その日の食堂は、異様な雰囲気に包まれていた。
紅魔城1階。そこにある食堂は、その城に住む多くの者達が使えるように長いテーブルに幾つもの席が置かれている。いつ誰が来ても、食事の注文をそこにいるメイドなどに告げれば、厨房にいるコック達が腕を振るって美味しい料理をお出しするのだ。
しかし、誰でもいつでも使えるとはいえ、場合によってはそうでない時もある。
その場合というのが、来客があった時などだ。
日中であれば中庭のテラスを使うことも多いし、応接室も存在する。そこで食事やお茶会などを行うことも出来るのだが、夜中となれば、やはり室内を使うことが一般的である。
特に、魔物界の──否、世界の支配者階級である魔人が集まるとなれば、それは高貴な“晩餐会”となる。
まるで人間の貴族がやるような、それでいてそれ以上の贅を尽くしているといわれるその城。そこで行われる晩餐会ともなれば、美食の街と知られるこの街でも最高級の料理を味わうことが出来る。
事実、その長いテーブルの上には紅魔城が誇る伝説の料理人。あのミシュラン一族の総代が作る絶品料理が所狭しと並べられている。
この城に住む者や、時折訪れる者であればその味は食べ慣れたものではあるが、飽きることはない。それだけ美味なのだ。無論、この街で食べるものであればどれも世界基準では相当美味しい部類に入る品ばかりだろうが、その中でも最高級に値するのがこの城の料理である。
年に数回開かれる、レオンハルト軍の幹部である魔物将軍らを集めての紅魔城での晩餐会や宴会は、街の高級店で毎日の様に食事をしており、舌が肥えている魔物将軍らですら、ここの食事を楽しみにして、その開催を待ち望んでいるのである。
だが、今日は軍の催しではない。単純に、この城の主であるレオンハルトのプライベートでの付き合いによる食事会のようなものである。
故にそこまで大仰なものではなく、感覚としては友人を呼んで饗すような感じである。近しい関係であれば、それは尚更だ。
しかし、今現在の空気は、友人同士の軽やかなもの──ではなく、僅かに緊張したものであった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいるのは給仕のメイドを除けば、4体の魔人だ。
一体は、この城の主である魔人レオンハルト。
彼は上座に座り、料理を切り分けながら紹介した後に何故か微妙な空気になってしまったその場を憂いている。
その左右には、まるで対峙するかのように魔人が並んでいるのだ。レオンハルトから見て右側には、
「えっと……お、美味しいですね、姉さん」
「ぴっ!? え、あ、そ、そそそそうね!」
二体の女魔人。姉妹である彼女達は──魔人ラ・サイゼルと魔人ラ・ハウゼル。この城に住む二体の魔人であり、最近レオンハルトと良い関係になった二人だ。
だがその姉、サイゼルは何やら怯えた様子で声を震わせながら強がっており、対する妹のハウゼルも、姉のように怯えてはいないようだが、何を話せばいいのか分からずに戸惑っている。
そんな彼女達の視線の先、レオンハルトから見て左側には、
「…………」
一体の女魔人──ケッセルリンクがいた。
魔人四天王の一角にして、古くからレオンハルトとは親密な仲である魔人。
その彼女こそが、今回の晩餐会のきっかけとなった張本人である。
サイゼルとハウゼルという二体の女魔人が同席しているのも、他ならぬケッセルリンクの希望でもあったのだ。
だがしかし、その場の空気は芳しくない。
いかなる目的なのかは分からないが、ケッセルリンクは先程からサイゼルとハウゼルをじっと見ている。故にハウゼルは戸惑い、サイゼルはその威圧感に怯えているというわけだ。
その理由は不明──特に、二人にとっては不可解にも見えるだろう。
レオンハルトはなんとなく、その理由も分からなくもないのだが、ヘタレなサイゼルなどはちょっぴり限界な節がある。その証拠に、サイゼルはレオンハルトに向かって先程から強い視線を送っている。“助けて”的な視線だ。故にレオンハルトは息を軽く吐いてから、
「…………サイゼル。食事中で悪いが、そういえば急ぎで確認したいことがあったのを忘れていた。ちょっと頼めるか?」
「しょ、しょうがないわね」
「二人も、そういうわけだ。悪いな。数分で戻ってくるから気にせず食べていてくれ」
「……ああ」
「……? ええ、分かりました」
席を一度立ちながらサイゼルに声を掛けて呼び出し、二人に軽く謝って食堂を出る。かなり杜撰なやり方だが、別に方便だとバレても構わない。問題なのはサイゼルを落ち着かせることだからだ。
というわけでレオンハルトは食堂から話が聞こえない程度に離れた部屋まで行くと、サイゼルが声を跳ね上げた。表情を情けなく歪ませながら、
「な、なんなのよあのケッセルリンクって魔人! めちゃくちゃ怖いんだけど!?」
「やはり怖がっていたか……だが、大袈裟だ」
「べ、別に怖がってはないけど、ずっとこっち見てたし、何考えてるか分かんなくて不気味よ!」
