というわけで本編どうぞ
新たな魔人の内の一体、妹の方のラ・ハウゼルは魔人として新たな生をスタートさせた。
いきなり姉のラ・サイゼルと喧嘩しかけたのは自分でもどうかと思ったが、この城に自分達を住まわせてくれて、魔人としての色々なことを教えてくれる親切な魔人、レオンハルトの仲裁もあって一応は喧嘩せずに済んだ。
だが、喧嘩はしないで済んだものの、サイゼルの態度を見ると苦言を呈したくなって仕方がない。
今も、ハウゼルはサイゼルとともにレオンハルトに案内を受けたり、色々と教えてもらっているのだが、
「――魔軍は一個軍の単位が2万で、一部隊が200体。これは魔物隊長が一度に率いることの出来る魔物兵の数が200体であり、魔物将軍が100体の魔物隊長を指揮出来ることからだ。その上に、魔物大将軍という数十万単位の魔物を指揮出来る特別な魔物が――」
「なるほど……」
「…………」
ハウゼルは、サイゼルと並んでレオンハルトの教えを受けているのだが、きちんと頷きを返すハウゼルに対し、サイゼルは基本的に無言で、返事を返さない。
聞いていないわけでは無さそうだが、
「――言うまでもなく、魔王様がトップで、その下に魔人。魔人に血を分け与えられた使徒。血を与えてはいないが契約で魔人の下僕となった下級使徒と続く。ここまでは分かったか?」
「はい」
「……ん……」
「……よし、それなら次はもっと細かい部分になるが――」
と、レオンハルトがこちらの返事を聞いて続けて講義を行う。
だがその際のサイゼルの態度が、
……悪いし、素っ気ない……。
それがハウゼルにはどうにも気になってしまう。
正直言うと、今すぐ注意しておきたいが、レオンハルトの話を遮ることになるためそれは我慢し続けている。
しかし内心では不満が燻り続けており、
……サイゼルったら、どうしてあんな失礼な態度を……!
せっかく、レオンハルトがここまで親身になって教えてくれているのに、それはどうなのだと思う。
あの後、食事を摂って、それぞれ別の部屋を与えられて、風呂に入ったりとしてふかふかなベッドで睡眠を取った。魔人は食事や睡眠などを摂らなくても問題はないとのことだが、出来るなら取った方がいいと言われ、やってみると中々に味わい深く、精神的に良いものであった。
そしてそれからは、レオンハルトに様々な常識や知識を教えて貰っている。
簡単に彼の使徒だという者達や、メイドとも挨拶し、軽く言葉を交わしたが、そちらも皆、気遣ってくれてとても良い人達だった。
だと言うのに、サイゼルは誰に対しても素っ気なく、話しかけられても無視か、短く言葉を返すだけ。しかも特に、レオンハルトに対して不満の視線を向けている様で、ハウゼルは軽い憤りを感じる。
初めて出会ってから今まで、ずっと優しくしてくれているのに、どうしてそんな対応が出来るのか。一応は姉の言うことにも一理あるのかもしれないと百歩譲ってレオンハルトを観察してみて、良い人かどうかを判断しようとしてみたが……断言しよう。――間違いなく良い人だ。
「――では次は、人間牧場についてだが……その前に少し休憩にしよう。お茶を淹れさせる」
「はい、ありがとうございます」
「…………」
レオンハルトがこちらの前に立って説明を続けてくれているが、途中で休憩を言い渡す。すると、机から書類を手に取り、何かを書いては別の書類と変えて読み込んだりし始めた。
こちらがメイド長さんからお茶を頂いても、彼は書類に掛かりっきりになっており、
「あの、その紙は……ひょっとして、お仕事ですか?」
「ん……ああ、そうだ。悪いがこちらもやることが溜まっていてな。講義の最中に別の事をするのは失礼だと思うが、出来れば許してほしい」
「……! いえ、教えて貰えるだけ有り難いですから、気にしないでください」
ハウゼルはそれが気になって質問してみたのだが、どうやらレオンハルトは高い立場にいるだけあって、仕事が多いらしく、こちらに教える合間を縫って仕事を行っているのだ。
