というわけで今回はお姉ちゃん回でどうぞ
夜が明けて、次の日になると――妹の様子が更におかしくなった。
「レオンハルトさん……その、今日もいいですか?」
「今日か? ……夜はさすがに寝たほうがいいと思うが……それに、態々俺に了解を取らずとも好きにしても構わないが」
「そうなんですけど……やっぱり、駄目ですか?」
「……まあ、昨日みたいに一晩中とかでなければな」
「! じゃ、じゃあ、それまではおすすめしてもらったものを読んでおきます! だから、後で感想を言い合いましょうね!」
「……ふっ、ああ、分かった」
何故か昨日よりも明るい様子で笑顔を向け、積極的に話しかけにいってるハウゼルと、何やら微笑ましいものを見るように受け答えをしているレオンハルト。
それを見て、姉のサイゼルは気が気でないというか、疑問符で頭がいっぱいになった。
……な、なんで昨日よりも仲良くなってるのよ!?
昨日はちょっと自分も含めて気まずい感じで別れたというのに、一晩明けたらこれだ。
ちらっと聞いた限りだと、読むとかなんとかで、昨日別れた後もひょっとして勉強でもしていたのかと想像させる内容だ。
やたらと勉強熱心なハウゼルならあり得るが、レオンハルトを誘ってまでやるなど、さすがにどうかと思うし、よく分からないが怪しい雰囲気も感じる。
だからという訳ではないが、
「……は、ハウゼル……?」
「! おはよう、姉さん」
「! お、おはよう……」
話しかけてみると普通に挨拶を返してくれて、驚いてしまう。
素っ気ない態度を取られると思っていたのだが、どうやら機嫌がいいのか、普通の対応だ。
……今なら、ちゃんと話も出来るかも……。
これだけ機嫌が良く、普通に話せる状態であれば、何があったかも聞けそうだし、自分の話も聞いてもらえるかもしれない。
だからサイゼルは勇気を振り絞って、
「そ、その……ハウゼル。昨日は――」
「聞いて、姉さん! この本が、とても面白いの!」
――と、サイゼルの言葉は興奮したハウゼルの声に差し止められてしまった。
サイゼルは呆然としてしまい、思わず自分の言おうとしていたことを忘れ、その話題に言葉を返してしまう。
「え……本?」
「そうなんです! レオンハルトさんから貸して貰った本がもう……! どれも面白くて! 良かったら姉さんも読んでみませんか?」
本をこれでもかと見せながら、ハウゼルは笑みでそれらを薦めてくる。サイゼルはそれに戸惑ったものの、
……ま、まあ、この子がこんだけ話掛けてくるなら……ちょっとくらい乗ってみても……いいかな?
別にそこまで興味もないが、反抗期の妹がこれだけ話しかけてくることは魔人になって初めてのことだ。
だからサイゼルは一度咳払いをして、気持ちを切り替えると、
「ふ、ふーん? 本って何? 何か勉強のもの?」
「小説よ、姉さん。物語が書いてあって、とっても面白くて……!」
「あっ、そういうのなら……」
小説、と告げられ、見たことはないが知識の上では頭にあったので、それなら自分でも読めるかもと、少し興味が湧いてくる。
難しいものならキツいが、と思いながら、サイゼルはハウゼルから本を受け取って開いてみるも、
「どう、姉さん?」
ニコニコと笑みを向けてくるハウゼルを前に、サイゼルは固まってしまう。
そして視線を逸しながら引き笑いで、
「――じ、字がいっぱいでちょっと……」
「……………………そうですか」
……えっ、凄く冷たい!? な、なんでよ!?
「……はぁ……先に行ってるわ。今日も、勉強しないと……」
「え……あ、ちょっと……」
こちらが呼び止めるのも聞かずに、ハウゼルはさっさと廊下を行ってしまう。
自分が冷気を感じてしまうほど。今までで一番冷たくされてしまったように感じる。
ただの本くらいでそこまで冷たくしなくてもいいのに、とサイゼルは思い、
……う~~~、これも、あいつのせいよ……!
同時に、その本を勧めたハウゼルに勧めたレオンハルトのせいだとサイゼルは思い、恨みを募らせた。
ラ・ハウゼルは、これ以上ないと思えるほどに心を弾ませていた。
それは自分が脇に抱える――本のお陰だ。
「~~~♪」
思わず鼻歌を歌ってしまう。それだけ楽しい、ワクワクする気持ちでいっぱいだ。
……早く続きを読みたいです……!
