というわけで本編どうぞ
――GL533年。
夜の中にある光は、魔物の街であることの証明だった。
人間の集落であることはあり得ない。世界は魔物が覇権を握っており、人権なんてものはありはしないのだ。人間は魔物の欲望を満たすための下等種族であることなどは、今や常識なのである。
人間が魔物の目に留まれば、そして気が向けば、いたずらに嬲られ、殺されるのは自然なこと。
だからこそ、野良の人間が自らの住処で夜に明かりを灯すようなことは、自らの場所を魔物に教える自殺行為でしかないのだ。
故に夜になっても、気にせず明かりを灯しているような場所は、魔物達が住んでいる街か、人間牧場などの施設しかない。
特に、大陸北東部にある世界最大の都市――レオンハルトシティに於いて、夜の賑やかさはかなりのものである。
「あー、飲んだ飲んだ! よし、もう一軒行こうぜ!」
「ならいい店知ってるぜ。反対側の通りにあってな。そこのトキカマクが絶品で――」
大通りでは大勢の魔物が行き交い、建ち並ぶ屋台や飲食店で食事や酒を楽しもうと友人や同僚らと明るい声を飛ばし合う。
魔人が治める100万もの魔物が住まう都市の喧騒。その音の響きから少し離れた場所が、街の中心にある。
そこは全体が赤く塗られた巨大な建造物――紅魔城。
この街を治める魔人レオンハルトの居城であり、多くの客が訪れることもあるその城。
その中にあるとある部屋。普通の部屋よりも僅かに広く、多くのグッズが置かれているその部屋に何名かの者達が集まっていた。
「――それでは、ちょっとした女子会を始めますわ!」
「いえぇーい。ぱちぱちぱちー!」
そうやって大きめの声を発したのは、この部屋の主であるレオンハルトの使徒、キャロルだ。
彼女は同じくレオンハルトの使徒であるペールと共にテーブルの準備を終わらせ、拍手をしながら“女子会“の始まりを告げた。
そのテーブルの上にあるお茶菓子、そしてお茶は近くにいたメイドの少女が用意しており、
「ふふ……久し振りのお茶会になりますね」
と、そういってニッコリと笑みを浮かべるのは亜麻色の長い髪を持つ少女、シャロンだ。
魔人ケッセルリンクの使徒である彼女がいつも淹れ慣れている紅茶をカップに一つ一つ注いでいく。そうやって仕事をしていると、後輩に当たる子達も思い思いに口を開き、
「それにしても……いいのでしょうか。ケッセルリンク様から離れてこういうのは……」
「エルシールさんってば、真面目ですねー。ケッセルリンク様も私達に楽しんでくるように言ってましたし、それに時間が出来たら出来たでケッセルリンク様もきっと――うふふ~」
「加奈代は相変わらずね……それにしても、パレロアやバーバラも来られたら良かったのだけど……」
「ふたりともお留守番ですからね。仕方ないかと。その分、お土産をいっぱい持って帰ってあげないといけませんねー」
残り二人はケッセルリンクの城のメイド長であり、使徒であるエルシールと、同じく使徒で後輩でもある加奈代の二人も席に着いていた。
本来ならば全員で参加することも考えたのだが、さすがに城を完全に空けてしまうことは難しい。開催がケッセルリンクの城の場合ならば全員参加も出来るのだが、今回はレオンハルトの城であるため、3人のみの参加だった。
そして彼女達が行っているのは、お茶会であり女子会ではあるが、ただの女子会ではない。それは、
「まぁそうですねー。使徒女子会なのにこっちの始祖様も来てませんし……でも仲間はずれは可哀想なのでお菓子とかは残しといてあげましょうか」
「残念ですねー。せっかくハンティお姉さまとも触れ合えるチャンスでしたのにー」
「最近の始祖様は大分パワー系な上に、一向に男が出来る気配もないので、もういっそのこと女の子でも紹介しようか迷いますよう。なので加奈代ちゃんは頑張ってくださいね」
「はーい。頑張ります、ペールお姉さま♪」
「あんまり加奈代を焚き付けないでくださいよ、ペールさん……」
はぁ、とペールと加奈代のやり取りを見て溜息を零すエルシール。普段からメイド長としてケッセルリンクの使徒を纏めている彼女だが、その中でも加奈代は女の子が好きだったり、ペールと仲が良くてちょっとからかうのが好きだったりと色々と苦労するのだ。
「エルシールさん、今日はお茶会ですので、悩みならこのわたくし、魔物界一面倒見がいい使徒ということで有名なキャロルがお聞きしますわ! さあ、どうぞ!」
「悩み、ですか……そうですね。最近、漫画を描いているんですが、どうも塗り方が難しくて……」
「漫画ですの?」
「メイド長さんに出された課題で……線画は基本、出来るようになったんですが、色塗りはまだまだ未熟で……中々綺麗に塗れないんですよね……」
「……エルシールは一体どこに向かっているのかしら……」
「今更ですけど、全くメイド関係ないですよねー」