そう、それだけ忙しいのに、こちらへの講義には手を抜くことなく掛かりっきりで教えてくれている。責任を果たしながらも、こちらへの時間を作ってくれているのだ。
しかも自分達だけではなく、周囲の者と話す時は、優しげな親しみのある声を掛けているし、話しかけられても無視するようなことはしない。全部丁寧に対応してくれる。
これを見ると、講義に手を抜くことは失礼だ。なので休憩は程々に、彼から貰った勉強用のプリントを取り出して問題を解き始める。
記憶がない自分達に、どれくらいの知識があるのかの確認の為に実施したテストで、その正解率を参考に、問題を作ってきてくれたのだ。別にやらなくてもいいとは言われたが、ハウゼルとしてはレオンハルトが態々忙しい時間を縫って作ってくれたことと、そもそも学ぶことを楽しめることもあって、やることは苦ではない。
「えと、レオンハルトさん。このプリント、終わったんですけど……」
「ん、もう終わったのか。ハウゼルは勉強熱心だな」
「いえ……そんなことはないですよ。私は、やれることはやろうとしているだけですから……」
「だとしてもだ。魔人には、これほど勤勉な者は少ない。充分誇っていい美点だ」
「! は、はいっ……!」
終わったプリントをレオンハルトに渡すと、それを見たレオンハルトから軽く褒められる。こそばゆいが、そう言われると嬉しく思ってしまうのも事実で、ハウゼルはたちまち心が弾むのを感じて、同時に意欲も湧いてくる。
記憶がなくてお世話になっている申し訳無さが先に来ていたのだが、今は自分からやれることはやりたいと思ってしまうのだ。
ちょっと気に病むこともあるが、それを押してでも、
「……ふむ、正解率もほぼ完璧で――」
「っ……あ、あー、疲れた。勉強とか止めて外に行きたい」
と、不意にレオンハルトの言葉をまるで遮るように、サイゼルのそんな声が室内に響き渡った。
それを聞いてレオンハルトが、ハウゼルとハウゼルの渡したプリントから視線を移動させて、サイゼルの方を吐息付きで見ると、
「……サイゼルは勉強が嫌か?」
「べ、勉強ばっかりじゃ息が詰まるのよ。それに……えーと……あっ、街とか牧場とやらの案内だってするんでしょ? そっちからやればいいじゃない」
サイゼルがそんな事を言うと、レオンハルトは少し無言となって考え込んだ末に、
「……そうだな。確かに、そちらの方も疎かには出来ないし、勉強ばかりだと息が詰まるのも一理あるだろうし、実際に目で見ておいた方がいいのもある。――なら、行くか」
「そ、そうしましょう!」
「…………」
「ハウゼルも、それでいいか?」
「……はい。大丈夫、です」
サイゼルの言葉を発端に、次は牧場の案内をすると言うレオンハルト。
それも必要な事であると、ハウゼルは理解しているが故に、特に文句を言うこともない。
だが気になったのはサイゼルの態度で、
……勉強が嫌だからって急にそんなことを言って困らせて……! 姉さんは勝手過ぎます……!
今日の予定に外に出る予定は無かったのに、気分でそんことを言って予定を変えるなんて、あまりにも勝手すぎると。
それに今から自分は、もっと勉強を見て貰おうと思っていたのだ。それを急に変えられたため、妙にモヤモヤしてしまう。
というか、サイゼルはさっきからずっとそうだ。自分がレオンハルトと会話を弾ませていると、勝手なことや訳の分からないことを言ってその場の空気を微妙なものにする。
まるで仲良く会話するのを邪魔されているようで、姉に対する憤りが増していく。
レオンハルトや自分のやることを邪魔して何が楽しいのだろうか。正直、やりたくないのなら黙っていてほしいくらいだ。
レオンハルトは、姉の為にも色んなことを教えているというのに、ふざけてばっかり。しかも、牧場への視察を先にやらせようとするなんて、出来ればこちらの心の準備が整ってからにしてほしかった。
……姉さんの馬鹿……ほんと、勝手なんだから……!
