――大陸北部
「…………」
石造りの通路の入り口に立ち止まり、その先をやや鋭い視線で見つめるのは魔人レオンハルト。
彼はしばらくの間、その通路をじっと見ていたがやがて視線を隣にいる少女に移した。
レオンハルトの隣にいる少女は、彼の使徒であるキャロル。彼女はレオンハルトの視線を何かしらの催促だと受け取ったのか、笑みを浮かべると腕を振り上げた。
「――では、迷宮の攻略を開始しますわ!」
そう高らかに宣言した。
通路内にキャロルの高い声が反響して聞こえてくる。レオンハルトはそれを聞くと顔を天井に向けて嘆息した。
「俺はなんでこんなところにいるんだろうな……」
「レオンハルト様がわたくしの意見を聞いてくださったからですわ!」
「……いや、そうなんだけどな。迷宮って行ったことなかったしよ」
レオンハルトが今いるこの場所は、とある遺跡の地下にある迷宮。
主の新しい趣味を作るに当たってキャロルが考えついたのが、迷宮探索であった。
迷宮。
それは大陸各地に点在するいわゆるダンジョンである。
洞窟や遺跡など様々な形のものが存在するが、それらに共通するのが多くの魔物が徘徊し、多数の罠が設置された危険地帯であることと、お宝が眠っているトレジャースポットであること。
冒険や腕試し、お宝探しにはもってこいのロマンの塊なのだ。
「ここでなら危険な魔物も沢山いますから、レオンハルト様の欲求不満も解消出来る筈ですわ!」
「……最初は俺もそう思ったんだが――」
キャロルはそう強く力説する。
だが、レオンハルトは疑問の余地が浮かんでしまった為、それに異を唱えた。
「……よく考えてみたら俺らって迷宮にいる側の存在じゃねぇか?」
「………………」
レオンハルトの意見を受け、キャロルがピタリと動きを止める。
「一番危険な魔物って明らかに俺達なんだが……ここの魔物は戦ってくれんのか……?」
「だ、大丈夫ですわ! ……多分」
キャロルが自信なさげにぼそりと付け加える。確かによくよく考えてみれば魔人や使徒も一応は魔に属する者達。それも圧倒的な強者だ。迷宮の奥で待ち構えているボス的存在である。
本当に凶暴で好戦的な魔物ならともかく普通の魔物は逃げるのではという疑問を覚える。
「俺らが住んでる魔王城なんか見ようによっては世界一危険な迷宮な気がするんだが……」
「……言われてみれば……」
多くの魔物兵が常時城を固めており何体もの魔物隊長や魔物将軍も詰めている。多数の使徒や魔人が徘徊し、極めつけは魔王が座する城。確かに人間目線だと一番危険な迷宮に間違いない。
故に今更そこいらの迷宮に入ったところでこれ以上の危険があるのだろうか。自分の考えに自信を持つキャロルもこれには首を傾げる。そして戸惑いがちに、
「……え、えっと、ではどうしましょうか……」
「………………」
「……あっ! 良いこと思いつきましたわ!」
「……一応言ってみろ」
主の無言の視線を受けて、キャロルが閃いたように声を上げる。
あまり期待は出来ないが、という枕詞を口の中に留めてレオンハルトはそれを促す。
するとキャロルはほんの少し顔を赤らめ、
「最初の意見はどうでしょう……わたくしならいつでも準備は出来てますし……見ようによっては初めてのお出かけなので、ここで初めてを迎えるというのも……」
途中からトリップし始めたキャロルを見て、レオンハルトは多少イラッとしたのか眉間を指で抑える。
――こいつ、マジで犯してやろうか……。
危ない考えが脳裏に浮かぶが、それをしてもキャロルを喜ばせるだけなのが容易に想像が付いたのでその考えを振り払う。
レオンハルトは一度軽く息を入れると、気を取り直してキャロルに声を掛けた。
「……ま、折角来たしな。来たことなかったのはマジだし、一応行くぞ」