内心は本の事でいっぱいであった。
これほどまでに読書が楽しいとは、思いもよらなかった。
本は良い。本を読むと、知らなかったことが沢山知れるし、様々な物語は胸の内を熱くさせてくれる。
まるで生まれ変わってしまったかのような楽しい気分になれるのだ。
これも、読書を勧めてくれたレオンハルトのお陰でもある。
彼が勧めてくれた本はどれも面白く、感想を言い合うのもとても楽しい時間だった。
だから早く、一緒に本を読んで、昨晩の様に感想を言い合いたい。
しかしやるべきことはこなさないといけないことは確かだ。
……私は、魔人ですから。
魔王の命令には従わなければならないし、魔物達が困らない様に導いてあげなければならない。
人間の扱いは可哀想だが、平和は維持したい、というのがハウゼルの想いなのだ。
各牧場の方針は魔人にある程度は一任されるというのも教えてくれたし、ちゃんと出来るようになれば、レオンハルトの様に少しは救いを与えられるかもしれない。
昨日までは魔人としての責任を果たそうと、ただ頑張ろうと思っているだけであったが、今はちょっとした目標と、楽しみを得て、世界に色がついたような心持ちだ。
本当に、昨日は充実した一日だったなぁ、と思う。そして、もっと頑張ろうとも思える。
「……ふふ、レオンハルトさん、良い人だったなぁ……」
今日はまた後で、一緒に本を読む約束をしたのだ。
早く夜にならないかなぁ、と、お思いながらハウゼルが廊下を歩いていると、
「――どうも、おはよう御座いますー。ハウゼル様」
「おはようございます、ハウゼル様」
「! おはよう御座います。貴方達は――」
と、前方から歩いてきた女性と男性が一礼とともに朝の挨拶をしてきたので、ハウゼルも直ぐに挨拶をにこやかに返す。
そして見知った顔であることも直ぐに思い出した。
「レオンハルトさんの、使徒の方でしたよね」
「ふふふ、ペールちゃんのことを憶えて下さって光栄ですよう」
「……正しく、光栄でありますな」
「いえ、そんな。同じ城に住む皆さんの顔を憶えるくらい、当然のことですよ」
挨拶もしてくださいましたから、とハウゼルは二人のレオンハルトの使徒――ペールとリーを見て自然と微笑んでみせる。
城に住む者達全員の名前を憶えている訳ではないものの、顔くらいは出来れば憶えたいし、話しかけられたのなら出来る限り仲良くしておきたい。
親切な皆へのお返しというわけでもないが、自分も他人に親切に接することに躊躇いはないのだ。
それが階級が下の使徒や魔物であっても変わらない。
まだまだお世話になる身だが、自分のやりたいようにやれと、レオンハルトには背中を押して貰ったし、魔人であっても偉ぶる必要もないだろう。
だからあくまでも自然に。ハウゼルは誰に対しても自分の態度で接し、仲良くしようと心がけた。
気持ちが浮ついているせいもあるのだろう。せっかくだし、何か話すことはないかと彼女らを見て考え込んだ瞬間、
「――! そ、それは本ですか!?」
「……は? あ、いや、はい、そうですが……」
本ですか? と聞かれ、リーが一瞬戸惑いを見せたが、直ぐに気を取り直した様に頷く。
ハウゼルも質問のおかしさに自分で気づき、改めて問いかけようと言葉を作る。
「あっ、ごめんなさい……! どうみても本ですよね……その、私、レオンハルトさんに勧められて読書に興味が湧いてまして……良ければその本が何なのか、教えて貰えませんか?」
「! ――ほう?」
「! へぇ……?」
すると問いかけられたリーが眼光を鋭くし、隣にいるペールが意味深に笑みを浮かべた。
急な雰囲気の変化にハウゼルが微笑を浮かべたまま、首を傾げていると、最初に答えを返したのはペールの方だった。
「いやぁ~、さすがはハウゼル様! 趣味が良い上にお目が高いですよう!」