シャロンと加奈代が今更ではあるが、エルシールの身に着けている技術、及び、メイド長さんの指導内容を思い出して苦笑する。
もう結構昔からそうではあるが、完全にメイドとは関係のない技術を仕込まれており、年を重ねる毎に、エルシールに色んな技術が身についたりしていくのだ。
エルシールの方も途中から割と普通に受け入れているので、特に気にしてはいないが、寿司が握れて、将棋が指せて、歌って踊れて、絵も描けて、他にも色々と出来るメイドとか、方向性を見失ってる気がしなくもない。
まあ戦闘や工作のような意外と役に立つことも教わっていて、主であるケッセルリンクの役には立っているので本人的にもそれなりに満足だろう。
だが、それを悩みとして話してもどうにもならない気がしたが、
「ふーむ。わたくし、絵は専門外ですけど、上手くいかない時は努力あるのみですわ! たまには違うやり方を試してみたり、息抜きをしながら頑張ってみるのがいいと思いますの! それでも挫けそうな時は、大切な人を思い浮かべたらまた頑張れますわ!」
「大切な人を……そうですね。分かりました。頑張ってみます」
普通にそれっぽいアドバイスを送っている辺り、キャロルもなんだかんだで頼りになる使徒に育っていた。しかし、
「――あ、忘れてましたわ! 今日はシャロンさん達に紹介しなければならない者達がいますの!」
「そうだったんですか?」
シャロンが首を傾げて問い返す。すると横にペールが半目で、
「あー、中々言い出さないと思ってたら忘れてたんですね……とりあえず、部屋に入れてあげましょうか」
「……謂わば今日の主役ですので、少し勿体ぶってみただけですわ! ――というわけで、どうぞいらっしゃいまし!」
と、キャロルが部屋の外に向かって声を発しながら、手をパンパンと叩く。
すると部屋の扉がガチャリ、と開けられ、外から二つの影が入ってきた。それは、
「お、お邪魔しまーす……」
「ケケケ。やっと出番が来ましたね、ケケケ」
どちらも、やはり人ではない異形の二人だった。
遠慮がちに、中にいる人達を窺うように入ってきたのは、赤いフードに、先端に細長いランタンが付いている杖、身体を覆い隠すようなゆったりとした白い服に、顔の部分を昆虫のような仮面で隠した小柄な――声から察するに、おそらくは少女。
そして紫色のツインテール、腰の部分までしかない短い白い和装に、リボンのようになった紫の大きめの帯。下には同じく紫色のレオタードの様な衣装を身に着けている少女。ただその手は、巨大な手甲のようなものがついた金属の腕であり、その拳は少女の頭よりも大きい。明らかに、戦闘を前提としたような姿形をしていた。
そして両者ともにその身からはこの場にいる者達同様、濃いめの魔の気配を漂わせていた。同じ種であれば、間違えるはずもない。彼女達は、
「では、自己紹介をお願いしますわ!」
「あ、はい、キャロルさん。……えーと、魔人、ラ・ハウゼル様の使徒、火炎書士です。よろしくお願いします」
「はい、ちゃちゃちゃちゃ~ん、ちゃちゃちゃちゃ~ん。おっす! ユキちゃんは、サイゼル様の使徒のユキちゃん! てなわけでユキちゃんが遂に登場! こっからは怒涛の超展開目白押し! ってことで夜露死苦!」
――使徒であった。
二人の使徒――ハウゼルの使徒である火炎書士と、サイゼルの使徒であるユキの登場によって、その場は少しの間、静まり返った。
というのも唐突な上にキャラが濃いこともあり、エルシールなどは、
……うわ、またなんか厄介そう……。
と、苦労の予感を感じてしまうからだ。
常識人からすると、個性溢れる魔物界の面子はそれなりに苦労させられる。自分も、昔は苦労したものなのだ。
今は多少、慣れはしたが、それでもまた濃い相手が現れるとなるとちょっと身構えてしまう。
しかし他の者達は普通に受け入れている様子で、
「火炎書士さんに、ユキさんですね。初めまして。私はケッセルリンク様の使徒のシャロンですわ」
「同じく加奈代でーす」
「……メイド長のエルシールと申します」
と、何時も通り全く動じない様子でにっこりと笑みを浮かべて挨拶をするシャロンと、あんまり気にしていない様子の加奈代に続いて挨拶をする。
魔人サイゼルとハウゼルの姉妹といえば、この城に住む魔人の姉妹であり、レオンハルトとは良い仲であったはずだ。似たような関係にある自分達の主とも、それなりに関わることが予想されるし、それでシャロンらにも紹介しようと場を設けたのだろう。
なので、きちんとよろしくする必要はあるし、それなりに交友を図っていかなければな、とエルシールは思う。しかし不安もあるもので、
「はいはーい、よろよろー。あ、そういえばお近づきの印に良いもの持ってきたよ?」
「え、あ、ありがとうございます……」
