JAPANにあるその小さな村は、ある少女にとっての全てであった。
少女の家はJAPANに幾つか生き残っている武士の家系の一つである。
魔王ジルの国狩りによって人間の国というものがなくなった世界において、武家は小さな集落や村などの隠れ里を治める長のような役割を持っていた。
少女の父も、自分達が治める村を刀を用いて魔物達と戦い、村を守る役目を担っていたのだ。
両親、兄弟、村の人々。皆が質素ではあるが平穏そのものの生活。
兄弟とともに父から剣術を学び、修行に明け暮れ、魔物との戦いを行いながらも、終わった後は気のいい村の人々と笑い合うことの出来る――そんな逞しい人達だった。
魔王や魔人といった鬼や妖怪よりも恐ろしい存在のことは知っていたが、それでも自分達はこれからも平和に生きることが出来ると強く信じていた。
だがそれが甘い考えだと分かったのは、現実にそれが起こってからだった。
「――ハーッハッハッハッ! おうおう、活きのいい人間が沢山おるのう!」
馬鹿笑いをしながら村にやってきたのは、鬼や魔物兵を引き連れた鬼の魔人であった。
その存在感、強大な気はその場にいるだけで顔を青褪めさせてしまうほど。魔物との戦いに慣れている父や兄達でさえ、額に脂汗を発して、その表情を渋く歪めた。
それに率いられる鬼や魔物兵の数も、今までとは桁違いの数であり、村を焼き払いながら村人を襲い、容赦のない虐殺と暴行を行っていった。
その悪鬼の如き所業に、少女は憤慨し、立ち向かおうとした。
だが彼女にはまだ、十分な戦う力がなかった。
素養は十分であり、年の割には剣術の腕前も優れたものであったが、父からはまだ一人前と認めて貰えず、戦う許可を出されていなかった少女は魔人の襲来を感じて刀を抜く父の肩越しの言葉を聞いた。
――安全な場所に逃げて、隠れていろ。
父の言葉は短いものだった。
ここにいては足手まといになる。子供を庇いながら戦える余裕はないと示す言葉に、少女は躊躇いながらも、父の言葉に従い、逃げた末に裏山にある人目につきにくい修行場に隠れた。
村一番の剣客であり、時折やってくる旅人にもほぼ負けなしの父が負けるはずがない。
少女は父が負けたところを一度しか見たことがない。ついこの間にやってきた、旅をしているという剣士の少女に負けたくらいであり、それ以外の相手にはたとえ魔物であっても負けたことがなかった。
かつてこの国で生まれたという大英雄――藤原石丸の様に魔人を打倒してくれと、藤原石丸の加護を願った。
だが、数日が過ぎて村に降りた少女の目に飛び込んできたのは――全てが焼け崩れた村の光景だった。
辺りにあるのは、黒焦げとなった建物の残骸や、折れた刀や槍、人の形をした何かや肉片、白い骨、頭蓋骨、血液が染みた地面。灰が風に舞い、鼻が曲がりそうな酷い死臭が村中に充満している。
その中を茫然自失な状態で少女は歩いた。何かを探すように。
だが、変わり果てた村の中を歩いていても、見つかるのは村人であった死体だけ。
それもどれも見覚えのある背格好や特徴があり、その度に少女は膝から崩れ落ちそうなショックを受けた。
見知った村人は、誰もが屍を晒していた。
老人や子供はそこら中に死体が散らばり、逃げようとしたところを容赦なく殺されたのが分かる。
女は比較的に形が残っているが、死臭とは別の臭いも混じっており、汚されてしまったことが分かる。
大人は刀や槍を手に、最後まで戦ったのだろう。バラバラになった骨や身体の部位がそこらに散らばっている。中には強引な力で無理矢理引きちぎられたかのように別れた死体や、陥没した地面に散らばる、細かい破片のようものもあった。
それが骨や肉が粉砕されたものだと気づくことが出来たのは、幸福ではなく不幸であろう。
何かを見る度に胃の中から逆流するそれを吐き出しながら、少女が最後に向かったのは、自分の家であった場所だ。
村の中ではそれなりに大きい木造の家は、やはり焼け落ちてしまい跡形もなくなってしまっている。
だがその家の周囲にある死体には、やはり見覚えがあった。あってしまった。
一緒に切磋琢磨してきた兄弟は、バラバラになって死んでいた。
優しい母は全裸のまま死んでいた。辺りに服が引きちぎられたような跡があり、やはり異臭がするのは、暴行されながら殺された証だった。
そして誰よりも強く厳しい父でさえも――――死んでしまっていた。
「っ――――!!」
気づけば、少女は泣き叫んでいた。