しかし、姉に対しての憤りを感じても一度決まったことを変えることは出来ないし、喧嘩をしては迷惑が掛かる。
なのでハウゼルは、先を行くレオンハルトの後ろを、サイゼルと距離を取りながら歩き始めた。
新たな魔人、ラ・サイゼルは、魔人としての生を、妹のラ・ハウゼルとともにスタートさせた。
いきなり妹と喧嘩仕掛けて微妙な空気になってしまったのがサイゼルとしては悶たい気持ちとなる。
これも、自分達を運んできたという魔人、レオンハルトのせいだ。
ハウゼルがレオンハルトに対して気を許していたりするのが、癪に触るし、レオンハルトがハウゼルの方ばかり褒めているのは、自分への劣等感の様なものを感じてしまって妙にイラッとする。
今も、レオンハルトから様々なことを教えて貰ってる最中だが、
「――この街は、おおよそではあるが100万の魔物兵が住んでいる。その全員がうちの軍に所属しており、戦うための兵として。街や牧場を運営するための貴重な人手だな」
「凄い活気……他の街も、これほど活気があるんですか?」
「……自慢になってしまうが、ここほど活気がある魔物界の街はないかもな」
「そうなんですね。とても賑やかで、皆楽しそうで……いい街だと思います」
「…………ふん」
自分達を連れて城の外に出たレオンハルトが街の説明を行うが、ハウゼルが周囲の賑やかさに声を上げて感動している様だが、その妹の浮ついた様子と、レオンハルトがハウゼルを気にかけてることに対して思わず鼻を鳴らしてしまうが、
「じゃあ、牧場へ向かいながら、街を案内する。途中、何か興味のあるものを見つけたり、質問があれば遠慮なく言ってくれ」
「はい、レオンハルトさん。よろしくお願いします」
「……っ……」
と、レオンハルトがこれから案内を行うと告げる。
しかしその際のハウゼルの態度が、
……楽しそうだし、浮かれてる……!
それがサイゼルにはどうにも気になってしまう。
ぶっちゃけ言うと、今すぐどうにかして邪魔したいが、ハウゼルに軽く睨まれるし、レオンハルトが怖いのでそれは出来ない。
しかし内心では不満が燻り続けており、
……ハウゼルったら……! 何であんな奴に気を許してるのよ……!
あんなに危ない魔人に対して気を許すとか、平和ボケというか、危機意識が無いにも程があると思う。
目覚めてから食事や風呂も頂き、部屋を与えられて住むことにはなったが、いつ襲われるのかと気が気でない。
魔人になって直ぐに分かったことではあるが、自分達の力は、確かに他の魔物と比べても圧倒的に強大なものであるのだ。
しかしだからこそ、レオンハルトの強さにはすぐに気づいた。
明らかに自分達よりも強い。二人合わせても勝てないだろうと思わせてしまうほどの強さを感じて、サイゼルは怖くてしょうがないのだ。
ハウゼルもその強さは感じているはずなのに、優しくて良い人だからと仲良くしようとしているのだからあり得ないものだ。
城の中で聞き耳を立てたり、噂を聞いてみたが、どうにもレオンハルトは危ない奴らしい。
強い奴と見れば襲ってくるらしいことや、女は高確率でどこかに落としてしまうらしいことや、興奮すると凶悪になるらしいなど、メイドの話ですらそんなことを言っていたのだ。
だと言うのに、ハウゼルはレオンハルトに話し掛けられて楽しそうに会話したり、褒められて嬉しそうにしている。
しかもハウゼルの方も、勉強などをやらせると、自分よりも出来が良いため、なんだか比較されてるようでムカつくし、モヤモヤする。
自分の方が姉なのに。ハウゼルの方が優秀で、しかもそれを自慢されているように感じるし、レオンハルトもハウゼルばかり褒めている。
大切な妹なのに、段々と苛立ってくるから何とも言えないのだ。自分が我慢できない。
妹のハウゼルの言うことも少しくらい聞いてやろうとレオンハルトを観察してみて、恐ろしさを立証しようとしたのだが……断言しよう。――間違いなくヤバい奴だ。
「――ついでに昼食も街で摂るか。その後で、牧場の視察にしよう。どこか入ってみたいお店はあるか?」
「あっ、はい。そうですね……どれも美味しそうで、迷ってしまいます……」
