――ルドラサウム大陸
この世界に存在する数多の生き物。
その頂点に立つ魔王と魔人。
他の生物はこれらに比べれば圧倒的に脆弱であり、彼らに敵う生物は少なくともこの世には存在しない。
故に彼らを縛るものは何もない。そんな暴虐の化身が魔王と魔人。
だが、どんなものにも例外というのがあると云われるように。
魔人にもその例外的存在がいた。
「……よしっ、誰もいねぇな」
きょろきょろと周囲を見渡し、隠れるようにしながら細心の注意を払いながら行動する丸い生物がいた。
彼はこう見えても魔人である。それも只の魔人ではない。
「かふっ……ふぅ、鍛錬の後の干し肉は最高だなぁ……かふかふ」
魔王城の厨房からくすねた干し肉に齧りつくこの魔人。
彼は今から三千年程前に初代魔王ククルククルによって最初に魔人にされた存在。
第一世代メインプレイヤー、丸い者の一種族であるリスの魔人――ケイブリス。
最古にして最弱の魔人であった。
そのため、ケイブリスは魔人の中では不遇の扱いを受けている。
彼は最弱である為に仲間の魔人からも軽んじられ、虐められている。それこそ昔から、仲間の魔人が増える度にそれこそ何体もの魔人から何度も。
魔人でありながら、大して強くならず他の生物にすら負けるケイブリスは魔人の恥晒しとされていた。それは彼自身もわかっていて、必死に逃げ潜み、強い相手には媚びへつらいながら生きてきた。
しかしケイブリスは強くなる為に努力を続けていた。毎日、自分よりも弱い存在を倒したり、鍛錬を重ねたり。それで本当に強くなれるのかはわからないが、ケイブリス自身は微弱ではあるが確かな成長を感じていた。
だがそれでも最弱な事には変わりない。故に、今までどおり逃げ隠れしながらへこへこしながら生きる毎日を送っていた。
しかしそれでもケイブリスは最近、少しは生きやすく感じていた。その存在を思い、彼は内心でほくそ笑む。
「最近はあまり虐められないし……ほんとレオンハルト様様だぜ、ぐぁはは」
そう、彼が最近生きやすく感じている理由が魔人レオンハルト。
二百年前に魔王スラルが作った最初の人間の魔人。そして魔人四天王の一角にして魔軍参謀である魔人だ。その強さはケイブリスよりも遥かに高みにいて、魔人の中では限りなく一、二を争う存在である。
ケイブリスは最初にレオンハルトに会った時、いつものように媚びへつらった。あなたの一番のファンであり、子分であると。他の魔人ならそっけない態度を取られて見向きもされない、寧ろ機嫌を損ねる場合もあるが、レオンハルトは他の魔人みたいに自分を虐めない。それどころか他の魔人に接するように対等に扱ってくれてるような気もする。内心はどう思っているかはわからないが。
ゆえに、自分が子分だと言っても否定も肯定しない。だが、ケイブリスはそれで良かった。別に本気で子分になりたい訳ではないからだ。
レオンハルトが積極的に断らなかった所為か、他の魔人が少しだけレオンハルトの顔を窺うようになった。多くの魔人はレオンハルトの事を目の上のたんこぶのように思っている。魔王様のお気に入りであり、実力も自分達より上。戦いになれば決闘で魔人ギリウムを殺した時のように好戦的になり、それでいて魔人四天王にして魔軍参謀という立場により逆らう事も難しい。
ケイブリスはそんなレオンハルトを隠れ蓑にした。魔人同士の集まりがある時はレオンハルトの側に傅き、何かあればレオンハルト様に呼ばれているので、といって逃げたり、こちらを内心では舐め腐っている魔物将軍や魔物隊長にもレオンハルトの名前を出せば面白い程に顔色が変わる。
三千年程生きてきた中で、今が一番過ごしやすい。鍛錬もある程度は安全に出来るし、レオンハルトに普段から物をあげているお陰なのか、多少の融通は利かしてくれる。
