山岳地帯の多いJAPANにおいて、数少ない平野の中心に高い柵で仕切られた一帯がある。
その周囲にいるのは魔物兵で、中にいるのは粗末な布を着ただけの人間達だ。
彼らはこのJAPANの人間牧場で管理されている人間達であり、他の人間牧場の人間ら同様、ただ苦しみ、増やされ、しかし恐怖もない生活を送っていた。
そこに務める魔軍の魔物兵達も辺境のJAPANの地でありながら、それなりに生活を楽しんでおり、あまり代わり映えのしない長閑な日常が続いていた。
だが、ここ最近の人間牧場では、普段のそれよりも大変な日常を過ごしている。
人間達は、不思議と怯えた様子を見せているし、牧場を管理する魔物兵達も不安そうに修繕作業や警備に臨んでいる。
彼らの視線や行動の先にあるものは、破壊された柵や黒焦げの地面、大勢の人間の死骸だ。
魔物にとって人間は遊び道具や家畜も同然であっても、これらは魔物によって齎されたものではない。人間牧場において、人間を殺すのは魔王の命によって禁止されている。意図しないところで数人程度死んでしまったとかならともかく、これほど大勢の人間を意図的に殺すなどあり得ないことだ。そんなことをすれば、厳しい処分が待っているのはどんなに馬鹿な魔物でも分かっている。故に、魔王の命令を破る馬鹿は存在し得ない。
それに人間の死体の中には、魔物兵の死体もあった。人間と同じ様に、黒焦げとなった死体であり、それらは同様の手段で殺されたことが理解出来る。
今現在、この牧場に置ける恐怖は人間も魔物も同じであった。
そのことを、牧場の雰囲気を感じ取ることで理解した白兎一行は、牧場の中に案内されて責任者である魔物将軍のささやかな持て成しを受けていた。
「――やっぱり、随分とやられてるみたいだね?」
「面目次第も御座いません……我々も、兵を率いて迎撃に出たのですが力及ばず……」
と、ハンティの問いかけに沈鬱とした様子で報告するのは、この人間牧場の責任者を務める魔物将軍だ。
本来の責任者は魔人であり、ここの代表はレオンハルトに違いないのだが、レオンハルトは幾つもの牧場を掛け持ちで管理しているため、レオンハルトシティにある直営牧場以外の牧場に関しては、代理の責任者として魔物将軍らを置いている。
レオンハルト軍の一員でこそないが、レオンハルトの部下である彼らは、その主の使徒であるハンティや、下級使徒の面々を前にバツが悪そうに気勢を衰えさせていた。
本音の部分では、自分達だけで解決したいというのが、牧場を任された者にとっての心理だろうな、と思いながら、一番目立たない位置でお茶を啜るイヴは、そのやり取りを耳にする。
周囲の感情も一緒に感じ取りながら、
「……やはり人間も魔物も、不安は大きいようですね」
「ふむ、それだけ強い妖怪ということでしょう。ワクワクしてきますね」
「その言葉を聞いて私も不安になってきました」
同じ様に、隣に座って出されたお茶菓子に舌鼓を打っている白兎が良い顔でそう告げてきたことに、イヴは表情を落ち込ませる。
するとハンティが、こちらに答えたわけではないだろうが、魔物将軍に向かって、
「まあ、安心しな。レオンハルトもやって来るって言うし……そもそも、先にあたしらが片付けてやるよ」
「おお……ありがとうございます。微力ながら、我々もお力添えをさせて頂ければと思います」
「防衛だけやってりゃいいよ。攻めるのはあたしだけ――あたしらだけでやるからさ」
と、不敵な笑みを浮かべながら言い直した上で、戦意を湧き上がらせているハンティは、やはり白兎と同じ様に――いや、白兎以上に良い顔をしており、それを見た戯骸が訝しむように目を細め、
「……? なんだ、ハンティの奴、ひょっとして性格変わったか?」
「私が生まれた時からああでしたよ?」
「私はノーコメントでお願いします……」
「きー……」
今ではゴリラとして有名だよ、と言いそうになったが、後が怖いので自重する。イヴとしては、白兎と同じ感覚であり、出会った時から気遣いの出来る優しいけど、血気盛んなやべー人というイメージなのだが、普段から研究室で一緒に過ごすガウガウや、親友であるというインデックスから聞く限り、昔よりも大分ゴリラになっているという噂だ。
隣にいる藤吉郎も、それを思い出したのか何とも言えない表情でしきりに頷いている。何気にこの中だとハンティの変わりようを見てきたであろう人物なので、何か思うところがあるのだろう。
だが、ハンティの発言については、
「……というか、攻めるのは私達だけって……どういうことですか? もし妖怪軍団が攻めてきたら自爆特攻でもするんですか?」
「正面突破は王道ですよねっ」
「正面から攻めるのが一番手っ取り早いからね」
「ふふふー……そこは嘘でも策があると言ってほしかったですねぇ……あははは……はぁ……」
「なんかお前、随分と苦労してるみたいだな……」
正面突破大好きな戦闘狂二人に付いていくことが決定し、イヴは笑顔のまま顔を青褪めさせる。とうとう戯骸にまで気を使われてしまっているのが何とも解せない。いや、有り難いのだが、こんな筈ではなかったはずで、
……くぅ……成り上がりを目指す私が、周りの個性に押されてしまっている……。
薄々分かっていたことではあるが、自分の実力は魔物界、特に魔人とか使徒基準で言うと大したことないし、個性としても弱いのでどうにも自分のペースに持っていけることが殆ど無くなってしまっている。
本来はもっと余裕のある優雅な自分であったはずなのに、今はそうではないとは、
……いえ、駄目ですよ、私。初志貫徹。たまには自分のペースを取り戻して意見を口にするのです……!
