聳え立つ岩山。ゴツゴツとした岩や石が辺りに広がるその場所に、巨大な魔物の死骸があった。
全長は20メートル程。四足の獣の様な形をしており、硬い鱗と大きな口。そして鋭い牙を持った強大な化け物。これまでに数多くの人間を殺したであろう凶暴な魔物だ。
だがその魔物は、全身から血を流し、地面に横たわっていた。
そしてその魔物の死骸を前にして、武器を収めるのは五人の冒険者だ。彼らは先頭に立つリーダーが手にしたその光り輝く像を見つめて呟く。
「黄金像……これで、3つ目か」
「今度もまた変な形してるな」
「なんか……猿っぽい?」
彼らのリーダーである戦士、ブリティシュが手にしたそれは、彼らが世界各地を旅して探し集めている黄金像。その3つ目だ。
これまでにひまわりの様な形の物と、盆栽の様な形のものを手に入れていた一行だが、この口元を手で押さえた猿のような形の黄金像でとうとう3つ目。4つ手に入れればなにかがあるだろうという希望を持っての目標。それも残り一つとなり、彼らの目の奥には既に決意と覚悟がある。
魔人を、魔王を倒すために集まった彼らは僅かに緊張感のない会話をしながらも、きちんと次へと目を向けていた。
「何にせよ、これで情報にあった像は集めきりましたね」
「まあ、4つないと意味がない訳だが」
日光とホ・ラガがそれぞれ得物を収めながら言う。これまでの苦労を思い出しながらだ。
黄金像を集めると言ったものの、その捜索は困難を極めた。
何しろ、1つ目を偶然にも手に入れたのはいいが、肝心の他の黄金像の手掛かりがゼロに等しいものであったのだ。故に各地の隠れ里で情報を集めながら、その途中にある迷宮を片っ端から攻略した。古い遺跡などを中心に探したつもりだが、それでもここまで集めるのに数年掛かってしまった。
二つ目は、なんてことのない宝箱から出てきた。ダンジョンを潜りまくって辟易としていたところに、ちょっとした依頼も兼ねて近場の難易度の低い迷宮に潜った時、最初の宝箱を開けたところで入っていたのだ。
それを見て、今までの苦労は何だったのだ、と軽く落ち込みが入ったが、手に入ったので良しとする。しかし、その2つ目のせいで、黄金像は、何も古い遺跡に隠されている訳でもない可能性が示唆されてしまったので、五人は捜索の手を広げる他なかった。
古い遺跡だけではなく、なんてことのないダンジョンにも潜ったし、同業者が既に持っている可能性も考えて、話を聞いて回った。
それもしばらく収穫のない状況が続いていたが、ついこの間、とある隠れ里の有力者である占い師の女性から、自分達が持っている黄金像を手掛かりに、残りの黄金像の在り処を占って貰うことに成功した。
それによると、一つは巨大な魔物が丸呑みしているので、その巨大な魔物がいる場所へと向かい、これを倒した。今彼らの眼の前に転がっている魔物がその魔物である。
占い師の情報というのに半信半疑であったため、本当に見つかったことには驚いた。だがそれはつまり、
「……でも、これであの胡散臭い魔女の情報が信用出来ると分かった。後一つの場所もさっさと占ってもらおうぜ」
「……そう、だな。残り一つ、早急に見つけるためにも、彼女に協力を仰ご──」
「────私を呼んだかね?」
と、五人がそこから立ち去ろうとする直前。不意に、女の声がその場に響いた。
声が飛んでくる先に視線を向けると、巨大な魔物の死骸の上に腰掛ける、女性の姿がある。長い白髪に異様に白い肌、青いマントにとんがり帽子の彼女は、まさしく五人に情報を提供した者だ。
「いつの間に……」
「……お前、いつからいやがった?」
日光とカオスが驚きと警戒が入り混じった声を彼女に送る。魔物の上で足を組んで座っている彼女は、シーフとして周囲の警戒に当たっていたカオスの網を潜り抜けてきているのだ。