「まったく、ちょろい奴だぜ」
「誰がちょろいんだ?」
「そりゃあ……」
ケイブリスは突然話しかけてきた存在に動きが凍ったように止まる。
金髪灼眼、魔剣を携えた魔人、レオンハルトがそこにいた。
「れ、レオンハルト様っ!? い、いいいつからそこに……?」
「ああ? 今通りがかったところだが」
「……そ、そうなんですね」
どうやら聞かれてはいなかったらしい。ケイブリスはほっとして汗を拭う。
そしていつも通りに媚びるように口調を変化させて尋ねた。
「それで僕に何かご用ですか? な、何かあれば出来る限りはお手伝いさせて頂きます、はい」
「いや、ちょっと使徒を探してただけだから気にしなくていい。呼び止めて悪かったな」
「……あ、ああ、いえいえ、そういうことでしたら気にしないでください!」
ケイブリスはレオンハルトの言葉にそういえば、と思い当たった。
先日、この魔人レオンハルトは使徒を作った。キャロルとかいう女の使徒だ。
ケイブリスは思う。
――けっ、使徒なんざ作りやがって……お強い魔人様は良いご身分だな?
使徒というのは血の契約によって自分の力を分けて作るもの。それはほんの僅かに自分の力を落とすことになる。だが多くの魔人にとって使徒を作ることによって落ちる力はほんの誤差程度の話でしかない。
勿論、多くの使徒を作れば話は別だ。基本、多数の使徒を作れば作るほど、魔人や使徒の力はその分落ち、支配力も弱まるという。魔人の血が薄まるからだ。
ケイブリスにとってそれはありえない。自分の力を分けるという、自分で自分を弱くする行為などできない。また、そんな余裕もない。
――まぁ、強くなったら使徒を作るのも少しは考えるかもしれねぇけどよぉ……。
少なくとも今の状況では使徒を作ることは考えられない。
ゆえにケイブリスは腹の中でレオンハルトに対する妬みを感じたが、今更この程度で揺らぐ精神は持ち合わせていない。
極めて下手にケイブリスは対応する。
「もし見かけたらお伝えします! 僕はレオンハルト様の子分ですからね! へへっ……」
「……ま、そうだな。俺はもう行くが、見かけたら教えてくれ」
「はい! わかりました!」
レオンハルトは特に含むところなく自然にそう言うと、はきはきと了承するケイブリスを尻目にその場から立ち去った。
「…………行ったか」
そしてレオンハルトの姿が完全に見えなくなったのを見計らってケイブリスは小声で呟く。その上で内心でレオンハルトに毒づく。
――いちいち探すわけねぇだろうが。ぐふふ……!
当然、おべっかを使ってそう言っただけ。態々、使徒を探すことなどしない。偶然見かけたらその限りではないかもしれないが、点数稼ぎの為に。
だが、十分にレオンハルトへの点数は稼いでいる。普段から物を送ったりしているのは伊達ではないのだ。
「……鍛錬でも続けっか」
ケイブリスは再び自分を高める為の行動に出ようとした――そんな時だ。
「――おい」
「へっ?」
ケイブリスは再びの声掛けに間の抜けた声を出す。また、レオンハルトか。何かいい忘れたことでもあって戻ってきたのだろうか。そう思ったケイブリスの予想は覆された。
「あっ……ど、どどどうしたんですかお二方?」
「よう、ケイブリス」
「相変わらずみたいですね」
ケイブリスは咄嗟にへこへこと二人の魔人に向かって頭を下げながら口を利いた。しかし彼らはケイブリスのことを冷めた目で見下すだけ。
最古の魔人であるケイブリスは当然二人の事は知っている。前魔王アベルの時代に魔人になった二人の魔人。そして普段からケイブリスを虐めている魔人でもある。
故にこの後行われるのは――いつもの事でしかない。
「こんなところで突っ立てんじゃねえよっ、おらっ」
