※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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本格的にエターナルヒーローのお話です。というわけで本編をどうぞ


暗黒時代の冒険

 ――GL53X年。

 

 灰色の空の下では、生い茂る草木の間を遠慮なく堂々と闊歩し、行き交う者達がいた。

 

「おいおい、そろそろ代わってくれよ」

 

「え? あー……いや、悪い。もうこれ、ほぼ死んでるわ」

 

「えー! マジかよ、もう一回くらいヤッときたかったのによぉ……」

 

 場所は森の中の窪地。小さな民家が幾つか建てられた、野良の人間の巣だ。

 そこに漂うのは死臭と性臭。地面に流れるのは人の血液と魔物の精液で、血に濡れた草がその重さで僅かにしなっている残酷かつ醜穢な風景。

 そんな中にいながら、魔物兵達は軽い様子で言葉を交わし合っている。この場に流れる空気は血生臭くはあっても、平和な日常風景でしかない。

 ただ、人間達にとっては虐げられることが当たり前の暗黒時代であるというだけだ。魔物の黄金時代とはそれを意味している。

 そこに住んでいた数十名という小さな人間の隠れ里は、毎日の様に魔物の恐怖に怯え息を潜めながら、食料も満足に取れずに貧しい生活を送っていたが、そこを運悪く”人狩り”を行っていた魔物兵達に見つかってしまったのだ。

 夜に明かりを付けることも出来ずに耐え忍んでいた日常も、ほんの少しの偶然で全てが無に還る。野良で生きる人間達にとっては、痛みと苦しみに喘ぐただの地獄でしかなかった。

 

「いぎ、いう、いやぁあああああああっ!! あああああああああああっ!! たず、たすけで――」

 

「っ、ああもう、うっせぇなぁ。おらよっと」

 

「ひぐぇっ――」

 

 ――だが、魔物達にとってはそんなことは関係がない。

 魔物兵達よりも一回り大きい人形のスーツを着た魔物隊長は、片足を掴んで引きずるように運んでいたとある人間の叫び声を鬱陶しく感じて近くにあった岩に向かって手を振り上げ、人間を叩きつけた。

 人間の数倍以上の膂力のある魔物隊長にとって、人間を掴んで投げる、叩きつけるなどは難しいことではないし、魔物の遊び道具、家畜、ペットの様な下等種族である人間を痛めつけるにも良心の呵責を感じることもない。

 あっさりと頭から叩きつけられた人間は、短い声を上げて、頭が破裂したかのような赤い華を咲かせ、見るも無残な死体になるが、それを見て魔物隊長はぎょっと表情を歪めて、それを投げ捨てた。

 

「うわっ、汚ねっ!?」

 

「あ、隊長。どうしたんですか?」

 

「人間の血が飛び散って汚れちまった。あー、くそっ、汚ねぇなぁ」

 

「あー……そういえば隊長、潔癖気味でしたね。人狩りは好きなのに……」

 

 人間の血が体に付着してしまい、悪態を吐きながら自分の体を布で拭き始める魔物隊長に、そこそこ気心の知れた魔物兵らが呆れ気味に呟いた。

 だが魔物隊長は取り出した水筒の水で手を流しながら、

 

「しょうがないだろ。人間虐めんのは好きだけど、牧場の人間はあんまり綺麗じゃないし、活きも悪いし……例えるならあれだ。美味いもん食うのは好きだけど、料理すんのは面倒だし出来ないだろ? そんな感じだ」

 

「分かるような分かんないような……というか、一応は隠れ里のリーダー捕まえたんじゃなかったんですか? 意味があるかどうかはともかく、ちょっと偉そうな奴捕まえたら昇進出来るかもって行ってたじゃないですか」

 

「……あ、しまったな……うるさかったんで衝動的にやっちまった……」

 