と、ハウゼルが周囲を見て、お店を選ぼうとする。
何となく、その良い雰囲気というか、姉がこんなに悩んでいるのに妹が楽しんでいるのがイラッとしてしまい、
「……そこの店でいいでしょ」
一つの店を指して告げる。するとハウゼルが動きを止めた。
レオンハルトがその間にこちらを見て、
「その店がいいのか?」
「そ、そうよ」
「ふむ……俺は構わないが、ハウゼルはどうしたい?」
レオンハルトへの怯えを隠しながらも何とか頷くと、今度はハウゼルにも同意を求める。
何となく街を眺めながらサイゼルが思う良さそうな店を選んでみたのだ。邪魔はしたいが、食事は悪くないので、出来れば美味しいものを食べたいと思ってのことだ。
その場所なら、ハウゼルだって喜ぶだろうと思う。
だが、ハウゼルがその店を見て、
「……私は――」
「は、ハウゼルも、そこで良いわよね?」
「…………いえ、私はあっちのお店の方がいいです」
「えっ」
と、まさかの反抗。
別の店を指して、そっちに行きたいと声に出した妹に、サイゼルは間の抜けた声を出してしまう。
レオンハルトが両者の意見を聞いて軽く息を入れると、
「……なら、今日のところはこっちに行くか。あちらは、また別の日か……もしくは夕食にでも連れて行こう」
そうレオンハルトが告げた先は――サイゼルが選んだ店だ。
それを聞いて、サイゼルは不覚にも妹に勝ったみたいで少しだけ気分がよくなってしまう。
「! ふふん、まあ、それでいいんじゃない。ハウゼルも、後から行けるんだから文句ないでしょ?」
「っ……ええ、いいですけど……」
「……そうか。なら、そうしよう」
ハウゼルは一瞬何かを言おうとして、しかしそれを飲み込んで頷く。
レオンハルトがサイゼルの選んだ方の店に向かっていくと、別にどちらでも良かったがやっぱりハウゼルに勝った気がして気分がよく、
……ま、まあ、姉の私が選んだ場所だし、こっちの方が良かったに決まってるわね!
その方がハウゼルだって美味しいものが食べれて嬉しいし、楽しいだろう。微妙に落ち込んでいるように見えるのが、サイゼルの心にダメージを与えてくるが、
……あ、あの子が間違ってるんだから……あんな危ない奴と仲良くしようとして、放っておいたら危ないから……あたしが姉として仕方なく、守ってあげてるんだから……うん、そうよ。
だと言うのにハウゼルは警戒心もなくレオンハルトに近づいていくのだから、こっちが気を張っていなければならないのだ、と、サイゼルはレオンハルトを挟んだ先を歩くハウゼルを感じて、自分の行いは正しいのだと言い聞かせ続けた。
――そうして3体の魔人はレオンハルトシティにあるお店で簡単に食事を摂ると、その足で街を歩き、人間牧場へと向かった。
レオンハルトはともかく、姉妹の間の空気は微妙過ぎるものであったが、レオンハルトとしてはこの場所での反応こそが気がかりなものであった。
しかし案内はせざるを得ないものだと、覚悟を決めてその光景を二人に見せると、
「うっわ……」
「これが……」
サイゼルとハウゼルが人間牧場の日常ともいえる光景を見て、声を漏らす。
サイゼルは目を見開いた後に少し引いているくらいだが、ハウゼルの方は目を見開いて驚いた後に、露骨に表情を歪めた。
後者の反応に、やはり、という思いを浮かべつつも、レオンハルトは神妙に説明を始めた。
「……これが人間を家畜として飼い、生き地獄を味わわせるための施設――人間牧場だ」
簡潔にその真実を、言葉を選ぶことなく伝える。
ここで誤魔化したり、言葉を良いものに変えることには何の意味もない。
かといって悪しきもののように伝えることもしない。単純な事実だけを伝え、感じ方は相手に委ねるのみだ。
反応を見るために一度間を置いて二人の方に身体を半身にして向けると、ハウゼルが震える声で、
「……こんなことが、世界中で……?」
「……ああ、そうだ。ジル様の治世が始まってすぐに、ジル様は俺達魔人や魔物に命令を出し、全ての人類国家を壊滅させると、人間を家畜として飼い、苦しめることを俺達に命令した」