「正しく……! この本は、私が聖書と崇め、何度も読み返してしまうほどに素晴らしい本なのです……! 読み応えのある重厚な物語は、時に涙、時に笑い、時に熱く、童心を思い出させながらも、大人でも楽しめる! 特に! 主人公が! 主人公がとても格好良く……私もその方を敬服しています! そんな、千年以上続く超大作にして最高傑作なのですッ!!」
「そ、そうなんですか……?」
急に豹変した様なリーの熱い語り口調に、少し押されたものの、ハウゼルはそれを聞いて胸を高鳴らせた。
どきどき、わくわく。と、いった感じで、ハウゼルが微笑を浮かべ、想像しながら期待してしまう。
読書に嵌ったばかりのハウゼルは、もうそれを聞くだけで読みたくて堪らなくなってしまうのだ。
うずうずと貸して貰おうかを悩むハウゼルに対し、ペールが横のリーの勢いを若干抑えながらも、懐から赤い符丁の本を取り出し、
「ええっと! そんな感じです! なのでもし宜しければ、ハウゼル様も、この本をお貸ししますので――」
「――借ります!」
「そ、即答!? まあでもいいですよう! ペールちゃんは器が大きいですからね!」
と、子供の様に目を輝かせながら迫ってくるハウゼルに、ペールがまた押されそうになりながらもハウゼルにそれを渡す。そしてその後の言葉に、ハウゼルは更に喜びの気持ちを上昇させる。
「はいどうぞ! せっかくですし、それはハウゼル様に差し上げます!」
「! い、いいんですか!?」
「はい! その本、この城にはいっぱいありますしね。続きもありますので、図書室で探してみるのもいいかもですよう。欲しければ、また差し上げますので」
「っ、ありがとうございます! 大切にしますね!」
と、ハウゼルは受け取った赤い本を、レオンハルトから借りた本と共に大事に胸に抱え込む。表紙に書かれていたタイトルは、
……“剣王伝”。一体どんな本なんでしょうか……! 楽しみです……!
折角貰ったのだし、今借りているものが読み終わったら直ぐに読もうと思う。
城の者は皆持っていると言っているし、ペールやリーだけでなく、きっとレオンハルトも知っている本なのだろう。
後でこの本の感想も語り合いたいなぁ、と、ハウゼルはその本を大事に抱き抱えた。
「――こ、こうなったら……あいつの弱点を探ってやる……!」
と、城の柱から顔を出し、ある一点を見つめ続けているのはラ・サイゼル。
彼女は、妹を拐かしている疑惑があり、とても危険な奴だと思っている魔人レオンハルトの弱点を見つけてやろうと息巻いていた。
……どんな奴でも、弱点の1つや2つくらいあるらしいし、それを突けば……。
――倒せるかもしれない。
――いや、やっぱ無理かもしれない。
2つの想いがサイゼルの中でせめぎ合うが、妹の為にも危険な相手は倒した方がいいはずだと、
……っ、そ、そうじゃなくて……あたしがやりたいからやるだけだから……ついでに、あの子も助けてあげようかなーって……。
内心ですら言い訳を行いながら、首を振って気を取り直すと、サイゼルは視線の先のレオンハルトに視線を向ける。
幸いにも、今日はレオンハルトに用事があるらしく、自分達の教育はお休みらしい。
ハウゼルなどは自主的に勉強しているだろうが、サイゼルにとっては、何もしなくていいお休みなのだ。
故に、サイゼルは今日、レオンハルトを尾行しようとしていた。
「と、とにかく……何か見つからないか――あっ!」
早速行動しようと気合を入れ直したサイゼルの視線の先、レオンハルトに動きがあった。
城の玄関、城門から出ていこうとする動きであり、つまりは、
……が、外出……そ、外、かぁ……。
まさかの外出。その事実に、サイゼルは二の足を踏む。
何しろ、サイゼルは魔人となって、記憶の上ではこの前の外出が初めてであり、
……あ、あたしって、外に出てもいいんだっけ?
