JAPANの人間牧場での戦闘は、妖怪による突撃と、魔軍側の防衛という形で始まった。
妖怪側は二代目妖怪王、狂星九尾・末知女殿を旗印として人間を襲うために前進するが、魔物側がそうでないのは単純なことだ。それは、
「いいか貴様ら! 守っていれば勝てるのだから不用意に前に出るなよ! こっちにはあのレオンハルト様の使徒がついているのだからな!」
部隊を指揮する魔物将軍の声を受けて、はっ、と短い了解の声が重なる形で連続する。牧場の外側の境界線。まだ少し残っている柵を利用しながら防衛を行う魔物兵達は、前線で戦う者達の姿に勢いを高め、燻っていた鬱憤を晴らすように叫びながら戦闘を行う。
「今日こそは覚悟しやがれ化け物共!」
「人間よりちょっと強いからっていい気になんなよ! 魔物の方がつえぇんだからな!」
「ちょっと斬りつけたくらいで死なねぇならズタズタにしてやらぁ!」
人間を越える速度で突っ走ってくる妖怪達を相手に、魔物兵もまた、人間を越える腕力で迎え撃つ。互いに人ではない種族の戦闘は、今となっては見られることのない人間同士の戦争よりも鮮烈に繰り広げられていた。
だが、拮抗している軍勢同士の戦いの中で、その変化をつけようとする者がいる。
それはやはり、軍勢を束ねる将といえる者達で、
「人を襲うこと――それが我が宿命。それを邪魔立てするというなら……容赦はせんぞ」
と、そう告げて宙を浮きながら力を込めた九尾の妖怪に、魔物兵達は自然と身構える。
あの妖怪が厄介であることを彼らは知っている。妖怪軍団だけなら、魔物将軍率いる魔軍でも蹴散らすことは可能だが、その戦況を左右することの出来る戦術レベルの強さを持つ相手がいると途端に厳しくなる。
「――“大雷撃”!」
「ッ……! 総員、身を守れ――ッ!」
その妖力が強くなり、バチバチと閃光が迸る。
以前の襲撃に於いても、多くの人間や魔物兵の命を奪った極大の雷。雷の嵐とも言うべきその大雷撃に、魔物将軍は即座に指示を出し、魔物兵達もその指示を聞く前から咄嗟に自分の身を守ろうとする。
妖怪王と称するだけの力で練られた雷は、当たれば黒焦げとなり絶命することを免れない危険なもの。それ故に、妖怪達であっても多少の距離を取りながらその力の行き先を見守る。
「さすがは末知女殿様ぞ!」
「ゲヘヘ、黒焦ゲニナリヤガレェッ!」
雷の雨が魔物達を狙って戦場に降り注ぐ。
以前と同じ様に、少なくない数がやられることを、その威力を知る誰しもが想像した。
だが、
「――ったく! 世話が焼けるね!」
「!」
その雷の雨は、魔物達に降り注ぐ前に透明な何かに弾かれたようにして消失していく。
それを引き起こしたのは、やはり黒髪のカラーの姿をした、使徒だった。
「さすがにこれ以上やられると怒られそうだからね! それだけは防がせといて貰うよ!」
「くっ、おのれ……!」
二代目妖怪王の最大威力の攻撃に対応したのは、ハンティだった。
彼女は魔法障壁を魔物達の上部の広い範囲に張りながら、自身は妖怪達の中に突っ込んで剣や魔法で彼らを薙ぎ払っていく。
妖怪達にとっての戦術レベルの戦力が妖怪王だとすれば、この場の魔軍において、同じく戦況を変えうる強さを持つ戦力は、ハンティだった。
だが、この場にいる戦力でそれに届かずとも軍勢の中で問題なく立ち回れる者達はまだ存在した。
「ハハッ、やるじゃねぇかハンティ。よし、俺も久々に暴れるぜぇっ!」
「ぐおぁ!? なんだこいつぁ!?」
「炎ノ妖怪ナノカ!?」
口から炎を吹いて妖怪を焼き尽くそうとしているのは、はぐれ使徒である戯骸だ。
かつてはハンティと並んで、魔人級の強さを持つ使徒として、使徒最強の座を噂された戯骸は、以前よりも強化された灼熱の炎を吹き荒らし、妖怪達を次々に討っていく。
「おらよっ! どんどん掛かってきな! お前らと同じで、生半可な攻撃じゃ俺は倒れねぇぜ!」
「ぐっ……こ、此奴、身体が再生している……!?」
熱風に身体を庇った妖怪が、戯骸の身体を見て言う。
中には炎に強い妖怪も存在しており、彼らは戯骸の発する炎を意に介さずに戯骸の身体を斬りつけるなどしたのだ。
