこっちが先か。おい、キャロル」

 

「レオンハルト様ぁ……」

 

 レオンハルトが声を掛けるも、聞こえていないのかうっとりとした表情ですりすりと顔を頭を擦りつけてくるキャロル。

 

「惚けてんじゃねぇ、とりあえず離れろ」

 

「嫌ですわぁ……このまま」

 

「そんな場合じゃ――」

 

「レオンハルトー? もういい?」

 

「な……もう少し待ってくれ」

 

「もう少しと言わず今直ぐベッドに……」

 

「お前に言ってんじゃねぇよ!!」

 

「え……レオンハルト?」

 

「え、あ……おう」

 

「……大丈夫? なんか様子が変だけど」

 

「いや、そんなことは――」

 

「レオンハルト様……服を――」

 

「おい、脱がそうとしてんじゃねぇこの色ボケ使徒!」

 

「えっ、脱ぐ!?」

 

「だああっ、くそっ!」

 

 最早パニックである。

 レオンハルトは、抱きついたまま離れないキャロルを引き剥がそうとするが、中々しぶとい。

 というか自分は何故こんなに慌てているのだろうかとレオンハルトは思う。いっそもう見られても構わないのではないかと。そもそも自分が誰かと変な事をしていたところで文句を言われる筋合いはないのだ。

 いっそ開き直って見せつけてやろうかと思う。他の奴ならそうしたかもしれない。

 だが、その相手がスラルだと出来れば避けたい。故に早く――

 

「……レオンハルト?」

 

「ッ!?」

 

 気がつけば。ガチャリという扉の音と共に、スラルが部屋に入ってきていた。

 そしてスラルは二人の顔、魔人とその魔人に抱きついている使徒を交互に見る。

 すると、

 

「――レオンハルト? 何やってるの?」

 

「……こ、これはだな」

 

 スラルが威圧感を露わに自分を見つめる。その表情は無表情だが、そこには咎めるような謎の意味が込められているようにレオンハルトには感じた。

 いや、何かしらの言い訳をしようと、レオンハルトは頭を回転させる。

 そして、

 

「ちょっとさっきまで模擬戦をやっててな――」

 

「――ん、レオンハルト様。誰と――っ!?」

 

 無理めな言い訳をしようとしていたレオンハルトだが、抱きついていたキャロルがようやく会話に気づき、振り返ると直ぐ様離れた。

 そして、慌てたように膝を突き臣下の礼を取る。

 

「ま、魔王様……何のご用でしょうか!」

 

 やはり一般の魔物、馴染みのない者からすれば魔王は畏怖すべき存在なのだろう。カミーラにすら臆さなかったキャロルですら緊張が目に見える。

 

「……貴方は?」

 

 スラルがレオンハルトに向けていた威圧感をそのままキャロルにぶつける。

 

「は、はい。レオンハルト様の使徒になったキャロルと申します。以後お見知りおきを、魔王様」

 

「……ふぅん、そうなんだ」

 

 慇懃に頭を垂れるキャロル。そしてレオンハルトの使徒という言葉。それを聞いてスラルはほんの少し威圧感を抑えると、キャロルに向かって頭上から命令する。

 

「さっきまでレオンハルトと何をしてたの?」

 

「……ええと……その」

 

 キャロルがちらっと横目でレオンハルトを見る。そして主が必死に送ってくるアイコンタクトに迷っていたが、それを正直に話した。

 

「れ、レオンハルト様に褒めてもらっていました」

 

「……褒める?」

 

 スラルが呆気にとられたような表情になる。そしてキャロルは続けた。

 

「はい、レオンハルト様に頭を撫でてもらいました」

 

「……へ、へぇ、そうなんだ」

 

 レオンハルトは内心ガッツポーズをする。確かに言葉にすればそれだけのことだ。それに何の問題もない。

 抱きついていたのはちょっとおかしいかもしれないが、自分の使徒と抱き合うくらいなら親愛というか褒める延長線上と言い張れる。

 勝利確定の音楽がレオンハルトの脳内で流れる。

 だが、キャロルの説明はそれで終わりではなかった。

 

「そ、それで……あ、あの、わたくし……レオンハルト様に褒められて…………い」

 

「……い?」

 

 スラルが思わず聞き返す。

 レオンハルトも内心でそれをやめろと叫ぶ。

 

 ――おい、こいつ何言おうとしてんだ……!?

 

 だが、それは伝わらない。

 

「い……い、いや、あのそうじゃなくて…………か、感じてしまったのです!」

 

「…………――――っ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶキャロルにスラルが数秒固まった後に言葉の意味を理解する。

 そしてキャロルと同じ様に顔がのぼせた様に顔を赤くしたスラルが戸惑いながらキャロルに聞く。

 

「えっ、か、感じてって……え、その、褒められただけで……?」

 

「は、はい、魔王様。レオンハルト様の撫で方は、それはもう、その……良くて」

 

「……………………そ、そうなんだ」

 

 キャロルの批評にごくりと喉を鳴らすスラル。そしてちらちらとレオンハルトの方を見る。

 いたたまれなくなったレオンハルトは妙な空気になったこの空間を少しでも壊すために呟く。

 

「…………見てんじゃねぇよ」

 

「あっ……くっ、うぅぅ……!」

 

 レオンハルトと目があったスラルは何故か恥ずかしくなり唸り声を上げると、

 

「……ちょ、ちょっと……落ち着いてくる……直ぐ戻るから」

 

「…………あ、ああ」

 

 と小声で振り絞るように言うと、ゆっくりと部屋の外へと退出した。

 そして部屋に残されたのはレオンハルトとキャロルの主従二人。

 キャロルは二人きりになった部屋の中で自分の今の気持ちをレオンハルトに教えた。

 

「……レオンハルト様……恥ずかしいですわ……」

 

「……安心しろ……俺もだ」

 

 微妙な気持ちに苛まれた三人が完全に落ち着くのには短くない時間を要し、結局歓迎会は後日に回された。

 

 ――ちなみにスラルが作った必殺料理は、この後ガルティアが美味しくいただきました。

 

 

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