「――っ、かはっ――」
一体の魔人が足を振り抜くとケイブリスの身体に衝撃が走る。
そしてボールのように地面を転がり、やがて勢いを失い停止する。
それを見てケイブリスを蹴った魔人は可笑しそうに笑った。
「かかっ、相変わらず魔人と思えねぇ。弱すぎるな」
「ですねぇ……」
「う、ぐ……」
それに同意するように呟くもう一体の魔人はそれを鑑賞するように眺めていた。
ケイブリスはその痛みに耐えるようにしても蹲る。しかし魔人にとって今の蹴りはほんの軽い、攻撃ともいえない程度の力加減。それですらケイブリスにとっては立派な暴力となる。それが彼らにとって愉快であるのだろう。二体の魔人は楽しそうな感情を覗かせる。
「悪いなケイブリス。俺ら最近鬱憤が溜まっててよぉ。お前の親分のレオンハルトの奴のせいでな」
「まぁ、それも嘘でしょうけどね」
「っ! ……あ、う……!」
そう言いながら軽い調子で二体の魔人はケイブリスを痛めつける。
ケイブリスは痛みに何とか耐えながらもその発言で事情を理解した。
この二体の魔人はレオンハルトに特に反抗的な魔人であった。魔人になってすぐに魔人四天王になり魔軍参謀となった魔王のお気に入りであるレオンハルト。その立場は他の魔人に比べて圧倒的に上位。そして実力も遥かに上。しかもその立場を使ってあれをしろ、これをしろと命令される。
そしてこの魔人達はそれが気に入らない。二体は典型的な魔人であった。自己中心的で暴力的で遊び半分で他の生物を嬲り、殺してしまう。要は自分の好きなように生きたい連中だ。
そのためレオンハルトの存在は目の上のたんこぶでしかない。逆らうことは出来ず、渋々従うしかないとはいえその仲は険悪であり、レオンハルトの地位が高いことやカミーラやガルティアといった魔人とも仲が良い事もあり、反抗的な彼らは肩身の狭い思いをしていた。
そしてそのストレスの捌け口の一つにケイブリスが選ばれたのであろう。珍しいことでもない。
――クソが……八つ当たりじゃねぇか……!
内心毒づくもそれを口にすることは出来ない。言えば自分の命が危うくなるかもしれない。だから只々耐え続ける。今までもそうしてきた。
それにケイブリスを虐める魔人は彼のことなど眼中にないのだ。適当に罵り、時にはこうして痛めつけて満足すれば去っていく。故にこうやって耐えることが最善の選択なのだ。ケイブリスはそれを確信していた。
だが、
「う……っ、かふっ……」
「ケイブリスはほんと良く飛ぶなぁ。蹴りがいがあるぜ」
未だに魔人はケイブリスをなぶり続ける。終わりがまだ訪れない。
――そ、そろそろ、やべぇ、な……止めねぇと。
もしこのまま続けられたら近い内に死んでしまうかも知れない。その祈りが届いたのかそれを鑑賞していた魔人がもう一体の魔人に声を掛ける。
「そろそろ死んでしまうのでは?」
「……ぁ……ふ……」
そうだ、早くやめてくれ。半殺しにしたんだ。これだけやれば気が済んだだろ。だから止めろ。
床に横たわるケイブリスが内心で叫ぶ。
しかし、次に聞こえてきた言葉はケイブリスを狂乱させるには十分だった。
「死んだら死んだで大丈夫だろ?」
「――――!?」
魔人の口からいとも簡単に吐かれるその言葉。それはとても軽い調子であり、ケイブリスを全く眼中に入れてないことがわかる。
「これだけ弱ぇんだから死んでもそこらの人間にやられましたとか、気づいたら死んでましたとでも言やぁいいだろ。死んでも誰も困らねぇし」
「……それもそうですか」
そしてあっさりともう一体の魔人も納得する。二体の魔人は悪意というよりは本当にそう思っている様子だった。ケイブリスが死んでも別に誰も困らない。魔王や他の魔人も咎めることはないだろうと。
――は? おい……それで終わりか……?