何かまだ駄目だった気がするし、何も言われてないような気もする。
そうでなくても、未だ勝手がわからない身として、外出のハードルは結構高く、
……多分、大丈夫よね……。
いけるはずだ。
何しろ自分は魔人。そこらの生物と比べてもかなり強い力を持つのだ。特に危険はないはず。
無敵結界という魔人に備わった便利なものがあるし、基本的に怪我や危ない目には遭いっこないはずだ。
同じ魔人とかであれば打ち消しあうので働かないらしいが、
……ま、ここはあいつの街だって言ってたし……早々他の魔人になんて会わないでしょ。
他にどんな魔人がいるかはまだ分からないが、魔人の中でもかなり立場が高く、強いらしいレオンハルトのお膝元であれば、魔人がいきなり喧嘩を売ってくることもあるまい、とサイゼルは判断する。
それ以外であれば何度も言うように、無敵結界があるのだから危険な目には遭わない。
最悪、自分は飛べるのだから飛んで逃げればいいのだ。
危険はない。だから大丈夫。
そう信じて、サイゼルはこっそりと窓からレオンハルトを追いかけた。
しかし――
「あ、あれ?」
外に出て追いかけ始めて直ぐに、サイゼルはレオンハルトを見失った。
街の外に出ていった様だが、どこにも見当たらない。
軽く飛んで上から見渡して見るも見つからず、
「ど、どうなってるのよ……もうっ!」
最後に見かけた場所に再び降り立ち、辺りを探す。
折角尾行して弱点を探そうとしたのに、とサイゼルは口にしかけたところで、
「――俺に何か用か?」
「ひゃああぁぁああああああ!?」
サイゼルは背後からの突然の声に、飛び上がる勢いで悲鳴を上げた。
何だ、と軽く距離を取り、背後を振り返ると、
「っ……れ、レオンハルト……」
やはり――レオンハルトだった。
一応は見知った相手だったことに対し、若干安心するような、やっぱり危ない様な、矛盾する気持ちが渦巻いてしまう。
だが、
……ど、どうしよう。ここで、弱点見つけるために尾行してます、なんて言ったら……こ、殺されるんじゃ……!
目をグルグルと回す勢いで動揺しつつ思考を回し、サイゼルは何とか誤魔化さないとと口を回そうとする。
こちらを鋭い目で見下ろすレオンハルトに対し、サイゼルは、
「……な、中に……」
「……中?」
レオンハルトが訝しむ。サイゼルはそれに怯みながらも続けた。
「し、城の中に籠もってばっかだと息が詰まるから……あ、あたしも連れていきなさいよ!」
と、強気に言ってみた。が、
「…………」
レオンハルトが無言となり、辺りに静寂が訪れる。サイゼルは叫び出したい気持ちになった。
……あ、あたし的には結構良い言い訳だと思ったんだけど、やっぱり駄目っぽいーーー!?
こう言っておけば、合法的に秘密というか、弱点を探るために付いていっても問題ないと思う名案な気がしたのだが、レオンハルトが反応を返さない辺り、サイゼルはそれが失敗したのかと不安になる。
だが数秒、間を置いてレオンハルトが口を開くと、
「…………まあ、別にいいが……付いてきても面白くないぞ?」
「! べ、別にいいわよ! 暇潰しなんだから!」
「……そうか。じゃあ、付き合って貰うか」
と、レオンハルトは息を吐きながらも頷き、先を行き始めた。
それを見て、
……な、何とかなったー!? え、ほんとに!?
まさか今の何とも言えない言い訳が通るとは思ってもいなかったが、通ったのなら万々歳だ。
これで合法的にレオンハルトの弱点を探ることが出来る。
……これなら、何とかなるかも……。
凄い頭が良いのかと思ったが、思ったよりも馬鹿なのかもしれない。
もしくは人を信じやすいタイプなのか。
「……何をしてる? ついてこないのか?」
「っ、付いていくわよ……」
「……まあ、いいが……出来るだけ急ぐからな」
と、レオンハルトは言うなり駆けていってしまう。サイゼルは慌ててそれを追いかけた。
……は、速っ!? と、飛んでるのに追いつけないんだけど……!?