「あっ、はい! かしこまりましたわ!」
「……それに良い機会かもしれねぇな」
レオンハルトの言葉に気合を入れなおすキャロル。それを見てレオンハルトは一つ、ある試みを思いつき口に出した。
「何がですの?」
きょとんと首を傾げるキャロルにレオンハルトは提案する。
「もし魔物と戦うことになったら最初はお前一人で戦え」
「わたくし一人で、ですか?」
「そうだ。使徒になってからのお前がどれだけできるか確かめる必要がある」
そう。レオンハルトはキャロルの腕試しに迷宮探索が使えると考えた。
使徒になる前に実力を試しはしたが、使徒になってからの実力はまだ確認していない。主としては使徒の正確な力量を把握しておかなければ何を任せることが出来るのかも分からないし、無茶な仕事を任せてしまい失敗してしまうこともあるだろう。
それらを避ける為にも今の内にもう一度試してやろうと、レオンハルトはキャロルに視線を浴びせる。
「……わかりましたわ! レオンハルト様の使徒となり更に完璧になったわたくしの実力を、レオンハルト様にお見せしますの!」
キャロルはレオンハルトの視線を、期待に満ちた視線と受け取ったのだろう、ビシッとポーズを取って自信のある表情でそう叫ぶ。
「ああ、頑張れ」
「頑張りますわ! 頑張ってレオンハルト様に褒めてもらいますのよ……!」
――不安だな……。
キャロルの締まりのない笑みを見て、レオンハルトはやや胡乱な表情で息を吐くのだった。
「やぁっ――!」
「オオ――ッ!?」
キャロルの掛け声と共に、影が交錯したかと思うと、悲痛なヤンキーの叫び声が響く。
ヤンキーは褐色の筋肉質な人型の男の子モンスターであり、魔物の中では割とポピュラーだ。そのヤンキーがキャロルの手に持った剣に切り裂かれて倒れる。
「これでこの階層も終わりか。呆気ねぇな」
「レオンハルト様! 経験食パン落としましたわ!」
「食べろ、貴重な経験値だ」
「わかりましたわ! もしゃもしゃ……」
モンスターが落としたアイテム――食べたら経験値が入る経験食パンを拾ったキャロルがレオンハルトの命令で、それを口に含む。それを視界の端で見ながら俺は、床に血溜まりと共に転がった魔物達を思い返す。
イカマン、るろんた、アカメ、ハニー、ミートボール、おかゆフィーバーなど、様々な種類のモンスターの屍が通路内に転がっている。
レオンハルトはここまでのキャロルの戦い振りを見てある程度の力量を計った。
そうして分かったのは、その辺の魔物に負けるほど弱くはないということ。
使徒になって手に入れた得物――腰に掛けた小さい銃のようなものと細い形状の剣。
コマンダーであった頃とは違い、それらを武器にして戦ったキャロルだが、以前は指揮棒以外は使えなかったそれらが使えるようにはなっていた。
そしてその事にキャロルは喜んでいた。特に剣は「レオンハルト様と同じ武器ですわ!」とやたら喜んで振り回していた。危ないのでやめさせたが。
そしてレオンハルトが見たところ、使えるには使えるのだが――何というか、使えないから使えるようになったくらいであり、剣の腕自体はまだ未熟ではあった。
どちらかというと銃のような物の方が腕は良いくらいだ。引き金を引くと弾が発射されるそれは魔物の身体を撃ち抜くには十分な威力であり、大いに活躍していたように見える。
それにこの銃、何発撃っても弾が無くならない。というより弾が何処に入っていて、何処から供給されるのかわからない。不可思議ではあるが、女の子モンスターのチハなんかも無限に弾を撃てるので同じ様な原理なのだろう。そこは気にしないでおく。