そうだ。ここで素晴らしい策でも考えてそれを提言すれば、正面突破とかいう脳筋戦法に付き合わされずに済むだろう。楽に解決出来るのならそれに越したことはないのだ。
考えろ、考えろ。自分は天才。自分なら出来る。特A級の才能と見込まれた人類では最強クラスの筈の自分なら――
「……! そうです! 予め襲ってくることが分かっているなら――」
「敵襲ーーーーーッ!! 出たぞ! 妖怪だーーー!!」
と、策を思いついて口にした瞬間、牧場内に敵襲という魔物兵の報と、ざわついた音と周囲の不安の感情が跳ね上がる。
それを不意に感じ取ってしまい、イヴは思わず言葉を差し止めるも、その間にハンティや白兎は顔を体ごと牧場の外に向け、
「ほうら、来たよ! あんたらは言った通りに人間を守ってな!」
「は、ははっ! 畏まりました!」
「ふふん、とうとう来ましたね。この妖怪退治の達人と呼ばれる予定の私がいるとも知らずに……さあ、行きますよ――って、どうしたんですかイヴさん? そういえば、さっき何か言い掛けていたようですが……?」
「ふ、ふふふふ……いえ、なんでもないですよ、白兎さん、ふふ、さあ、行きましょうか……」
あまりの間の悪さに自分でも乾いた笑いが漏れ出てしまう。それを見て白兎が“イヴさんも凄いやる気で、しかも余裕そうです……!”と感心しているのが不幸中の幸いだと心を慰める中、イヴは動き出す魔物将軍や魔物隊長らを尻目に、白兎達に続いて牧場の外周部に向かった。
人間牧場の管理棟から出てきた白兎達は、泡を食うような騒ぎになっている中を駆け抜け、牧場の外周部へと急いだ。
「ひい! またあの化け物だぁ!?」
「お助け……お助けを……!」
周囲の人間達は恐怖で腰を抜かしたり、小屋の方にまで走って逃げていっている。
彼らにとっての恐怖は魔物ではなく、外からやってきて襲いかかってくる者達のことだ。例え日頃から苦しめられていても、彼らにとってそれは常識であり、魔物が飼い主であることには変わりはない。
故に魔物兵に助けを求めるのも至極当然の事であり、魔物兵の方も、一応は人間を守らなければならないため、それに応えざるを得ない。
「急げ急げー! 妖怪が来るぞ――!」
「くぅ……! またあいつらかよ、くそ……! 襲うなら野良の人間でも襲ってやがれってんだ!」
しかも危険は自分達にも降りかかるため、魔物兵達は必死に動いていた。
野良の人間であれば生きようが死のうが知ったことではないので守る義務はないが、魔王の命令で管理している人間牧場の人間は彼らにとっては死活問題と言っていい重要な資源である。
故に防備を高めるために魔物将軍の指示に従って牧場の外周部に陣を築いていると――それはやってきた。
「――おらおらー! 妖怪様のお通りだー!!」
「ぐはははは! 人間どもー! 今日も襲いにきてやったべー!」
「邪魔する奴らは魔物でも容赦しねぇぜよー!」
と、意気揚々と声を上げてやってきたのは、魔物以上に異形の存在である妖怪の群れ。
百鬼夜行と言うに相応しい妖怪の軍勢は、その妖気が合わさって、周囲の雰囲気を妖しく歪ませている。
鬼火と呼ばれる火の玉がゆらゆらと宙を移動し、瘴気のような紫の煙や霧が辺りを包み込んでいる。
妖怪の種類も千差万別で、牛鬼に河童、天狗にぬりかべ、のっぺらぼうにからかさ、鵺など大勢の妖怪が揃っている。
その妖怪の見本市とも言える圧巻の光景に、白兎らは、おお、と感嘆の声を上げた。
「あれが妖怪……凄いですね。私、初めて見ました……!」
「あれ、結構骨があるんだよねぇ……ちょっと傷をつけるくらいだと直ぐに蘇るし、正攻法だと倒しにくくてさ」
「そういやぁ昔、藤原家の軍勢にもいたっけか。ハハ、懐かしいぜ」
「……あ、あれが妖怪ですか……ふ、ふふ、た、大したことないですね……」
「きー!」
……ふ、震え声とか言わないでください!