レオンハルトが地上を駆ける速度に、サイゼルは飛行して追いかけているのだが――追いつけない。
というかそれほど急いでどこに行くのかと疑問を覚えたが、
「――あー、もうっ! 何なのよあいつ……!」
サイゼルはそれを考える余裕がなく、レオンハルトを追い続けた。
――そうしてしばらく、
「……着いたぞ」
「……っ、はぁ……そ、そう……」
レオンハルトとサイゼルは、ある場所に到着して、足を止めた。
サイゼルは全速力で飛行を行い続け、何とか付いていくことが出来たが、それよりも、到着した場所が訳わからないため、思わず素の疑問をぶつける。
「というか、何なのよここは……?」
「ここか? ここは、大陸の北側。いわゆる、豪雪地帯だな。雪が積もってるだろう?」
レオンハルトが周囲を指して言うように、そこは一面が白の、雪が降り積もった光景が広がる大地だった。
周囲には生物どころか、草木の一つも生えていない。
あるいは、生えてはいても雪に埋もれてしまっているのか。
軽い吹雪は止む気配はなく、それどころか時折強い風が吹いて、激しくなる兆候すら見せている。
周囲は極度の低温であるはずのその場所にやってきたことに、サイゼルは微妙な表情で再度の質問を投げかけた。
「そんなの見れば分かるけど……何のために来たのよ?」
「ここは俺の修行場の一つでな」
「修行場?」
ああ、とレオンハルトが頷く。軽く首を鳴らしながら、
「生物が生きるのに、これほど適していない環境はないからな。並の人間や魔物なら、この場所に数分いるだけで凍死する可能性だってある。――そしてだからこそ、良い修行場所になる」
「……ふーん……確かに何もないけど……」
辺りを見渡しながら、やはり何もないことにサイゼルは納得する。しかし、
「……でも、涼しくて過ごしやすそうなんだけど……」
「……そりゃお前はそうかもな」
サイゼルにとっては、平気かつ、過ごしやすい場所であった。
多少、“涼しいかも?”とは思うが、寒さは感じない。
氷の力を身に秘めるサイゼルにとっては、むしろ快適に感じてしまうのだと、サイゼル自身も何となく、実感はないが思い至り、
「……普通は苦しいってことね。よく分かんないけど……」
「現に俺は寒い。――が、だからこそ修行には良い場所だ。前に強くなりたいからと連れてきてやった奴――魔人も、震えるくらい嬉しがってたし、叫びながら剣を振ってくれたくらいにはな」
「これだけ涼しいし、嬉しがるのも無理ないってことね」
――とある魔人の城。
「――はっくしゅんっ! くそっ、最近寒くなってきたな……それとも、誰かが俺様の噂でもしてんのか……? 嫌な予感がしやがる……」
「……そうじゃないけどな。でもまあ、嬉しがってたのは確かだったろうし、機会があればまた連れてきてやるか……」
「よく分かんないけど、魔人って、変わってる奴が多いんだ……」
自分にとっては快適なのでよく分からないが、態々苦しい場所にやってくるなんて、レオンハルトもその魔人も変わってるな、と思うサイゼル。
そして気がつけば、レオンハルトはいつの間にか二メートルを越える長大で細身の剣を空間から取り出して構えていた。
「っ……そ、それって、あんたの……剣?」
「ああ、魔剣オル=フェイル。俺の愛剣だ」
……な、なんか禍々しくて怖いんだけど……。
サイゼルは寒さではなく、別の意味で背筋を震わせてしまう。
その魔剣の刀身の輝きは、見る者に恐怖を与えるような怪しいものだった。
それを構え、徐ろに目を閉じるレオンハルト。
しばらくそれを眺めたサイゼルは、
……動かないんだけど……。
まさか凍死した? と思いつつも、漏れ出るような存在感というかオーラは健在だ。死んではいない。
単純に動いていないのだ、と思いながら見続けるが、
……いつになったら動くのよ……?
ぶっちゃけ暇になってきた。
修行と聞いて、どうかと思ったが、その強さの一端でも知れるかもしれないと切り替えて眺めることにしたのだが、こうも動きがないと退屈が過ぎる。
付いてきたのは失敗だったか、と思った直後、
「――サイゼル」
「ひっ! な、何よ?」
急に声を掛けてきたことで、サイゼルは驚いてしまう。
ようやく動いたかと思ったら動いたのは口だ。何の用だと驚きを誤魔化すために問うと、
「折角だ。俺に攻撃していいぞ」
「――へ? こ、攻撃?」
攻撃していい、とは何を言っているのか、とサイゼルは固まってしまう。
冗談かなにかかと思うも、レオンハルトは目を閉じたまま肯定を重ね、
「ああ。お前も、ただ待っているのは暇だろうし、どうせなら身体を動かしたいだろう。魔人としての力を振るいたいだろうしな」