 岩に叩きつけて地面に投げ捨てた人間を見て魔物隊長がポツリと呟く。

 魔物兵が、”あー……”と何とも言えない微妙な表情で見守っていると、魔物隊長もさりとて機嫌を害することもなく、溜息を漏らし、

 

「はぁ……全く、やっぱり昇進はキツイなぁ……こんな平和な時代だと手柄を立てて昇進みたいな、大昔みたいなことは出来ないしよ」

 

「そういえば、昔は人間の国があって戦争とか滅茶苦茶あったんでしたっけ? 自分も話半分でしか聞いたことないんですけど……」

 

「えっ? そうなの? 人間の国なんか直ぐに滅びて終わりじゃね?」

 

「あ、俺も将軍閣下から聞いたことあるぜ! なんでも、大昔だと戦争だらけで昇進し放題だったって噂だ!」

 

 その話題を聞いた何名かの魔物兵達が、半信半疑の様子でそんな噂話を口にする。

 今を生きる魔物達にとって、こんな弱い人間達が国を作って繁栄するなんてことはホラ吹き話だと思われてもしょうがないほど素っ頓狂な話だ。

 だがそれは事実。もっとも、事実と知っている魔軍の高官である魔物将軍達でさえ、その時代を実際に見たり、体験したことがあるわけではないのでやはり首を傾げる思いだ。

 長い時を生きる魔人や使徒の方々の話が時折流れてくるため、そのことを知っている者もいるのだが、聞けば聞くほど馬鹿馬鹿しい面白い話だと思ってしまう。

 この魔物隊長もそれに当て嵌まる者だ。口端を軽く歪めながら言う。

 

「本当だって話だけどな。それを聞くと大昔が羨ましくなってくるぜ。こんな弱い人間を殺すだけで昇進するんだからよ」

 

「でも、逆に弱すぎて誰でも殺せるんで競争率滅茶苦茶高そうですね!」

 

「はははっ! それもそうだな!」

 

 魔物達の揃った笑い声が森の中で木霊する。

 本来は危険だと言われる森の中も、魔物達にとっては危険でも何でもない普通の森に過ぎない。動物だろうが野良の魔物だろうが、自分たちに敵う者がいないのだから何にも憚ることはないのだ。

 世界のどこを見ても大勢の魔物が跋扈する世の中では、魔物達は大いに笑いながら幸福な生活を長閑に送ることが出来るのだ。

 ――だからこそ、彼らは気づかない。

 闇に紛れ、息を潜め、苦しさに堪え忍びながらも、反撃の時を伺いながら、あらゆる意味で死んでいない者達がいることに。

 故にその初動に気づくのに、彼らは遅れた。

 

「――ぎゃあああああああああっ!?」

 

「!? なんだ!?」

 

 森の中で最初に気づいた違和感は、誰かの断末魔だった。

 その場ではないが、近い。近場からの断末魔に魔物達はそこで初めて僅かに緊張感を走らせる。

 

「今の声は――」

 

「た、隊長! こっちに、兵の死体がありますっ!」

 

「何だと!?」

 

 魔物隊長が周囲を魔物兵と一緒に見渡しながらそれを探していると、周囲の警戒に当たっていたであろう魔物兵が異変の発生源を見つけ出す。

 急いで魔物兵らと一緒に発見者の魔物兵に案内されると、やはりそこには何かに斬りつけられたような魔物兵の死体があった。

 

「兵が殺された……? まさか、誰か生き残りでもいたのか……?」

 

「ど、どうしましょう?」

 