あまりにも呆気ない。只の気まぐれで自身の命を摘み取ろうと――いや、自身の命など生きてようが死んでようがどっちでもいいと。
――俺様……もしかして、死ぬのか?
瞬間、それを理解したケイブリスが心の中で狂乱する。
――いいい、いやだいやだいやだ! 死ぬのだけは絶対に……!
どんな屈辱にも耐えるケイブリスだが、それだけは認められない。故に、ケイブリスは傷を負い、痛みに震える身体と口を必死に動かす。
「……う、ぐ、ご、ごめんなさ――」
謝罪の言葉を口に出し、同時にその場から這いつくばるようにして逃走を試みる。
だが、
「……あ? 何だって?」
「――っあ……!」
その言葉は届かず、再び魔人にボールのように蹴り転がされる。
「何か言いましたか?」
「どうせいつものおべっかだろ。おいケイブリス!」
「……ぁ……」
ケイブリスは最早口を開く体力すらも尽きかけていた。そしてそれを見た魔人は少し面倒そうな表情になる。
「あーあ、やりすぎちまったか? これ、どうする?」
「放っておけば死にそうですし、治すのも面倒ですね」
「んー、じゃあ一応殺しとくか」
一応殺す。そんな屈辱的な発言をケイブリスは聞いた。
――や、やめろ……! 俺様は三千年も耐えてきたんだぞ! こんなところで……!
そうして魔人がケイブリスを踏み潰そうと足を上げる。これが降ろされた時、ケイブリスは死ぬだろう。
――ち、ちくしょう……こんなとこでゴミみたいに……!
ケイブリスは自分の死を半ば悟った。
三千年生きた魔人の命を遊び半分で摘み取ろうと、魔人が足に力を入れる。
しかし、蹴りを喰らったのはケイブリスではなかった。
「っ――――がっ!?」
突如、魔人が顔に衝撃を受けて苦悶の声を上げて仰け反ったように吹き飛ぶ。
「一体何が――っ……!?」
「ああっ!? 何処の誰だ――って……」
もう一体の魔人が突如現れた乱入者に視線を向けて――青ざめる。
そして何とか体勢を立て直して、怒りを露わに声を上げて自身を攻撃した相手を確認しようとして――目を見開いた。
そしてケイブリスも自身の命を何とかこの世に繋ぎ止めた人物を見た。
それは見間違える筈もない金髪灼眼の男。
前面を閉めずに着ている黒いコート。背中に背負った蒼の魔剣。
「――まさかこんな現場に遭遇するとはな」
魔人四天王と魔軍参謀を戴く魔人――レオンハルト。
彼らにとって因縁ある魔人がそこにいた。
「……レオンハルト――様、ですか」
「てめぇ! レオンハルト!! 何のつもりだ!!」
幾分か落ち着いた方の魔人がレオンハルトを見て一歩後退る。
しかし、もう一体の魔人は不機嫌さを隠そうとせず怒声を浴びせた。元より関係はあまり良くないうえ、攻撃を加えられ完全に頭に血が上っていた。
そんな魔人の様子を見たレオンハルトは無表情のまま目を細めると、その紅い双眸で彼らを睨んだ。
「お前らこそどういうつもりだ? 仲間の魔人を殺すことは禁止してるはずだが」
「……はっ! そいつは悪かったな。そいつは魔人ともいえねぇくらい弱っちい奴だからよぉ。殺しても問題ないかと思ってたぜ!」
可笑しそうに笑って開き直る魔人。それに便乗するようにもう一体の魔人が口を開く。
「レオンハルト様。レオンハルト様がそうやって魔人を殺すことを禁止する理由は、魔軍の戦力をいたずらに減らさないようにするためですよね?」
「…………」
口を噤んだまま、眉をひそめるレオンハルト。その質問に対する返答はどうやらないようだった。だがそれでも魔人は続ける。
「続けます……しかしそれなら戦力にならないような弱者なら別に殺しても構わないということではないですか――そこのケイブリスのように」
「そうだぜ! そこの雑魚がいなくなっても誰も困らねぇ! 寧ろ邪魔だ! だから代わりに殺してやろうと思ってよ!」
――く、クソが……好き放題言いやがって……!