と、思っていたら、一番心配な相手からそんなことを言われてしまい、エルシールは機先を制されたような気持ちになる。どう見てもちょっと頭ヤバイ系の話し方だったが、こういった気遣いを、フランクではあるがしてくる辺り、結構マトモなのかもしれない、と、ユキという使徒がお近づきの品を渡してくれるのを待っていると、
「はい、ダンゴムシ一年分」
「――いりませんよっ!?」
いきなりとんでもないことを言い放ったので、エルシールはその手を叩いて思いっきり引いてしまう。
するとユキは変わらない笑顔のまま首を傾げ、
「あり? 嫌だった? 嬉しくない?」
「あ、当たり前です! そんなもの貰っても嬉しいはずが――」
「あ、わかった。コオロギ派なんだよね? わかるよわかるよー、コオロギの方が歯ごたえあるからね!」
「コオロギ派でもありません! というか、食べるんですか!?」
「うんうん、食べる食べる。ユキちゃんってばキチガイだから。――コオロギうめぇ!」
「……………………」
「あ、言っとくけどジョークよ? イッツ・ア・ジョーク」
「…………そうなんですか?」
「あったりまえじゃん。食べるならクワガタだよね。ケケケケケ」
「……………………」
「クワガタも食べないよ?」
……どうしよう……この子とまともに交友する自信ない……。
いきなりとんでもないことをぶっ込んでくる眼の前の相手に、エルシールは席に戻りながらも溜息を吐いてしまう。それを見ていたシャロンなどは、笑顔で、
「ふふ、ユキさんは明るい方ですね」
「そうそう、根暗なのに強がりな上司の代わりにユキちゃんは明るく振る舞っているんですよ」
「あ、明るい……?」
明るいで済ませてしまうのか……と、困惑してしまう。どう考えても、自分で言っていた通りのキチガイに見えるのだが。
この分だと、もう一体もヤベー奴なのではないか、と疑ってしまう。なので、もう一体の火炎書士の方も様子を窺ってみると、
「もー、またユキちゃんったら初対面の人困らせてー。ユキちゃんは刺激強いんだからちょっと抑えめにしないと駄目でしょ?」
「お? ディスられたか? 火炎ちゃん、ユキちゃんのこと軽くディスった?」
「ごめんなさいね、エルシールさん。ユキちゃん、言動はこんなですけど、悪気はないので許してあげて下さい」
「え、ええ……構わないけど……」
「手厳しっ。四面楚歌な私、可哀想。泣いていい?」
「ユキさん、こっちのお菓子美味しいですのよ。火炎さんもどうぞですわ」
「あっ、ありがとうございますキャロルさん」
「ありがとー、キャロルちゃん。この優しさが目に染みるー! もうユキちゃんは泣いちゃうぜ! えーんえんえんえん! ええんえんえんえんえん! ええんえん! え~~~んえん!」
「ユキちゃん、嘘泣きはうるさいからやめてね?」
「妙にリズム良い泣き方ですねー」
「相変わらずのマイペースっぷりですよう」
――どうやら、火炎書士の方は普通? の様だ。
見た目は不気味というかちょっと怖い。しかし、見る限り受け答えも普通で丁寧だし、性格に問題はない様に見える。既に付き合いがあるからか、ユキ相手には結構遠慮ない感じではあるが、それでも常識レベルだ。
ともすれば、火炎書士は久し振りに現れた、常識人なのではないかと若干の期待を抱いてしまうほど。
……キャロルさん達も既に付き合いがあるのか、結構親しげですね……。
火炎書士もユキも、キャロルやペール相手に普通に接しているし、同じ城にいるということでそれなりに親交を深めているのだろう。結構仲が良さそうだ。
個人的には、火炎書士の方なら苦労を分かち合えそうだと思い、話題を振ってみようかと考えていると、
「さーて、お茶飲むついでにユキちゃん、一発芸しますね? ――よいしょっと」
「!? く、首が……!」
不意に、ユキがその首の部分から先だけを胴体から離してしまった。
分かれた頭はそのまま宙に浮いているし、胴体も席に着いたままである。それを見てぎょっとするエルシールを前に、ユキはそのまま頭を手で掴んでお茶を流し込みながら、
「こんな感じでユキちゃんの首は着脱可能だから、首が飛んでリタイアすることなんてありませんよ? 超便利」
「びっくりした……」
「その気持ち、わかりますようエルシールさん。ペールちゃんも、前にこれ、いきなり見せられてちょっとびっくりしちゃいましたから」
「そ、そうなんですか……」
苦笑しながらも慰めるような言葉を掛けてくれるペールと、珍しく気持ちを同じとする。テーブルの上に頭だけ着地したユキが皿の上に乗ったクッキーをぱくつくのを半目で見ていると、今度はまた火炎書士が、
「相変わらずユキちゃん、首だけの方が良いよね。私、そっちの方が好き」
「すっごいサイコなカミングアウトしてるけど大丈夫か?」
「えっ、そうかな……普通だと思うんだけど……?」
……あれ? こっちもヤバいような……?