その多くは、その大きくて長めの煙管をくるりと回して器用に防がれるが、様々な方向から同時に攻撃すれば、防御を潜り抜けることは出来る。
しかしそれによって出来た傷は、炎とともに再生しており、やがて無傷の状態となっていたのだ。
その事実に驚愕を返しながら、吹き荒れる灼熱の炎に妖怪達は次々と焼かれていく。
だがそれを見て、別の反応を寄越す者がいた。
「……やっぱ、先に戯骸ともやっておけば良かったかな……」
「ハンティさんっ!? 味方に戦意向けないでください!」
叫ぶようにツッコミを入れたのは、使徒達に混じって妖怪達の中で魔法を放っているイヴだ。
彼女は人間なだけあって、身のこなしの上ではまだ常識的な動きをしていた。
「炎の矢! 粘着地面! 光爆!」
だがその動きは、彼女が前衛で戦う戦士ではないことが信じられないほどに、悪いものではない。
動きが洗練されているほどでもないが、彼女は的確に攻撃を躱しながら連続で魔法を放って戦っており、妖怪達が駆け回る彼女を中々捉えきれないでいた。
「くそっ、すばしっこいガキめ!」
「こいつ、動きでも読んでやがるのか!?」
……半分正解ですよ! と、イヴは内心のみで答えた。
妖怪達から攻撃の際に発せられる強い感情や曖昧な思考を、イヴはその特異な読心能力で読み取りながら戦っているのだ。
前衛の様な動きは専門じゃないのだが、彼女にとってはここまで白兎に付いていき、無茶気味な戦いを経験していることが幸いだった。
前衛で魔法使いが戦う場合は、大きな魔法を使うのではなく、簡単な魔法を連続して使うのが効果的な立ち回りなのだと、知識の上でも実戦の上でも学ぶことが出来ている。
もっとも、イヴ本人は後衛で余裕をもって戦いたいのだが、それを許してくれるような状況でもない。
なので必死こいて攻撃の方向を読み取りながら、彼女はちまちまと妖怪を倒していく。
だがそれでも彼女は人間なので、危ない時もあるがその場合は、
「きー!」
「ぐああっ!?」
「な、なんだこの猿!?」
小さいさるぼぼの様なはぐれ使徒、藤吉郎が妖怪達の急所目掛けて、わらじ手裏剣を投げつけている。
戦闘力は使徒の中でも低いとされる藤吉郎だが、まるっきり戦えないというわけでもない。
身体スペック上は身軽さ以外、それほど強くはないものの毒入りのわらじ手裏剣という彼だけが使う得物はそれなりに厄介なものだ。
無視することが難しいそれを投げつけながら、藤吉郎はイヴが戦いやすいようにサポートを行う。こういった立ち回りこそが戦場における藤吉郎の役目なのだ。
もっとも、主が存命時においては、その主があまりにも強すぎたり、逆に相手が悪い場合が多くてあまり日の目を見る機会は無かったが、白兎達との冒険においては、彼はそれなりの働きをこなすことが出来ていた。
しかし、そうやって縦横無尽に戦場を駆け巡る彼らとは違って、その場に留まり続ける小柄な影が一人。その存在を見下ろして、妖怪王はその子供を仕留めようとする。
「っ……まずは貴様から仕留めさせてもらうぞ!」
と、末知女殿はその小柄な影――白兎に向かって叫びとともに雷を放つ。
その叫びに若干の怒りが混じっていたのは、白兎の体勢や態度が、戦う時のものではなかったためだ。
彼女は周囲で戦う者達を感じながらも、妖怪王と対峙するその円形の場で全く動くことなく、目を伏せている。
明らかにこちらを舐めているかのようなその態度に、末知女殿は白兎に直撃する的確な雷撃を放ったのだが、
「っと」
「……!?」
末知女殿は、その結果に訳が分からず目を見開いた。
己が放った雷。その到達は雷なだけあって一瞬だ。
雷速を躱す、あるいは防ぐというのはおおよそ不可能と言われるほどに難しい。それこそ勘に近い動きで躱すしかないものだ。
しかし白兎に放った雷は、その一瞬で鍔鳴りとともにかき消えてしまった。
――否。正確に言えば……
「っ……!」
何が起こったのかと理解する暇も余裕も取ることはなく、末知女殿は何かの間違いであることを願って思考停止気味の二発目を放つ。
「ふむ」
二発目の雷も、高い金属の音――鍔鳴りとともに分かたれる。
その二度目の結果を、辛うじてだが捉えることが出来た末知女殿は戦慄を隠すことなく幼子だと思っていた少女に告げる。