ケイブリスは開き直って殺しても構わないなどという魔人二人に激しい憤りを感じた。何が出来るという訳ではないが。
だが、ケイブリスは少しだけ安堵していた。レオンハルトが二人を止めたからだ。
何故かはわからない。おそらく規則だからとかそういう理由だろうとは思ったが、理由は何でもいい。今のケイブリスにとってレオンハルトは唯一の希望なのだ。
「そもそも弱ぇ奴を甚振って何が悪い! 強い奴が弱い奴を支配するのは当然だろうが!」
「……それも同意ですね。そもそもレオンハルト様はどうしてケイブリスなどを助けるのでしょうか? そいつはレオンハルト様の威光を笠に着た臆病者でしかありません。レオンハルト様も疎ましく思っているのでは?」
「…………」
だが、未だに二体の魔人は口々に言い訳を続ける。それはおそらく日頃の鬱憤が溜まっていることも関係しているのだろう。レオンハルトに言い含められ、欲求を制限される日々は暴虐の魔人にとってはストレスなのである。
故にそれを次々に吐き出した。レオンハルトはしばらく黙ってそれを聞いていたが――
「それに――」
「――クク……」
「あん?」
レオンハルトの口端に笑みが溢れ、二体の魔人の思考が一瞬止まる。
そして、
「クク、クハハハハッ――――!」
「!?」
堪えきれないといった様子でレオンハルトが腹を抱えて笑う。普段から冷静な態度のレオンハルトの珍しい姿に三体の魔人は今度こそ呆気にとられる。
「ハハハハハッ! お、お前ら、笑わせんなよ……ク、クク……!」
「な、何だと……?」
その理由がお前らにあると笑うレオンハルトに訝しげな視線を向ける魔人。
「はー……ここ百年で一番笑ったかもな……クク……」
そしてレオンハルトは一通り笑い続けると、一度息を整えて落ち着いた。
だがその口元には笑みを残ったままであった。
「お前ら、話が面倒くせぇんだよ」
「はぁ?」
「……どういうことです?」
疑問を口にする魔人達に、そのままの表情でレオンハルトは吐き捨てるようにそれを告げる。
「お前らさっきから随分と言い訳じみたことを威勢良くぺちゃくちゃ言ってやがるがよ……要はこう言いたいんだろ?」
一息で、その本心を言い当ててみせる。
「――あなたの事が怖いんです。許してください――ってな」
「ああっ!?」
「……何を」
二体の魔人がそれぞれ違った反応を見せる。だが、気持ちは一緒であった。侮辱にも挑発にも似たその言葉に対し抗議するように反論する。
「……誰がてめぇなんかにビビるかっ!」
「……そうですね。それは的外れな――」
「何だ、違うのか? だったら長々と言い訳なんざしてないで無視して立ち去るか、魔人らしく力で黙らせたらどうだ?」
「っ、それは……お前に合わせてやってんだよ!」
「……それだと組織としての体裁が」
痛いところを突かれた二体の魔人が、表情を歪める。そしてその後者の言葉にレオンハルトは噛み付く。
「おいおい、さっき組織としての体裁を無視しようとした奴が言うことじゃねぇな」
「…………っ」
今度こそそれを言った魔人が黙る。しかしもう一方の魔人はそれを認めなかった。
「……それはこいつが弱いから悪いんだよっ!」
最早言い訳にもなっていない子供のような反論を魔人はレオンハルトにぶつける。しかしそれに再び噛み付くかと思いきやレオンハルトは、
「……そうだ。お前、良いこと言ったな? これで俺も面倒が無くなった」
「…………はぁ?」
「っ……!」
何故か肯定してみせる。その言葉に頭の回る方の魔人は嫌な予感がして顔を顰める。
そしてその予感は当たっていた。レオンハルトがやや鋭い視線で二人を見やり続ける。
「本当は弱い者虐めなんてつまんねぇ事してるお前らを適当に説き伏せて解散するつもりだったんだがよ? クク……お前らのお陰で良い大義名分が見つかった」
「あ……大義名分……?」
「れ、レオンハルト様……」
二体の魔人が戸惑う中、レオンハルトの威圧感がどんどんと高まり、それが赤いオーラとなって現れる。その赤い双眸が爛々と煌めき、レオンハルトの表情に喜悦が混じる。
「ククッ、お前らの言い分じゃ弱い奴には何してもいいんだよな? ならそういうことだ。……後、悪いなケイブリス」
「――っ!?」
――お、俺様――っ!?