総評するなら弱くはないが、まだ強くもない――と言ったところだろう。ここまでに倒した魔物達はどれもあまり強くない。レオンハルトを含む多くの魔人はこれらを一瞬で肉塊に変えることが出来る。戦闘力に定評のある使徒――七星などなら多数の魔物を相手取っても歯牙にもかけずに倒すことが出来るだろう。
欲を言うならもう少し強くなってほしいところだ。レオンハルトは経験食パンを食べ終わったキャロルに視線を向ける。
視線に気づいたキャロルが胸を張って自慢気な声を出した。
「レオンハルト様! わたくしの実力はどうでしたか!?」
「……ま、一応及第点ってとこか」
「ほんとですの――」
「だが」
レオンハルトは喜びかけたキャロルに釘を刺すように鋭い声を出す。
「――これくらいで満足してもらっちゃ困るな。俺を喜ばせたいならもっと強くなれ。元コマンダーだからとか言い訳は聞かねぇからな?」
個人戦闘力はそこまでじゃないコマンダーの使徒にしてはそれなりに使える、というだけ。レオンハルトとしては自分の使徒なのだからそれなりの戦闘力では困る。これでもそれなりに立場がある魔人なのだ。故に期待はしているがもっと高みを目指せと発破をかける。
「……当然ですわ! わたくしは魔物界一の完璧使徒! レオンハルト様の使徒ですのよ! まだまだ強くなりますわ!」
「それでいい……ほら、さっき拾ったダボラベベとまんが肉だ。食え」
「はい! いただきます! ガリ……むしゃむしゃ……!」
経験値と体力が上がる食べ物を下賜されて、それを勢いよく食べる自分の使徒を見てレオンハルトが苦笑する。向上心だけは一級品の様だ。
――ふむ、使徒を育ててみるのも面白いかもな。
キャロルを見てそんな事を思うレオンハルト。使徒になり寿命も無くなったし、限界も伸びたことだろう。それにどうやらそれなりに頑丈でもあるようだ。長い時間を掛けて訓練を施せば面白い成長を遂げる可能性は十分ある。
――今度、剣の振り方を教えて……いや、先に基礎体力か。延々と走らせるか? それとも崖登りでも――。
「……? 何故か悪寒が走りましたわ」
周囲に魔物でもいるのだろうかとキャロルがきょろきょろと辺りを見渡しながら不思議そうに首を傾げる。その原因が自らの敬愛する主にあるとは微塵も思ってもいないようだ。
レオンハルトは表情を真面目なものに戻すと、立ち上がってキャロルに指示する。
「そろそろ行くぞ」
「了解ですわ!」
そうして二人は迷宮の奥に進んでいった。
その後も順調に迷宮を進んでいくレオンハルトとキャロルは――
「レオンハルト様! これはどうでしょう!」
「ん……おお、これは結構良い剣だな」
時には宝箱から出たアイテムに一喜一憂し――
「れ、レオンハルト様~……」
「見事に引っかかったな……先に回復しとけ」
迷宮に設置された多数のトラップに引っかかったり――
「な、何ですのこの触手――!?」
「カースAか、珍しいな……どいてろキャロル。こいつは俺が相手する」
「うぅ……屈辱ですわ……!」
一つの町を滅ぼせるほど危険な魔物と遭遇してレオンハルトが出張ったり、そんなこんなで二時間程。
二人は迷宮の最奥にまで辿り着いた。
「やりましたわ――!」
「ここが終点か」
迷宮の奥にいた大型モンスターを倒すと、それなりの大きさの空間に辿り着く。何時間も迷宮に潜って戦い続けてそれなりに疲労があるかと思ったが、キャロルはそんな疲れを微塵も感じさせず部屋の中心にあるそれに駆け寄った。
「レオンハルト様! 宝箱ですわ! それもとても豪華な!」
「確かに豪華だな」
キャロルが指し示した宝箱。ここまで幾つかの宝箱を見つけて沢山のアイテムをゲットしたが、その中でも一番大きく、綺羅びやかな装飾が付いた宝箱はキャロルの言う通りとても豪華だ。
