魔軍参謀である魔人レオンハルトは遠征を行っていた。
とはいえ、以前の様な“戦争”のための遠征ではない。
平和な時代となった今の時代において、レオンハルトの遠征といえば、各地にある人間牧場の視察のことだ。
レオンハルトは自身が直営で管理する牧場の他に、大陸各地に、担当する魔人がいないから、という理由で管理している人間牧場が幾つか存在する。
それらは大陸西部や、JAPANなどの遠方にすら存在するため、レオンハルトにとっては自身の拠点から遠く離れるために中々に面倒な仕事だ。
しかし、定期的に見に行かないと魔物達が暴走する可能性もあるし、魔人がいるというポーズも見せる必要があるため、視察を疎かにする訳にはいかない。
だがそのためだけに遠方までいってとんぼ返り、というのも効率が悪いため、距離が近い場所についてはまとめて視察したり、別の仕事も一緒に終わらせる。
その一つが、各地に散らばっている魔人の様子を見ることだ。
実際、そんなことを魔王であるジルから命じられてるわけではないが、魔人筆頭であり魔軍参謀という役職に就いている以上は、配下の魔人達がどうしているかなどの管理だって必要になる。
そしてこれが中々に気が重いというか面倒なのだ。
何しろ魔人達は皆、個性的で我が強く、各地で好き勝手やっている。
こちらに好意的で、かつ紳士的な者であれば軽く雑談するなどして和やかに終わるが、それ以外の奴らはめちゃくちゃなので気が滅入るのだ。
喧嘩を売ってくる奴、露骨に嫌がり、さっさと帰ってくれという雰囲気を醸し出す奴、逆にかなり気合いの入った接待を行ってくる奴や、話をする横で人間を虐めたり、キチったりしてる奴らや、そもそも一言も喋らない奴など、色々と面倒なのが多い。
そんな連中の中でも、面倒とまではいかないが、それなりに気を使う必要のある相手が――
「ノスを殺れ」
「…………」
魔人四天王の一角であり、こちらともそれなりに親交のある魔人――カミーラだ。
そのカミーラの居城は、大陸西部にあり、そこにあるカミーラが管理する人間牧場とともに視察を済ませ、何となく城に招かれた。
綺羅びやかな宝石、調度品が並び、下級使徒だと言う多くの美少年達が頭を下げるのを横目に、毎度の如く、カミーラに会いに行く際には相性の良いキャロルを連れて、奥の部屋に通されると、席に着いて開口一番、カミーラは単刀直入にそんな物騒なことを口にする。
思わず、レオンハルトは渋い表情を浮かべて、
「…………急にどうした?」
問い返す。カミーラ流の軽い冗談であってくれ、と。
するとカミーラは、再び真顔のままで、
「……ノスを殺せ」
「…………」
同じ事を口にする。どうやら冗談じゃないようだ。
レオンハルトは更に渋い顔になりながらも一度額を押さえ、息を入れる。
カミーラと会話する際には、下手に出過ぎない程度に下手に出るのが基本だ。プライドの高いカミーラ相手に、魔人筆頭として上から威圧的に接すると、必ず反発が来るであろうことは目に見えているし、言うことを聞いたとしても遺恨が残るだろう。
これでも1500年以上の付き合いなので、どこが地雷なのかは分かっている。故にその通りに接して説明してもらおうと、口を開いた。
「……物騒な話だが……何故殺せと?」
「――この私を、侮辱したからだ……!」
つまり――“ムカつくから”であるらしい。
レオンハルトは一応は頷き、続きを問いかける。
「……どうして俺に?」
「……以前、ザビエルを殺っただろう」
「ああ……それか……」
思わず頭を抱えたくなる。
……そういえばカミーラは未だに俺が殺ったと思っているんだったな……。
確かに以前、カミーラの城に来て、お互いにムカつく相手であるザビエルを俺が殺すと暗に示唆するようなやり取りをした。