「貴様……雷を斬ったのか?」
「――ええ」
確認のための問いかけに、白兎は平然と肯定を返した。
瞳を伏せたままの真顔で、彼女は軽く息を吐いて告げる。
「実戦での雷斬り。初めてやりましたが、
「馬鹿な……」
なんてことないように告げる白兎に、末知女殿が額に汗を垂らしながら呟く。
だがそれを、見ていないが見えている白兎が見て、その先を口にする。左手で鞘を持ち、右手を刀の頭に携えながら、
「そして、今の反応で理解しました」
と、白兎は落ち着いた声で、
「二代目妖怪王、狂星九尾・末知女殿さん。貴方、私よりも弱いみたいですね?」
「――っ、何を……!?」
「何を……? ええ、ですから――」
末知女殿が驚愕する中、白兎は首を傾げながら、
「今のうちに、降参しておくのが良いですよ?」
不遜過ぎる言葉を、妖怪王に告げたのだった。
「弱いだと……? もう既に勝ったつもりか……!?」
ふむ、とこちらに憤りの言葉を告げてくる末知女殿に、白兎は冷静な様子でそれを受け取った。
どうやら相手は、自分が何故そう結論づけたのかが分かっていないらしい。自分からすれば一目瞭然ではあるのだが、
「……そうですね。分からないというなら教えてあげましょう」
こほん、と咳払いをしつつ、白兎は解説してやろうと言葉を作る。分からない相手には教えてあげることが大事だ。
自分も父に教えられて成長してきたのだし、そうやって多くのことを知識として吸収したのだ。
これを教えることで、相手がそれを理解して膝を折ってくれるのが理想だと思いながら、白兎は言う。
「妖怪王さん、貴方、私の剣が見えていませんでしたね?」
「っ……見えていたぞ」
「嘘ですね。物凄い動揺、丸わかりです。まあ、二刀目はまだ辛うじて反応は出来ていたようですが遅すぎます。その程度では――私とは戦いになりえない」
いいですか、と動揺する末知女殿を前に白兎は前置きを置きつつ、
「雷を斬ったことに驚かれていたようですが、この程度で驚かれてしまっては困りますよ。私と戦いを成立させるなら、先程の剣くらいは見えて貰わないとガッカリです」
雷を斬ったこと自体は実戦では初めてだが、鍛錬の際には幾度となく成功させてきたものだ。
だがその行為は、自分達にとって驚きに値しない。雷速くらい、反応出来なくては父の剣の、ひいては自分自身の名折れだ。
「そもそも妖怪王さん、身体能力はそれなりに高いみたいですが、戦闘経験が殆どありませんね」
「……それは……っ」
再び図星の様で、末知女殿は短くつぶやいた上で押し黙る。
反応で丸わかりなのだ。だからこそ、事実として話を進める。
「本来、貴方クラスの実力者であれば、先程の私の剣くらいは反応出来ておかしくない筈です。にも関わらず、これに反応出来ないということは、貴方が近接戦のスピードに慣れていないことを証明しています」
最低でも使徒クラスの強さはありそうな妖怪王だが、それでも戦闘経験の乏しさは致命的な弱点となり得るのだ。
特にスピードに慣れていないことは致命的だと、白兎は言う。
「速度、というものは慣れることが出来るものです。長年の修行や幾度の実戦をこなしていて、自分の出すことの出来る最高速を出し慣れている人物であれば、近接戦の高速のやり取りに対して、脳や目が追いつかないといったことはありえない」
神経は鍛えれば鍛えるほどに素早く反応することが出来るようになっていくし、脳の可塑性によって高速に慣れていればその分、見慣れてるもの以下のスピードは遅く見えるものだ。
「次に、私の剣はこの程度ではありません。手加減なんかも実は苦手なんですよ」
「……手加減、だと?」
「はい。私達の――我々の剣は、
「――――」
末知女殿が息を呑む音が聞こえる。
真実かどうかを計りかねながらも、半ば真実だと悟って動揺を隠しきれない様子だ。
やはり戦闘経験の薄さはこういうところでも出てくる。不測の事態が起きても、戦闘中は動揺を晒すなと、自分は父に厳しく教えられたものだし、その意味を正しく理解している。
戦闘の際に弱気や動揺を晒すのは、相手を調子づかせてしまうため、極力避けなければならないのだ。
