というわけで本編どうぞ
――GL4XX年。
魔王ジルの治世が始まり、約400年の月日が流れた。
人間が魔物に虐げられるのは完全に世の中の常識となり、魔物達はその平和な時代を謳歌した。
人間牧場の人間達は、自分達が家畜として飼われ、苦しめられることに何の疑問も抱くことなく、日々を過ごし、野良で生きている人間達は、魔物を恐れ、明かりを灯すことすら出来ずに怯えて眠れない夜を過ごし、朝が来ればその命があることを感謝する――そのような日常を送っていた。
また、JAPANにおける隠れた宗教団体である天志教が、魔王ジルへの恐怖から心を守るためへの支えとして、AL教を超える宗教組織になったりするなど、幾つか時が進んだことによる変化は訪れていた。
しかし、この時代が始まってから数百年。魔物の天下、人類の暗黒期であることは一切変わることがない。
人類を憎む最凶の魔王、ジルの治世は一切揺らぐことなく、ほんの僅かでもそれを揺らがすものは現れなかった。
一部の冒険者や、魔物討伐隊といった存在が野良で魔物を相手に対抗しようとしているが、その結果は芳しく無く、魔物側からも野良の人間が少し荒れているといった認識であり、見つけたら殺る程度の事例――つまりは相手にすらされていなかった。
魔人は各地で好き勝手に過ごし、魔王も人間を苦しめながら好きに過ごしている。
そんな世界の姿を、俯瞰で見ている者達がいた。
――ここではないどこか。
この世のものとは思えない不思議な空間。
そこにいたのは、甲殻類状の六肢を持つ、ヒトデか蜘蛛の様な巨大な体躯を持つ存在だ。
「――うーむ……」
人とは思えない神々しい存在を発するその声。
持ち主は、この世界の基幹を作った三体の超常存在の内の一柱――三超神、プランナー。
魔王や魔物の制作を担当し、例外とした勇者をも生み出したその存在は、しかし、思考に没入して、なおかつ納得のいかないような声色を吐き出していた。
彼の仕事は基本的に上手くいっており、勇者という存在も舞台装置の一つとしてきちんと機能している。何も問題は無いはずだった。
しかし、
「……バランスが、悪い……」
そう、彼の不満と悩みはそこだった。
先代の魔王も今代の魔王も人間を苦しめるために適した者達であり、今の世の中は神々にとっては良い世の中なのだ。
だがそれは、世の中のバランスの悪さが浮き出ているようでプランナーにとっては、眉を顰めるような光景であった。
人間を庇うわけではないが、明らかに人間側が手も足も出ていないため、どうにも気分が良くない。
そういう意味では、魔物側が負けない程度に戦乱が絶えず起っていた前時代の方が良かったのではないかと思ってしまうほどだ。
「いや……この時代はこの時代で悪くはない。人間を苦しめるための効率性を突き詰めたのは、素直に今代の魔王を褒めたい気分ではあるが……いや、でもバランスが……」
プランナーは結論が出ない悩みを、その身体をふよふよと左右に揺らしながら考え込む。
どうにかしてバランスを取る方法はないかと。
そんな時だった。
「――相変わらずの様だな」
「!」
と、不意にその空間内に女性の様な声が響いた。
瞬間、その場にはプランナーと似た神々しい雰囲気を放つ存在が現れる。
中心に鯨のような顔、その他に四つの人面の様な模様のある黒の塊。
明らかに人ではないその存在の名を、プランナーは呼びかけた。
「――ローベン・パーンか」
「……久しいな、プランナー」
その名は――ローベン・パーン。
この世界におけるメインプレイヤーの創造を担当しており、かつては丸いもの、ドラゴン、そして人間を誕生させた三超神の一柱である。
その存在を前に、プランナーは己と同格である存在に愚痴を吐き出す
「ちょうどよい。今、世界におけるバランスの悪さを憂いていたのだが……人間はどうなっている。もっと頑張ってくれないと困るぞ」
「……妾に言われても知らぬ」
ローベン・パーンが呆れた様な雰囲気を見せる。最後に会ったのがいつだったか忘れたが、プランナーは何も変わっていないと。
しかしそれは逆もまた然りだった。
「今の世の中は、かのお方も大層喜んでおる。僅かに戦と混沌が足りぬが、それでも変える必要性を感じぬ」
相変わらずの平穏嫌い。