誰もいなくなった村に、少女の慟哭だけが響き渡る。
その叫びに反応する者は誰もおらず、どれだけの間泣き叫んでも救いは訪れない――そこで初めて、少女は世界の現実というものを思い知った。
魔物が生きる世界というのは、人間にとっての最悪の世界なのだと。
そこに辛うじて存在する平穏は、魔人の気まぐれによっていとも容易く崩れ落ちてしまうものだったのだ。
これまでの平和は、運が良かっただけに過ぎない。
少女が住んでいたその村と、魔物に襲われて苦しむ人間達の間には、薄皮一枚ほどの差しかない。
運悪く、何かの拍子でその壁は崩れ去り、地獄へと叩き落とされる。
だが、それよりも何よりも――彼女は魔人という存在に恨みをもった。
「許せない……!」
彼女は歯を強く噛み締め、魔人への復讐を誓う。
凛々しい顔つきに、長い黒髪を持つその美しい少女は、薄汚れた着物を気にすることもせずに立ち上がり、偶然にも辺りに落ちていた一本の刀を拾い上げ、その場を後にする。
この瞬間――この日光という少女は魔人と戦うための覚悟を決め、長い旅に出ることを決めた。
「ふぅ……あーあぁ……愉しいは愉しかったけど、どうせなら持ち帰りたかったわねぇ」
一つの人里で自身の趣味を愉しんだ魔人メディウサは、指に付着した血をペロリと長い舌で舐め取りながら吐息を漏らす。
だが、その言葉には僅かな不満が表れていた。
「特に最後の子……確か、ジーナって言ったっけ。あの子は持ち帰ってからじっくり愉しみたかったけど……ふふふ」
その血を舐めとり、最後に襲った女性の味を思い出す。
そこそこの美少女だったので、出来れば部屋に持って帰ってじっくりたっぷりと嬲るのがメディウサのやり方ではあるのだが、
「はぁ……レオンハルトに見つかったのが運がなかったわねー……」
せっかくの愉しい愉しい人狩りが、レオンハルトにバレてしまい制限を掛けられたのがメディウサにとっては予定外の誤算だった。
その時の会話を、メディウサは思い出す。
『……戦える男は殺すなって……なぁに、それ? 男にでも目覚めたの?』
『……いいから黙って言う通りにしろ。出来ないのならこれからお前がやることを認めることは出来ないな』
『はぁ、まあいいけど。男になんか興味ないし』
メディウサは特に含むところもなく、その条件を承諾した。
可愛い女性以外には興味がなく、男がどうなろうとどうでもいいからだ。
だからこそ、殺そうが殺すまいがどっちでもいいのだが、
『念の為、遠くから確認しておく。もし、俺の出した条件を破ろうものなら――』
『……破ろうものなら?』
『――――命はないと思え』
『っ……はいはい、気をつけるわよ』
不満そうに目を逸らしながらメディウサはやはり頷く。
レオンハルトの殺気の籠もった視線に、思わず本能がそれを避けたのだ。
全く鬱陶しいことこの上ないが、逆らうことは難しい。
レオンハルトがやると言ったのなら、本気でやりかねない。メディウサが個人的に仲良くしているケイブリスの話では、以前レオンハルトと不仲だったある魔人は、人間に倒されて死んだらしいが、それもレオンハルトの策略の内である可能性があるらしく、ケイブリスはいつもの事ではあるが、相当怖がっていた。
レオンハルトを怒らせるなといつも言ってくるし、怒らせた時は俺様から出来るだけ離れた場所で殺されろ、と中々に酷いことを言ってきた。もしそうなったら近づいてやろうかな、と冗談めいたことを思うが、とにかく危ないのだという。
とはいえ相当の事をしないとそうはならないらしいので、ちょっとくらい羽目を外しても多少のお叱りを受けるくらいだろうが、破ったら殺すとまで口にしたのだから、本当にやりかねないし、一応は条件を守ったのだ。
それに戦える男を殺すな、という条件はレオンハルトが戦闘狂であるらしいことから考えるに、戦える奴には興味があり、レオンハルトが狩るのかもしれない。
メディウサは生憎と戦っているところなど見たことないが、どうにもそうらしいし、可能性としてはそんなところだろう。
なので今も、おそらく入り口の方でレオンハルトが見張っているはずだ。それもあって、メディウサとしてもじっくり愉しむことは難しかったが、一人くらいは持ち帰っても良かったかもしれないと今更ながら思う。
条件は呑んだのだし、それくらいのことは認めて貰えたかもしれないのだ。我ながら惜しいことをしたな、とメディウサは息を漏らす。