「魔王様からの、命令、で……」
魔王の命令、という単語に、ハウゼルが反応する。どうやら、心を痛めているが、魔王の命令ということを改めて自覚して、逆らえないことを本能で理解したようだ。
人間に対して可哀想だと思っているのは、それだけ心優しいことの証明でもあるが、そうやって苦しんでしまうという欠点でもある。魔人としては本来、邪魔なものであることには違いない。
「今では大陸各地に人間牧場が設置されていて、魔人がそれぞれの牧場の責任者を務めている」
「……魔王様って、人間が嫌いなの?」
と、問いを投げてきたのはサイゼルだ。こちらはやはり、フラットと言うか、良いこととも思っていないかもしれないが、人間に思い入れがあるわけでもないので、そこまで動揺はしていない。淡々と、それでいて偶然にも核心を突いた質問を飛ばしてくる。
「……ああ。理由は話せないが、ジル様は大の人間嫌いでな。人間を苦しめるためならどんなことでもするお方だ」
「ふ、ふーん……そう……ま、魔人は大丈夫よね?」
「基本、干渉は少ない方だ。魔人や魔物を特別害することもない。――逆らわなければな」
「…………な、なるほどね……逆らわなければ……」
サイゼルは自分達が同じことをされないかの方が心配だった様で、その答えを聞いて少しほっとするも、恐ろしい御方であることを本能で感じ取ったのか、大人しく頷く。
そして、その光景を見ていたハウゼルが僅かに目を伏せながら、
「……私達も、この牧場を運営しないと……いけないんですよね……?」
「……そうだ」
それだけはどうしようもない、と短く頷くことで伝えると、ハウゼルは無言で黙り込んだ。
しかし数秒間を置いたところで、瞳を見開いて、
「……そう、ですね。私も魔人として……やるべきことはやらないと駄目なんですよね……」
気丈にも、それを受け入れる態度を取ってみせた。
だが悲しんでいることは見て取れたので、レオンハルトはそれを受け入れたことを良しとして、少し助け舟を出そうと言葉を続ける。
「なら、視察を続けるぞ。他の牧場ならともかく、うちは色々とやり方が違うからな」
「? どういうことでしょうか……?」
と、案の定ハウゼルが質問してくれたので、レオンハルトはそれに答える形で教えてやる。
「各牧場の方針は、その魔人に任せられているからな。同じ牧場といっても、そのルールは異なる。最低限、人間を苦しめてさえいれば、多少のルール変更は問題ない」
そう言って、レオンハルトは奥の方に歩いていきながら自分の牧場についての説明を続ける。背後の二体に向かって、
「今見たこの柵の中の光景は、オーソドックスで最低限の牧場施設。うちで言う“C級”の人間が集まる場所で、他の場所はグレードが上げた人間が行く場所であり、扱いもここより酷いものではない」
「! 苦しめずともいいんですか……?」
その言葉には首を振る。その言葉は正しくないし、言ってはいけないことだと、
「違う。苦しめることには変わりない。苦しめ方を変えるだけだ。強制労働や慰安婦、娯楽のための戦士にしたり……うちだと、それよりも優秀な人間は、魔物の為にその能力を万全に発揮出来るように、先程の街で暮らして貰っている」
「……なら……」
ハウゼルの表情にほんの僅かだが、希望が宿る。レオンハルトは思わず口端を歪めそうになるのを自重しながら、
「どんな牧場を作るかは魔人次第だ。……とはいえ、最低限のやるべきことを受け入れることは必要だがな」
「……そうですか」
「ふーん……」
ハウゼルが複雑な表情で頷き、サイゼルが辺りを見渡しながらやはりそこまで興味が無さそうに声を上げる。
レオンハルトはそんな姉妹を連れて、牧場視察を続けたが、やはりその際のハウゼルの元気の無さを見て、後で元気づけてやるかとその予定を頭の中に組み入れた。
牧場視察を終えたその日の夜。
夕食と風呂を終えた魔人、ラ・ハウゼルは、与えられた自室のベッドに寝転がり、天井を見上げながら考え込んでいた。
……あれが、今の世界……。
頭の中に思い浮かべる景色は、先程見た人間牧場のものだ。