「お前今自分で“怖いんだけど”って言ってたじゃねぇか……」
「……言葉の綾ってやつよ」
と、明らかに強がってそんなことを言うサイゼルを呆れ気味に見下ろす。何をそんなに怖がることがある、とレオンハルトとしてはそう思うが、まともに話したこともない相手、それも魔人四天王ともなれば、怖いと思うのも理解出来ないこともない。
しかし立場的には自分の方が上なので平気だとは思ったが、それもどうやらいつもの強がりで、内心はビビりまくっているようであった。だがそれでも、
「……ケッセルリンクはお前に危害を加える相手じゃないぞ。基本的に女性には親切な上、魔人の中では暴力などをあまり好まない。敵対しているならともかく、仲間の魔人相手に威圧するようなことはないからな」
「でも、すっごい見てたんだけど!? 無言で! じーっとあたしとハウゼルのことを! ひょっとして、何かが気に入らなかったとか……!」
「……まあ確かに、いつもより口数が少ないというか、表情が硬いのは確かだ。だが──」
しかし自分が思うに、あれは、
「あれは単純に──“緊張”してるだけだ」
食堂に残されたハウゼルは、眼の前の席に座る魔人ケッセルリンクと二人きりになってしまい、どうすべきかを模索していた。
……なんで見つめてくるんでしょう……?
とりあえずはレオンハルトにも言われた通り、手を動かして食事を摂っている。今日の料理もとても美味しい。いつも美味しいが、今日は特に気合いが入っているように感じる。
しかし、その美味しい料理に注視することなく、眼の前の相手は自分をじっと見ていた。時折、食事するための手を動かしたり、視線を逸したり、下を向いたりと色々と行動は起こしているが、それでも必ず中継されるのは自分達を見ることだ。
姉のサイゼルがレオンハルトと一緒に仕事の確認とやらに行ってから、その視線はハウゼルに向かって集中している。その様子を見るに、
……私から、話を振った方がいいんでしょうか?
室内は静かで、言うなれば気まずい。給仕のメイドが音を発するはずもなく、室内には両者の食器の音だけが僅かに響いている。
一応、相手は魔人四天王でこちらの目上でもあるため、何かしらの話を振って楽しませた方がいいのだろうかと思う。会話が無いのは自分としても気まずいし、相手も退屈だろう。レオンハルトとサイゼルがいなくなると、余計にそう思ってしまう。4人だと、時折レオンハルトが会話を振ったり、ハウゼルがサイゼルやレオンハルトに声を掛けることも出来るのだから。
しかし今はそれは出来ない。眼の前の相手に声を掛けるしかないのだ。
……よし。
ハウゼルは心の中で覚悟を決め、声を掛けることを決める。
相手に気づかれぬように小さく吐息すると、
「あ、あの──」
「少し──」
と、同時に声が響いたことで、ハウゼルは咄嗟に声を引っ込める。
それは、相手の声だった。見れば相手も、声が被ってしまったことに対して、声を差し止めてしまっているし、僅かに驚いているようにも見える。
だから当然、ハウゼルは遠慮がちにこう言った。
「えっと……すみません。そちらからどうぞ」
「……いや、謝らずともよい。それより、そちらから話していい」
「い、いえいえ、私の話なんて大したことじゃありませんので、お先にどうぞ」
「それを言うなら、私の話も他愛のないことだ。だからそちらから……」
「いえいえ──」
「いや──」
お互いの譲り合いがしばらく続く。
互いに似たような理由で相手から言ってくれと続けるのだが、そうしていると分かることもある。それを、ハウゼルは遠慮の代わりに口にした。
「……気を使ってくださって、ありがとうございます」
「!」
お礼の言葉を口にすると、ケッセルリンクは僅かに目を見開いた。そして少しの間を置いてから、目を伏せて息を吐く。何かを吐き出すような様子だ。その後に再び口を開くと、
「ふぅ……どうやらそちらにも、気を使わせてしまったようだ」
「いえ……その、私は新参ですし、立場も下なのでそれは当然かと……」
魔人としては生まれて百年も経っていないのだ。魔人の感覚としては、百年だとまだまだ若造、小娘だというところでしかない。千年以上を生きてる魔人からすれば尚更だ。魔人ケッセルリンクは1500年ほどを生きており、更には魔人四天王でもある強大な存在。新参の魔人が軽々しく接することなど出来ない。
厳密に言えば、そのようなルールは無くても、目上や自分より強い相手と接するのは気をつけなければならない。それが魔物社会での生きるための法則のようなものだ。そうレオンハルトには習っている。
だから間違ってはいないのだ。だが、
「……それはそうかもしれない。しかし私としては君たちと……」
「私達と? 私と姉さん──サイゼルのことですか?」
ケッセルリンクが問いかけに頷く。僅かに迷ったような、不思議な雰囲気を感じる。それは、
……もしかしてこの方も……緊張している?