否応にも中身を想像してしまう。一体どんなレアな一品が入っているのか。レオンハルトは早速それに手を掛けた。
「とりあえず開けてみるか……っと」
そう呟きながら多少の期待を込めて宝箱を開く。するとそこには――
「これは――」
「金! 金で出来てますわ――!」
キャロルがそれを見て叫ぶ。レオンハルトはゆっくりとそれを持ち上げて、品定めするように全体を眺めた。
「黄金の……像、でいいんだよな」
レオンハルトが胡乱な目でそれをしげしげと眺める。
だが何故、黄金の像に疑わしい目を向けるのか。それは黄金像の形が奇妙だったからに他ならない。
いわゆるひょうたん型とでも言うのだろうか。黄金で出来たひょうたん型の像。黄金なので価値はあるのだろうが、どうしてこのような形なのかよく分からない。どうせ黄金で作るならもっと良い形があるだろう。
――ま、いいか
しかしまぁ、宝の価値などわからない自分が寸評をしてもしょうがない。帰ってスラルにでもあげて聞いてみるか、とレオンハルトはその像をしまうと一度息を入れた。
そしてそんなレオンハルトの様子を見たのか、キャロルが少し心配そうな表情を浮かべる。彼女は言い辛そうにしながらもレオンハルトに尋ねようと口を開いた。
「あ、あの……レオンハルト様?」
「……何だ?」
キャロルの窺うような表情にレオンハルトは疑問符を頭に浮かべる。しかし表情を変えないレオンハルトにますます不安になったのかキャロルが落ち込んだ様な声色で、
「その、やはり迷宮探索は楽しくなかったでしょうか……?」
「……はぁ?」
「レオンハルト様の欲求不満を解消できずに申し訳ありません……」
分かりやすくしゅんと下を向いて気を落とすキャロル。彼女にとっては主であるレオンハルトが楽しめるかが重要であった。強い相手と戦いたくなる欲求を解消するための趣味。そのために次善とはいえ迷宮探索を提案したのである。
しかし迷宮の奥に到達しても表情をあまり変えない主の姿を見て失敗したのだろうと思い込み項垂れる。
そんな自分の心配をする使徒にレオンハルトはそれを察してか、息を吐くとややあって苦笑。
そして自分の考えをキャロルに告げた。
「……ま、確かに戦闘は退屈だったけどよ」
「そ、そうなんですね……」
その言葉を聞いて更にキャロルが沈んだ様に声を落とす。
しかし、
「だが、探索は悪くない。気が向いたら行くのもいいかもな」
「――!」
レオンハルトの正直な気持ちにキャロルが目を剥いて驚く。実際、レオンハルトはこうやって未知の場所に行くのも悪くないと感じていた。戦い自体はそれなりでも刺激が少ないわけではない。罠に気を張ったり、宝を見つけたり、珍しい物を見たりするのはそれなりに新鮮な体験を楽しめる。もう一度行っても全然構わないし、簡単には飽きないだろうという考えに至る。故に悪くないと評した。
「ま、よくやったなキャロル」
「あ……!」
故にレオンハルトはキャロルの頭を撫でて褒めてやる。するとキャロルの表情が一転して安心しきった様に変化する。そして嬉しさに身を震わせた。
「ありがとうございます、レオンハルト様……また、褒めて頂いて……んっ」
「おっと」
「あ……」
キャロルの顔色が赤くなったのを見たレオンハルトが頭から手を離す。キャロルが名残惜しそうに離れていく手を視線で追いかけた。
分かりやすく落胆する使徒にレオンハルトは肩を竦めて説明してやろうと口を開く。
「今日はこれだけだ。今から戻んなきゃなんねぇし、これから用事があるしな」
「そうですか……」
「……言っておくが、お前にも関係ある用事だからな?」
「あっ、そうなのですね。一体何を為さるのですか?」