ハウゼルは、自分達とは違う種である人間達が苦しめられる姿を思い出し――そして、悲しさを覚えてしまう。
酷い暴力を受けるその姿が可哀想だと、単純にハウゼルは感じてしまったのだ。
それに加担しなければいけないというのは分かっているし、そうしなければならないとも思っている。
魔王の命令なのだ。それを本能でも自覚し、逆らうことは出来ないし、その気も起きなくなってしまう。
だから人間の扱いはあれが正しい。そう思ってはいるが、気が沈んでしまうのはどうしても避けられない。
とはいえレオンハルトの牧場は、確かに最初の場所と比べて、後に見せられた場所はマシに思えた。
痛めつけられるわけでもない。ただ単に強制的に働かされているだけだし、その後の“人間街”など、ごく普通の平和な街にしか見えなかった。
子供達が集団で生活し、勉強や運動、遊んでいたりする微笑ましい光景もそこにはあった。
牧場にいる誰もがそれを日常と疑わず、楽しんでいるような光景に、ハウゼルは僅かな救いを見た。
それはやはり、レオンハルトの優しさなのだろう。思い返してみれば、彼もそれを望んでいるようには見えなかった。
やっぱり優しい良い人なのだな、と嬉しく思う反面、あれだけ優しい人でも、人間を苦しめることは不可避なのだと見せつけられたようで、自分の現状を思い知った気分だった。
「ふぅ……そろそろ、明日に備えて眠らなきゃ……」
そろそろ眠りにつかねばならない時間帯だが、どうにも眠れない。
魔人は睡眠を取らなくても問題ないが、出来る限りは取ったほうがいいのだろう。
とはいえ、こうなってくると復習でもして、気を紛らわせるしかないかとも思う。なので身を起こし、レオンハルトから貰ったプリントを取ろうと机に向かったところで、
――コン、コン。
「……? はい」
と、扉がノックされたので、机に向かわずに扉へと向かう。
こんな時間に誰だろうと、扉を開けると、
「……レオンハルトさん?」
「起きていたか……悪いな、こんな時間に」
訪ねてきたのは、レオンハルトだった。
開口一番、バツが悪そうに部屋を訪ねてきたことを謝るレオンハルトに、ハウゼルは謝らなくていいと言わんばかりに首を振る。
「い、いえ、ちょうど眠れなかったので……何か用ですか?」
「ん、まあ……眠れないなら、ちょっと付き合ってくれないかと思ってな」
「? はい、構いませんけど……」
ハウゼルは首を傾げて“付いてきてほしい”というレオンハルトに付いていく。
もしかしたら勉強でも教えてくれるのだろうか、と期待しながら付いていくが、途中で声を掛けられ、
「……ところで、ハウゼルは何かやりたいこととかないのか?」
「やりたいこと、ですか?」
「ああ、例えば……趣味とか」
趣味、と言われ、知識の上では分かっていても、それに値するものはないし、何をしたいかも分からないなと、ハウゼルは首を振る。
「……いえ、私は……今は、やるべきことをやるのが先で……」
と、否定すると、レオンハルトは苦笑し、
「……まあ、勉強熱心なのは良いことだがな。何か楽しめることや、趣味を見つけたりして気を休めないと気が滅入るだろう」
「……そうでしょうか? でも、私には何も――」
と、言いかけたところで、レオンハルトは一つの部屋の前で立ち止まった。
そしてこちらに振り向きながら、扉に手を掛け、
「今は何もないかもしれないがな。まあ、何かしら見つかるものだ。……というわけで、今日はその手伝いというか、ちょっとした布教をさせてもらおうと思ってな」
「布教、ですか。それは一体――」
またしても言いかけたところで、今度は自らの意思で言葉を止める。
レオンハルトが開いた扉をくぐった先の光景。
そこには、ハウゼルにとって初めて見る――
「――本が、沢山……」
――本の山だった。
部屋に入るなり、ぽかんと口を開きっぱなしにしたハウゼルを見てレオンハルトは苦笑しながらも本棚の一つに向かう。
そうして一冊の本を引き抜きながら言うのは、プレゼンテーションの語り口の様な言葉だ。
「今日、お前に紹介しようと思うのは――読書だ」