混沌と戦乱を好む神であるローベン・パーンは、プランナーが魔王を生み出したことでとうの昔に満足し、人々の欲が入り乱れた“乱世”とも言うべき世界をただ見守っている。
故に今はもう働くことも自ら動くこともない。
なので三超神にしては動いている方なプランナーとしては、何とも言えない気持ちになるのだった。
「……それはそうだが、戦と混沌と言うならやはりバランスが必要だろう。今の世の中はどう見てもバランスが悪いぞ」
「……知らぬ。ハーモニットにでも言うがよい」
しかしプランナーもブレずにバランスの事を口にする。基本的にプランナーはいつもそうなのだが、それを素っ気なく、もう一柱の名を出しながらローベン・パーンが返事をすると、プランナーも無駄だと悟ったのか別の事を口にする。
「それで、用件は何だ?」
「……少しばかり、相談があってきた」
相談、と聞いてプランナーが怪訝な雰囲気を醸し出す。それこそハーモニットにでも言えばいいのに、と。
しかし返事を待たずに、ローベン・パーンは続きを口にした。
「――以前、妾が作ったこれを憶えているか?」
と、ローベン・パーンが一瞬の光とともにその空間内に呼び寄せたのは、黄金の髪に、赤みがかった紫色の瞳と、青に近い緑色の瞳をそれぞれ持つオッドアイの美女だった。
二柱には劣るものの、神々しい存在感を放つそれを見て、プランナーは記憶を辿って口にした。
「ん……ラ・バスワルドか。ああ、憶えている。冒涜者や汚染魂を消去するための破壊神だな」
簡潔にプランナーはその存在の説明をすると、それを捕捉するようにローベン・パーンが淡々と同意する。
「然り。お主が作り出した勇者システムと一緒に生み出したもの」
「…………」
その存在――二級神、ラ・バスワルドは何も感じさせない無感情、無表情でそこに佇んでいる。
神々にとって良い存在ではない汚染魂を浄化するため、地上へ顕現して天罰を与える破壊神である存在であり、魔王を越える程度のそれなりの力を持つ存在であるのだが、
「――で、それがどうしたと言うのだ?」
「――簡単な事」
と、ローベン・パーンはプランナーの問いに対してはっきりと答えた。
「――――これの使い道がない。如何にすべきか?」
「…………」
その空間がとても静かになった。
プランナーが沈黙し、一瞬思考を停止させる。
もし人間の顔があれば呆然とし、真顔になっているだろう。
だがそこは創造神を除いて最上級の神だ。その意味を理解し、プランナーは冷静に言葉を返す。
“それくらい、自分で考えろ”――と言いたくはなったが、それを飲み込み、
「……なるほど。確かに、いまいち使い勝手が悪いのは確かだな……」
強い力の割にバランスが悪い、とそう思う。
何しろ生み出してかなりの時が経ったが、地上の汚染魂は全然と言っていいほど増えない。
千年に数か数十というペースでは、一生使い道がないのではと思ってしまうほどだ。
そこでプランナーは考えた。使い道がないと言うのなら――
「……そうだな。実験でも行うか」
「実験とは?」
「まあ、褒美も兼ねてな。少し面白い事を思いついた」
そう言って、プランナーはローベン・パーンにその詳細を説明した。
そしてその説明に混沌を好むローベン・パーンが楽しげな雰囲気を出すと、実験は了承され、二柱はラ・バスワルドという存在に手を加えて、それを行うことにした。
魔王城。
大陸を支配する魔物達の王であるジルの居城であるその場所には、今日も今日とて朝から出勤を行うある魔人の姿があった。
「っ、見ろ……レオンハルト様だ……!」
「うおっ、俺初めて見た……」
「相変わらずすげぇオーラだな……」
「…………」
魔物達のひそひそとしたやり取りの先にいるのは――魔人レオンハルト、その人だ。
最強の魔人として名高い魔物界の英雄。魔人筆頭という最高位の地位。
地位や名誉、この世のありとあらゆるものは殆ど思い通りになる魔人の存在に、周囲は色めき立つ。
だが、その中心にいる魔人レオンハルト本人は、険しい表情のままジルの部屋へと向かっていた。
もしかしたら何か重大な要件や任務でも抱えているのかもしれない――そんな想像をさせるレオンハルトの刺す様な存在感は、同時に緊張も与えていた。
しかし、その内心では、