それに加えて、この場には五人の凄腕の冒険者がいる。現人類最強と言っていいほどの強者達に気づかれずにやってくるなど、例え味方であっても不気味でしょうがない。
しかしそんな警戒の目を向けられても、魔女は表情を変えない。
余裕を持った小さな笑みの表情を、彼らに向けている。何処か底知れない雰囲気を醸し出す魔女の赤い視線は、彼らを見ていながら、どこか別の部分を見ているかのような不可思議なものだった。
その笑みも相まって、まるで何もかもを見透かされているような感じがして、五人の印象は一致していた。──気味が悪い、と。
そうでなくても、得体が知れない。名前も教えてくれない相手だ。美少女には違いないし、善良な心を持つブリティシュやカフェであっても、少し嫌厭してしまいかねない存在感が彼女にはあった。
そんな彼女が彼らを見下ろしながらカオスの質問に答えようと口を開く。
「いつから、か。その質問に答えてしまってもいいが、君達が知りたいのはそんなことではないはずだ。それに、私に警戒の目を向けるのは如何なものだ? 私は君達の手間を考えて怪しまれるのを承知で迅速に姿を現したというのに。むしろ感謝をしてくれてもいいのではないかね?」
「くっ……なら少しは出方を考えろよ……そんなもん、警戒するに決まっとるだろうが」
「……魔法か何かだろうか。時間があれば教えて頂きたいものだが……」
「まあそんなところだとも。優秀なシーフのカオスに魔法使いのホ・ラガ。君達程、実力に優れているのなら私が急に現れたことに対する警戒も当然だろう。何故なら、君達が知っている知識の中に、君達に気配を悟らせずに姿を現す方法がないからだ。しかし──」
と、魔女はそう言って立ち上がり、巨大な魔物の上から跳び下りて、五人と同じ地面に降り立つ。ふんわりとした落下で柔らかく着地した魔女に、またしても魔法を使っているのだろうかと疑問が湧いてしまう中、魔女は五人を見て、
「世界には、君達の知らないものがまだまだ沢山存在する。数十年、生きて世界を回ったくらいではこのような未知はまだまだ存在するということだよ。君達が求める黄金像もそうだ。違うかい?」
「……お前だってガキだろうが」
「見かけで人を判断すると痛い目を見るよ、カオス君。年齢の割に老けている君や、反対に若々しいカフェには理解して貰えると思うのだが、どうにも歳を言っても信じて貰えなくてね。これでも結構な歳だ」
「えっ……じゃあ何歳なんですか?」
カフェが問う。すると魔女は頷き、
「1993歳」
「絶対嘘じゃねーか!」
「おっと、これは人類史が始まってからの暦だったな。失礼、間違えてしまった」
「……真実だとしたら何故そんなことを知っている……? 女性などに興味はないが、本当は一体幾つなんだ?」
「知るための方法なんて幾らでもあるとも、ホ・ラガ。だから私の発言に目を鋭くしてないで、自分なりの方法で探すといい。私から聞き出そうとしても無駄だし、どうせ君は私のことを胡散臭い狂人だとでも思っているのだろう?」
「違う。占いだけは出来る狂人だと思っている。後、男であったのなら、と」
「……ふむ。確かに、男の身体には興味があるよ。この世界は、明らかに女性よりも男性の方が楽しいだろうから、次の生では男性がいいかもしれない」
「なら、生まれ変わって出直して来て欲しい」
「かといって男には興味がないんだが……因みに、私の年齢は333歳だ」
「適当な会話してんじゃねーよ! 結局嘘じゃねぇか!」
カオスがホ・ラガと魔女の聞いてて気が抜けそうな会話にツッコミ、微妙に荒れている。それをカフェが宥めるのだが、その間に話を聞いていた日光が押さえていた頭から手を離し、眼を細めながら魔女を見る。呆れながら、