「ど、読書……」
「さすがに読書は分かるよな?」
冗談めかして言うと、ハウゼルは少し顔を赤くしながら、
「ど、読書くらい分かります……! 本を読むこと、ですよね……!」
微妙に恥ずかしかったのか、取り繕うような説明に、ああ、とレオンハルトは頷き、
「俺も昔は暇な時や眠れない時に本を読んでいてな。今はそこまで昔ほど読んではいないが、集めるのが習慣になってしまって、今はこの有様だ」
と、小さな図書館に近い大きさの図書室に並んだ本の数々を見せてそう言う。
その半分程はまだ見てもいないものだが、それでも何冊かを順に引き抜きながら、ハウゼルに向かって差し出し、
「これと、これと、これ。後は……これとかもいいか。試しに読んでみないか?」
「い、いいんですか?」
「ああ……というか、その様子だと、やっぱり興味あったのか?」
そわそわしているハウゼルを見て言うと、ハウゼルは、“あうっ……”と恥ずかしそうに視線を逸しながら、
「そ、その……ちょっとだけ……そのうち読んでみようかなと……勉強の時にも、部屋に本があって、どんなことが書いてるんだろうと思ってしまって……」
「ふっ……それなら、ちょうど良かったな。遠慮はしなくていいから好きに読んでみろ。とりあえず、最初でも読みやすい本を幾つか選んだからな」
「は、はい……それじゃあ、お言葉に甘えて……」
ハウゼルがドキドキしてるのか、好奇心を抑えきれないといった様子で、本を受け取り、図書室備え付けの椅子に腰掛けて、ゆっくりとページを開く。
そして、夢中になるのに時間はそう掛からなかった。
「…………」
頬を紅潮させながら、微笑を浮かべて本のページを次々と捲っていくハウゼルを見て、レオンハルトはその試みが上手くいったことに苦笑し、
……さて、それじゃあ俺も久し振りに何か読むか……。
忙しいのもあって最近は離れていたからな、とレオンハルトは自分がまだ読んでいない本を適当に抜き出すと、ハウゼルの隣の椅子を引いて、読書を始めた。
――そしてしばらく、ページを捲る音だけが部屋に響いていたが、
「ふぅ……」
やがてハウゼルが、一冊目を読み終わり、満足そうに吐息をつく。
そしてきょろきょろとレオンハルトを探して、隣にいることに気がつくと、
「レオンハルトさん! この本、凄く面白かったです!」
「――お、読み終わったか。そうだろう。どの辺が良かったんだ?」
「はい! タエとカナコの仲直りのシーンとか、台詞が凄く良くて……!」
「ああ、あの辺りか。ケイとの思い出の場所だけあって凄い良いよな」
「そうなんです! それに、ケイとマオが喧嘩する場面も、お互いの想いが凄く伝わってきて――」
相当興奮しているのか、かなり距離を詰めて感想を言ってくるハウゼルに、レオンハルトは相槌を打ち続けた。
だが一通り語ったところで、レオンハルトはそれを区切るように、
「楽しんでくれたようで良かったが……少し落ち着いたらどうだ?」
「あっ……ご、ごめんなさいっ!」
気がつけば、とんでもなく近い距離で話していたことにハウゼルが気づき、慌てて自分の椅子まで離れる。レオンハルトが肩を竦め、
「面白かったか?」
「は、はい。それは勿論……その、こんなの、初めてで、身体が熱くなってしまって……興奮してしまいました」
恥ずかしそうだが、満面の笑みを浮かべるハウゼルに、“それは良かった”と返すレオンハルト。
それでこそ、勧めた甲斐があるというものだと、
「なら他のも読んでみたらどうだ? どれも面白いぞ」
「はい! そうさせて貰いますね……!」
と、ハウゼルは二冊目を手に取り、やはりまだそわそわしながら本を開く。
趣味としてどうだ、と聞こうと思ったのだが、
……聞くまでもないか。
既に二冊目に夢中になっているハウゼルを邪魔しては悪いか、とレオンハルトは自身も本を読み進めることにした。
――その夜。図書室では、ページを捲る音と、時折本の感想を言い合う女性の弾んだ声と男性の落ち着いた声が朝まで続いた。
次回も妹かもしれないし、お姉ちゃんかもしれない。普通に話が続きます