 魔物隊長が指示待ちをする魔物兵らを前にしながら考え込む。

 部下を一体死なせてしまったのは、痛恨ではあるが、それでも致命のことではない。

 おそらくはこの隠れ里に住んでいた人間が刃物か何かで不意打ちでもしたのだろう。

 周囲に姿はないが、逃げてしまったのか。それも含めて、魔物隊長は不謹慎ながらも面白いと思う。

 こうやって生きた人間を狩ることが人狩りの醍醐味でもあるのだ。

 牧場の人間を虐めるだけでは得られない興奮とスリル。これが愉しくてしょうがないからこそ、人狩りという娯楽は多くの魔物に嗜まれ、長年愛され続けているのだ。

 最近は魔軍の仕事としての人狩りを行うだけでは物足りないと非番の時に人を狩りに行く者も増えている。

 もっとも、小規模でも隠れ里を見つけられることは稀なので、今日の自分たちは運が良かった。

 しかもまだ人間はこちらを愉しませてくれるというのだから、本当に都合のいい玩具だと思う。

 故に今を生きる多くの魔物達は、人間を弱くて愚かな生き物だと下に見ながらも、嫌っている者は意外にも少なかった。好んでいる理由が理由なだけに、人間からすれば迷惑極まりないだろうが、やはりそのようなことを慮る魔物ではない。

 だから彼らが人間を見つけた時にする行動は一つだ。

 

「――その魔物を殺したのは僕だ!」

 

「っ!」

 

 不意に林の奥の一本道に、人間が一人、声と共に姿を現した。

 赤い短髪の髪を持つ、涼やかな顔立ちをしながらも魔物の方を睨む一人の青年だ。

 しかしその姿は、それなりに使い込まれた様子の盾や鎧を装備し、その腰に剣を携えているもの。

 つまりは人間の中でも数少ない、戦える人間だ。

 故に、魔物隊長はこの時代に生きる多くの魔物達と同じことをやはり選択した。

 

「居たぞ! 追えっ! 追ってズタズタに引き裂いてやれ!」

 

「おおっ!」

 

「ひゃははっ! まだ生き残りがいたか!」

 

「魔物に手を出したこと、後悔させてやるぜー!」

 

「っ……!」

 

 瞬間、逃げ出していった男を目掛け、その場にいる全ての魔物兵達が魔物隊長の号令を受けて本能を剥き出しにする。

 人間相手に自分達の欲望を我慢する必要はない。男は拷問の末に殺し、女は陵辱の上に殺す。壊れるまで使い切る。老人や子供であっても変わらない。

 等しく人間相手へ、自分達の欲望を発散するために、魔物兵達は一つの群となって森の中を走り出す。

 しかもたった一人だ。魔物兵達も武器を持った相手にも微塵も怯えることもなく駆けていく。

 だが魔物隊長だけは頭を回していた。逃げていった男を見て、

 ……一人であの装備……もしや冒険者か?

 冒険者。それは人間達の間に存在する数少ない魔物に仇なす存在だ。

 何でもダンジョンを潜って物資を集めたり、各地を駆け巡って魔物を殺しまわったりしているそうで、魔物討伐隊と呼ばれる比較的大規模な群れとは違って少数でいるのが基本らしいが、

 ……はっ、馬鹿な奴め。よりよって魔軍に所属してる俺達を標的にするとはな。

 魔物隊長は冒険者らしき男に心の中で失笑を零す。

 確かに、人間の中でもそれなりに強い奴がいることは魔物隊長も理解している。

 だがそれでも、たった数人程度では大型の魔物に力負けするような貧弱な能力しか持ちえないし、それを打ち倒せるような更に強い人間であっても、魔軍を相手にするのは自殺行為といっていい。

 それは魔軍の組織形態。集団行動をするためである。

 これは人間達の間でも常識だが、魔軍の兵――魔物隊長や魔物将軍に率いられる魔物というのは、一部隊で二百体。一個軍で二万体だというのが魔軍の編成単位である。

 故に人間の冒険者や大規模な魔物討伐隊というのは、例え魔物を殺して回ってはいても、大規模な部隊への襲撃などは絶対に避けるものだ。

 野良の魔物の群れであれば、まだ纏まった行動を取らない可能性もあるものの、魔軍相手では魔物将軍と魔物隊長の号令のもと、集団で襲いかかってくることになる。

 それに加えて知恵や連携も取られる可能性も高く、増援などを呼ばれてしまっては人間としてはジリ貧でしかないため、かなり大きめの魔物討伐隊であっても、相手にするのは魔物隊長が率いているような精々数部隊程度であり、魔物将軍が率いる二万を相手にすることはあり得ない。