だが実際には色々あって、ザビエルはあの藤原石丸にやられたわけだが、カミーラはあの時のように、ムカつくノスも殺せと言っているらしい。
……まあ、動機は分かるがな……。
というのも、ノスは元ドラゴンであり、カミーラの触れられたくない過去の事を知っているだけではなく、それを持ち出して皮肉を言うことがある。
生ける王冠であったことは禁忌にも近い話で、古い魔人であればそれなりに有名な話ではあるが、それを口に出す者はいなかった。そんなことを言えば、魔人四天王という地位につく上級魔人の武威を受け、殺されてしまうだろうからだ。
だがノスは強い。本人も自覚しているだろうが、おそらくはカミーラよりも強い。
故にこそそれなりに親交があり、ノスよりも上位である魔人筆頭に、殺害を依頼しているのだろう。
ぶっちゃけ、簡単に言えば“告げ口”みたいなものだ。物騒なので可愛らしく表現すると、“あの子に虐められたの! 助けて、お兄ちゃん!”――みたいな感じだ。カミーラの方が年上なのだが。
とはいえそれを指摘するのは憚られるし、幾ら何でも殺すわけにはいかない。ちょっとくらい痛い目を見せるくらいなら構わないが、ノスの場合、戦って痛めつけたとしても喜ぶだけなのでやっても意味がない。少し語弊がありそうな言い方だが間違ってない。
なのでそれを諭す必要がある。気が重いが、殺るわけにはいかないので言うしか無い。
「……カミーラ。それはだな――」
「……報酬も用意してある」
と、しかしこちらが渋るのを見て取ったのか、カミーラがそんなことを言う。
報酬? と疑問に目を細めると、カミーラはやはりと言うべきか、
「お前の好きなものだ」
「……ああ、なるほどな……」
もうそれだけで何が贈られるか分かってしまったので、溜息が漏れそうになる。
それを思い、軽く息を吐くに留めながら、レオンハルトは口にした。渋い表情で、
「……悪いがカミーラ。それは諦めてくれ。さすがにジル様の側近でもあるし、殺るのは憚られる。――お前の好きなものやるから」
「……レオンハルト……お前、私には好きなものを貢げば言うことを聞く……などと思っていないか?」
「お前もな」
いや本当に。巨乳美少女を送れば言うことを聞くと思ってるであろう、カミーラには言われたくない。
暗にそう言ってやると、カミーラは一度、目を逸らした。都合が悪くなったのだろう、そのままで、
「……10人」
「数の問題じゃないんだがな……」
さすがに浅くツッコませてもらう。だがカミーラは再びこちらを向いて、
「……何故だ」
「何故と言われてもな……じゃあ俺が、10人やると言ったらどうだ?」
「……悪くはない」
「……お前な……」
……こいつ、これだけ美少年囲っておいてまだ欲しがるのか……。
怖くて聞けないが、ひょっとしてカミーラもアレな生活を送ってたりするのだろうか、と思う。暇そうだし、やることがないとそういうことしがちだよな、と思っていると、
「――か、カミーラ様! 準備していた人間はどうしますか!?」
と、割って入るような声を上げた者がいた。
その場にいる者達が視線をそちらに向ける。
とはいえレオンハルトは先程から気になっていた人物でもある。
カミーラの横。普段は七星が控えている場所に、今日は七星だけでなくもう一人が存在した。
フリルが沢山付いた白いドレス風の衣装を着た、水色の長い髪を後ろで一括りにした可愛らしい顔つきの者。
美少女の様な容姿をしたその少年の名を、傍らにいる七星が吐息付きで呼び止める。
「――ラインコック。今はカミーラ様とレオンハルト様が話している最中ですよ」
「で、でも……」
「弁えなさい」
「うっ……」
カミーラの使徒である七星に注意され、表情に影を落としたのは、ラインコックと呼ばれた少女の様な少年。
そう、少年だ。どう見ても美少女にしか見えないが、その少年が相変わらず苦労してそうな七星に注意を受けている。