「……とにかく、貴方は私達に次の黄金像の所在を教えてくれようとここまで来た……ということであっていますか?」
「その通りだとも」
「……結構な山奥で、道中は魔物も多いです。ここまでは一体――」
「戦闘は専門外だが、これでも人並みくらいには戦えるのでね。野良の魔物には後れを取らないさ」
「……そうですか」
実際、この得体の知れない魔女なら、魔物相手に後れを取ることはないのだろう。隙だらけに見えるが、この余裕っぷりは何かあるようにしか思えないし、よく分からない魔法を使ったりもする。
故に日光はその疑問を頭からかき消し、気にしないようにした。
すると今度はブリティシュが話を引き継ぐように、
「……なら、早速次の黄金像の場所を教えてほしい。君の言う通りなら、この間占った時に最後の一つももう見えているんだろう?」
「……ああ、見えている。だが──」
「? 何か問題でもあるのか?」
意味深に言葉を差し止めた魔女に、ブリティシュが怪訝な目を向ける。
この間、黄金像の場所を占ってもらったのだが、その際に視えたという場所の内、この巨大な魔物が飲み込んでいるものは教えてくれたが、もうひとつについては、3つ目を手に入れてから教えると言われたのだ。
だからこそ、3つ目を果たした今なら教えて貰えると踏んだのだが、魔女は顎に手を当てて少し考えるような仕草を敢えて見せる。それを見てブリティシュが、
「……もしかして、分からないとか──」
「いや、既に視えている。だからそういうわけではないんだが……少しね。教えようと思って来たのは確かだが……これを教えてもいいものかと思ったのだよ」
「はぁ? どういう意味だ?」
カオスがそれを聞いて、眉間に皺を寄せる。いやなに、と魔女が、
「これを教えたが最後、君達は
「……え?」
「地獄の様な運命……ですか」
穏やかじゃない言葉に、カフェと日光が表情を変化させる。ホ・ラガなども目を細めながら、その真意を問おうと口を開き、
「どういう意味だね? それは」
「言葉通りの意味だ。この情報が分岐点。これを君達が知ったが最後、君達は地獄へ向かう坂道を一気に駆け落ちることになる。死よりも惨たらしい、悪辣な地獄に向かってね」
魔女の言葉に、その場が静かになる。言葉の意味を考えて、彼らは真剣にならざるを得なかった。
何故なら、
「……それは、僕達の旅が、失敗に終わるということか?」
「……何をもって失敗とするか、私には判断がつかないからそこまでは判断出来ないな。ひょっとしたら成功とも言えるし、失敗とも言える。それはその時の君達にしか分からないことだ」
「…………」
ブリティシュの質問。その答えとなる魔女の、僅かに憂いを見せた言葉に、今度こそ皆が押し黙る。ここに来て、この先には地獄が待っていると告げられたのだ。
魔人を倒すため、魔王を倒すために人を捨てる思いで旅をしてきた彼らにとっても、改めて問いかけられると、ほんの僅かな躊躇が発生する。
だがやはりと言うべきか、彼らが迷ったのは数瞬。その後には、皆が目を合わせて意志を統一し、それを代表するようにブリティシュが魔女を真っ直ぐに見つめると、
「──教えてくれ」
「……いいのか?」
「ああ。僕は……僕達は、そのために進むことを決めた。例えこれまで以上の地獄が待っていようとも、人々を苦しめる諸悪の根源を倒すためにね」
ブリティシュは真っ直ぐに、強い意志を込めて魔女にその想いを告げる。他の面々も同じだ。
それらを見て、魔女は僅かに逡巡した。だが彼女の方も直ぐに、
「……いいだろう。なら、未来視の魔女の有り難い言葉を心して聞くが良い──」
と、魔女は一息で告げる。最後の黄金像の在り処を、
「黄金像はここより北。大陸北東部にある大きな街の中心にある」