ハウゼルは内心で疑問符を浮かべながらも、殆ど確信した。
もしかしなくとも、ケッセルリンクは自分達相手に緊張しているのだと。理由は分からないが、その態度が証明している。現に今も、何か言い辛いことを言おうとして躊躇するような反応を見せているのだ。
もっとも、その原因までは分からないが、その答えは直ぐに来た。他ならぬケッセルリンクの口から、
「……君たちと、交友を深めようと思ったのだがな。どうにも、私の方が緊張してしまっているらしい。情けないことだ」
「え……?」
交友を深めようと思った、とケッセルリンクは苦笑しながらそう言う。少し自嘲気味にだ。
それを聞いて、ハウゼルは思わず間の抜けた声を出すと同時に、疑問が浮かび、そしてその疑問を口にすることで続けた。一息置いて、
「……私達と……仲良くしたい……ということですか?」
「ああ。そのために、レオンハルトに頼んで君達との席を設けて貰ったのだ」
と、ケッセルリンクはこの席を設けた理由を口にする。確かな口調で、
「数少ない女性の魔人。それも、同じ男を愛した相手だ。出来れば仲良くしておきたいと……そう思ったまでだよ」
「! え、あ、その……」
「……まあ、少々気恥ずかしいが……ね。それもあって、何から話せばいいか迷ってしまったのだが、そのせいで君の姉やレオンハルトにも少し気を使わせてしまったようだ」
ふぅ、と肩から力を抜いてケッセルリンクは言うが、ハウゼルの方は顔を赤くしてしまっているのを自覚していた。
というのも、同じ男を愛した、という言葉に、今更ながら羞恥を覚えたからだ。やはり、改めて口に出されると顔が熱くなってしまう。
そして見れば、ケッセルリンクの方もほんの僅かにだが、頬を紅潮させていた。そういうことを口に出すのが、自分と同じで気恥ずかしいのだろう。
だがそうなると、相手の気持ちも分かってくる。ハウゼルは息を整えて落ち着くと、微笑を浮かべ、
「そう……だったんですか。その、では……私でよろしければ、仲良くして頂いてもいいですか?」
「ふっ……私から頼むことの筈だったが、先に言われてしまったな。だが願ってもないことだ。私としても、仲間の魔人とは仲良くしたいと思っている。君の姉も含めてね」
「はい。私もそう思います。あ、でも……」
「? どうかしたのかね?」
ケッセルリンクが問いかけてくる中、ハウゼルは不安要素を口にした。それは、
「姉さんについては……ちょっと分かりません。姉さん、結構周りの人を遠ざけるし……それに勝手だし、時々上から目線で説教してくるし……いらないちょっかいも──」
と、色々と微妙な関係だったりするサイゼルのことを小さく口にする。するとケッセルリンクが眉をひそめ、
「……仲が悪いのかね? それとも、喧嘩中か」
「喧嘩、というほどではありませんけど……言い争いは多いです。それも、姉さんが勝手だから──」
「ふむ……」
「最近だって、姉さん。私がレオンハルトさんとの……デートの日だったのに、強引に付いてきて邪魔してきたんですよ!」
「む……それは良くないな。デートの邪魔は、あってはならないことだ」
「ですよね!? せっかく二人きりで本の感想を言い合いたかったのに……強引に外に連れ出して……!」
ハウゼルが話ながら段々とヒートアップしていく。
ケッセルリンクという聞き手が、ハウゼルに同調してくれているせいであり、二人は意図せずして話せる仲になりつつあった。
──その頃、当人であるサイゼルは、
「あの子、この間もあたしの邪魔をして……! 妹なら姉のあたしの言うことをなんで聞かないのよ! 最近、どんどん生意気になって……反抗期よ! 反抗期!」
「いや……どうだろうな……」
食堂から少し離れた部屋で、何故か妹のハウゼルのことをレオンハルトに向かって話していた。