その視線を突如向けられたケイブリスは身が凍るような思いだった。
だが、笑みを浮かべながらもその言葉は謝罪。レオンハルトはこう続けた。
「しばらくそのままで我慢してもらうぜ。ちょっとこいつらに躾も兼ねた……俺の退屈しのぎに付き合ってもらわないとならねぇからなぁ――ッ!!」
「――っ、て、てめぇ……!」
「――れ、レオンハルト様……!」
レオンハルトはその戦意を完全に解放する。二体の魔人がそれに当てられ戦慄し、冷や汗が身体から湧き出る。
今直ぐこの場から立ち去れ、と本能が警告するが――それはもう遅い。
「二対一ならハンデは十分だろ。――精々俺を楽しませてみろッ!!」
上級魔人、魔人四天王の名に恥じない暴威が二体の魔人に襲いかかった。
――すげぇ……な。
魔人ケイブリスは床に横たわりながらも、その戦いを間近で見ていた。
魔人レオンハルトと二体の魔人の戦い。
魔人同士の戦いともなれば常人にはまともに視認することは不可能だ。それは最弱の魔人であるケイブリスにも当てはまるかのように思えた。
だが、ケイブリスはこの世で最強の存在を見たことがある。その戦い振りも。
その存在こそがケイブリスを作った初代魔王ククルククル。全長4.7キロの巨体を誇る丸い者の王でもあった魔王。それから三千年様々な戦いを見てきたケイブリス。
だからかも知れないが感覚という部分で如何にこの戦闘が凄まじいが感じることが出来た。
「おらおらッ! どうした!! もっと気張れ!! そんなんじゃうっかり殺しちまうだろうが!!」
「があぁあっ!?」
「ぐ、ぐ――っっ!!」
レオンハルトが動く度に魔人が吹き飛ばされ、壁や床に転がる。そして僅かな振動。
魔王城は決して脆い訳ではない。だが、魔人の戦闘の余波に完璧に耐えられるほど頑丈というわけではなかった。
戦いは二対一でありながらもレオンハルトが圧倒的に二体の魔人を叩き潰している。
それにおそらく何度もレオンハルトは手心を加えているのだろう。ケイブリスだけじゃない。魔人は皆知っているし、魔軍の中でもそれなりの地位にいる者にとっては有名。
魔剣オル=フェイル。あれの斬れ味は正に魔剣と呼ぶに相応しいものであり、まともに喰らえば魔人の肉体ですら真っ二つにしてしまう程だ。
そんな剣での攻撃を何度も喰らっていて、未だに身体の欠損は一度もなく切り傷や打ち身に留まっているのは、偏にレオンハルトが手加減しているからであろう。
そして実際に戦っている二体の魔人は、それをもっとよくわかっているはずだ。自分達は既に何回も殺されている。レオンハルトにその気があればとっくに死んでいる、と。
故に、だんだんと戦意が萎んでいくのがわかった。
しかしレオンハルトは先程言っていた通り――躾を兼ねているのか、もしくはもっと楽しみたいのか、全然やめる気がないように見える。
だが、戦いの余波で、魔王城が騒がしくなると、当然この場所にも誰かが駆けつけてくる。
「な、レオンハルト様が戦ってる!?」
「こっちにケイブリス様が倒れてるぞ!?」
「早くメイドさんを呼べ! 虫の息だぞ!」
「お、おやめくださいレオンハルト様!!」
「誰か魔王様かカミーラ様を呼べ――!!」
「レオンハルト様の楽しそうな笑顔……素敵ですわ……!」