……はぁ……今日も、一日二度出勤か……。
と、漏れ出る溜息をぐっと飲み込んでレオンハルトは重い足取りを必死に動かす。
魔物の天下となり平和になった大陸において、魔軍の役目は人間牧場の運営くらいであり、それ以外の仕事は殆ど有りはしない。
人間牧場計画の総責任者であり、直営のもの以外にも各地の牧場を幾つか担当しているレオンハルトにとっては、そこそこの仕事量ではあるのだが、それらについての苦労はそれほどではなかった。
人間、魔人も慣れるものである。戦争の無い日々は退屈だが、戦いくらいであれば自分である程度は機会を作れるので問題ない。
しかし、ジルの呼び出しについてはそうはいかなかった。
レオンハルトの唯一にして絶対の上司と言っていい魔王、ジルの呼び出しはレオンハルトにとって不可避なものであり、同時に憂鬱でしかないものである。
何しろほぼ確実に――性行為を要求されるのだから。
中には真面目な用事もあるが、それは殆どない。あったとしてもレオンハルトが自主的に魔軍の秩序を保とうとやっている報告などであり、ジルは殆ど興味を示さない。
なのでジルからの呼び出しと言えば、セックスだ。もう400年近く、ずっとそんな感じであるので大体分かる。
というか先程も、ほぼ夜通しで汚されたばかりなのだ。
しかしそれが終わって一度城に帰ろうとしたところで、こう言われた。
『――朝になったら、また部屋に来い……また可愛がってやるからな。くくく……!』
と、身体の上にのしかかったままのジルが、魔剣にいやらしく手を這わせ、耳元でそう呟いてきた時、レオンハルトは毎度の事ながら何とも言えない気分になった。
仕方がないので城に帰り、直ぐに食事で栄養と気力を少しばかり回復させ、風呂で身体を洗い、僅かな休憩を取った後に、再びジルの部屋に向かって出勤。
こういう日は結構多いのだが……何というか、商売女というか、風俗嬢的なサムシングを感じる日々だ。
思わず、“あれ? 俺の職業ってデリ○ル嬢だっけ?”と、思ってしまったほど。嬢ではなく男ではあるため、何と呼ぶかは知らないが。
とはいえ、殆ど毎日の様に呼び出しを受けて、身体をいやらしい手つきで触られたり、抱きつかれたり、無理矢理襲われたり、風呂で身体を流したり、命令を受けてこちらから責めたり、終わった後も弄られたり、セクハラ発言を受けて微妙な顔になる自分を見てニヤニヤとしてくるジルを見て、何というか、ヤバい客の付いた風俗嬢の気持ちが分かるような気がしたレオンハルト。
どこのエロ親父だ、と言いたくなるほどの呼び出し頻度やセクハラは、こちらの精神を中々に擦り減らしてくれる。
しかしその一方で、どこかその好意を持たない相手に汚されることに慣れてきている自分もいて、レオンハルトは自分や自分の生活を鑑みて、時折とても憂鬱になるのだ。
そして同時に、通常の魔人筆頭や魔軍参謀としての業務も手を抜くわけにはいかないので、中々に大変だが、精神的にはそちらの方が楽で、むしろ息抜きになってしまっているのが現状である。
そこまで好きではない酒も、以前よりは飲む頻度が増えた。とはいえ月一程度ではあるが、ストレスを解消するために模擬戦などでは激しくしすぎる場合もある。
出来ればどうにかしたいがな……、と内心のみで呟きながらも、レオンハルトはジルの部屋に辿り着いた。今日はもういっそのこと積極的に責めて早々に終わらせてやろうかとも思うが、ジルの方が燃え上がって離さない可能性を考えると危険な賭けとなる。
そうして今日の作戦を吟味し、あまり意味はないな、と自嘲しつつ扉にノックをしたところで――レオンハルトは
「……! ジル様?」
「レオンハルトか。くく……時間通りだな。入ってくるがよい」
と、少し機嫌が良さそうなジルの声を受けてレオンハルトは、失礼します、と室内へと入っていった。
するとそこには、
「――!? ジル様……その者達は……?」
「言わずとも、気配で分かるだろう?」
と、ジルに促された視線の先、部屋の床には、二人の女性が転がっていた。
一人は、紫色の短い髪、青を基調にしたレオタード風の衣装の娘。
もう一人は、朱鷺色に近いサイドの長い髪が特徴の、赤を基調にしたロングスカート付きの衣装の娘。