「そ、それは……」
それは確かに、そうだと言える。
暇なのは確かだし、魔人としての力がどんなものかと振るってみたい気持ちもあるのだ。
まだ魔人になって日も浅く、振るう機会も特に無い。
急に扱っても問題ないと思える本能的な確信はあっても、自分で見てみたいという気持ちはある。
それに、それを聞いた瞬間に、むしゃくしゃしていた気分を暴れて発散したいという気持ちが段々と湧き上がっても来る。
しかも相手はその原因ともいえる相手だし、その相手に自分の力を合法的に振るえるなら――
「……本当に、攻撃していいのね?」
言外に、“こ、攻撃しても反撃とかしてこないわよね?”と予防線を張っておくも、
「ああ、構わない。全力でやれ」
レオンハルトは遠慮するな、と頷いた。
「――なら」
と、サイゼルは自身の感覚に従い、左手に得物を出現させた。
魔銃、氷結の女神。魔人になってサイゼルの武器として備わっていた得物。
それにサイゼルは、魔力を集中させ、
「――ッ!!」
レオンハルト目掛けて、その引き金を引いた。
瞬間――氷結の女神とその先を中心に、甲高い音が鳴り響いた。
「……! これが……!」
サイゼルが放ったそれは、この極寒の地に於いても、周囲の空気を更に凍てつかせる白の光線。
収縮された細長い絶対零度のレーザーだ。
高速の射撃であり、直撃したものを、瞬時に凍らせてしまう冷気の光線は、レオンハルトに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
サイゼルは初めて自分の力を目の当たりにし、どこか感嘆とするような声の響きを持って、その行き先を見守る。
その力の強さは、魔人として申し分ないものであり、あらゆる生物に勝るというのも確かだと確信出来るものだった。
故にサイゼルは思う。――これなら、勝てるかもしれない、と。
魔人の力を振るい、自覚したサイゼルは、その強さに自惚れかける。
だが、
「――――」
「……えっ」
サイゼルの放ったレーザーは、あっさりと切り払われてしまった。
いとも簡単に。造作もなく。
一瞬何が起こったか分からないほど自然に、レオンハルトはその魔剣を振るい、サイゼルの氷の力を斬り断ったのだ。
しかもレオンハルトは、瞳を閉じたまま、視界に頼ることもなく、それを行っている。
……通用……しない……。
それはサイゼルを、力の高揚から叩き落とすのに充分な威力を秘めていた。
魔人としての本能が、改めて悟る。
敵いっこない、と。
こんなにあっさりと防がれてしまっては、きっと、どれだけ撃っても結果は変わらない。
そして相手の剣は、それこそあっさりとサイゼルを両断してしまうのだろう。
それを幻視し、サイゼルは折れかける。
弱点などあってもなくても、自分では無理でないかと。
だから諦めて、従っていた方が幸せではないかと。
そう思い、サイゼルは銃を下ろそうとして――レオンハルトの言葉を聞いた。
「――どうした? もっと撃ってこい」
「……それは……」
攻撃しても意味がないのなら、やる意味はない、とサイゼルは躊躇する。
しかし言った。それでもだと言うように、
「まだ一発しか撃ってないなら撃ち足りないだろ? ここまで付き合わせたんだ。俺の修行でもあるが、お前も好きに暴れて構わない。お前だって鬱憤が溜まってるだろう?」
「!」
不敵な笑みとともに告げられ、サイゼルは項垂れかけた気持ちと腕を一度止める。
鬱憤なら溜まっている。確かに溜まっている。
ならそれを発散するために暴れろ、とレオンハルトは言うのだ。
「心配せずとも、俺は反撃はしない。弱い者いじめになりそうだからな。それとも……暴れることも出来ないか?」
「っ……この……!」
そこまで言うなら、とサイゼルはレオンハルトに向かって再度引き金を引く。
半ば馬鹿にされるような発言を受けてのことだが、それを込めた銃撃はしかしまたしてもレオンハルトの剣に斬り払われてしまう。
「ほら、もっとだ。もっと連続で撃ってこい」
「……あーもう!」
サイゼルは全く歯が立たないことに対して、馬鹿馬鹿しい思いを感じつつも、もうヤケクソ気味に引き金を引きまくった。
白の光線が連射で、折り重なるようにレオンハルトに向かう。空気を引き裂く音が連続し、同時に空気を斬る音が聞こえる。
やはりと言うべきか、それは通用せずに、しかしレオンハルトは声を上げた。
「いいぞ。段々良くなってきた。力が増してるな」
「っ、こんのお……!」
……上から目線がムカつくわね……!