「あの子の彼氏の表情は傑作だったけどねぇ。男はどうでもいいし……」
ジーナという娘を襲った時に、何だか変な男が短刀を片手にメディウサに叫びながら突撃してきたが、戦えるっぽく、条件的に殺したら駄目なので軽く反撃して地面に転がしてから、目の前でジーナを嬲り殺してみた。
ちょっとそれがNTRプレイみたいで愉しかったので、いつもより燃え上がってしまったが、それで手加減出来ずに勢いあまって殺してしまったのはやはり勿体無い。
それでいて、制限が掛けられていることからいつもより窮屈で愉しみきれなかったのも何とも言えないものだ。
そうして不満を持ちながら隠れ里の入口にまで戻ると、
「……終わったか」
「……ええ、まあ。おかげさまで充実した狩りになりました魔人筆頭様ーっと」
軽く不貞腐れながら皮肉を口にするが、レオンハルトは意に介した様子もなく無言でメディウサを睨んでくる。
どうにも機嫌が悪そうで、今日はあまり軽口は抑えた方がいいかもしれない、と思いつつもメディウサは続くレオンハルトの言葉を聞いた。
「……一つ聞くが」
「? 何よ」
「……お前は元から、この隠れ里を襲う気だったのか?」
と、レオンハルトは意味がよく分からない質問をしてきた。なのでメディウサは頭に疑問符を浮かべ、
「……? まあ、そうだけど……なに? 我らがレオンハルト閣下も、ここを狙ってたのかしら?」
「…………そうか。まあ、そんなところだ」
「ふぅん。なら、おみやげでも持ってくれば良かったかしら。今月分ってことで」
と、メディウサは例の取引を絡めて何気なくそう口にする。
するとレオンハルトはこちらに背を向け、隠れ里の外に向かって歩いていきながら、
「……ああ、そうだな。頼めば良かったかもな」
「へぇ、そう…………えっ?」
レオンハルトのらしくない返答に、メディウサは驚いてしまう。
軽口に反応し、しかもそれを肯定するのはかなり珍しいものだ。
……ひょっとして、機嫌が良かったり?
機嫌が悪いかと思っていたが、実は機嫌が良い可能性も出てきた。
それだけに、やはり持ち帰ってくれば良かったとメディウサは軽く後悔する。
「……くすくす。ああ、怖い怖い。怖いわねぇ。魔王様の命令もなく、誰もが恐れる魔人筆頭様まで人狩りに精を出すなんて。これは野良の人間の全滅も近いのかしら?」
「……俺は忙しい。そんなことにかまけてる暇はないな」
「今日は来てるじゃない」
「今日は偶然時間が空いていたに過ぎん。……お喋りしている暇があったらお前も早く帰って仕事でもしたらどうだ? 仕事は振らずとも、通常業務はいつも溜まって――」
「さ、あたしは忙しいから帰るわね」
と、メディウサはレオンハルトから逃げるように早足でその場から去っていく。説教を受けるのはごめんだった。
とはいえ、
……まったく、珍しいこともあるものね。何考えてるのかしら……。
弱者を殺すことを好まないレオンハルトが態々、城から遠く離れたこの場所までやってきて人狩りを行おうとするなど、よくよく考えると魔人界隈ではちょっとしたニュースになりかねない。
ひょっとしたらこの隠れ里に、レオンハルトが目をかけるようなとんでもない強者でもいたのかもしれない。少しそんなことを考えたが、メディウサの見立てでは特にそれほど強い人間は見当たらなかったので、逃げたか、見当違いだったのだろうと、それ以上思考を続けることはなかった。
――今回の一件で、後々に魔人にとっては厄介なものを生み出しうる種が芽吹いたことに、気づくこともなかった。
JAPANにあるとある村。
冒険という名の観光を行っているのは、白兎一行であった。
「はむはむ……お饅頭、美味しいですね」
「ええ、美味しいですけど……私達、普通に観光していませんか?」
「きー!」
「藤吉郎さんは呑気ですね……」
白兎とともに歩きながらイヴが藤吉郎の心の中を読んで、そう呆れたように呟く。
要約すると、“使徒の自分がいるんだからもし魔物に会っても怯えてひれ伏すでしょう!”みたいな感じだ。動物だと心の声も人間の言葉じゃなかったりするので読み取ることが難しいが、藤吉郎は一応人の言葉は喋れないだけで、完全に理解はしているので読み取りやすい。
それに、結構長い付き合いになるのでパターンも分かってきているのだ。
「もし魔物兵に会ってもこの紋様を見せればおそらくは大丈夫かと。JAPANにある人間牧場は父う……レオンハルト様の管轄ですので」