「……大きな街?」
ああ、と魔女はブリティシュの問いに頷き、続きを口にする。
最後の黄金像の場所。その場所は最も困難であり、彼らにとって試練としか言えない場所にあるのだと、
「魔人が治める魔物の街。その街の中心部にある真っ赤な城に黄金像は存在する」
「……えっ、それって、つまり──」
カフェの青褪めた表情での言葉にも頷く。そう、未来視の魔女が告げる、最後の黄金像の場所は──
「想像通りだとも。最後の黄金像は──
──最強の魔人の懐にあった。
「──入るよ」
その声は、赤い城の中心部で響いた。
一瞬にして情報を持ち帰って報告にやってきたその長い黒髪の使徒は、主の部屋の扉をノックし、入室の許可を得る。短い声でその許可を貰うと、彼女は主である魔人にそれを伝えた。
「……監視してる連中、とうとう3つ目を手に入れたみたいだよ」
「……やっとか」
ベッドに腰掛ける黄金の髪を持つ男は、その鋭く赤い瞳をギラギラとさせてその報告に息を入れた。
言葉通り、彼にとっては、やっとここまで来た、というニュアンスの溜息。それを見ながら報告を待つ使徒に、魔人は続けて命令を出そうとした。
「なら後は最後の一つのみだ。予定通り、こちらから情報を流して──」
「……それが、その必要はないみたいだよ」
「……どういう意味だ?」
そのままの意味さ、と使徒は告げた。聞いたまんまに彼女は言う。
「どうやらあの連中、どういう訳か4つ目の黄金像の場所まで目星がついてるみたいだよ」
「──なんだと?」
魔人の表情から素直な驚きが浮かぶ。不可解、とも言えるその表情を浮かべた魔人は己の使徒に向かって鋭い声を飛ばした。
「どうやって知ったか、調べはついているのか?」
「……占い師に教えてもらったみたいだけど」
「占い師……」
魔人が頭を手で押さえて考え込む。
何故なら、その情報は調べがつくはずのない情報だからだ。知っているのはほんの一部の者達。それも皆、自分の息が掛かっていて情報が漏れる可能性はほぼ皆無と言っていいものだ。
だというのに、占い師などという胡散臭いものによってそれが漏れ出るなど、想像もしていない事態だった。
だからこそ、魔人は逡巡する。どうするかと、
「……まあ、結果的に知ってもらえたならいいんじゃない?」
「……いや、確かにそれはいいかもしれないが……それよりも、占い師というのが気になる。調べはついているのか?」
「女の子だったよ。胸は小さい」
「……誰がそんな情報を出せと言った。他の情報を寄越せ」
「……はいはい。それじゃそっちも調べてくるよ」
「出来る限り急げ。場所が分かっているということは、直ぐにでもやってくるはずだ。それまでには間に合わせろ」
魔人の命令に、使徒は頷いた。どうやら、長かった任務ももうすぐ終わりらしい。
だが、そこで彼女には疑問が浮かんでしまう。前々から思っていたことだ。それは、
「……あんたさ……」
「? どうした?」
「…………いや、何でもない。それより、この後は?」
「……? この後は、少しサイゼルとの用事がある。それが終ってから俺も動く」
「……ふぅん。まあそれじゃ、またあたしの方はおあずけか。最近、監視ばっかで鈍ってきてるんだけどどうしてくれんの?」
使徒は、浮かんだ疑問を、聞くこともないと飲み込み、変わりにちょっとした悪態をついた。
すると主である魔人は僅かに表情を歪める。少し呆れ気味に、
「安心しろ。終わったらしばらくは付き合ってやる。今までの分を取り返すくらいにはな」
「……その言葉、忘れないでよ」
ああ、と頷く声を尻目に、使徒は再びその場から姿を消し監視を再開することにした。
サイゼルまでは入れれなかった。素直になる訓練はまた次回。エタヒの黄金像を集める旅も大詰めかなって。