 冒険者であってもそれは同じで、魔物隊長率いる二百の軍勢を相手にするのはかなり厳しいものだ。

 そんな人間の事情を知らずとも、魔軍の士官であればこの程度の戦力差の可否は判断出来る。

 どう考えても有利なのはこちら側。負ける要素のないものだ。

 だからこその”人狩り”だ。多少の危険性はあろうとも、魔物達はいつだって最後には勝ってしまう狩る側なのだ。

 ……死に際を見ながら祝杯を上げてやる……!

 部下を殺してくれたお礼に皮や肉を剥ぎ、中身を取り出して綺麗に洗ってから、その頭蓋骨で酒でも飲んでやろうかと魔物隊長は考える。潔癖でも、人が壊れるところを見るのは愉しいものなのだと、魔物隊長は部隊と共に人間を追いかけていくが、

 

「足が速いな……! それに、道も狭くて――」

 

 森の中であるため、道が狭いのはまだ分かっていたことだったが、男の足が思ったより速いのはちょっとした誤算だ。

 しかし、

 

「おらっ、喰らえっ、炎の矢!」

 

「っ……!」

 

「ははは、当たったぜ! おら、止まりやがれ!」

 

 部下の魔素漢が放った魔法が男に命中する。それでも足は止まらないが、傷を負ったことは確かだ。

 このままいけば直ぐに追い詰めることが出来る。人間一人ではどう足掻いてもジリ貧なのだ。

 それを証明してやろうと、魔物隊長は人間を追い続け、

 

「――ん、ここは……?」

 

 と、そこで部隊は不意に開けた場所に出た。

 森の中にぽっかりと空いた穴のような場所。高い木がありながらも木々の隙間から空が見える広場のような窪地に、部隊は突入した。

 魔物隊長は一瞬、違和感を覚えながらも、血気盛んな魔物兵らが突入していくのに合わせて広場に入っていった。

 後方にいたのもあって気づくのに遅れたが、これは念の為の処置だ。

 魔軍の唯一の弱点は、その場の指揮官がやられることで、総崩れとなること。

 魔物隊長以上の指揮官がやられてしまうと、指揮下にいる魔物兵達は途端に足並みを揃えることが出来ずに離散してしまうし、戦意を失ってしまうこともある。

 これは部隊の長が、その部隊で一番強いという組織形態――魔物社会という実力主義に基づくものだ。その昔、魔人がやられた際には何十万という魔物兵が一気に離散したというのだからその効果は然るべしもの。

 故に魔物隊長は人狩りとはいえ正面に立つことはせずに後方に位置していた。

 それが幸か不幸か――魔物隊長は相手が起こした行動を目にした。最初に目にしたのは空中から飛来してきたものだ。

 

「なんだ!? 水か!?」

 

「でもなんか臭わねぇか!?」

 

「いや、これは――」

 

 突如として宙から降ってきた液体に、魔物兵達が足を止めながらざわつく。何だこれは、と。

 だが最初に気づいたのは魔物隊長だった。少し後方にいたため、その液体を頭から被ることはなかったのだが、それに気づき、同時に前方にいる男が何かを投げ込んできたことで、魔物隊長はそこで鼓動を跳ね上げる。

 背筋に寒いものが走った瞬間、魔物兵は声を張り上げ、

 

「っ!? 総員退避!! これは油だ――」

 

「――もう遅い」

 

 と、瞬間。投げ込まれたものが轟音を響かせると同時に、それを着火点として炎が燃え広がった。

 

 

 

 

 

「今だ……!」

 

「!」

 

「ふっ!」

 

「は、はいっ!」

 

