――GL52X年。
大陸。
世界の全てが魔王ジルとその配下である魔人達に支配され、到るところに魔物が蔓延るこの時代。
人間が生きるにはあまりにも厳しすぎるこの世界のその時代に、一人の冒険者がいた。
「ふっ――!」
「うおぉっ!?」
同じ冒険者の男との模擬戦で、卓越した剣技を見せるのはまだ二十歳にも届いていないであろう少年だ。
赤い短髪に涼やかな顔をしたその少年は、一回りは離れたベテラン冒険者相手に劣るどころか上回り、勇ましく剣を振るう。
相手の剣を弾き飛ばし、体勢を立て直す暇を与えることなく首筋に剣を寸止めしたその冒険者の少年は、相手からの降参の言葉を聞くと、息を吐いて剣を収める。
それと同時に模擬戦を行っていた冒険者や、周りで見ていた何名かが笑みを見せて近寄ってきた。
「さすがだ。やっぱ才能あるやつは違うな」
「ははは……恐縮です」
爽やかな笑みを見せながら遠慮する少年に、周りの同じくらいの年の冒険者見習い達は感嘆の声を上げる。
「やっぱブリティシュは凄いなぁ……」
「お前なら、魔物を沢山倒せるんじゃないか?」
「すげぇ冒険者になって俺達を助けてくれよな!」
「……ああ! 努力するよ」
ブリティシュ、と呼ばれた少年は一瞬、間を置いたが、直ぐに笑顔を見せて頷く。
彼は既に年若くも冒険者として活動することが認められた期待の新星であり、この人間の隠れ里では多くの人から羨望を向けられていた。
しかし、そのことを嬉しく思うだけではない。彼は、この場所のように平和に生きる人間達の笑顔が好きだった。
だからこそ、彼はこの場所から一歩でも外に――いや、隠れ里の中であっても、ふとした時に不安な表情を見せる彼らの姿が、酷く脳裏に焼き付く。
それは誰もが知っている事実のせいであることを意味していた。
世界は人間のものではない。魔物のものだ。
この場所で、まだ平穏に暮らすことが出来ている自分達は恵まれている。食糧事情にはいつも悩まされているし、野良の魔物が時たま隠れ里を襲ってくることもあるし、決して裕福な生活を送れているわけではないが、確かに恵まれているのだ。
人間牧場や――そこらの、もっと小さな集落で生きる人間達に比べれば、自分達の生きる場所は天国だ。
だが、この状態を天国だと思わざるを得ない状態こそが、この世が人間の暗黒時代であることを示している。
この世は人間のための生き地獄であり、多くの人間は最低限の幸福すらも望むことは叶わない。
朝になれば自分が生きていることに安堵し、涙ながらに感謝することが、当たり前の日常なのだ。
――だが、そんなのは間違っている。
ブリティシュは、希望も未来もない多くの人々の事を、激しく憂いていた。
大人が子供が老人が、誰もが不安に苛まれて、しかしそれでも命があるだけでマシだと思ってしまうような現実は変えなければならない。
誰もが笑顔で暮らせるように、世界を変えなければならない。
とてつもなく大それた思想だ。自分ですら、そう思う。
それはこの世を支配する魔物達――その上に君臨する魔人や魔王を打倒することを意味していた。
到底無理なことであると、ブリティシュは周りの大人たちから聞いてきた。
しかし、だからといって諦めるつもりもない。
少しでもやれることはあるはずだ。
そのためにやれることは何でもやるし、そうして強くなっていく内に、また少しずつ、出来ることが増えて、状況を少しでも変えられるかもしれない。
無理だと最初から諦めてしまっては、何も変えることは出来ない。
無駄だからやらない――なんてことは絶対にない。
やってみなければ分からない。
それに、人間は一人じゃない。
一人で無理なら、同じ意志を持つ仲間を集めればいい。
きっと――いや、必ず。自分と同じ様に、今のこの状況を変えたいと強く願う人間はいるはずだ。
ほんの少しでも協力してくれる人間がいれば、不幸に泣く人間が少しでもいるのなら。
ブリティシュは、未来をより良いものにするために戦う。
「……必ず、変えてみせる」
人知れず呟いたその誓いこそが彼の、彼らの――長い旅の始まりだった。
とある人里の建物の中。
多くの者達が集うその建物の奥で、その二体の影はあるものを探し回っていた。
「…………」
「…………」
廊下を素早く、それでいて静かに行くのは、人間の衣服を身に着けた二体の魔物。