だからという訳でもないが、良い機会だと、レオンハルトは言葉を発した。
「……気になってはいたが、そっちの奴は?」
「……私の使徒だ」
そうカミーラがあっさりと告げると、七星が再び少年にその細い目を向けた。
「ほら、挨拶しなさい」
「あ、はい……!」
と、少年は一歩前に出てこちらに一礼した。
「カミーラ様の使徒、ラインコックと言います」
「カミーラ様の使徒ですのね! ということは――七星の後輩ですの!?」
「えっ、きゅ、急に何なのあんた……?」
いきなり声を上げたキャロルに、ラインコックがビクッと身体を跳ねさせて訝しむ。七星が少し間を置いて、
「……キャロルをまともに相手すると疲れますよ」
「あら、失礼ですわね。完璧使徒のわたくしは、七星の後輩だからと言って敵扱いは致しませんわ! 倒すべきライバルは七星だけですの!」
「出来れば今日はやめて欲しいですが……言うように、未熟な後輩の面倒を見ないといけませんのでね……」
「後輩の面倒? ――なら仕方がないですわね。今日は諦めますわ」
「えっ」
「むぅ……未熟じゃないし……七星の意地悪……」
七星が、まさかキャロルが諦めると思っていなかった、と言わんばかりの驚愕で呆然としている横で、ラインコックが頬を膨らませて不貞腐れている。
見れば見るほど美少女にしか見えないが、一応は男の筈だと、レオンハルトは確認の為にも問いかける。
「女に見えるが……男だな?」
「えっ、女性じゃありませんの?」
「……当然だ」
キャロルは女性だと思っていたのか、こちらの言葉を聞いて首を傾げるが、カミーラからの同意を受けて感心するようにラインコックを見る。
するとまたもやラインコックは不満そうに、
「……なんで皆、僕を女と見間違えるのさ……僕は男なのに……」
……じゃあ、女の格好をするな。
と、レオンハルトは内心で、女性が着るような服を着ているラインコックにツッコミを入れたが、何となく、カミーラの趣味だろうなとは感じているので心の中に留める。
魔人化や使徒化した際の姿は主や本人の精神が影響するので、ラインコック自身か、カミーラのどちらかが要因であるはずなのだ。
だからまあ、ラインコックの方が自覚している可能性もありそうだと思っていると、
「…………」
「あっ、カミーラ様……」
カミーラの手が、不貞腐れるラインコックを撫でる。
するとラインコックは顔を綻ばせて直ぐに機嫌を元に戻した。
「はぁ~……カミーラ様……!」
その姿を見て、使徒というより、愛玩動物に近い扱いをされている気もしたが、レオンハルトは気にしないことにする。
「……とにかく、ノスについては保留だ。態度については俺からも注意しておくし、度が過ぎた場合は少し痛い目を見せておく。それで我慢してくれ」
「……ふん、あのような奴、さっさと殺ってしまえばいいものを……」
「そう言うな。――さて、今日のところはこれくらいか」
「……随分と忙しそうだな」
「お陰様でな。何か用があればまた城に遊びに来てくれ。――出来れば、事前に通達してからな」
「……考えておく」
とりあえず、カミーラの新たな使徒であるラインコックを確認出来ただけでも収穫は有ったと見て、レオンハルトはその提案を断り、カミーラの城を後にしようとする。
だが、
「……むぅー……」
「…………?」
何故か、そのカミーラの新しい使徒であるラインコックが、こちらを見て不満そうな気配を感じたが、レオンハルトはそれを気にしないことにした。
――魔人レオンハルトとその使徒であるキャロルが去った後のカミーラの城。
部屋にカミーラが一度戻り、二人となったその場所で、ラインコックは声を上げた。
「七星! あれはなんなの!?」
「……どうかしたのですか、ラインコック。私は今、キャロル対策に貴方が使えるのではないかと考えるので忙しいのですが……暇なら牧場で人間の虐待に励んできなさい」