レオンハルトの言葉に自分も手伝う事になるのだろうと適当に当たりを付けたキャロルが気持ちを切り替えて質問する。使徒として、主に褒めてもらえないからといつまでも落ち込んでいるのはよろしくない、そんな気持ちがあるのだろう。
しかし、レオンハルトはそんなキャロルの気持ちとはそぐわないであろうこの後の用事を告げた。
「この前のリベンジ――お前の歓迎会だ」
キャロルの歓迎会。
レオンハルトとキャロルは迷宮から魔王城に帰ると、身支度を整えてからその場所に向かった。
前回はレオンハルトの部屋で行う予定だったが、今回の歓迎会の場所は魔王スラルの私室であった。
二人が扉を開けて部屋に入ると、中にはスラルとガルティアが既に待っていた。
「あ、いらっしゃいレオンハルト! それにキャロルちゃんも」
「おー……本当に使徒になったんだな」
口々に出迎えの言葉を口に出すスラルとガルティア。スラルは嬉しそうにこちらに駆け寄り、ガルティアは椅子に腰掛け肉を頬張りながらも、感心したように視線を向ける。
「お招きありがとうございますわ、魔王様」
「ううん、気にしないで。後そんなにかしこまらなくてもいいからね」
「そうなのですか……?」
「言う通りにしとけ」
スラルがもう少し砕けてもいいとキャロルに言うと、キャロルは自らの主を見上げて確認を取った。やはり魔物のトップである魔王にいきなり馴れ馴れしくは出来ないだろう。そこはしょうがない。
しかしややあって主の許可も得たキャロルは、
「わかりましたわ! よろしくおねがいしますスラル様!」
「ん、よろしくね」
いつもどおりのテンションでスラルと挨拶を交わした。物怖じしない性格がそうさせるのか、スラルの雰囲気がそうさせるのかわからないが、仲良く出来そうで何よりだ。
レオンハルトはお喋りを始めた二人を視界の端で見届けながらもガルティアに近づき声を掛ける。
いつもの事ではあるが、持ち込んだ肉を次々と口に運ぶガルティアに呆れた表情を浮かべる。
「お前、一応食事前だってのによく……いや、今更か」
「スラルの料理が食えると思うといつもより腹が減るからな」
「……俺は逆だ。先程からお腹や手が震えてる。最早身体が拒否しちまう……」
「へぇ、勿体無いな」
「そう思うのはお前だけだ……」
レオンハルトが既に並べられている料理の数々を見て、顔を青ざめさせる。逆にガルティアは今にも待ちきれないといった様子で手に持った肉をがつがつと食していた。
この中に幾つかスラルの料理がある。それがレオンハルトには感覚で理解出来る。料理を目の前にすると身体が拒否反応を起こす所為だ。
だが、ガルティアはそんなレオンハルトの言葉を受けると、キャロルの方に視線を移した。
「でも、お前の使徒はまだ分かんねぇぜ? 美味しいって言うかもだ」
「ありえねぇな。魔人が気絶するレベルの必殺料理だ。美味しい不味いの次元じゃねぇ」
「俺とお前しか食ってないし分かんねえだろ?」
「いや、わかる……これは最早武器だ。敵に食わせたら確実に戦闘不能に出来る。今すぐに実戦配備しても通用するぞ」
「……刺激が強くて美味いんだけどなあ」
「それが気絶するほどの刺激じゃなければ美味いかもな」
ガルティアが首をひねりながら料理の数々を眺めているのを見てレオンハルトは思う。やはりスラルの料理の話題に限ってはガルティアとは話が全然噛み合わない。ムシ使いの魔人の味覚はレオンハルトには理解し難かった。
「……それじゃ、そろそろ始めよっか。皆座って」
「かしこまりましたわ!」
スラルがそう言って椅子に着席するように促す。
既に腰を落ち着けているガルティアも含めて全員が着席すると、スラルはキャロルに声を掛けた。
その声色、表情は少し緊張している様子。自分でも大丈夫なのかと心配している様だ。