藤吉郎が若干、こちら茶化ししてきたので睨んで黙らせる。
「イヴさん、ひょっとして……怖いんですか?」
「そ、そんなわけないでしょう」
別に怖がっているわけではない。ただちょっと、不気味なので近寄り難いだけだ。
だが白兎はこちらの反応を見て、頷くと、
「……分かりました。では、早めに終わらせるために策を打ちましょう」
「! そ、それがいいと思いますよ、ええ」
白兎が不意にそんなことを口にする。どう考えても嘘を見抜かれて気遣われてしまったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
しかし、
「ど、どんな策を取るんですか?」
「そうだよ。やっぱ、下手な策よりは正面突破の方が……」
「ふふん、まあ見てて下さい。私に秘策あり、です」
と、白兎は堂々と前に進み出ていった。
すると妖怪たちもそれに気づいて笑みを浮かべる。獲物を見つけたという笑みであり、
「なんだぁ? 子供が近づいてくるぜぇ?」
「刀を持っているということは侍か?」
「どちらにせよ、俺達の敵じゃねぇぜっ!」
と、数体の妖怪達が先走って白兎に向かって襲いかかる。
しかし、
「――――邪魔ですよ」
「えっ――」
「は――?」
「何を――」
と、白兎がすれ違いざまに一瞬だけ、剣気を発すると、その妖怪達は既に一刀両断されてしまっていた。
多くの者にとって視認することすら出来なかった一刀に、ハンティや戯骸なんかは感心しつつも、それを見守る。一応は目を光らせてはいるが、白兎の力量なら、そこらの妖怪に襲われたところで遅れを取ることはないと理解していた。
そして対峙する妖怪達も、仲間が一瞬で葬られたことに強い警戒を見せて後退る。
誰もが一瞬、白兎の剣技に目を奪われた瞬間、白兎は鞘に収まったままの刀を抜いて、妖怪達の方に差し向けると、
「――私はJAPAN一の侍、白兎です! この私を倒せるほどの猛者がいるのなら、名乗り出るといいですよ!」
「…………えっ?」
声を張り上げて、色々とツッコミたい宣誓をした。イヴは内心で思う。
……策ってそれ……?
それは策って言っていいのだろうか。ただの一騎打ちの申し出というか、名乗り出てるだけであり、そんなの無視されたら終わりな気がするのだが――
「――ほう、JAPAN一の侍とな?」
「! あれは……!?」
妖怪達の奥から、別の妖怪が進み出てきた。
だがその妖怪はとてつもない妖気を発しており、ただの妖怪でないことが一目で分かる。
つまりそれは、
「……貴方が、この妖怪達を率いている者ですか?」
「……如何にも。我は、二代目妖怪王――狂星九尾・
……ほ、本当に大将出てきました――!?
イヴが白目を剥きながら、驚愕する。まさかこんな手で本当に出てくるとは思わなかったのだ。
だが、ハンティは何やら得心したように頷き、
「あー……まあ、そういえばJAPANの人って名乗りとかが戦の挨拶みたいなもので、一騎打ちとか申し出た時にそれを断るのは恥とかなんとか聞いたことがあるような……」
「そういやあ俺も最近、戦い挑まれる時は大体名乗られてたな……。武士とおんなじJAPANの土地で生まれてるからそういうの大事にしてんのか?」
「いやいやいや……それにしてももうちょっと、こう……」
それにしても軍勢を率いているのにいきなり大将が出てくるのはどうかと思う。昔の戦争資料なんかを見てても思うが、どうして武勇に長けた将とか英雄みたいな連中って、前に出たがるのだろうか。どう考えても後ろで引き篭もっている方が安全で確実だと思うのだが。
とはいえ、こちらが少数の場合は、最初に大将だけ確認するなり、位置を炙り出しておくのは効果的だと認めざるを得ない。大将を倒せば終わりなのだし。
問題はその相手の強さなのだが、
「……それにしても、強そうではあるんですが……」
「二代目妖怪王って言うくらいだからそれくらいは強いんだろうね……」
イヴはその二代目妖怪王だと名乗った相手を皆とともに観察する。
その姿は、全体的に狐色だ。
というのも背からはきつねの様な尻尾が九本覗いているし、その頭からはきつねのものと同じような耳が生えているのだが、それでいて姿形は人間の女性の様なもの。肩や胸元を露出した着物を身に着けている長い金髪の美女だ。