「まあ、そうかもしれませんけどね……」
とはいえ野良の魔物にはレオンハルトの下級使徒の証なんて効かないだろうと心配を口にするが、
「大丈夫です。もしもの時は、私が斬り捨てます」
「ええ、まあ……期待してますよ」
「任せてください」
ふんす、と少し自慢気に胸を反らす白兎を見て苦笑する。こう見ると子供にしか見えないし、全く強そうにも見えない。
だがこの見た目は白髪ツインテールの和風幼女の白兎でも、実は魔人レオンハルトの実子である魔人ハーフ。身体能力も尋常ではないし、身体も凄い丈夫なのだ。
ここに来るまでにも、道を塞いでいた岩を拳で砕いたりしてた。岩が砕ける時の音が少しうるさいのでその後からは刀を普通に抜いていたが、それでも剣術の腕前は達人レベルである白兎にとって、巨大な岩だろうが人間だろうが魔物だろうが、一刀両断するのは容易い。
なのでそこまで心配する必要はないのだ。それに、
「まぁ、仕事も無事終わりましたからね……少しくらいは遊んでいってもいいでしょうけど」
「なら私、てばさきが見たいです……!」
「てばさき……確か、JAPAN特有の大型のとりですね。乗り物にも出来るとか……」
「はい。うしよりも速いと聞きますし、お土産として一羽貰って帰りましょう」
「持って帰る気ですか……まあ行くならここからだと――」
と、地図を開いててばさきの産地を調べる。すると、
「……も、もし、旅の御方! 少しよろしいですか!?」
「おや? 貴方は……村の人?」
「……何か御用でしょうか?」
白兎が首を傾げ、イヴも軽く目を細めながら用件を問う。感情を軽く読んでみたが、どうにも焦りや不安の感情が多いようだ。
外で生きる人間は大体そんな感じだったりするのであんまり当てにはならないが、一応出会う人を調べるようにはしている。どんな悪人がいるかも分からないのだ。
人間からすれば、魔人側についている私達の方が悪役な気もしますけどね、と思ってしまいながらもそれを気にしないように脳の片隅にしまい込むと、村に住むおじいさんは低姿勢で話を始めた。
「はい……実は、不躾ながらあなた方を、凄腕と見込んでお願いが……」
「お願いですか」
「……ふむ」
白兎と目を合わせるイヴ。心を読んで確認してみると、どうやら嘘はついていないらしい。
純粋に、自分達にお願いがあるようだ。となると、
「……もしかして、魔物退治とかでしょうか?」
「! は、はい、そのようなものです。その……最近この辺りに出没する……火の化け物を、退治して頂ければと……」
「火の化け物……凄そうですね」
白兎がそれを聞いて、少し興味を持ったような声色で微笑を浮かべる。
イヴとしてはそんな危険な依頼を受けるのはありえないのだが、白兎の方は、やりたい、という顔をしている。
……仕方ないですね……。
イヴはそれを見て、渋々と頷くと、老人の方に再び顔を向け、白兎とともに、
「「ええ、いいですよ」」
「うきー!」
「おお……ありがとうございます。お礼は、村中からかき集めてきますので、何卒……!」
膝を付いて頭を下げてくる老人に、二人で若干、おお、と驚く。これが土下座というJAPAN特有の謝罪ポーズですか、と。
それに若干感動しながらも、イヴは報酬のこと先に交渉するの忘れたなぁ……と、次からは気をつけようと心に留める。報酬を聞く前に承諾してしまったが、普通は先に聞くものだろうし。
「それで、その火の化け物とやらはどこにいるんです?」
「はい……山の方から飛んでやって来るので、おそらくは山の上かと……」
「……また曖昧な……」
微妙な生息情報を渡され、イヴは吐息を漏らしながら小声で呆れる。
それだけで探せるだろうかと心配になってしまうのだ。
だが白兎の方は自分の胸を右手でポンと叩いて、
「ふふん、任せておいてください。こう見えて、私は結構出来ますから」
「おお、是非よろしくお願いします……!」
自信満々に頷いたのを見て、イヴは若干不安になる。
……大丈夫ですかねぇ……。
とはいえ一度受けた以上はやってみるしかない。
そういうわけで、イヴは白兎や藤吉郎とともに、火の化け物とやらを倒すため、村人が教えてくれた山を登ることにした。
糞蛇劇場は試しに書いたところ、あまりにも酷すぎたので割愛。敢えて書かないことで想像の余地を残しておくスタイル。なのでどんな感じで死んだかは読者様の想像にお任せしますわ()
次回は白兎ちゃんの冒険とか、また色々