常識人だと思っていたが、微妙に感性が酷そうな気配を感じてしまう。すると横に来たペールが耳打ちするように、顔を寄せ、
「……一応教えときますけど、火炎ちゃん、感覚が常人とはちょっとおかしいから気をつけてくださいね?」
「……やっぱり……」
薄々そんな気はしていたな、と息を吐く。
もっとも、どの程度おかしいのかはまだ分からないのだが。と思っていると、ペールが続けて、
「簡単に言うと、
「え? それって……」
美醜逆転。よく分からないが、それはつまり――
「イケメンとか美女見たらグロテスクと評しますし、不細工を見たらとんでもないイケメン、美少女だって評しますからね。まあ良い子なのでだからといって態度変えたりとかもないんですけど」
「…………難儀ですね……」
思わず本音が漏れ出る。
そういうことであるならば、あまり言いたくはないが、ここの関係者などの殆どの者は自分達の主も含めて、彼女にとって凄い風に感じているはずだ。
ペールが言うように、だからといって何があるというわけでもないし、本人も良い人そうだから構わないのだが、なんとも言えない気分にはなる。
とはいえ、それで仲良くしないというのもおかしな話なので普通に接することはするのだが、
「火炎書士さん? その顔の下、良ければ見せて貰ってもいいですかー?」
「え、えっ? だ、駄目ですよ! 私の顔、その……凄くお見苦しいものですし……」
「ええー? すっごい可愛い気がするのになー」
「ご、ごめんなさい……」
加奈代の言葉に、尻すぼみになりながらも断る火炎書士。美醜の概念が彼女の中で逆転しているということは、そういうことなのだろうが、やはりなんともいえない気分になってしまう。
「とりあえず、うちのポンコツ上司が戻るまではユキちゃんも自由なので、お茶はガンガン飲めますよ? お腹たぷたぷになるまで」
「飲み過ぎはよくないよ、ユキちゃん」
「あら、おかわりを遠慮する必要はありませんよ」
「シャロンさんの言う通りですわ! 好きなだけ飲み食いしていいですわ! ええ、わたくしは太っ腹ですので!」
「お茶、注ぎますねー」
「あ、ご丁寧にどうも。まあ、確かに時間的には私もハウゼル様がお戻りになるまで余裕がありますが……」
と、加奈代におかわりを淹れてもらって畏まる火炎書士。
そしてその途中の言葉には、皆が同意する気持ちだった。何故なら、
「まあレオンハルト様方は色々とあるみたいですし、しばらくはお喋りしましょう。もっとお菓子持ってきますね」
「そうですね……おじ――レオンハルト様もケッセルリンク様も、最近は忙しくて予定が合わないことが多かったですし……」
と、ペールとシャロンがそれを口にする。
簡単に言えば、自分達が使徒女子会をしてる裏では、主達も親交を深めているのだろう。
……特にケッセルリンク様は、あの魔人姉妹の方々とお話してみたかったようですし……。
同じ魔人で女性で、しかもレオンハルトとそういう関係にあるという者同士であれば、色々と話したいこともあるだろうと察せられる。
特にケッセルリンクは同性の友人というものが少なく、魔人の間だとカミーラやメディウサとも相性が悪いのだ。単純に仲が良い相手であれば、レオンハルトを筆頭にガルティアやそれらの関係者、最近だと魔人ジークなども意外と親交がある。
しかし女性で魔人ということでケッセルリンクにとっては良い関係を築けるやもしれないし、使徒の自分達も仲良くしておくに越したことはない。
なのでエルシールはメイド長として、出来ることはしようと心に決め、
「……ユキさん、こちらのお茶菓子、いりますか?」
「貰う貰うー。お代はユキちゃんの髪の毛12本セットと、カブトムシの角でいい?」
「…………どっちもいりません」
「じゃあ歌う? デュエットする? オッケー。伝説作ろう」
「……歌はちょっとここでは……やるならもうちょっと設備が整った場所でないと……」
「……そういう問題?」
「あれ? エルシールさん……ひょっとして、少しおかしな人……?」
ユキや火炎書士のツッコミを受けながら、彼女達との交友に常識人の自分がついていけるか不安を感じてしまい、エルシールは一人、頭を押さえるのであった。