薄まった目からは深い緑色の瞳が覗いており、肌は白く、額には桜色の紋様が二本、眉の様に描かれており、全体的な影としては人形の異形といった感じだが、その全身から立ち上る妖気は、他の周囲にいる妖怪とは格が違うものであることが一目瞭然である。
青白い炎を周囲の漂わせているその彼女に、イヴはしかし、その強さを感じ取りながらも、顔を顰めさせた。
見ると、ハンティも同じ様に何とも言えない微妙な表情をしている。
そこを気にするべきではないのだが、今彼女達の思いは一つであった。
「…………大きい、ですね……」
「…………そうだね」
「ふむ、これは凄いですね。まさか、私の母より大きいとは……」
「あんまり俺が言えることじゃねえが、お前ら余裕だなぁ……」
「……? 貴様ら、一体何を言っておるのだ……?」
皆の何とも言えない視線が集中したところで、二代目妖怪王は頭に疑問符を浮かべる。
どうやらイヴの嫉妬が籠もった視線の意味とか、自分の身体的特徴には無頓着の様だ。
だからこそ、イヴは敢えて言う。恨みやら嫉妬やら羨望を込めて、かの邪智暴虐の塊に正義の鉄槌を下さねばと決心しながら、
「なんですか、この超巨乳妖怪は……!? 日頃から成長しないことに苦しんでいる私への嫌がらせですか……!?」
と、イヴは、その二代目妖怪王のたわわに実りまくった胸部装甲を見て、屈辱を感じながら呻く声とともに驚愕の表情を浮かべた。
その比喩でも何でもない爆乳を見て、悔しそうに唇を噛みしめるイヴに白兎が意外にも落ち着いた声で、
「大丈夫ですよ、イヴさん。あれはイヴさんを貶めるものではありません。恐れる必要はありません」
「白兎さん……」
と、友人に励まされてイヴは俯きかけていた顔を上げる。やはり持つべきものは同じ志を持つ友だ。
だが、白兎はふふんと自慢気に胸に手を当て、
「まあ、私は、母が母ですし、将来性は期待出来ますので特にダメージはありませんが、イヴさんだって成長する可能性が……」
「くっ……で、ですが、ふふふ、白兎さん? もう400年近く経って成長が来ていないということは、貴方もこちらと同じ――」
「成長が遅いだけですっ!」
「悲しいですが、現実を見たほうがいいですよ……ふふふ」
「ぐ……で、でも私は――」
白兎はイヴと共に自分の将来について語り合う。夢想主義と現実主義の戦いだ。
だがそんなこんなで争っていると、諸悪の根源が、
「……よく分からぬが……話を進めるぞ、幼子よ。我を倒せると思っているのなら倒してみるがよい。お主らの様な幼子とよく分からない者達に、人間を殺める手が止まるとでも――」
「幼子とか言わないで下さい! ぶっ殺しますよ!?」
「私達はこれでももう、肉体的には大人なんです! 人が気にしてること言うなんて最低! 最低ですよ!」
「……む、むぅ……」
「おい、あの妖怪王が押されてるぜ」
「……まあ人が気にしてることを言うのは最低ってのは同意だね」
「…………」
ハンティが半目になりながらも微妙に同意出来るように頷き、しかも何かを思い出しているのか怒気を身体から発し始めたところで、さすがの戯骸も無言となって空気を読む。
妖怪王の方も、白兎とイヴの勢いに押されて思わず、
「そ、そうか……それはすまなかった。訂正しよう……幼子のような姿をした少女達よ。お前達は――」
「誰が幼子のような胸ですか!?」
「喧嘩売ってんですか!?」
「…………とにかく、掛かってくるがよい!」
「おお、すげぇな。遂に無視されたぜ」
「さて……それじゃあ、妖怪達も含めて相手にしないとね……こっちのこと見てる馬鹿は殺さないと……」
胸の話になってそれを理解してる妖怪がいたのか、ハンティの方を見ている“刀狩り”という妖怪を、ハンティが睨んだところで彼らは顔を青褪めさせる。
「ひぃっ!? な、なんか怖そうな貧乳がこっちを見た!?」
「同じかべだから仲間意識があるのか……? って、うわぁっ!? 雷撃ってきたぞっ!?」
「ひ、怯むな! 俺達は妖怪だぞ! あんな奴ら、押し潰しちまえ!」
「よし、行くぞーーー!!」
と、妖怪達は白兎達に襲いかかる妖怪王に続いて牧場に向かって突撃していく。
何とも言えない形で開かれた戦端は、しかし勢いを持ってぶつかりあった。
謎の美少女S「妖怪滅ぼさなきゃ……(使命感)」