目がパッチリとした金髪ツインテールの美少女と、がっしりとした体格で、右目に眼帯を付けた渋い中年の男だ。
行き交う速さは人を明らかに越えているが、それは当然だ。彼らは普通の魔物ではない。
魔王の血を分けられた魔人。その魔人から血を分けられた忠実なる下僕である――使徒なのだ。
その使徒、キャロルとリーは、廊下を無言で行きながらも時折手を動かしてハンドシグナルでの意思疎通を行っている。廊下の先を覗きながら、
「……(前方に人影無し。クリア)」
「……(了解ですわ! ちゃっちゃと行きますわよ!)」
リーのハンドサインを受けてキャロルが一応の後方確認とともに進む。そして扉の前まで来たところで、
「……(おそらく、この部屋かと)」
「……(なら突入ですわ!)」
ハンドサインで問題なく意思疎通を行っている二人だが、キャロルのサインを見て、リーが首を振る。
「……(鍵が掛かっているようです)」
「……(鍵はありますわよね?)」
「…………(キャロル様が持っているのでは?)」
「……(持っていませんわ。リーさんが持っていると思っていましてよ)」
「………………」
「………………」
お互いに真の意味で無言となり、見つめ合う。
だがジト目のままのキャロルがリーに向かって近づき、
「……!? (っ、何故殴るのですか!?)」
「……(何となくですわ。もう面倒ですし、無理矢理ぶち破りますの)」
「……(……では、自分が)」
理不尽だ……、と内心でリーが思い、頭を擦りながら前に出る。そして扉を無理矢理開いた。
鍵ごと扉を入り口から外すと、二人は部屋に入室し、早速と言わんばかりに部屋の中を漁り始めた。
「……(もう少し綺麗に出来ませんの?)」
「……(扉をぶち破るのに綺麗も何もないような……)」
それもそうですわね、とキャロルが納得する。資料探しに注力しているためそこまでツッコまれなかったことに安堵しつつ、
「というか、もう普通に喋って構いませんわ。扉を破ってしまいましたし、人が来る前に終わらせるスピード重視ですの」
「それもそうですな……」
何となく、緊張感のないやり取りをしながら任務を続ける。手を動かし、資料を探していると、その中に、
「! 名簿、ありましたわ!」
「! では早速告げられた名前の確認を……後、声は抑えめに……」
「……分かってますのよ。えーと、ペラペラっと行きますわ……」
どうやら、問題なく仕事はこなせそうだと、二人で安堵する。
すると今度は別の心配や考えが湧いてくるもので、
「……お嬢様は大丈夫でしょうか……やはり、私だけでも付いていけば……」
「それを言うならわたくしが付いていきますわ」
「む……さすがのキャロル様と言えど、お嬢様の護衛に関しては譲ることは出来ませんぞ……!」
「むむ……わたくしの方が懐かれているのですから、わたくしの方がお付きに相応しいですわ!」
「いえ、私の方が……!」
と、二人してお嬢様の取り合いを始めたところで、部屋の入り口に足音が聞こえた。
「――ん? 誰か――っ!?」
瞬間、やってきた男は高速で首を強打されて身体を床に倒した。
リーが高速で男の背後に回り込み、男を気絶させたのだ。それを見て、リーはキャロルに告げる。
「……そろそろ人も来そうですな。顔は見られてないと思いますが、殺した方が賢明か……如何なさいましょう?」
「商会の仕事がやり難くなるのでNGですわ。適当に転がしておいて――あ、ありましたわ!」
リーの問いに答えながら名簿を眺めていたキャロルが、目的の名前を見つけ出したことで声を上げる。
信用していないわけではないが、一応リーも確認し、
「これで、後は帰るだけです」
「ちょっとお待ちなさい……書き書き……と。これでチェック完了ですわ! ずらかりますわよ!」
「は、了解しました」
手元のメモに一応書き込んだところで、キャロルはリーを引き連れて人里の冒険者ギルドから撤退する。
帰る時は窓の外から、別の建物の屋根。そして木の上や岩の上を飛び越えるように人里から離れていく。使徒の身体能力であればこれくらいは簡単だ。
主から極秘の命令を受けた二人の使徒は、極秘であるがゆえに部下を使うこともなく、単独で潜入、捜索任務を行っていたが、今その担当が終わった。
二人は帰路につき、紅魔城へと帰っていく。