 広場で幾人もの魔物兵に炎が燃え移った瞬間、男の声を合図に何名かが広場に姿を表した。

 

「くそっ、嵌められたか……!?」

 

 そこで初めて、魔物隊長は自分達が誘い込まれたことを理解する。

 不幸中の幸いにも、後方にいたことで炎の被害からは辛うじて逃れることが出来たのだが、前方にいれば先に気づくことが出来たのかと思うと歯噛みする気分だ。

 

「熱いいいいっ!?」

 

「ぐあああっ!? ま、前が、前が見えねぇよぉーーーっ!?」

 

「し、死ぬっ!? 死ぬぅ……! 水を……っ!」

 

 前方では半数近い魔物兵達が炎にやられて、のたうち回っている。即死した者は殆どいない様だが、この分だと前方の連中は諦めるしかないかもしれない。

 それよりも後方の人員で対応すべく、魔物隊長は号令を発した。

 

「くっ、動ける者は戦闘態勢を取れ!! 人間が来るぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 周囲の魔物兵達が得物を片手に戦う姿勢を見せる。

 だがそこで、魔物隊長はようやく気づいた。

 ……あれ? 思ったより数が少ない……か?

 少なくとも百名程はまだ無事な筈だが、それよりも数十人規模で少ないように感じる。

 だが、それを確認している暇はなかった。何故なら、

 

「黒色破壊光線!」

 

「ぐあああっ!?」

 

「魔法!? しかもあんな――」

 

 広場に現れた何名かの人間。それらが襲いかかってきたからだ。

 魔法を放ってきたのは眼鏡を掛けた、黒い長い髪を持つ美形の男であり、魔物隊長も見たことないような最上級の魔法を魔物兵に向かって撃ち込んでくる。

 だがそれで攻め手は止まらない。次に突っ込んできたのは、先程の男を含めた二人の人間だ。

 

「く、くそっ! 死にやがれ!」

 

「ふっ!」

 

「っ、止められ――ぎゃああ!?」

 

 一人は短髪の赤い髪の男。

 彼はその左手に身につけた盾で綺麗に魔物兵の攻撃を弾くと、そのまま右手に持った剣を魔物に向かって突き刺す。

 横から新しい魔物がやって来るも、今度は左手を振るって盾でそのまま殴り倒し、とどめの剣を突き刺していく。

 男は魔物兵の前衛の攻撃をたった一人で受け止めていた。

 だがしかし、その全てを受け切ることは出来ないし、回復や支援がなければ立ちいかないだろう。

 

「――バリア!」

 

 故に次に活躍したのは、神官姿の少女だった。

 癖っ毛の髪を持つ童顔に丸メガネを掛けた小柄な少女は、前衛に戦う男や他のパーティに支援の神魔法――バリアやヒーリングを掛けていく。

 そこで戦っている者達、彼らのパーティはたった五人ではあるが、彼女はそれらの支援を一人で回していた。

 だが、その中でも一番弱そうに映り、なおかつ回復を掛けているともなれば魔物兵らの中にもそれに気づく者達がいる。

 

「ヒーリング! って、きゃあっ!?」

 

「この人間共……! ぶっ殺して――」

 

 と、魔物兵が治癒を掛ける少女に向かって襲いかかろうとした。

 だが、その直前で魔物兵は言葉を不意に差し止め、力を無くしてその場に倒れてしまう。

 それは傍目から見れば摩訶不思議に見えなくもない光景だったが、それは確かに人の力で為されたことであった。

 

「まったく、ちんちくりんはいつも危なっかしいわい……」

 

「っ、うるさいカオス! 早く行ってよ!」

 

「あ~、はいはい。言われなくとも行きますよっと」

 