「あの魔人のこと!」
と、ラインコックが口にすると、七星はそこでようやく考え込むように下を向いていた顔を上げてラインコックを見る。
「レオンハルト様の事ですか。ラインコック、我らにとっての主はカミーラ様ですが、カミーラ様よりも上位の立場にいる方を、あの魔人などと言ってはカミーラ様の立場が悪くなる可能性もあります。慎みなさい」
「っ……だって、カミーラ様と……そのレオンハルト……様。妙に仲が良いような気がして……」
ラインコックはその不満を口にする。
自らの主であり、慕っているカミーラと、あのレオンハルトという魔人の仲が良く見えて、ラインコックは嫌な気持ちになっていた。
簡単に言えば――“嫉妬”の感情を抱いたのだ。
故に思わず敵意を抱いてしまったのだが、そんなラインコックの心情を、気づいてか気づかずか、七星は頷いて答えた。
「ああ、そうですね。仲は良いかと思います」
「や、やっぱりっ!」
ガーン、と擬音が聞こえるように口を開いて涙目になるラインコックに七星は淡々と説明した。
「まあカミーラ様とレオンハルト様は、レオンハルト様が魔人になった折――約1500年前からの付き合いです。当時の関係からか、レオンハルト様が魔人筆頭になってからもレオンハルト様はカミーラ様相手に気を使っていますし、カミーラ様も、悪い気はしないでしょうね」
「う、うぅ~……じゃあ、もしかして、そういう関係だったり……?」
ラインコックに問われ、七星は一瞬考えたが、
「……いえ、おそらくそれはないでしょう」
「……本当に?」
ラインコックは疑うようにもう一度問い返した。すると七星は頷き、
「多分」
「多分なのっ!?」
「ええ、まあ……そういったことはないですが……カミーラ様の好みに、レオンハルト様は当て嵌まってないとは言えないですし……レオンハルト様の方も、胸の大きい美女が好みであるらしいので、そういうこともあり得なくはないかと思いますが……」
「そ、そんな……!」
ラインコックは衝撃を受ける。
まさかあの魔人、格好いい感じだが威圧感があってなんか怖いと思っていたが、そんな変態だったなんて、と。
しかもカミーラ様を狙ってるなんて――断固として阻止しなければ、と。
とはいえ、使徒として主がそう行動したのなら止めることは出来ない。
魔人レオンハルトは男としてかなりスペックが高く、よくよく考えてみると惚れてもおかしくない相手だ。
付き合いの長さも怪しいし、カミーラが好む容姿の整った相手で、しかも上位の立場でありながら下手に出てくれて、こちらを立ててくれる相手。
おまけに貢ぎ物も欠かさず送っていると聞けば、もはやいつそうなってもおかしくないように感じてしまう。
なのでその前に、それを抑止しなければならないのだと、
「ど、どうにかして阻止しないと……! カミーラ様があの魔人の毒牙にかかってしまう……!」
「そうと決まったわけではないのですが……あまり出過ぎた真似をしてはいけませんよ」
「分かってるってば! くぅ……あの魔人、ちょっと格好いいからってカミーラ様を狙うなんて……ムカつく……!」
「……はぁ……分かっていないようですね……」
溜息を吐いて、新たな苦労の予感を感じた七星の隣で、ラインコックは魔人レオンハルトへの嫉妬を確かなものとし、如何にして主と仲良くならないようにするかを考えながら、歯噛みしていた。
スラル「娘の話はどこに行ったのかしら……?」
レオンハルト「い、いや……これからもちょっとずつ――ぐあぁっ!? やめろ、そこはぁぁ!?」
※ラインコックは鬼畜王だと15歳ですが、正史だと不明で、70以上っぽいのでGL期から登場させました。男の娘です。そのことについて後書きでネタにしようと思っていましたが、未だ後書きは修羅場なので出来ません。ご容赦下さい。