キャロルのメモ帳には――“ブリティシュ 確認済み”と書かれていた。
大陸東にある島国――JAPAN。
天満橋を渡った先にあるその土地に、足を踏み入れる者達の姿があった。
「――ようやくJAPANに来れました……!」
「……もの凄い遠かったですね……」
「!」
その者達は、全体的に小さい者達だった。
真っ白な髪をツインテールにし、巫女服の様なものを着ている帯刀した美少女――白兎に、その肩に乗るさるぼぼのようなはぐれ使徒――藤吉郎。
そして白兎の友人であり、一応は下級使徒の身分を与えられているミディアムヘアの小柄な美少女――イヴの3人がいた。
大陸では見ない風景を目の当たりにし、感心を向けつつも、イヴはどことなく疲れた表情を見せている。
というのも、白兎のはしゃぎっぷりが原因だった。
「……白兎さん。初めての冒険を許されて嬉しいのは分かりますが、少しはペースを抑えてくれると、ただの人間の私的には助かるのですが……」
「え? でも……イヴさん、さっきはこれくらいは平気だと……」
「…………へ、平気ですが、少しは気を使ってもいいのではないですか、という意味です。ゆっくり見て回るのも良いことでは?」
先程言ってしまった強がりを誤魔化すためにイヴが咄嗟に取り繕うと、白兎は“それもそうですね”と頷いてくれた。嘘だとバレているような気もするが、それを指摘してこないで気を使ってくる辺りは成長している気がする。
しかし、実のところ、色んな意味で変わっていない。
見た目は全然変わっていないというか、成長していないし、性格の方も、
「ふふ、知っていますか、イヴさん。JAPANは大地震によって大陸から別れた土地なんですよ。JAPANは地震が多発する土地として知られ、鬼、妖怪、地震の3つは、JAPANの三大災害と呼ばれているくらいです。そのせいで、人の暮らす場所ではないと大陸に移住した多くのJAPANの人達の影響で、大陸の人の中にはJAPANの名前が付いていたり、その文化が根付いていたりしました。今は人里がそもそも少ないので、その面影は殆どありませんが、食文化などは今でも――」
と、長々と解説を始める白兎。
話し始めると長いのもいつものことだ、とイヴはもう慣れてしまったので、普通に相槌を打ち始める。
「そうなのですか。凄いですね」
「! そうなんです! JAPANは凄いんです……! ここは私の母の故郷ですし、一度来てみたくて……見てみたい場所が沢山あるんですよ!」
と、遠足ではしゃぐ子供のように興奮しながら喋る白兎は、まぁ、一応だが、微笑ましい。
一応は友人だし、一応は冒険を許して貰うために二人で直訴しにいった甲斐があった。
そのために色々と気をつけるようにと注意はされたが、
……しかもヤバいもんまで持たされて……。
危険な事があった時の為に、と、自分にも強力なアイテムや魔法具を沢山渡された。
一点しかない、老化を抑える魔道具なども、あまりにもオーパーツというか、こんな簡単に渡していいものじゃないはずなのに預けられたし、やっぱりあの城の連中は過保護だ。
白兎の為が一番だが、一応は白兎の友人ということで、一緒に守られているのは良いことなのか悪いことなのか。まあ恵まれてはいるのだろうが、
「とはいえ、お仕事というか、おつかいもありますし、先にそちらを済ませるのは? 特定の個人が住んでる村を探すなんて、時間が掛かりそうですし……」
「……それはそうですが……仕事は出来るならですし、一年以内というそれなりに長い期限もありますし……後から一気に終わらせても……」
「露骨にテンションダウンしないでください。子供じゃないんですから」
「し、してませんっ! それに、子供じゃないです!」
初めての冒険ということでテンションが上がってるせいか、実は大好きな親から任された仕事を後に回そうとしている。心の中を読んだら面白いことになってそうだ。
しかしまあ、あまり心を読みすぎるのは友人に悪いので自重する。感情くらいなら良いだろうと思うが。向こうも、異常聴覚でこっちの心音聞いてたりするし、一方的に読まれるのはプライドが許さない。
だが、それは置いといても、変に意固地になる必要もなく、
「……まあ、道すがら探していくくらいでいいんじゃないですか?」
「! ふふん、そうですよね。では、まずは“剣の聖地”に行きましょう」