と、サイゼルは内心で苛立ちながらも引き金を引いて、レオンハルトへの攻撃を加え続ける。
それをひたすら続ける内に、サイゼルはもはやレオンハルトの声が無くとも攻撃を放っていたが、
「ははは、段々良くなってきたぞ……ほら、もっとだ。もっと俺に撃ち込んでこい。お前の力を見せてみろ……!」
「あー! もう! 知らない! どうにでもなれっ!」
レオンハルトの声が若干喜びの感情が漏れ出るのを耳にしながらも、それに気づかずにサイゼルはしばらく暴れ続けた。
――そしてそれが数時間、続いたところで、
「はぁ……はぁ……もう、なんなのよ、あんたは……」
サイゼルはとうとう、疲れて雪の上に座り込んでしまった。
どれだけやっても全く通用しない。
そのことに対し、歯噛みするような気持ちがある。
しかし同時に、不思議な爽快感も感じており、
……なんだろう、すっごくすっきりする……。
全力で暴れて、身体の方は若干疲労が溜まっているが、気持ちの方はすーっとしている。
身体を動かすのって意外と気持ちいいのかもしれない、と思っていると、
「はは、もう終わりか」
「っ……化け物……」
不敵に笑みを浮かべて近づいてくるレオンハルトに、思わず悪態をついてしまう。
何気に、気がつけば普通に喋ってる気がしてサイゼルは自分自身に疑問を抱いたが、それを解消するのを待たずに、レオンハルトはこちらに話しかけてきた。
「だがまあ、やれば出来るじゃないか。最初より、大分力が強くなったし、狙いも良くなってたぞ」
「えっ……」
不意に褒められ、サイゼルは座ったままレオンハルトの顔を見上げる。
そこには、普段よりも幾分か感情が分かる――どこか楽しそうなレオンハルトがおり、
「これなら、訓練を続けたら伸びるかもな」
「……そ、そうなの……?」
思わず問いかけていた。
何故か、そのことに対して興味が湧いてしまい、
「まあな。魔人だけあって才能もあるだろうし、磨けば光るだろ。勉強が嫌いなら、強くなってみるのはどうだ?」
「強く……なる?」
サイゼルの疑問にレオンハルトは、ああ、と頷きを入れた。
いつもよりも軽口が多い、不思議な口調で、
「体を動かす方が好きなら、別にそれだけやればいい。無理に勉強なんてしても意味なんてないからな。……それに、お前は姉だし、妹を守るためにも強くなってみるのも良いだろ?」
「っ、べ、別にハウゼルなんて……」
「そうか? でもまあ強くなるに越したことはない。魔人なら強さは絶対必要だしな」
「…………そう、なんだ……」
サイゼルはレオンハルトの言葉を聞いて、何とも言えない気分になる。
身体を動かして疲れ果てたからか、内側にすっと入り込んでくるものだ。
強くなって、妹を守る――というのは別にそんなつもりはないが、妹より強くなるというのは、小気味いいかもしれないと、
「……じゃ、じゃあ、こうやって好きに暴れてもいいの?」
と、サイゼルは試しに聞いてみる。
強くなるために戦うことというか、暴れたりすることが必要なら、それをしてもいいのかと。
だが、レオンハルトは顎に手を当て、
「あー……まあ、無差別に暴れられるのは困るが、魔人は自由だからな。外に出て戦うことを止めることはしない。まあ、こうやって修行の時や暇な時なら俺が付き合ってやってもいいが……」
言われ、サイゼルは少し考え込む。
そして、
「…………じゃあ、たまになら……あんたに攻撃を加えに来てもいいってこと?」
「ハッ、変な頼みだな。まあ、楽しいからいいぞ」
「…………そう」
軽く笑うレオンハルトの許可を得て、サイゼルはどこか気が抜ける感覚を得た。
思うのは、
……そうよ。姉なんだからハウゼルよりあたしの方が強いに決まってるし……でも、一応特訓はしといた方がいいわよね。こいつとこうしてれば、弱点が分かるかもしれないし……。
妹への対抗心や、レオンハルトへの対抗心(?)。それに、身体を動かす方がマシだという想いから、サイゼルはそれを自分の中でも納得する。
そしてしばらく休憩しようと力を抜く中、もう一つ思うのは、
……こいつ……いつもとちょっと感じ違うのよね……?
修行が始まって、しばらくしてからやたらと軽い感じになったが、
……でもまあ、この方が緊張しないで対等っぽく喋れるわね……。
と、レオンハルトの様子を見て、“こっちの方がいい”と思ったが、城に帰る頃には普段通りに戻っていたため、サイゼルは首を傾げることになるのであった。
次回は一旦、別の場面でもいいかもしれない。ホストの後輩とかそろそろ出したいなって