 そう言って、少女をからかったのは微妙にジジ臭い言葉を使うおっさんだった。

 その手に短剣を構え、それなりに鍛えた体格を持ちながらもその動きは身軽で軽やかなものであり、緊張感のない言葉とは裏腹にその攻撃はパーティの中で最も容赦がない。

 実は先程から気配を殺しながら偵察を行い、魔物兵らを一体ずつ音を立てず確実に殺していたりと、卓越した技術を見せる盗賊である彼は、常に魔物兵達の周囲や間を行き交いながら撹乱し、周囲をサポートするように魔物兵らの急所を正確に狙い、その短刀で突き刺し、切り裂き、殺して回っていた。

 そして徐々に数が減っていく中で、後方の魔物隊長はようやく自分達の状況に気がついた。

 

「こんな、こんなことが……!」

 

 魔物隊長は信じられないという思いで言葉を呟く。

 自分達は誘いこまれて罠に掛けられただけではなく――狩られているのだと。

 既に狩る側から狩られる側に変わってしまっていることを理解し、魔物隊長は動揺した。

 だがそこに、

 

「――貴方が魔物隊長ですね」

 

「っ!? くっ……!」

 

 今度は着物を着た黒髪の美女が現れた。

 それだけなら魔物隊長もただの鴨だと喜ぶのみだが、この状況、そして女の手に血で濡れた刀があることから、とても喜ぶどころか困窮した声を漏らすことしか出来ない。

 そして美女は刀をゆっくりと魔物隊長に向けるように構え、

 

「人を襲う悪しき魔物……その命刈り取らせていただきます」

 

「ぐぅ……こ、この人間風情がぁ!!」

 

 魔物隊長は大剣を振りかぶって美女の振るう一刀をなんとか防ぐことが出来た。

 だが魔物隊長はその一合だけで気づいてしまう。押されてしまったその剣撃だけで、

 ……こ、こいつ……魔物隊長の俺より強い……!?

 魔物隊長というのは、決して弱くはない種族だ。

 魔物の中でもエリートと言っていい強さを持つのが魔物隊長であり、知力や統率力、技能の多さを考慮しない単体の強さだけなら魔物将軍にもやや勝ることが出来る。

 そんな己に、人間が力で勝ってきた。

 あり得ないことだ。ただの魔物兵どころか、最下級の魔物にすら負けるような人間という種だというのに、魔物隊長に勝るというのは。

 しかも、そこで魔物隊長は更に気づく。

 眼の前の女だけではなく周囲で魔物兵らを屠っている人間達も、もしや、と。

 よく見れば、魔物兵達が相手になっていない。奇襲を掛けられ、数の利を充分に活かせていない状況とはいえ、決して弱くはないはずの魔物兵が一方的に殺されていく。

 対する人間達は無傷――というわけではないが、それでも傷は軽い。

 何やら土や葉で汚れていながらも、その眼の輝きは、強さは、普通の人間とは似て非なるものであった。

 

「――はぁっ!」

 

「――かはっ……!」

 

 故に魔物隊長は、美女の一刀に体を掻っ捌かれて倒れながらもようやく察した。

 ――ああ、なるほど。これが()()()()()()()()()、人間の英雄の姿なのだと。

 一度だけ視察を兼ねてやって来た魔人の御方。魔物隊長にとっては雲の上に位置する尊い御方に、ちょっとした食事の席で魔物将軍とともに列席し、魔物隊長は話を聞いたのだ。

 ――脆弱だと言われる人間の間にも、油断ならない者達がいる、と。

 それは単純な強さも然ることながら、どんなことをしようとも心の折れない強い意志の持ち主であると。

 個の強さや数の利に胡座をかいていると痛い目を見る可能性があるのだと。

 耳にした時はただの冗談だと思っていたが、目の当たりにしてしまえば自分の失敗を思い知るしかない。

 自分や多くの魔物達の屍の上に、血や泥に塗れ、見えない希望を追い、息を殺して戦い続ける彼ら五人こそが――今を生きる人間の英雄だ。

 少なくとも魔物隊長はその予感を感じ、主である魔人に謝罪をしながら、闇の中に溶けていった。

 

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