またしても心や感情を読むまでもなく、嬉しそうになった白兎がそう告げる。
おつかいのことはあまり考えてないな、と思いながらもイヴは応対する。
「確か、レオンハルト様と藤原石丸が戦った場所でしたね」
「そうです。母上が言うには、とても綺麗で澄んだ場所だというので、是非行ってみたいです……なんといいますか……凄く血が騒ぎます……!」
両手を胸の前で握って興奮している様子の白兎に、何とも言えない笑みで答える。しかしまあ、
……私も、楽しくないわけでもないんですよね……。
なんといっても、自分にとっても初めての遠出となるのだ。
普段は永久保護魔法の掛かった城の中で仕事をこなしながら、白兎の相手をする毎日だし、たまにはこういうのも悪くない。
やたらアクティブな白兎に乗せられるのも癪だが、
「なら、途中でお弁当でも貰ってから行きましょうか。確か、こっちにも商人がいるんですよね?」
「ふふ、抜かりはないですよ。予め、商人がいるらしきところはチェックしてあります」
「!」
「私は読めませんが、地図だってありますし、問題ありません!」
白兎の肩に乗る藤吉郎が地図を掲げて胸を張るのと同時に、白兎も腕を組んで胸を張っている。無い胸だ。私の勝ちだな、と僅かならのプライドの回復を行いながら藤吉郎から地図を受け取り、
「ふむ……ええっと……どうやら、結構近くの様ですね。牧場はかなり北の方にありますし、暫くはゆっくりと人間の村でも回りながら旅することになりそうです」
「なら早速行きましょう! まずは剣の聖地です。そこで私の剣を振り回してやります! 行きましょう、イヴさん、藤吉郎!」
「!」
「はいはい……分かっていますよ」
はしゃいで先導しようとする白兎を捕まえながらゆっくりと歩き出す。地図を持っているのはこちらなので、あまり前を行かないで欲しいのだ。
……とりあえず、近くに村がありますし、それとなく聞いてから行きますか。
と、イヴは地図を見ながら旅の計画を立てる。
白兎の冒険は、一応数年はやっていいと許可を貰っているし、スケジュール上の忙しさはないが、定期的に帰ってこいとも言われてるので、行ってまた戻るという非効率なことをしないようにしておきたい。
それに、イヴとしてはおつかいの方もきちんとこなしたいのだ。
内容としては確か、
……日光、でしたか。そういう名前の少女がいる村を探せばいいんでしたね……。
その少女とその村を探してほしいらしい。見つからなければ見つからないでいいらしいが、一応は頼まれたし、引き受けたことだ。
何のためにそんなただの少女を探すのか、その理由は分からないし詮索するようなこともしないが、とにかく、早めに探して、純粋にこの時間を楽しみたいと思うのだった。
とある人里。
その中にあってしかし外れに建つ一軒家では、知的な風貌の男が書物を読み漁っていた。
「…………」
その部屋はこの時代、人間達の間では貴重とも言える大量の魔導書が積まれており、研究結果を書き記したメモや、魔法具の様なものまで、様々な魔法に関するものが所狭しに並べられている。
それでいて魔法に関するものだけでなく、百冊以上の様々な分野の貴重な書物も含めてその男の大事な資産であった。
彼の名は、ホ・ラガ。
知識を求めて生きる凄腕の魔法使いであり、新たな知識を得ることと、男以外にはあまり興味が薄い一人の人間である。
彼は実験や探求以外のことで外に出ることはなく、酷い時は数ヶ月以上も家に籠もっているため、同じ人里の人間達からは厄介な変人扱いをされていた。
だがそのことを深く気にしてもいない。彼にとって重要なのは“知識”を集めること。
それ以外に特に目的があるわけでもないし、無償の人助けをするほど優しくもない。頼まれれば交換条件を出して協力することもあるが、それは一時だけで長くは続かない。特に男が彼に協力を求めることは、一度目はあっても、二度目はないといえる。
時折やってくる冒険者や魔物討伐隊の勧誘も、代わり映えしない目的やお題目を掲げる者たちばかりで、協力しようという気が失せてしまうのだ。
「……ふむ、もうこんな時間か」
一冊の本を読み終わり顔をあげると、日も落ちそうないい時間であったので探求に区切りをつける。
彼の一日はこれだけしかないし、彼の生きる目的は特に無い。