「その、キャロルちゃん? 好きに食べていいけど、いつでも食べ終えていいからね?」
「……? わかりましたわ」
訳の分からない注意を受けて、しかしキャロルは了承する。傍から見れば悪魔の契約に見えてくるようだ。何せ目の前に並んでいるのは常人の意識を破壊する魔王の料理。
「どれも美味しそうですの」
「…………」
しかしそんな事を知らないキャロルは目の前の料理を眺めて目を輝かせる。これが見た目通りの出来栄えなら感動する気持ちも分かる、とレオンハルトは使徒に同情する。自分も最初はそんな気持ちだったと。
キャロルはテーブルに並んだ豪勢な料理の数々に目移りしていたようだったが、やがて一つの料理を手にとった。
「このコロッケからいただきます。レオンハルト様もどうですか?」
「……い、いや、俺は遠慮する。先に食べてくれ」
「そうですの……わかりましたわ」
キャロルが少し残念そうに落ち込み、直ぐに立ち直る。レオンハルトは仄かな罪悪感を感じる。
彼女が手にとったコロッケ。香ばしいお肉とじゃがいもの揚げた匂いが食欲を唆り、見た目からでもそのサクサク感、ほくほく感が分かるようだ。
レオンハルトも本来は結構好きな料理である。しかし擬態しているであろうことは想像に難くない。故に使徒の申し出を断る。
断られたキャロルは、コロッケを食器で口に運ぶと――
「んっ……」
それを齧って口の中に入れた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人が固唾を呑んで見守る中、キャロルはそれをゆっくりと咀嚼し、
「あら、これは……――――っっっ!!」
不意に、キャロルの言葉が詰まり、動きが止まった。
「………………」
「お、おい。大丈夫か?」
目を剥いた状態で時が止まったかのように動かないキャロルにレオンハルトが心配そうに声を掛ける。
だが、
「………………」
「あれ、反応がないわね……」
「美味すぎて絶句したか?」
「黙ってろガルティア。……しかし本当に動きがないな」
未だに全く反応がないキャロルを皆が顔を見合わせる。スラルなどだんだんと不安になっておろおろし始めた。
レオンハルトは何となく、嫌な予感がしてキャロルに近づくと肩を動かしてみる。
「………………」
それでも動かない。
故に試しに手をキャロルの顔の前に持っていきある事を調べた。
すると――
「………………スラル、ヒーリングだ」
「え……え? それって……もしかして」
レオンハルトがぼそりと告げた。
スラルがまさか、と不安そうにその言葉の真意を確認するように問い返す。レオンハルトは血相を変えて叫んだ。
「――――息してねぇ! スラル! 早く回復魔法を!!」
「う、うわああああああ!? 私の料理、そこまでいっちゃった――!?」
スラルはその言葉を受けて慌ててキャロルに近づくと、自身の料理にショックを受けながらも全力で神魔法を連発する。
「心臓は動いてるからまだ間に合う! 起きろキャロル!!」
「ごごごめんなさいキャロルちゃん!! 早く起きて!!」
涙目で謝りながら回復を続けるスラルと、肩を揺さぶって声を掛け続けるレオンハルト。和やかな歓迎会は一瞬で阿鼻叫喚の有様に変化した。
そんな彼らを見て、ガルティアは目の前の料理を口に運んだ。ガルティアの口の中に刺激が広がる。
「……こんなに美味いのになあ」
ガルティアの惜しむような声色の呟きはこの場の誰にも届かなかった。
――この後、程なくして気がついたキャロルは身体にこそ異常は無かったものの、料理を食べた記憶だけが抜け落ちており、レオンハルトとスラルを戦慄させた。
同時にスラルの料理は魔人以下には耐えられない事が分かり、今後は練習でも魔人以外に食させる事は禁じられたのであった。