ケッセルリンクについての相談を受けていると、何故かハウゼルに対する日頃の不満に話が流れ、そこからサイゼルがヒートアップしてしまった形だが、レオンハルトの方は部屋のベッドに座りながら、隣のサイゼルの怒りを宥めようとその相手をする。
そのため冷静な言葉を返そうと、レオンハルトは声を飛ばした。
「……でも、サイゼルはハウゼルと仲直りしたいんだろ?」
「う……それは、そう、だけど……」
「なら、少しくらい妹の意志を尊重してもいいんじゃないか?」
「うっ、うう……で、でも……」
そう告げてやると、サイゼルは言葉に詰まり、気勢を衰えさせる。
レオンハルトはサイゼルと関係を持ってから、よくこういった姉妹間の仲に関する相談をサイゼルから受けており、その度に助言をしたり、慰めたりするのが定番となっている。
しかし、色々と助言をしたり、場合によっては間に入ったりするものの、ちゃんとした仲直りをすることは出来ずに、話はしても微妙に仲が良いとも悪いとも言えない関係が続いており、喧嘩もよくしてしまうのだ。
だがサイゼルとしてはもっと仲良しになりたいと、口にこそしないがそう思っており、レオンハルトもそれが分かっているために助言してやってるのだが、素直になれないサイゼルにとっては中々に助言の通りにすることは難しいことなのだ。今も、
「……だ、だってあの子、鈍くさくて危なっかしいし……あたしが見てあげないと駄目じゃない。姉なんだし……」
「少しは信用してやるのも大事だ。子供扱いされるのはお前だって嫌だろう?」
「わ、分かってるけど、でも……」
そう、頭では分かってはいる。
だが、実際には素直になれずに、真逆のことをしたり、余計なちょっかいを掛けてしまうのがサイゼルなのだ。
基本的にハウゼルに対して掛ける言葉や起こす行動は、彼女に対するコンプレックスと好意の裏返しのようなものであり、サイゼルがハウゼルを嫌っているなどということは決して無い。
これが難しいところで、いくら言い聞かせても分かってはいるのだからあまり意味はないし、素直になれるようにどうにか舵を取らなければならないのだが、それが中々に難しい。
こういう相手の場合、ハウゼルの方から近寄ってくれれば上手くいくことが多いのだが、肝心のハウゼルの方はハウゼルの方で、勝手なことをするサイゼルを心配しつつ、それでいて時折、苛立ちを燻らせている。
ハウゼルの方も、サイゼルが嫌いということはないのだ。故に今も、仲が悪い、というところまではいっていない。
なんというか、これはこれで姉妹仲としてはあるものだし、問題という程でもない。兄弟というケースの中には、こういった微妙な距離感を保っている兄弟だって多いのだ。ひょっとしたら、仲良しという兄弟の方が少ない可能性だってある。実際のところどうかは分からないが、この二人の場合、問題なのはサイゼルがもっと素直になって仲を深めたいと思っていることと、喧嘩した場合の被害や影響が大きいため、放置は出来ないことだ。
それに、レオンハルトとしても自分の身内のことなら解決してやりたいと思う。
だがそれも中々に骨が折れることで、
……荒療治が必要かもな。
今までは助言程度で済ませているが、もっと直接的に介入して、強引なことをする必要があるかもしれない。
加えて、サイゼルが素直になる土台作りもする必要がある。そう考え、レオンハルトはあることを提案した。
「……なあ、サイゼル」
「……なに?」
隣のサイゼルの目を見て告げる。それは、
「お前が少しでも素直になれるよう、素直になる練習をしてみないか? ──
成人して初めて熱になったやつ。まあ長いことやってるとこういうこともあるわね(白目)
という言い訳は置いといて、次回はエタヒの状況とサイゼルかな。さぁて、黄金像の収集状況はどうなったかなー? 熱下がってきてるから大丈夫だと思うけど、もし遅くなったらすまん。体調悪いんだな、とでも、サボってるんだな、とかどっちでもいいから好きに脳内補完よろしく。
問題なければまた明日の同じ時間に