どちらもかなりの美少女でありながらも、頭からは角、背中からは羽が生えている。
そしてその二人は、どちらも色濃い魔の気配を漂わせていた。
同じ存在であるレオンハルトが、それらを間違えるはずもなく答えを口にする。
「――新しい魔人、ですか……」
「そうだ。――ラ・サイゼルとラ・ハウゼル。どちらも……エンジェルナイトの魔人だ」
青い方を指してラ・サイゼル。赤い方を指してラ・ハウゼルとジルは告げる。姉妹であり、前者が姉で後者が妹であるとも。
それを聞いてレオンハルトは眉根を寄せた。何かを考え込む様子で、
「それはまたいつの間に……随分と急な事ですね」
「くく、少しな。――それより、今日はおあずけにしといてやろう。その二人を適当に連れて行け。もう用はない」
レオンハルトにとって嬉しい命令と、曖昧な命令が同時に来た。しかし顔には出さずに問い返す。
「適当にと言いますと……」
「適当に魔人としての教育でも施してやれ。魔人についてはいつも通り、お前に任せる」
「……畏まりました。では、ジル様は……?」
と、もはやその二人に興味はないと言わんばかりの表情のジルは、何やら意味深な表情でレオンハルトの問いに答えた。
「私は少し、考えたいことが出来たからな。少し籠もる。またその内に呼び出すからいつも通りに来い」
「……は、畏まりました。それでは――」
「ああ、次を愉しみにしておけ……」
と、レオンハルトは床に転がった二人の女魔人を両手で抱えて連れて行くと、口端を歪めたジルから逃げるように部屋を後にする。
そしてジルの部屋の前から外へ向かって踵を返し、両脇の二人を見て溜息を吐く。
「――また面倒が増えそうだな……」
そう言いながらも、多くの者達よりはマシだろうなと思い、また、今日の務めがなくなった喜びの方が大きく、レオンハルトは少し足早に帰路についた。
――そして、レオンハルトが二体の魔人を連れて立ち去った後の魔王の部屋では、
「……先程の声は……やはり“神”か……」
ジルがベッドに腰を掛けたまま、考え込むように顎に手を当て、真剣な表情となる。
その姿はまるで、かつての賢者時代の様であり、知的な雰囲気を漂わせていた。
しかし同時に、何やら悪巧みをしているかのような、不敵な口の笑みも窺える。
……神の存在は、そこまで信じていなかったがな……。
ジルは思考しながらも、その考えを否定する。
確かに、先程の女達を与えると言ったのは神か、それに近い超常の存在であることは確かだった。
声を聞いただけなのに、魔王である自分がまるで敵わないと思わされるほどの神々しさだ。
先代魔王、ナイチサの神が云々というのは話半分というかそこまで重要視していなかったのだが、ここで直接声を掛けてくるどころか、干渉してくるとは、
「――面白い」
くく、と思わず笑みが漏れる。
実際に神が存在し、こちらに有益なものを齎すことが出来る全能の存在であると言うのなら、興味深いことだ。調べてみる価値はある。
ともすれば、何か面白いことが分かるかもしれないし、神とやらに聞いてみたいこともある。
手探りになるかもしれないが、幸いにも時間はそれなりにあるし、
「……どれ、手慰みがてら、調べてみるか……くく……」
――そうして、魔王ジルは久方振りとなる研究を開始した。
皆大嫌い三超神と、人気キャラの氷炎姉妹が登場です。
ちなみに本作では魔王の延命方法に、“ラ・バスワルドを魔人にして神性を取り込んだ”と言っていた織音設定は採用しません。
魔人化とか使徒化の際に、そういった特性みたいなのを取り込める設定にするとめちゃくちゃ面倒な事態になったりとか色々と理由はありますが、何よりも大きな理由は、ジルはラ・バスワルドを魔人にしたわけじゃなくて、既に別れたラ・サイゼルとラ・ハウゼルを魔人にしてるわけなので2級神を魔人にしたわけじゃないからです。原作設定やカード説明、本編の話とかにも矛盾するからね。別れててもオッケーなら、8級以下とかの神でも何体も取り込んだら出来るのかって話になったりと、くそほど面倒なので採用しない感じでいきます。ご了承下さい
というわけで次回からはようやっと(まともな)魔人の女の子キャラである姉妹回。
後書き界は、描写出来ない事態(意味深)なので今回はお休みで