「キャロル様!? 見惚れてないで止めて下さい!!」
魔軍に所属する者達が少しずつ集まり、騒ぎになっていく。ケイブリスはその過程で助けられながらも、その戦いをずっと見続けていた。
それは何故か、ケイブリスにはわからない。ケイブリスは薄れゆく意識の中、ずっと昔にこれと似た感情を抱いた覚えがあるような気がした。
――ああ、俺様もいつかは……。
ケイブリスはそれをついに自覚することは出来なかった。
後日。自らの私室でレオンハルトは項垂れていた。
「ちっ、スラルの奴……あそこまで怒らなくてもいいのによ」
「わたくしとしては格好いいレオンハルト様が見れて幸せでしたわ。紅茶をどうぞ」
「ああ、さんきゅーな」
あの後、レオンハルトは二体の魔人を殺さない程度に叩き潰した。そしてその事でスラルにこっぴどく絞られた。
レオンハルトは振り返る。そもそも最初はああするつもりもなかった。
自分の使徒であるキャロルを城内で探していた最中に何やら人気のない端の通路でケイブリスを見つけ、何気なく話しかけた。その後、普通に別れたのだがその後に会った魔物将軍に、先程ケイブリスと話したエリア辺りで見たという目撃情報があったという報告があったので、もう一度その先に向かったらいつも自分に突っかかってくる魔人二体がケイブリスを虐めている現場に遭遇した。
別に正義感というものは自分にはそこまでないと思っている。だが助けないほど薄情でもない。
故に助けたのだが、すると魔人達が口々に色々と言い訳を重ねてきたのを見てだんだんと可笑しくなってしまい、変にテンションが上がってしまったのだ。こちらとしてもあの魔人達には日頃から面倒を感じていたので、魔人らしく力でボコボコにしてしまった。
正直ケイブリスを虐めていたとはいえ、あそこまでやる事は無かったかもしれない。だがまぁ、ケイブリスには日頃からやたらと物を貰っているので少しはそれに応えてやらないと駄目だろう。ギブアンドテイクは付き合いをするにあたって重要な要素だ。相手をボコボコにする理由になっていない。
多分だが、やはり原因は欲求不満だとレオンハルトは分析する。
使徒が出来て少しは気分が楽にはなったが、そっちの方は解決できてる訳じゃない。強い奴と戦いたい欲求がついに爆発したという感じだろう。今回ので発散出来たので、またしばらくは大丈夫かもしれないが。
レオンハルトは、キャロルが淹れてくれた紅茶を飲むと、気分を変えるように息を吐いた。
「やっぱ定期的にガス抜きしなきゃ駄目だな……趣味でも増やすか」
「読書だけでは駄目ですの?」
「読書は悪くないが内向的だからな。次はアクティブな趣味が良さそうだな」
「アクティブな趣味……」
キャロルが言葉を反復した。
レオンハルトとしては体を動かすような趣味があれば少しは欲求を解消出来るだろうか、という考えである。
「……はい!」
キャロルが元気よく手を上げた。レオンハルトはそれに反応してやる。
「なんだ? 言ってみろ」
「わたくしにいい考えがありますわ!」
「……いや、それを言えって言ってるんだけどな」
レオンハルトは呆れたように目を細めてキャロルを見る。
それを受けてキャロルは再び口を開いてその考えを述べた。
「えっとですね。それは――」