故にどんな時でも冷静に、あるいは楽しんでいかなければならない。そうすると、今のように相手はこちらにビビってどんどん気勢が衰えていくのだ。
視覚の代わりの様に発達したそれ以外の五感を持つ白兎にとって、周囲の空間や相手の動きや音は丸わかりなのだ。今も動揺している相手の心音が感じ取れるし、
……それにしても、大きいですね……。
と、関係ない部分まで正確に感じ取ってしまう。三桁はあるし、少なくともMカップくらいはあるだろうかと思い、正確な数字を出そうとしたところで、悲しくなるのでそれを咳払いをして一旦隅に置く。白兎は説明を続けようと、周囲の流れ弾を居合で斬り払いながら、
「私の父――我が師は、空から落ちてきた雷を何度も斬ることが出来ますし、私も今見て頂いたように速度に関しては少々自信があります」
父からは、剣術において一番重要なものとして、先手必勝を教えられたのだ。
王道の剣とは、どんな剣よりも速く強くあり、相手を打ち破らなければならない。
それに最も必要なものこそが“速度”であり、それに比例して強くなる“力”だ。
「私は師ほど強い力も速度も出せませんが……それでも私の剣は“一撃必殺”です。二刀目は恥と教えられてますし、妖怪王とはいえ結構痛いと思います」
「っ、その程度で……!」
「そうですか。くれぐれも無理は為さらぬように。妖怪は不死身で特殊な方法を用いらなければ完全な死はないと言われてはいますが、それでも酷く破壊されると、復活にそれなりの年数を要すると聞きます。出来れば、強い妖怪は物語の様に打倒してそれっぽいやり取りを交わしたいと思うのですが――」
「くどい……! 我はそのような戯言で屈しはせんぞ……!」
末知女殿が、妖怪王に相応しい妖気の放出を自然と行う。
なるほど、確かにこれは強大な力を感じられるが、
……父やその周りにいる人と比べたらまだまだですね。
妖怪王と聞いて、魔人級の実力者であれば面白かったのだが、スペック上の強さはともかく、まともな戦闘経験も無さそうなところを見ると、やはりそう簡単にはいかないらしい。
まあもっとも、それくらい強ければハンティは止めていただろうし、自分の身の丈にあった相手から徐々に挑んでいくのが順当だろうと、白兎は右手を刀の柄に携えると、
「では、殺さぬように努力しましょう。ですが――――覚悟してください」
「っ……!」
末知女殿が僅かに怯む中、白兎は目を薄く見開いて集中した。
白兎は剣を抜く前には、あらゆる雑念を捨てて、目の前の相手を素早く斬ることだけを念じる。
その一念。相手に勝利するということだけを念じて、修羅になることが出来ればよい。
剣気を集中させ、相手の隙を見逃さないようにその赤い瞳を見開く。
白兎の瞳は相手を映してはいないが、それでも本能からか、力を入れる際には自然と目は見開いた。
周囲に凍えるような剣気が充満する。それは彼女の父のものに酷く似ており、戦場にいる者達を身震いさせた。
そして、それを一身に向けられている末知女殿が雷を放とうと僅かに身を動かした瞬間、
「――!!」
その筋肉の動きを異常聴覚で察知し、動くより先に白兎は動いた。
踏み込みは高速。相手の視界から消えるような踏み込みで末知女殿の懐に潜り込んだ白兎は、自らの剣の間合いに入った相手に対し、遂に刀を抜き、
「――ッッ!? かっ……!」
刃の軌跡は、先程雷に対して行った様に、それ以上の速度で正確に叩き込まれた。
末知女殿の身体が、口元から漏れる血と共に揺らいだが、それが起こった時、既に白兎は末知女殿と交叉して背後に回っていた。
小柄な身で振るうには、それなりに大きい刀。居合の抜刀は刹那で放たれながらも、返す刃を白兎はゆっくりと鞘へと戻していく。
「――斬り捨て御免ですね」
鍔鳴りの音と後追いの衝撃波とともに、背後の末知女殿はゆっくりと倒れていった。
(多分)真面目な次回予告
白兎(今日の私、超格好いいのでは……!?)
イヴ(……丸わかりですよ。白兎さん……)
謎の妖怪「この程度で我の宿命は……!」
謎の森の賢者「もっとやりたいんだけど……」
謎の猿「うきー!」
謎の剣士「――そこまでにしておけ」
みたいな感じで。次回で冒険は一旦終わりかな?