世界が魔物に支配され、自分と同じ人間達が苦しんでいても他人事であった。
魔人や魔王という生物についての知識になら興味があるが、命を引き換えにするほど馬鹿ではない。
自分の暮らすこの場所が魔物に脅かされれば戦いはするだろうが、それもただそれだけ。
ここが無くなろうとも、また別の場所で知識をかき集めるだけだ。
――とはいえ、人類という種が危機に陥っていることに対し、微塵も興味がないわけでもない
何とかしなければならないことは分かっているし、元々知識を身に付けはじめたのは、知識があれば何か今をもっとより良いものに変えられるかもしれないと思ったからであったはずだ。
だが、やはりホ・ラガは動かない。
それよりも、知識を身につけることだけが、今は大事だからだ。
絶世の美男子や、そこまではいかずとも、彼の目に適うような男でも現れれば協力するやも知れないが、というのはホ・ラガ自身が内心で、冗談めかして自覚するところでもあった。
「……魔人と魔王、か……」
大陸の支配者である正真正銘の怪物達。
無敵と噂される彼らの支配を脱却出来るような英雄はいつか生まれるのか。
ホ・ラガは窓の外を眺めながら他人事の様に興味を持った。
ホ・ラガ――そう書かれた表札が一つの入り口に掲げられている。
それを正面から眺めるのは、フードを被った人影だった。
顔を隠すようなそのフードの人物に、人里に住まう一人の青年はふと思い立って声を掛けた。
「えーと、もしかして、ホ・ラガさんの噂を聞いてやってきた人?」
青年が声を掛けると、そのフード姿の旅人は青年の方に振り向いた。
背は170センチ程で青年より少し低い。もしかしたら女性かもしれない、と青年が何となく雰囲気でそう思うと、
「……ま、そんなところさ。ここにホ・ラガさんってのはいる?」
と、聞こえてきた声は女性のものであり、青年はその旅人が女性であることに僅かに目を見開いた。女性で旅をしている者は珍しい。
冒険者や魔物討伐隊は男所帯であり、女性は少ないのだ。
何しろ女性にとって、外は危険であるし、男所帯の中に入ると良からぬ事件だって起こることもある。
それだけに女性の旅人ということは、それなりに腕に自信がある人なのかな、と青年は思いながらも質問に答える。
「あー……いるはいるだろうけど、出るかどうかは微妙なところだよ。ずっと本を読んでるみたいだし、気が向いた時にしか出てこないから。根気よくノックし続ければ一応出るとは思うけど、偏屈な人だからあまりおすすめできない」
と、この人里で一番の有名人であるホ・ラガについての説明をする。凄腕の魔法使いであり、智者として有名な彼を訪ねてくる冒険者は、それこそ沢山いるのだ。
このようなことは何度も起こっているため、青年としても対応は慣れたものだ。
「もしどうしても用件があるなら、今日はもう遅いし、村の方に泊まっていくのをおすすめするよ」
「……いや、それには及ばないさ」
しかし、その女性はあっさりとその提案を断る。青年は疑問符を頭に浮かべ、去っていこうとする女性に、
「あれ、いいんですか? 用件があるんじゃ……」
「少し急いでるからね。泊まってる暇も待つ暇もないのさ。態々、親切にしてくれたところ悪いけどね」
と、言いながら女性は懐から小袋を取り出し、青年へと投げ渡した。
慌ててそれを受け取ると、既に女性は村の外に向かって歩き出していて、
「うわっと……って、これ……!」
「それは情報料。少ないけどとっときな」
少ないとは言うが、その小袋はぎっしりと詰まっていて重い。
明らかに、今の大したことのない話で貰える情報料ではなかった。故に青年は慌てながら、
「あ、あの……あ、ありがとうございます!」
「……ま、それでも使ってせいぜい長生き出来るよう努力しな」
そう最後に告げると、その女性の旅人は人里の外に去っていった。
「――――ん……ようやくこっちは終わったと。後は……二人か、一人かな」
その旅人は周囲に生き物の気配が無くなったところで、フードを捲りあげて、そう呟く。
額に赤い宝石を持ち、長く黒い髪を持つスラッとした体格の美女は、記憶してある任務と同じ名前の人物を見つけ出したところで、命令通り一度帰還しようと、一瞬でその場からいなくなった。
明日の分はもう書けてるので明日の18時か19時ぐらいに投稿しますねって。